しゅさいのブログ

コメディ作家で、劇団ZIPANGU Stage主宰の今石のブログです。
稽古日記や、スポーツ観戦記などなど。
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PICK POCKET・2

20F63F0C-3634-4A12-9C6A-F5A0F4BFB431お薦め戯曲シリーズの3回目は、北村想さんの『PICK POCKET・2』(北宋社)です。
今ではどのくらいの方がプロジェクト・ナビという劇団をご存じか分かりませんが、まあ、その世界観が後を引くといいますか、一度観るとクセになってしまう劇団さんで、ワタシ一頃結構ハマってまして既出の戯曲を買いあさり、東京公演があれば必ず足を運んでおりました。(愛知県を活動拠点とされてました)とてもおもしろいお芝居なのですが、さてどこがおもしろいのか……それを説明するのが非常に難しいタイプのお芝居というのがままありまして、まあその典型、といっても差し支えないかと思います。ただ、小説やエッセイも多く手掛けた北村想さんの文章はとても味があって読みやすいですから、戯曲を読んでいただければかなりの部分は伝わるんじゃないかとも思います。

北村想さんご本人を思わせる、下手村ゾウという名の戯曲作家の先生が主人公です。その先生の自宅に居候している掏摸(スリ)のコンビ二人(これは少年とも少女ともわからぬように書かれています)と、家政婦さんが一人いて、妻子と別居している作家先生の日常(?)が描かれています。才能が枯れて作品が書けなくなるかと常に恐れて精神科に通いながら暮らす先生……と書くとなにやら昭和初めの暗い文学作品みたいですけど、(実際そういう匂いもそこかしこにはするんですが)まあ、本質的に暗いお話を明るく(?)楽しく見せてしまうのが北村流なんじゃないかと思うのですね。掏摸のコンビを居候させているのも、作家で食えなくなってしまった時に掏摸になろうと本気で思っているから、なのですが、このコンビとの会話がなんか良いのですね。

シロウ「じゃあ、こないだ教えたお復習い。いいかい掏摸のポイントの1、注意を逸らす。覚えてるかい?」
下手村「ああ、覚えている」
シロウ「ぶつかって、掏るんじゃないんだ。ぶつかって、相手の注意をぶつかったことに向けさせておいて、その瞬間に、掏る」
   シロウとポチで実演してみせる。シロウが歩いてくる。ポチがぶつかる、
   と、その手にはもう財布が握られている。
シロウ「な、こういう具合だ。一度やってみっかい」
下手村「よ、よし」
   シロウが歩いてくる。下手村、ぶつかってコケル。
シロウ「コケテどうすんだよ、バカ」
下手村「馬鹿とは何だ。ちくしょう。足腰が弱くなったんだ。いよいよ駄目だ。ああ、ちくしょう」


ストーリーはこの先生の家に集まってくる、編集者やらインタビュアーやらを交えながら(逐一掏摸を実践しようとして失敗したりしますが)進み、どうやらお互い思いを寄せてる節のある先生と家政婦さんがどうなるのかにちょっと気になり始めた頃、急速に終焉に向かい始めます。ラストシーンがとても切なくて、ビジュアル的にも綺麗な絵で(これは残念ながら戯曲では見えないのですけど)、見終わった後しばらく呆けていたのをよく覚えているのです。

『2』がついてるタイトルですから、当然前作というのがあるのですけど、まあ2だけ読んでも十分面白いです。興味がわいた方はこちらも是非。
2862614C-0403-48FE-A047-DF1363B42CAD作家先生と掏摸のコンビは共通で出てきます。

北村作品といえば、岸田戯曲賞を受賞された『十一人の少年』ですとか、『相稿・銀河鉄道の夜』や『けんじのじけん』等の宮沢賢治をフィーチャーした(?)作品が有名だと思うのだけど、ワタシはこのピックポケットのシリーズが一番好きなのですね。例によってアマゾン等で古書を探すか、大きな図書館でしかみつからない、かもしれないのですが、是非。

閑話休題・朝ドラ『エール』について

お薦め戯曲シリーズ連載中なのだけれど、今日はちょっと脱線して、今の朝ドラ『エール』について。今週の展開が、なんというかいろんな意味で凄すぎて書きたくなっちまったのです。

まあ、引っ張りましたねえ(笑)。先週くらいからずっとダメになってイジけていた主人公が、いつになったら立ち直るのかとずっと思ってたら、金曜までひっぱりやがったよ(笑)。後述するけど、ワタシにとっちゃ痛すぎる種類の悩みなので、これを毎朝見せられるのはなかなかツラかったのです。

