2012年01月05日
新年
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
書きたいネタはあったんですが、何かとバタバタしていて更新をさぼってました。それらは少しずつ書いていきたいと思います。
さて、今回は例年通り年末年始の流れをざっと。
29日。朝起きてランニング。昼から忘年会旅行へ。湯河原に初上陸。熱海からすぐでした。温泉以外はこれといってない様子。
30日。早起きして湯河原の海で写真撮影。何を意味するかは、わかる人にはわかるはず。ドライブしつつ帰宅。午後はランニングと筋トレを敢行。夜は打ちっぱなしへ。
31日。ようやく大掃除を実施。午後に一大事発生。家族でアワアワ。夜は恒例の飲み会に参加。
1日。飲み会からの流れで除夜の鐘をつき、お参り。まぁ、例年の行事ですね。解散かと思いきや、友人から連絡がありそのまま麻雀大会に参加。新年早々麻雀。帰宅は10時前に。昼くらいまで寝てから親戚回り。夜は祖父母宅で刺身と蟹とイチゴをひたすら食べる。
2日。午前中は箱根駅伝観戦。東洋大の強さが異常。柏原もやばすぎ。往路で2位に5分差以上って。午後は伊豆の親戚回り。鯛飯と鯛のアラを使った味噌汁が超うまい。帰りに打ちっぱなしに寄ってから帰宅。
3日。午前中に先輩から電話があり、高校の部活の初練習に行こうとするも二度寝。昼前に起きて体育館に向かうとちょうど終了。同級生と軽くお茶して帰宅。夕飯で焼肉を食べる。食べ過ぎる。30歳になりました。
以上です。
とうとう30代に突入しましたが、別に何が変わるわけでもないのでそれほどショックはありません。
ただ、これからは今までより意識して体力の維持と体のコンディション維持に力を注いでいきたいと思います。衰えていくのは早くなるはずなので。意識的にね。
今年の目標も特にありませんが、とりあえずゴルフで100を切りたいですね。あとはぼちぼちやっていきたいと思います。それから、お金を大事にしようと思います。
おみくじは末吉でした。何て書いてあったかはあまり覚えていませんが、とりあえずびっくりするほど良いわけではなさそうです。
ほどほどに良いことがある1年になればいいなぁと思っています。
あまり期待しすぎてもよくないし、良いことばかりあるわけもないので、何事もほどほどが一番です。
そんなかんじで生きていこうと思います。
書きたいネタはあったんですが、何かとバタバタしていて更新をさぼってました。それらは少しずつ書いていきたいと思います。
さて、今回は例年通り年末年始の流れをざっと。
29日。朝起きてランニング。昼から忘年会旅行へ。湯河原に初上陸。熱海からすぐでした。温泉以外はこれといってない様子。
30日。早起きして湯河原の海で写真撮影。何を意味するかは、わかる人にはわかるはず。ドライブしつつ帰宅。午後はランニングと筋トレを敢行。夜は打ちっぱなしへ。
31日。ようやく大掃除を実施。午後に一大事発生。家族でアワアワ。夜は恒例の飲み会に参加。
1日。飲み会からの流れで除夜の鐘をつき、お参り。まぁ、例年の行事ですね。解散かと思いきや、友人から連絡がありそのまま麻雀大会に参加。新年早々麻雀。帰宅は10時前に。昼くらいまで寝てから親戚回り。夜は祖父母宅で刺身と蟹とイチゴをひたすら食べる。
2日。午前中は箱根駅伝観戦。東洋大の強さが異常。柏原もやばすぎ。往路で2位に5分差以上って。午後は伊豆の親戚回り。鯛飯と鯛のアラを使った味噌汁が超うまい。帰りに打ちっぱなしに寄ってから帰宅。
3日。午前中に先輩から電話があり、高校の部活の初練習に行こうとするも二度寝。昼前に起きて体育館に向かうとちょうど終了。同級生と軽くお茶して帰宅。夕飯で焼肉を食べる。食べ過ぎる。30歳になりました。
以上です。
とうとう30代に突入しましたが、別に何が変わるわけでもないのでそれほどショックはありません。
ただ、これからは今までより意識して体力の維持と体のコンディション維持に力を注いでいきたいと思います。衰えていくのは早くなるはずなので。意識的にね。
今年の目標も特にありませんが、とりあえずゴルフで100を切りたいですね。あとはぼちぼちやっていきたいと思います。それから、お金を大事にしようと思います。
おみくじは末吉でした。何て書いてあったかはあまり覚えていませんが、とりあえずびっくりするほど良いわけではなさそうです。
ほどほどに良いことがある1年になればいいなぁと思っています。
あまり期待しすぎてもよくないし、良いことばかりあるわけもないので、何事もほどほどが一番です。
そんなかんじで生きていこうと思います。
2011年12月07日
今日の出来事
本当に偶然なんですけど。
今日の朝、職場の更衣室でネクタイをしてるときに気付いたんですが、スーツ、ワイシャツ、ネクタイが全てエディフィスでした。
全然狙っていなくて、家を出る前に何も考えずに選んで着てきたらそうなってました。ネクタイをしてるときにタグを見て「あ、そういえば」と気付きました。
これだけ揃うのはけっこう珍しいなぁと思って。かなりの確率だな、と。
それだけです。
この前職場の女性に「スーツもエディフィスとかで買ってる」という話をしたら、エディフィスが知られてませんでした。
最初は「え〜」と思いましたが、よく考えれば自分もレディースのショップとかブランドはあまり詳しくないので、そんなもんかなと思いました。
以上です。
今日の朝、職場の更衣室でネクタイをしてるときに気付いたんですが、スーツ、ワイシャツ、ネクタイが全てエディフィスでした。
全然狙っていなくて、家を出る前に何も考えずに選んで着てきたらそうなってました。ネクタイをしてるときにタグを見て「あ、そういえば」と気付きました。
これだけ揃うのはけっこう珍しいなぁと思って。かなりの確率だな、と。
それだけです。
この前職場の女性に「スーツもエディフィスとかで買ってる」という話をしたら、エディフィスが知られてませんでした。
最初は「え〜」と思いましたが、よく考えれば自分もレディースのショップとかブランドはあまり詳しくないので、そんなもんかなと思いました。
以上です。
2011年12月02日
京都での会話の話
どうも。
今回は以前京都に行ったときのことを書こうと思います。
僕は京都に行くのが好きで、一人でふらっと行ったりします。友達とワイワイしながら行くのも好きですが、一人で行くのも好きです。
