しゅさいのブログ

コメディ作家で、劇団ZIPANGU Stage主宰の今石のブログです。
稽古日記や、スポーツ観戦記などなど。
お気軽にお立ち寄りくださいませ。

お芝居

予告編配信イベント御礼

さて、大変遅ればせながら、先の『プロフェッサー・マイラブ予告編』配信イベントでは、沢山のご視聴をいただき、ありがとうございました。おかげ様にてトークイベントも滞りなく……とは言い難く一部お見苦しい点(笑)もありましたが、どうにか無事終了したのでした。なにせ何もかもが初めての経験でしたので、正直終わった後は相当ぐったり(笑)でした。それでも、いろいろと嬉しいご感想などもいただくと、なんかまたやってみたいなぁ(笑)と、喉元過ぎればなんとやらの実感なのでした。ご視聴ご感想いただいたすべてのみなさまに心からの感謝なのです。そして多分、そのうちなんかやります(笑)。

さて、トークの生配信はあの時きりなのですが、予告編映像の方は初回配信後は普通にいつでも観ることができますので、見逃した方はこちらから是非。改めてご感想などもいただければ幸いなのです。

プロフェッサー・マイラブ予告編01(9分39秒)

プロフェッサー・マイラブ予告編02(14分51秒)

プロフェッサー・マイラブ予告編03(11分30秒)

予告編と言うにはいささか長すぎる(笑)ので、3部に分けてあります。お手隙の際に是非。
また、全編通してご視聴ご希望の方はこちらからどうぞ。

プロフェッサー・マイラブ予告編(35分59秒)

本当に奇跡のように集まっていただいた素敵な役者さんたちによる、zoomを使った映像作品です。もちろん生で観る彼・彼女らのお芝居はより魅力的です。来年夏に上演予定の本編にも是非ご期待いただければと思っています。

今週土曜日プロフェッサー・マイラブの予告編配信イベントなのだ

しばらくご無沙汰してしまいましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

さて、暑い暑い夏の間に我々が何をしていたかと言いますと、来年夏に延期された同作品の予告編映像を作成していたのですね。で、今週土曜日の20時より、その初回配信イベントを開催することになりました。
(詳細はこちらをご覧ください)

コロナ禍で、なかなか集まることさえも難しい中で、我々になにが出来るのか、我々にしかできないことは何かと考えながらの撮影でした。zoomを使っての稽古はまさに試行錯誤の連続でしたが……結果、映像作品ながらも、演劇的要素やライブ感をたくさん詰め込んだ、映画でもネット動画でもない、演劇的配信作品になったとワタシは思っています。予告編、ですから当然それは課金が必要な作品ではなく無料でご視聴いただけるもの、なのですが、これ、もはや予告編の範疇をはるかに超えてしまって……そうですね、連続ドラマの第一話、みたいな作品になってしまったのでした。

初回配信終了直後に、ゲストに同作品にご出演いただいた盒教城さんを迎えたトークライブも配信します。コロナ禍も、まだまだ厳しい残暑も吹き飛ばす、劇団渾身のイベントに……

どうぞご期待ください。

PICK POCKET・2

20F63F0C-3634-4A12-9C6A-F5A0F4BFB431お薦め戯曲シリーズの3回目は、北村想さんの『PICK POCKET・2』(北宋社)です。
今ではどのくらいの方がプロジェクト・ナビという劇団をご存じか分かりませんが、まあ、その世界観が後を引くといいますか、一度観るとクセになってしまう劇団さんで、ワタシ一頃結構ハマってまして既出の戯曲を買いあさり、東京公演があれば必ず足を運んでおりました。(愛知県を活動拠点とされてました)とてもおもしろいお芝居なのですが、さてどこがおもしろいのか……それを説明するのが非常に難しいタイプのお芝居というのがままありまして、まあその典型、といっても差し支えないかと思います。ただ、小説やエッセイも多く手掛けた北村想さんの文章はとても味があって読みやすいですから、戯曲を読んでいただければかなりの部分は伝わるんじゃないかとも思います。

