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概要


「ダスト8」とは、手塚治虫原作の漫画で出版されたのは、1972年の少年サンデー。この当時は「ダスト18」というタイトルであったが、打ち切りになり、様々な改訂を加えて、「ダスト8」として出版された。

打ち切りになったということからも分かるとおり、ダスト8は手塚作品の中でもかなりマイナーに入る作品であり、知っている人もあまりいないはずである。手塚自身もあまり気に入っていないのか、何度も描き直したと言われている。(連載当初は気合が入っていたらしいと、解説の二階堂黎人は述べている。)

発表された時期も悪かった。60年代後半から、70年代にかけて梶原一騎をはじめとする劇画ブームで、いわゆる手塚系といわれる、SFやファンタジーなど虚構性の強い漫画はあまり読まれなくなっていった。

ブラックジャックがチャンピオンで連載されたのが、1973年なので、この当時の手塚はちょうど長い冬に入ることになり、ヒット作に恵まれないばかりか、とうとう自身のアニメ会社「虫プロ」が倒産してしまったのだ。その長い冬の時期に制作された本作は、そのまま単行本化もされずに、幻の作品となる運命かと思われた。

しかし、手塚はブラックジャックで見事な復活を遂げ、本作も日の目を無事に見ることが出来たのである。

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ストーリー(ダスト8の方)

福岡行の134便の飛行機が、突如消息を絶った。飛行機はどこかの島に紛れ込み、山に墜落した。破壊した飛行機の中から奇跡的に助かった少年・ミサキは、同じ飛行機に乗っていたサツキという少女を助けた。

二人が瓦礫を這い出ると、不思議な生き物達が通り過ぎ、岩の周囲に集まりだした。その岩には黒い影法師のようなものが現れた。

影法師は、この事故で、ミサキとサツキを含めた10人が助かっているが、本来は事故で全員死ぬはずであったと言った。この島は別の次元にある世界で、本来は人間達は来てはならない場所であった。

島には、生命のエネルギーが含まれた「生命(いのち)の山」と呼ばれるものがあり、飛行機はそこで墜落した。その際、中に乗っていた10人の乗客の体に、山の欠片である石が降り注ぎ、その石の力のおかげで生きながら得ることが出来たのだ。

しかし、本来死ぬ運命にあったものが、石の力で生きながらえるのはあってはならぬことである。

影法師はミサキとサツキにこう言った。石を持っている残り8人の乗客から石の回収をすれば、2人は大目に見てやると言った。

サツキは大喜びしたが、ミサキは自分達が石を取り上げたらその人たちは死んでしまうと影法師から聞き、石の回収を拒否し、自身の石を捨てようとした。一方、サツキは死ぬのは嫌だと、石を捨てるのを拒否し、ミサキともみ合いになり、そのまま石を体から離して死んでしまう。そしてミサキもまた自分で石を手放してそのまま絶命した。

影法師は自分の周囲にいる生き物、キキモラに石を回収させようとした。キキモラは生命の山を守る役をになっているので、責任を取らせようとしたのだ。

影法師は、キキモラの一体をサツキの死体に乗り移らせて、人間の世界に向かわせた。一方、もう一体のキキモラがミサキの死体に乗り移り、サツキに乗り移ったキキモラと行動を供にした。二体は夫婦であった。

補足

上記のストーリーはダスト8の序盤だが、原型となったダスト18も概ね同じような感じである。

細かい点がいくつか違っており、ダスト18の方ではキキモラには名称があり、サツキに乗り移った方はメスで「ウー」といい、ミサキに乗り移った方はオスで、「ムー」と言う。

ダスト18によると影法師の名は「カッツェン」と言い、複数体存在し、おかしなことに、サツキに乗り移ったキキモラ「ウー」に石の回収を任命したカッツェンには后がいて、彼女に頭が上がらないようである。そして、后は石を持った人間の命を奪うことに反対し、もう一体のキキモラ「ムー」に、ミサキに乗り移らせて、石の回収を妨害するように命じた。

キキモラは超能力を持っているが、ダスト18の方では、ウーとムーが超能力合戦を行う場面がある。連載当時70年代初頭は超能力ブームであったことが反映されている。

つまり、本来は石を回収するサツキに乗り移ったウーと、石の回収を妨害しようとしているミサキに乗り移ったキキモラ「ムー」の攻防を描いた作品でもある。

序盤以降は、オムニバス形式のストーリーとなり、石を持った8人の男女の物語となる。

魔法少女まどかマギカ

ここでとあるアニメ作品を紹介したい。それは2011年に深夜に放映された「魔法少女まどかマギカ」である。

「魔法少女まどかマギカ」は、主人公である鹿目まどかが、イタチともウサギともつかない不思議な動物「キュゥべえ」に出会ったことにより、人間の希望を吸い取る「魔女」という存在と戦う「魔法少女」として選ばれる。

