中華人民共和国共産党政府の傀儡香港当局に対する抗議する「香港デモ」は継続中じゃ。
先週は「香港島」のみならず「九龍地区」迄も広がったとの事じゃよ。


ちょいと香港の歴史を紐解くと

1601年 英東インド会社が東南アジアへ進出
1613年 日本平戸に英商館設置される(1623年閉鎖)インド西海岸スーラトに商館設立
1644年 明(漢)朝滅び、清(女真=満州)朝に
1650年 英東インド会社商船が香港に停泊
1707年 英王国(ウェールズを含む)とスコットランド王国が合同(英連合王国)
1711年 広東(カントン)省広州に英商館設置される
1757年 アヘン産地ベンガル地域、英東インド会社覇権確立
1772年 英東インド会社は英政府の管理下に
1772年 ボストン茶会事件 この茶は清朝からの輸入品
1776年 7/4米13植民地英国より独立宣言(1783年英国承認)
1784年 米清貿易開始
1793年 英国王ジョージ3世がジョージ・マカートニーをして清朝に朝貢
1796年 清朝アヘン輸入禁止措置を講じるも止まらず
1839年 アヘン戦争へ
1841年 英軍香港島を占領
1842年 清朝敗北 南京条約にて香港島が永久割譲され英国が統治
1856年 アロー戦争(第二次アヘン戦争 英国の謀略)へ
1860年 清朝敗北 北京条約にて九龍半島が永久割譲される
1898年 清朝より英国は新界(九龍以北〜圳河以南)地域を租借 租借期限1997/6/30
1900年 義和団の乱(扶清滅洋を掲げる基督教結社の反乱 西太后支持も北京列強国占拠)
1902年 日英同盟(露満州軍事占領、朝鮮半島浸食懸念に伴う露阻止の軍事同盟)
1911年 10月武昌(湖北省武漢地区)にて革命軍蜂起 清朝軍制圧不可 (辛亥革命)
1911年 12月露援助により外蒙古(モンゴル)清朝より独立
1912年 1月孫文が中華民国成立宣言 2月清朝宣統帝溥儀退位 清朝滅亡
1922年 2月ワシントン会議にて日英同盟解消(露帝国が露革命によりソビエト連邦へ)
1927年 3月南京事件(国民党北伐軍南京入城兵が領事館等を襲撃英国人3名死亡 他略)
1932年 3月満州国樹立 溥儀が執政、2年後満州国皇帝に
1937年 7月盧溝橋事件 通州事件 大山事件(支那事変)
1940年 7/18英 援(助)蒋(介石)ルート(ビルマルート)を閉鎖 1941/12/18再開
1941年 6月英と蒋介石との軍事会談(シンガポールにて)
1941年 10月英米蘭中の軍事会談(マニラにて)
1941年 12/8日本は米英に宣戦布告 12/9蒋介石の重慶国民党政府は日本に宣戦布告
1941年 12/25英国香港領に日本軍進攻、英国軍は降伏、以後日本が統治
1945年 日本敗戦により香港領主権は英国に復帰
1949年 国共内戦に勝利した中国共産党は中華人民共和国を樹立10/1 中華民国は台湾へ
1950年 1/6英国はいち早く中華人民共和国を承認 米国は不承認(1972年承認)
1984年 12/19趙紫陽とサッチャー英首相の「香港主権移譲声明」
1997年 07/01英国がすべての香港領を中華人民共和国へ移譲
「香港主権移譲声明」に小平の「一国二制度」提案が盛られ50年間(〜2047/6/30)
「自由・民主・法治主義」が保証される事に。

ところがどっこい、
中国政府は時間の経過と共に「自由・民主・法治主義」を骨抜きにする策略進行(侵攻)。
この歴史の流れに香港人(特に若者)は抗しているんじゃ。

英国が清朝に「アヘン(ベンガル産)」を輸出したのは「貿易赤字」じゃったから。
英国の清朝からの輸入品は「茶」「陶磁器」「絹布」等、一方英国からの輸出品は特になく
英国は「貿易赤字」を解消する為「アヘン(=麻薬)」を輸出する事にしたんじゃ。
何やら、現在進行中の「米中貿易戦争」にちょいと似た部分があるじゃろ。
又、昨今、中国は合成麻薬「フェンタニル」を米国に輸出している事実もある。
これも何やら、英国の清朝への「アヘン」輸出と似ておるじゃろ。
ところで、
爺やが心配しているのは日本語堪能な闘争女史「周庭 Agnes Chow Ting」さん。
アグネスさんは香港返還前年の生まれ、22歳のチャキチャキな女学生さんなんじゃよ。
彼女は「民主の女神」と祭り上げられておるから香港当局にいつ拘束されるかと
爺やはハラハラしとるんじゃ。(「茶の間でテレビを観ている」と言われそう?)
今のところ彼女の「Twitter」(日本語発信)が更新されているから大丈夫とは思うが・・・。

2019/6/10 日本記者クラブでの彼女の会見
2019/6/19 日経スペシャル 未来世紀ジパング オンエアー