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【前章】
シリーズ記事を書くに当たり



画像1 高架区間から掘削区間を走行中のアストラムライン(画像 アンドビルド広島より)

 かっての運輸省(現国土交通省)の都市高速鉄道(地下鉄)建設基準の一つに、人口100万人以上で政令指定都市があった。日本の都市交通事業の大前提として、欧米諸国とは異なり運営には公的資金は原則導入しないで、運賃収入でカバー可能な独立採算制がある。日本では未だに都市交通事業を営利事業をみなしている。これは公営地下鉄事業のみならず、国内の都市交通事業全てに適用される。これぐらいの都市規模であれば、公営地下鉄事業を建設可能で運営が出来る目安となっていた。昭和政令指定都市(ブログ主造語)で、規定された都市規模で公営地下鉄を有していないのは、川崎市(人口151.8万人)と広島市(人口119.6万人)の2都市だけだ。北九州市も長らく人口100万人以上だったが、現在は100万人を切っておりモノレールの3路線の構想(開業は1路線のみ)で、都市高速鉄道(地下鉄)計画は最初からなかった。川崎市と広島市ではその時代により選定機種(川崎市は
川崎縦貫高速鉄道)を変え、計画に修正を加えながらも近年まで検討されていた。川崎市は計画休止、広島市のAGT(アストラムライン)方式での都心部区間は大幅な削減して、事実上の廃止となった。他の昭和政令指定都市が次々と開業する中、取り残された。国内都市では稀有な事例となるが、広く海外都市に目を向けると、都市特有の諸般の事情でフル規格地下鉄計画が実現しなかった都市も意外とあることに気付く。まだ完全に解決したとは決して言えない、鉄・軌道系整備に関する約半世紀の歴史を書き綴りたい。これは以前書いた記事のリメイク版で、前回同様の手法+現在のブログ主の所感らしきものも加え、手直しして歴史年表風に書きたい。因みにブログ主は、縮小社会(超高齢化+大幅人口減)本格突入待ったなしの今日、フル規格地下鉄やアストラムラインの都心部区間は無用の長物と考える。広島市の市民世論もほぼその流れのようだ。ブログ主の感性と世間の感性のかい離がないことに安心している。

鉄・軌道系公共交通に対する世論の変遷-1999年と2015年対比
【99年 鉄・軌道系交通整備計画の市のアンケート】
 99年市民と市政8月15日号より

 1位 アストラムライン※注13線ネットワーク案全体を支持 37.4%
 2位 アストラムライン3線ネットワーク案部分支持 3.1%
 3位 計画は支持するが慎重な計画づくりを 12.8%
 4位 広電平和大通り線案を支持 7.2%
 5位 広島市案とは別のネットワークを求める 8.3%
 6位 新規路線には消極的 21.2%、
 7位 整備する必要がない 10.0%
 ※注1アストラムライン3線ネットワーク案 全体ルート整備スケジュール

【15年広島市長選における
鉄・軌道系交通に関する世論調査】
 広島テレビ世論調査より
 アストラムライン西風新都線 70%近くが賛成、反対は10%程度

 アストラムライン都心部区間 60%以上が反対、『慎重に』と『別の方法での整備』が計20
 %前後、賛成は10%前後 

【99年と15年の意識の変化】
 99年 アストラムライン3案賛成 50.2% 反対 49.8%
 15年 アストラムライン3案賛成 10%前後 反対 80%代後半

【歴史その1】 67~75年
結果的に何一つ実現しなかった都市高速鉄道(以下地下鉄)計画



画像2 1969年、『広島都市交通問題懇談会』提案の最初の『HATS』-広島高速鉄道(地下鉄)計画 (ウキペディアより)



(広島市・商工会議所案)
画像3 国・県・市と商工会議所で構成する『広島都市交通研究会』提案の地下鉄計画(画像 ウキペディアより)

 ◇67(昭和42)
  当時の広島市域と周辺13町を対象に広島都市圏に全国初となるパーソントリップ(PT)
  調査(国土交通省HP)に着手する
 ◇69(昭和44

