前回記事 サッカー専用スタジアム問題の現在地 その4
カテゴリー記事 広島の都市問題 スタジアム問題


今日の話題 2月7日中国新聞1面などより引用
広島サッカー場
 最終候補中央公園で合意
4者24年春開業目指す

【記事概要】
 広島市中心部へのサッカースタジアム建設を巡り、市と広島県、広島商工会議所、J1サンフレッチェ広島の4者は6日、中区でトップ会談を開き、最終候補地を3案の中から中央公園自由・芝生広場(中区 以下広場)とすることで合意した。都市活性化の効果が高く、事業費も抑えれる点が決め手となった。市が事業主体となって、県と商議所が資金面で協力、2023年度の完成、24年春の開業を目指す。


画像1 2月7日中国新聞1面より(画像からは全く読めません)

【記事詳細】
 会談は松井一実市長と、湯崎英彦知事、商議所の深山英樹会頭、サンフレの久保允誉会長が出
 席。旧市民球場跡地(中区 以下跡地)、広島みなと公園(南区 以下みなと公園)を含めた
 3案を比べて総合的に判定し、中央公園広場を最適とする意見で一致した。同公園広場を含む
 紙屋町・八丁堀地区が国の都市再生緊急整備地域に指定されたことも含め、にぎわいづくりと
 なる拠点となる効果を考慮、多くの観客を運べる交通機関が整っており、アクセス性も優位と
 した


 敷地面積は7.9㌶。スタジアムの収容人数は3万人で年間45万人の集客を想定する。事業
 費は約190億円で、跡地の260億円、みなと公園の194億円と事業費を抑え込める点も
 決め手の一つとなった。合意の中で、建設資金は企業や個人からの寄付金や使用料収入、国交
 付金で賄うとした。市と県の負担割合などは今後詰める。久保会長は会談で『総額30億円の
 寄付を考えている』と明言した。19年度の基本計画を策定し、20~23年度に設計や建設
 を進める。開業は早ければ、24年春になる見込み

 スタジアム建設の議論は13年1月、サンフレがネット署名で37万人集めたことがきっかけ
 となり始まった。中央公園広場を巡っては、地元基町地区住民から、生活環境の悪化などを懸
 念する声が根強く挙がっている。会談では、住民の意見を聞きながら騒音や渋滞対策の徹底を
 図ることを確認した。市は引き続き、協議を進める。会談後、松井市長は『可能な限りスピー
 ド感を以て進めたい』と述べ、建設に向けた作業を本格化させる考えを示した(以下略)

 サッカースタジアム建設に係る県、市及び商工会議所の合意事項~(広島県HP)

【考察その1】
現在の議論開始より5年8カ月、紆余曲折の歴史 その1

建設場所を巡る行政(県、市)、商議所とサンフレの対立構造が鮮明に


画像3 16年中盤まで建設最適候補地だったみなと公園案スタジアム(画像 広島市HPより)

 正直なところ、20年代後半の開業だと予想していたので思いのほか早い開業(最短24年春)で少し驚いたのが第一印象だ。周辺の基町地区住民の反対がより良いものをつくる建設的な反対ではなく、〇か✖かの感情的思考に根差した反対の色が濃かったので(ブログ主心証)、もう少し住民の合意形成に向けた努力を形式上続け、『見切り発車も止む無し』と時期を見計らい決定するものばかりと思っていた。早い決定により、事態が膠着して広島名物の20~30年議論コースが見事に回避されたので喜ばしい限りだ。建設場所の問題云々を差し引いて建設に反対している広島市民は殆どいないので(ネットは知らんが)、今回の決定は全市民的に広く好意的に受け止めているものと思われる。喜ばしい一方、本来であれば14年12月のサッカースタジアム検討協議会の最終報告案 ~広島に相応しいサッカースタジアムについて(提言)~を以て、決定している筈の最終候補地が色々なすったもんだがあって、4年3カ月も延びに延びた。それぞれの立場で反論はあると思うが、軽重は別として応分の遅れた責任はあるだろう。現在出ている中央公園広場スタジアム案につていの考察は次回記事に譲り、今日の考察では、最終候補地決定記念と称して面白おかしくそのすったもんだの歴史を振り返りたい。

