POP TATARIPOP TATARI

28 janvier 2019

POP TATARI

島根県(前編)



概況

島根県の被差別部落の統計

調査年地区数戸数人口
1907年22520199150
1917年465228910882
1921年7915656492
1922年291222310100
1929年7月87-5681
1935年14717277796
1942年-6983499
1946年--7896
1958年5115377181
1963年758345地区全体39021、同和関係6378
1967年56地区全体2882、同和関係1623地区全体10808、同和関係6542
1971年50地区全体2851、同和関係1367地区全体9705、同和関係4834
1975年75地区全体4308、同和関係1639地区全体14053、同和関係5394
1985年97地区全体4999、同和関係1830地区全体16517、同和関係5996
1989年-12223617
1993年86地区全体5773、同和関係1104地区全体16750、同和関係3221


1907年の資料には留岡註「外ニ各所ニ散在セルモノ六十余戸アリ」 とある。


県下の部落で同和地区指定を受けたのは97ヶ所である。地区規模は20世帯未満が6割をこえ、100世帯以上の地区は松江市の松尾地区のみで、 1地区の平均世帯数は19である。小規模な部落が出雲藩に多いのは、新田開発に必ず下級警察官として鉢屋を伴ったためと考えられている。1917年の調査では465地区が報告されており、相当な未指定地区があるとの主張があった。ただし『近代部落史資料集成 第九巻』に見られるように、465地区というのは1戸だけで散在している旧賤民を多く含む数値であり、そもそも部落を形成していなければ地区指定できないのは当然の話である。このため、島根県では12市町村で個人施策を行っている。

松江市内に被差別部落は3ヶ所あり、菅田地区67世帯、福原地区83世帯、松尾地区122世帯を数える。福原地区に特徴的な苗字は向村(さきむら)である。邑智郡美郷町の都賀行地区は24戸、邑智郡邑南町の下口羽地区は8世帯である。また、1975年の調査では、出雲市には5地区、109戸あった。

鉢屋は、平将門、藤原純友の残党が空也上人に教化され警備や茶筅の製造を生業とするようになったことが起源と伝える。なお鉢屋屋敷、鉢屋池、鉢屋敷、鉢屋谷などの地名が八束郡に複数分布しているが、『全國部落調査』では部落と位置づけられていない。

邑智郡大和村(おおちぐんだいわむら。現・美郷町)は自治体別同和地区人口比率(38.9%)が全国10位、中国地方で1位であったが、同村の部落民の多くは穢多ではなく鉢屋である。同村の隠れ里のような立地条件からして、平将門や藤原純友の残党との伝承には一定の信憑性がある。

隠岐諸島について、喜田貞吉は「隠岐には穢多とか鉢屋とか申す特殊階級は昔も無く、現今或る村々に散在するもの少々有之候は皆対岸地より、近き過去に於て移住したるものにして、決して土着民には無之候」と述べている。ただし1785年8月、大和国添下郡田中村之内野崎村(現・奈良県大和郡山市)出身の穢多の源次郎(1760年生まれ)が流人として隠岐に住み着き、地元の女性と結婚し、現在の隠岐郡海士町海士北分に所帯を持った記録はある(ただし源次郎は1826年3月、67歳で赦免を得たため妻を離縁し単身帰郷した)。このとき、同じ野崎村出身で2歳下の穢多孫兵衛も隠岐に流刑となり、宇津賀村(現・島根県隠岐郡海士町宇受賀)庄屋に預けられた。1800年には隠岐の島前で非人吉兵衛が島民の女性と結婚しており、吉兵衛もまた流人であった。1801年に島民の女性と結婚した非人新蔵も流人である。

1922年2月2日に島根県からなされた同和関係者の改姓についての照会に対して、国は不許可と回答した。1930年5月21日に島根県知事が再び照会した際にも国は不許可と回答した。

文献


全國部落調査(1931年)

