August 11, 2013

ヘッセ「アウグストゥス」〜幸せになる力〜

小学生の頃に読んだヘルマン・ヘッセの「アウグストゥス」 と言う話があります。

「誰からも愛される子に」という母の願いの通り、息子は町中の人から愛されるようになる。しかし彼は誰も愛する事が出来ず、空虚で不幸であった。母の願いを解いて欲しいと祈ると、彼は人から蔑まれ誰からも愛される事がなくなったが、心は愛で溢れ、人々の為に生き、彼は幸せであった。
と言うような内容であったと思います。

ずっと忘れていましたが、三十代で一回目の結婚が破たんした頃、思い出しました。

いつか幸せになれる日が来る。
いつか誰かが自分を幸せにしてくれる。
たった一つで良いから「これ」と言う生きがいが見つかれば幸せになれる。

そう思い続けてきたけど、ちっとも幸せになれない。

私は小さい頃からよく人に「恵まれているね。」と言われました。
でも心の中は辛くて辛くて、どうやったら幸せになれるのか苦しんでいました。

お金があっても、好きな仕事に就けても、誰かに愛されても、自分が幸せと思えないので、一向に幸せと感じる事が出来ない。

年を重ねるごとに自暴自棄・自虐的になり、身体・精神・社会的に自分を傷つける行為はエスカレートしました。

質問:どうやったら幸せになれるのか?

「幸せ」とはとても主観的なものです。
自分が幸せと感じられなくては幸せではありません。
だからこそ、まずは自分がどうしたら幸せなのかを真剣に考える事が必要です。

自分に問い続け出たのは
答え:幸せを幸せと感じる力をつけること

誰に愛されなくても何もなくても、生かされている事・周りの人々への感謝を感じられれば、きっとアウグストゥスのように幸せなはず。
だから、幸せを感じる力を育てよう!

そこで毎晩寝る前に、思いつく限り「ありがとう」を言う事にしました。
「今日も事故もなく終わった、ありがとう。」
「美味しくご飯を食べられた、ありがとう。」
「○○さんに成長するヒントをもらった、ありがとう。」
本当は、嫌味を言われたり、理不尽な扱いをされたとしても、とりあえず「ありがとう」と言ってみる。

この事を話したら、笑われた事が何回かありましたが、幸せは人それぞれで、私が笑顔で居られる事が大切なので、全然気にしません。

誰かが自分を幸せにするんじゃなくて、幸せに「これからなる」んじゃなくて、幸せに感じられる自分かどうか。

「いつか」なんて思っていたら、人を羨んだり、受け身で居たら、あっと言う間に人生は終わってしまう。

幸せを感じる事が出来なかったら、立ち止まり、自分に問いかけ、そして動いてみる。
人生そのものが幸せを知る事であり、その行為自身が幸せなのではないでしょうか?

答え:「幸せ」とは「生きる」事

皆さんが、今日も笑顔でいられますように。



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May 27, 2013

40代の終活

皆さんは、ご自身の死や残りの人生について考えていますか?

私は最近、本格的に終活を始めました。
と言っても、遺言を書くとか財産の整理をするとかではありません。
(もとから財産と呼べるものはありませんが

死を考える事は、どう生きるかを考える事
という言葉があります。

去年、グリーフケアの第一人者である高木慶子さんの講演を聞きに行きました。
(グリーフケア:家族や自分の体の一部など大切なものを失った人への支援)

講演の中で
今日の私は、残りの人生の中で一番若い私。
と言う言葉がありました。

未来に対してとても明るい気持ちになれたのと同時に、今日一日々々が、私の未来、私の人生を形成しているのだと改めて自覚する事が出来ました。

40代。
平均寿命まで生きられたとしても、いつまで今と同じように動けるだろう。
これからどう生きるのか。
最後をどう迎えたいのか。

そのうち時間が出来たら考えよう、なんて思っていたら、もう「その時」が来てしまうかも知れない。

先日「someday」と言う絵本を偶然手にして、更にその気持ちが強くなりました。

someday

Alison McGhee
「someday」





赤ちゃんが子供になり大人になり、自分と同じように子供を持ち、そして老いていく。
我が子への愛おしさと、いつか別れる日が来る寂しさを書いた本です。

私はいつまでこの子の人生を見守れるのか。
息子の寝顔を見る度、そう思います。

子供の頃から死を意識し、いつ死んでも良いと思っていたけれど、今は強く「まだ死にたくない」と思います。

今日の私が明日の私を作る。
毎日寝る時間もなく、ご飯やお風呂ですらまともに時間がとれませんが、明日の自分しいては子供の未来につながる生き方をしたいと思っています。