元来、『朝ドラ』には法則がありまして、まあ前期の『スカーレット』にしてもその前の『なつぞら』にしても、主人公に何か困ったことが起こっても、速攻で(なんならその日の15分のうちに)解決しちまってて、いささかドラマにしては悩みが浅すぎる(笑)んじゃないかと思うこともしばしばだったのだけど、今思うとあれはあれでいいのだな。朝からモヤモヤさせられるのって、なんかやですもんねえ。しかしこの『エール』、今週ワタシゃ、モヤモヤがついぞ金曜日まで晴れなかった。繰り返すけど、ツラい日々でした(笑)。

ご存じない方のために軽く解説しておきますと、『エール』の主人公は作曲家の古関裕而さんがモデルになっております。まあ、天才、ですね。ほぼ独学で音楽を学んで国際作曲家コンクールに入賞。生涯で作曲した数は5000とも言われていて、夏の甲子園の『栄冠は君に輝く』とか阪神タイガースの『六甲おろし』とか、はたまた『長崎の鐘』とか『高原列車は行く』などなど、だれでも聴いたことある曲がごまんと、実は古関さん作曲なのですね。ドラマでは若き日の主人公がレコード会社と契約したのだけれど、なかなか作曲家としてデビューできない日々が続いていて、そしてまあ今週は、早稲田大学の応援歌『紺碧の空』を依頼されてから実際に曲ができるまでのお話でした。まあ前述の通り、ずっといじけてばっかで、曲ができたのは金曜日でしたけど(笑)。


「自分の曲ならつくれるけど、依頼された曲はつくれない」
「ありきたりの曲は作りたくない、自分ならではの曲を作りたい」
「自分の音楽は捨てない、捨てたら意味がない」

まあ、ざっくりと主人公の悩みを言葉にしちまうとこんな感じです。これはまあ作曲家さんのみならず、画家さんや小説家さんでも、脚本家やシナリオライターでも、あるいは役者さんでも、まあ一度は経験すること、よくある『壁』なのだろうなあと思います。ワタシのような端くれ作家にも似たようなことはあったと思うし。依頼された曲があまりに書けない主人公は、自分の曲なら書けるのにとばかりに、依頼された曲をほっぽり出して自分のオリジナル曲を作曲し、才能を証明すべく大家の先生に見せるのですけど、(余談ですが、その大家の先生を志村けんさんが演じています。出てくると涙が出そうになります)
楽譜を読み終えた先生はたった一言、
「……で?」
と言うのですね。これがまあ……
主人公は打ちひしがれるのですけど、ワタシも打ちひしがれた(笑)です。ワタシのような端くれ作家にも思い当たる節が、やになるほどあります(笑)。これも余談ですが、この「……で?」というセリフ、なかなか普通、作家さんには出てこないセリフだと思うので、もしかしたらシナリオライターさんの実体験なのかなとも思いました。「それで君は何がしたいの?」とか頭で考えたセリフはそんなふうになると思うのだけど、まあ実感としても「……で?」だけの方がより、打ちひしがれるのですね。

「僕の頭の中、僕でいっぱいだった。そこに誰も入る余地なんてなかった。そんな独りよがりの音楽、伝わるわけない」

「自分で気づかないと、人は変わらないから」

まあ、全くその通りですね。そのことに木曜日の最後のシーンで気づいた主人公は、あっと言う間に『紺碧の空』を作曲してしまいます。これもまた、大いに、うーんと思わされてしまう部分ではあります。

ワタシが今週観ていてまず思ったのは、才能ある人ってこういう悩みあるのかなぁ、ってことでして、まあ凡人のワタシには思い当たることだらけ(笑)なのだけれど、天才って初めから知ってるんじゃないかと天才じゃないワタシには思えたので。自分で気づかないと人は変わらない、それは本当にそうで、役者さんにいくら口を酸っぱくして伝えても、自分で気づかないと人は変わらないです。少しでも自分で気づけるように、いろいろ考えて伝えたりしても、ホント、なかなか伝わらない。でも自分で気づいた時には、役者さんはびっくりするくらい変わるのです。そういうこと、天才は初めから知ってるのかと、凡人ならちょっと思ってしまいますね。でも、たぶんそうではないのでしょう。

ワタシの場合は……
気づいたとしてもそこからがまたタイヘンで、そこから先またいろいろと紆余曲折して、更に苦労して脚本やシナリオを書いてきたのだけれど、
まあ、この主人公、気づいたらあっと言う間だもんね(笑)。それが、天才、なのかもしれません、なんてことを思ったのでした。

