封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は満9年、10年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は「近況について色々と」、リハビリ等については「2016~17年度冬版 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ・防寒対策決定版」で書いています。2017年より、30年ぶりにカープファンに復帰しました。カープの話題も取り上げます

 封入体筋炎の周知と脳の筋委縮予防、そして適度な闘病生活のガス抜き目的でこのブログを書いています。疾患関係の記事は、同病、他の筋疾患患者の方、ご家族、友人が苦しんでいる方の参考にでもなれば幸いです。些細な生活の様子や疾患の情報などのコメントをお待ちしております。広島都市ネタは、完全な暇潰しです。基本的にはどうでもいいです。そのどうでもいい事に、熱くなる方が居て荒らされるのでコメント不可にしています。ご了承下さい。リンクページに、広島市政へのご意見フォームを貼り付けています。そちらでどうぞ。その時々の気分で、記事内容に偏りが出ます。大目に見てください(笑)にほんブログ村特定疾患・広島市情報ランキングに参加しています。読んだついでにワンクリックして頂ければ励みになります。

シリーズ記事 広島市に地下鉄が実現していたら‥‥ 
並行・if世界関連記事 封入体筋炎

〇岡平広島新市長(元安芸放送社長)モデル平〇敬元広島市長
 文人肌の経済人で平和行政に非常に明るかった。バブル経済崩壊後のアジア大会開催に尽力した。「ポストみどり市長」
「激動の90年代」という難しいか舵取りを任期中こなした。経済界の大型公共事業の要求と市の財政規律の適正化のバランスに終始悩んだ。ハード路線からソフト路線への転換を進めたが、これが経済界から思わぬ批判を受けた。
〇口橋広島商工会議所会頭(芸備銀行頭取)モデル橋〇収元広島銀行会長
 大蔵省(現財務省)主計局長、国土庁(国土交通省)事務次官、公正取引委員会委員長などを経て退官。芸予銀行頭取、同銀行会長、全国銀行協会特別顧問、広島商工会議所会頭、全国地方銀行協会会長などを歴任した。卓抜した政治・経営センスとカリスマ性で「広島経済界の天皇」とまで呼ばれた。広島商工会議所会頭時代(4期11年)は絶大な影響力を保持していた。
〇 追加された広島都市圏鉄軌道系公共交通網整備計画(1986~)


画像1 広島都市圏鉄軌道系公共交通網整備計画の概要 その1その2

〇 if世界の広島の地下鉄をめぐる歴史(あらすじ)

◎1973年(昭和48年) 
・広島市、HATS計画に修正を加えた「廿型」
地下鉄2路線中心のしい交通計画「HATS
 Ⅱ」をまとめる。
◎1975年(昭和50年)⇒ここからif世界に突入
・前任のたやま市長急死により、3度目の挑戦のみどり市長が当選。広島市長に就任する。
・反対が多いHATSⅡ見直しのため、市議会内に「広島高速鉄道建設検討協議会」を発足させ
 る。
「広島高速鉄道建設検討協議会」論議の前提として、広島市営方式ではない第3セクター方式
 、広電市内軌道線・同宮島線、国鉄可部線との乗り入れ前提など既存交通事業者を参画できる
 方式、広島市の建設負担コストを抑えるなどを掲げた。

◎1976年(昭和51年)
・広電、国鉄の規格の違い-レール幅、電圧方式、車両の
床面高さを国鉄可部線を広電に合わせる
 、今でいうトラムトレイン (ウキペディア)
で解消させる。
・この年の予算から
都市高速鉄道建設基金を創設。毎年、法人市民税の一部を積み立て。
・建設㌔数を削減した
HATSⅢ(広島高速鉄道整備計画)2路線計6.5㌔をまとめ上げ発表
◎1977年(昭和52年)
・市と県職員、各議員、交通事業者、市民から編成した欧州視察団を西ドイツに派遣する。
・運輸
省、建設省(現国土交通省)の各事務次官、知事、市長、国鉄総裁、交通事業者7者による
 会議。
HATSⅢ(広島高速鉄道整備計画)の詳細を話し合う。
◎1978年(昭和53年)
「中国地方陸上交通審議会」において、HATSⅢの東西線、横川線計6.5㌔承認される
・広島高速鉄道(第2種交通事業者)設立(市50%、県20%、国鉄・日本開発銀行10%、広
 電
その他5%出資)
・広島高速交通 運輸省(現国土交通省)に東西・横川2線-計6.5㌔の免許申請(約半年後認
 可される)

◎1979年(昭和54年)
みどり市長、市民の圧倒的支持で広島市長に再選される。
広報誌の市民と市政で広島高速鉄道工事期間中の沿線道路規制案を発表。
◎1980年(昭和55年)
計画の一部を手直し、修正、追加してその最終計画案を発表(上記各リンク参照)
・タイガー知事とみどり市長の鍬入れによる起工式が取り行われる。
・広島市政令指定都市に昇格 7区スタート 
・広島市5大事業と1構想を発表する。
◎1981年(昭和56年)
・第2回目の広島都市圏パーソントリップ調査開始
◎1982年(昭和57年)
・広島市 正式に1990年アジア大会開催都市として名乗りを上げる。
・パーソントリップ調査を受けて「公共交通施設長期計画策定委員会」を立ち上げる。
◎1984年(昭和59年)
・ソウルで開かれたアジア・オリンピック評議会総会で、1990年は北京、異例のこととして199
 4年の広島開催を事実上決定。西部丘陵地区(4,570㌶)開発凍結解除圧力強まる。
「公共交通施設長期計画策定委員会」の最終答申案が発表された(史実は1992年) 最終答
  申案。広電、国鉄、多くの市議が異論を唱える。

