2026年10月09日
「亡き人に会いたい―仏さまと成ったあなたへ (ショート法話697)」という動画をアップしました。
「亡き人に会いたい―仏さまと成ったあなたへ (ショート法話697)」という動画をアップしました。
どうぞ、ご覧ください。
https://youtu.be/YMTueoJCV-Q
以下は、概略です。
先日、ラジオで紹介されたお話です。
ご主人の月命日、そして秋彼岸の中日に、93歳のお母さまを連れてお墓参りに訪れた女性。ご主人が旅立った年齢と同じ65歳になり、「いつか私がそちらへ行った時、私のことを分かってくれるかなあ」と、会いたい気持ちを募らせます。そして、お骨箱を丁寧に撫で、「また春のお彼岸に来るからね」と帰っていかれたそうです。
私たちの生きるこの世界は、思い通りにならない迷いの世界です。一方、阿弥陀さまのおられる西方極楽浄土は、十万億の仏土を超えた彼方にあると説かれます。
遠く隔たったお浄土も、「亡き人は仏となってお浄土におられる」と信じるとき、私たちはその世界に心を向けることができます。その一つの行いが、お墓参りをして、亡き人に手を合わせることです。
自分の理屈や思いだけにとらわれず、まずは手を合わせてみる。すると、自分の力だけで生きているのではなく、多くのご縁や大きなはたらきに支えられ、亡き人とのつながりも今なお続いていることに気づかされます。
亡き人に手を合わせるとは、その方を仏さまとして敬うことです。そして、そのように信じ、敬う心さえも、仏さまや亡き人から届けられたものなのです。
亡き人を想い、手を合わせる心が起こるそのとき、私たちは亡き人と共にあり、仏さまの世界に心を向けているのではないでしょうか。
※当「善光寺」は、他の多くの寺院同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、水子供養や終活相談も行っております。
※YouTubeで法話を配信しています↓
https://www.youtube.com/channel/UCCQj5-HN4z0FUJhCCnWZQ-A
※これからの予定
※これらの行事は、檀家さん以外も、どなたでも、お気軽に、気が向いた時にふらっとおこしください。
※当寺へは、札幌から普通列車で30 分ほどで幌向駅に到着いたします。幌向駅からは、国道12号を岩見沢方向へ徒歩5 分で善光寺へ到着いたします。
※岩見沢善光寺へのお参りは、こちらをどうぞ↓
水子供養の参考動画
『プレス空知』さん連載のエッセイの最新号(R2,6)です↓