北村想さんご本人を思わせる、下手村ゾウという名の戯曲作家の先生が主人公です。その先生の自宅に居候している掏摸(スリ)のコンビ二人(これは少年とも少女ともわからぬように書かれています)と、家政婦さんが一人いて、妻子と別居している作家先生の日常(?)が描かれています。才能が枯れて作品が書けなくなるかと常に恐れて精神科に通いながら暮らす先生……と書くとなにやら昭和初めの暗い文学作品みたいですけど、(実際そういう匂いもそこかしこにはするんですが)まあ、本質的に暗いお話を明るく(?)楽しく見せてしまうのが北村流なんじゃないかと思うのですね。掏摸のコンビを居候させているのも、作家で食えなくなってしまった時に掏摸になろうと本気で思っているから、なのですが、このコンビとの会話がなんか良いのですね。

シロウ「じゃあ、こないだ教えたお復習い。いいかい掏摸のポイントの1、注意を逸らす。覚えてるかい?」
下手村「ああ、覚えている」
シロウ「ぶつかって、掏るんじゃないんだ。ぶつかって、相手の注意をぶつかったことに向けさせておいて、その瞬間に、掏る」
   シロウとポチで実演してみせる。シロウが歩いてくる。ポチがぶつかる、
   と、その手にはもう財布が握られている。
シロウ「な、こういう具合だ。一度やってみっかい」
下手村「よ、よし」
   シロウが歩いてくる。下手村、ぶつかってコケル。
シロウ「コケテどうすんだよ、バカ」
下手村「馬鹿とは何だ。ちくしょう。足腰が弱くなったんだ。いよいよ駄目だ。ああ、ちくしょう」


ストーリーはこの先生の家に集まってくる、編集者やらインタビュアーやらを交えながら(逐一掏摸を実践しようとして失敗したりしますが)進み、どうやらお互い思いを寄せてる節のある先生と家政婦さんがどうなるのかにちょっと気になり始めた頃、急速に終焉に向かい始めます。ラストシーンがとても切なくて、ビジュアル的にも綺麗な絵で(これは残念ながら戯曲では見えないのですけど)、見終わった後しばらく呆けていたのをよく覚えているのです。

『2』がついてるタイトルですから、当然前作というのがあるのですけど、まあ2だけ読んでも十分面白いです。興味がわいた方はこちらも是非。
2862614C-0403-48FE-A047-DF1363B42CAD作家先生と掏摸のコンビは共通で出てきます。

北村作品といえば、岸田戯曲賞を受賞された『十一人の少年』ですとか、『相稿・銀河鉄道の夜』や『けんじのじけん』等の宮沢賢治をフィーチャーした(?)作品が有名だと思うのだけど、ワタシはこのピックポケットのシリーズが一番好きなのですね。例によってアマゾン等で古書を探すか、大きな図書館でしかみつからない、かもしれないのですが、是非。

閑話休題・朝ドラ『エール』について

お薦め戯曲シリーズ連載中なのだけれど、今日はちょっと脱線して、今の朝ドラ『エール』について。今週の展開が、なんというかいろんな意味で凄すぎて書きたくなっちまったのです。

まあ、引っ張りましたねえ(笑)。先週くらいからずっとダメになってイジけていた主人公が、いつになったら立ち直るのかとずっと思ってたら、金曜までひっぱりやがったよ(笑)。後述するけど、ワタシにとっちゃ痛すぎる種類の悩みなので、これを毎朝見せられるのはなかなかツラかったのです。

元来、『朝ドラ』には法則がありまして、まあ前期の『スカーレット』にしてもその前の『なつぞら』にしても、主人公に何か困ったことが起こっても、速攻で(なんならその日の15分のうちに)解決しちまってて、いささかドラマにしては悩みが浅すぎる(笑)んじゃないかと思うこともしばしばだったのだけど、今思うとあれはあれでいいのだな。朝からモヤモヤさせられるのって、なんかやですもんねえ。しかしこの『エール』、今週ワタシゃ、モヤモヤがついぞ金曜日まで晴れなかった。繰り返すけど、ツラい日々でした(笑)。

ご存じない方のために軽く解説しておきますと、『エール』の主人公は作曲家の古関裕而さんがモデルになっております。まあ、天才、ですね。ほぼ独学で音楽を学んで国際作曲家コンクールに入賞。生涯で作曲した数は5000とも言われていて、夏の甲子園の『栄冠は君に輝く』とか阪神タイガースの『六甲おろし』とか、はたまた『長崎の鐘』とか『高原列車は行く』などなど、だれでも聴いたことある曲がごまんと、実は古関さん作曲なのですね。ドラマでは若き日の主人公がレコード会社と契約したのだけれど、なかなか作曲家としてデビューできない日々が続いていて、そしてまあ今週は、早稲田大学の応援歌『紺碧の空』を依頼されてから実際に曲ができるまでのお話でした。まあ前述の通り、ずっといじけてばっかで、曲ができたのは金曜日でしたけど(笑)。


