今年の大河ドラマでも認めている風じゃから問題はないと思うが
崇徳帝(1119〜1164)の父親が
鳥羽帝(1103〜1156)ではなく、
白河帝(1053〜1119)で、母親は
藤原璋子⇒待賢門院 (1101〜1145年)されておる。

この事を記している書物は 「古事談」 なんじゃ。
著者は源顕兼(1160〜1215)で彼の亡くなる前に出来上がったと
されておるんじゃ。
先にその箇所を紹介してみるぞい。

待賢門院は白川院御猶子の儀にて、令入内給。
 其間法皇令密通給。人皆知之歟。
 崇徳院は白川院御胤子云々。
 鳥羽院も其由を知食して、叔父子とぞ令申給ひけり。
 依之大略不快にて、令止給畢云々。
 鳥羽院最後にも、惟方(于時廷尉佐)を召して、
 汝許ぞと思ひて被仰成。
 閉眼之後、あな賢、新院にみすなと仰事ありけり。
 如案新院奉見と被仰けれど、御遺言の旨候とて、掛廻不奉入云々。」
      
(国史叢書 古事談 第二 臣節 P59 黒川真道編 国史研究会蔵版)
「Google books」
で提供してくれておるから時間があれば確認を。

源顕兼は 「その時代」 に生きた方じゃないから
誰かから聞いた話になるんじゃ。
それも彼の記述から 「その事実」 は世の常識だったとされている。
この常識をかの時代の事実とすると
この甘ーい?出来事は1118年になる。
白河法皇、御歳、66歳(数え)で
藤原璋子、御歳、18歳(数え)での睦事。
璋子(たまこ)さんは全く問題はないが法皇のパワーには
頭が下がるぞい。
直近では 「スプリッツァ!!」 って元気の良い
市村正親さん(1949〜)は60歳(数え)、
既にお亡くなりになっておられるが 「七人の侍」 の
三船敏郎さん(1920〜1997)は62歳(数え)、
歌舞伎役者の
中村富十郎(五代目)さん(1929〜2011)は70歳(数え)、
加山雄三さんのお父さん
上原謙さん(1909〜1991)は72歳(数え)で
お子さんに恵まれた事実はあるが
白河法皇は何せ約900年前じゃからのー。
経済的背景を持ちパワー溢れる男だったら大丈夫みたいじゃのー。
一方、お相手の藤原璋子=待賢門院については
孫のweb site 「女と男が織りなす心模様(待賢門院)」
詳しく説明しておるから興味のある方はご覧あれ。  ほんじゃ、又。

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