広島におけるスタジアム建設議論の歴史(~中央公園広場案が復活する迄) ※注1第二幕 パートⅠ 
※注1第一幕は(03~06年頃)。結局、とん挫


13年01月  広島県サッカー協会等が、広島県、広島市及び広島商工会議所に対して、サッカ
        
スタジアム建設早期実現のため約37万件の署名(当時)が集まった旨を報告
   06月  サッカースタジアム検討協議会(以下  検討協議会)を設置
        サッカースタジアム検討協議会について(広島市HP)       
14年12月  検討協議会が、広島県知事、広島市長、広島商工会議所会頭及び、広島県 サッ
        カー協会会長の4者に対して、『広島に相応しいサッカースタジアムについ
て(
        提言)』を手交
         【提言の概要】
         広島に相応しいサッカースタジアムについて、『旧広島市民球場跡地』と『広
         島みなと公園』の2箇所を候補地とするもの

15年01月  広島県知事、広島市長、広島商工会議所会頭及び、県サッカー協会会長の4者
        
よる会談を開催し、以下の通り合意
        ① 候補地の絞り込み及び事業主体
          【候補地の絞り込み作業を3者で行う理由】

          県サッカー協会会長から、『県サッカー協会は、サッカースタジアム建
          設を要望している団体であるため、候補地が決定するまでは検討メンバ
          ーから外れる』旨の発言があったことから、候補地の絞り込み作業は3
          者で行うこととした
        ②資金調達方法及び事業スキーム
15年04月  サンフレ前社長(当時)小谷野氏が広島市長選に出馬し、落選
15年07月  広島県知事、広島市長及び広島商工会議所会頭の3者による会談を開催し、以
        
を確認
        ①跡地は、多機能化や複合開発、スタジアムの規模等に課題があり、みなと公
         園は、MICE施設の併設やまちづくりの観点から優位とするが、宇品地区
         を中心とした物流拠点に対する交通対策などの課題の解決ができていない
        ②みなと公園が優位ということであるが、候補地の決定に向けた最終的な検証
         作業として宇品地区の交通課題の課題解決に向けた検討を行う
16年02月 
 作業部会が、宇品地区の交通課題の解決策に関する検討状況とスタジアムの実
        現可能性調査の実施状況を公表
        宇品地区の交通課題の解決策に関する検討状況について~ ~スタジアムの
        実現可能性の調査の実施状況について~(同)


動画1 サッカースタジアム『Hiroshima Peace Memorial Stadium』(仮)建設案 記者会見


動画2 Hiroshima Peace Memorial Stadium スタジアムの詳細について

16年03月  ○サンフレ久保会長が跡地に建設する『ヒロシマ ピース メモリアム スタ
        
ム(仮称)建設案』を公表(上記動画1参照) 同時にみなと公園に建設
        
場合、※注2高額スタジアム使用料がクラブ経営を圧迫するとして使用を拒
        
        ○作業部会が、サンフレの建設案について、周辺建築物の取扱いな確認した
        
い事項に対する回答をサンフレに依頼 ~サッカースタ務者検証作
        
業部会とサンフレッチェ広島とのやりとり~(同
        ○サンフレ案に対する確認作業や意見交換が不調に終わり、それ理由で、県、市
        
商議所の3者会談の延期を発表
 05~06月 サンフレ久保会長が、『ヒロシマ ピース メモリアム スタジム(仮称)
        建設案』の詳細と可能性を発表(上記動画2参照)
 
 03~07月 作業部会(県、市、商議所)とサンフレの対立構造が鮮明になる

  ※注2
作業部会のみなと公園案スタジアムだと、上限1.4億円としていたが、サンフレの
    独自解釈では、5.6~7.65億円と弾き出していた。他には、みなと公園の土壌
    汚染疑惑を指摘し、除染費用に約134億円かかるとも主張して跡地建設の優位性を
    強調していた。

【ブログ主の当時の所感】
 
『ヒロシマ ピース メモリアム スタジム(仮称)建設案』の詳細を調べようと思ったが、公式HPでは削除されており、ダメだった。発表当時は、エディオンと久保氏の30億円の供出と税金を全く使わないというフレーズが先行し、斬新なイメージを持たれたが、落ち着き詳細を確認すると事業スキームなど半煮えかつ、跡地建設の前提条件が作業部会案と大きく異なり実現性は『???』と感じた。当時、よく比較された市立吹田サッカースタジアムや完全民有地に建設する予定の長崎の新スタジアム計画などとは、似て非なるものだった。これは考え方になるのだが、ブログ主は民間事業者であろうとも公益性の高いものに関しては、その高さを鑑みて税金投入の必要性は十分にあると考える。地域密着を掲げ都市の集客装置としての役割も果たしており、その資格と権利はある。ただ、それを逆手に取った立場を超える自己主張は、考えものだ。日本の社会には馴染まない。欧米流の自己主張と日本のそれとの相違なのだろうが、一歩引いた立場で全体を俯瞰するとその印象を強く持った。何も行政の言いなりになれとは思わないが、かっての広電の駅前大橋線地下案主張の時も感じたが、この時期のサンフレの姿勢には少し疑問を持った。