「自分の曲ならつくれるけど、依頼された曲はつくれない」
「ありきたりの曲は作りたくない、自分ならではの曲を作りたい」
「自分の音楽は捨てない、捨てたら意味がない」

まあ、ざっくりと主人公の悩みを言葉にしちまうとこんな感じです。これはまあ作曲家さんのみならず、画家さんや小説家さんでも、脚本家やシナリオライターでも、あるいは役者さんでも、まあ一度は経験すること、よくある『壁』なのだろうなあと思います。ワタシのような端くれ作家にも似たようなことはあったと思うし。依頼された曲があまりに書けない主人公は、自分の曲なら書けるのにとばかりに、依頼された曲をほっぽり出して自分のオリジナル曲を作曲し、才能を証明すべく大家の先生に見せるのですけど、(余談ですが、その大家の先生を志村けんさんが演じています。出てくると涙が出そうになります)
楽譜を読み終えた先生はたった一言、
「……で?」
と言うのですね。これがまあ……
主人公は打ちひしがれるのですけど、ワタシも打ちひしがれた(笑)です。ワタシのような端くれ作家にも思い当たる節が、やになるほどあります(笑)。これも余談ですが、この「……で?」というセリフ、なかなか普通、作家さんには出てこないセリフだと思うので、もしかしたらシナリオライターさんの実体験なのかなとも思いました。「それで君は何がしたいの?」とか頭で考えたセリフはそんなふうになると思うのだけど、まあ実感としても「……で?」だけの方がより、打ちひしがれるのですね。

「僕の頭の中、僕でいっぱいだった。そこに誰も入る余地なんてなかった。そんな独りよがりの音楽、伝わるわけない」

「自分で気づかないと、人は変わらないから」

まあ、全くその通りですね。そのことに木曜日の最後のシーンで気づいた主人公は、あっと言う間に『紺碧の空』を作曲してしまいます。これもまた、大いに、うーんと思わされてしまう部分ではあります。

ワタシが今週観ていてまず思ったのは、才能ある人ってこういう悩みあるのかなぁ、ってことでして、まあ凡人のワタシには思い当たることだらけ(笑)なのだけれど、天才って初めから知ってるんじゃないかと天才じゃないワタシには思えたので。自分で気づかないと人は変わらない、それは本当にそうで、役者さんにいくら口を酸っぱくして伝えても、自分で気づかないと人は変わらないです。少しでも自分で気づけるように、いろいろ考えて伝えたりしても、ホント、なかなか伝わらない。でも自分で気づいた時には、役者さんはびっくりするくらい変わるのです。そういうこと、天才は初めから知ってるのかと、凡人ならちょっと思ってしまいますね。でも、たぶんそうではないのでしょう。

ワタシの場合は……
気づいたとしてもそこからがまたタイヘンで、そこから先またいろいろと紆余曲折して、更に苦労して脚本やシナリオを書いてきたのだけれど、
まあ、この主人公、気づいたらあっと言う間だもんね(笑)。それが、天才、なのかもしれません、なんてことを思ったのでした。

おかしな二人

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今回はニール・サイモン著『おかしな二人』(早川書房)です。初演は1965年。ブロードウエィで何度もロングラン上演され、その後映画化もされた作品ですのでご存じの方も多いかと。まあ、シチュエーション・コメディというジャンルの開祖のような方ですね、ニール・サイモン。その初期の代表作ともいえるのがこの作品です。

ニューヨーク。主人公の一人、オスカー(ウォルター・マッソー)の住むアパートが舞台です。この人、まあ、ずぼらでテキトーな性格で、その部屋に集まった5人の仲間のポーカーのシーンからお話は始まります。その性格故にか奥さんに離婚されていて、一人暮らしの彼のアパートはどこもゴミだらけなのです。冷蔵庫の中には腐ったミルクが。例えば、ポーカー仲間にサンドイッチを勧めるシーンで、

オスカー「ブラウン・サンドイッチとグリーン・サンドイッチ。どっちにする?」
マレー「グリーンは何だい?」
オスカー「(サンドイッチの中身を見て)できたてのチーズか、古ーい肉だ」
マレー「じゃ、ブラウン」

