
ひとは小生の大事な妹っス!
変幻自在なふたばですが、私はひとはを「ひと」と呼ぶお姉さん状態のふたばが一番好きです。ほぼ同時に産まれた3人なのだから姉も妹も無いと思うのですが、そう言われて育ってきたらそうなってしまうのでしょう。
みつどもえの主人公は
ここで仮に、一人の超人を三等分して足りない部分にやや残念な常人成分で補ったものが丸井三姉妹だと仮定すると、相反した部分を引き継いだのはみつばとひとはでしょう。性格も容姿も正反対に近い二人は反目する事が多く、ケンカしているのは決まってこの二人です。
では残されたふたばはどうか。ふたばは他の二人にほとんど干渉されません。みつばが時々利用しようとしますが、ふたばは自分が面白いと思えば乗りますが、嫌々従ったり希望を聞き入れる事はありません。ふたばは自由です。そしてその自由は、ふたばの使い方を誤れば人の生死に関わる程の力の強さによって担保されています。誰も力ずくでふたばを従わせる事はできないのです。192卵性でふたばと遊ぼうとした宮下さんがふたばに振り回されますが、焦点の合わない時のふたばは糸の切れた凧の様に心のままに振舞ってその事を当然としています。ようやくいつもの面々に巡り合えた宮下さんはまるで砂漠のオアシスに辿り着いた遭難者の様に安堵します。
ふたばは自分の好きな草次郎父としんちゃんに対しては素直に従いますし、千葉氏その他の男子とは対等に付き合っています。おっぱい好きなふたばですが、ひとはが性表現にまで踏み込んで興味を示すのに対してふたばはおっぱいのみに固執しているようです。みつばは比較的関係性を重視しているようです。三つ子のこの分野での違いが何を反映しているのかはちょっと難しくて分からないのですが、はっきり描き分けられているのは確かです。ふたばだけについて言えば、未分化な感じを強く受けます。身体つきから言えば一番成長しているのですが、心の成長が追いついていないというか、まだ原初の段階にあると言うか。
まとまらないのですが、ふたばが受け取ったのは一人の人間の知性や心の部分以外の、太古からヒトが綿々と受け継いできた原始的な生命に宿る混沌なのではないかと思うのです。

図にしてみるとこんな感じではないでしょうか。人間が知覚できる思考や感情は人間を構成するごく一部の要素でしかない事を考えると、ふたばというキャラクターは実は巨大なのではないかと思えてきます。



