ドエッタにおける穢多族の報告(兵庫県)

5 août 2018

POP TATARI

兵庫県(前編)



概況


兵庫県の被差別部落の統計

調査年地区数戸数人口
1907年330                   16225                        95972
1921年339                   18547                      107608
1922年336                    18481                      109184
1935年341                    24043                      128963
1942年-                       22116                      114717
1946年-                         -                      128963
1958年335                   38872                      178542
1963年340                   44714地区全体200982、同和関係163545
1967年331地区全体50265、同和関係37703地区全体213948、同和関係162845
1971年336地区全体50385、同和関係36750地区全体198235、同和関係149481
1975年346地区全体56333、同和関係39784地区全体207790、同和関係152988
1985年347地区全体56526、同和関係39851地区全体208480、同和関係153236
1993年341地区全体68040、同和関係37200地区全体206156、同和関係117297
1024px-兵庫津絵図(1696年)
 
兵庫津絵図(1696年)の一部。夙村の近くに「長吏」の表記がある。現在の神戸市長田区番町地区に
該当する可能性あり。

兵庫県神戸市の番町部落は1966年の段階で人口2万2000、世帯数6000を数えた日本有数の大規模な被差別部落である(大阪の西成部落は人口3万)。

兵庫県の部落は不具者や白痴者が多く、1919年の内務省社会局の統計によると、1位の奈良県(1509人)に次いで全国2位の457人である。これは県内における部落民間の結婚の多さと比例しており(奈良県が全国1位で4058、兵庫県が2位で1447)、近親婚との関係が疑われる。

800px-細民部落概観2 兵庫県

800px-細民部落概観1白痴

 

 兵庫県御免許開港神戸之図 2
1868年(慶応4年)兵庫県御免許開港神戸之図の一部。上部の中央に「風呂谷穢多村」の表記が見える。
いわゆる宇治川地区であり、現在の神戸市中央区中山手通8丁目・下山手通9丁目・楠町8丁目・同9丁目・
同1丁目にあたる。1984年にこの絵図の縮小版が『週刊朝日百科 世界の地理』No.49に掲載されたとき
「風呂谷穢多村」の字は1ミリ程度で滲んでおり読めない状態であったが、部落解放同盟は「差別地図」で
あると言いがかりをつけて糾弾し、同誌を回収処分に追い込んだ。
 1024px-朝日百科49
部落解放同盟に難癖をつけられた『週刊朝日百科 世界の地理』No.49(1984年9月16日発行)。
30センチ×23.5センチという雑誌のサイズや印刷状態の粗さを考えると
「風呂谷穢多村」の字を読むことは事実上不可能である。部落解放同盟がマスコミに言い
がかりをつけ、屈服させ、支配するために鵜の目鷹の目になっている様子を窺わせる。

神戸市内には26ヶ所の被差別部落があり、人口は5万を超える。しかも26ヶ所のうち5ヶ所までが世帯数1000、人口5000以上を数え、全国の大部落の15位以内に入っている。兵庫県全体では人口の5パーセント、すなわち20人に1人が被差別部落民である。

また尼崎市戸ノ内町にはもともと被差別部落はなかったが、炭鉱の閉山などに伴って兵庫県外から人口が流入し、地方の被差別部落から来たと自称する者たちが部落民宣言をおこなった結果、1970年9月に部落解放同盟の支部が結成され、解放会館も設置され、今日に至っている

姫路市丸尾町は、1901年に屠場が設置され1955年から同和地区となった。『全國部落調査』には記載がない。『つくられた差別の町 近代姫路・ある部落の歴史』の高田姓の著者は同地の住民。丸尾町に高田姓2件。2000年電話帳。

兵庫県の被差別部落の起源に関する伝承には以下があった。

  • 移住 73(旧同和地区56、旧同和地区外17)
  • 不明 65
  • 汚穢物取扱者 16
  • 旧同和地区の拡大 15
  • 神仏関連 14(神社8、仏閣6)
  • 武士の隠遁 13
  • 皮革業者 11
  • 朝鮮人の子孫 9(移住5、捕虜4)
  • 名家の没落 5
  • 中国人の子孫 4
  • 原住民の子孫 3
  • 高貴な者の従者 2
  • 乞食 1
  • 計 231

番町部落の歴史

(兵庫県神戸市の番町部落の事)