島根縣 昭和六年九月現在

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
松江市 松尾町松尾町七一三九二商業松江市 松尾町非人部落の系統であり、穢多部落の菅田地区や旭の森地区とは姻戚関係がない。松江市松尾町では、福島正則の家臣だった伊藤軍次兵衛光政が、1619年(元和5年)に浪人となり、その末子の伊藤松之助光貴が非人頭となったと伝える。その後十余代続き今日に至る。同地の伊豆家は、松江市にあった白鹿城の城主だった松田伊豆守が祖で、戦に敗れて四代目が町人となり、四代目の次男が地区の女と結婚したことが起源と伝える。白鹿城は、1563年(永禄6年)に落城している。同地の松尾神社は、『松江市誌』によれば、伊藤姓の者と上野姓の者が京都の松尾神社を分祀したものだったとする。同地に他に花田姓の者がいた。同地に隣接する松江市新町の島根県和敬会の役員に楪姓の者がいた。楪(ゆずりは。他に読みあり)は、広島県が最多の稀姓。小泉八雲は部落探訪記「俗唄三つ」("Three Popular Ballads")で賎民「山の者」(「死體を洗つたり、墓穴を掘つたりするのを專門の業とする特殊階級の人々」)に言及しているが、その居住地は「洞光寺(松江市新町832)の上の山」とあり、地理的に松尾町と考えられる。伊豆姓3件、伊藤姓6件、隠田姓4件。2000年電話帳。
八束郡 宍道町大北、西代一八九七製弦松江市松江市内に宍道町を冠称する町名は複数あり、大北の位置は要調査。明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると西代は現在の宍道町宍道1257番地付近、あるいは宍道町白石1748番地付近。
〃 生馬村東生馬一七松江市 東生馬町
〃 出雲郷村二番組町一六農業商業、竹細工松江市 東出雲町出雲郷出雲郷の読み方は「あだかえ」。二番組町は字「市の向」の付近。市向生活改善センターが35.435062, 133.126992にある。
〃 講武村南講武四二竹細工農業松江市 鹿島町南講武

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
八束郡 熊野村市場一〇農業竹細工松江市 八雲町熊野 市場松江市八雲町熊野1298-1に有限会社岩田竹材あり。熊野に岩田姓40件。2000年電話帳。
〃 法吉村奥谷二〇自由業松江市 奥谷町
〃 来待村上来待、大森区、弘長寺区、西来待、小松区二四商業竹細工松江市 宍道町上来待、宍道町佐々布 大森、宍道町東来待 弘長寺、宍道町西来待、宍道町西来待 小松
〃 持田村向村一七一〇五自由業製弦松江市 福原町 旭の森別名は旭の森(ひのもり)。鈴木祥蔵、中村拡三、全国解放教育研究会『部落解放教育資料集成』101頁に「持田村大字福原」とあることから現在の福原部落であると判断できる。松江市福原町から他県の視察に行った見崎姓の者がいた。同地では見崎姓が多い。向村姓8件、見崎姓8件、山口姓8件。2000年電話帳。
〃 千酌村千酌、北浦一五五三竹細工農業松江市 美保関町千酌、美保関町北浦
〃 秋鹿村大垣秋鹿町二三農業松江市 秋鹿町、大垣町
〃 美保関町西小路三七一八二竹細工漁業松江市 美保関町美保関 西小路
〃 竹矢村竹矢、八幡二六商業松江市 竹矢町、八幡町
〃 川津村尺保三四一九四労働製弦松江市 菅田町 字尺保菅田児童公園の付近。鈴木祥蔵、中村拡三、全国解放教育研究会『部落解放教育資料集成』103頁に「川津村の菅田と称する大字」とあることから現在の松江市菅田町と判断できる。原田伴彦、上杉聰『近代部落史資料集成』第9巻76頁にも「川津村菅田部落」とある。松江市菅田町に以下の姓の者がいた。向村、西村、山本(3人)。同地に井戸内姓の者がいた。井戸内(いどうち)は島根県が最多の稀姓。同地から他県の視察に行った谷口姓の者がいた。井戸内姓2件。2000年電話帳。
〃 大野村二五松江市 大野町特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると大野上分に1ヶ所、大野下分に2ヶ所の部落がある。
〃 本庄村大南、大北三九竹細工商業松江市 本庄町本庄町の下の小字に北丁が現存。大北がここに含まれるかどうかは要調査。
能義郡 大塚村西丸山四五二六一労働製弦安来市 大塚町大塚町の下の小字に丸山町が現存。西丸山がここに含まれるかどうかは要調査。安来市(旧:能義郡大塚村)に古土井姓の者がいた。古土井姓2件。2000年電話帳。水木しげる未亡人の武良布枝(旧姓は飯塚)の出身地区だが家業は呉服商で恐らく一般。
〃 宇賀荘村清瀬商業安来市 清瀬町
〃 赤江村宮中川、東中津農業安来市 赤江町 宮中川、中津町 東中津町
〃 飯梨村沖中島二四一一六製弦労働安来市 飯梨町飯梨集会所がある35.390873, 133.207152の付近が沖中島。安来市飯梨町には以下の姓の太鼓屋がある。竹内、福島。すなわち竹内義弘太鼓店(飯梨町816-2)と福島太鼓専門店(飯梨町1010-3)である。竹内姓5件、福島姓9件。2000年電話帳。
〃 母里村一三安来市 伯太町東母里、伯太町母里特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると東母里と母里に1ヶ所ずつ部落がある。
仁多郡 亀嵩村一三商業竹細工仁多郡 奥出雲町 亀嵩、郡松本清張『砂の器』の舞台のひとつ。『特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると亀嵩と郡に1ヶ所ずつ部落がある。