ただ、このオスカーは心優しい好人物でもあります。離婚して離れ離れになった5才の息子から電話がかかってくるシーン。

オスカー「うん、手紙はちゃんと受けとったよ。三週間かかったよ。今度書く時はママに言ってちゃんと切手をもらいなさい……わかってるよ、でも切手の絵を描いてもダメなんだよ……」

困った受けごたえをしているオスカーは、想像するに微笑ましくてかわいいですね。ただし、同じ電話で、

オスカー「金魚?……ああ、おまえの部屋の! ああもちろん、もちろんだよ、ちゃんと世話してるよ……(受話器を胸にあてて周囲に)どうしよう、息子の金魚を殺しちゃった!(電話に戻って)うん、毎日餌をやってるよ」

ずぼらでテキトーな人柄を表す見事なエピソード(笑)であるとともに、焦ったり心苦しいウソをついてる役者さんの顔を想像してみるととてもおかしい、笑いの確実に取れるセリフでもあります。まあとにかく、良いセリフが多いのです。そして……

そんな彼らのところに、もう一人の主人公であるところのフィリックス(映画だとジャック・レモン)が、行方不明になってるらしいという報が入ります。ポーカー仲間で、いつもなら来てるハズの彼が今日は来てないのですね。そしてどうやら、奥さんに離婚されてしまったことも。オスカーとは正反対の、生真面目でちょっと神経質な部分もあるらしい、フィリックス。べた惚れだった奥さんに捨てられ、ヤツはもしかしたら自殺するんじゃないかと面々は恐れ始めます。どこかから飛び降りるんじゃないか、とも。

ロイ「精神の錯乱した男が何をしでかすかわかったもんじゃないだろ」
マレー「いやーッ、10人中9人は飛び降りはせんよ」
ロイ「10人目はどうなる」
マレー「飛び降りる。……(ハッとして)可能性はあるんだ!」

ますます焦りまくる面々。気の弱い彼が自殺するとしたらどこでするのか、もしかしたらそれは友達の部屋じゃないのかと思い至ったところで、おもむろにフィリックスが現れるのですね。

全員、めちゃくちゃ緊張しながら、懸命に平静を装い、懸命にゲームに興じているフリをします。ふと彼が窓の外を眺めると(アパートはビルの11階という設定になっています)慌てて全部の窓を閉めたり。このあたりのやりとりがとても面白いのです。ふと立ち上がったフィリックスに、ビクリとしたオスカーが、

オスカー「どこへ行くんだ?」
フィリックス「……便所だ」
オスカー「(他の男たちを気づかわしげに見てからフィリックスに)一人でか?」
フィリックス「いつも一人で行くよ! どうして?」
オスカー「(肩をすぼめて)どうってわけないが……長くかかるか?」
フィリックス「……終えるまでだ」

これ、ワタシはシチュエーション・コメディのお手本みたいな会話だと思うのですね。字面だけだと本当に何でもない、ほんの短いセリフ「一人でか?」が、このシチュエーションに入れてあげるとものすごくおかしなセリフになるのです。トイレなんだから普通一人で行くだろ!という突っ込みに似た気持ちと、でもそう口にしてしまう気持ちがとてもよく、わかりますね。

焦る面々の前からトイレに消えたフィリックス。さらに、こう続きます。

マレー「何てことしたんだ? たった一人で便所に行かせるなんて!」
オスカー「じゃ、どうすりゃよかったんだ?」
ロイ「引き止めろ! いっしょに便所に入れ!」
オスカー「本当に小便だったらどうする?」
マレー「死のうとしたらどうする? ちょっと気まりの悪い思いをしたって死ぬよりはマシだろ!」


その後、正反対の性格のオスカーとフィリックスは、共に離婚のための慰謝料や養育費を捻出するために、そのアパートで男二人の共同生活をすることになります。ところが、共に離婚に至ったのと同じ理由で、やがて二人の共同生活も……

きわめてオーソドックスな3幕芝居です。登場人物が全部で8人と少ないこと、ぶっちゃけオスカーとフィリックスだけ区別できれば、他の登場人物はごっちゃになってても多分大丈夫(笑)なことなどで、戯曲読みなれてない方にも読みやすいと思うし。脚本とかシナリオに興味がある方のために付け加えると、1幕の始まりと2幕の始まりは対比になっていて……などの、その後脚本の構造の基礎になっていくようなことがきちんと押さえられてもいます。いろいろ勉強になる脚本でもあるのですね。ちなみにその3幕だけが初演時のものは評判が悪くてその後ニール・サイモン本人によって何度も何度も書き直されたようで、そのいきさつなんかが彼の自伝に出てきます。