一人でふらふら歩きながらお寺に行ったり街並みを眺めたりして、景色をゆっくりと楽しんだり、歴史的な建造物を見て当時の情景を思い描いてみたり、「歴史上のあの人もここを通って、同じように景色を見ていたのかな。」とか、「あの人はあの時、どんな思いでここに立っていたのかな。」など、歴史上の人物に思いを馳せてみたり。非常に有意義に過ごせます。
また、日常生活から離れて自分とゆっくり対話できるというのもあります。いろいろ考えて、自問自答して、普段なかなか向き合えないことに向き合うことができます。だから、一人で行くのがけっこう好きです。
さて、僕が京都が好きだという話が長くなりましたが、そんなこんなで少し前に一人で京都に行った時の話です。
とあるお寺に行き、参拝しようと思ったのですが、参拝客がたくさんいて列ができていました。
並ぶのはあまり好きではありませんが、庭園を見ながら順番を待てばいいかと思って並んでいました。
庭園はきれいで、小さな石庭もあってなかなか風情があるなぁと思いながら見ていたのですが、何やら僕の少し後ろで2人の女性が大きな声で話をしていました。
どんな女性かは以下に紹介する会話の内容と話口調で想像してください。
A「まじ景色きれい。やばいねこれ。この寺って世界遺産だっけ?」
B「確か世界遺産だよ!(←実際は違います)」
A「グレートバリアリーフも世界遺産だよね〜。自然も世界遺産で、寺も世界遺産。なんかすごいよね〜。」
B「この景色はまじやばい。」
(中略)
A「だけどさ〜、外国に行って外を見てきてるから、JAPANきれい!って思えるよね〜。」
B「あ〜、わかる。まじそうだよね。季節の移り変わりとか、JAPANやばいよね。」
と、こんな内容です。でかい声で…。
頭悪いなぁ、と思いました。周囲に聞こえる声でそんなこと言ってたら、自分たちの程度が知れてしまうのに。
まぁ、考え方は自由なので、一概に否定はしませんが、少なくとも僕の考えでは、そういう風情がある場所は、静かに心を落ち着けて眺めるものだと思っています。
静寂の中でゆっくりと時間が過ぎるのを楽しみ、これまでの歴史を思い、物思いにふけるものだと思っています。そうやって楽しむものだと思うのですが。
やはり会話の質により、その人の人としての深さがわかってしまうし、時と場合をわきまえられないのは少々悲しいですね。
正直その会話が聞こえてきた時は、「ちょっと黙れ。何がJAPANだ。お前らに何がわかる。」と思ってしまいました。静かに眺めていたのを邪魔されたんで。
お金を払えば誰でも参拝できるので仕方ないですが、ちょっと勘弁してもらいたかったです。
そんなこんなで、がっかりした話でした。
それにしても、桜の時期と紅葉の時期はほんとに人が多くてだめですね。どこに行っても人、人、人。景色や建造物をを見るんじゃなくて、人を見に行ってるようなものです。行列ばっかりだし。
桜や紅葉もいいんですが、それより雰囲気とかそっちを求めて人がいない時期に行くのがいいですね。やっぱり行くとリフレッシュできるし。
会話のことがテーマだったのに京都の話になってしまいました。
でも京都が好きなので、また行きたいですね。
今回は以前京都に行ったときのことを書こうと思います。
僕は京都に行くのが好きで、一人でふらっと行ったりします。友達とワイワイしながら行くのも好きですが、一人で行くのも好きです。
一人でふらふら歩きながらお寺に行ったり街並みを眺めたりして、景色をゆっくりと楽しんだり、歴史的な建造物を見て当時の情景を思い描いてみたり、「歴史上のあの人もここを通って、同じように景色を見ていたのかな。」とか、「あの人はあの時、どんな思いでここに立っていたのかな。」など、歴史上の人物に思いを馳せてみたり。非常に有意義に過ごせます。
また、日常生活から離れて自分とゆっくり対話できるというのもあります。いろいろ考えて、自問自答して、普段なかなか向き合えないことに向き合うことができます。だから、一人で行くのがけっこう好きです。
さて、僕が京都が好きだという話が長くなりましたが、そんなこんなで少し前に一人で京都に行った時の話です。
とあるお寺に行き、参拝しようと思ったのですが、参拝客がたくさんいて列ができていました。
並ぶのはあまり好きではありませんが、庭園を見ながら順番を待てばいいかと思って並んでいました。
庭園はきれいで、小さな石庭もあってなかなか風情があるなぁと思いながら見ていたのですが、何やら僕の少し後ろで2人の女性が大きな声で話をしていました。
どんな女性かは以下に紹介する会話の内容と話口調で想像してください。
A「まじ景色きれい。やばいねこれ。この寺って世界遺産だっけ?」
B「確か世界遺産だよ!(←実際は違います)」
A「グレートバリアリーフも世界遺産だよね〜。自然も世界遺産で、寺も世界遺産。なんかすごいよね〜。」
B「この景色はまじやばい。」
(中略)
A「だけどさ〜、外国に行って外を見てきてるから、JAPANきれい!って思えるよね〜。」
B「あ〜、わかる。まじそうだよね。季節の移り変わりとか、JAPANやばいよね。」
と、こんな内容です。でかい声で…。
頭悪いなぁ、と思いました。周囲に聞こえる声でそんなこと言ってたら、自分たちの程度が知れてしまうのに。
まぁ、考え方は自由なので、一概に否定はしませんが、少なくとも僕の考えでは、そういう風情がある場所は、静かに心を落ち着けて眺めるものだと思っています。
静寂の中でゆっくりと時間が過ぎるのを楽しみ、これまでの歴史を思い、物思いにふけるものだと思っています。そうやって楽しむものだと思うのですが。
やはり会話の質により、その人の人としての深さがわかってしまうし、時と場合をわきまえられないのは少々悲しいですね。
正直その会話が聞こえてきた時は、「ちょっと黙れ。何がJAPANだ。お前らに何がわかる。」と思ってしまいました。静かに眺めていたのを邪魔されたんで。
お金を払えば誰でも参拝できるので仕方ないですが、ちょっと勘弁してもらいたかったです。
そんなこんなで、がっかりした話でした。
それにしても、桜の時期と紅葉の時期はほんとに人が多くてだめですね。どこに行っても人、人、人。景色や建造物をを見るんじゃなくて、人を見に行ってるようなものです。行列ばっかりだし。
桜や紅葉もいいんですが、それより雰囲気とかそっちを求めて人がいない時期に行くのがいいですね。やっぱり行くとリフレッシュできるし。
会話のことがテーマだったのに京都の話になってしまいました。