  • 住民の祖漢民族(付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」 を参考)との伝承がある。すなわち舒明天皇の頃の帰化人で、摂津国長田村村主(すぐり)として代々長田神社に隷属し、神事の一部を担当した忌部の一部(付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」を参考) であるという。坂上田村麻呂子孫(付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」を参考) との言い伝えもある。
  • 1691年(元禄4年)- 12軒74人の高持ち(年貢を納めた本百姓)として史料に初めて登場。当時の地名は長田村糸木で、職業は農業だが徳川末期には馬借があった。糸木村は捕吏や長吏の役人村でもあった。
  • 1868年(明治元年)- 85戸388名の農村部落となる。
  • 1871年(明治4年)- 解放令発布。当時は人口500、戸数100を数えた。
  • 1891年(明治24年)- 神戸港の開港に伴い播州地方の被差別部落(日本の部落人口の1割近くが集中)から人口が流入。土着者は378名から669名、移住・寄留者は10名から1539名に増大。
  • 1897年(明治30年)から1907年(明治40年)- マッチ製造産業の発展を背景に人口が増大。土着者は967名、移住・寄留者は2522名を数えた。奈良県御所市の小林部落では、明治30年から大正初年にかけ、部落人口の半数が神戸に移住している。番町には内番町(もとからの部落)と外番町(はみ出してできた部分)があり、前者は大正時代に戸数1500超、人口7000近くを数えた。
  • 1918年(大正7年)- 「番町部落職業分析」が番町部落に最も多い職業を燐寸職工と記録。次いで農業、土方、皮革工業、馬力挽、藁職、青物商、仲仕の順であった。

昭和になるとマッチ産業に代わってゴム産業が台頭。さらに1995年の阪神淡路大震災で壊滅的な被害を受け、街の大半は新しく再建され、かつての細民窟の面影をほとんど失い、今日に至っている。

なお暴力団の世界には、番町出身の山口組直参の親睦会「番町会」(長田会)が存在したこともある。会員には以下の面々が含まれていた。

  • 加茂田重政(一和会副会長兼理事長、加茂田組組長、元三代目山口組組長代行補佐)
  • 北山悟(一和会組織委員長、三代目山口組若中、北山組組長)
  • 松本博幸(一和会理事長補佐、三代目山口組若中、二代目松本組組長)
  • 大川覚(一和会特別相談役、三代目山口組若中、大川組組長)
  • 中山美一(三代目山口組若頭補佐、中山組組長)
  • 溝橋正夫(一和会常任顧問、三代目山口組若頭補佐、溝橋組組長)
  • 坂井奈良芳(一和会特別相談役、三代目山口組若中、坂井組組長)
  • 中谷利明(三代目山口組若中、中谷組組長)
  • 西岡勇(西岡組組長)
  • 桜井孝之(桜井組組長)
  • 大川健(大川健組組長)
  • 坂田鉄男(坂田組組長)
  • 西脇輝美(西脇(輝)組組長)
  • 西脇和美(西脇組組長)西脇輝美の弟
  • 岸本才三(岸本組組長)
  • 石川裕雄(悟道連合会長)
  • 加茂田俊治(神竜会会長)加茂田重政の弟
  • 澤井敏雄(澤井組組長)
  • 正木年男(正木組組長)
  • 中川宣治(中川連合会会長)
  • 小林治(難波安組組長)
  • 鈴木秀具(鈴秀組組長)
  • 平澤武善(平澤組組長)
  • 加茂田勲武(政勇会会長)加茂田重政の弟
  • 勝野重信(勝野組組長)

加茂田とは兵庫県姫路市豊富町豊富の被差別部落に多い部落姓である。播磨水平社にも加茂田姓の者がいた。加茂田重政は「加茂田姓の発祥は、どうやら姫路のようや。姫路のほうに行くと加茂田、という名字の人がちらほらおる。わしの場合は、四代くらい前の先祖が姫路のほうから丁稚奉公に神戸まで来て、それで長田に住むことになったみたいやな。しかし我ながら珍しい名前や、他にそうはいないっていうしな。鳥の鴨で鴨田はおるけど、加茂田はそうはおらん。なかなか重みもあって、ええ名前なんやろな」と発言している。加茂田重政の実弟の加茂田勇は加茂田組副組長で政勇会会長、同じく実弟の前田登は加茂田組本部長で前田組組長、重政のいとこの加茂田俊治も一和会理事長補佐、三代目山口組若中、神竜会会長。また重政の実父の加茂田松太郎は二代目山口組若衆で、一族には暴力団員が多い。

