小パンフ⑤ 労働者党の憲法(憲法第1章「天皇」条項)改訂試案

syoupanhu5 参院選開始に何とか間に合って、憲法改定と我々の憲法試案小パンフが発行され、参院選を戦う上で、一つの重要で、強力な武器が加わったことを歓迎する。

 憲法神話やプチブル平和主義が、インテリやリベラルや野党、とりわけ共産党などによってふんだんにふりまかれている現在、憲法神話、天皇制神話、したがってまた、それらへの有害なタブー視を一掃し、闘う労働者の戦線を構築していくうえで、こうした小パンフの持つ意義は小さくない。

 小パンフの冒頭に掲げられた我々の憲法草案はもちろん、国会や国民に正式に提案されるといった、そんな何か形式ばったもの、形式、内容において、法文としても厳密に検討されたものというより、様々な実際的な課題に応えるために、とりあえず提出される憲法改定の一つの試案といったものであり、現行憲法の1章に置き換えるとかいったものではない、憲法改定はいくらでも可能であり、また必要ならいくらでもすべきであることを明らかにし、とりわけ憲法の冒頭においては、それが不可欠であることを示すためであり、従ってまた天皇制条文は現行憲法においてはむしろ必要ではなく、一掃されるべきであることを強調するためのものでもある。

 とはいえ、我々の憲法改定案に盛り込まれた天皇制批判の内容や意義は根本的であって、無視されるべきものではない。現行憲法にはこれ以外にも、その本質にかかわるような部分で、訂正、修正、あるいは破棄されてしかるべき部分はまだまだいくらでもあると考えるのだが、取りあえず今回のところは、現行憲法にはそもそもの最初からして批判、検討され、改正(場合によっては、廃棄)されるべき、決定的に重要な箇所があるとして、一つの憲法改定案を提起する。

 付録として、2009年、民主党の鳩山政権の時代、たまたま次の指導者に嘱望されていた中国の習近平が来日した際、民主党政権を牛耳っていた鳩山と小沢は、習の“強い”希望があったのかなかったのかは定かではないが、天皇との会見を強引にセットしたが、その際の民主党政権の天皇制の“政治利用”の策動と、それを先導した小沢を批判した小稿を、当時の「海つばめ」(『鳩山政権の九ヵ月』117頁以下)から転載した。戦後の“象徴天皇制”の本質を暴いたものとして、また民主党政治の一端を暴露したものとして興味ある読み物であろう。

 後に鳩山はこのとき、天皇の政治利用として批判されたことについて、「結果的に正しかった、純粋に国益を考えたからであって、政治利用という考えはなかった」、若干の行き過ぎはあったとしても、「自民党政権でも同じ対応をしただろう」と開き直った末、民主党政権とは違って、今「安倍内閣が陛下のお気持ちを察せず、ないがしろにしているように感じられてならない」などと白っぱくれている(朝日新聞17年7月28日)。かつて小沢が平気で天皇の「気持ちをないがしろにした」ことなどなかったかに、である。鳩山という男は二重、三重の意味で厚かましく、嫌味な男である。  (林)

(「序文」より)

 

 

    編者 労働の解放をめざす労働者党

    発行 全国社研社

    定価 50円+