でも京都が好きなので、また行きたいですね。
2011年11月21日
新東名デュアスロン大会
どうも。
今日は新東名デュアスロン大会に出場してきました。
「デュアスロン」という言葉はあまり聞かないと思いますが、
要するに「トライアスロン」から水泳がなくなったものです。
ランとバイク(自転車)の2種目を行う競技です。
新東名(第2東名)が開通する前に、
1度だけ開催される大会でした。
開通してしまったら、もう走れないので。
つまり、生涯に1度だけ走れるコースなのです。
僕は今までマラソンの大会には出ていましたが、
自転車はやったことがなかったので、
今回初めて競技としての自転車をやりました。
この大会に誘われて、自転車がないのに出場を決め、
申し込んだ後に自転車を購入して、
大会に向けて練習してきました。
自転車で30キロ走ってから5キロのランニングをするという練習を繰り返し、
今日の大会に備えてきました。
本来今日は4人で出場する予定でしたが、
この大会を見付けて声をかけてくれた友人が、
仕事のため欠席となり、3人で出場してきました。
510君、無念です。
仕事だから仕方ないんだけど、
一緒に出たかったです。
だって、一生に一度の大会だったから。
昨日の天気が嘘のように快晴となり、
絶好のレース日和の中、
朝から車に自転車を積み込み、
新清水インターチェンジへ出かけました。
ちなみに新清水インターは宍原のところです。
ただ、気温は昼にかけてぐんぐん上がり、
半袖でも暑いくらいになったんですが。
清水のサービスエリアになる予定のところにテントを設置し、
ランのコースと自転車のコースをつくってありました。
所々まだ工事中のところもありましたが、
こんな感じになるのか〜と思って眺めてました。
9時過ぎに受付を済ませ、
ストレッチなどをして時間を潰していました。
僕らが出場したのは一番長い距離のレースで、
スタートの時間が一番遅く、11時半スタートでした。
その前の子どもたちのレースや、
僕らのレースよりも短い距離のレースを見たり、
ブラブラしたりして時間を潰していましたが、
待ち時間が長くて暇でした。
ようやくスタートの時間が近づき、
自転車もセットしてスタート地点へ。
一番後方からスタートしました。
僕たちが出場したレースは、
まず最初に5キロ走って、その後自転車で33キロ走り、
さらにその後にもう1回5キロ走るレースでした。
目標タイムは2時間以内。
練習をしていて、自転車で10キロを20分くらいで走っていたので、
2回の5キロのランを30分以内に走ればいけると思ってました。
スタート後、僕はH君と敢えてゆっくり走り、
体力を温存する作戦に出ました。
S山氏は前の方に行ってしまいました。
僕も何度か前に行きたくなりましたが、
ぐっとこらえて一定のペースで走りました。
走るのは東京方面に向かって走ることになっていて、
前方に富士山が見えましたが、
宍原なんて山奥のところなので、
周りはとにかく山でした。
5キロを走り終え、自転車でスタート。
今度は下り方面に向かって走ります。
どうやら新東名の安倍川橋の手前まで行ったらしいのですが、
何せ東名の車道を走っているので、
壁やらガードレールやらトンネルやらで、
あまり外界の景色は見えませんでした。
ちょっと海は見えたけどね。
後は基本的に山(笑)
緑がいっぱいでした。
下り車線を走っていましたが、
しばらく長い下り坂だったので、
どんどんスピードが上がっていき、
MAX60キロ近く出た時もありました。
普通に車並みです。
転んだらアウトだなと思いました。
でも、本来車が走る道を走れて、
スピードも上がって、
「これが本当の自転車のレースか〜」
と思って1人でテンションが上がり、
下り坂をガンガンこいでいきました。
その途中でS山氏をかわし、
さらにこいでいきました。
しかし、下りが終わり、今度は上り坂になり、
おまけに風が強くて向かい風で、
思うように進まなくなりました。
それでもこいでこいで、また下りになり、
また上りになり、と平坦なところはあまりありませんでした。
折り返し前でS山氏にまたかわされ、
追いかけようと思いつつも徐々に足にきていたので、
とりあえず一定のペースでこいでいきました。
淡々とこいでいたところ、最後の方でまたS山氏をかわし、
自転車のゴール地点でまた追いつかれ、
ほぼ同時に自転車を置くステーションへ。
しかしここで2回目のランのために靴を履き替える途中、
まさかの右脹脛がつるという事態が発生し、
1分半ほどスタートできず。
S山氏はどんどん行ってしまいました。
ちなみにH君は、僕と自転車を同時にスタートしたはずが、
自転車スタートしてしばらくすると、姿が見えなくなりました。
(後方にいるわけですが)
なんとか足を治し、2回目の5キロのランをスタート。
しかし完全に足はやばい状態に。
いつまたつってもおかしくない状態で走ってました。
何とかS山氏を追いかけたかったのですが、
1分半の差は大きく、
また、ランの折り返し後は僕も完全に足が逝っちゃう前にゴールすることしか頭になく、
そのまま何とかゴール。
もう少し距離が長かったら、足は多分逝きました。
というわけで、記録は1時間48分でした。
ランは2回とも24分半くらいで走れていたので、
まあまあいいペースでした。
2回目なんてほんとにつる直前だったのに。
S山氏は1時間46分。やはりあのつって伸ばしていた1分半が響きましたね。
自転車は58分くらいで走れてました。
ちなみにH君は1時間56分だかそれくらいでした。
そんなこんなで、
一生に一度の大会は終わりました。
高速道路を自転車で走るなんてもうないだろうから、
貴重な体験になりました。
下り坂で飛ばしている時はめっちゃ気持ち良かったです。
ああ、レースしてるって感じで。
これからも自転車はたまに乗ろうと思います。
その後、H君とゴルフの打ちっぱなしに行き、
夜はいつものバスケの練習に行きました。
こんな日に限って人が集まり、
5対5のゲームができちゃったりしました。
明日、超仕事休みたいです・・・。
写真はレース後に撮影したものです。


今日は新東名デュアスロン大会に出場してきました。
「デュアスロン」という言葉はあまり聞かないと思いますが、
要するに「トライアスロン」から水泳がなくなったものです。
ランとバイク(自転車)の2種目を行う競技です。
新東名(第2東名)が開通する前に、