溝橋姓は2000年の電話帳で全国に23件しか登録がないにもかかわらず、そのうち8件までが被差別部落にあり、うち7件が神戸市番町に偏って分布している。なお、2000年の電話帳では三番町に溝橋正夫と同姓同名の登録がある。1928年の『神戸市要改善地区調査』の調査員にも三番町三丁目の溝橋磯太郎(417P参考)の氏名がある。

歌手の杉良太郎(本名は山田勝啓)を番町出身とする説もあるが、公称では神戸市長田区宮川町出身であり、父親は兵庫県三原郡三原町(現・南あわじ市)の出身、母親は鹿児島県徳之島の出身という。

テレビ東京アナウンサーの大橋未歩も番町出身との未確認情報があり(公称は須磨区出身)、実家は長田区で靴工場を経営しているともいわれる。

備考

山口組の企業舎弟である地上げ屋「光誉実業株式会社」(大阪市東住吉区東田辺1-1-15)の社長の朝治博は2008年に弁護士法違反容疑で逮捕され、懲役2年・執行猶予4年の有罪判決を受けた。朝治とは丹波篠山に特有の部落姓である。

朝治姓は2000年の電話帳で9件しか登録のない希少な苗字であることから、朝治博は大阪人権博物館学芸課長の朝治武の親類と思われるが、詳しい続柄は不明であり調査を要する。

なお2008年3月21日付「しんぶん赤旗」によると、光誉実業株式会社は大阪府八尾市の事業系ゴミ収集の認可業者でもあり、丸尾勇(部落解放同盟大阪府連合会八尾支部元支部長、山口組系山健組系健竜会相談役)(八尾市入札妨害恐喝事件の主犯。)の肝いりでつくられた八尾市清掃事業協同組合にも加盟している。朝治博は「暴力行為や強要などで二ケタを超える逮捕歴がある」と伝えられている。

なお三島由紀夫(本名は平岡公威)は祖父の平岡定太郎が播磨国印南郡志方村の出身であり、志方村には複数の被差別部落があったため、平岡家の出自を被差別部落に結びつける向きもあるが(部落出身の中上健次が対談で「たとえば三島由起夫(三島の本名が平岡だからか?)〔ママ〕は被差別部落の血が流れてるよね」と発言している。)、定太郎の出身地の字上富木は『全国部落調査』に記載がない。

亀田史郎にも被差別部落出身説があるが、出身地の姫路市飾磨区妻鹿は『全国部落調査』に記載がない。

明石書店創業者石井昭男は父が明石市の部落出身である。「父は敗戦直後、地区からでて、となりの街に居をかまえたのです」と述べている。明石市には複数の部落があるが、石井姓が最も多いのは明石市魚住町西岡で21件。2000年電話帳。

『未解放部落の起源』(落合重信、1978)86頁に以下のようにある。

部落も中峠といわれるように、中村の峙部落である。東下東部落も西筒井部落も中村に接している。神戸市域周辺について
も同じようなことがいえるが、一つ一つ書いてゆくことは大変だから、一覧表にかかげよう。

峠部落、東下東部落の位置は要調査。

部落解放同盟が創設した研究機関「部落解放・人権研究所」はインターネットで以下の部落を暴露した。( 国内の電気事業通信事業者の多くが所属する4団体(電気通信事業者協会、テレコムサービス、日本インターネットプロバイダー協会、日本ケーブルテレビ連盟)は、「不当な差別的取扱いを助長・誘発する目的で、特定の地域がいわゆる同和地区であるなどと示す情報をインターネット上に流通させる行為」を禁じ、当該記述は削除対象としている。 しかし「部落解放・人権研究所」のウェブサイトは部落の具体的な場所・地名を暴露することで結婚差別や就職差別のような部落差別を誘発しており、削除対象であることは明白であるにも関わらず、当該記述はいまだに削除されていない。 )