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
仁多郡 横田村十阿弥、反五一六六一竹細工商業仁多郡 奥出雲町 中村、横田特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると中村に1ヶ所、横田に2ヶ所の部落がある。十阿弥の阿は河にしか見えないが、この文書の筆者は阿を河と誤記する癖がある(「河井村」「河用村」の例を参照)。地元の藤ケ瀬城の城主三沢為幸の部下に十阿弥がいた。反五に似た地名で反保(現・奥出雲町大馬木反保)や五反田(現・奥出雲町中村五反田)があるが、関連は不明。なお前者は旧・横田村ではない。
〃 三澤村三一仁多郡 奥出雲町 三沢
〃 河井村農業仁多郡 奥出雲町河井村は阿井村の誤記。上阿井と下阿井があるが、『特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)に記載がある地区と同一なら下阿井。
〃 馬木村上市仁多郡 奥出雲町 小馬木 上市
大原郡 加茂町星野、東谷二一一〇二商業製弦雲南市 加茂町加茂中 星野、加茂町東谷雲南市(旧:大原郡加茂村)で結成された出雲同志会の事務所は土井姓の者の家にあった。出雲同志会の副会長に岩谷姓の者がいた。同地の部落解放同盟加茂支部に以下の姓の者がいた。土江、山本。
〃 日登村高畑二〇一〇〇労働雲南市 木次町東日登規模からして『特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)に記載がある地区と同一と思われる。
〃 大東町一一三四農業商業雲南市 大東町
〃 河用村雲南市 大東町河用村は阿用村の誤記。下阿用、西阿用、東阿用がある。要検証。『特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)に記載がある地区と同一なら大東町下久野。
〃 春殖村向島一九八六労働製弦雲南市 大東町大東下分 向島藤岡姓3件、藤沢姓4件、藤本姓15件。2000年電話帳。
〃 木次町二四商業雲南市 木次町部落名は空白になっているが雲南市人権センターのある雲南市木次町新市の可能性あり。
〃 海潮村須賀川手口、南村ヶ市一一四八農業竹細工雲南市 大東町須賀、大東町南村
飯石郡 三刀屋町下菅原、地王二四一〇八商業雲南市 三刀屋町三刀屋 下萱原中あるいは下萱原上、地王下菅原は下萱原の誤記。
〃 頓原村頓原農業飯石郡 飯南町 頓原
〃 東須佐村塩原、八軒寺二八出雲市 佐田町須佐
〃 来島村弓取二四飯石郡 飯南町 上来島 弓取 
〃 赤名村一〇四〇商業養鶏飯石郡 飯南町特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると旧・赤名村では赤名と下赤名に部落がある。
〃 多根村下垣内二二農業竹細工雲南市 掛合町多根