1度だけ開催される大会でした。
開通してしまったら、もう走れないので。
つまり、生涯に1度だけ走れるコースなのです。
僕は今までマラソンの大会には出ていましたが、
自転車はやったことがなかったので、
今回初めて競技としての自転車をやりました。
この大会に誘われて、自転車がないのに出場を決め、
申し込んだ後に自転車を購入して、
大会に向けて練習してきました。
自転車で30キロ走ってから5キロのランニングをするという練習を繰り返し、
今日の大会に備えてきました。
本来今日は4人で出場する予定でしたが、
この大会を見付けて声をかけてくれた友人が、
仕事のため欠席となり、3人で出場してきました。
510君、無念です。
仕事だから仕方ないんだけど、
一緒に出たかったです。
だって、一生に一度の大会だったから。
昨日の天気が嘘のように快晴となり、
絶好のレース日和の中、
朝から車に自転車を積み込み、
新清水インターチェンジへ出かけました。
ちなみに新清水インターは宍原のところです。
ただ、気温は昼にかけてぐんぐん上がり、
半袖でも暑いくらいになったんですが。
清水のサービスエリアになる予定のところにテントを設置し、
ランのコースと自転車のコースをつくってありました。
所々まだ工事中のところもありましたが、
こんな感じになるのか〜と思って眺めてました。
9時過ぎに受付を済ませ、
ストレッチなどをして時間を潰していました。
僕らが出場したのは一番長い距離のレースで、
スタートの時間が一番遅く、11時半スタートでした。
その前の子どもたちのレースや、
僕らのレースよりも短い距離のレースを見たり、
ブラブラしたりして時間を潰していましたが、
待ち時間が長くて暇でした。
ようやくスタートの時間が近づき、
自転車もセットしてスタート地点へ。
一番後方からスタートしました。
僕たちが出場したレースは、
まず最初に5キロ走って、その後自転車で33キロ走り、
さらにその後にもう1回5キロ走るレースでした。
目標タイムは2時間以内。
練習をしていて、自転車で10キロを20分くらいで走っていたので、
2回の5キロのランを30分以内に走ればいけると思ってました。
スタート後、僕はH君と敢えてゆっくり走り、
体力を温存する作戦に出ました。
S山氏は前の方に行ってしまいました。
僕も何度か前に行きたくなりましたが、
ぐっとこらえて一定のペースで走りました。
走るのは東京方面に向かって走ることになっていて、
前方に富士山が見えましたが、
宍原なんて山奥のところなので、
周りはとにかく山でした。
5キロを走り終え、自転車でスタート。
今度は下り方面に向かって走ります。
どうやら新東名の安倍川橋の手前まで行ったらしいのですが、
何せ東名の車道を走っているので、
壁やらガードレールやらトンネルやらで、
あまり外界の景色は見えませんでした。
ちょっと海は見えたけどね。
後は基本的に山(笑)
緑がいっぱいでした。
下り車線を走っていましたが、
しばらく長い下り坂だったので、
どんどんスピードが上がっていき、
MAX60キロ近く出た時もありました。
普通に車並みです。
転んだらアウトだなと思いました。
でも、本来車が走る道を走れて、
スピードも上がって、
「これが本当の自転車のレースか〜」
と思って1人でテンションが上がり、
下り坂をガンガンこいでいきました。
その途中でS山氏をかわし、
さらにこいでいきました。
しかし、下りが終わり、今度は上り坂になり、
おまけに風が強くて向かい風で、
思うように進まなくなりました。
それでもこいでこいで、また下りになり、
また上りになり、と平坦なところはあまりありませんでした。
折り返し前でS山氏にまたかわされ、
追いかけようと思いつつも徐々に足にきていたので、
とりあえず一定のペースでこいでいきました。
淡々とこいでいたところ、最後の方でまたS山氏をかわし、
自転車のゴール地点でまた追いつかれ、
ほぼ同時に自転車を置くステーションへ。
しかしここで2回目のランのために靴を履き替える途中、
まさかの右脹脛がつるという事態が発生し、
1分半ほどスタートできず。
S山氏はどんどん行ってしまいました。
ちなみにH君は、僕と自転車を同時にスタートしたはずが、
自転車スタートしてしばらくすると、姿が見えなくなりました。
(後方にいるわけですが)
なんとか足を治し、2回目の5キロのランをスタート。
しかし完全に足はやばい状態に。
いつまたつってもおかしくない状態で走ってました。
何とかS山氏を追いかけたかったのですが、
1分半の差は大きく、
また、ランの折り返し後は僕も完全に足が逝っちゃう前にゴールすることしか頭になく、
そのまま何とかゴール。
もう少し距離が長かったら、足は多分逝きました。
というわけで、記録は1時間48分でした。
ランは2回とも24分半くらいで走れていたので、
まあまあいいペースでした。
2回目なんてほんとにつる直前だったのに。
S山氏は1時間46分。やはりあのつって伸ばしていた1分半が響きましたね。
自転車は58分くらいで走れてました。
ちなみにH君は1時間56分だかそれくらいでした。
そんなこんなで、
一生に一度の大会は終わりました。
高速道路を自転車で走るなんてもうないだろうから、
貴重な体験になりました。
下り坂で飛ばしている時はめっちゃ気持ち良かったです。
ああ、レースしてるって感じで。
これからも自転車はたまに乗ろうと思います。
その後、H君とゴルフの打ちっぱなしに行き、
夜はいつものバスケの練習に行きました。
こんな日に限って人が集まり、
5対5のゲームができちゃったりしました。
明日、超仕事休みたいです・・・。
写真はレース後に撮影したものです。


2011年11月17日
プロフェッショナルの流儀
この前、NHKで放送している、プロフェッショナルの流儀という番組を見ました。
サッカーの日本代表である、本田佳佑選手が出演していました。
今では日本代表の中心選手として活躍している本田選手ですが、彼の人生は挫折と挑戦の繰り返しだったとのことです。
ガンバ大阪のジュニアユースに所属していましたが、ユースチームには上がれなかったこと。プロになった後、名古屋グランパスからオランダのVVVフェンロに移籍するも、チームが2部リーグに落ちてしまったこと。決して栄光ばかりの人生ではありませんでした。
でも、挫折を経験する度にそれを乗り越えて成長してきた、と。