おかしな二人

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今回はニール・サイモン著『おかしな二人』(早川書房)です。初演は1965年。ブロードウエィで何度もロングラン上演され、その後映画化もされた作品ですのでご存じの方も多いかと。まあ、シチュエーション・コメディというジャンルの開祖のような方ですね、ニール・サイモン。その初期の代表作ともいえるのがこの作品です。

ニューヨーク。主人公の一人、オスカー(ウォルター・マッソー)の住むアパートが舞台です。この人、まあ、ずぼらでテキトーな性格で、その部屋に集まった5人の仲間のポーカーのシーンからお話は始まります。その性格故にか奥さんに離婚されていて、一人暮らしの彼のアパートはどこもゴミだらけなのです。冷蔵庫の中には腐ったミルクが。例えば、ポーカー仲間にサンドイッチを勧めるシーンで、

オスカー「ブラウン・サンドイッチとグリーン・サンドイッチ。どっちにする?」
マレー「グリーンは何だい?」
オスカー「(サンドイッチの中身を見て)できたてのチーズか、古ーい肉だ」
マレー「じゃ、ブラウン」

ただ、このオスカーは心優しい好人物でもあります。離婚して離れ離れになった5才の息子から電話がかかってくるシーン。

オスカー「うん、手紙はちゃんと受けとったよ。三週間かかったよ。今度書く時はママに言ってちゃんと切手をもらいなさい……わかってるよ、でも切手の絵を描いてもダメなんだよ……」

困った受けごたえをしているオスカーは、想像するに微笑ましくてかわいいですね。ただし、同じ電話で、

オスカー「金魚?……ああ、おまえの部屋の! ああもちろん、もちろんだよ、ちゃんと世話してるよ……(受話器を胸にあてて周囲に)どうしよう、息子の金魚を殺しちゃった!(電話に戻って)うん、毎日餌をやってるよ」

ずぼらでテキトーな人柄を表す見事なエピソード(笑)であるとともに、焦ったり心苦しいウソをついてる役者さんの顔を想像してみるととてもおかしい、笑いの確実に取れるセリフでもあります。まあとにかく、良いセリフが多いのです。そして……

そんな彼らのところに、もう一人の主人公であるところのフィリックス(映画だとジャック・レモン)が、行方不明になってるらしいという報が入ります。ポーカー仲間で、いつもなら来てるハズの彼が今日は来てないのですね。そしてどうやら、奥さんに離婚されてしまったことも。オスカーとは正反対の、生真面目でちょっと神経質な部分もあるらしい、フィリックス。べた惚れだった奥さんに捨てられ、ヤツはもしかしたら自殺するんじゃないかと面々は恐れ始めます。どこかから飛び降りるんじゃないか、とも。

ロイ「精神の錯乱した男が何をしでかすかわかったもんじゃないだろ」
マレー「いやーッ、10人中9人は飛び降りはせんよ」
ロイ「10人目はどうなる」
マレー「飛び降りる。……(ハッとして)可能性はあるんだ!」

ますます焦りまくる面々。気の弱い彼が自殺するとしたらどこでするのか、もしかしたらそれは友達の部屋じゃないのかと思い至ったところで、おもむろにフィリックスが現れるのですね。

全員、めちゃくちゃ緊張しながら、懸命に平静を装い、懸命にゲームに興じているフリをします。ふと彼が窓の外を眺めると(アパートはビルの11階という設定になっています)慌てて全部の窓を閉めたり。このあたりのやりとりがとても面白いのです。ふと立ち上がったフィリックスに、ビクリとしたオスカーが、

オスカー「どこへ行くんだ?」
フィリックス「……便所だ」
オスカー「(他の男たちを気づかわしげに見てからフィリックスに)一人でか?」
フィリックス「いつも一人で行くよ! どうして?」
オスカー「(肩をすぼめて)どうってわけないが……長くかかるか?」
フィリックス「……終えるまでだ」

これ、ワタシはシチュエーション・コメディのお手本みたいな会話だと思うのですね。字面だけだと本当に何でもない、ほんの短いセリフ「一人でか?」が、このシチュエーションに入れてあげるとものすごくおかしなセリフになるのです。トイレなんだから普通一人で行くだろ!という突っ込みに似た気持ちと、でもそう口にしてしまう気持ちがとてもよく、わかりますね。

