封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2018年で満10年、11年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2018年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

 封入体筋炎の周知と脳の筋委縮予防、そして適度な闘病生活のガス抜き目的でこのブログを書いています。疾患関係の記事は、同病、他の筋疾患患者の方、ご家族、友人が苦しんでいる方の参考にでもなれば幸いです。些細な生活の様子や疾患の情報などのコメントをお待ちしております。他の傷病で障害をお持ちの方なども歓迎です。広島都市ネタは、完全な暇潰しです。基本的にはどうでもいいです。そのどうでもいい事に、熱くなる方が居て荒らされるのでコメント不可にしています。ご了承下さい。リンクページに、広島市政へのご意見フォームを貼り付けています。そちらでどうぞ。悪意目的のリンク貼りはお断りします。その時々の気分で、記事内容に偏りが出ます。大目に見てください(笑)にほんブログ村特定疾患・広島市情報ランキングに参加しています。読んだついでにワンクリックして頂ければ励みになります。最近、自分語り記事が増えています。哀れな障害者の泣き言だと思い、寛容な心でお読みください(笑)

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 また基準地価公表の季節がやってきた。ブログも5年目に入ると、定例行事的な記事が増える。『大学病院通院』『広島市広域商圏調査』『広島市予算案発表』などがそうである。その中に、基準地価公表も入る。ブログ主の知識も広範囲ではないので、大体、似通ったことばかり書いているのが常だが、所詮、素人の個人ブログなので大目に見てもらえればと思う。今日は、地価と地方中枢都市(札・仙・広・福)の絡みも織り交ぜ書いていきたい。ブログ主は緩やかで適切な規模の地価上昇は個人的にも非常に助かっている。

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今日のお題 9月19日中国新聞1面より
基準地価27年ぶり上昇 全用途0.1%増 バブル期以来

【記事詳細】
 国土交通省は18日、今年7月1日時点の各都道府県地価(基準地価)を発表した。全用途の全
 国平均は前年比プラスの0.1%で、バブル期の91年以来27年ぶりに上昇した。外国人観光
 客の増加や景気回復を背景に商業地が三大都市圏と地方中枢都市圏の札幌、仙台、広島、福岡4
 市で大きく伸び、全体を押し上げた


 商業地の上昇率は三大都市圏が4.2%、地方中枢4都市圏が9.2%。再開発や店舗、ホテルの
 進出が相次ぎ、オフィスビルの空き室率も低下したことが大きな要因で国交省も『低金利で資金
 が調達しやすいため、不動産投資が活発』としている。地方中枢4都市圏を除く地方圏の商業地
 は0.6%の下落となった。全国平均の商業地はプラス1.1%と、前年の0.5%から上げ幅
 が拡大。住宅地はマイナス0.3%となった。交通の利便性が高い駅周辺などを中心に需要が堅
 調で下げ幅は縮小した

 三大都市圏は住宅地も0.7%のプラス、大阪圏は3年続いた横ばいから0.1%の上昇に転じ
 た。地方四中枢都市圏の商業地の上昇率は、札幌10.0%、仙台9.9%、、福岡11.1%
 と高い伸びを示したが広島だけが4.8%と3都市の半分以下の水準にとどまった。住宅地につ
 いては4市平均でプラス3.9%で郊外の住宅地よりも都市部近隣のマンションなどの伸びが目
 立っている


関連中国新聞2 県内地価 商業地3年続き上昇(要拡大)


画像1 9月19日中国新聞25面より(ブログ画像からは全て読めません)

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【考察その1】
都市の勢いがダイレクトに反映する基準地価
広島市内の詳細について


画像3 2010年代半ばから、停滞から活況局面に入った感がする広島市の都心部(画像 アンドビルド広島より)


画像4 広島駅周辺の再開発・跡地利用や旧都心地区の紙・八地区のホテル建設が功を奏し地価上昇が顕著だ(画像 アンドビルド広島より)

 今回の基準値の調査結果を商業地だけに絞り並べてみる。

【広島市内の価格が高い基準地】   
 《商業地》  
   
住所       1平方㍍の価格     上昇率
 ①中区本通5-9    286.0万円    9.2%
 ②中区幟町14-8   163.0万円   14.0%
 ③中区三川町2-3   149.0万円    8.0%
 ④南区京橋町1-3   107.0万円    7.5%
 ⑤東区若草町10-11  78.7万円    5.2%
【広島市内の上昇率が高い基準地】

 商業地   
    住所       1平方㍍の価格      上昇率

 ①中区幟町14-8    163.0万円    14.0%
 ②東区二葉の里3-3-1 157.8万円    12.2%
 ③中区本通5-9     286.0万円     9.2%
 ④中区三川町2-3    149.0万円     8.0%
 ⑤南区西荒神町1-45   53.9万円     7.8%