  
広島都市交通問題懇談会が、『HATS』-2本の逆T字型地下鉄計画(上記画像2参照)
  
放射状・環状ルートの広島都市高速道路を提言する。地下鉄計画は以下の通り
  
  HATSによる地下鉄建設計画
  (1)向洋(マツダ前)~十日市 6.0㌔ 6駅 
   相互乗り入れ 国鉄(現JR)呉線
   向洋駅 ~大州駅 ~広島駅 ~八丁堀 ~紙屋町 ~十日市
  (2)横川 ~西広島 4.4㌔ 4駅 
   相互乗り入れ 国鉄
(現JR)可部線 広電宮島線
   横川駅 ~十日市駅~観音~ 西広島駅

 ◇70(昭和45)
  国・広島県・広島市・商工会議所の4者による『広島都市交通研究会』を設置。この年に、
  
本の地下鉄計画-第1次計画 広島市、商工会議所案-(上記画像3参照)が提言され
  た。
しかし、現時点の需要と将来需要に疑問符がつき廃案になる。計画は以下の通り

  『広島都市交通研究会』提言の地下鉄計画
   
(1)向洋(マツダ前)~広島空港 9駅
    向洋駅 ~東雲~段原~広島駅 ~八丁堀 ~タカノ橋 ~舟入~南観音~広島空港
    相互乗り入れ 国鉄(現JR)呉線
   (2)矢賀 ~西広島 8駅
    矢賀駅~曙町~広島駅~八丁堀~紙屋町~十日市~観音~西広島駅
    相互乗り入れ 国鉄(現JR)芸備線・広島電鉄宮島線
   (3) 横川 ~宇品桟橋 7駅
    横川~基町~紙屋町~タカノ橋~皆実町~宇品~宇品桟橋
    相互乗り入れ 
国鉄(現JR)可部線

 
 ◇71(昭和46年)
  広島電鉄、代替え交通機関未整備を理由に、市内軌道線(路面電車)全廃予定を撤回。広島
  県警に働きかけ、再び自動車の軌道敷内通行を禁止する ~
広電の歴史~(広島電鉄HP)
 ◇73(昭和48)年
 『広島都市交通研究会』は、HATS計画に修正を加えた『廿型』地下鉄2路線中心のしい
  
合交通計画『HATSⅡ』をまとめる(下記画像4と5参照)。詳細は以下の通り

 『広島都市交通研究会』提言によるHATSⅡ(最終地下鉄建設案)
 (1)東西線 向洋駅~西広島駅 9.7km 9
  向洋駅~東雲~段原~稲荷町~八丁堀~紙屋町~十日市~天満町~西広島駅
  相互乗り入れ 
 国鉄(現JR)呉線 広電宮島線 
 (2)鯉城線 矢賀駅~横川駅 8.1km 8
  矢賀駅~曙町~広島駅~稲荷町~平和大通り~紙屋町~鯉城前~横川駅

  相互乗り入れ 国鉄(現JR)可部・芸備線
 (3)相互乗り入れする国鉄・広電大改良計画
  国鉄(現JR)横川駅で可部線、矢賀駅で芸備線、向洋駅で呉線、西広島駅で広電宮
  島線と相互乗り入れを行う。
呉線(向洋駅~広駅)の一部高架化(船越町海田
  町
矢野町付近)、広駅ま
で複線化。可部線(横川駅~古市橋駅)の高架・複線化
  。
市道長束八木線移設。芸備線(広島駅~上深川駅)の電化・複線化。また可部線
  と芸備線との間に短絡線(中筋線)を設けて、広島市営地下鉄鯉城線と一体に環状
  線とすることが検討された。広電はレール幅改軌(1435→1067mm)、高
  架化する。広島駅~
上深川駅)の電化・複線化。また可部線と芸備線との間に短絡線
  (中筋線)を設けて、広島市営地下鉄鯉城線と一体に環状線とすることが検討。広電
  はレール幅改軌(1435→1067mm)、高架化する