焦る面々の前からトイレに消えたフィリックス。さらに、こう続きます。

マレー「何てことしたんだ? たった一人で便所に行かせるなんて!」
オスカー「じゃ、どうすりゃよかったんだ?」
ロイ「引き止めろ! いっしょに便所に入れ!」
オスカー「本当に小便だったらどうする?」
マレー「死のうとしたらどうする? ちょっと気まりの悪い思いをしたって死ぬよりはマシだろ!」


その後、正反対の性格のオスカーとフィリックスは、共に離婚のための慰謝料や養育費を捻出するために、そのアパートで男二人の共同生活をすることになります。ところが、共に離婚に至ったのと同じ理由で、やがて二人の共同生活も……

きわめてオーソドックスな3幕芝居です。登場人物が全部で8人と少ないこと、ぶっちゃけオスカーとフィリックスだけ区別できれば、他の登場人物はごっちゃになってても多分大丈夫(笑)なことなどで、戯曲読みなれてない方にも読みやすいと思うし。脚本とかシナリオに興味がある方のために付け加えると、1幕の始まりと2幕の始まりは対比になっていて……などの、その後脚本の構造の基礎になっていくようなことがきちんと押さえられてもいます。いろいろ勉強になる脚本でもあるのですね。ちなみにその3幕だけが初演時のものは評判が悪くてその後ニール・サイモン本人によって何度も何度も書き直されたようで、そのいきさつなんかが彼の自伝に出てきます。

4A66A24F-C206-485E-AF58-F36C90965E70ニール・サイモン自伝『書いては書き直し』(酒井洋子訳 早川書房)
これ、自伝としても面白いのですが、脚本や脚本家というものについてもいろいろ考えさせられる部分が多いです。戯曲やシナリオのような、それ自体が商品ではなくてあくまで完成品のための設計図であるものを書く場合には、書く(ライティング)能力よりもむしろ、書き直す(リライティング)の能力の方が大事なのだな、とかね。ともにアマゾン等で容易に見つけられますので、本編を読んで興味を持たれた方はこちらも是非。冒頭あげた写真の本は、後に出版された戯曲集でして、表題作の他にやはり映画化された『はだしで散歩』や処女作の『カム・ブロー・ユア・ホーン』なども入っていて、どれもとても面白くてお薦めなのです。こちらもよろしければ。

天使は瞳を閉じて

2A338075-0AF0-4529-A640-99321F673763お薦め戯曲紹介シリーズ。
そんなワケで(笑)初回は、鴻上尚史さんの『天使は瞳を閉じて』(白水社)です。
実はこれ、おそらくですが私が生まれて初めて買った戯曲です。初版発行が1988年ですから、ざっと32年前で、ワタシは芝居の『し』の字も知らない23歳の大学生でした。初演を観た時の、演劇に対しての自らの固定概念を根本から崩されたような衝撃はよく覚えています。まあ、とにかく軽くてチャラい(?)ギャグのオンパレードなのです。ミュージカルでもないのに歌ったり踊ったりと過剰なほどのエンタメ精神にあふれていて、大いに楽しまされ、大声あげて笑っているうちに、なんだか訳のわからない深淵な所へ、気が付いたら連れていかれていました。


原発のメルトダウンによって世界は滅亡し、わずか生き残った人たちが作った小さな街が舞台です。そこで暮らす人々の営みと、それをそっと見つめる天使。だけど小さな街の人々は、やがて滅びてしまった世界と同じように……とまあ、鴻上さんにしては珍しく(?)きちんと『筋』がある物語になっています。ト書きもなんだかエッセイのようで、戯曲を読むのも初めて、という方にも読みやすいと思うし。

『天使は瞳を閉じて』
『世界を見つめてはいない』

そのタイトルに反して、最後まで優しいまなざしで世界を見つめ続ける天使が、なんか良いんです。ちなみに天使役の伊藤正宏さんは後に放送作家として活躍された方ですが、まあちびっこ(笑)ですので、存在感がないとか見えないとか、さんざん板の上でネタにされていましたね。残念ながら『笑い』部分に関しては、演じる役者さん依存のネタとあの頃の時代ネタが多いですから、戯曲だけを読んでしまうとよくわからないモノが多くなってしまうのですが、それでも時折クスっとさせられることは多いハズ。そしてその合間合間にちりばめられた気の利いたセリフがまあ……いろいろと考えさせられる、のですね。いくつか紹介しますと、

「起承転結と伏線は、物語の中だけだ」
「売れるものと真実は違うんだ。人々が求めてるのは、自分にとっての言い訳なんだ」
「変わりたいと願うことと、実際に変わることは、じつは何の関係もないんだって」
「マスターって、きっと、世界と闘ってるのね。でも、世界って結局自分のことなのよね。だから世界と闘うってことは、自分を傷つけることだったの」