 双方に選出されている基準地があるのが非常に興味深い。上昇率が高い基準地を見ると、広島駅南口再開発、同駅北口二葉の里土地区画整理、活況を呈しているホテル立地と密接にリンクしていることが伺える。旧来からの都心地区(紙屋町・八丁堀地区)なども一様に高い上昇率を示していることから、現時点での広島市の経済的な都市の勢いの好調ぶりを示す指標の一つになる。当ブログでも散々書いているが、広島版失われた20年を脱して停滞局面から反転攻勢&活況局面に入りつつあるのは確かなようだ。その中核をなすのが、都市観光のインバウンド需要だ。都心部地区の各ビルが建て替え期に差し掛かっていたことや、日銀の金利政策なども相まって良い方向に走り出している。アベノミクスによる景気回復(所得の向上)などもプラス要因に働き、21世紀最大の活況感が表面上はあると言える。本質的にはどうなのかの議論は無粋なので、この考察ではスルーするが現況を見て暗いと断じる市民は少ないだろう。これはブログ主の個人的な見解となるが、この活況局面に入った広島市の影の功労者は実は秋葉忠利前市長では?と思ったりする。この前市長の存在や功績については賛否が大きいのは百も承知だ。この前市長の最大の功績は、自己満足(爆)の平和行政などではなく、財政再建だと考える。任期中12年間のうち、9年間が財政健全化計画期間中という不幸もあり、評価の対象とされやすい都市インフラで目立ったものはマツダスタジアムと広島高速道路の整備ぐらいだ。

 ただ現在活況を呈している広島駅周辺の再開発も03年の国の都市再生緊急整備地域指定から端を発し、他の多くの事業も検討委員会や協議会などを立ち上げ下地を作っていた。財政を軽く見るのは禁物で、アジア大会開催までの怒涛の土木行政とバブル経済崩壊後の国の経済対策にお付き合いした結果、広島市は03年度には財政が破たん寸前まで追い込まれた。同時に広島版失われた20年の要因の一つになった。それを適正なレベル(といって20政令市ではワースト3位)にまで押し戻した。反転攻勢の土台をつくったと思うのだ。財政の極度な悪化は都市活性化余力を奪う。『選択と集中』『取捨選択』の両キーワードは現代では必須だ。秋葉前市長についてはネット界隈では社民党上がりなので、異様に嫌われているが地方自体の首長など、政治思想などを云々するのは変な話で実績さえ残せば、大した問題ではない。政策面では、
二度目の財政健全化計画(04~07年)で障害者福祉などの扶助費を徹底的に切り捨てている。財政再建という大義の前ではそれも致し方がないことで、切れらた側は怒るかも知れないが『働かざる者食うべからず』が人としての基本だと考える。基準地価とは、『基準値表示価格』とも言い国土交通省が7月1日時点の全国2万2千地点の調査結果を、9月に公表するもので民間や地方自治体の土地取引の目安にされる。基準地価以外には、同省が3月に公表する公示地価(1月1日時点)や国税庁が7~8月に公表する路線価(1月1日時点)などがある。路線価は書いて字の如く、道路に面した土地のことで相続税や贈与税の対象となる。話が少し逸れたが、戻したい。バブル期の土地価格の急騰とは大きく異なるのは、本当に需要がある地点しか地価の上昇現象が見られないことだ。特に一部住宅地以外は上昇は示しておらず、一般庶民には有難い。節度ある上昇は不動産資産の価値上昇という正の側面があるが、急騰した場合固定資産税や相続税の負担が重くなる負の側面が増えてしまう。この傾向がいつまで続くのか?だが、東京五輪が開催される20年頃まで続き、その後も世界初の経済的な大きな出来事(かってのリーマンショック)でもない限り、急速な低迷はないと推察する。


画像5 画像1の拡大版 価格が高い基準値と上昇率の高い基準値各ベスト5(画像 9月19日中国新聞29面より)

【考察その2】

四地方中枢都市で最も低い伸びにとどまった広島市
経済中枢能力の差が上昇率に反映している

写真:仙台市
画像6 広島市よりも商業地の地価上昇が顕著な東北の雄こと仙台市(画像 仙台市HPより)

 地価やその上昇率は民需の強さの裏返しで、その都市の勢いを示すことは先の考察で述べた。中国新聞記事でも書かれているように、従来の三大都市圏のみならず地方四中枢都市圏が今回の全体の地価上昇の牽引している。投資先が地方にも向いている証でもあり、国土の均衡ある発展の意味合いでは健全と言える。商業地に限れば、札幌市10.0%、仙台市9.9%、、広島市4.8%、福岡市11.1%となっている。自虐的な見方だと広島市の伸び率の低さが際立っている。他の3市の半分以下だからだ。理由は、他の3都市と比べ広島市が都市としての中枢能力が劣っているからだ。都市の中枢能力を量る指標の一つで人口の社会増がある。人口の社会増とは、市域の流入人口と流出人口との±の話で、+だと社会増で都市としての吸引力の強さを示す。面白い指標を下記に書き足してみる