番組で彼が言っていた言葉のいくつかに、非常に感銘を受け、心に残りました。
「信じるということは、僕にとっては希望。信じられなくなった時に、希望の光は見えなくなる。人は誰しもがうまくいかなかった時にちょっと疑うと思う。その時にいかに自分を信じることができるか。信じるっていうのは本当に希望そのもの。」
「信じていた、自分を。点が取れていない時でも、絶対に取れる、と。これだけ前に行ってるんだから、と。俺ならできると呪文のように自分に言い聞かせていた。」
「怪我をしたことは残念だけど、しょうがないし。怪我をして思ったのは、僕チャンスだなって思って。遠い試合に向けて自分をつくり直せるということは、僕今までほんとこういう怪我をしたことがなかったから。チャンスだと思っている。」
「人生って、サッカーもそうだけど、谷がなければ山の喜びが感じられない。喜びに慣れてしまったら、喜びとして感じられなくなってしまう。誰しも山を狙った結果、谷に転げ落ちてしまう。でも、這い上がろうとして、そこに新しい発見があり、喜びがある。」
「自分らしく今後も生き続けることがプロフェッショナルなのかなって。自分と向き合って、自分と格闘して、自問自答して、弱い自分に打ち勝って、自分らしく生き続けることが自分に与えられた使命。」
多少ニュアンスが違う部分もありますが、だいたいこんなことを言ってました。
確かに、何かうまくいかないことがあった時に自分を信じられなくなることが僕にもあります。どうせだめだろう、所詮自分じゃ無理だろうって思ってしまうことが多々あって。
でもそれでは、希望が見えなくなってしまう。前にしかない光が掴めなくなってしまう。
だから、根拠のない自信であっても、自分ならできると言い聞かせて常にチャレンジしていくことが大事なんだと思います。
人生は本当にしんどいことばかりで、うまくいかないことが多すぎて、自分を見失いそうになることがありますが、だからこそ這い上がって栄光を掴んだ時には心から喜べる。
挫折があるから成長できて、努力して達成することの素晴らしさがわかる。
常に相対するのは自分であって、他人ではないんです。弱い自分に負けないこと。とても追い付かないと思えるような自分の姿に少しでも近づこうとすること。どうやったら成長できるかを自問自答し続けること。それが大事なんだと思います。
うまくいかないことなんていくらでもある。そんな逆境をチャンスと捉えて努力し続けられるか。それとも踞ったまま立ち上がろうともしないか。一流選手はあらゆる手を尽くして速やかに立ち上がろうとするものなんです。
今回の内容は、今の僕にとって道標となるような内容でした。
それから、余談ですが、番組のテーマ曲も気に入っています。スガシカオの曲です。
「あと一歩だけ前に、進もう。」
苦しくても、しんどくても、あと一歩だけ前に。それが踏み出せるかどうかなんだろうなぁって思います。
僕は番組を録画しました。どこかで見る機会があったら、一度見ることをお勧めします。
サッカーの日本代表である、本田佳佑選手が出演していました。
今では日本代表の中心選手として活躍している本田選手ですが、彼の人生は挫折と挑戦の繰り返しだったとのことです。
ガンバ大阪のジュニアユースに所属していましたが、ユースチームには上がれなかったこと。プロになった後、名古屋グランパスからオランダのVVVフェンロに移籍するも、チームが2部リーグに落ちてしまったこと。決して栄光ばかりの人生ではありませんでした。
でも、挫折を経験する度にそれを乗り越えて成長してきた、と。
番組で彼が言っていた言葉のいくつかに、非常に感銘を受け、心に残りました。
「信じるということは、僕にとっては希望。信じられなくなった時に、希望の光は見えなくなる。人は誰しもがうまくいかなかった時にちょっと疑うと思う。その時にいかに自分を信じることができるか。信じるっていうのは本当に希望そのもの。」
「信じていた、自分を。点が取れていない時でも、絶対に取れる、と。これだけ前に行ってるんだから、と。俺ならできると呪文のように自分に言い聞かせていた。」
「怪我をしたことは残念だけど、しょうがないし。怪我をして思ったのは、僕チャンスだなって思って。遠い試合に向けて自分をつくり直せるということは、僕今までほんとこういう怪我をしたことがなかったから。チャンスだと思っている。」
「人生って、サッカーもそうだけど、谷がなければ山の喜びが感じられない。喜びに慣れてしまったら、喜びとして感じられなくなってしまう。誰しも山を狙った結果、谷に転げ落ちてしまう。でも、這い上がろうとして、そこに新しい発見があり、喜びがある。」
「自分らしく今後も生き続けることがプロフェッショナルなのかなって。自分と向き合って、自分と格闘して、自問自答して、弱い自分に打ち勝って、自分らしく生き続けることが自分に与えられた使命。」
多少ニュアンスが違う部分もありますが、だいたいこんなことを言ってました。
確かに、何かうまくいかないことがあった時に自分を信じられなくなることが僕にもあります。どうせだめだろう、所詮自分じゃ無理だろうって思ってしまうことが多々あって。
でもそれでは、希望が見えなくなってしまう。前にしかない光が掴めなくなってしまう。
だから、根拠のない自信であっても、自分ならできると言い聞かせて常にチャレンジしていくことが大事なんだと思います。
人生は本当にしんどいことばかりで、うまくいかないことが多すぎて、自分を見失いそうになることがありますが、だからこそ這い上がって栄光を掴んだ時には心から喜べる。
挫折があるから成長できて、努力して達成することの素晴らしさがわかる。
常に相対するのは自分であって、他人ではないんです。弱い自分に負けないこと。とても追い付かないと思えるような自分の姿に少しでも近づこうとすること。どうやったら成長できるかを自問自答し続けること。それが大事なんだと思います。
うまくいかないことなんていくらでもある。そんな逆境をチャンスと捉えて努力し続けられるか。それとも踞ったまま立ち上がろうともしないか。一流選手はあらゆる手を尽くして速やかに立ち上がろうとするものなんです。
今回の内容は、今の僕にとって道標となるような内容でした。
それから、余談ですが、番組のテーマ曲も気に入っています。スガシカオの曲です。
「あと一歩だけ前に、進もう。」
苦しくても、しんどくても、あと一歩だけ前に。それが踏み出せるかどうかなんだろうなぁって思います。