ちょっとだけ戯曲解説みたいなことを許してもらえば……比較的序盤に出てくる『進化論』のハナシ。これがお話全体のキーになっております。ダーウィンの唱える、例えばキリンは高い所の草を食べるために徐々に首が長くなったというような説に対して、首が短いキリンの化石は出てくるのだけれど、その中間の首の長さの化石は出てこない……いわゆるミッシングリンク(失われた繋がり)と呼ばれる現象、なんかが語られるのだけれど、そこを押さえておけば、合間合間のちょっとしたセリフがわりあい一つに繋がっていきます。そしてそれは、ラストシーンの絵にも……

てなことを書きましたが、そういう理屈で考える的な読み方って、実はこの作品のあまりよくない読み方、なのかもしれません。お芝居観ているとわかんなくなっても、考え始めてしまってもどんどんオハナシは先に進んでしまうものですから。よくわからないままにどんどん読み進めてしまった方がいっぱい何かが残る、のかもしれません。

当時、第三舞台という劇団や鴻上さんの影響力というものは今となっては信じがたいものがありまして、まあ、数知れずの模倣第三舞台劇団(?)が全国にできました。演劇ファンでもなんでもないたくさんの一般の観客にお芝居を始めさせてしまうのですから、古今東西でも同じような功績がある人をあげろと言われても難しいほどなのです。ワタシにとっても間違いなくお芝居というものにがっつりハマるきっかけとなった一つの作品です。初めてこの作品を読む方がいらしたら、どんな感想になるのか是非うかがってみたいですね。冒頭あげた写真の一冊はおそらく見つけるのが容易ではないと思いますが(大きな図書館にはあるかもしれませんけど、このご時世だと…)後に出版された別バージョンのものならアマゾンの古書でもすぐに見つけることができます。よろしければ。

stay home の日々に何が出来るかを考えてみた

さて、ステイホームの日々。

ここ一か月くらいはワタシも生活必需品の買い物以外はほぼおうちで過ごしております。おそらくは間もなく非常事態宣言は解除されますけれども、コロナアフターの世界は、日常そのものを変えてしまうのだろうなぁと思っています。飲食業界も観光業界も、そして他の業界も勿論タイヘンなのだけど、演劇業界も過酷な日々なのです。難しいなぁと思うのだけど、やはりと言うか、興行モノというのは、今は必要ないじゃん、と普通に思われてしまうのですね。世界は、変わってしまう。うちの劇団も6月に予定していた公演を一年延期し、さらには12月に予定している本公演も果たしてできるのかどうかがかなり微妙になってきていると思っています。来年のオリンピック、できるのかしら。まだしばらくは、スポーツも演劇も気軽に観に行けるようになるには、ハードルが高いなあと思うのです。

そんな中で、何ができるのか。

ワタシなりに考えてみました。ネット動画でお芝居をやるとか、そういう手もあるのでしょうけれども、ワタシにはピンとこないのですね。動画にするなら、やはりどうしたってもともと動画の映画やテレビには敵わないとも思う。もちろん、そいういう試み自体を否定する気はないです。ただ、テレビで観たお芝居は、その場にいて同じ空気を感じて観たお芝居とは、やはり別物だとも思うのですね。

そんなことをぐちゃぐちゃ考えてるうちに……
戯曲をとりあげてみたいと思うようになりました。

戯曲を読む。これ、おそらくは一般の人にはハードルが高いことなのでしょうとも思うのだけど、優れた戯曲って、読む人の想像力さえあれば、すごく面白いのです。私も修行時代にいくつもの優れた戯曲を読んで、ものすごく面白いと思ったよ。映画がなかなか原作の小説を超えられないのはよくありますね。戯曲であれば、凝った映像技術も必要ないし、ありのままを楽しんでいただける、かもしれない。

ただ、戯曲というのはお芝居の設計図なので、なかなかそのものを楽しむのは難しいです。解説、が必要かもしれない。その解説を含めて、ワタシが過去に読んだすごく面白い戯曲を紹介したいと思ったのです。第三舞台や夢の遊民社、それこそ、シェイクピアもハロルドピンターも、はたまたニール・サイモンもレイ・クーニーも、きちんと解説があればとても面白いです。普通の人は知らないようなマイナーな、でもとても面白い戯曲もあるんです。