 ① 21大都市(東京23区+政令指定都市)の転入超過ランキング(17年度)
  1位東京23区 61,158人 2位大阪市 10,691人 3位札幌市 
8,779人 
  位福岡市 8,671人 5位さいたま市 8,234人 6位川崎市 7,502人 7位名古
  屋市4,874人 8位千葉市 2,108人 9位仙台市 1,724人 10位相模原市 9
  35人 12位広島市 582人
 ② 地方中枢都市四都市の転入超過数の比較 
  都市名    2016年     2017年

  札幌市    
,137人     8,779人(全国3位)
  仙台市     966人     1,724人(全国17位)
  福岡市    8,471人     8,671人(全国4位)
  広島市    1,169人      582人(全国20位以下)

 この指標だけで中枢能力を量るのは早計だが、広島市の他都市住民を引き寄せる力が劣っている理由としては説得力はあると考える。この年のの広島市の582人の数値はまだましな方で、ほぼゼロだった時代もあった。中枢能力不足の原因は以前より色々と指摘されている。どれも決定力に欠け挙げられた理由が全て、といえなくもない。よく言われるのは、都市インフラ整備の遅れが定形文のように必ず囁かれるが果たしてそうだろうか?ブログ主解釈だと、理由の一つには違いないが最大の理由にするには少し弱いと思うのだ。ブログ主が取る説は、都市の立地条件の悪さだと考える。その説について説明したい。次の指標を見てもらいたい。

 ③ 地方中枢4都市の他都市距離(直線距離)と新幹線と航空機の時間
            直線距離       新幹線          航空機
  札幌市     
  ~仙台市     
535.2㌔    約6時間30分(※注1)  約1時間10分
  ~東京23区   831.4㌔      ―    (※注2)  約1時間40分 
  仙台市
  ~札幌市     535.2㌔    約6時間30分
(※注1)  約1時間10分
  ~東京23区   351.8㌔    約1時間40分        ー(※注3)
  福岡市
  ~広島市     209.0㌔    約1時間5分         ー
(※注3)
  ~大阪市     486.0㌔    約2時間30分       約1時間15分
  ~東京23区   886.0㌔    約5時間          約2時間
……………………………………………………………………………………………………………
  広島市

  ~大阪市
     282.0㌔    約1時間25分        (※注3)
  ~福岡市     
209.0㌔    約1時間5分         ー(※注3)
  ~東京23区   679.0㌔    約4時間3分        約1時間30分


  ※注1 新幹線と特急との乗り継ぎ ※注2 時間がかかり過ぎるので未カウント
  ※注3 航空路線なし

 この指標だけでは訳が分からないかも知れない。各都市のライバルとなりそうな大きな都市(都市圏)との地形的な距離と高速交通(新幹線、航空機)での時間距離を書いている(つもり)。広島市は関西大都市圏や北九州・福岡大都市圏に他の中枢3都市と比べ近い距離で挟まれている。狭間都市としての悲哀が従来からあった。それに加え、近年では新幹線や高速道路網の整備で時間距離がさらに短縮され、強まった。これが大きいと考える。ブログ主が新卒後、就労した金融機関には広島支店はあったが、中国地方5県を統括範囲とはせず、広島と島根両県だけで山口は九州支店、鳥取と岡山は関西支店の管轄だった。業種や企業により異なると思うが、ブロックの全ての県を統括する支店の数は他の3都市よりも少ないものと思われる。別の見方としては、広島支店は統括支店としての機能よりも、自動車やかって繁栄を極めた造船などの重厚長大産業に着目し、市場そのものに魅力がありそちらの方に重きを置いていた時代もあった。どちらにしても、ブロック内首都としての首都圏に流出する人材のダム機能は少し弱いと言える。このような事情が民需の力にも大きく反映して、地価にも影響している。ブログ主が考える『広島市中枢都市限界論』の論拠は、立地条件のハンディが最大の理由だ。民需を誘発する積極的な公共投資も、否定こそしないがその都市にある潜在需要以上のものを求めると、公共投資の負の面-財政悪化を誘引させるだけ。人工的な官需は永遠には続かない(と思う)。バランスが大事だ。広島市の商業地の地価上昇が低い伸びに留まっているのも、この辺を考えると妙に納得してしまう。

 
画像7 今や地方最強都市となりつつある福岡市天神地区の雑踏(画像 福岡市HPより)

 抽象論となるが、広島市の弊害として同規模都市との比較論がある。比較と検証をして足りない部分を議論して、次なるステップにするのであれば問題はないが、議論だけに終始して楽観論と絶望論を繰り返しそれで満足する。『広島市には〇〇がない』とかの類だ。森記念財団都市戦略研究所が毎年発表する世界都市ランキングでは、以下の比較もあるのを知ってほしい。

 ④世界の都市総合力ランキング2012年版での日本の各都市の序列
  出典:森記念財団都市戦略研究所(2013)