〇1985年(昭和60年)
広島市議会内に都市交通問題調査特別委員会」を設置
・広電、西部丘陵(西風新都)線運営委託参画に賛意を示す。
都市交通問題調査特別委員会」、市に広島都市圏鉄軌道系公共交通網整備計画を答申する(上
 記参照)
〇1986年(昭和61年)
・広島高速鉄道
西部丘陵都市(西風新都)線特許申請、そして許可される。
「広島西部丘陵都市建設基本計画」を策定
〇1987年(昭和62年)
・広島高速鉄道
東西線5.1㌔と横川線1.4㌔ 計6.5㌔が開通。JR可部線と広電各線乗
 り入れ開始。

〇1990年(平成2年)
・みどり広島市長引退表明、理由は健康上の問題。
・みどり市長5選不出馬を受け、自民党は医師の本杉氏擁立、地元経済界は広島商工会議所副会頭
 岡平氏擁立の動き

〇1991年(平成3年)
・自民党推薦本杉氏と地元代表岡平氏の保守分裂選挙となり、岡平氏がダブルスコアで党中央推薦
 の本杉氏を破り、初当選を果たす。

28 岡平新市長の役割 その1
自民党中央の意趣返しが続き、遂に市債残高が5,000億円を超えた


画像2 現実世界の仙台市営地下鉄東西線の国、地方の建設コスト負担図(仙台市HP) 拡大画像

 岡平氏はアジア大会開催、開催に必要なインフラ整備の総仕上げ、被爆都市『ヒロシマ』に特別な思いを寄せていたので、原爆ドームの世界遺産化を公約に掲げ選挙戦を戦っていた。アジア大会関連については、予断の許さない状況になりつつあった。広島に限らず、企業業績が前年割れが続出。法人市民税が1991~92年度にかけて大幅に落ち込んだ。既に整備が終わった都市インフラもあったが、佳境に入っていたり最後の総仕上げを迎えたものも多く、市税不足分は市債発行で賄うしかなかった。アジア大会開催が仮に失敗に終われば、拭い難いマイナスイメージとなり、当分の間は払拭出来ない。広島市がライバル視する福岡市との都市間競争にも破れ後塵を拝することにもなる。どのような困難が立ちはだかろうとも、成功は必達目標で市・県民の悲願でもあった。1994年開催ではなく4年遅れの1998年開催であれば、都心フラ整備のコストの見直しで圧縮させることも可能だったが、3年後に迫っている現状では、時間がなく当初の計画通り突っ走るしか術はなかった。91~94年にかけて広島市の市債残高は、市税減収と反比例して雪だるま式に増加する。これとも関連するが、日本政府の支援体制も変化していた。アジア大会開催が実質的に決まった1984年当初は、政府のスタンスは『全面支援』だった。この確約は、当時政界で絶大な権力を保持していた中田榮角元首相の鶴の一声で決まった。その後、中田榮角氏は病に倒れ、自民党成政権は続いたが「全面支援」から、「部分支援」となった。

 具体的に言えば広島市と県は、大会開催計画を立案した時に競技施設と関連アクセス鉄道(広島高速鉄道西部丘陵都市線)、道路(広島高速道路、その他一般道)の国庫補助率や地方交付税(対象事業のみ)
の10%アップの内諾を得ており、それ前提で進めていた。広島市長選で、自民党中央の推薦候補を大差で破ったため、その意趣返しとして大蔵族だったオールバック幹事長は、補助率10%アップを元に戻した。広島市は、市税減収と国の補助削減のWパンチを食らった格好となった。この露骨なやり方に反発する若手代議士もいたが、公認権をちらつかされダンマリを決め込んだ。91~93年の3年間で穴埋めすべく発行した市債は1,500億円以上。市債残高も5,000億円を超えて、6,000億円近くまで膨らんだ。お上のご意向に逆らった対価として、広島市は市債を受け入れるしかなかった。少し後の話になるが、オールバック幹事長の意趣返しは、総理大臣になってからも続いた。当時の総理大臣は広島県福山市選出の、スター・キイチ」だったが、経世会のご意向には総理と言えど逆らえなかった。ここで現実世界の地下鉄建設の例をみてみる。

〇仙台市営地下鉄建設費 2,298億円(金利負担673億円含めず)
【国】
1,192億円(51.9%)
 地下高速鉄道整備事業費補助 519億円+地方交付税 673億円(仙台市負担の約44%)
【地方】1,106億円(48.1%)
 仙台市 365億円(15.9%) 仙台市交通局741億円(32.1%)

 広島市は、上記例の国庫補助率と地方交付税の事業費負担を大会関連インフラに限り、それぞれ10%割り増して交付されていた。それを自民党の意趣返しで、従来の国の負担率に戻され梯子を外されたのである。そして困ったのは、この2つだけではなかった。アジア大会のスポンサー企業の一部撤収とスポンサー料減免の動きだった。当初の契約時は、バブル経済絶頂期でその数年後弾けた。前年(1990年)10月には、株価の大暴落が起こり、遂にその前年の大納会時の
38,915円から、半分強の水準まで落ちた。常軌を逸した株や土地への投機熱から端を発したことがこの空前の好景気のきっかけだった。実体のない幻影を追いかけ、企業を筆頭に国民まで浮かれに浮かれた。この大暴落は、浮かれ切ったこの国にトンカチではなく、ハンマーで頭をど突いた以上の効果があった。すぐさま消費の冷え込みとなり、企業業績の悪化を招きつつあった。しかし、これは口橋広島商工会議所会頭の獅子奮迅の働きにより、最悪の事態だけは回避された。当初予定の約90%程度の水準ににとどまったが、予測では半分集まれば御の字と言われていた。橋口氏だからこそここまで出来た、と皆、ほっと胸を撫でおろしていた。
 