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
飯石郡 志々村一〇三六農業飯石郡 飯南町特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると旧・志々村では八神と角井に部落がある。
〃 掛合村三九雲南市 掛合町掛合
〃 志田村中島二〇竹細工雲南市 吉田町飯石郡に志田村はない。恐らく吉田村。
簸川郡 神西村士流、崎原一〇二七自由業出雲市 東神西町バス停に「崎原」あり。
〃 東村三五竹細工出雲市 小境町特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると旧・東村には小境に2ヶ所の部落がある。
〃 窪田村窪田町一七農業竹細工出雲市 佐田町一窪田
〃 出西村求院一七竹細工出雲市 斐川町求院
〃 国富村美談、国富、口宇賀二六農業出雲市 美談町、国富町、口宇賀町
〃 平田町替地一二五七竹細工商業出雲市 平田町
〃 大社町乗光寺後 上代土地 湊原二一出雲市 大社町杵築東、上大土地、大社町中荒木 湊原上代土地は上大土地(うえおおどち)の誤記。大社町杵築東598に浄土真宗の乗光寺あり。大社町杵築西にも湊原があるが、特殊部落ノ市町村別概況特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)に照らすと、部落があるのは大社町中荒木の湊原。
〃 塩冶村玉津二四一三七商業製弦出雲市 塩冶町 玉津出雲市上塩冶町の島根県和敬会の役員に宍道姓の者がいた。宍道(しんじ。他に読みあり)は松江市が最多の稀姓。同地に融和事業で表彰された藤澤姓の者がいた。同地の出雲市隣保館に旧同和地区出身の藤田姓の者がいた。塩冶町に宍道姓5件。藤沢姓1件。藤田姓4件。2000年電話帳。
〃 布智村天神原一八六一出雲市 下古志町下古志町に天神原古墳がある。出雲市(旧:簸川郡布智村)に岩谷姓の者がいた。
〃 上津村上島一七農業出雲市 上島町
〃 直江村下直江一一五〇自由業出雲市 直江町
〃 西田村奥宇賀三五竹細工出雲市 奥宇賀町
〃 久村農業出雲市 多伎町久村
〃 桧山村岡田、岡田灘一〇出雲市 岡田町、岡田町 岡田灘

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
簸川郡 出東村中州、中州中組商業出雲市 斐川町中洲、斐川町中洲 中組
〃 高松村曲拂、原組、南浜三一農業出雲市 浜町 南浜曲拂は曲松(まがりまつ)の誤記の可能性あり。現在の出雲市高松町の小字に曲松がある。
〃 稗原村一七馬車輓出雲市 稗原町
〃 久木村南村、原鹿三一農業出雲市 斐川町原鹿南研修館が35.404541, 132.814669にある。
〃 江南村三部一九出雲市 湖陵町三部
〃 田儀村小林二〇七三出雲市 多伎町
〃 今市町元宮、高砂子、三京楼、共和四五二五一商業出雲市 今市町 元宮町出雲市(旧:簸川郡今市町)の島根県和敬会の役員に曽田姓の者がいた。
〃 川跡村武志下組一一農業出雲市 武志町
〃 大津町一八八一商業出雲市 大津町出雲市(旧:簸川郡大津村)の島根県和敬会の役員に山田姓の者がいた。同地の車田姓の者が1938年12月8日に支那事変で戦死している。山田姓8件。大津町朝倉に車田姓1件。2000年電話帳。
安濃郡 佐比売村志學、塚本四一一六三農業大田市 三瓶町 志学塚本の位置は要調査。大田市三瓶町志学1953付近に古墳「スクモ塚」あり。大田市(旧:安濃郡佐比売村)の島根県和敬会の役員に寺山姓の者がいた。
〃 太田町山崎一二五二日傭竹細工大田市 大田町大田 山崎大田市(旧:安濃郡大田町)の島根県和敬会の役員に菅本姓の者がいた。
〃 刺鹿村黒田一六六三竹細工農業大田市 久手町刺鹿
〃 川合村南代、川合、縄手、川向台一〇三八馬車輓大田市 川合町川合 字南代、川合町川合 字川合、川合町吉永 字川向台35.159380, 132.510200にバス停「縄手」あり。
〃 長久村長久、稲用、延里三〇農業竹細工大田市 長久町長久、長久町稲用、長久町延里
〃 波根西村淀平一一三六大田市 久手町波根西
〃 波根東村天場一〇五二鮮魚商大田市 波根町 天場
簸川郡 園村北園一〇農業出雲市 東園町 北園