画像4 サンフレの『ヒロシマ ピース メモリアム スタジム(仮称)』のイメージ図(公式HPより)

 この時期、ブログ主は、みなと公園案を支持した理由は、まちづくり全体目線だと跡地スタジアム案よりも多機能・複合施設という現在のスタジアムの潮流をほぼ抑え、コストセンターよりもプロフィットセンターの色が濃く出ていたからだ。懸念されていた公共交通アクセスも現状では、不足感が漂ってはいたが広電市内軌道線、路線バスの高度化-疑似LRT・BRT化やつぎはぎ開通の広島南道路(広島高速3号線)のフル規格化整備がなされればある程度は解決すると思ったし、何よりもスタジアム以上に必要性が高いMICE(展示)
施設が建設される意義は大きいと判断したからだ。スタジアム建設を機に、動かず眠っていたものが動き始めることを期待した部分もあった。結局、サンフレのスタジアム使用料の独自解釈による使用拒否と地元物流業者の強い反対で、案自体がとん挫するので支持しても致し方がないと思うに至った。跡地建設を社是(当時)としていたサンフレは、宇品・出島地区の物流業者の反対を一様に歓迎していたようだが、冷静に見つめると存在にNOを突きつけられたに等しい事実をよく考える必要があるとも思った。物流機能の阻害要因はあくまでも、表向きの理由(ブログ主所感)でしかなく実際には・・・、と思ったりする。これはブログ主の憶測でしかないが。

【考察その2】
現在の議論開始より5年8カ月、紆余曲折の歴史 その2
4者の思惑は一致したが、今度は・・・


画像5 最終候補地となった中央公園広場案のスタジアム完成イメージ(画像 広島市HPより)

広島におけるスタジアム建設議論の歴史(中央公園広場案が復活~) 
第二幕 パートⅡ 

16年05月  オバマ前大統領、広島訪問 これ以降17年辺りから『跡地の重要性が増した
        』『狭隘な敷地』などの跡地スタジアム案不利のアナウンスがされ始める

   08月  県知事、市長、広島商議所会頭とサンフレ久保会長の4者による意見交換(1
        回目)を実施 商議所深山会頭の肝いりで第3の候補地として『中央公園広場
        』が復活する ~1回目の意見交換の概要~(広島市HP)

   09月  2回目の4者による意見交換が交わされる ~2回目の意見交換の概要~(同)

17年01月  作業部会が、『基町の明日を考える会』の会合に出席し、騒音、渋滞、違法駐
        
、地元居住環境への影響、広場利用者への影響などに関する『広島市中央公
        
園へのサッカースタジアム建設候補地撤回申し入れ書及び質問書』を受領
        『基町の明日を考える会』とのやりとり~(同)
   02月  作業部会が、『基町の明日を考える会』の会合に出席し、1月24日付けの『
        
島市中央公園へのサッカースタジアム建設候補地撤回申し入れ書及び質問書
        』に対して文書で一部を回答 ~質問書に対する一部回答について~(同)

   08月  作業部会が、『基町の明日を考える会』の会合に出席し、1月24日付けの『
        広島市中央公園へのサッカースタジアム建設候補地撤回申し入れ書及び質問書』
        に対して文書で全体を回答 ~質問に対する全体回答について~(同) ~
        央公園広場におけるサッカースタジアム整備に係る調査・検討について~(同)

   12月  作業部会が、『サッカースタジアムに係る各建設候補地の比較』(同)を公表

18年02月  『基町の明日を考える会』から、『サッカースタジアム建設候補地から中央公
         園案を外すことを求める要望書』(署名簿を含む)を受領

   06月  県、市、広島商議所が『基町地区住民説明会』を開催し、基町地区の将来を見
        据えたまちづくりとサッカースタジアムについて説明

        基町地区の将来を見据えたまちづくりとサッカースタジアムについて~(同)
        サッカースタジアムについて示されている懸念点に関する考え方~(同)
   10月  自治会向けの住民説明会を実施。スタジアム問題よりも住環境の改善を求める
        声が相次ぐ