29 岡平新市長の役割 その2
経済人 岡平氏が感じていた『都市広島の限界』

 
画像2 広島市の航空写真(ユーチューブ画面撮影より) 記事本文とは関連性なし(笑)

 岡平市長は、この当時の経済人や県・市議とは一線を画した思考の持ち主だった。いわゆるハード(都市インフラ)整備一辺倒の在り方に一抹の疑問を持っていた数少ない識者の1人だった。彼は、広島市及び広島都市圏の人口の社会増加の低さに着目していた。前みどり市長時代、広島市が8大事業と銘打って、他の地方中枢都市よりも遅れていた都市基盤整備に邁進した有様をつぶさに見てみた。確かに基盤整備は恐ろしく進み、四地方中枢都市(札・仙・広・福)の中では整備進捗度では頭一つ抜け、名古屋に匹敵する規模にまで拡大した。それには一定の評価はしていた。問題はここからだ。しかし、都市圏ではなく経済圏という視点で見ると拡大する気配はなく、広島市内に支店を置く中央資本企業も一種産業化した、都市の身の丈を超えた公共事業目的で進出している。これは、安芸放送社長時代からよく聞いた話だった。都市インフラ整備では頭一つ抜けた存在ではあったが、人口の社会増-市外流入人口が流出人口を上回る現象 の比較では、福岡市や札幌市の半分弱で仙台よりも低かった。この原因を『広島の都市の地政学に難あり』と捉えていた。この手法は永遠には続かない。ただ、地政学の難は、年を追うごとに深刻化した。

 1970~90年代初頭にかけて、新幹線や高速道路、地方空港のジェット化などの高速交通網の整備が全国的に進んだ。経済のストロー効果で、巨大経済圏が力の弱い経済圏を吸収する現象が起き、東京一極集中が加速した。全国規模で見た場合、最大の被害者は大阪で西日本の首都たる地位から陥落した。東西に細長い日本のワンクッションだったが、その必要性がなくなった。視野を狭め、西日本限定だと高速交通網整備-都市間時間距離短縮で、両サイドの大都市圏(関西、福岡)に引っ張られ始めていた。尤(もっと)もこの論には異論も多い。
莫大な都市インフラ整備を行ったからこそ、この水準でとどまっているのだ、と反論されたら、何も言い返せない。この手法だと、都市経済力維持のために、官製のにわか需要-官需 を半永久的に続けないといけないのだ。民間企業が投資するに相応しい環境を整えているにもかかわらず、その投資額が低い。簡単な例えだと、100の投資を行っても10のリターンしかない。公共という建前もあり、採算を求めない事業も含まれるので、高いリターン率は期待できなのは分かっていたが、他の3都市よりもリターン率が低い。人口増と市税増収というリターンが少なければ、投資の大半は無駄となり市債残高として蓄積される。政令指定都市昇格後、市債残高は5倍に増えた。それから、若年者の流出は広島の将来を考えると、看過できない問題だった。首都圏や関西へはある程度は仕方がないと許容出来ても九州-特に福岡への流出は歯止めをかける必要があった。しかし、妙手はない。広島への投資が増えない理由に地価の問題があった。四地方中枢都市の中で、地価が高く(1990年時点)仙台・札幌の約2倍、福岡の1.3倍程度の水準で当然賃貸料にも反映していた。固定費用の高コストは採算のハードルを上げる。これも民間投資の支障となっていた。これを賄うほどの需要でもあれば問題ないのだが、狭間都市ゆえの狭い経済市場では限界があった。

 岡平新市長はマスコミ出身ということもあり、広告収入を通じて広島の経済市場の狭さを痛感していた。前みどり市長は、優れた行政マンで地方を代表する首長の1人ではあったが、言われるほど優れた都市経営者ではないと密かに思っていた。それを口に出すことは立場上、憚られた。「官の投資は、民の投資を誘引するのが本来の目的で手段の1つでしかない。それ自体が目的化することは危険だ」と考えていた。そしてこうも思った。「規模に見合った都市インフラ整備は不可欠だが、それ以上は副作用が大きい。ハード一辺倒では早晩、広島は破綻する。アジア大会後は、ソフト路線への転換を図る必要がある」と捉えていた。彼は、安芸放送社長時代から、広島商工会議所の「まちづくり懇談会」の座長を務めるなどして、造詣が深く独自の平和観と共に醸成していた。これが後に経済界との対立を招く。まだまだアジア大会開催前で、とにかく成功させなければならない。市長選挙の保守分裂の後遺症を、最小限にとどめ総仕上げの段階に入ったものを確実に仕上げ、工事が佳境に入ったものは大会までに完成しなければ、との思いが新市長の胸に去来した。

 
  


続く



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前回記事 7月の広島大学病院通院
カテゴリー記事 
近況について色々と

