2006年04月18日

教育基本法改悪や共謀罪だけでは無い−「死」の領域にも「格差社会」の論理が?「脳死」・臓器移植、「尊厳死」について

今国会は教育基本法改定案をはじめ、入管法改定案や「共謀罪」の法制化、医療福祉制度「改革」など、まあ「悪法」のオンパレードの感がありますが、私は以下で触れる人の「命」「死」を巡る議論の行方にも非常に注目しています。




【「脳死」・臓器移植の問題】

・『[解説]臓器移植法 二つの改正案』(読売新聞 06.04.07)
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060407ik04.htm

現在の臓器移植法は15歳未満の「脳死」者からの臓器摘出を禁止しているために子どもは日本国内で臓器移植手術を受けることができないない等の「弊害」があるので法を改定すべきだ−という議論があって、今国会に

(1)原則「脳死」を人の死とした上で、家族の同意があれば「脳死」者からの臓器摘出を可能にする法案
(2)「移植の臓器提供に限って『脳死は人の死』」とする現行の臓器移植法の原則を堅守しつつも、年齢制限を緩和(12歳以上の「脳死」者からの摘出を可能にする)

という二つの改定案が提出されています。

私は所謂「脳死」を人の死だとする考え方自体に疑問を持っています。医学はズブの素人ですが、「脳死」問題に関する書籍を読んだり専門家の議論を聞く限りでは、現行の「脳死」判定基準に対しても相当の疑義が提起されているようですし、そもそも「脳死」状態を「脳機能の不可逆的な機能消失」だとする見方自体に対しても今なお意見が分かれているようです。

それに、この種の問題は医学や法律の問題に限らず、生命倫理や宗教・死生観などの議論にも繋がってくるわけで、「脳死」という新しい概念を安易に「人の死」の基準として普遍化して良いものか、という疑問もあります。

また、移植医療のあり方についても必ずしも十分な議論が為されていないような気がします。日本では「この子どもを助けるために『脳死』者の臓器が必要だ・・・」といった種の感傷的な議論が横行していますが、欧米の移植医療の現状も踏まえた冷静な議論が必要では無いかという気がします。

私が「脳死」問題を考える上で大いに啓発された本を一冊紹介します。

●小松美彦・著「脳死・臓器移植の本当の話」(PHP新書)
http://tsysoba.txt-nifty.com/booklog/2004/10/post_2.html




【「尊厳死」の法制化】

あと、これはまだ法案化されている訳ではありませんが、所謂「尊厳死」(消極的安楽死)を法制化すべきだとの声が最近とみに高まっています。先日発覚した富山の医師が患者の人工呼吸器を停止して死亡させた事件も、こうした議論に拍車を掛けているようです。

・「尊厳死の問題「法制化加速を」 超党派議連の幹事長」(朝日新聞 06.03.29)
http://www.asahi.com/health/news/TKY200603290447.html

私は「尊厳死」の法制化の是非を巡る議論に関しては、正直言って複雑な心境を抱いています。「人間らしい死」を望んで延命治療を拒否する人達の意見自体は、それはそれで一理あるとは思っています。

ただ、「尊厳ある死」という言葉は一見聞こえが良いのですが、「尊厳死」の法制化は"末期状態の患者の看病に精神的・金銭的に疲れ果てた家族を見るに見かねた患者に『合法的な自殺』の道を開く"という側面があります。とりわけ、こうした議論が「公的社会保障の切り下げ」という状況下で為されているという点に十分に注意を払う必要があるように思っています。

「尊厳ある死」という美辞麗句の下で、末期患者や所謂「植物状態」の患者などに「死」を強いるようなことはあってはならない。拙速な法制化議論には十分に警戒すべきだと私は思っています。

なお、参考資料として、「尊厳死」の法制化を求めている日本尊厳死協会の前進である日本安楽死協会の会長を務めた太田典礼氏の死生観を分析した論考を以下に紹介します。

・「太田典礼小論――安楽死思想の彼岸と此岸――」(大谷いづみ)
http://www.ritsumei.ac.jp/~gr018032/archives/oi05a.html

「尊厳死」は「消極的安楽死」といわれるように「安楽死」の一種だとされていますが、上の論文でも論述されているように「安楽死」を肯定する思想自体に「社会の負担となる人間」の「排除」を志向する優生思想的な人間観が伏在している面もあるという点に注意を要すると考えます。




【「死」の領域でも「格差社会」の論理が公然と罷り通るようになる?】

「脳死」にしても「尊厳死」の問題にしても、日本では(特にマスコミ報道)「臓器移植せねば命が助からない子供のために法改正をすべきだ」「人間らしい死を認めるべきだ」といった「美辞麗句」ばかりが横行していますが、これらの概念を安易に認めることは「死」の領域における「格差」をあからさまに容認する「論理」を肯定する事態を招来しかねないのです。

これは先に紹介した【小松美彦著「脳死・臓器移植の本当の話」(PHP新書)】でも言及されていますが、オーストラリア等では「脳死」の判定基準等を巡って医学的にも議論が分かれている現状を踏まえ、"そもそも「人命はすべて平等の価値を持つ」と心から信じている者はいないのだから、いっそ「人命には多様な価値がある」という倫理を確立し、意識の回復の見込みの無いような者に無駄な延命治療を行うことは止め、臓器摘出を行うことを倫理的に認めるべきだ"だとか、"無意識状態に陥っている者からの臓器摘出は「合法化された殺人」として法的にも認めるべきだ"といった類の議論が「生命倫理学者」の間で公然と行われているようです。

これらは端的に言えば【命の価値には格差があることを認めよ】という「議論」です。

また、欧米等では「脳死」に限らず、所謂「植物状態」などの回復の見込みの無い患者に対する延命治療を行うのは医療費の無駄だから止めるべき、「植物状態」の患者の延命治療は公的社会保障の対象外とすべきだと主張する類の「議論」も為されています。

日本では「脳死」「尊厳死」を巡ってここまであからさまな論議が為されることは余りありませんが(もっとも首相や厚労相の私的諮問機関では「植物状態」と社会保障負担を結びつける議論がチラホラ出ているようですが・・・)、「脳死」や「尊厳死」に関する議論にはこういう側面もあることは十分に留意せねばならないと私は考えます。




【以上、「アフガン・イラク・北朝鮮と日本」掲示板への投稿文を一部加筆・修正の上掲載】

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コメント一欄

1. Posted by 華氏451度   2006年04月21日 20:14
はじめまして。TBありがとうございました。私も「脳死者からの臓器移植」には反対しています。理由は次の3点です。(1)仮に「脳死」が「死」であるとしても、臓器移植は需要と供給のバランスがとれていない(圧倒的に需要が多い)以上、移植を受ける側の選定段階で必ず選別がおこなわれるであろうこと (2)言葉は悪いですが、臓器は「とりやすい所からとられる」であろうこと(今でもたとえば薬の治験などで、ひとり暮らしの老人などが、説得しやすい患者としてよく目をつけられる) (3)臓器の商品化が進むであろうこと
2. Posted by tatu99   2006年04月26日 14:05
はじめまして。アッテンボローさんのブログから来ました。
臓器移植には次の2点で反対です。
臓器移植が完璧な治療であると誤魔化している。
 (成功率、延命効果が疑わしい)
海外移植のために怪しい募金活動がある。
 (巨額の募金は飢えた子供に使うべき)

1のコメントの方とほぼ同じ考えです。
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