活き活きと笑顔で毎日を送る。
その為に、少しずつでも学び成長し続ける事。
それが、子育て中の私が今出来る終活。

結局、今までとたいして変わらなかったりして(笑)

・絵本ナビ:「ちいさなあなたへ」
・高木慶子さんの活動:上智大学グリーフケア研究所
・yahoo!辞書:「グリーフケア



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February 26, 2013

「筆不精」という言い訳

電話に出ない。
メールの返信をしない。

大事な時に連絡がとれない。
音信不通な状態が続く。

そんな私でも仕事の電話とメールは出ますが、休みの日や時間外だと一切出ないしメールも見ないので、会社の人はイライラしたり困ったりするようです。

今住んでいるところは実家から車で5分なのですが、一ヶ月近く顔を出さなかったり電話に出なかったりします。
今は妊娠しているのでさすがに両親も心配しているようですが、相方も居るし、私をよく知っているので、留守電にメッセージを残すだけです。

その相方を始め、私と長く付き合ってくれる人達は、私の「筆不精」と言う言い訳に付き合ってくれる人達です。

私が「筆不精」になった大きな原因には、若い頃ストーカー被害にあったり、私に対し精神病のせいで執拗に又脅迫めいた内容のメールや電話をしてくる人に悩まされたという経緯があります。

でも、私に付き合ってくれる人達はそれには関係なく、色々な欠点を抱えているそのままの「私」を受け入れてくれている人達なのだと思います。

「甘えている」と言われればそれまでかも。

でも、無理をして精神的なバランスを崩してしまった経験から、「何が大切で何を削るか」は自分の責任で決めるようになりました。

何でもかんでもは出来ません。
完璧にはなれません。

人と同じにはなれません。

人にとっては下らなくても、私には大切なものがあります。
その反対もあります。

人に出来ても、私には出来ない事があります。
その反対もあります。

そう宣言する事で、制限されてしまう事や、人から批判や軽蔑される事もあります。
でも、体や心が楽になり、結果的に人に優しくなれたり仕事が長続きしたりと言う利点もあります。

私は私。
やってみたけど出来ない事、やらなくて良いと感じた事、出来ると感じた事、もっとやってみようと思った事、素直に受け止めて生きようと思っています。

そして、それは人との関係でも言える事だと思います。
人それぞれと言う事を受け止めて生きたいと思っています。

ただし。
「言わなければ伝わらない事」、「社会人として求められる言動」と言うものがあります。
社会の中で生きている以上、これらを実行する事が私の課題であります。

妊娠して専業主婦になり、後まわしにしていたお礼やメールの返事などを必死でしている私なのでした。

※未だに、携帯は一日ほったらかしでPCでこんなブログを書いている私です。
何か返信や約束を忘れている事がありましたら、PCのアドレスかこちらのコメント欄に連絡下さい。

zero_0_zero at 10:51|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!人間関係 | 生き方

January 21, 2013

加島祥造「求めない」「受いれる」

今朝NHKで、加島祥造さんの新書「受(うけ)いれる」について紹介していました。

加島さんを知ったのは翻訳者としての本を読んでからだと思いますが、老子についても書いていて、前作の「求めない」はベストセラーに入りました。

「求めない」「受いれる」事で、心の安らぎを得て自由で幸せに生きる事が出来る。
多くの苦しみや大切な人を失った悲しみを乗り越えた人だからこその言葉がいっぱいで、心穏やかに幸せに生きるきっかけになる本だと思います。

幸せになりたい。
こんな伴侶が欲しい。
あの人みたいな環境で生まれたかった。
唯一無二の何かが欲しい。
救われたい。

今まで私の人生の中で、色々な願望がありました。
特に人に対しては会社でも家庭でも、「あぁして欲しい」「こうして欲しい」と多くを望んでいたように思います。

願望があればある程、会社でも家庭でも常に不満ばかりでした。

「変わりたい」「今の状況を変えたい」と思う気持ちは大切だと思います。
ただ、無い物ねだりや、神様に子供が願うように自分では何もせずに望む事は、ただの怠惰で、欲深い事だと思います。