1 まさかの扇風機の落とし穴


画像1 広島大学病院より届いた新しい予約票

 前回、7月の大学病院通院記事で次回通院日を9月1日と書いた。実はその3日後の7月10日の夕方に広島大学病院から連絡がきた。9月1日は脳神経内科の担当医『ドクターK』の都合が悪く(海外出張との事)、8月25日の通院の打診だった。『そんな数カ月先の予約でもないのに、自分の予定ぐらい把握しておけよ』と一瞬、思ったがよく考えたら、
『ドクターK』の本来の勤務は国立呉医療センター。大学病院は週一の金曜日の午後だけの出張勤務で、きっとスケジュールなどが入力されていなかったに違いない、と好意的に受け止めた(無理やり感)。9月1日だと、ついでの泌尿器科が別医での受診の予定だったので、むしろ8月25日のほうが都合が良かった。幸いなことに、有休申請もまだしていなかったので願ったりかなったりだった。ご丁寧に後日、新予約票まで送付してくれた(上記画像1)。そこまでしてくれる必要はない、と思ったが、まあ好印象は持った。で、そろそろ記事の本題に入りたい

 私は寒いのは大嫌いだが、暑いのは大好きである。健常者時代の話になるが、8月のクソ暑い季節に冷やし中華などではなく、汗だく覚悟で熱々の激辛ラーメンを食べるのが大好きだった。十代の頃、運動していたのも影響があったのかも知れない。要は暑さが全然苦にならないのである。その反動で、冷房なるものが本当に嫌いで、人工的なあのヒンヤリ感が苦手だった。冷房嫌いの理由にはコンタクトが乾きやすくなるのもあった。では眼鏡というと、眼鏡も大嫌いでその理由はかけると顔が皆同じに見え、没個性化するのが嫌だった。嫌いついでに言うと、寒さの場合気分的なものが大きいが、最近では、封入体筋炎進行による筋硬直現象もその理由に加わった。これは感情の問題ではなく、厳しい現実でもある。完全梅雨空けしない7月の前半は、エアコンを使わないことが多い。我が家がマンションの6階だが、目前に幅広道路・公園があり高層の建物が少ない。海にも近いので浜風がよく入り、風通しが非常に良い。外温30℃でも、室温は-3~4℃が常で室温30℃以上がエアコン使用に目安としている。仕事部屋は2台(ノート、デスクトップ各1台)のパソコンを6畳部屋に置いているが、2台同時に稼働させることは少ない。室温30℃以下だと扇風機で十分、そんなブログ主の常識を覆す事件が起きた。


画像2 筋疾患患者の意外な盲点だった扇風機(ネット拾い画像より)

2 決して舐めてはいけなかった扇風機
風がもたらした大きな罠

 その扇風機の置き場所は、対面で2台のパソコンが置いている中間地点。どちらのパソコン使用でも背中から風が当たるようにしている。扇風機は首を回さないで、固定。今思えばこれが最悪だったのだが、アクシデントが起きる前は何の疑問も抱かなかった。3連休の初日の土曜日、当然仕事も休みだ。いつもよりも遅い時間に起きて、プレイベート用PCに向き合っていた。日曜日更新予定の記事を書いていたのだが、別に義務でもないのでダラダラと時間つぶしをしていた。私の場合、移動の自由が障害により大きく制限されているので、休日のほうがある意味暇だ。請負仕事をする日もあるが、土曜日は翌週更新記事をまとめて書くことが多い。根詰めて書けば、1本辺り1時間半で書き上げる。しかし、何度も言うが義務ではないので、根詰めて書くことはまずなく、少し書いてはテレビを見たり、家族と話したりで一気に仕上げることは殆どない。その日もそんな感じで1日を過ごしていた。夕方から夜になり隣のリビングではガンガン、エアコンを使っているが私は相変わらずの扇風機のみ。ただ風の当たり過ぎで、背中と腰、そして臀部に多少の張りは感じていた。これが最初の警告だった。

 自覚症状がない私は当然無視した。少し暑苦しさを感じると隣のリビングに、納涼に出向く。椅子から立ち上がる時にに冬場特有の困難さを僅かに感じた。これが第2の警告だった。少し気にはなったが、『まあ、こんな時もあるだろう』と軽く考え、見事にスルー。封入体筋炎患者を長年していると、些細なことまでいちいち気に留めていたら、神経が持たない。真摯に受け止めるものと、あえて無視するものを区別しないとメンタルがやられてしまう。これが、長年の闘病生活で得た知恵となっていた。ただその区別を間違えると、後から意外な重大事になることをこの時の私は、まだ知らなかった。夕食を済ませ、家内とバカ話を続けていた。少年時代、剣道をしていたので地声は大きく、よく響くらしい。最近では、封入体筋炎の症状の嚥下障害予防で、より大きな声での会話を心掛けている。この時に前日よりも足元の不安定さと腰に力が入らない、自覚を実はあった。これが第3の警告だった。何やら「武史の本当は怖い家庭の医学」の再現ビデオ風な感じになってきた(笑)1~3の警告を無視してしまった原因は、『筋硬直現象は冬場特有のもので、夏場には絶対に起こらない』という盲信があったのは言うまでもない。これが大きな落とし穴となった。
そして、決定的な瞬間が訪れる。

3  そして訪れたクライマックス(命に係ることではない)



画像3 珍しいパターンの転倒をして足(指)を痛めたブログ主のイメージ(ネット拾い画像より)