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
安濃郡 鳥井村三六農業大田市 鳥井町鳥井
〃 富山村一一竹細工大田市 富山町神原前の位置は要調査。
邇摩郡 大浜村大田市 温泉津町小浜邇摩郡大浜村は1941年8月1日に邇摩郡温泉津町(現・大田市温泉津町)に編入。『特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)によると旧・大浜村の部落の所在地は小浜。
〃 福光村二三農業大田市 温泉津町福光湊中、湊東、湊西、湊南の小字がある。
〃 大森町蔵泉寺下、河原、宮ノ前二三九四竹細工農業大田市 大森町 宮ノ前蔵泉寺口番所跡は大田市大森町銀山の35.112861, 132.443861にあり、付近に処刑場もあったので「蔵泉寺下」は刑吏の部落だった可能性がある。
〃 福浦村今浦、古川区漁業大田市 温泉津町今浦、温泉津町今浦 古川
〃 大家村大家、本郷、今西一〇二一農業商業大田市 大代町大家、大代町新屋本郷
〃 久利村小山二〇大田市 久利町久利 小山
〃 大岡村宮村一一農業大田市 仁摩町大国 宮村
〃 宅野村二三漁業大田市 仁摩町宅野
〃 温泉津町竹細工農業大田市 温泉津町温泉津
〃 仁万村浜、奉主一六八〇農業竹細工大田市 仁摩町宅野 浜町邇摩郡仁万町は1954年4月1日に邇摩郡仁摩町(現・大田市仁摩町)となる。仁摩町を冠称する地名には仁摩町天河内、仁摩町大国、仁摩町宅野、仁摩町仁万、仁摩町馬路がある。奉主の位置は要調査。
〃 静間村笹、弓辺一〇六〇大田市 静間町 笹、静間町 弓辺
〃 井田村井田、太田、福田、萩村一三四一農業大田市 温泉津町井田、温泉津町太田、温泉津町福田、温泉津町荻村萩村は荻村の誤記。
〃 水上村瓦焼工大田市 水上町
邑智郡 口羽村西ノ原、青山四七一九三漁業商業邑智郡 邑南町 井原 西ノ原、上田 青山青山は34.863654, 132.704802付近。
〃 阿須那村■ノ沖、雪田、川渕一二五六商業養蚕邑智郡 邑南町 雪田、雪田 川渕判読不能部分は恐らく「所ノ沖」「町ノ沖」。邑智郡邑南町(旧:邑南郡阿須那村)の源上姓の者に対して1936年1月22日に差別発言があったとする。源上(げんじょう)は、広島県東広島市の1戸のみの稀姓。

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
邑智郡 井原村下市一二農業邑智郡 邑南町 井原現存する小字「下町」の別称の可能性あり。
〃 谷住郷村下ノ原、藤ヶ谷、長戸路三五商業江津市 桜江町谷住郷 下ノ原、長戸路
〃 高原村大年一四革細工邑智郡 邑南町邑智郡邑南町原村3014−3に邑南町役場瑞穂支所高原公民館がある。
〃 矢上村辰ノ口二一瓦職邑智郡 邑南町 矢上
〃 目貫村潜リ岩一一農業邑智郡 邑南町 日貫目貫村は日貫村の誤記。バス停「潜り岩橋」が34.880810, 132.353125にある。
〃 市来村平田二一商業浜田市 旭町市木あるいは邑智郡 邑南町 市木市来村は市木村の誤記。市木村は現在の浜田市と邑南町に跨っている。平田が平松の誤記とすれば、現在の浜田市旭町市木平松に該当。大田市の地区と同様、平将門の末裔と称している。
〃 川越村鹿賀陵村、大貫一〇三八農業藁工江津市 桜江町鹿賀、桜江町川越、桜江町大貫
〃 君谷村楢ノ通リ一八六九邑智郡 美郷町邑智郡美郷町京覧原235-1に君谷郵便局がある。
〃 長谷村清見、石和、長谷、八戸一一四五江津市 清見町、井沢町、桜江町長谷、桜江町八戸
〃 川本町向原二一九八舟筏業炭焼邑智郡 川本町向原は因原の誤記の可能性あり。
〃 市山村古市漁業江津市 桜江町市山 古市
〃 川戸村公下二六農業竹細工江津市 桜江町川戸
〃 三原村赤田一九一〇七邑智郡 川本町 三原
〃 田所村亀谷一四七九邑智郡 邑南町 下亀谷邑智郡邑南町(旧:邑南郡田所村)に竹下姓の者がいた。品川姓9件。2000年電話帳。
〃 都賀村大宇組、高田組七九三三三漁業舟筏業邑智郡 美郷町大宇組や高田組の現在位置は不詳だが、部落の規模や職業からして現在の美郷町上野(1917年の調査で65戸)に該当する可能性が高い。
〃 出羽村三日市、下市、宮■■三九一四九農業邑智郡 邑南町 三日市判読不能部分は「宮ヶ段」「宮ヶ阪」のようにも読める。邑智郡邑南町(旧:邑南郡出羽村)に品川姓の者がいた。
〃 祖式村瀬戸一一四一竹細工大田市 祖式町上瀬戸、下瀬戸がある。要検証。