4A66A24F-C206-485E-AF58-F36C90965E70ニール・サイモン自伝『書いては書き直し』(酒井洋子訳 早川書房)
これ、自伝としても面白いのですが、脚本や脚本家というものについてもいろいろ考えさせられる部分が多いです。戯曲やシナリオのような、それ自体が商品ではなくてあくまで完成品のための設計図であるものを書く場合には、書く(ライティング)能力よりもむしろ、書き直す(リライティング)の能力の方が大事なのだな、とかね。ともにアマゾン等で容易に見つけられますので、本編を読んで興味を持たれた方はこちらも是非。冒頭あげた写真の本は、後に出版された戯曲集でして、表題作の他にやはり映画化された『はだしで散歩』や処女作の『カム・ブロー・ユア・ホーン』なども入っていて、どれもとても面白くてお薦めなのです。こちらもよろしければ。

天使は瞳を閉じて

2A338075-0AF0-4529-A640-99321F673763お薦め戯曲紹介シリーズ。
そんなワケで(笑)初回は、鴻上尚史さんの『天使は瞳を閉じて』(白水社)です。
実はこれ、おそらくですが私が生まれて初めて買った戯曲です。初版発行が1988年ですから、ざっと32年前で、ワタシは芝居の『し』の字も知らない23歳の大学生でした。初演を観た時の、演劇に対しての自らの固定概念を根本から崩されたような衝撃はよく覚えています。まあ、とにかく軽くてチャラい(?)ギャグのオンパレードなのです。ミュージカルでもないのに歌ったり踊ったりと過剰なほどのエンタメ精神にあふれていて、大いに楽しまされ、大声あげて笑っているうちに、なんだか訳のわからない深淵な所へ、気が付いたら連れていかれていました。


原発のメルトダウンによって世界は滅亡し、わずか生き残った人たちが作った小さな街が舞台です。そこで暮らす人々の営みと、それをそっと見つめる天使。だけど小さな街の人々は、やがて滅びてしまった世界と同じように……とまあ、鴻上さんにしては珍しく(?)きちんと『筋』がある物語になっています。ト書きもなんだかエッセイのようで、戯曲を読むのも初めて、という方にも読みやすいと思うし。

『天使は瞳を閉じて』
『世界を見つめてはいない』

そのタイトルに反して、最後まで優しいまなざしで世界を見つめ続ける天使が、なんか良いんです。ちなみに天使役の伊藤正宏さんは後に放送作家として活躍された方ですが、まあちびっこ(笑)ですので、存在感がないとか見えないとか、さんざん板の上でネタにされていましたね。残念ながら『笑い』部分に関しては、演じる役者さん依存のネタとあの頃の時代ネタが多いですから、戯曲だけを読んでしまうとよくわからないモノが多くなってしまうのですが、それでも時折クスっとさせられることは多いハズ。そしてその合間合間にちりばめられた気の利いたセリフがまあ……いろいろと考えさせられる、のですね。いくつか紹介しますと、

「起承転結と伏線は、物語の中だけだ」
「売れるものと真実は違うんだ。人々が求めてるのは、自分にとっての言い訳なんだ」
「変わりたいと願うことと、実際に変わることは、じつは何の関係もないんだって」
「マスターって、きっと、世界と闘ってるのね。でも、世界って結局自分のことなのよね。だから世界と闘うってことは、自分を傷つけることだったの」

ちょっとだけ戯曲解説みたいなことを許してもらえば……比較的序盤に出てくる『進化論』のハナシ。これがお話全体のキーになっております。ダーウィンの唱える、例えばキリンは高い所の草を食べるために徐々に首が長くなったというような説に対して、首が短いキリンの化石は出てくるのだけれど、その中間の首の長さの化石は出てこない……いわゆるミッシングリンク(失われた繋がり)と呼ばれる現象、なんかが語られるのだけれど、そこを押さえておけば、合間合間のちょっとしたセリフがわりあい一つに繋がっていきます。そしてそれは、ラストシーンの絵にも……

てなことを書きましたが、そういう理屈で考える的な読み方って、実はこの作品のあまりよくない読み方、なのかもしれません。お芝居観ているとわかんなくなっても、考え始めてしまってもどんどんオハナシは先に進んでしまうものですから。よくわからないままにどんどん読み進めてしまった方がいっぱい何かが残る、のかもしれません。