安心のお寺ポータルサイト「まいてら」の善光寺のページはこちら↓
http://mytera.jp/tera/zenkouji39/monk/

善光寺 ご詠歌 「岩舟和讃」「大和流々祖追悼和讃」
どうぞ、ご覧ください。
https://youtu.be/YMTueoJCV-Q
以下は、概略です。
先日、ラジオで紹介されたお話です。
ご主人の月命日、そして秋彼岸の中日に、93歳のお母さまを連れてお墓参りに訪れた女性。ご主人が旅立った年齢と同じ65歳になり、「いつか私がそちらへ行った時、私のことを分かってくれるかなあ」と、会いたい気持ちを募らせます。そして、お骨箱を丁寧に撫で、「また春のお彼岸に来るからね」と帰っていかれたそうです。
私たちの生きるこの世界は、思い通りにならない迷いの世界です。一方、阿弥陀さまのおられる西方極楽浄土は、十万億の仏土を超えた彼方にあると説かれます。
遠く隔たったお浄土も、「亡き人は仏となってお浄土におられる」と信じるとき、私たちはその世界に心を向けることができます。その一つの行いが、お墓参りをして、亡き人に手を合わせることです。
自分の理屈や思いだけにとらわれず、まずは手を合わせてみる。すると、自分の力だけで生きているのではなく、多くのご縁や大きなはたらきに支えられ、亡き人とのつながりも今なお続いていることに気づかされます。
亡き人に手を合わせるとは、その方を仏さまとして敬うことです。そして、そのように信じ、敬う心さえも、仏さまや亡き人から届けられたものなのです。
亡き人を想い、手を合わせる心が起こるそのとき、私たちは亡き人と共にあり、仏さまの世界に心を向けているのではないでしょうか。
※当「善光寺」は、他の多くの寺院同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、水子供養や終活相談も行っております。
※YouTubeで法話を配信しています↓
https://www.youtube.com/channel/UCCQj5-HN4z0FUJhCCnWZQ-A
※これからの予定
- 2026年12月7日(月) お茶の間ふれあいサロン 午前11時から午後3時 みんなでお昼をいただき、色々とおしゃべりしたりする会です。午後1時からは、若手僧侶によるお説教があります 予約不要 ※参加費100円※参加者には岩見沢健康ポイントが1ポイント貯まります。
※これらの行事は、檀家さん以外も、どなたでも、お気軽に、気が向いた時にふらっとおこしください。
※当寺へは、札幌から普通列車で30 分ほどで幌向駅に到着いたします。幌向駅からは、国道12号を岩見沢方向へ徒歩5 分で善光寺へ到着いたします。
※岩見沢善光寺へのお参りは、こちらをどうぞ↓
水子供養の参考動画
『プレス空知』さん連載のエッセイの最新号(R2,6)です↓

安心のお寺ポータルサイト「まいてら」の善光寺のページはこちら↓
http://mytera.jp/tera/zenkouji39/monk/

善光寺 ご詠歌 「岩舟和讃」「大和流々祖追悼和讃」
zenkojinamu at 20:30|Permalink
2026年10月07日
書道です。
書いてみました。

「燦然」です。
※当「善光寺」は、他の多くの寺院同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、水子供養や終活相談も行っております。
※YouTubeで法話を配信しています↓
https://www.youtube.com/channel/UCCQj5-HN4z0FUJhCCnWZQ-A
※これからの予定
※これらの行事は、檀家さん以外も、どなたでも、お気軽に、気が向いた時にふらっとおこしください。
※当寺へは、札幌から普通列車で30 分ほどで幌向駅に到着いたします。幌向駅からは、国道12号を岩見沢方向へ徒歩5 分で善光寺へ到着いたします。
※岩見沢善光寺へのお参りは、こちらをどうぞ↓
水子供養の参考動画
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http://mytera.jp/tera/zenkouji39/monk/

善光寺 ご詠歌 「岩舟和讃」「大和流々祖追悼和讃」

「燦然」です。
※当「善光寺」は、他の多くの寺院同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、水子供養や終活相談も行っております。
※YouTubeで法話を配信しています↓
https://www.youtube.com/channel/UCCQj5-HN4z0FUJhCCnWZQ-A
※これからの予定
- 2026年12月7日(月) お茶の間ふれあいサロン 午前11時から午後3時 みんなでお昼をいただき、色々とおしゃべりしたりする会です。午後1時からは、若手僧侶によるお説教があります 予約不要 ※参加費100円※参加者には岩見沢健康ポイントが1ポイント貯まります。
※これらの行事は、檀家さん以外も、どなたでも、お気軽に、気が向いた時にふらっとおこしください。
※当寺へは、札幌から普通列車で30 分ほどで幌向駅に到着いたします。幌向駅からは、国道12号を岩見沢方向へ徒歩5 分で善光寺へ到着いたします。
※岩見沢善光寺へのお参りは、こちらをどうぞ↓
水子供養の参考動画
『プレス空知』さん連載のエッセイの最新号(R2,6)です↓

