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 8月6日の原爆の日もそうだが
8月15日の終戦記念日を迎えるにあたり色々と考えたい。まずは終戦の日の中国新聞の要約記事を2つ紹介する。
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終戦71年 平和誓う 全国戦没者追悼式
陛下「深い反省」 首相「加害触れず」 ~8月16日中国新聞1面より~


 終戦より71年を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京日本武道館で開かれ、参列者が平和への誓いを新たにした。安保関連法の本格運用や憲法改正論議の加速が見込まれ、平和の在り方も問われる中、安倍晋三首相は式辞で、「戦争の惨禍を決して繰り返さない」と強調。ただ2013年以降3回の式辞と同様に、歴代首相が触れたアジアへの加害と反省には言及しなかった。天皇陛下はお言葉で昨年に続き「深い反省」に触れられた。


画像1 8月16日中国新聞1面より 拡大図(要拡大)

 首相は、式辞で「歴史と謙虚に向き合い世界の平和と繁栄に貢献する」 「明日を生きる世代のために希望に満ちた国の未来を切り開いていく」と述べたが、過去3回と同じく「不戦の誓い」の文言は使わなかった。天皇陛下は、皇后さまと共に参列。お言葉で、「過去を顧み、深い反省とともに戦争の惨禍が再び繰り返さないことを切に願い、戦陣に散り戦火に倒れた人々の対して心からの追悼の意を示し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べた。式典には、他に衆参両院議長や各界代表、全国の戦没者遺族薬4,900人が参列し、正午の時報に合わせて1分間黙とうした。遺族代表の70代の女性は、追悼の辞で「世界の平和、命の大切さを後世につなぐべく、たゆまぬ努力をする」と誓った。遺族らの高齢化が進み、歴史の継承が大きな課題となる中、戦争の記憶を次世代に伝える目的で、戦没者のひ孫世代となる10~17歳の男女14人が献花者に花を渡す「補助者」を初めて務めた。

 参加遺族の最高齢は1944年にフィリピンのレイテ沖で戦死した東京都の100歳の女性、最年少は5歳で曽祖父が沖縄で戦死した沖縄県の男の子と、同じく曽祖父が中国で戦死した神奈川県の男の子の2人。厚生労働省の調べだと、追悼の対象は戦死した軍人・軍属約230万人と空襲や広島、長崎の原爆投下、沖縄戦で亡くなった民間人約80万人の計約310万人。参列者に占める割合は、時の経過と共に年々減り、今年は0.1%に。一方、戦役者の孫など戦後生まれの人が2割を超えた。
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「深い反省」強い思い
追悼式で陛下 昨年に続き表現 ~8月16日中国新聞2面より~



画像2 8月16日中国新聞2面より 拡大図(要拡大)

 天皇陛下の全国戦没者でのお言葉には、昨年に続き「深い反省」の表現がある。反省の対象を「さきの大戦」とした昨年ほどではないが、安倍首相は今年も「反省」に全く言及しておらず、表現の違いが続いた格好だ。今年のお言葉は、対戦で多くの命を失った悲しみに触れた上で「過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願う」としている。一昨年までのシンプルな形に戻ったが、宮内庁関係者は「深い反省」が残った点に「陛下の強い思いを感じる」と語る。昨年は他にも、毎回述べてきた「国民のたゆみのない努力」の対象を「戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた」と表現。

 日本が平和と繁栄を築いた前提についても「平和の孫測を切望する国民の意識に支えられ」との一文が付け加えられていた。お言葉は、毎年ほぼ同じ表現だったが、昨年だけ違いが際立った。昨年、安倍首相は戦後70年談話で「我が国は繰り返し痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明していた」と述べ、15日の式辞では「反省」について触れなかった。一部の識者や海外メディアは、お言葉を首相談話と比較して「より踏み込んでいる」などと評した論調が多かった。反対に天皇の憲法で禁止されている政治関与として疑問視する声もあった。