 1位東京23区 1324.9 2位大阪市942.1 3位京都市 830.4 4位横浜市
 805.4 
5位福岡市790.3 6位神戸市788.6 7位さいたま市770.6 8
 位名古屋市761.0 
9位広島市755.4 10位札幌市745.7 11位仙台市 7
 41.9

 この指標は世界ランキングではなく、国内都市のポイント数を国内ランキングにしたものだ。三大都市圏の都市以外では、福岡に次ぐ第2位で意外と高いことに驚く。これは経済指標も含め他の指標も多く加味した都市力をポイント化したもので、一応の目安にはなる。着目すべきは、反転攻勢に入る前の12年のデータであることだ。地方四中枢都市の括りでは最下位の座に甘んじる広島市だが、都市の総合力という一回り大きな括りでは、その限りではないことははっきりと分かる。楽観論もあれだが同時に絶望論もどうかと思うのだ。地方中枢都市の呪縛(じゅばく)から解放されれば、視点が変わり新しい道しるべも見えてくるだろう。ブログ主個人の考えとしては、従来からの基幹産業の維持は至上命題としながらも広島よりもヒロシマを色を強く打ち出したほうが他都市との差別化も図られ、その存在が際立つと思う。ヒロシマ色とは、平和を基調とした都市観光やMICE(マイス)である。これは集約型都市への転換ともリンクし、求心力を低下させている都心部の復活もまた同様だ。西日本豪雨による観光被害が懸念されるが、今年は多少厳しいとしても来年以降は回復基調に入ると期待したい。中国地方の中枢管理都市広島ではなく、国際都市ヒロシマを標榜したほうが無限の可能性を感じるのはブログ主だけだろうか?

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 ブログ主の個人主観と断りを入れるが日本の大学の価値はそこで何を学んだなどどうでもよく、大学の本校の所在地と知名度が価値の源泉。俗にいう偏差値とは大学所在地の都市の人気ランキングのようなもので、その都市の大学内の序列も加わり決まると思っている。得れば万々歳のものではなく、効能は新卒、第2新卒、精々20代まで。後は関係ない。要は新卒時にいい会社に就職するための道に過ぎない。結局、活かすも殺すも本人次第だと考える。たまたま息子が受験生なのでこの話題が気になり、取り上げたい。学生の東京一極集中だ。

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今日のお題 9月19日中国新聞33面より引用
私大入学定員の超過是正
罰則強化当面見送り 追加合格相次ぎ混乱
【記事概要】
 
文部科学省は18日、都市部の私立大学生集中回避のため、入学定員を一人でも超えた場合、19年度から超過人数に応じて助成金を減額するとした罰則強化策の導入を当面見送ると決めた。近年の対策で合格者の抑制傾向が鮮明となり、受験競争が激化。入学式直前まで追加合格を出す大学が続出するなど混乱が生じていたが、今回の見送りで門戸が一層狭くなることは避けられそうだ。19日にも各大学に通知する。


画像1 9月日中国新聞33面より(ブログ画像からは全て読めません)

【記事詳細】
 私大は従来、大規模校では入学定員充足率を120%までに抑えれば助成金が交付されていた。
 しかし、都市部を中心に辞退に備え合格者を多めに出してきたため地方の若者離れが進んだと
 して文科省は不交付基準を厳格化し16年度は117%、17年度は114%、今春は110
 %とした。


 19年度は今春の基準に加え、100%を超えた場合にさらに減額も行うとしていたが、これまで
 の措置で一定の効果が出たと判断した。基準厳格化により最初に合格者を絞って状況を見ながら、
 3月末ごろまで追加合格を小出しにして調整するケースも相次いだ。進学先が直前に変わることに
 なる受験生の心理的な負担が増加し大学関係者からも是正を求める声が出ていた。

 こうした状況を踏まえ文科省は19年度の厳格化を当面見送り、3年後をめどに実施の是非を改め
 て判断することにした。19年度は今春のルールを継続し、大規模校では110%以上となった場
 合に不交付とする。中規模校は120%、小規模校は130%を基準とする。一方、自助努力によ
 り定員の90~100%に入学者数を抑えた私大には助成を増額する。

 日本私立学校振興・共済事業団の調査によると、三大都市圏の私大全体の入学状況は、14年度
 に定員の106%だったが18年度には103%に低下。その他の地域は96%から101%に
 改善した。都市部の中・大規模校の入学定員超過数の合計もここ数年で約8千人減った。


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【考察その1】
需要と逆行する東京23区の大学の定員増禁止
そもそも若者が何を目指して上京するのか?