 (4)事業費 994.4億円
  地下鉄 873.4億円(鯉城線399.9億円、東西線432.1億円、車両基地4
  1.4億円)
国鉄(現JR)改良費 121億円(呉線43.7億円、可部線35.
  6億円、芸備線41.7億円) ※広電は不明
 (5)広電市内軌道線について
  併行路線は廃止。江波線・比治山線・宇品線の部分存続。地下鉄接続駅(平和大通り駅 下
  
記画像5参照)で同一ホーム乗り換えに
 (6)開通時期
  建設を5工区に分け、94年の全線開業を目指す


 ◇75(昭和50)年
 『中国地方陸上交通審議会答申』にて、可部線を高架・複線化して地下鉄・鯉城線と一体的に
 整備、芸備線を電化・複線化して、可部線・芸備線・鯉城線を結び環状線にすることなどを盛
 り込まれる。路面電車に愛着のある市民や市民団体などからの強い反対により、
当時の荒木市
 長は
東西・鯉城線の地下鉄計画は白紙に戻した。広島市の都市交通問題は仕切り直しを迫られ
 た



画像4 
『広島都市交通研究会』提言によるHATSⅡ(最終地下鉄建設案) 画像 ウィキペディアより


画像5 上記鯉城線平和大通り駅での路面電車との結節イメージ図(画像 ウィキペディアより)

【ブログ主の所感 その1】
広島市で地下鉄が実現しなかった理由

 
 広島市の都市問題では、他都市と比べて初動の遅れがよく指摘される。推測だが、広島人気質の『まずは様子を伺いその成り行きを見極めてから』の影響がある。よく言えば『石橋を叩いて渡る』である。ただ、石橋を叩いても渡らず皆が渡り切ってからようやく安心して渡る的な点も時折垣間見られる。その気質を思うと、地下鉄計画の初動はそこまで遅くはない。降雪地という気象条件と冬季オリンピック開催という特殊事情から先行整備された札幌市は置いておいて、福岡市は69年から
都市交通審議会北部九州部会にて議論を始め、福岡市は地下鉄、北九州市はモノレールの整備が立案され、73年に福岡市議会にて福岡市地下鉄事業計画が議決され、翌74年には姪浜~博多間(1号線)、中洲川端~貝塚間(2号線)の地方鉄道免許取得という早業を展開した。仙台市は69年に設置された仙台市交通計画委員会で議論を始めて、72年に全7路線、総延長45.5㌔に及ぶ地下鉄網を85年を目標に整備すべきであるという報告を提出した。一方の広島市も67年が初動で、72年に地下鉄整備最終案を答申している。推測すると、自治体主導というよりは国が主体性を以って議論を進めた側面があったように思える。議論開始時期が同じでもその後の結果には、大きな差がついた。広島市以外の地方中枢3都市が複数の地下鉄が整備されたが、広島市では遂に地下鉄どころか都心部地区を走る、地下式鉄・軌道系公共交通は実現しなかった。この時期に立案した地下鉄計画が広島市だけ、実現しなかったのか?これを少し考察したい。

1 広島市で地下鉄が実現しなかった理由
 -①広島電鉄の存在
  通称『ひろしま村』の既得権益の象徴としてネット界隈では批判の対象に晒される広電だが、
  まあ大きな理由の一つにはなる。広電が先頭に立ち、HATSⅡの地下鉄計画を潰した痕跡は
  ないが、71年に路面電車の全廃の方針を改め、存続せる方針に転換したことが大きい。札幌
  市と仙台市は公営事業、福岡市は西日本鉄道(以下 西鉄)による運営だった。公営事業だっ
  た2市は市の一存で解決可能だが、民間事業者の場合は簡単にはいかない。廃止方針を持たな
  いのに廃止させる場合、向こう20年間の営業補償金の発生が生じる。福岡市の場合、西鉄が
  赤字化していた福岡市内線、北九州線を全廃方針を掲げていたのが、幸いした。3市共に地下
  鉄計画の導入ハードルが低かった。しかし、広島市は利害が真っ向から対立し調整が難しく、
  それを可能とする政治力を持った為政者も不在だった(②にて説明)