1 天皇陛下のお言葉全文 宮内庁HPより転載
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

全国戦没者追悼式 天皇陛下 ことしもお言葉で「深い反省」NHKNESWEB
【全国戦没者追悼式】首相式辞、天皇陛下のおことば~ (BLOGOS)

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1 安部首相談話について


 天皇陛下のお言葉の前に、安倍首相の首相談話について語る。新聞記事では、「反省」「お詫び」の2つの文言がないことへの批判がされている。私個人としては、「反省」の文言は首相談話に毎年入れるべきだと思う。一方の、「お詫び」だが、これは毎年入れる必要がないと考える。理由は、日本は戦後一貫して、太平洋戦争の加害者として「お詫び」を様々な場所で表明してきた。 ~日本の戦争謝罪~(ウキペディア) 「日本政府の公式謝罪には不十分」との意見がる一方で、「既に十分な謝罪を果たした」との意見もある。私は後者の側だ。事あるごとに、当たり障りがないだろうとの配慮で、この文言を入れることに対してウンザリする。「反省」の文言で、十分だとつい思ってしまう。

 いつも口うるさい隣国はひとまず置いておいて、他のアジア諸国で強くこれを強く求める声は、少ないだろう。むしろその反省を糧にして、未来志向で将来を語るほうが建設的で有意義だ。戦後71年である。不必要な自虐的思考は未来志向の障害になる。大平洋戦争における、日本の「加・被害者論争」は、決着が着かない議論の堂々巡りとなる。どちらにも組するつもりはないが、戦後世界秩序を作った戦勝国が、勝者の論理で「加害者」と認定しているのであれば、そうなのだろうと思う。

 国際世論だと加害者となった大平洋戦争を主導し政権中枢にいて、東京裁判で裁かれた政治家、軍人‐A~C級戦犯者を靖国神社に合祀することは、Wスタンダードそのもので不可解だろう。国内的には、祭る事自体、戦争被害者の1人として取り扱うことになり、違和感を感じてしまう。彼らの間違った国策により、多くの人命が失われた。この事実は、時代が変わろうとも不変だ。戦犯者は結果論から見て、加害者だと言える。近年、一部世論の右傾化に伴いこれらの戦犯者を美化する風潮が出てきている。理解に苦しむが、真実はどうであれ、結果から遡れば、やはり犯罪者、と思ってしまう。 ~A級戦犯合祀問題
(ウキペディア)

 安倍首相の首相談話、個人的には大問題とは思わない。ただ、政治姿勢、安保法案を巡る取り扱い、憲法九条改正への意欲等を見ると、「太平洋戦争=必要善だった」を思っている節が数多くみられる。私は自民党支持者だが、この政権は少し右に寄り過ぎている。小選挙区制導入前は、自民党内による主流・反主流派による政党内政権交代を繰り返してきた。自民党という大雑把な枠の中で、保守~中道~リベラルまで幅広く支持を集め、微妙なバランスを保つのに長けていた。それが自民党の良さでもあったが、小選挙区制導入後なくなってしまった。


動画1 終戦の日 全国戦没者追悼式の様子 天皇陛下お言葉と安部首相談話
(ユーチューブより)


2 今上陛下のお言葉について

 海外メディアの一部には、今回のお言葉の踏み込みを疑問視する声があるらしい。そう言われたら反論の余地がない。昨年は戦後70年の節目もあり「反省」「お詫び」の文言が並んだ。今年は、「深い反省」があった。憶測に過ぎないが、現在の政権や一部世論の右傾化に、一定の警鐘を鳴らしているように感じるのは私だけだろうか?天皇の政治的な関与は、現憲法では固く禁じられている。いわゆる象徴天皇制だが、天皇自身が政治的な実権を握り、統治した時代は意外と短い。古代~藤原氏による摂関政治の時代までと、後醍醐天皇による建武の新政ぐらいである。明治~戦前までは、立憲君主制である。

