問題。

「君死にたまふことなかれ」という詩を書いた人物は誰か。2011北海道改

また、この詩は何という戦争にときによまれたのか。�����祉�������㏍�井�� �����蚊����㏍�� 腓鞘��腱������蚊��

A.与謝野晶子(よさのあきこ)
与謝野晶子

日露戦争。戦場の弟を心配してよまれました。


ここで日露戦争についてまとめてみましょう。

日清戦争に敗れた清には、ロシアをはじめとする欧米列強が乗り込んできます。

↓みんなで中国のパイを奪い合う様子
中国というパイを狙う各国


このような列強に対して、清の各地では外国人を追い出そうとする義和団が北京で各国の大使館を包囲しました。
↓外国と戦う義和団(旗に義和団とあります)
外国と戦う義和団

そこで、日本やロシアなどは、共同で軍隊を送って鎮圧させます。これを義和団事件といいます。

この事件以降も、ロシアは満州に居続けたため、韓国を勢力下に入れようとしていた日本と仲が悪くなります。

この頃、ロシアと対立していたイギリスと日本は同盟を結びます(日英同盟)。

今年はロンドンオリンピックがあったので日英同盟は出そうですね。
↓日英同盟記念の絵はがき
日英同盟


下の絵は有名な日英同盟の風刺画(ビゴー作)。ロシアが栗を火でいっています。栗は韓国のことを表しています。ロシアも日本も栗が欲しかったんですね。イギリスに背中を押されてケンカさせられる感じが表されています。注目はイギリスの横にアメリカがいることです。アメリカもロシアの南下政策をあまり快く思っていないのでした。

日英同盟の風刺画

ところで、このとき国内はロシアと開戦する世論が高まります(主戦論)。一方、キリスト教徒の内村鑑三や社会主義者の幸徳秋水らは非戦論を唱え反対しますが、結局1904年に日露戦争が起きてしまいました。

戦いは日本が有利でしたが、国民の生活が苦しくなり戦争を続けることが難しくなって、アメリカに仲立ちしてもらいます。

そして、アメリカのポーツマスで講和会議が開かれ、ポーツマス条約が結ばれます。
↓ポーツマスの調印式
ポーツマス条約調印式

この戦争は、大きな犠牲や増税に耐えて行われていました。

日露戦争戦後

なので、ポーツマス条約で賠償金が得られなかったことから、日本で強い不満の声が上がり、日比谷焼き討ち事件など各地で騒動が起こりました。


★日露戦争メモ
きっかけ:義和団事件後もロシアが満州を占領
戦争前の出来事:日英同盟。世論が割れる(主戦論vs非戦論)
講話条約:ポーツマス条約
結果:日本勝利も賠償金得られず。被害が大きく国民は苦しめられた。日比谷焼き討ち事件が起こる。