 -②計画を強力に推し進める為政者の不在
  地下鉄計画を強力に推し進めるこの時期に、計画案を推進した山田節夫市長(革新系)が74
  年執務中に倒れ、75年1月に肺がんで他界した。後を受けた通称”植木市長”(笑)こと荒木
  武市長は、『才あって徳なし』の真逆をいく『徳あって才なし』市長だった。2代続けての革
  新系市長(荒木氏は後の保守系勢力も支援)の誕生は、計画反対の世論に敏感に反応し、計画
  白紙の伏線になった。福岡市も導入に際し、市と西鉄とひと悶着があった。それは『無償譲渡
  問題』である。西鉄福岡市内線の前身である『福博電気軌道』が設立された1910年、創業
  者の
福澤桃介らは路面電車敷設を急ぐあまり、当時の福岡市長の求めに応じ、『事業開始の5
  0年後、すべての設備を無償で福岡市に譲渡する』という契約を市と交わしてしまった。後に
  他の出資者が『
それじゃあ、市が丸儲けだ』と猛反発した。福澤も思い直して契約解消を求め
  た。福岡市側も『このままでは開業が危ぶまれる』と考え、これに応じたとされる。時代が下
  り、その50年後の1960年、
 
福岡市議会の一部議員が『契約は有効だ。路面電車を譲渡
  せよ』と要求し始めた。西鉄は戦前、戦中に統廃合を繰り返した上、大戦末期に福岡市が焼け
  野原となったこともあって契約書は見つからない。不毛な押し問答がしばらく続いた。それが
  地下鉄建設論議が交わされ始めた69年頃になってもくすぶり続け、
福岡市議会は『無償譲渡
  されるまで議論に加わるな』という要求を市長に突きつけた。すでに路面電車事業は慢性赤字
  に陥っており、市にとっても無償で譲り受けるメリットはなかったが、市長がが『不要』と
  言えば、市議会はますます紛糾しかねない状況になった。長期化すれば、地下鉄建設議論は進
  まず計画のとん挫、西鉄の赤字拡大が予測された。『60年戦争』と言われた市議会と市長の
  対立だったが、当時の市長の多大な尽力で西鉄側が和解金1億5,000万円を支払うことで解
  決した。『60年戦争』を見事解決し地下鉄建設計画のとん挫を回避した福岡市と、為政者に
  恵まれず反対意見に呼応して撤回した広島市。この差がこの時期では大きかった。


動画1 
GVB Amsterdam Tram 5 en Metro 51 vanuit De Boelelaan/VU richting Centraal Station
アムステルダムのシュネル(快速)トラムと地下鉄の相互乗り入れの様子。同一ホームに高床、低床のタイプのホームが共存している

 -➂ そもそも
HATSⅡ(最終地下鉄建設案)が無茶な大風呂敷を広げ過
    ぎた

  広島市の地下鉄計画の特徴として、東西・鯉城両線共に都心部とデルタ内は市営地下鉄とし
  て建設。郊外部は既存の鉄・軌道系公共交通の旧国鉄3線(呉、可部、芸備線)と広電宮島
  線を受け持たせていることがある。しかも、複線化や高架化、電化、レール幅の改軌、線路
  
の移設、鉄道ターミナルの大改造、車両の置き換えなどが大前提だ。中小地方鉄道会社の広
  
にこの計画を求めること自体無理があるし、当時大赤字だった旧国鉄は、地方都市の路線に
  
大規模な投資する余裕は全くなかった。計画自体、首都圏及び、関西圏の大手民鉄線を対
  
とした壮大な計画並みで、地方都市-広島ではとても手に負える代物ではない。計画につ
  
て一言ある。推測だが、広電との一部共存を目指したものと思うがルート選定が少しおか
  
い。参考資料によると、最終案は広島市主導の立案だと思うが、都市計画センスを疑ってし
  
う。当時の状況を考えたブログ主の提案だと、以下の通りとなる

  東西線
  西広島駅~己斐東~上天満町~(相生通り)~十日市~紙屋町~八丁堀~稲荷町~(駅前通
  
り)~広島駅~(県道広島海田線)~向洋(矢賀)
  相互乗り入れ:広電宮島線 同市内軌道線江波線系統 国鉄(現JR)呉、芸備線 
  備考:東西線内はレール幅1,435ミリと1.067㍉に対応可能な三線軌条方式とし、広電
     規格に合わせた直流600Vを採用。駅ホームは、鉄道用の高床ホームと軌道用の低床
     ホームを同一ホーム整備し、広電の改軌や車両の置き換えの負担を避ける。江波線系統
     は十日市から、宮島線は西広島から東西線に乗り入れる。イメージとしては、当時の西
     ドイツのシュタットバーン(地下式LRT)。呉・芸備線の乗り入れ車両は、複電圧