19年02月  市と県、広島商議所、サンフレの4者トップ会談が行われ中央公園広場を最適
        
する意見で一致。市が主体性を以て建設、19年度の基本計画を策定し、2
        
0~23年度に設計や建設を進める。開業は早ければ、24年春になる見込み

【ブログ主の当時の所感】
 16年夏頃に、市とサンフレのやり取りが過熱する中、落としどころと言うか折衷案として、一度は廃案となった中央公園広場案が復活した。みなと公園支持で跡地案には及び腰の市(県と商議所も含む)と跡地支持でみなと公園案を拒否していたサンフレが歩み寄る契機になった。サンフレにとっても100点満点ではなくても80点の場所なので、振りかざした拳を落とすには持ってこいだった。そしてようやく4者は遅まきながらも同じ方向を向き、歩みはじめすんなりと決まるものと思われた。そうは問屋は卸さなかった。近隣の基町地区住民が生活環境を表向きの理由で、反対の声を上げた。ブログ主はお人好し(笑)なので、最近よくある計画自体には反対ではないが行政案に反対するというより良いものを造る前向きの反対だと捉えていたが、残念ながら違った。何があってもスタジアムは認めない的な後ろ向きな反対だった。市が住民に対して示した諸対策は、的を得たもので妥当で問題はない。市としても最大限の誠意は示している。これ以上の誠意は計画中止しかない。見方の一つとしての前置きして言わせてもらうが、時々『基町の明日を考える会』の強硬な反対姿勢が、果たして基町地区住民の真の民意を完全に反映しているのか?多少、疑問を感じる。と言うのは、地元局のテレビ報道を見る限りでは、反対意見同様に賛成意見も垣間見られる。屋外でのインタビューで80歳前後の高齢女性が『この辺じゃ大きな声で言えんけど、若い人たちのためああいうものも(スタジアム)必要と思うけど・・・』の意見が印象に残る。報道の公平性を期して、少数意見も紹介しただけなのか、は定かではないが、一度、同地区住民全てを対象に、名前は無記名で選択式のアンケート調査を実施、回収は自治会ではなく、市の職員が回収する形にすれば世論の全容が分かるのでは?と思う。賛否は拮抗していると思うが、賛成が少し上回るような気がする。表向きの賛否は別として、本心を大っぴらに語れない空気がもしかしたら、支配しているのかも知れない。これはこの問題に限らず、組織や集団の中心をなすグループの意見が、仮に多数でなくとも力学の関係で全体意見にすり替わることはよくあることだ。


画像6 09年の市民球場移転後、複雑な問題が絡み合って結果的に放置され続けた同地だが、暫定ではなく速やかな正式利用の着手が求められる(画像 アンドビルド広島より)

 これはこれまでスタジアム関連記事でも散々書いたが、中央公園広場案が復活してからは、この案が唯一無二のものであることは経緯を把握していれば分かり切ったことだった。跡地案とみなと公園案はこの時点で死案だったことは明白にも係わらず、表向きは候補地の一つとして残した。みなと公園は現在の姿のまま放置されても何の問題はない。問題なのは、跡地だ。前秋葉市政時にも散々議論され整備の方向性が示された。しかし、政争の具に利用され本整備には至らなかった。市長の代替わりにより議論はリ・スタートしたが4つの大きな壁-世界遺産のバッファーゾーン、国有地、都市公園法、狭隘な敷地-もあるので、皆が納得するような広島の百年の大計に相応しい理想案など所詮、幻想だった。それでも方向性が決まると、今度はスタジアム問題が割って入り、議論が大紛糾して長年人質に取られた形になった。グズグズして気づくと市民球場移転より丸10年が経過。現在は観光バスの臨時駐車場やイベント開催などの暫定利用がなされている。今回の決定で晴れて、自由の身となった(笑)。今後の大きな暫定利用予定は、今年の『FISE HIROSHIMA 2019』と20年の『全国都市緑化フェア』である。大型の暫定利用がなされ、現在の跡地には整備コストが殆どかかっていないので、費用対効果は低くないと主張されればそれまでだが、正規跡地利用がなされていればもっと多くの利用があっただろうと思われるので機会損失のデメリットはそれ以上に大きいのではなかろうか?機会損失など仮定の議論でしかないので、無意味かも知れないがこうした広島市の待ちの姿勢も間接的だが、中国地方における相対的な地位低下を誘引していると考える。個人的は、跡地への建設の市の意思は皆無だったので、スタジアム問題と切り離すべきだったと思う。次回は、これまで散々記事にしたが、あるべき中央公園スタジアジアム案を考えたい。

その2へ続く