僕は番組を録画しました。どこかで見る機会があったら、一度見ることをお勧めします。
2011年11月06日
タイトル
どうも。
今日偶然気付いたんですが。車で音楽を聴いていたんですけど、Mr.Childrenの曲で、「My Life」って曲があるんですね。
あ〜、ブログのタイトルと同じだなぁと思いました。別にその曲を聴いてこのブログのタイトルにしたわけではなくて、自分の人生、自分の生活のことを書こうと思って付けました。
その曲の中に、「いいことばっかあるわけないよ、それでこそMy Life」ってフレーズがあるんですけど、確かになぁって思いました。
いいことばっかりなんて、全然あるわけなくて。というよりは、いいことより嫌なことの方が多いくらいです。いいことなんて全然ないです、最近。
それでも生きていかないといけないので、これが自分の人生なんだなって思って生きてます。
ほんとに、それでも生きていかないといけないのかなぁ。
自分が必要とされているのかもわからないし、この世界の価値も測れない。ちょっとでも光が灯りそうになると、すぐに横から吹き消されちゃったり。なんだそれ、って思ったりします。
光を消さない努力って、どうやったらいいんでしょうね。僕にはわかりません。自分の力でどうにかなるものなのか、自分ではどうしようもないものなのか。
前にしかない光を掴めるかどうか、それは前を向いて努力をしていないとだめなんだと思いますが、今その力があるかどうかはわかりません。
体の芯に残る疲れは、いつになったら取れるのかな。
これが自分の人生かぁと思ったら、まぁ、何なんでしょうね。
よくわかりません。
そんな感じです。脱線しましたけど、たまたまタイトルが被ってましたという話です。
今日偶然気付いたんですが。車で音楽を聴いていたんですけど、Mr.Childrenの曲で、「My Life」って曲があるんですね。
あ〜、ブログのタイトルと同じだなぁと思いました。別にその曲を聴いてこのブログのタイトルにしたわけではなくて、自分の人生、自分の生活のことを書こうと思って付けました。
その曲の中に、「いいことばっかあるわけないよ、それでこそMy Life」ってフレーズがあるんですけど、確かになぁって思いました。
いいことばっかりなんて、全然あるわけなくて。というよりは、いいことより嫌なことの方が多いくらいです。いいことなんて全然ないです、最近。
それでも生きていかないといけないので、これが自分の人生なんだなって思って生きてます。
ほんとに、それでも生きていかないといけないのかなぁ。
自分が必要とされているのかもわからないし、この世界の価値も測れない。ちょっとでも光が灯りそうになると、すぐに横から吹き消されちゃったり。なんだそれ、って思ったりします。
光を消さない努力って、どうやったらいいんでしょうね。僕にはわかりません。自分の力でどうにかなるものなのか、自分ではどうしようもないものなのか。
前にしかない光を掴めるかどうか、それは前を向いて努力をしていないとだめなんだと思いますが、今その力があるかどうかはわかりません。
体の芯に残る疲れは、いつになったら取れるのかな。
これが自分の人生かぁと思ったら、まぁ、何なんでしょうね。
よくわかりません。
そんな感じです。脱線しましたけど、たまたまタイトルが被ってましたという話です。
2011年11月04日
誠の道
僕は自分の人生において、誠実でありたいと思っています。
サッカー選手で日本代表の長谷部誠選手。彼は自身の著書で言っています。「嘘をつかないこと。人に優しくできる人間であること。常に誠実であること。」これを自分の祖父に言われ続けていたと。それが彼の名前である「誠」に込められた意味であると。
まさに、それは生きていくうえで最も基本的なことだと思います。
僕も、他人に優しくできるようにいたいと思っているし、誠実でありたいと思っています。
何をもって誠実というのか。僕は、すべてに対して礼をもって接することだと考えています。誰に対しても礼儀を忘れないこと。これを心がけるようにしています。
社会人として生きている中では、嫌な思いをすることはあるし、相手にしたくない人がいたりもします。
ただ、そうであっても、感情だけで行動するのでは子供と同じ。たとえそうであっても、礼をもって接することが大事だと思っています。それが最低限の、人としての礼儀だと。
残念ながら、そうではない人も世の中にはいます。そういう行動を正当化して、自分の非を認めなかったり、礼を欠いた行動をしたり。それはとても残念なことです。
相手が投げかけた意思表示に対しては、何らかの意思表示をして答えることが礼儀だと思っています。残念ながら、そうでない人が世の中にはいることは事実ですが。
そういったことは、相手に優しくできていないし、相手の気持ちを思いやった行動ではない。あくまで自分を正当化したうえでの行動です。
少なくとも僕はそうなりたくはないので、嫌な相手でも最低限の礼儀は忘れないようにしているし、相手の意思表示に対して自分の意思を示すようにしています。
時と場合によりますが、あえて言わせてもらうと、沈黙は意思表示になり得ない、ということです。
まぁ、その話は置いといて。
僕も完璧な人間ではないから、至らない点はたくさんあります。それでも、人として礼を欠くような行動はしたくない。
そう思っていたところに、長谷部選手の著書を読んで共感したところです。
話は変わりますが、最近Mr.Childrenの「HANABI」をよく聴いています。歌詞が好きで。
「どれくらいの値打ちがあるだろう、僕が生きているこの世界に。すべてが無意味だって思える、ちょっと疲れてんのかな。」
「いったいどんな理想を描いたらいい?どんな希望を抱き、進んだらいい?答えようもないその問いかけは、日常に葬られてく。」
「決してつかまえることのできない、花火のような光だとしたってもう一回もう一回、もう一回もう一回。僕はこの手を伸ばしたい。」
「誰も皆問題を抱えている。だけど素敵な、明日を願っている。臆病風に吹かれて、波風が立った世界をどれだけ愛することができるだろう。」
自分が生きている世の中に価値があるのかわからないし、どんな理想や希望を持ったらいいのか今は見えません。
それでも、としがみつくように生きているのが現状で、日常に流されている感は否めない。
問題はいくらでも抱えています。それで生きているのが嫌になりそうなこともある。