しかし、まどかはすでに魔法少女となった暁美ほむら、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子との出会いを通じ、魔法少女、魔女、キュゥべえの恐ろしい真実を知ってしまう。

魔法少女となるにはキュゥべえに願い事を叶えて貰い、その代価として魔法少女となるという契約を結ぶ必要がある。物語はまどかが、魔法少女達の残酷な運命を見届けて、いかなる選択をするかということを主軸において語られている。

魔法少女でありながら、悲壮感あふれる物語と、脚本家である虚淵玄ならではのハードなアクション描写が話題を呼び、絶大的な人気を得たアニメ作品である。

なぜ、まどかマギカを紹介しようと思ったのか?実は、手塚治虫の「ダスト8」と「まどかマギカ」には共通点があるのだ。

まどかマギカとの共通点

あらかじめ言っておくが、筆者はまどかマギカが、手塚治虫の作品のパクリだとは言う気は無い。(むしろ内容的には、仮面ライダー龍騎の方が似ている。)しかし、両作品に共通項が多いということも事実である。

筆者の意図はむしろ、ダスト8がまどかマギカのルーツとして見るか、それとも偶然の一致であり、何かしらの理由で発想が似通ってしまったかを考察するのが狙いである。

生命の石

飛行機事故の生還者が持っている生命の石は、死人を生き返らせる力を持っている。しかし、石の力で生き返った場合、石を肌身離さず持っていなければならず、石を体から離すと死んでしまう。

これはまどかマギカに出てくるアイテム「ソウルジェム」の設定に良く似ている。卵形の宝石であるソウルジェムは、魔法少女の魔力の源で生命線であり、魔法少女達は、このソウルジェムを使って変身して魔女と戦うのだが、このソウルジェムの正体はなんと魔法少女達の魂で出来ており、魔法少女達はすでに死んでいるという設定なのだ。

まどかマギカは魂を封じ込めたもので、ダスト8は生命の山の欠片であるが、ダスト8のキャラクター達も本来は死ぬはずの人間であり、石の力で生きながらえている。そして、石を失くしたり、破壊されると死んでしまうという点が共通している。

また、まどかマギカのソウルジェムは、持ち主の魔法少女の体から離れてしまうと、体を動かすことができず死んでしまうという点も似ている。

キキモラ

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生命の山を守る役を担っている、不思議な生き物。外観はイタチのようで、死んだ人間の体に乗り移る能力を持つ。

複数体存在し、カッツェンから8人の生還者から石を回収する使命を持っている。これは、まどかマギカのキュゥべえに似ている。キュゥべえの外観もどことなくイタチに似ており、その目的は、グリーフシードという、魔女を生み出す不思議な球体の回収と、人間の感情のエネルギーを手にいれることである。

キュゥべえも複数体存在しているが、彼らは群体生物で、全ての固体はひとつの意志を共有し合っている。それに対し、キキモラはそれぞれが別の意志を持っている。

また、キュゥべえ達が、あまりまどか達の人生や命にあまり関心を払わないが、キキモラは、石の回収すなわち、命を奪う任務に就いているが、場合によっては石の持ち主の要求を聞いたり、彼らを助けたりしているので、キュゥべえほど冷酷ではない。

その他

生命の山の元ネタは不明だが、日本では恐山のように、山に魂が集まるという言い伝えがあるのでそこからヒントを得て生み出された可能性が高い。その一方、ドイツでは5月1日に、(正確には4月30日の夜から5月1日までの期間)「ワルプルギスの夜」という祭礼を、ブロッケン山で行うことがあるという。

4月3日から5月1日は、春の訪れと供に生と死の境目が弱くなる期間とされ、死者が出歩くために、篝火を炊いて、死者の霊を追い払うというもの。生と死の境界があいまいになるというのはダスト8のキャラクターやテーマとも重なるので、こちらを参考にした可能性が高い。

そしてワルプルギスの夜とは、もちろんまどかマギカでは最後の敵の名前である。

またダスト8ではカッツエンが時間操作の力を持っているが、まどかマギカでも魔法少女の1人暁美ほむらの使う魔法は時間操作である。そして、ダスト8のラストもどこか似通っており、興味を抱いた方はぜひチェックして欲しい。