サッカーやらラグビーやら、これまでいろんなことをここで書いてきましたけれども、

ワタシの本業とも言うべき、お芝居の戯曲について、ついに書いてみたいと思います。
待て、次号(笑)。

2020年6月・企画公演の延期について

昨日、政府により東京を含む7つの都府県に緊急事態宣言が発せられました。これを受けて都知事は期間中のイベントに対して自粛を指示・要請する模様です。いつ収まるとも知れぬウイルスとの戦い。誰もが、大変な時を迎えています。

さて……
私達はかねてより、6月12日〜14日の特別企画公演の準備を進めてまいりました。規模を縮小し感染対策を万全にするなど、どうにか上演の道を探ってまいりましたが、ここにきての感染者数の増大を見るに、上演はもとより、稽古のために稽古場に集まることすら、今はリスクが大きいと判断せざるを得なくなりました。


あくまで、延期。中止ではなく、延期です。

世界中の知恵と勇気が、必ずやこの未知のウイルスとの闘いを制し、収束の日を迎え、またお芝居やスポーツやイベントを、誰もが普通に楽しめる日が来ると私は信じています。

上演時期は社会情勢等を注意深くみながら判断することになりますが、およそ一年後の2021年初夏のあたりに、上演を予定したいと今は考えています。


誰もが笑って楽しくて、そこにいる人全てが幸せになれるような、そんな公演にしたいと……
こんな時だからこそ、今はそう思っているのです。

インフルエンザ陽性、で「良かったね」と言われてしまう状況について

先週末、38度の熱が出た。

ビビリました。いやぁ、この時期ですから。そりゃ、ビビるよね(笑)。
症状は全くもって風邪です。喉に微妙な違和感。発熱。咳。リンパの痛み。でも、風邪の症状とコロナの初期症状は全くと言っていいほど同じらしいので……

その日、仕事等で関係する全ての人に、状況を説明して、しばらく、少なくとも2週間は自宅待機します、と通知を出しました。
最近は五十肩で整骨医にかかっていたのですけど、そこにもしばらくは行けない旨をお知らせして。

病院に行くべきかどうか、
万が一コロナだったとしても、今はよっぽどの重症でない限りは検査はしてもらえないみたいだし、今は有効な薬も治療法もないようだし、
もしコロナだったとしたら、他の人に移してしまうことは避けたいし、
かつ病院に行くことで、コロナでなかったのにコロナをもらってしまうリスクも、どうやらあるらしいので。

少なくとも2週間くらいは自宅待機する覚悟をしました。
外出するのは、最低限の買い物だけにして、マスクするなど万全を期して、かつ、できるだけ短い外出にとどまるようにして。

市販の風邪薬を飲んでみました。飲むと熱は下がるのです。でも薬がきれる頃になると再び微熱が出て。二日ほど、それを繰り返した後、風邪薬を飲まなくても微熱が出なくなりました。昨夜くらいからはずっと平熱です。

かかりつけの医者に、症状を全て説明した上で、行ってもいいかどうかのお伺いをたてて、「いいですよ」と言われ、病院に行ってきました。他の患者と隔離された病院で、インフルエンザの検査をしました。結果は……
陽性でした。

「良かったですね」とお医者様に言われました。
インフル陽性で、そう言われてしまう状況って……(笑)。

お医者様のハナシでは、インフル陽性でかつコロナ陽性の可能性はないんだそうです。
でもまあ、念のためにしばらくはまだ自宅療養を続けようと思います。

思ったのは……
今はこういう状況ですけど、コロナ感染する人よりも、普通の風邪だとかインフルに感染してしまう人のほうがずっと多いと思うのだけど、
普通に風邪ひいた人、なんだか差別されてるみたいにならないのか、という危惧。

そりゃね。今はね。風邪の症状が出たら自宅待機が鉄則です。
でも、普通の風邪から症状が悪化してしまう人も少なからずいると思うのですね。今の状況に忖度した結果、ただの風邪のハズが症状をより悪化させてしまうかもしれない。そういう人たちが、どうしたらいいのか、分からない、ですよね。

私の場合は、幸運(?)にも、症状はそれほど悪化しなかったしインフル陽性なので、コロナではない、みたいですけど、
もしインフル陽性でなかったら、と思うと、
更に、ぞっとしてしまうのですね。

今は蔓延を防ぐための重要な時期。それは分かるのです。
でも、風邪の症状が出た人が、病院に行けなくなったり、風邪を引いた被害者が、風邪をひいたことを加害者みたいに差別されやしないかと……