 夜の22時過ぎ、足の爪を切ろうと思い電動ベットに
胡坐をかくような形で座った。現在の私は手の指の爪は場所を選ばず切れるが、足の指の爪を丁寧に切る場合この姿勢がベストとなる。扇風機の風に当たり過ぎて身体の裏側だけではなく、表側の肩や腕も筋肉の軽い張りを感じていた。爪を切り終わり、歯磨きのために洗面所に行くため立ち上がりをしようとした。電動ベットからの立ち上がりは、高さを調節して行う。最大限の高さにはしないで、6段階あるとすれば4.5段階ぐらいの設定。無理もしない代わりに楽もしない、どっちつかずの高さとする。高さ設定が終わりリモコンを所定の位置に戻す。そして立ち上がりだ。ベットから腰を持ち上げようとした瞬間、腰と背中に力が入らない。そう思った瞬間、見事にひざ崩れ転倒と腰砕け尻もち転倒を足して二で割った難解な転倒をした。その時に、よりによって脚力が劣る左足に、相当の負荷がかかり、その負荷というか衝撃が左足の指の「人差し指」親指の横)と「中指」(その隣)にかかった。その指があり得ない方向に曲がっている。あまりの痛さに『痛いじゃねぇか、このクソたったれ!」と大声で叫んだ。その音に驚いた家内と息子が、光速よりも早く現れた。私は大の字状態。近くに反動利用可能な壁でもあれば、この窮地を自力で解決可能だが、何もない場所では不可能。まさしくひっくり返った亀状態。上半身を起こしてもらい、電動ベットを最大限下げて、上半身を被せる。そこから電動ベットをゆっくりと上げていき、何とか立ち姿勢に戻す。左足の人差し指の爪の横が切れて出血している。あり得ない方向に曲がった指の痛みが尋常ではなかった。

 足を動かすたびに激痛が走る。内心『骨をやったか?』と恐れたが、骨折経験があるブログ主は就寝時の痛みで何とか判断できる。骨折した場合は、患部を動かさない時も激痛で骨折から丸3日は痛みで熟睡出来ない。鎮痛剤なんぞ効きはしない。痛みを感じない場合は、酷い打撲となる、と
救急車を呼ぼうとしていた家内に伝えた。困ったことに出血は中々止まらない。完全止血まで1時間かかった。心配した動かさない状態での痛みはなく、酷い打撲と判断して自宅療養とした。こうなった原因の分析をしてみた。結論は長時間の風の当たり過ぎによる『プチ硬直現象』と断定した。根拠としては、冬場同様の腰や臀部に力が入りにくい状態がこの日に限り、起きていたこと。2年前の2015年5月頃、風の強い日に野外歩行訓練中に足に力が入らないために、中止した経験があることがその根拠とした。2年前辺りから雨天時は勿論の事、風が強い日も転倒リスクが高まるので、野外歩行訓練は原則取りやめていたが、その日はそこまでの強い風でははなく、『問題なし』と判断して取り行ったが身体全体に力が入らないので途中で引き返した。すっかりそのことを失念していた。転倒初日は、出血が止まらないので患部は放置。翌朝から湿布を貼り、治療開始。1日3回取り換えている。左足の人差し指と中指、そして2つの指の根元がどす黒く変色、大きな斑点状になっている。患部が浮き彫りとなり痛めた場所が、手に取るように分かった。今日現在で、丸3日が経過したが痛みの2割程度は治まったが、まだ結構痛い。

 この痛みがほぼ引くまで、野外歩行訓練は中止とした。痛みのせいで足に力が入らず、転倒しても怪我が新しい怪我を呼ぶ結果となる。で、今年初体験した『プチ筋硬直現象』予防策は、扇風機の使用禁止として、室温関係なく7月はエアコンを使用。寒気と筋肉の硬直らしきものを感じたら、即使用中止。面倒がらずにケースバイケースで対応する、
に決めた。あまり、こんなトラブルが続出すると家内が外に出れなくなる。迷惑をかけてしまい申し訳ない気持ちはあるにはあるが、パートをやめて1日24時間家にいられるのもそれはそれで『う~ん』である(笑)。まだまだその時期ではない(と思う)。節約というかケチが災いをもたらした、と言えなくもないが、今回は本当に痛かった、骨折しなかったことを良しとするしかない。封入体筋炎発症から丸9年、10年目を迎えた。想定外の未経験の事象が色々と起き始めている。これも闘病生活の1つだと割り切るしかないのだろう。以前、ブログ記事で『山あり谷あり人生』を書いた。人生を1つの狂言の場として捉えれば、『これもまた楽し』かも知れない。真摯に受け止めることは大事だと思うが、過剰に取ることも禁物だ。さじ加減が難しいが、その辺は臨機応変に対応するしかないだろう。次はどんな出し物なのか?結構楽しみだったりする(笑) まあ、家内と息子は大変だと思うが。

 



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前回記事 アストラムラインの話題 その1
カテゴリー記事 広島の都市交通 アストラムライン


 都市交通の話題が続くが、アストラムラインを運営する広島高速交通が耐用年数を超えつつある古い(?)車両の更新を始める。1994年8月に開業して約23年が経過した。僅か23年で耐用年数が切れるのか?の疑問は後述するとして、近年のアストラムラインは延伸正式決定(西風新都線)、利用者増、今年度の債務超過解消などの明るい話題が続く。ただ、広島高速交通が歩んでいる茨の道には変わりなく、一時の小休止といえなくもない。その辺を含め、お伝えしたい。まずは中国新聞記事紹介から始める。
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アストラム66両更新 開業後初19~25年度に順次
揺れ低減座り心地良く 7月15日中国新聞1面より