当時、第三舞台という劇団や鴻上さんの影響力というものは今となっては信じがたいものがありまして、まあ、数知れずの模倣第三舞台劇団(?)が全国にできました。演劇ファンでもなんでもないたくさんの一般の観客にお芝居を始めさせてしまうのですから、古今東西でも同じような功績がある人をあげろと言われても難しいほどなのです。ワタシにとっても間違いなくお芝居というものにがっつりハマるきっかけとなった一つの作品です。初めてこの作品を読む方がいらしたら、どんな感想になるのか是非うかがってみたいですね。冒頭あげた写真の一冊はおそらく見つけるのが容易ではないと思いますが(大きな図書館にはあるかもしれませんけど、このご時世だと…)後に出版された別バージョンのものならアマゾンの古書でもすぐに見つけることができます。よろしければ。

stay home の日々に何が出来るかを考えてみた

さて、ステイホームの日々。

ここ一か月くらいはワタシも生活必需品の買い物以外はほぼおうちで過ごしております。おそらくは間もなく非常事態宣言は解除されますけれども、コロナアフターの世界は、日常そのものを変えてしまうのだろうなぁと思っています。飲食業界も観光業界も、そして他の業界も勿論タイヘンなのだけど、演劇業界も過酷な日々なのです。難しいなぁと思うのだけど、やはりと言うか、興行モノというのは、今は必要ないじゃん、と普通に思われてしまうのですね。世界は、変わってしまう。うちの劇団も6月に予定していた公演を一年延期し、さらには12月に予定している本公演も果たしてできるのかどうかがかなり微妙になってきていると思っています。来年のオリンピック、できるのかしら。まだしばらくは、スポーツも演劇も気軽に観に行けるようになるには、ハードルが高いなあと思うのです。

そんな中で、何ができるのか。

ワタシなりに考えてみました。ネット動画でお芝居をやるとか、そういう手もあるのでしょうけれども、ワタシにはピンとこないのですね。動画にするなら、やはりどうしたってもともと動画の映画やテレビには敵わないとも思う。もちろん、そいういう試み自体を否定する気はないです。ただ、テレビで観たお芝居は、その場にいて同じ空気を感じて観たお芝居とは、やはり別物だとも思うのですね。

そんなことをぐちゃぐちゃ考えてるうちに……
戯曲をとりあげてみたいと思うようになりました。

戯曲を読む。これ、おそらくは一般の人にはハードルが高いことなのでしょうとも思うのだけど、優れた戯曲って、読む人の想像力さえあれば、すごく面白いのです。私も修行時代にいくつもの優れた戯曲を読んで、ものすごく面白いと思ったよ。映画がなかなか原作の小説を超えられないのはよくありますね。戯曲であれば、凝った映像技術も必要ないし、ありのままを楽しんでいただける、かもしれない。

ただ、戯曲というのはお芝居の設計図なので、なかなかそのものを楽しむのは難しいです。解説、が必要かもしれない。その解説を含めて、ワタシが過去に読んだすごく面白い戯曲を紹介したいと思ったのです。第三舞台や夢の遊民社、それこそ、シェイクピアもハロルドピンターも、はたまたニール・サイモンもレイ・クーニーも、きちんと解説があればとても面白いです。普通の人は知らないようなマイナーな、でもとても面白い戯曲もあるんです。

サッカーやらラグビーやら、これまでいろんなことをここで書いてきましたけれども、

ワタシの本業とも言うべき、お芝居の戯曲について、ついに書いてみたいと思います。
待て、次号(笑)。

2020年6月・企画公演の延期について

昨日、政府により東京を含む7つの都府県に緊急事態宣言が発せられました。これを受けて都知事は期間中のイベントに対して自粛を指示・要請する模様です。いつ収まるとも知れぬウイルスとの戦い。誰もが、大変な時を迎えています。

さて……
私達はかねてより、6月12日〜14日の特別企画公演の準備を進めてまいりました。規模を縮小し感染対策を万全にするなど、どうにか上演の道を探ってまいりましたが、ここにきての感染者数の増大を見るに、上演はもとより、稽古のために稽古場に集まることすら、今はリスクが大きいと判断せざるを得なくなりました。


