それからは……

実はこの頃の記憶があまりありません。ツラ過ぎるから、というワケではたぶんなくて……無意識のうちに、そのこと、を考えるのを避けていたのだと思います。もうこれ以上は……がんばらなくていいんだよと、スヤスヤ寝ている君に問いかけます。君は当然何も応えず……その寝顔は、天使のようでした。時折、むつくりと起き上がり、水を飲んだりご飯を食べたり。左目はもう光をとらえてはいないようでしたし、歩くことは徐々に難しくなってきていました。それでも彼は……生きていたのです。

10日ほどが過ぎたある夜。
むつくりと起き上がったタイムが、数日ぶりの排便をしました。あまり歩けなくなってからは便をするのがとても大変になってましたから、私はガッツポーズしたくらいでして。今日は調子が良いのかしらとご飯をあげてみたら、元気な頃くらいの量をガツガツと。私はかみさんと手を取り合って喜び……どこまでこの子はがんばるつもりなのか、と。それが……
タイムの最後のごはんになったのでした。

翌朝。
目覚めて、いつものようにタイムの様子を見にいくと、いつもの寝場所ではなくて、リビングの真ん中あたりで横たわっていました。呼吸はちゃんとしていたのでしばらく様子を見ていたのだけれど、なにかおかしい。病院に連れていくためにキャリーに入れようとして抱き上げてもタイムは目覚めず、前足がピンと伸びたまま曲がらなくなっていました。(後で知ったのですが、前肢過伸という神経症状だそうです)

先生の顔が曇り……
これから、毎日通うことはできますか?と。
意識が戻らなければ、ごはんは勿論、水を飲むのも薬を飲ませることも難しいのです。飲み込む、という作業は意識がなければできないので……全てを、皮下点滴という方法でとるしかない。
とりあえずその日の点滴をしてもらって……
彼が、目覚めるのを信じるしかなくて……

翌日も同じ時間に病院へ。
その翌日は病院がお休みなので、ってことで、先生に皮下点滴のやり方を教わりました。ビビリな私は針を刺すのもシリンダを操るのもおっかなびっくりでしたが、手順を教わりながらどうにかこうにか。二日分の薬と点滴の用具一式を買って帰って……ただ……
その間もタイムが目覚めることはありませんでした。前足が過剰に伸びた状態で横たわり、ほとんど動くことはなく。呼吸だけが規則正しく続いていて……

今になって思うのは、先生にはもう分かってらっしゃったんじゃないか、と。飼い主が、なんとかしたい、なにかしてあげたいと望むことも、何もせずに諦めることなんてできないことまで。
その後の二日間。私はかみさんに手伝ってもらいながら点滴液をシリンダにとり、そこに注射器から薬をうつして点滴針をタイムの背中に刺した。意識のない彼は、ただなされるままに横たわっていて痛がることもないのです。それでも彼は……

呼吸を、やめないのでした。

翌日。
かみさんと二人でタイムを連れて病院へ。
二人で話し合った結果として、
もしタイムの意識が戻る可能性がないのなら、
これ以上、延命のための治療はやめようと思うと伝えました。
先生は、ふーっと一つ息を吐き、こうおっしゃいました
からだのどこかが悪いとかではなくて、年齢によるものですから……
治療は、ここまでにしましょう……

やがてかみさんの小さくすすり泣く声が聞こえてきて、
先生がかみさんにティシュの箱を差し出してくれたのだけど、その箱がどう見ても奇妙な猫のキャラクターのカバーがついていて、なんだか悲しいシーンに場違い感満載だったのを覚えています。
最後にこうおっしゃってくれました。

最後の最後に、もしかしたらからだが痙攣することがあるかもしれないけれど、
びっくりするかもですが、意識があるわけではないので苦しんでるのではないです。

愚かな私は、そこでやっと……
君を見送る決意をしたのでした。