安心のお寺ポータルサイト「まいてら」の善光寺のページはこちら↓
http://mytera.jp/tera/zenkouji39/monk/

善光寺 ご詠歌 「岩舟和讃」「大和流々祖追悼和讃」
zenkojinamu at 20:30|Permalink
2026年10月02日
「亡き人にお供えしても意味がない? ―亡き人と「出会い直す」ということ (ショート法話696)」という動画をアップしました。
「亡き人にお供えしても意味がない? ―亡き人と「出会い直す」ということ (ショート法話696)」という動画をアップしました。
どうぞ、ご覧ください。
https://youtu.be/KODfC5iJd5U
以下は、概略です。
「死んだら何もないのだから、亡くなった人に何をしても、向こうには分からない。だから、自分の墓も要らないし、散骨して、一切の痕跡を消してほしい」
そんな言葉を聞くことがあります。
確かに、一見すると「形にとらわれない」「執着のない生き方」のようにも聞こえます。
けれど、この秋のお彼岸にも、当寺の納骨堂には、たくさんのお供え物が並びました。中には、小さな子どもが喜ぶようなお菓子や、乳幼児が食べるようなお菓子もありました。
それは、「喜んでくれるかな」と、亡き人のことを思って選ばれたものです。
亡き人が実際に食べるかどうかとは別に、私たちが亡き人を思い、喜んでくれるものを選び、それを持って納骨堂へ出向き、手を合わせた。その行為は、決して「無意味」ではありません。
そこには、亡き人との関係が、死によって完全に消えてしまったのではなく、今も続いているという事実があります。
だからこそ、私は「自分の墓は要らない。何も残さないでほしい」という言葉にも、少し考えさせられます。
なぜなら、「死後はこうしてほしい」と決めることもまた、「死後も自分の意志を尊重してほしい」という、「自分」へのこだわりだからです。
本当に形にこだわらないのであれば、「墓を建てるか、建てないかも、遺った人に任せる」という考え方もあるのではないでしょうか。
お釈迦さまは、ご自身のご遺骨を、人々が行き交う場所に仏塔を建てて納め、拝みやすいようにせよ、と説かれました。
そこには、仏さまを拝むことによって、人々が功徳を得るという考えがあります。
お墓も同じです。
「ここに、おじいちゃんが眠っている」
「ここに、あの子がいる」
そう思って手を合わせる。その行為を通して、亡き人とのつながりを確かめ、亡き人を仏さまとして受け止めていくのです。
仏教では、死んだらすべてが無になるとは考えません。
『阿弥陀経』には、浄土に生まれた者は「阿鞞跋致」、すなわち不退の菩薩となると説かれています。
生前は「父と子」「夫と妻」「祖父と孫」だった関係が、死を通して、「仏さまと私」という新しい関係へと変わっていく。
お墓やお位牌、お仏壇、お盆やお彼岸といったものは、その新しい関係を形として受け止めるものの一つなのです。
もちろん、墓を建てることが正しく、建てないことが間違いだ、と申し上げているのではありません。
ただ、死んだあと「私がどうしたいか」だけではなく、
「私の死を受け止める人は、私とどのように出会い直したいのか」
ということも、考えていただきたいのです。
生前の関係が、そのまま続くのではありません。
死を通して関係が変わり、亡き人と出会い直す。その中で、私たち自身もまた、変わっていくのです。
※当「善光寺」は、他の多くの寺院同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、水子供養や終活相談も行っております。
※YouTubeで法話を配信しています↓
https://www.youtube.com/channel/UCCQj5-HN4z0FUJhCCnWZQ-A
※これからの予定
※これらの行事は、檀家さん以外も、どなたでも、お気軽に、気が向いた時にふらっとおこしください。
※当寺へは、札幌から普通列車で30 分ほどで幌向駅に到着いたします。幌向駅からは、国道12号を岩見沢方向へ徒歩5 分で善光寺へ到着いたします。
※岩見沢善光寺へのお参りは、こちらをどうぞ↓
水子供養の参考動画
『プレス空知』さん連載のエッセイの最新号(R2,6)です↓