あくまで、延期。中止ではなく、延期です。

世界中の知恵と勇気が、必ずやこの未知のウイルスとの闘いを制し、収束の日を迎え、またお芝居やスポーツやイベントを、誰もが普通に楽しめる日が来ると私は信じています。

上演時期は社会情勢等を注意深くみながら判断することになりますが、およそ一年後の2021年初夏のあたりに、上演を予定したいと今は考えています。


誰もが笑って楽しくて、そこにいる人全てが幸せになれるような、そんな公演にしたいと……
こんな時だからこそ、今はそう思っているのです。

6月下北沢亭で『プロフェッサー・マイラブ』

さて、6月の特別企画公演の詳細が徐々に決まりつつあるのでお知らせしますね。
今回はうちの役者の世古恵佑(世古新・改め)が、なんとプロデューサーを務めます。あのセコシンが、です(笑)。企画タイトルは『世古Pおもてなし公演』。これは世古Pが共演者に無理難題の無茶ぶりをする……ワケでは全然なくて、彼の大好きな作品を彼の大好きな役者さんと共に、彼が思うところの一番お客様が楽しんで笑っていただけるよう、おもてなす公演、というコンセプトなのです。どんな作品になるのか、乞ご期待。公演情報については、以下をご覧いただければ、と。

ZIPANGU Stage 公式HP

今日は、その彼が選んだ作品、『プロフェッサー・マイラブ』について。
初演は2000年6月になります。劇団初期の代表作とも言える作品でして、初演時あまりの評判に、うちとしては珍しく僅かその2年後に再演することになります。その後、いろんなアマチュア劇団さんから戯曲使用の申請があって、おそらくですが私の書いた脚本の中では2番目くらいにいろんな場所で上演されました。2012年にはワークショップ公演でも使用していますので、うちの劇団だけでも都合4度目の上演ということになります。

梗概はHPの公演情報に書いたとおりで、まあわりあいハチャメチャ系の、うちの作品の中でもお客様が一番気軽に楽しめるライトタイプのストーリーです。ただこの作品がかくも長くいろいろなところで上演されてきたのは、気軽に楽しめる作品の中にも『人間』がきちんと描かれていたからだと思っています。物理学の研究に生涯を捧げる主人公の、すこぶる人間的な悩みや葛藤が……決して重苦しく描かれてはないけれど、最後には素直に沁みてくるのだろうと思うのですね。

来月にはオーディションワークショップも開催いたします。(詳細は上記劇団HPをご覧ください)
また新しい出会いがあって、共にこの何度も上演された作品を、また一から作り上げていけることを、今はただ楽しみにしているのです。

海外コメディ体験ワークショップを予習するのだ

さて、もはや明日なのですが、日本コメディ協会主催で、海外コメディを体験するワークショップを開催いたします。おそらくまだ定員には達していないと思いますので、金曜日中のお申込みなら受け付けてもらえるハズ。詳細とお申込みは下記ページからお願いいたします。

日本コメディ協会公式HP

先日上演された『和洋set you』の『洋』の部、ファニー・マネーをテキストに、海外コメディというものをやる上で演者さんにとってのポイントになる部分などを解説しつつ、まあ楽しく体験していただくような内容になります。てなワケで、今日はその予習(?)編。お芝居をやってない人にとってはちと専門的な話題になりますので、演技論とかに興味のない方は読み飛ばしてください。では。

1)読み合わせ〜言葉にするより意味を飛ばすべし

誤解を恐れずに断言しますと、コメディに限らず翻訳されたテキストで使われている日本語というのは、口語ではないです。敢えて言うなら『翻訳語』というべき特殊な日本語でして、チェーホフから演劇入りましたって方ならともかく、最近のすこぶる日常会話に近い口語演劇しかやったことない人にとっては、そこが最初の難関になります。ある程度の力量のある役者さんでもこれに結構悩まされますし、普通に読み合わせをやってるハズなのに、外国映画の吹替を聞いてるかのような読み合わせに、普通になっちまいますね。でもまあ、それはそういうものだという割り切りみたいなモノがある程度は必要かと思います。例えば、