でも、どうしても光がある明日への希望を捨てきれなくて。本当に、1つ1つのフレーズに共感します。
いつか、自分が願っているような未来が、問題ばかり抱えていても訪れるかな。
無理、かもしれないですね、現状では。とりあえず、もう少し生きてみることにします。
サッカー選手で日本代表の長谷部誠選手。彼は自身の著書で言っています。「嘘をつかないこと。人に優しくできる人間であること。常に誠実であること。」これを自分の祖父に言われ続けていたと。それが彼の名前である「誠」に込められた意味であると。
まさに、それは生きていくうえで最も基本的なことだと思います。
僕も、他人に優しくできるようにいたいと思っているし、誠実でありたいと思っています。
何をもって誠実というのか。僕は、すべてに対して礼をもって接することだと考えています。誰に対しても礼儀を忘れないこと。これを心がけるようにしています。
社会人として生きている中では、嫌な思いをすることはあるし、相手にしたくない人がいたりもします。
ただ、そうであっても、感情だけで行動するのでは子供と同じ。たとえそうであっても、礼をもって接することが大事だと思っています。それが最低限の、人としての礼儀だと。
残念ながら、そうではない人も世の中にはいます。そういう行動を正当化して、自分の非を認めなかったり、礼を欠いた行動をしたり。それはとても残念なことです。
相手が投げかけた意思表示に対しては、何らかの意思表示をして答えることが礼儀だと思っています。残念ながら、そうでない人が世の中にはいることは事実ですが。
そういったことは、相手に優しくできていないし、相手の気持ちを思いやった行動ではない。あくまで自分を正当化したうえでの行動です。
少なくとも僕はそうなりたくはないので、嫌な相手でも最低限の礼儀は忘れないようにしているし、相手の意思表示に対して自分の意思を示すようにしています。
時と場合によりますが、あえて言わせてもらうと、沈黙は意思表示になり得ない、ということです。
まぁ、その話は置いといて。
僕も完璧な人間ではないから、至らない点はたくさんあります。それでも、人として礼を欠くような行動はしたくない。
そう思っていたところに、長谷部選手の著書を読んで共感したところです。
話は変わりますが、最近Mr.Childrenの「HANABI」をよく聴いています。歌詞が好きで。
「どれくらいの値打ちがあるだろう、僕が生きているこの世界に。すべてが無意味だって思える、ちょっと疲れてんのかな。」
「いったいどんな理想を描いたらいい?どんな希望を抱き、進んだらいい?答えようもないその問いかけは、日常に葬られてく。」
「決してつかまえることのできない、花火のような光だとしたってもう一回もう一回、もう一回もう一回。僕はこの手を伸ばしたい。」
「誰も皆問題を抱えている。だけど素敵な、明日を願っている。臆病風に吹かれて、波風が立った世界をどれだけ愛することができるだろう。」
自分が生きている世の中に価値があるのかわからないし、どんな理想や希望を持ったらいいのか今は見えません。
それでも、としがみつくように生きているのが現状で、日常に流されている感は否めない。
問題はいくらでも抱えています。それで生きているのが嫌になりそうなこともある。
でも、どうしても光がある明日への希望を捨てきれなくて。本当に、1つ1つのフレーズに共感します。
いつか、自分が願っているような未来が、問題ばかり抱えていても訪れるかな。
無理、かもしれないですね、現状では。とりあえず、もう少し生きてみることにします。
2011年10月25日
2011年10月24日
軸
どうも。書きたいことはぼちぼちあったんですが、ほんとに時間がなくて書いてませんでした。
さて、仕事に取り組むにあたって、人それぞれ考えや意識、自分なりの指針なんかがあると思います。
また、組織の論理やトップの考えもあって、そこと自分のやり方や目標をどうやって擦り合わせていくかという作業がけっこう大事だったりします。
当たり前ですが、仕事を進めるうえでは組織の論理を咀嚼する必要が少なからずあって、組織が求めるものを頭に入れておかなければなりません。
そう考えていった時に、僕には今の仕事をする上での「軸」がない、と最近思います。
つまり、僕は自分が属する組織の論理を咀嚼できていない、ということになります。
配属されている部署で仕事を行うための専門知識や法律の内容については、ある程度持っていると思います。さすがに3年半やってますんで。
僕が考えているのはそういうことではなく、もっとそれ以前の、部署に限らず今の組織で業務を行う上で必要となる考え方、方向性というようなものがないということです。
それは、「〜としてあるべき考え方」といったもので、敢えて「軸」と表現しました。土台とか基礎とかでもいいんですが。ニュアンスの問題で。
その軸は、困難な事例に遭遇した時や、担当者として判断を求められる局面において判断基準や根拠になります。だから、その軸がなければ組織にとって必要な結果を得られない可能性が高い。どうあるべきかがわからないから。
自分なりに解釈したその論理が正しいという保証はどこにもないし、ましてやそれはその時々によって変化するかもしれない。
だとしても、本当に基本的な部分はおそらく変わらないと思います。それがないなぁと最近つくづく思います。
普通、それは経験によってある程度習得するものなのではないかと思います。僕は、どれだけ行き当たりばったりで要領だけでここまで来たのか、自分でよくわかるようになってきました。
別に浮かれているわけではなくて、むしろ完全に逆なんですが、僕の仕事を評価してくれている人もいます。それについてはありがたく思っています。
でも、その評価については、「僕にはその価値がない。」「評価される資格がない。」と思っています。
僕には足りないところばかりだし、仕事ができるわけでもないし、基礎に裏付けられた考え方を持っているわけでもない。
何とか行き当たりばったりでごまかしながらやってきて、やってこれてしまったが故にそのやり方を改める機会もなく、そのまま今に至ってしまったかんじです。
他人がする評価はあくまで他人の基準でするものだから、それによって自分に対する自分の評価に影響するわけではありません。それでも、他人が自分を評価してくれることに対して、その気持ちを裏切りたくはないし、何とか期待に応えたいという思いはあります。