画像1 7月15日中国新聞1面より

 アストラムラインを運営する広島高速交通(広島市安佐南区)は14日、全144両のうち4割強の66両を2019~25年度に更新する発表するとした。1994年開業以来、新型車両の投入は初めてで、乗客の快適性向上を図る。三菱重工業が三原製作所和田沖工場で生産する。車体の主な素材を鉄からアルミ合金に換えて軽くし、走行時のエネルギーの消費を抑える。独自の台車を採用し、車体の揺れも低減。シートの座り心地も良くしてベビーカーや車いすのスペースも拡充する。JR西広島駅(同市西区)までの延伸計画を見据え、傾斜が大きい坂でも登れるように、より大きなモーターを搭載できるスペースも確保する。広島高速交通は「定着したイメージを継承しつつ、新しさを感じさせるデザインインにする」としている。アストラムラインは、車両が古くなったため、2期に分けての更新を計画。今回の1期目で、66両を切り替え、その完成に合わせて残りの78両も新しくする。今回は各メーカーから提案を受け、金額面やデザインなどで優れていた三菱重工へ今月7日に発注をした。事業費は非公開だが、数十億円の見込み。三菱重工は既存車両でも24両を納めた実績がある。同社は「安心・安全で快適な車両を製作する」としている。
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1 お世辞にも秀逸なデザインとは言えなかった現行車両
しかし、新型車両のデザインはいい感じ


画像2 JR新白島駅付近の掘削区間を走行する様子(ユーチューブ画面撮影より)

 まずはアストラムラインの現行車両だが、皆さんの印象はどうだろうか?賛否は分かれると思うが、私個人は良い印象を持ってはいない。この車両は、今から
17前の2000年頃。丁度東京から広島にUターンしたばかりで、テレビのニュース画像で見たのだが、「だっさ、良くも悪くも広島的だな」だった。そしてカラーのうんこ色が全体の印象を悪くしている、と感じた。ほぼ開業時期が重なる同じAGTシステムのゆりかもめ(1995年開業)とつい比較してそう思った。記事を書くに当たり、車両デザインを手がけた工業デザイナーの栄久庵憲司氏(故人)について調べた。同氏が会長を務めた株式会社GKデザイン機構が、広島市及び広島高速交通からの発注を受け、1991~96年にかけて車両を含めたトータルデザイン全般を受け持った。 GK-DSH(公式HP) このリンクページを見るとデザイン自体は20年前のものとは思えない。四半世紀も経過すれば、陳腐化するのが世の常だが、今も色あせない。でも、現行車両はお世辞にも秀逸(特に外観)とは決して言えない。私のさして優れていない美的感覚と言うかセンスで見れば、前面窓の部分が狭いことと、やはりカラーのうんこ色がイメージダウンとなっている、と思うのだ。

 現行車両の5年後の1999年に登場した広電のグリーンムーバ-5000形のほうがデザイン的には秀逸に感じるのは私だけだろうか?ただこちらは、ドイツシーメンス社の「コンビーノ」(ウキペディア)という戦略的な商品で、広電オリジナルというわけではない。で、今回の新型車両(下記画像3参照)だが、見た印象では現行車両と打って変わって躍動感あふれるデザインで、秀逸の例えがあてはまる。何やら近未来の都市交通を彷彿させるデザインで、同じうんこ色でもそこまでの嫌味がない。現行車両は全体のデザインがうんこカラーで良さが伝わってこないが今回は、この色でも十分に伝わってくる。鉄道マニアのみならず小学生や就学前の幼児にも人気が出そうだ。さてデザインの話はここまでとする。 
アストラムラインの新型車両の導入について(広島高速鉄道HP)


画像3 広島高速交通が導入する新型車両(広島高速交通HPより)

2 今回の広島高速交通の設備投資について
その他の広島市の支援を色々と並べてみる

 今回の車両更新は、当初5年間で全編成(24編成)を更新する予定だった。更新費用が127億円にもなり、一時期に集中して実施することは資金繰り全体に及ぼす 影響が大変大きいこともあり、更新期間を出来る限り長期化させ、標準化させることで単年度の経営負担軽減を図る。13年間として、そのために第Ⅰ期(2019~25年度)11編成、第Ⅱ期(~2031年度)13編成と二段階に分けた。ただこれももろ刃の剣で、車両更新期間を間延びさせるとは、経営上効率的な策だが、長期化させることで次期更新期(2047~2059年度)までの期間も同時に短縮していることを忘れてはいけない。 今 後 の 経 営 展 開(改訂版) -経営改善計画-(P10公式HP)

 現在、広島高速交通が市から受けている具体的な支援は以下の通りとなる。

◎長期借入金 (有利子)
 ●返済完了時期を2024年から2050年まで繰り延べ。
 ●長期借入金返済は車両更新のために資金収支の厳しい2017~29年は、年額1億円に減額。
 
車両更新費用捻出がなくなる2030年度以降、年額約8億円返済。
◎単年度借入金 (無利子) 
 ●長期借入金完済までは、2013~16年度と同様、毎年単年度※注1借入金155億円支援
 ●長期借入金完済までは、単年度借入金返済を猶予。完済後、単年度借入金 を2051~64年
 に
年額約5育円、2065~2072年に年額約9億円を返済。

見て分かるように、財政余力のない筆頭株主様の広島市から支えに支えてもらい、ここ数年ようやく息を吹き返したと言える。広島市としては、JR各線、広電宮島線、基幹バスと共にデルタ外基幹公共交通網の一翼を担い、その公益性の高さから支えるしかないのである。面白い例えだと、大学を卒業した息子(広島高速交通)が非正規就労で、生活が大変なので未だに仕送り(単年度借入金)を続けて、大学卒業前にローンを肩代わりして(日本都市政策投資銀行の有利子借入金)、息子にこれまで貸した金(市の借入金)の返済は猶予。もうすぐ正社員になれるので給料が上がる(西風新都線開業による利用者増)かも知れないので、それまでは仕送りを続けてほしい、と言われ続けている年金生活者の親(広島市)かも知れない。私の息子がこんなごく潰しであれば、ローンの肩代わりはすると思うが、卒業後には一切金を与えない。それでも無心に来たら、無視する。その態度次第では勘当する。ただ広島高速交通の場合、こうはいかない。その仕送りと揶揄した155億円の無利子貸付金だが、こんな感じの制度だ。