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
邑智郡 川下村谷戸一八八九農業邑智郡 川本町 谷戸「この部落は、きりたった山にはさまれた、江川の一支流が江川にそそぐ直前にある」と、解放新聞が暴露している。
〃 吾郷村乙原、沖ノ島、角桶、宮ノ下、吾郷三二一四一邑智郡 美郷町 乙原、吾郷宮ノ下加圧ポンプ所が現存。乙原沖丈の35.028861, 132.542250に沖丈遺跡があるが沖ノ島との関連は不明。35.023293, 132.542208に角桶橋(つのおけはし)がある。
〃 都賀行村高梨三四一六九農業舟筏業邑智郡 美郷町 都賀行 高梨邑智郡美郷町(旧:邑智郡都賀行村)から他県の視察に行った松村姓の者がいた。都賀行に松村姓7件。2000年電話帳。
〃 粕渕村轟、高畑、野井、横川六一二五七漁業邑智郡 美郷町 高畑、野井正式には粕淵村と表記。邑智郡美郷町(旧:邑智郡粕淵村)に松代姓の融和運動家がいた。同地の部落解放同盟邑智支部に以下の姓の者がいた。竹内、武田、吉岡。邑智郡美郷町高畑に春日姓の者がいた。同地に吉岡姓の者が2人いた。
〃 浜原村横路、畳岩、中島、浮船三〇一五八邑智郡 美郷町 上川戸35.056471, 132.610442付近が畳岩。35.041251, 132.600813付近が中島。邑智郡美郷町(旧:邑智郡浜原村)から1935年の経済厚生指導者会議に出席した浮船姓の者がいた。浮船(うきふね)は、和歌山県橋本市が最多の稀姓。
那賀郡 松川村上場市三三農業竹細工江津市 松川町市村規模からして『特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)にある「松山村 市」の地区のことと判断できる。上場市(上市場の誤記?)の位置は要調査。
〃 今福村元谷、中倉二四浜田市 金城町今福 元谷中倉は今福484付近。
〃 今市村一五獣皮仲買浜田市 旭町今市
〃 石見村里川砂子二一竹細工浜田市 相生町里川は黒川の誤記。1963年11月1日に黒川の一部から相生町が成立。砂子姓4件。2000年電話帳。
〃 都川村三三浜田市 旭町都川
〃 上布村一〇浜田市 上府町上布村は上府村の誤記。
〃 跡市村三五水産業江津市 跡市町
〃 井野村殿、河内、井芦谷一一六二農業浜田市 三隅町芦谷、三隅町井野ニ「殿、河内」は殿河内の誤記で三隅町井野ニ1892付近。井芦谷は恐らく芦谷の誤記。
〃 都野津町一九竹細工江津市 都野津町
〃 波佐村波佐三一浜田市 金城町波佐
〃 木田村浜田市 旭町木田
〃 都濃村蛭子屋側、内ノ浜江津市 嘉久志町嘉久志町蛭子北、嘉久志町蛭子南がある。要検証。