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善光寺 ご詠歌 「岩舟和讃」「大和流々祖追悼和讃」
どうぞ、ご覧ください。
https://youtu.be/KODfC5iJd5U
以下は、概略です。
「死んだら何もないのだから、亡くなった人に何をしても、向こうには分からない。だから、自分の墓も要らないし、散骨して、一切の痕跡を消してほしい」
そんな言葉を聞くことがあります。
確かに、一見すると「形にとらわれない」「執着のない生き方」のようにも聞こえます。
けれど、この秋のお彼岸にも、当寺の納骨堂には、たくさんのお供え物が並びました。中には、小さな子どもが喜ぶようなお菓子や、乳幼児が食べるようなお菓子もありました。
それは、「喜んでくれるかな」と、亡き人のことを思って選ばれたものです。
亡き人が実際に食べるかどうかとは別に、私たちが亡き人を思い、喜んでくれるものを選び、それを持って納骨堂へ出向き、手を合わせた。その行為は、決して「無意味」ではありません。
そこには、亡き人との関係が、死によって完全に消えてしまったのではなく、今も続いているという事実があります。
だからこそ、私は「自分の墓は要らない。何も残さないでほしい」という言葉にも、少し考えさせられます。
なぜなら、「死後はこうしてほしい」と決めることもまた、「死後も自分の意志を尊重してほしい」という、「自分」へのこだわりだからです。
本当に形にこだわらないのであれば、「墓を建てるか、建てないかも、遺った人に任せる」という考え方もあるのではないでしょうか。
お釈迦さまは、ご自身のご遺骨を、人々が行き交う場所に仏塔を建てて納め、拝みやすいようにせよ、と説かれました。
そこには、仏さまを拝むことによって、人々が功徳を得るという考えがあります。
お墓も同じです。
「ここに、おじいちゃんが眠っている」
「ここに、あの子がいる」
そう思って手を合わせる。その行為を通して、亡き人とのつながりを確かめ、亡き人を仏さまとして受け止めていくのです。
仏教では、死んだらすべてが無になるとは考えません。
『阿弥陀経』には、浄土に生まれた者は「阿鞞跋致」、すなわち不退の菩薩となると説かれています。
生前は「父と子」「夫と妻」「祖父と孫」だった関係が、死を通して、「仏さまと私」という新しい関係へと変わっていく。
お墓やお位牌、お仏壇、お盆やお彼岸といったものは、その新しい関係を形として受け止めるものの一つなのです。
もちろん、墓を建てることが正しく、建てないことが間違いだ、と申し上げているのではありません。
ただ、死んだあと「私がどうしたいか」だけではなく、
「私の死を受け止める人は、私とどのように出会い直したいのか」
ということも、考えていただきたいのです。
生前の関係が、そのまま続くのではありません。
死を通して関係が変わり、亡き人と出会い直す。その中で、私たち自身もまた、変わっていくのです。
※当「善光寺」は、他の多くの寺院同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、水子供養や終活相談も行っております。
※YouTubeで法話を配信しています↓
https://www.youtube.com/channel/UCCQj5-HN4z0FUJhCCnWZQ-A
※これからの予定
- 2026年10月5日(月) お茶の間ふれあいサロン 午前11時から午後3時 みんなでお昼をいただき、色々とおしゃべりしたりする会です。午後1時からは、若手僧侶によるお説教があります 予約不要 ※参加費100円※参加者には岩見沢健康ポイントが1ポイント貯まります。
※これらの行事は、檀家さん以外も、どなたでも、お気軽に、気が向いた時にふらっとおこしください。
※当寺へは、札幌から普通列車で30 分ほどで幌向駅に到着いたします。幌向駅からは、国道12号を岩見沢方向へ徒歩5 分で善光寺へ到着いたします。
※岩見沢善光寺へのお参りは、こちらをどうぞ↓
水子供養の参考動画
『プレス空知』さん連載のエッセイの最新号(R2,6)です↓

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善光寺 ご詠歌 「岩舟和讃」「大和流々祖追悼和讃」
zenkojinamu at 20:30|Permalink
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