横丁のガンコ爺や

世の中の出来事を 横丁のガンコ爺や が語るブログじゃよ。  世の移り変わり・世の中のできごとを 斜に見ると、とっても楽しく・面白いのじゃ。
ムズイと思われる事を簡単に。冷や汗、額に流しながら・・・・・。 とりあえず、老い先短い年寄りの話に目(耳)を傾けてくんろ。
頑固一徹 根は純真 ちーとへそ曲がり。

2013年11月

日本・清朝の国民国家化

前回まで米・欧州を宣ったが
今回は日本と清朝の国民国家について流れのお話じゃ。
先ず日本はみんな知っての通り
1603年02/12(旧暦) 徳川家康が征夷大将軍 徳川(江戸)幕府
1867年10/14(旧暦) 徳川幕府が大政奉還
1867年12/09(旧暦) 王政復古の発令
1868年01/03(旧暦) 鳥羽・伏見の戦い勃発 戊辰戦争
1868年03/14(旧暦) 五箇条の御誓文 億兆安撫国威宣揚の御宸翰
1868年04/11(旧暦) 徳川幕府江戸城明け渡し
1871年07/14(旧暦) 廃藩置県
これらにより、君主制国民国家に変貌を遂げたんじゃよな。
お次はお隣、清朝の場合
1616年 明朝(漢人王朝)より弩爾哈齊(ヌルハチ)が独立し後金国
       (弩爾哈齊は女直(女真族=満州人)のリーダー)
1636年 1616年以降 明の山海関(現在の河北省秦皇島市山海関区)
       以北と南モンゴルを制圧し領地拡大
       女真族=満州人・漢族・モンゴル族の部族長会で
       弩爾哈齊(ヌルハチ)=愛新覚羅の後継者、
        ホンタイジが大清皇帝に推挙される
1644年 明朝の内部分裂に乗じて北京攻略、清朝は北京を首都に
        ここで歌舞伎で有名な 「国性爺合戦」 鄭成功(国姓爺)が
        登場、彼は明朝再興に尽力するも夢破れる事に
            鄭成功(1624〜1662)の父は漢人、母は和人(日本人)
1840年 英、清朝へ恫喝、アヘン戦争
1850年 太平天国の乱 洪秀全率いる軍団が清朝に叛旗を翻す
         南京制圧し太平天国王朝を(〜1864年)
1862年 陜西・甘粛省で漢人と回(イスラム)教徒とが衝突
1865年 東突厥(トルキスタン)回(イスラム)教徒の清朝への叛旗に
         乗じ西突厥のヤアクーブ・ベグが東突厥を支配下に
1877年 清朝が東突厥(トルキスタン)を奪還
1884年 清朝は東突厥(トルキスタン)を「新疆省」に
            (新疆省はほぼ現在の新疆ウイグル自治区)
1884年 清仏戦争 越南(ベトナム)支配をめぐる両国の戦闘
1885年 仏は台湾を封鎖 戦闘膠着状況から講和(天津条約)
            仏は越南(=ベトナム)を奪取。
         清朝は「台湾省」を設置
         台湾はそれまで清朝の一部と見なさず、辺境扱いで   
         漢人の入植も禁止されていた
清朝は度重なる西欧列強国の横暴さに絶えきれず、それ迄の
満州人とモンゴル人が同盟して漢人を支配する建前を崩し
新たに漢人を同盟相手とせざるを得ない状況に
1894年 日清(甲午)戦争 李氏朝鮮国の内乱、甲午農民戦争に伴い
            朝鮮の宗主国 清朝の朝鮮駐留軍と朝鮮派遣日本軍が対置
         やがて両者は互いに戦闘状態に陥る
1895年 清朝軍劣勢状況をきたし清朝側より休戦・講和に
清朝は欧米列強に屈する事には甘んじたが
東夷と考えていた日本に敗戦した事に深刻な衝撃が走るんじゃ。
これ以後清王朝は日本式国民国家(君主制国民国家)の樹立に邁進。
日本に若き学生を多数送り込み学習させる方針を貫徹。
(1928年南京国民政府主席の蒋介石は東京振武学校へ留学、後に
 日本陸軍にお勤め、陸軍十三師団の高田連隊の野戦砲兵隊将校)
但し、当然、紆余曲折を経て
1912年01月01日 孫文をリーダーとする中華民国が成立
1912年02月12日 清朝皇帝、宣統帝が退位
ここに初めて中華民国と言う国民国家ができ上がったんじゃよ。