 政治を表現する昔言葉に「政(まつりごと)」があるが、実はもう1つある。「祀(まつり)りごと」である。
「政(まつりごと)」‐現実世界の政治は、藤原・源(北条)・足利・織田・豊臣・徳川と言った時の大勢力に委任して、執り行わせた。天皇自身が係ることは恐れ多いとして、下々の者に付託する。天皇自身、平素は宗教的最高権威として神に仕え、「君臨すれど統治せず」であった。これが後者である。日本の天皇制が長らく続いたのは、この独自制度のせいである。大勢力を得た武将が「打倒朝廷」を掲げる謂れはなく、利害が対立しないので当然そうなる。「象徴天皇制」は、1000年以上続いた国是でもある。

 かと言って全く口を挟まなかった訳ではない。一例として、室町時代中期8代将軍足利義政の治世にこんな事があった。この時代、全国的に風水害による飢饉などが頻発した。特に1461年の寛正の大飢饉は京の都を直撃した。賀茂川は死体により関止められ、花の御所(将軍邸)の庭園の池は、賀茂川の水を引いていたので、その腐臭が溢れていたほどだった。しかし、将軍義政は、御所改築、庭園整備、酒宴、猿楽に興じて有効な手段を講じなかった。見かねた、時の後花園天皇が、それとなく注意したことがあった。これは極端な例だが、こうした事例が長い歴史にはあったりする。

 オーバーと言うか今回のお言葉がこの例になるかの自信はない。しかし、近いものを感じる。陛下自身、政治的な発言は出来ないが、当然思いはおありだと思う。安部政権誕生以降のこの国のあり方に疑問というか、何かしらの危機感を抱いているのかも知れない。戦争経験世代と戦後生まれ世代のジェネレーションギャップがその姿勢に表れている、と思ったりする。私の父は終戦の年は13歳、母は5歳だった。父は、東京の家を人に貸し、福岡の家に疎開していたらしい。戦後東京に戻ろうとしたが、進駐軍に差し押さえられていて泣き寝入りしたそうだ。母は北九州市の若松にいたが、終戦の年の空襲は、今でも鮮明に覚えている、と言っている。2人の共通点は、戦争は絶対悪で、理由はどうであれ2度と起こしてはいけないと。戦争経験世代が減る中、こうした継承をどうするのか?これからの課題だろう。


動画2 終戦の日 
全国戦没者追悼式の天皇陛下のお言葉(ユーチューブより)

 昨今、格差社会の拡大でニート、非正規階層の右傾化が社会問題化している。ネトウヨさんなど匿名性のバリアの中で、特定の国と特定階層の人達、行政などを叩いている。日常生活の不満の捌け口を、こうした極端な主張や思想に求める。現実世界に何の希望も見いだそうとしない彼らは、反論出来ない人たちへの攻撃で心身のバランスをかろうじて保っている。絶対数では少数派に過ぎないが、拡大傾向にある。先日起きた相模原市の障害者施設殺傷事件も、ヘイトクライム(憎悪犯罪)の極端な例だが、根底は変わらない。薬物、特殊思想、精神障害のどれが原因かは明らかにされていない。こうした凄惨な事件を誘引する、土壌が構築されつつある。

 「貧すれば鈍する」ではないが、経済格差は数多くの社会問題(少子化など)を内包する。戦争の関連で言えば、命の尊さを顧みない底の浅い愛国主義はこうした戦争経験の継承を危うくする。私は別に、左寄り思想ではない。穏健的な右側だと思う。普通に高等教育程度の学校を卒業して、そこそこの企業で就労、結婚すれば大方の人間はそうなる。そうでない人間が増えてきているから、問題なのだ。日常生活では意識することは殆どない。ただ、被爆体験の継承も同じだが、戦争についても、先人たちの思いを現役世代として、次世代に継承する責任がある、と考える。それを頭ごなしに否定する側の人間には堕ちたくないと思う。常日頃から、考える問題ではないが原爆の日と終戦記念日はこうした事を考えてみた。
 





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