その一方で、評価されるに値しないと思っている部分もあって。難しいですね。
それを身に付けるためには、才能が必要なのか、経験によって身に付くのか、もっと別の要素があるのかわかりませんが、いつか一本ちゃんと筋が通った軸を自分の中に持てたらいいなと思います。
今はまだ、他人に評価される段階にも来ていない、というのが僕の自分に対する考えです。
さて、仕事に取り組むにあたって、人それぞれ考えや意識、自分なりの指針なんかがあると思います。
また、組織の論理やトップの考えもあって、そこと自分のやり方や目標をどうやって擦り合わせていくかという作業がけっこう大事だったりします。
当たり前ですが、仕事を進めるうえでは組織の論理を咀嚼する必要が少なからずあって、組織が求めるものを頭に入れておかなければなりません。
そう考えていった時に、僕には今の仕事をする上での「軸」がない、と最近思います。
つまり、僕は自分が属する組織の論理を咀嚼できていない、ということになります。
配属されている部署で仕事を行うための専門知識や法律の内容については、ある程度持っていると思います。さすがに3年半やってますんで。
僕が考えているのはそういうことではなく、もっとそれ以前の、部署に限らず今の組織で業務を行う上で必要となる考え方、方向性というようなものがないということです。
それは、「〜としてあるべき考え方」といったもので、敢えて「軸」と表現しました。土台とか基礎とかでもいいんですが。ニュアンスの問題で。
その軸は、困難な事例に遭遇した時や、担当者として判断を求められる局面において判断基準や根拠になります。だから、その軸がなければ組織にとって必要な結果を得られない可能性が高い。どうあるべきかがわからないから。
自分なりに解釈したその論理が正しいという保証はどこにもないし、ましてやそれはその時々によって変化するかもしれない。
だとしても、本当に基本的な部分はおそらく変わらないと思います。それがないなぁと最近つくづく思います。
普通、それは経験によってある程度習得するものなのではないかと思います。僕は、どれだけ行き当たりばったりで要領だけでここまで来たのか、自分でよくわかるようになってきました。
別に浮かれているわけではなくて、むしろ完全に逆なんですが、僕の仕事を評価してくれている人もいます。それについてはありがたく思っています。
でも、その評価については、「僕にはその価値がない。」「評価される資格がない。」と思っています。
僕には足りないところばかりだし、仕事ができるわけでもないし、基礎に裏付けられた考え方を持っているわけでもない。
何とか行き当たりばったりでごまかしながらやってきて、やってこれてしまったが故にそのやり方を改める機会もなく、そのまま今に至ってしまったかんじです。
他人がする評価はあくまで他人の基準でするものだから、それによって自分に対する自分の評価に影響するわけではありません。それでも、他人が自分を評価してくれることに対して、その気持ちを裏切りたくはないし、何とか期待に応えたいという思いはあります。
その一方で、評価されるに値しないと思っている部分もあって。難しいですね。
それを身に付けるためには、才能が必要なのか、経験によって身に付くのか、もっと別の要素があるのかわかりませんが、いつか一本ちゃんと筋が通った軸を自分の中に持てたらいいなと思います。
今はまだ、他人に評価される段階にも来ていない、というのが僕の自分に対する考えです。
2011年10月17日
ゴルフ三昧
どうも。
また更新をさぼってました。書こう書こうと思っていて、結局書いてませんでした。
さて、先週の三連休の最終日に、またゴルフに行ってきました。前回のスコアが120だったので、今回は120を切ることを目標にしていました。
コースは前回のコースよりもフェアウェイが狭くて、グリーンも速くて難しかったです。それでもパットの調子は良くて、8割方2パットでした。1パットも2回くらいはありました。
ただ、出だしの方でドライバーの調子が散々で、右に飛んでいったりテンプラになったりとひどい有様でした。最後の数ホールでは調子が戻り、真っ直ぐ230〜240ヤードくらい飛んだホールもありました。それが毎回出せればね〜。ユーティリティの調子は相変わらず良かったんですが、アイアンも精度を欠いたため、最終スコアは121。前回よりも1打増えました。120を切りたかったんですけどね〜。
まだまだ練習が必要です。どうでもいいんですけど、調子に波がありすぎてだめですね。コースの後にまた練習に行ったんですが、アイアンはシャンクしかしないわ、ドライバーはスライスするわでもう最悪。何でそうなるんでしょう。何か定期的に不調になる気がします。
うまくなりたいな〜ゴルフ。


写真はコースで撮影したものです。僕と友人。晴れた日のゴルフ場って、芝生もきれいで気持ちいいんですよね。それだけで何だか楽しい気分になってしまいます。やめられませんね。また行きます。
また更新をさぼってました。書こう書こうと思っていて、結局書いてませんでした。
さて、先週の三連休の最終日に、またゴルフに行ってきました。前回のスコアが120だったので、今回は120を切ることを目標にしていました。
コースは前回のコースよりもフェアウェイが狭くて、グリーンも速くて難しかったです。それでもパットの調子は良くて、8割方2パットでした。1パットも2回くらいはありました。
ただ、出だしの方でドライバーの調子が散々で、右に飛んでいったりテンプラになったりとひどい有様でした。最後の数ホールでは調子が戻り、真っ直ぐ230〜240ヤードくらい飛んだホールもありました。それが毎回出せればね〜。ユーティリティの調子は相変わらず良かったんですが、アイアンも精度を欠いたため、最終スコアは121。前回よりも1打増えました。120を切りたかったんですけどね〜。
まだまだ練習が必要です。どうでもいいんですけど、調子に波がありすぎてだめですね。コースの後にまた練習に行ったんですが、アイアンはシャンクしかしないわ、ドライバーはスライスするわでもう最悪。何でそうなるんでしょう。何か定期的に不調になる気がします。
うまくなりたいな〜ゴルフ。


写真はコースで撮影したものです。僕と友人。晴れた日のゴルフ場って、芝生もきれいで気持ちいいんですよね。それだけで何だか楽しい気分になってしまいます。やめられませんね。また行きます。