それは避けて欲しいと思うのです。

6月下北沢亭で『プロフェッサー・マイラブ』

さて、6月の特別企画公演の詳細が徐々に決まりつつあるのでお知らせしますね。
今回はうちの役者の世古恵佑(世古新・改め)が、なんとプロデューサーを務めます。あのセコシンが、です(笑)。企画タイトルは『世古Pおもてなし公演』。これは世古Pが共演者に無理難題の無茶ぶりをする……ワケでは全然なくて、彼の大好きな作品を彼の大好きな役者さんと共に、彼が思うところの一番お客様が楽しんで笑っていただけるよう、おもてなす公演、というコンセプトなのです。どんな作品になるのか、乞ご期待。公演情報については、以下をご覧いただければ、と。

ZIPANGU Stage 公式HP

今日は、その彼が選んだ作品、『プロフェッサー・マイラブ』について。
初演は2000年6月になります。劇団初期の代表作とも言える作品でして、初演時あまりの評判に、うちとしては珍しく僅かその2年後に再演することになります。その後、いろんなアマチュア劇団さんから戯曲使用の申請があって、おそらくですが私の書いた脚本の中では2番目くらいにいろんな場所で上演されました。2012年にはワークショップ公演でも使用していますので、うちの劇団だけでも都合4度目の上演ということになります。

梗概はHPの公演情報に書いたとおりで、まあわりあいハチャメチャ系の、うちの作品の中でもお客様が一番気軽に楽しめるライトタイプのストーリーです。ただこの作品がかくも長くいろいろなところで上演されてきたのは、気軽に楽しめる作品の中にも『人間』がきちんと描かれていたからだと思っています。物理学の研究に生涯を捧げる主人公の、すこぶる人間的な悩みや葛藤が……決して重苦しく描かれてはないけれど、最後には素直に沁みてくるのだろうと思うのですね。

来月にはオーディションワークショップも開催いたします。(詳細は上記劇団HPをご覧ください)
また新しい出会いがあって、共にこの何度も上演された作品を、また一から作り上げていけることを、今はただ楽しみにしているのです。

2020年代の始まりに

20劇団年賀状
改めまして皆様、明けましておめでとうございます。

2019年はラグビーの年でしたね。劇団としても4月に、ラグビーものばかりの三本立てリーディング公演『The day』を上演いたしました。コアファンなら垂涎のゲストを集めたアフタートークも大好評でして、これワールドカップの後にやってたらお客様の数が倍になったんじゃないか(笑)などと不埒なことまで頭をよぎったほどです。いつかまたやりたいなぁ。これはマジで。

そして7月には日本コメディ協会主催ですが、レイ・クーニー作の本場イギリスのコメディ『ファニー・マネー』の演出を担当いたしました。以前のブログでも触れましたけれど、本当に達者で面白い役者さんたちに集まっていただけたお蔭で、ワタシの役目はあまりなかったです。今となっては楽しんだ記憶しかない、非常に幸せな公演でした。こういうのも、またやりたいなぁ。

さて、20年代となって、劇団の活動も本格的に再スタートします。
まずは、まもなく情報公開となる、6月の企画公演から。これはご存知下北沢亭での公演となりますが、いろいろと面白いことになりそうな企画があがってきてまして、まあどう考えても普通の公演にはならなそうで、ワタシはドキドキしているのです。乞うご期待。

そして12月頭には、久々の本公演となります。うん、ホントに久々でこっちもなんだかドキドキ(笑)しますね。ちゃんと新作書けるのかしら。台本の書き方忘れちゃってないか……ちと心配なのですけど、まあせっかくなので今までとは違ったテイストやら構造やら、いろいろ試してみたいことを試してしまおうと、まあ無謀にも今は企んでおります。こちらもどうぞご期待ください。

20猫年賀状てなワケで(?)恒例の、猫友だち専用の猫年賀状なのです。
本年も、猫ともども、どうぞよしなに。

ラグビーワールドカップ2019・名珍言集

ラグビー・ロスの日々(笑)。
ワタシやラグビーファンのみならず、わりあい日本中がそうだと、いろんなところで仰ってる方がいて、ホンマかいな?と思いつつも、今大会の始まりと終わりとでは、何かが確実に変わったのだなぁとは思っています。来年一月に開幕するトップリーグの指定席の前売りはあっという間に完売になったそうでして、これちょっと、サッカーのJリーグ開幕の時の状況に似てますね。大事なのは、これから。