第二番目の国民国家 フランス

2週に渡り国民国家の話をしたんじゃが今週も続きじゃ。
Nation-state ⇒ 国民国家は地域一族財産(土地)って事じゃった。
(前週、国民国家の語源解きほぐし
この幻想国家はアメリカ合衆国が最初でそれ迄は
「(自治)都市国家」
 紀元前ギリシャのポリス ヴェネチア共和国等々
*少数の貴族・商人の合議制
「君主制国家(王国)」 1750年頃では
清朝 ハノーヴァー朝 ブルボン王朝
ハウスブルグ・ロートリンゲン朝 ホーエンツォレルン朝
ロマノフ朝 オスマン朝 ムガール朝等々
*明確な国境は存在せず、又、治める地域は全て君主の財産=土地
ラフに言えば、この二つの政治体制しか存在しなかったんじゃ。
二番目に国民国家になったのはフランスじゃ。
1789年パリ市民が時の君主、ルイ16世を拉致監禁、後に処刑、
ルイ16世の財産をどの党派が分捕るかで、ぎくしゃくし、漸く、
1799年ナポレオン・ボナパルトが第一統領となり王の財産=土地を
nation ⇒ 国民と言う 「幻想組織体」 が引き継ぐ事になり、
Nation-state ⇒ 国民国家が成立したんじゃ。
この時期の欧州は
立憲君主制のイギルス王国
君主制のポルトガル・スペイン・オランダ・デンマーク・スウェーデン
ノルウェー・スウェーデン王国
オーストリア・オスマン・ロシア帝国等々が群雄割拠していたんじゃ。
君主領地は
飛び飛びだったり、取ったり取られたりで日々未確定な状態じゃった。
明確な国と国との境はとっても引けずの体たらくだったんじゃよ。
日本の戦国大名同士の争いとほぼ同じ感じなんじゃよ。
それが、いきなりブルボン王朝が倒れ、彼ら彼女らの財産=土地が
立前上その土地生まれの人々のcommonwealth(共有財産)と
なったもんじゃから 「大騒ぎ」 じゃ。
何が 「大騒ぎ」 かと言うと
それまでの領地争いは君主が各々「兵隊さん」を雇い(傭兵)
貴族が戦闘隊長となり互いに戦火を交えたんじゃ。ところが、
Nation-state ⇒ 国民国家(領地は国民の共有財産)となった
フランス国民は
自分達の財産=土地を増やす(他国の領土を掠め取る)戦争には
傭兵とは違い、見違えるほどの戦力に変貌したんじゃよ。
従って、不幸にも長続きはしなかったがナポレオン軍団は
破竹の進撃で他国の領地を奪い取ってしまったんじゃ。
これに慌てふためいた各君主達は
国民国家化へひた走る事に相成ったんじゃよ。
紆余曲折を経て現在では
立憲(憲法制限有)君主国の
イギリス、スペイン、ベルギーオランダ、
デンマーク、スウェーデン、ノルウェー
共和国(君主無)の
ドイツ、イタリア、スイス、ポルトガル、アイルランド、
フィンランド、エストニア、ラトビヤ、リトアニア、ロシア、
ポーランド、ベラルーシ、ウクライナ、
チェコ、スロバキア、オーストリア、ハンガリー、
スロベニア、ルーマニア、クロアチア、ブルガリア、
セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、サンマリノ、ギリシャ、トルコ と
カトリック教会の総本山であるバチカン市国が存在するんじゃ。
これらの共和国・立憲君主国国民国家群(国民国家)も
「きしみ」・「齟齬(そご)」 をきたし、
新たな幻想国家群、EU(EUROPEAN UNION)を
構築・実験・実践中じゃ。