画像2 拡大画像(要拡大) ローカルアベノミクス『まち・ひと・しごと創生基本方針2017』の地方に資する大学改革の施策(画像 内閣府HPより)

 冒頭から話が逸れるが、この中国新聞記事は東京新聞WEB版と一言・一句違えていない。一体どういうことだ(笑)。まあ、それは置いておいて、この都市部の私立大学生集中回避のための入学定員を一人でも超えた場合、19年度から超過人数に応じて助成金を減額するとした罰則強化策の導入というのは、遠大な少子化対策の一環だ。『少子化の原因-晩婚化、既婚者の出生数低下だと定義⇒東京23区を筆頭に首都圏の都市は子育て環境としては、コストがかかり相応しくない⇒しかし、首都圏に若年者層が集まり過ぎている⇒原因は大学と企業が集中しているからだ⇒じゃあ、企業の移転を促し東京の大学の定員を抑制して地方の大学を強化し、子育て環境が整っている地方に若者の目を向けさせましょう⇒』の論理が根幹にある。この取り組みは日本の大学の価値観の転換を目指している。記事文頭でも触れたが、日本の大学の価値は一部の理系学部や専門性の高い学部以外は、そこで何を学んだかというよりは在籍して卒業したことの意味のほうが重い。ブログ主は、文系学部卒だが必修科目とゼミ、出席を取る選択科目しか普段は授業に出ていなかったし、出るとしても前・後期試験前ぐらいだった。それでも試験の成績さえよければ成績表はA評価だった。入学後の勉強量など受験期の1/10以下だった。それでも要領よくやれば卒業できた。大学時代の思い出は?と問われたら、迷わずサークル、合コン、バイトと答える。勉強のべの字は絶対に出てこない(笑)。遊びを通じた社会勉強の場だった。


画像3 あれっ?どこかで見た気が・・・(笑)。東京都千代田区内にある某私立大学のキャンパス。この大学についてはかっては事件や事故がないのに月に一度はパトカーが止まっていた(これ本当)

 東京の大学の付加価値は、突き詰めると大学個々が持つ特徴というよりも本校の立地場所による歓楽街やアルバイト先までの利便性、卒業後の上場企業への就職率になる。ブログ主が卒業したひだりつばさ&プロ野球選手養成大学は、本校がある法学部や
文学部の偏差値高く、23区外にあった工学部や多摩丘陵にある学部などは低めだった。理由は今説明したことだと思われる。最近はインターンシップ-大学に在籍したままでの短期就職-制度も導入され、事情がいささか異なっているようだが基本的には大きくは変わっていない。日本的な大学の価値観に照らし合わせると、地方在住の高校生が東京23区内に本校がある大学を目指すのは必然で、将来の人生を託す価値があると言っていいだろう。これは良し悪し抜きの本質なので押さえておきたい部分だ。その一方でその価値観に照らし合わせ、諸条件が劣る地方の大学は不利で学生の質と数では劣勢を強いられるのも当然だ。上場企業としても、優秀な学生が多い東京に本社や本店を置くメリットは絶大で、許認可権を持つ中央省庁の存在や様々な情報が入手しやすい環境なども相まって地方都市に移転する理由は、政府や地方都市にあっても企業や大学側には一片たりともないと言える。90年代の頃までのような東京に本社を逆に移す傾向が減ったのは、経済のグローバル化で国内よりも海外市場で戦う企業が増え、本社・本店を移すメリットが以前よりなくなったからだろう。根底には古来から日本人が持つ『都(みやこ)崇拝』のメンタルが、今も面々と生きていると言えなくもない。よって、安倍政権のこの施策は、机上の論としては正解だと思うが実態に適っていない。大学というのは受験性の個々の学力により、多くのすべり止めの大学受験をする。より希望に近い大学に入学するのは常で、大学側も経営上の観点から定員超過による私学助成金交付の罰則強化は、少子化で定員確保で苦しむ(地方大学ほどではないが)大学側の事情を斟酌(しんしゃく)していないと考える。そもそも少子化問題と地方活性化の問題をリンクさせるのは、少々無理がある。少子化問題の本質は、高等教育受験までの教育コスト、高等教育のコスト(共に先進国有数)、夫婦共働き時代の子育て環境の悪化、非正規などの経済格差の拡大であり東京一極集中とは全く別の話だ。と子育て世代真っ盛りのブログ主はそう思う次第だ。

【考察その2】
東京の活力を削ぐ施策はいかがなものだろうか?
広島人目線ではなく、日本人目線で俯瞰すると・・・


 画像4 2065年までの日本の人口予測値(画像 内閣府HPより)