で、唐突ですが恒例(?)の、珍迷言集。

「(試合が)早く終わればいいと、ずっと思っていました」(田村優)
ご存知、ジャパンの司令塔の、開幕・ロシア戦を終えての一言。ホント、どんだけ、緊張してたんでしょうね(笑)。試合開始からミスが続出するジャパン。最悪の立ち上がりから、終わってみれば、4トライ以上のボーナスポイント含めて勝点5をゲットする、最高のオープニング・ゲームでした。あれだけ緊張しててもちゃんと勝てたことに胸を撫でおろしつつ、開幕戦がロシアで本当に良かったとも、今になってしまえば思いますね(笑)。

「もはや奇跡とは呼ばせない!」(NHKアナウンサー)
その時点で世界ランク2位で、ワールドカップ開幕時には1位だった、アイルランドに勝ってしまった際の、NHK実況アナの叫びです。正直に言います。ワタシ、あの段階ではアイルランドに勝てるとは全く思っていませんでした(笑)。ただ……
4年前の南アフリカ戦は、繰り返しになりますけどジャパンをなめてくれた南アフリカが先発メンバーに控え選手を並べ、何の対策もナシに戦ってくれて、かつ、いろんな運のファクターも確実にあって、なんとか勝った試合でしたけれども、この試合は、きちんとジャパンに対して準備してきたアイルランドを、運の要素はほぼなく、がっぷり四つで戦った末の勝利でした。暑さと湿気の要素が多少有利には働いたにしても。
「日本は強いと思っていたし、実際強かった」
アイルランドの監督の言葉です。ホントに、奇跡ではない、です。

「(もし試合が中止になって)巻添え被害にあえば法的措置も検討している」(スコットランド協会・最高責任者)
台風19号の影響で、3試合が中止になった大会でした。そして我らがジャパンのプール最終戦も、試合当日の11時になるまで開催なのか中止かが決まりませんでした。もし、中止になれば引き分け扱いになるというのが大会前に決められたレギュレーションでしたから……あの時点で中止の判断は、すなわちジャパンの決勝トーナメント進出と、スコットランドの敗退を決めるものでした。それを受けてのスコットランド協会の発言。同国ヘッドコーチのタウンゼントさんからも、(試合中止は)日本の陰謀だ、とでも言いたげな発言もありました。でもね……
断言しますけど、日本のラグビーファンで、あの試合の中止を望んでいた人なんて、いませんでしたよ。我々には4年前の屈辱の記憶がありましたから……
どんな形であれ、試合は開催して欲しい。勝って、文句ない形でのプール戦を突破して欲しい。誰もがそう望んでいたと思います。そして、実際開催された試合の結果は……胸のすくような勝利。くー。気持ちいい!
スコットランド協会のこの発言、世界に対しての見事なまでの、赤っ恥、なのでした。

「あの瞬間、あなたは思い知っただろう。スコットランドが対面しているのは、ラグビー文化を持たない極東の島国ではなく、強大なサポーターを持つ、己の真価を世界に証明しようと言う覚悟の決まったチームだということを」(英・ガーディアン紙)
そのスコットランド戦を終えての、イングランドの名門紙・ガーディアンの一報です。彼の地の新聞は、時に真実を、かくも詩的に切り取ります。

「日本のラグビーファンたちは、今なら何だってできる、どこが相手だって倒せると信じているだろう。そして、日曜日の夜に彼らが偉業を成し遂げた今、日本人だけではなく世界中の誰しもが、同じように思っている」
同じ記事の締めくくりの一文です。あの日、横浜で、ワタシもそう思ったよ。

「何よりすべての選手がプレーする喜びを身体から発散している。同じ印象を受けるのはオールブラックスぐらいだ」(仏・レキップ紙)
こちらはフランスの名門紙・レキップ記者の文章。なんかこの褒められ方は、シビれますね。今回のジャパンは国内はもとより、世界のメディアにも評判がすこぶるよくて、ファンとして誇らしいです。

「笑ったことないんで」(稲垣啓太)
この人は……まあ、マスコミ向きですね(笑)。
強面でヤンキー漫画の登場人物にもなりそうな稲垣。でもテレビのバラエティに出ている彼を見ていると、頭もいい人だなぁと思います。この発言、コメディの演出家視点で見ても、いろいろ応用も効きそうだしね。「稲垣さん、好きなヒトはいるんですか?」「恋したことないんで」とかね。
しかし実際の試合のパフォーマンスは本当にもうお見事としか言いようがなかったです。スコットランド戦のトライの例をあげるまでもなく、スクラムも強いしパスも出来るし、もう世界のお手本のようなプロップです。本当は、笑ったこと一杯あるクセに(笑)、とは思うのだけど。
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しゅさい

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