     
600V1500V)専用車両の導入で対応する。当面は広電のみの片乗り入れとし
     て、国鉄線の乗り入れは、芸備線の電化と呉線の複線化を前提にする。公営地下鉄とし
     てではなく、第3セクタ-の神戸高速鉄道方式を倣い、建設とインフラ部所有だけ第3
     セクター会社が担い、運営は広電及び国鉄が担う。将来の線増(複々線化)に備
え、
     ンネルだけは掘削しておく(西広島~広島駅間)。
並行する広電市内軌道線本線
     

  南北線 
  広域公園前~長楽寺~大町~新白島~紙屋町~市役所~(市道鷹野橋宇品線)~南千田
町~
  宇品西~広島港
  相互乗り入れ:広電市内軌道線宇品線
  備考:南北線は、国鉄線との相互乗り入れは行わない前提で建設。広電規格に合わせたレール
     幅1435㍉と
直流600Vを採用。広電市内軌道線宇品線とはタカノ橋にて片乗りれ
     を行う。広電市内軌道線皆実線と同宇品線(皆実町6丁目~広島港)は市道中広宇品線
     沿線に移設し、宇品線のタカノ橋~皆実町6丁目間と共に存続させる。需要の関係で東
     西線よりも一回り小さいミニ地下鉄方式とする。東西線と異なり南北線は、公営地下鉄
     として建設する。宇品線の紙屋町~タカノ橋間は廃止する


  費用対コストの概念がなく、人口や経済も右肩上がりだったこの時代(70年代)であれば、
  コスト高の広島市であっても地下式鉄・軌道系公共交通整備について国も財布のひもは緩く、
  全面的に支援していただろう。複線化・高架化などを伴う大改良を要する国鉄線よりは現実的
  だったかも知れない。広電市内軌道線の部分廃止前提であれば、紙屋町結節の東西南北の路線
  が理想的だ。広電のネットワークを基本的に取り込み、必要なところだけを新線建設で対応す
  る。最初に広島都市圏最大の公共交通移動需要が発生する広島駅~紙屋町間がある東西線を建
  設。80年代半ばの開通を目指し、その間に南北線の導入路である祇園新道と市道の高陽沼田
  線を整備。80年代後半から、南北線建設に速やかに着手して、アジア大会が開催された94
  年に広域公園前~タカノ橋間が開通なんてことになっていたら、現在の広島市とは少し違う姿
  があったかも知れない。路面電車の地下化のイメージなのだが、当時は建設支援制度は当然な
  いが、地下鉄整備制度の応用や広義の解釈で可能だったと思われる。時代こそ違うが、京都市
  営地下鉄東西線への京阪電鉄の京津線(軌道線)の乗り入れが証明している。典型的な『たら
  れば』世界の話で、万が一、いや億が一実現していれば、

 
 計画案づくりの初動は決して遅くなかったが、計画実現に向けての本気度は『???』だったと言わざる負えない。計画断念理由から判断すると、広島市特有の高コスト体質は、計画実現を阻んだ理由にはならない。この時期であれば財政状態は都市交通事業(路面電車、バス)を営んでおらず、政令指定都市へ昇格前もあり、極めて良好だった。少々の無理は出来た。説明した理由のうち、特に②と➂が大きかったと考える。


画像6 ドイツの都市エッセンのシュタットバーン(地下式LRT)の様子。複々(4)線構造で、中央の2線が低床(床面高さ30㌢台)路線専用、外2線が高床(床面高さ100㌢程度)路線用となっている。(画像ユーチューブ画面撮影より)

その2へ続く

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