 少子・高齢化が叫ばれ幾久しい。最近では、縮小社会(超高齢化と大幅人口減)なるフレーズも使われ始めている。統計上の可能性の話で100%そうなる訳ではないが、10年国勢調査準拠の統計では、2065年人口8,135万人、15年国勢調査準拠の統計では8,808万人にまで人口が減少するそうだ。約100年後の2110年まで予測を広げると、10年国勢調査準拠の統計だと4,286万人と驚愕の数値が発表されている。50年後には2/3、100年後には1/3になる予測だ。最悪の事態を回避するために少子化対策をある時期までは打ち続けると思われるので、予測+10~20%程度の数値に落ち着くと考える。この場合の人口減とは人口の自然減少を指す。国なり地域の住民の死亡数が出生数を上回る現象のことで、もう一つの『人口の社会増減』とは流入人口が流出人口を上回れば社会増、反対の場合は社会減となる。社会減が大きく止まらない都市は一般的には衰退都市とされる。国の場合移民施策を取っていないので、社会増減はあり得ない。よって国単位の人口減とは自然減を指すのだ。国土交通省も人口減時代に入り(08年)、集約都市(ネットワーク型コンパクトシティ)への転換を打ち出した。拡散して維持管理にコストがかかる現在の都市構造を管理しやすいコンパクトなものにまとめ、都心部地区の求心力も高め、交流人口拡大により都市経済活性化も同時に行うという一石二鳥を目論む。生産者人口(20~65歳)の大幅減少による税収、社会保障費の支え手などの減少、それとは裏腹に天井知らずの社会保障費により財政の一層の硬直化が進む。それに対する備えもある。ブログ主もこの政策には激しく同意する(笑)。同時にこんな危惧も少し生まれる。少子化-具体的には出生数減少をどこかで堰き止めない限り、負の連鎖は半永久的に進み、縮小再生産も繰り返す。第一段階は、各都市内での集約と統合(☜今ココ)。第二段階は県内の主要都市に集約と統合。第三段階は、県庁所在地。第四段階はブロック内中枢都市、第五段階は三大都市圏+北九州・福岡大都市圏、最終段階は首都圏へと段々と集約エリアを狭めていくのではないだろうか?これは50~150年周期の予測だ。


動画1 Japan Tokyo Station Area 東京駅周辺 20年前よりも本当に高いビルが増えた。20年近くも離れると気分は浦島太郎だな(笑)

 こうした悲観的な予測が現実のものとなりつつある昨今では、日本経済の最大の支え手であるスーパーエースの東京の存在は大きいと言わざる負えない。その経済規模においては『日本=東京』といっても過言ではない。ご存知の通り東京は世界の三大金融センターでもあり、世界経済の一極を担っている。真の世界都市と胸を張って言えるのは東京だけだろう。首都直下型地震へのリスクは高くなってしまうが、縮小社会時代にあっては、ありとあらゆる機能を東京に再集約させ、積極的な公共投資も続け世界の舞台での都市間競争を全力で支援する。支援の見返りとして、しっかりと稼いだものを国に納め地方都市という扶養家族を養う役割も与える。こんな構図が効率的だ。感情面での反発も出そうだが、強者に弱者が従う論理においては、妥当な考えだ。『地方における東京へ支援策は優秀な若い人材の提供、その見返りは東京が収めた税金による公共投資』こんな割り切った契約もありだと思う。お互い持ちつ持たれつの関係が相応しいと思う。その大枠の中で地方創生や活性化を図れば良い。全国の自治体に均等に接するというのは、縮小社会で選択と集中が必須とされる中では得策ではない。でその優秀な人材の供給の支障になる可能性がある東京23区内の大学への締め付けは、問題が多い。この規制は早い段階で撤廃するべきだ。この施策は今の時代ではなく、高度・安定成長期にする類のもので時機を逸した感がある。はっきり言うがもう遅い(笑)。一時期流行った道州制論議もまた同様で、東京の活力を奪いかねない道州制論議は、時代にそぐわない。東京の肩をやけに持つと思われるかも知れない。東京と広島でのサラリーマン経験があるブログ主の根拠なしの肌感覚では、そう言わざる負えない。何も地方を無慈悲(どこかの国風)に切り捨てるべきとは全く思わない。自身の力(経済力)で立脚して、活性化に努力して結果を出している地方都市には手厚く報いる。ただ、中央からの指示を待ち庭の池の鯉のように餌だけ求めて口を空けるだけの自治体は、放置されても仕方がないだろう。日本もそんな時代に入ったと感じている。人も都市も取捨選択で不要なものは切り捨てる。これでいい。切り捨てられないようにするにはどうすれば良いのか?これを考えの主眼に置く方が建設的かつ生産的だ。


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前回記事 広島におけるバスの可能性 その1
カテゴリー記事 広島の都市交通 バス


【考察その3】
広島都市圏におけるバスの現状 その1『
黄金時代~凋落初期』
かって広島は『3Bの街』と言われた時代もあった


画像1 5月から運行が始まった都心循環バス『エキまちループ』の広島駅での様子(画像 広島都市・再生会議より)


