「不思議だね」「今日はお彼岸だよ」「利益があがらないなあ」これらの言葉は、皆さんも日常の中で何も思わずに使いますよね。実はこの三つ、「不思議」「彼岸」「利益」は元々仏教の言葉だったのです。「彼岸」はなんとなく墓参りの時に使うから仏教かも、と考えられますが、「不思議」や「利益」はそれこそとても「不思議」な語源ではないでしょうか。ここでは、これらの用語について分かりやすく皆さんに解説をしていきます。


不思議

まず、「不思議」について確認をしていきましょう。意味は言葉で表現できないようなことや、転じて数の単位のひとつでもあります。ここでは、数の単位については考慮しないことにします。「不思議」は実は言葉が略された形で、本来ならば「不可思議」というように使われていました。元々仏教の中で、仏様の道理を見極める能力や、持っている力を想像すること、口で言い表すことは不可能であるということが「不可思議」ということでした。「不可思議」は漢語ですので、一種の漢文と見なしてレ点を打って読んでみると、「思議すべからず」となります。思議を思うこと、議することとして、すべからずはできないという意味になりますので、やはり思い至ることができない境地ということを指しています。今では理解できないこと全般を「不思議」と略す用語になりました。


彼岸

お彼岸は、春分と秋分の前後七日間を指します。仏教ではこの頃に、ご先祖様の弔いをしますので、お墓参りやご自宅にお坊さんがいらっしゃるお宅が多いのではないでしょうか。ではこの「彼岸」、いったいどんな意味か理解していますか?「彼岸」とはサンスクリット語が語源です。人間は悟りを得るために様々なことに迷い苦しみます。「彼岸」の「彼」というのは、向こう側という意味を指しますので、その道の途中にある煩悩などを超えていくことを「彼岸」としています。「暑さも寒さも彼岸まで」ということわざを耳にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。これは、お彼岸が秋分と秋分の前後七日間執り行われることから、夏の暑さや冬の寒さは彼岸の頃までにおさまってくるということを指しています。季節を表す用語としても今でも利用されています。


利益

「神様からのご利益がありますように」と困ったときは祈りますよね。現在では、利益とは自分に何か良いことが起きたりすることを指しますが、実はこれも元々は仏教の中で使われていた言葉が身近なものとなった例の一つなのです。利益とは、神仏からの恵みのことや、仏教を信じることで他人に良いことが起きることを利益(りやく)といいます。これに対して、自分に良いことが起こる場合は功徳(くどく)といい、使い分けが行われていました。今では功徳とはあまり使われていませんが、利益はしっかりと残っています。皆さんが「利益」という言葉を使う場面は、何かに祈ったりするときが一番多いのではないでしょうか。祈るときは、多くは神仏にお祈りをしますから、特定の場で用いられる言葉でありながらも、身近に寄り添っている仏教が語源の言葉の一つと言えるでしょう。


まとめ

ここまで、元々は仏教による用語であった「不思議」「彼岸」「利益」について説明してきました。「彼岸」はお墓参りなど、神仏との関連があるために語源を知っている方もいらっしゃったかもしれませんが、「不思議」や「利益」が仏教由来だと知らなかった方もいるのではないでしょうか。ふとしたときにこれらの言葉の語源に思いをはせながら、使ってみてくださいね。誰かがこれらの言葉を言ったときには、あなたのうんちくを教えてあげてください。