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
那賀郡 雲城村上来原六八農業竹細工浜田市 金城町上来原
〃 都治村波来浜、尾浜二五一二八竹細工、商業江津市 後地町 波来浜、後地町 尾浜後地町に市妙姓8件。うち2件は後地町1746の尾浜団地。2000年電話帳。市妙家には、平将門の乱に敗北して来住した落人の後裔との伝承がある。『解放新聞』1981年3月9日付「島根県の部落で 終」にイニシャルで登場する「江津市のIさん」の弟は興信所の身元調査に反発し「うちは平家の残党で系図もあるから同和じゃない」と主張したという。Iは市妙の可能性あり。
〃 川平村江津市 川平町特殊部落ノ市町村別概況』(1917年)に照らすと小字は平田か南川上。
〃 浜田町厚井、青川、青内三二一五五竹及葦細工浜田市 原井町 青川厚井は原井の誤記。
美濃郡 種村千振益田市 種村町千振上、千振下がある。要検証。
〃 都茂村屋敷平二二竹細工益田市 美都町都茂 屋敷平
〃 高津町五反田二二益田市 高津バス停に「五反田」あり。島根女子大生殺害事件(2009年)の犯人の矢野富栄は事件当時、高津6丁目30付近に家を借りていた。被害者の遺体の解体現場も同地。
〃 中西村白山、中垣内一三農業益田市 白上町、中垣内町白山は白上の誤記。
〃 高城村向横田益田市 向横田町
〃 豊田村ヒビノ木益田市 横田町横田町に益田警察署豊田駐在所がある。
〃 小野村喜阿弥、戸田、飯浦三二竹細工益田市 喜阿弥町、戸田町、飯浦町
〃 二條村桂ヶ平、宮ヶ島、柏原一五七五農業益田市 桂平町、小浜町 宮ヶ島、柏原町
〃 吉田町札場、網掛、松ノ元一〇三五益田市 喜阿弥町喜阿弥町に札場集会所あり。網掛、松ノ元の位置は要調査。松ノ元橋が現存。
〃 豊川村野坂二〇行商益田市 大谷町 野坂
〃 二川村中ノ谷益田市 向横田町バス停に「中の谷」あり。
〃 眞砂村波田、馬谷一二三七益田市 波田町、馬谷町
〃 正見上村諏訪一五竹細工益田市 匹見町匹見正見上村は匹見上村の誤記。匹見町匹見イ1178番地2に匹見定住住宅諏訪団地あり。当地区の部落民は2件とも竹内姓で、部落問題は即ち竹内家の問題とされた(解放同盟島根県連書記長の竹内哲也の談話)。哲也の父の一夫は肉屋だが1979年に同和会の初代石西支部長となった。

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部落所在地部落名戸数人口主業副業生活程度現在地備考
鹿足郡 朝倉村鹿足郡 吉賀町 朝倉
〃 小川村藤ノ原四八二一九行商鹿足郡 津和野町 寺田 藤ノ原鹿足郡津和野町の地区は、1617年に亀井氏に従い因幡国鹿野から来た。鹿足郡津和野町(旧:鹿足郡小川村)の島根県和敬会の役員に小石姓の者がいた。同地に吉尾姓の者がいた。寺田に小石姓1件、吉尾姓4件。2000年電話帳。
〃 藏木村新田農業鹿足郡 吉賀町 田野原田野原969にバス停「新田」あり。
〃 七日市村横立一六商業鹿足郡 吉賀町 七日市 横立
〃 青原村柿村、富田竹細工鹿足郡 津和野町 青原、冨田
周吉郡 西郷町要木一七農業隠岐郡 隠岐の島町 西町 要木隠岐郡隠岐の島町(旧:隠岐郡西郷町)の島根県和敬会の役員に宮田姓の者がいた。隠岐の島根県和敬会の役員に福田姓の者がいた。栄町に福田姓1件。2000年電話帳。
計一四七一四七一七二七七七九六

※島根県邑智郡川本町川本天神町にも約30戸の部落があること、場所は「国鉄の駅の近く」で「高さ80メートルのきりたったガケの下」であることを解放新聞が暴露している。島根県邑智郡川本町川本505付近か。



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