画像2 1987~2012年の広島市内における公共交通推移(画像 広島市HPより) 他の交通機関の詳細

 かって広島は、『3Bの街』と称されることが多かった。3つのBとは、バス(bus)、支店(branch)、橋(bridge)を指し、銀行(bank)とバー(bar)も加え『5Bの街』と言われることもあった。各Bの先頭にくるほどバスは、広島市及び同都市圏の欠かせぬ足代わりとして重宝され、広島を代表する公共交通機関だった。郊外路線の実質の起点となる広島バスセンターは、広島駅と並ぶ一大交通ターミナルの様相を呈し、そのバスセンターと一体化しているそごう
広島店は地域一番店として活気があった。同時に、バスが公共交通の中心にいるということは鉄・軌道系公共交通網の整備の遅れの裏返しでもあり、これらが本来担う筈の役割をバスが担っているだけに過ぎなかった。バスの利用者のピークはモーターリゼーションの前半戦の1970年頃だったが、その後下がり続け80年代に入り横ばいに転じた。落ち込む市内線路線に変わり、郊外路線が落ち込み分をカバーし安定していた(上記画像2参照)。80~90年代前半までは広島市内における1日平均バス利用者は、30万人台。広島の公共交通利用者の約50%はバスだった。90年代前半まで、バスはまさしく広島の公共交通の王者だった。その座に最初の陰りを見せたのは94年のアストライン開業だった。アストラムラインは、市北西部の交通渋滞いや、交通マヒ状態にあった旧国道54号線(現183号線)の解消のため、当時計画され頓挫した地下鉄鯉城線の代替え交通機関として75年頃から検討に入った。77年、国道54号線バイパスの祇園新道の都市計画決定時に、新交通システム(アストラムライン)の導入も付帯事項に盛り込まれた。


画像3 94年に開業したアストラムライン。開業前の1日平均利用者数は7.2万人とされたが、実際には4.5万人だった。その後は紆余曲折を経て6.5万人(17年)まで増えた(画像 アンドビルド広島より)

 導入路が新設道路だったために、道路整備の進捗待ちだったが、84年に94年アジア大会開催が実質決定して、本格整備の機運が高まった。当初の本通~長楽寺(12.7㌔)間からアジア大会のメイン会場である広域公園(計18.4㌔)まで延伸されることも決まり、89年着工された。沿線は安川流域の市北西部の都市圏最大のドル箱路線で、広電バスと広島交通が多くの路線を持っていた。厳密な利用者統計は残っていないが、
利用者予測の方法及び予測結果の確実性について(広島市HP)によると、約3.4万人の利用があったと窺える。これが開業前の路線調整で、フィーダーバス化された。これがバス凋落の端緒となった。その後、96年にドル箱の1つであった西方面(五日市・廿日市地区)の路線がJR駅接続のフィーダーバス化され、その5年後の2001年には北方面の可部地区の路線が同様にフィーダー化され、ドル箱路線を次々と失った。上記画像2をご覧になるとお分かりだと思うが、バス以外にも広電市内軌道線、宮島線、そして公共交通全体の利用者数が減り続けているのに、JRだけほぼ横ばいだ。これはバスの減少分を吸収しているだけで、JR西日本が特筆するような営業努力、投資などしていない。広島特有の都市交通事情が背景にあっただけといえる。96(平成8)~01(平成13)年までの落ち込みが酷い。この期間で、利用者を24%も失っている。他の広電の路面電車がほぼ横ばい、微減に留まっていることを思えば減少幅の大きさは群を抜いている。察するに、この時期は丁度バブル経済崩壊後の経済低迷期の底の底にあたり、景気減速の波をモロに受けたのであろう。バス利用者が二輪車(自転車)や徒歩に転換し、おまけに少子化(出生数減少)なども拍車をかけたのかも知れない。そうとでも思わないと説明がつかない。02年には1日平均17.8万人まで落ち込んだ。87年当時の58.9%。14年間で41.1%もの利用者を失ったことになる。かっての王者の面影は既に失われていた。短期間での利用者の大幅減少は、ただでさえ楽ではなかった経営をより苦しいものにした。経営の合理化のため、不採算路線の運法本数の減少(間引き運転)を余儀なくされ、利用者がさらに減る出口のない負のスパイラル曲線に完全に入った。

【考察その4】
広島都市圏におけるバスの現状 その2 凋落中盤
薬ではなく毒となった乗合バス自由化施策

休止・廃止キロの推移
画像4 全国のバス事業者の00~14年度のバス路線休止・廃止の推移

 本来は沈みかけていた都市交通のバスを蘇生させる意図を持ち導入されたものだったが、結果的には傷口に薬ではなく、塩を塗り込むことになった乗合バス自由化がさらに追い打ちをかける。乗合バスの自由化は、イギリスのサッチャー政権の英国病克服のため、
国営・公営企業の民営化、市場原理主義を導入し市場の活性化とサービスの改善により利用者を増やす施策を模写したものだ。02年に乗合バスの自由化-運賃面と市場への入退場の規制緩和が施行され、03年より現場レベルでの過当競争が始まった。サービス合戦を期待し、バス交通を魅力あふれるものとして高め他の移動手段(二・四輪車)から利用者を奪い、ひいては公共交通利用者の底上げを目標に掲げた。棲み分けから競争の時代に入った。広島市では、路面電車の運賃体系に合わせ、バス会社各社運賃を値下げ(広島駅~紙屋町間)を敢行した。郊外路線では、アストラムライン開業後、フィーダー路線化していた市北西部の郊外路線の都心直通便が復活した。バス会社間の競争、路面電車とバスの競争、アストラムラインとバスの競争がバス自由化施策により始まった。イギリスで導入されたバス自由化施策は、観点にもよるが結果的には失敗だった。というのは、導入当初は過剰なサービス合戦が繰り広げられ、利用者も一時的には増えるのだがドル箱路線に投資が集中して、閑散路線が切り捨てられた。導入効果が落ち着いた頃から利用者減少の傾向が出始め、中・長期で見ると利用者は導入前よりも減少して、閑散路線も消えてなくなり公共交通ネットワークが崩壊する。イギリスでは、こんな結果になっていた。