国民国家の語源解きほぐし

今回も前週の続きで固(かた)めの話じゃ。
「国民国家」 って 「Nation-state」 の翻訳語じゃと先週言ったのう。
nation ⇒ 国民 state ⇒ 国家。
じゃから本来はnation、state、
と云う概念(concept)を把握しない限り
理解不能って事になるんじゃよ。
nation、state、と云う言葉にはそれが使用された処の
経済・政治・文化の歴史がいくえにも積み重なっておるんじゃ。
ほら、ここでも出現しちょる。
economy⇒ 経済・politics ⇒ 政治・cultures ⇒ 文化、
これも翻訳語なんじゃよ。
これ以外にも幕藩体制の崩壊以後、新語として流布した翻訳語が
ごまんとある。と言うよりも明治時代に突入してから
それ以前の和語(日本古来の言葉)の使用が減少したんじゃよ。
どうもわしら日本人は 「新しもの好き」 のきらいがあるみたいじゃ。
これって今現在も日々進行中なんじゃ。
特に、大東亜戦争後には米英語のカタカナ表現は顕著じゃろ。
まあ、今日は 「新しもの好き」 の話ではなく、
最初に触れたnation ⇒ 国民 state ⇒ 国家についてじゃ。

先ずは 「nation ⇒ 国民」、
この国民と言う漢語(熟語)は漢文には存在しないんじゃ。
国(コク・くに)は俗字で 「國」(形声文字)が本来の漢字じゃ。
國=囗+或 
囗・・・四方の城壁や境界の封(もりつち)じゃ。 意符
或=戈+口+一 音符  或は國の原字
 戈・・・ほこ=守備
 口・・・くち=人
 一・・・ひと=土地
或・・・上記の合字で
人の集まり住んでいる土地、即ち、上代のポリス的な「くに」の意じゃ。
民(ミン・たみ)は母又は女子に上下の点を添えた形。(指事文字)
子を生み育てて人を増す意を示すんじゃ。
この二つ(國・民)の漢字をくっつけnation は国民と訳されたんじゃよ。
和製合成漢字での連結意味合いは
「境の内側で愛を育み子孫を増やす行い」 ってな感じじゃよ。
漢語でのこの表現は 「国人」 になるんじゃ。
しかし、現在の中国では日本作成文字を輸入し国民を使用しちょる。
一方、nation は米英語じゃがこれの語源はラテン語natioからじゃ。
(ラテン語は伊中西部在住ラテン人言語→古代ローマ共和国公用語
 →カトリック教会公用語→欧知識人言語。今もバチカン市国公用語)
ラテン語natioは出生→種(族)の意なんじゃ。
故に、nation はある地域で生まれた一族と言うことになる。

次に 「state ⇒ 国家」、
国家は漢語(熟語)で存在するんじゃ。
漢語の国家は国(世間)と家(家庭)との対比表現熟語じゃ。
又、紀元後になり国家=皇帝(皇帝が治める都市=私有財)の意も。
現在の中国語、「国家」 は国民同様日本から逆輸入した国家に。
この逆輸入時期は清朝(満州人王朝)末期(明治維新後)。
清朝は主に漢人を日本へ留学生として送り込んだんじゃが、
彼らが立憲君主国民国家化した日本で知識・軍事を習得し
帰国する際、便利グッズ(和製漢語)としてお持ち帰りされたんじゃ。
国は上記の通り。
家(カ・ケ・コ いえ・や・うち) ( 形声文字)
家=宀+豕
宀・・・家 意符 (象形文字)
使用に垂れた屋根の形にかたどる。原義は奥深い家。
豕・・・いのこ(猪)・ぶた(豚)の意。 音符
原義はぶた小屋の意、転じて人の住む「いえ」に用いる。
この二つの漢字をくっつけstate の訳語として国家になったんじゃよ。
stateはラテン語statusが語源なんじゃ。
ラテン語statusは立つ事・位置、状態→地位、財産の意じゃ。
stateは先週話した、米国東海岸13州が英王室私有財産(土地)を
戦いで分捕り・独立し米国東海岸13州に住まう人の共有財産?に
してしまった。
従って、
stateを訳した国家はこの 「財産(土地)」 って言うことなんじゃよ。