ジーン「そりゃあ、あなたがトイレでしたのと同じ事をしたら、刑事さんの手だって震えたでしょう」

前後の脈絡がないと、なんのことやら分からないとは思うのですが、うまくやれば確実にクスリと笑いをとれてしまうセリフなのですね。でも、これ口語というにはあまりにも……まあ、翻訳語ですよね。普通に読んだら、役者さんにとっては文章を読まされてしまっているような感覚になるんじゃないかと想像します。ただ、こういうセリフは無理やり言葉にしようとしてもあまり得策ではなくて、その意味するところをいかにストンとお客様に落としてやるかで考えた方が早道なのですね。そのセリフの持つ背景というか、シチュエーションをお客様に想像させる。その結果、お客様の笑いをうまくいざなう。そのあたりの勘所みたいなものをお伝えできればいいなと思っております。

2)立ち稽古〜 身振り手振りは効果があるかないかで考えるべし

海外コメディをやるとなると避けられないのが、身振り手振りや激しい動きなどの、いわゆるオーバーアクション、かもしれないです。実際、演出家が指示したワケでもないのに、役者さんが自らこれを始めてしまうことも多々ありました。ただ、これには恐るべきマイナス作用もありまして、まあやりすぎるとお客様は引いてしまう、と思う。実際、私が初めて海外コメディのお芝居観た時も、それが凄くて、ちょっとお話に入りづらかった記憶もあったりします。いわゆる、それっぽい動きとか、外国人らしそうな所作とか。まあ役者さんは入れたくなっちゃうみたいです。なにせ海外コメディですから(笑)。
でまあ、今回の公演の際の稽古でも、いろいろと身振り手振りや動きには試行錯誤があったのですが、極論すれば、なくても構わない、です。日本の普通のコメディやる時にやる動きや所作で十分。外国人の役をやってるのに、身振りが少なくて違和感に思うお客様……って実はあまりいないと思いますし。ただ、なくてよい、が結論だとあんまりなので、身振り手振りの中でも有効なモノとそうでないもの、についての話ができればと思っています。例えば……

ヘンリー「とにかく落ち着こうと思ったんだ。どうすべきか考えるために」
ジーン「地下鉄の遺失物係に届けるべきだ ったに決まってるじゃない」
ヘンリー「そこで、僕は(バーで)ウィスキーのダブルを注文してそれからトイレに行 った」
ジーン「トイレ?」
ヘンリー「これが幻覚じゃないことを確かめる為に。幻覚じゃなかった。僕は便座に座って全部
数えたんだ!」

地下鉄で鞄を間違えて、73万5千ポンド(当時のレートで日本円にして約1憶7千万円)の入ったアタッシュケースを持ち帰ってしまったヘンリー。そのことに気づいた時の衝撃を妻のジーンに話しているシーンなのですが、ここ、まあ、ソファに座っているヘンリーと、立ってそのハナシを聞いているジーン。身振り手振りや動きはなくても、まあ成立はしますよね。普通に静かに話した方が、ヘンリーの衝撃が却って伝わるんじゃないか、といった演出も余裕で成り立つし。では、このシーンの主にヘンリー、どんな動きをすれば、より(普通に座ってただ喋るより)有効なのか。
ここ、実際の公演では、かなりあざとく言葉通りの動きをヘンリー役の役者さんにやっていただきました。「ウイスキーのダブルを注文して」の部分で、一度立ち上がってウイスキーを受け取るようなマイムを入れ、「僕は便座に座って全部数えたんだ」の部分で、ソファを便座に見立てて座り、両手でお金を数えるような所作を入れてもらいました。それは、このシーンでヘンリーが何をやったのか、という情報をお客様に、視覚的に入れておくことが後のシーンにとても重要だったからです。身振り手振りは、日本人にさせるのはとても大変なのですが(だって、普通の日本人ならそういうのやりそうにないからね)、ここは海外コメディの世界。有効であるなら、どんどんやるべきでして、そういうところに醍醐味もあるしね。どんな動きなら有効で、どんななら有効でないのか……そのポイントみたいなところをお話できればいいなと思っています。

3)キャラクターのつけ方は役割で考えるべし

ヘンリーなら、主人公で、物語の回し役。ジーンならヒロインであると同時に、ドラマ上の主人公でもあり、前半は受け役(お客様の感情移入役)でもある。ビルなら端役に見えて実は……等々。実は海外コメディって、今の日本のドラマに比べても、はっきりとしたドラマと構成が台本上ありますから、キャラ付けはストーリー上のその登場人物の役割とかなり密接な関係を持っています。まあ、このあたりは、実際に立ち稽古しつつ、お伝えできれば、と。

今ワークショップで、少しでも、海外コメディに対する興味を持っていただけたら嬉しく思います。ご応募、くどいですけどまだ間に合います。お待ちいたしております。


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