画像5 広島市内に主要路線を持つバス交通事業者の合計損益の推移(画像 広島市HPより)

 日本でもこの施策は大失敗だった。全体論となるが、導入分野関係なく市場の拡大の余地があったり、成熟した市場の産業であればこの施策はほぼ成功するが、市場自体が縮小局面に完全に入っている産業だとかえってマイナスに働き、衰退に拍車をかける可能性が高い。次は、イギリスでは既に失敗だったという結果が出て大規模な修正が図られていたにも関わらず、導入に踏み切ってしまった点が失敗の大きな理由だろう。広島市の例で言えば導入初年度はバス利用者数は微増に転じている。公共交通全体の利用者数も同様だ。しかし、路面電車とアストラムラインの利用者を単に奪っただけで、自動車利用から公共交通利用へ大幅転移は起きなかった。翌年は微減に転じた。上記画像5は、バス自由化前年からその後の広島市のバス会社の合計損益の推移だ。自由化実質元年の03(平成15)年こそ前年の赤字から黒字へと転換したが、その後はまた赤字に戻り、赤字幅を拡大させている。利用者数こそ底を打ち、減少に歯止めがかかったが各社共は経営体力を奪われ、苦境から瀕死に確実に近づいた。数少ない黒字のドル箱路線で維持されていた閑散路線はドル箱路線の収支の悪化で、維持が不可能となり休止と廃止が相次いだ(上記画像4参照)。00年代に入り、別の大きな要因も加わる。郊外大型商業施設の乱立だ。この施策は、大店立地法の施行によりほぼ無審査で好む場所に望む規模で立地が可能となり、大手流通企業からすればバラ色のような法律だった。これにより都心部地区の商業機能は壊滅的なダメージを食らった。都心部地区に商業機能の低下は、公共移動需要を減らし、利用者減に追い打ちをかけた。結果都心部地区は、老舗百貨店などの撤退やアーケード商店街がシャッター街となり、、テナントビルは空き室が目立ち始め、コインパーキングが増えた。広島でもこの時期は他の地方都市よりはマシだったが、その傾向が、ところどころで出始めていた。


画像6 広島市のバス運行対策費補助金額の推移(画像 広島市HPより)

 00年代の広島の停滞は、市の極度の財政難による緊縮財政のあおりやサブプライムローン問題やリーマンショックなどの不透明な経済情勢に加え、国策レベルでの都市施策の誤りもあった。様々な要因が積み重なり起きたといえる。為政者の失政云々というよりはそちらの側面が大きい。この時代で活況だった都市など地方最強都市となった福岡市など数えるほどしかなく、広島だけが特別悪いというわけでもなかった。バスとの絡みでいえば、乗合バス自由化施策と郊外大型商業施設の乱立を招いた大店立地法の2つがバス事業者を結果として、苦境から瀕死数歩手前まで推し進めてしまったのは事実だろう。乗合バス自由化施策の広島市での負の成果は、1)アストラムラインを運営する広島高速交通の債務超過転落(03年) 2)バス会社を筆頭に交通事業者の経営体力の損失 3)広島駅~紙屋町間の過度な路線集中(約3,800便) 4)3)との関連で、都心部地区の路面公共交通の旅行速度の低下とバス停留所の乱立 5)閑散路線の維持のための補助金拡大(上記画像6参照) である(ブログ主主観)1)は、多少時期が前後するが、債務超過に陥った広島高速交通支援のため、03年度より205億円の無利子貸し付けを始めた(現在は155億円で継続中)。 ~広島高速交通(株)の経営改善について~(広島市HP) 3)は、広島都市圏の最大の公共交通の移動需要が発生する同区間に、蜜に蜂が群がり、4)の結果を招いた。5)については、これまで事業者が黒字路線の利益で維持していた路線を収支の悪化で維持できなくなり、廃止を申請したら市が慌てて陸の孤島化防止のため補助金を交付する羽目となった。その結果、1.4倍まで上昇した。反対の正の成果は、皆無だ。無理やり探すと、バス利用者減にようやく歯止めがかかったぐらいしかない。収支を大幅に悪化させてのこれなので痛し痒しだ。次回は、現在のバスの課題を論じたい。

続く

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