そして、Nation-state ⇒ 国民国家は地域一族財産(土地)って事に。
ちょいと端折って話してしまったが
国民国家とはこんな歴史背景があったんじゃよ。

尚、漢字は 「新漢和辞典改訂版(大修館書店)1967/2/1」 を参考。
形声文字とは
規制の文字を二つ以上結合して新文字を作る際、
一方の字から意味を取り(意符)、他方の字から音を取り(音符)
構成された文字。
象形文字とは
個々の形有る物を簡略化して絵画的に表現した文字。
指事文字とは
象形文字の様に絵画的図形で表現不可の事柄を点や線、或いは、
既存の象形文字上に記号を添えて指し示す文字。

民主主義は日本文化とは違和

「文化の日」 に因んで今日はちょいとお固い話じゃ。
みんな 「国民国家」 って言葉を聞いたり見た事があるかいのー?
これは 「Nation-state」 の翻訳語なんじゃ。
Nationを国民、stateを国家と明治の世に訳したんじゃよ。
Nation-state=ネイション-ステイトを一番最初に成し遂げたのは
United States of America=アメリカ合衆国 なんじゃ。
時は1776年大英帝国の植民地であった米国東海岸13州が
大英帝国(British Empire)に対し独立宣言、英国戦闘苦戦状況から
1783年パリ講和条約で大英帝国がしぶしぶ承認。
これで、正式にUnited States of America=アメリカ合衆国が成立したんじゃ。
<英国王室、或いは王室から付与された貴族の土地(=財産)を
米国大陸に出稼ぎにいらした方々が武力で奪取、
その財産(=土地)を住民の共有財産?にしたんじゃよ。>
そして、十二分に熟慮して?
1789年アメリカ合衆国憲法が作成・発布され
「Democracy(民主主義)」 の政治制度が初めて規定されたんじゃよ。
因みに広辞苑では民主主義を
「(democracy) 語源はギリシア語 demokratia で、
demos (人民)と kratia (権力)とを結合したもの。
すなわち人民が権力を所有し、権力を自ら行使する立場をいう。
古代ギリシアの都市国家に行われたものを初めとし、
近世に至って市民革命を起した欧米諸国家に勃興。
基本的人権・自由権・平等権あるいは多数決原理・法治主義などが
その主たる属性であり、また、その実現が要請される。」
と説明している。
このDemocracyって言葉、みんな小学校で習った時に
違和を感じなかったかいのー?
Democracyの考え方の前提は
「人間は全て 『神(イエス・キリスト)』 の前に平等に創られている」
と言う事になっておるんじゃ。
日本人には八百万の神々が見守って下さっている(時には鉄槌も)。
故、一体どの神様の前で平等なのか、わしらは困ってしまうじゃろ。
旧暦の神無月(10月)に日本の神々は出雲に結集されるから
話し合ってお決め下さればとも思うんじゃが実際の所、
彼ら・彼女らには上下・序列がないんじゃよ。
日本では八百万の神々が誰欠けることなく並立関係におられるんじゃ。
これが 「日本文化の神髄」 なんじゃよ。
従って日本に於いて、前提がないのだから
Democracy(民主主義)って思想は全くそぐわないのだよ。
ここの所をよーく押さえておかないと、
Democracy(民主主義)を金科玉条と仰ぐのは
「とんでも‐ハップン(大間違い)」 って事になるんじゃよ。
日本文化はとっても、のほほん・長閑(のどか)で
一神教の文化にとっては異色で理解不能な素晴らしいもんなんじゃよ。
RECOMMEND H.P.
粋・いなせ と服  江戸時代

うちの孫の作なんじゃけど
江戸時代の庶民文化
粋といなせ」について
語っているので暇だったら
一度、目と通してくんろ。

何やら、今現在は「古事記」に
凝っているそうじゃ。
「本居宣長」じゃあるまいにのう。

日本の色 (伝統色)

日本の色について
大昔から近代までの流れを
色見本付きで紹介しちょるぞ。

男と女 待賢門院

これは「歴史秘話」ではなくて
少し歴史をかじった事がある
者にとっては周知の事実じゃ。

男と女 お美代の方

これも「歴史秘話」ではなくて
「歴史ヒストリア」?
家斉は大したもんじゃのー。

ファッション・よもやま話

孫の作じゃ。
お時間があればどうぞ。
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