2010年05月26日

荒井まり子原画展によせて

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■荒井まり子原画展によせて     元住吉から vol.39

まり子さんの絵には、不思議な魅力がある。
その絵には、童話のように純朴で、ほのぼのとした情景や、
独特のユーモア、人を思いやるやさしさにあふれ、
怒りや闘いといったものさえ、「やさしさ」のひとつの形であるかのようだ。

「子ねこチビンケと地しばりの花」という
彼女の本の挿絵として描かれたそれらの作品は、
獄中での所持が許されていたボールペンと鉛筆で描かれた
モノクロームの表現であるにも関わらず、
パステル画のような、淡い色が浮かび上がってくる。
やわらかい鉛筆を使った微妙な濃淡やぼかしが、
絵の中に色彩感を形作っている。

なかでも野原や草むらでの
姉・なほ子さんとの思い出を描いた作品が、とても素晴らしい。

同志的とでもいうようなこの二人の仲は、
その絵のなかでも見事に表現されている。
野原で地しばりの花を妹に見せて講釈する姉と、
そんな博学の姉を見上げる妹。

それは子供の頃の忘れがたい情景なのだろう、
草や花が丁寧に描かれ、子供たちの表情もいい。
この絵は二人の思い出だけではなく、
姉・なほ子さんへのレクイエムでもあるのだろう。
研究会でともに活動した仲間と妹の逮捕、
マスコミの爆弾魔キャンペーン、警察の尾行、そして、列車からの自死。

子供の頃、「植物博士」や「虫めずる姫君」と
両親から呼ばれていたなほ子さんは、
まり子さんとともに「反日」の研究会に参加し、
和文タイプなどでその地下活動に協力もしていたのだけれど、
次第に先鋭化する武装闘争にはついていけず、
自分は弱い人間だと思うようになっていた。

その死は、
マスコミや権力に対する抗議といったものではおそらくないだろう。
彼女が帰りたかったのは、上古川の野原や草むらで、
そのためには、時間をリセットするしか方法がなかったのだ。
野原や草むらの作品には、
まり子さんの、なほ子さんへの思いがこもっている。

まり子さんの絵をはじめて見たのは、いつだったろう。
80年代のはじめ、獄中と手紙のやりとりをしている頃、
草の絵をいくつか送ってくれたことがあった。
早速、その絵をライヴのチラシに使わせてもらったりしたのだけれど、
ボクが自主制作で「円盤」というレコードを作るとき、
イラストを描いてもらったこともある。

ボクの音楽を聴いたこともなく、
どんな演奏をするのかも知らないまま、
ただ、ヴァイオリン弾きと、タイコ叩きの絵をという注文に応えてくれ、
その絵はパステルのような、うすむらさき色で印刷した。
やはり、まり子さんの絵には淡い色が似合う。

やりとりしていた手紙の中で、
ぺんぺん草を描こうと思って拘置所の庭から摘んできたら、
看守に取り上げられてしまったので、
頭の中で思い出して絵に描いたとか、
こちらの手紙に花のイラストが貼り付けてあったら、
ご丁寧にはがして、裏に何か書いてないか確認してから手元に届くので、
ごはんつぶで元に戻しておいたという話があった。

まり子さんの持っている詩情といったものは、
こんな何気ない日常のスケッチにも現れていて、
獄舎という管理体制を飛び越えるような、明るさや、
積極性といったものにあふれていた。
それが、絵にも表れている。

「子ねこチビンケ〜」という
彼女の自分史を彩るほのぼのとした作品群のなかで、
唯一、不安というものが前面に出た作品がある。
「窓から見える景色」と題されたその風景画は、
監獄の塀と、その先の町並みや高速道路を写実的に描いたもので、
空にはカラスが飛んでいる。

おそらく、死刑というその人の存在を社会が否定する制度と、
その闇といったものがこの風景の中にはある。
まり子さんの仲間が死刑という判決を受けることの不安、
そして自ら考え苦悩し、熱い思いで駆け抜けた青春の日々が、
社会から抹殺されていくことへの不安がここにある。

谷中のギャラリーで2週間にわたって行われる「荒井まり子原画展」は、
本の復刊を記念して、出版社とギャラリーが企画したもののようだ。
そこに行けばまり子さんに会えるという展覧会とは、
おそらく違うのだろう。

絵を描いているとき、まり子さんは、
きっとまっさらな自分を取り戻していたのだろう。
その自由で、のびやかな筆遣いは、希望と慈愛に満ちている。

それは、東アジア反日武装戦線の荒井まり子ではなく、
未決囚として監獄に11年いる荒井まり子でもなく、
「たったいま菜の花畑から連れてこられたような少女」のような、
まり子さんがそこにいる。


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