◎広島市の広島高速交通への単年度貸付金(無利子)
  広島高速交通が
秋葉市政時の2002年に債務超過に陥り、2003年度の運用資金にも事欠
 く羽目となり、2003年度から205億円の単年度無利子貸付(広島市からみて)を開始した
 。毎年5億円を減額しながら、11年貸し付けた。2013年度より、5億円の減額はやめて1
 55億円を毎年貸し付けている。 広島市平成29年度予算(P127参照 広島市HP) 年
 度末までの返済が義務となっており、広島高速交通は一時的に、民間金融機関より借り受けて市
 へ借入金を返済している。これが年度末の話。4月以降の新年度に入ると、広島市より借入金1
 55億を借り受け、借り入れた民間金融機関に返済している。現時点の広島市への広島高速交通
 の借入金総額は、
309億4,100万円。内訳は、長期借入金(有利子)-約154億円、短期
 借入金(無利子)-約155億円(ブログ主推測)。この制度は、財政難だった広島市が、長期
 貸付が難しかったことから採用された方式。最初の原資は、、広島市の歳計現金(企業会計でい
 うところの流動資産となっている現金や預金など)を一時的活用で、一般会計などからの持ち出
 しではないので、財政に与える影響はないとされている。



画像4 広島高速交通の市への各借入金返済とキャッシュフロ-の推移 拡大図(要拡大) 

3 アストラムラインで思うこと その1
現在あるものへの支援は、必要だと思うがそれ以上は・・・


画像5 現在のアストラムライン延伸計画(西風新都線)・構想(都心線)路線

 広島高速交通は、近年の利用者増(1日平均利用者6.3万人)で単年度黒字化達成、そして17年度には債務超過(累積損益100億円以下)脱却が見込まれている。10年前の暗闇から光が差し込み、その光も複数となりその幅も広がりつつある、現状を説明するとこんな感じだろう。この2~3年の利用者増はJR新白島駅結節効果の賜物だが、新白島駅利用を差し引いた既存駅だけでも利用者増加現象が顕著だ。この事例を以て更なる延伸(西風新都線)、ネット界隈で未だに根強い支持がある都心部地下路線新設の推進は、短絡思考というか危険である。そもそも、現在の活況は広島高速交通自身の独力ではなく、広島市の財政の強い支えの元の結果でしかない。単年度借入金を停止したとたんに、これまでの良い流れは終わり、会社倒産の危機に瀕するだろう。資金繰りに困り果て、数年で複数の運賃値上げを断行⇒利用者離れ⇒更に経営悪化 となるからだ。延伸事業(西風新都線)は広島高速交通の経営安定(利用者増)を図るためだけの意義しかない。

 かって、アストラムライン導入が検討された当時は広島市北西部の交通渋滞は、麻痺に近い状態でバス輸送は限界を超えていた。その緊急性は高かった。それに引き換え、現在の状況は、というと
西風新都エリアの広電バス路線の旅行速度は、22.7~31.5km/h。区間によっては、既存アストラムラインの表定速度(30.0km/h)よりも早い。その輸送能力もまだ余裕がある。前回記事でも書いたが、更なる改良-PTPS(公共車両優先信号)設置、バス専用レーン拡大、連接バス導入 で十分だ。沿線の人口の大幅増はないのだから。ほぼデルタに匹敵する広大な面積(約4,570㌶)を誇る西風新都を線である鉄軌道系交通1本でカバーするのは無理がある。しかも西広島度まりで、都心へは直結しない。どう見ても、面的公共交通であるバスの範疇だ。その予定利用者確保が、広島高速交通の経営再建及び、安定の大前提だが砂上の楼閣だ。砂上の根拠は、予定1日平均利用者 15,200人/日など妄想の類でしかなく、広島都市圏最強の速達性を誇る西風新都エリアの広電バス路線の競争に勝てない。仙台市営地下鉄東西線(ウキペディア)の例だと、利用者数見直しをした数値の66%の利用者数しか確保できていない。しかも、競合するバス路線は市交通局なので路線調整を実施した。しかし、この有様だ。広島市の場合、対象が民間の広電なので現在の法律では、路線調整は不可能だ。ブログ主予測だと、半分確保できれば御の字だろう。

4 アストラムラインで思うこと その2

 西風新都線建設に関しては、インフラ部整備に広島高速交通は直接投資はしない。公設民営上下分離方式が採用され、インフラ部(軌道や駅舎など)使用料を支払い、運営は市から委託される形になる。が、建設に関しては広島市の財政には重い負担となる。まだ費用対効果が高い事業への投資であれば、『致し方なし』だが、波及効果は沿線にとどまり市全体には届かないだろう。鉄軌道系導入の緊急性もなく、投資効果も限定的で低い。広島市の財政状況は一時の危機を脱したが、一般会計の市債残高は1超円を超えた。老朽公共施設群の集約・統廃合も待ったなしだ。 
ハコモノ資産の更新に関する基本方針~(広島市HP) ブログ主は、西風新都線については辛辣な意見だが、その理由は今述べた3点だ。国に認められていない都心線(上記画像5)については、更に辛辣だ。建設費を900億円と弾いているが、これは1999年のものをそのまま流用している。それから18年が経過、人件費や資材の高騰などで、公共事業自体のコストが膨らんでいる。それプラス、地下開発高コストのデルタの街「広島」であることを忘れてはいけない。一応計画では、西風新都線開通後の2030年代以降に再検討する、となっているが1,500億円を余裕で超えると推察する。モノレール整備補助適用だと、市負担(45%)はインフラ部では675億円となる。他の都市インフラ整備費用をこれだけに集中させても、相当の資金難が予測される。建設期間を10年と長めに取っても、年平均の負担は67.5億円。市の1つの事業で年間投資額(市負担)がこれほどの高額のものはない。専用の基金がない現状では、年収300万円台の人間が、中区辺りの新築マンションを頭金なしで購入するに等しい行為だ。今日のこれまでのまとめと補足を加え、書き連ねてみる。