結婚・離婚、転職、人間関係、色々な問題を経験して、「これでは駄目だ」と思ったものの、どうして良いかわからないまま、色々な本を読みあさり、色々な人と会い話を聞き、自分自身をさらけ出し、何とか変わろうとしました。

怠惰、欲深さ、傲慢、寂しさ、見栄、etc.
自分では蓋をしている、自分でも見たくない部分を無視し続けると、それらが知らない間に増幅していって、人生の邪魔をしていたと思います。

何かトラブルが起きる原因もこじれる原因も、そういう部分のせいな気がします。

そう思ってからは、そういう恥ずかしい自分を受け入れる事にしました。
その上で、改善策や増幅しない対策をとる方法を学ぶ事に集中しようと努めてきました。

問題解決は問題を認識する事から」とよく言うように、不満や不幸も感情的になって負の感情に振り回されるのではなく、まずは客観的に問題と捉える事で、解決していけると思ったのです。

アサーティブ、アンガーマネージメント、コーチング等。
産業カウンセラーの勉強もそうですし、仕事の為というよりは、自分自身が生きやすくなる為にはどうしたら良いのかを考え、一生懸命勉強してきました。

人を責めたり、すねたり、自分を卑下したり、妬んだり、諦めたり、そんな負の感情に支配されて、自らを不幸にしない為には、そんな自分を直視し受け止める事から。

「変わりたい」と思う心は、「求めている」事になるのかも知れませんが、「変わる」=「本来の自分を取り戻す」と言う考え方が、今の私にはしっくりきます。

テレビで加島さんもおっしゃっていましたが、子供の頃の無垢の自分、その本来の自分に戻る事が、幸せに暮らす事への第一歩なのだと思います。

100%「受いれる」「求めない」事が出来なくても良い。
素直に自分と向き合い真摯な気持ちで一生懸命生きる事が大切だと、加島さんの本を読むと思うのでした。

加島祥造公式HP
http://kajimashozo.com/



zero_0_zero at 22:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!人生 | 幸せ

December 16, 2012

希死念慮と希望の狭間で

"After all, tomorrow is another day."

小説・映画「風と共に去りぬ」の中の有名なセリフです。

「明日は別の日なのだから」
「明日は明日の風が吹く」
「明日と言う日がある」
色々に訳されていますが、私は「明日と言う日がある」が一番しっくりきます。

子供の頃からこの言葉が大好きでした。
どんなに辛い目にあっても、どんなに打ちひしがれても、人は生きていける。
そんな力強さを感じ、自分自身の強さも信じたかったのだと思います。

希死念慮」と言う言葉を皆さんはご存じでしょうか?
(はてなワード「希死念慮」)

私は幼稚園に入るか入らない頃から、独りになると頭の中で色々な声が聞こえるようになりました。
多くの場合、女性がヒステリックに叫んだり私を責めているような声です。
早口で、何を言っているかよくわからい事も多かったですが、怖くて苦しみ、「生きていてはいけない」「死ね」「消えてなくなりたい」と幼稚園に上がる頃には思うようになりました。

詩や絵を描いたり音楽を聴いている時だけは、そんな想いを忘れ自分が生きていても良いのだと思えました。

imback


こういった模様をただひたすら細かく紙いっぱいに描いたり、歌をうたう事によって何とか精神状態を保っていたように思います。

発達障害だったのか何だったのか?
幻聴は20代で聞こえなくなりました。
もっと早く専門家に相談していたら、もっと早く楽になれたのかも知れません。

何度も死のうとした事もあるし、今も幸せなのに「死にたい」と言う言葉が毎日よぎります。
そんな思いに支配されながらも生きてこられた事は、とても幸せだったと思います。
喘息があり「死にたくない」と思える機会があったのも、偶然とは思えません。

そして、これが病気であろうと何であろうと、これに負けない事が私の使命だと思っています。

まずは生きよう。そして今ある幸せに感謝して幸せいっぱいに生きよう。
それは、私の意地でもあります。

それでも、心が折れそうな時、支えてくれる歌をいくつかご紹介。

映画「モダンタイムス」の中の曲「Smile」。(Rod Stewartバージョン)


大好きな映画「As good as it gets」バージョンの「always look on the bright side of life」。


最後に、ブータンの首相の言葉
喜びとは一瞬のもの。幸せとは長く続くもの。

皆さんが折れそうな時の励みになりますように。



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