  • 武庫郡芝村(現西宮市)の村営浴場〈戎湯〉
  • 神戸市番町地区の長田村一部協議会
  • 武庫郡六甲村都賀改進会
  • 加古郡部落改善連合会
  • 三原郡賀集村福井北組改善会
  • 武庫郡芝村自彊会
  • 武庫郡住吉村仲区青年会
  • 宍栗郡菅野青年団
  • 神戸市新川地区の神戸矯修会
  • 兵庫県救済協会
  • 揖保郡誉田尋常高等小学校の学区内の部落
  • 飾磨郡花田村高木地区
  • 西宮市芝地区
  • 有馬郡支部貴志村
  • 飾磨郡,赤穂郡,印南郡,武庫郡,加東郡,川辺郡などの部落学校
  • 融和教育研究指定校に指定された神崎郡甘地小学校
  • 神戸市宇治野・宇治川地区
  • 武庫郡武庫村守部新田地区
  • 水平社が組織された武庫郡住吉村,芝村,美方郡浜坂町,神戸市番町地区、筒井地区、加古郡阿閇村,氷上郡成松町,神崎郡甘地村,飾磨郡城南村,飾磨郡花田村、播磨水平社、神崎郡水平社、飾磨郡、加東郡
  • 武庫郡住吉町の朝日燐寸工場
  • 神戸市上池地区、西宮市芦原地区(モデル地区事業)
  • 西宮市立芦原小学校(特別学級設置)
  • 神戸市立玉津中学校、布引中学校、丸山中学校

神戸新聞は『[神戸市に於ける]細民視察』と題した記事で、神戸市内の貧民窟の場所を暴露しているが、これは部落だけでなくスラムを含むものと思われる。

市内の貧民窟といえば葺合新川、生田裏、川西宇治川、荒田裏、今和田新田、糸木村の七大部落、その中でも最も甚しいの
が新川の大部落である、新川といえば南本町三丁目から六丁目まで北本町四、五、六丁目、吾妻通三丁目から六丁目まで、
日暮通三丁目から六丁目まで、真砂通五六丁目と筒井町の一部、この戸数ザッと一千五百戸又川西即ち生田川以西では磯上
通三丁目から六丁目まで、小野柄旭通とも二丁目から五丁目まで、この戸数八百余、右の内最も甚しいのは北本町の三個丁
と吾妻通六丁目この人口約一万五千人、その内日給五十銭程度の者一千一百人、救助を要する者七百七十人、又医薬を与え
ねばならぬ者実に三百四十人、これは最近市役所の統計が表わした悲惨な現状である

別府村騒擾事件

水平社同人による集団暴力事件である別府村騒擾事件(1923年)の被告人の氏名は以下の通りである(五十音順)。

  • 新居剛三
  • 池沢鹿蔵(実刑、懲役1年)
  • 角岡光次
  • 角岡辰巳 - 角岡伸彦の父方の祖父。
  • 角岡常次(実刑、懲役10月)
  • 川端歌松
  • 小西豊吉
  • 杉本与一郎
  • 玉垣亀市
  • 富田啓三
  • 直川幾太郎
  • 長田調五郎
  • 西田幸一(実刑、懲役10月)
  • 西田健次
  • 西田賞市
  • 西田清吉
  • 前田菊松
  • 桝田石太郎
  • 松本義男(実刑、懲役10月)
  • 森本右教
  • 吉野湊 - 角岡伸彦の母方の祖父。

罪名は騒擾罪、公務執行妨害罪、脅迫罪。特に説明がない者らは執行猶予つきの有罪判決を受けた。

寺前小学校脅迫事件

水平社同人による集団脅迫事件である寺前小学校脅迫事件(1923年)の被告人の氏名は以下の通りである(五十音順)。

  • 石橋源太郎
  • 石橋鉄次
  • 鵜野栄太郎
  • 鵜野兼義
  • 北川卯吉
  • 北川藤三郎
  • 木村愛吉
  • 橋本郁太郎
  • 広納久吉
  • 前川松太郎
  • 前田健二

罪名は全て脅迫罪、全ての被告人が実刑判決を受けた。

柏原自動車襲撃事件

水平社同人による往来妨害・逮捕監禁事件である柏原自動車襲撃事件(1923年)の水平社側被告人の氏名は以下の通りである(五十音順)。

  • 太田顕太郎
  • 岡本鶴吉
  • 川口春治
  • 小南松太郎
  • 西田重吉
  • 西田治郎吉
  • 橋本甚太郎
  • 橋本滝蔵
  • 橋本谷蔵
  • 広岡清吉
  • 藤平佐吉
  • 増田新太郎
  • 増南吉助

(なお、これらの事件を事件別史料における事件の名称についての疑問を呈しておきたい。本書にある初期兵庫水平運動における差別糾弾闘争である「柏原自動車襲撃事件」「別府村騒擾事件」「寺前小学校脅迫事件」などの名称は、従来から「京橋事件」「別府事件」「寺前事件」などといわれてきた。)