画像6 費用対効果が抜群に高かった広島駅南口再開発(アンドビルド広島より)

-1⃣ アストラライン西風新都線が現時点で必要がない理由
 ●『西風新都⇒都心』の逼迫した移動需要が発生していない。現行のバス路線の改良-PTPS
 (公共車両優先信号)設置、バス専用レーン拡大、連接バス導入 で十分

 ●都心部路線を持たない西風新都線では、都心部直通、速達性に勝る広島都市圏最速の西風新都線
 広電バス路線には100%勝てない。共倒れの可能性も・・・。

 ●広大な面積の西風新都(4,570㌶)では、線たる公共交通の鉄軌道系ではカバーできない。
 ●今後予想される安川流域団地群や西風新都線沿線の団地群の高齢化と少子化による、通勤・通学
 需要の減少

 ●投資約570億円(市負担355億円)の割には、効果が石内東地区と西広島駅周辺に限定され
 、費用対効果が低い。(西広島駅結設改善は、分けて実施すべき)

 ●『他地域⇒西風新都』の移動の大半が自動車利用で、余裕がある区画が多く立地企業は社員用
 駐車場確保に困っていない。

-2⃣ 都心線が西風新都線以上に必要がない理由
 ●そもそも市民の大きくが建設を望んでいない-2015年広島市長選世論調査では60%以
 上が反対。慎重派(10%強)を含めれば、広島市民4人のうち3人が賛成していない。西風
 新都線は70%近くが賛成。

 
●国も建設を望んでいない。旧アストラムライン建設計画(旧東西・南北線)を市が打ち出し
 た際(1998年頃)には、市の財政状況、甘い事業スキーム、民業圧迫、費用対効果の低
 さ
どの理由から中国運輸局が異例の声明を出し、反対の立場を明確にしていた。少子・高
 齢化が進行して、人口減時代に入った今、認める可能性は皆無(と思う)。

 ●市財政負担が西風新都線以上に重く、※注1資金調達が非常に困難(上記文章参照)
 ●広島の最大の公共交通移動需要の『広島駅⇔都心』を削除した計画そのものに意味がない。
 新白島駅の乗り換え利用の低さを見れば、西広島結節だけでは弱い。意味のないものを莫大
 な負担をして建設する必要性はない。そもそも環状線化の意味がよく分からない。環状路線と
 は、数多くの放射状路線を建設してそれでもさばき切れない場合、導入するのが常だ。広島都
 市圏に必要なのは一般道路の環状線だ。

-※注1 財政上困難な理由

 ◎広島市2017年度末市債残高 1兆1199億9,975万円
 ◎
2017年度末財政調整基金残高 29億1,400万円
  広島市平成29年度当初予算案より

 ◎
義務的経費比率の伸張  広島市報号外題5号「財政事情」より
 ●1990年 一般会計予算4,377億円、義務的経費1,540億円(35.2%
 ●2000年 一般会計予算5,625億円、義務的経費2,206億円(39.2%)
 ●2016年 一般会計予算5,989億円、義務的経費3,042億円(50.8%)
 ●2017年ー般会計予算6,456億円、義務的経費3,613億円(56.0%
 
 ◎各年度の義務的経費の内訳  
広島市報号外題5号「財政事情」より
 ●1990年人件費695億円、
費499億円、公債費346億円
 ●2000年人件費903億円、扶助費718億円、公債費585億円

 ●2016年人件費868億円、扶助費1,413億円、公債費760億円

 ●2017年人件費1,401億円、扶助費1,416億円、公債費796億円
 義務的経費の高騰は、政策的経費(公共事業その他)の選択肢を狭める。

 今後の公共事業は、新規採択は緊急性が高く、現在に限らず将来も一定の需要があるものにとどめ、既存施設の機能集約・統廃合といった多機能化で付加価値を上げる-更新(多機能建て替え)中心に進めるべき、と思ったりする。縮小再生産の連続では、負のスパイラルから脱却できないとの指摘もあるが、これを完全に止めるには根源の少子高齢化・人口減そのものを完全に止めないと無理だろう。現実には不可能だ。都市交通インフラ整備に限ると、道路では広島南道路の一般道-商工センター(太田川大橋)~宇品・仁保新町間と広島高速道路の暫定2車線区間の
フル規格化(4車線化)。鉄軌道系交通では、デルタ内準基幹公共交通の広電とバスの疑似LRT・BRT化。地区限定ではなく、都市圏全体の波及効果が高いだろう。2回連続で論点がはっきりしない、典型的な駄文となったが、指も疲れてきたのでお開きとしたい。


画像7 政令指定都市の各基金残高一覧(2012年度) 広島市は2017年度末には29億1,400万円となる



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