池の上水平社同人による集団脅迫事件

兵庫県加東郡河合村(現・小野市復井町)の水平社同人3名による集団脅迫事件(1924年)の被告人の氏名は以下の通りである。

  • 池沢福松
  • 池沢幸太郎
  • 池沢作松

八鹿・朝来暴力事件

部落解放同盟員による集団暴力事件である八鹿・朝来暴力事件(1974年)の被告人の氏名は以下の通りである。

  • 丸尾良昭(旧姓山本)- 兵庫県朝来市物部
  • 尾崎龍 - 兵庫県朝来市新井
  • 安井千明 - 兵庫県養父市上野
  • 安井義隆 - 兵庫県養父市上野
  • 坂本逸雄 - 兵庫県養父市薮崎
  • 尾崎文雄 - 兵庫県朝来市澤
  • 大垣秋敏
  • 安井辰雄
  • 杉田邦夫 - 兵庫県朝来市生野町真弓
  • 大垣政次 - 兵庫県朝来市澤
  • 植村勝美(旧姓長島)
  • 戸口英樹(旧姓大川)
  • 坂本修一 - 兵庫県養父市薮崎
  • 石田常夫
(おのおのの、事件の詳細が分からないので追々調べて書いていく予定です。)

兵庫の後半の続きます。

また、同和に関する騒動、襲撃事件は結構多いので再度、別のコーナーで連載しておきます。


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6 août 2018

POPTATARI

神戸市の同和地区

1024px-神戸の未解放部落  666
 

概況

「部落問題・人権事典」ウェブ版の神戸市の項によると、

神戸市内の部落は29地区が確認されるが、*同和対策事業の対象地区は26地区となっている。昭和56年の神戸市住民生活総合調査によると、同和地区に居住している世帯数は1万0414世帯、人口は3万0663人、平成3年の同調査では、世帯数は9650世帯、人口は2万4311人となっており、世帯数、人口とも減少している。

市内の同和改良住宅

本市には、住宅地区改良法(昭和35年法律第84号)の規定により本市が建設した改良住宅が存在する。その多くは都市部に集中している。ただし神戸市内で最も部落の数が多いのは西区であり、次いで北区である。

以下、その位置を記す。

東灘区

丸の後:東灘区住吉宮町2丁目16番(32戸)塚の前:東灘区住吉宮町1丁目2番18
(45戸)求女:東灘区住吉宮町1丁目12番17
(24戸)(一部公営住宅)

灘区

神前:灘区神前町4丁目2番(114戸)

中央区

新生田川:中央区南本町通5丁目1番(895戸)北本町:中央区北本町通3丁目2番
(179戸)(一部公営住宅)

中山手:中央区中山手通8丁目1番(171戸)楠:中央区楠町1丁目12番
(387戸)下山手(市場併設):中央区下山手通8丁目9番27(69戸)下山手
:中央区下山手通9丁目10番
(331戸)
小野柄:中央区小野柄通2丁目1番5(135戸)新中山手:中央区中山手通8丁目
1番1(109戸)
東川崎7丁目:中央区東川崎町7丁目7番1(37戸)(一部公営住宅)

兵庫区

東山:兵庫区東山町1丁目10番(182戸)(一部公営住宅)駅南
:兵庫区駅南通4丁目1番(76戸)
荒田:兵庫区荒田町3丁目10番21(25戸)

長田区

番町:長田区四番町5丁目(1651戸)五位ノ池:長田区五位ノ池町2丁目1番
(80戸)(一部公営住宅)
一番町:長田区一番町5丁目1番地の1(475戸)(一部公営住宅)
長田駅南第二:長田区二番町1丁目29番地(40戸)
長田駅前:長田区四番町6丁目47番地(55戸)長田駅東
:長田区四番町5丁目1(164戸)
長田中:長田区五番町4丁目1番地(50戸)新五位ノ池
:長田区五位ノ池町2丁目1‐7(49戸)(一部公営住宅)

須磨区

若宮:須磨区若宮町1丁目1番(100戸)

北区

東下:北区山田町中字長尾サ43番地(20戸)

垂水区

東高丸:垂水区東垂水1丁目1番(100戸)(一部公営住宅)

西区

玉津東:西区玉津町新方181番地(266戸)(一部公営住宅)玉津北
:西区玉津町新方460番地の1(54戸)
(一部公営住宅)リバーサイド玉津南:西区玉津町上池277番地の1(39戸)(一部公営住宅)



※ここではリンクを貼っておりません。部落地区でも一部の戸数のみで全ての区民が部落民ではございません。


zannin666 at 05:35|Permalink