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【考察その1】

広島の都市計画の怪 その1 都市交通編


画像1 99年策定の新たな公共交通の体系づくりで示されたアストラムライン3段階整備案

 広島市の都市計画全般を俯瞰すると、理解に苦しむとは言い過ぎかも知れないがいくつか疑問視する点がある。挙げたらきりがないが、特に交通ネットワークづくりのその計画にその傾向が強い。まずは その歴史を振り返りたい。

広島市の疑問だらけの都市計画史 その1

1 アストラムライン整備計画
 ①公共交通の最大移動需要の区間から整備しない怪
  広島市の鉄・軌道系公共交通の議論の歴史は古く、1967年までさかのぼる。現在のアス
  トラムライン整備の前に、
『広島都市交通研究会』による、HATSⅡ-郊外区間を旧国鉄
 (現JR)線、広電宮島線の複線化や改軌し受け持たせ、デルタ内は2本のフル規格地下鉄(
  17.8㌔ 17駅)と相互乗り入れ-を立案した。このプランは結局、日の目を見ること
  なくとん挫。その代替えとしてAGT(アストラムライン)整備案が浮上した。現行アスト
  ラムライン整備が活況に入った91年、市全体の公共交通整備のグランドデザインを描く目
  的で
学識経験者、国、県、市の4者で構成する『公共交通施設長期計画策定委員会』(通称
  八十島委員会)を立ち上げ、翌92年に提言を行った。国主導の委員会の提言内容は、アス
  トラムラインの2線-本通から宇品・出島地区延伸と西風新都線-と平和大通り・駅前通り
  経由の東西方向のフル規格地下鉄案から構成され、整備スケジュールは第1期-
東西線全線
  と南北線(本通-白神社)、第2期-西風新都
線と南北線(白神社-ポ-トルネッサンス2
  1地区)と移動需要が高い都心部地区から整備する方針を打ち出した。その後、バブル期の
  需要見直しを迫られ96年
『都市交通問題調査特別委員会』を設置し、議論をゼロベースか
  ら仕切り直した。異例の3年の議論で特に東西方向の路線の議論が白熱したが、結果的には
  市の目論見通りのアストラムライン3線による新設・延伸案に落ちついた。この委員会は、
  国が委員会に入っておらず市主導で議論を進めた。整備スケジュールは上記画像1のよう
  に、
閑散路線の西風新都線から3段階に分けて、財政事情に鑑みながら整備するといったも
  のだった。地下式鉄・軌道系公共交通の整備は、どの都市でもいの一番に最大需要路線の整
  備から始めるのが、セオリーなのだが広島市のそれは、反対から整備している。なぜそうし
  たのか理由は定かではない。


画像2 15年策定の公共交通の体系づくりの基本計画で示されたアストラムラインの延伸計画(画像 広島市HPより)

 ②国から認可されていない区間を将来検討路線として残す怪
  ①との関連になるが、
96年に設置した『都市交通問題調査特別委員会』の議論が白熱する
  中、97年頃に中国運輸局が異例の待ったをかけた。『AGT(アストラムライン)の都心
  部・デルタ内区間の整備はまかりならん』と申し出た。反対理由として、①
選定ルート(東
  西線)が悪く速達性が低い ②需要予測を過大に見積もっている ➂建設コストがどの案
  も高く、費用対効果が低い ④他の交通機関との共存の発想がなく、民業を圧迫をする 
  ⑤広島市の財政状況が酷い だった。財政難もあり、あわよくばAGT整備国庫補助率(
  55%)をアジア大会開催時のように割増し(60~65%)で期待していた広島市は、
  この申し出に大いに狼狽した。結果的に中国運輸局の異議を無視する形で、アストラムラ
  インのデルタ内・都心部地区の延伸・新設案を計画に組み込んだ。02年に開催された

  国地方交通
議会広島県地域交通計画では、議題にすら上がらず国の計画に組み込まれたのは
  アストラムライン西風新都線と広電駅前大橋線、同平和大通り線(
西観音町交差点~小網町
  交差点間)だけだった。東西線と南北線の延伸は市独自の構想路線の扱いとされた。07
  年には、多大なコスト負担もあり既存公共交通の活用を代替え手段として、計画廃止に舵
  を切ったが、市長の代替わりを経て、15年改訂の公共交通の体系づくりの基本計画では、
  大幅に削減し名称も『都心線』に改めた。西風新都線開業後の30年代前半に導入の是非
  を再度議論するとした。まだ、縮小社会(超高齢化+大幅人口減)現象が殆ど出ていなか
  った90年代後半に否定されたものが、縮小社会にどっぷりと浸かった30年代に認可さ
  れる可能性など皆無に等しいのに残す理由がよく分からない。


 ➂市域最大駅かつ陸の玄関口の広島駅を結ばない計画(構想)の怪
  ②の続きとなるが、15年改訂の
公共交通の体系づくりの基本計画の中で、アストラムラ
  インの旧東西線の『広島駅~白神社間』と旧南北線『白神社~広大跡地間』が、JR新
  白島駅でのJ山陽本線とアストラムラインの結節や、広電駅前大橋線具体化で整備の必
  要性が薄れたとして削除された。市域最大駅である広島駅と結ばない路線など構想とし
  ても意味をなさいないのは明白だ。公営地下鉄が走っている都市で、市域最大駅や新幹
  線駅と結節しないなど聞いたことがない。大幅に削除した時点で残す価値などほぼ皆無
  と言える。


画像3  15年春開業の新白島駅。中区初のJR駅で、念願の山陽本線とアストラムライン結節で多くの期待を寄せられたが、2万人の利用予測だったが蓋を空けると9,698人(16年度)と半分程度で苦戦している(画像 アンドビルド広島より)

2 新白島駅でJRとアストラムラインの両駅が離れている怪
  元々、アストラムラインとJR山陽本線は結節させる予定は広島市側にはあった。実地設計
  は87頃と思われるが、当時のJRは民営化されたばかりでこれまで政治利用され続けた反
  動と収益の確保にナーバスになっていた(ブログ主予測)。よって可部線の利用者減少を招
  くとして反対し、開業時には実現には至らなかった。しかし、広島市は将来の実現を見越し
  、結節可能な構造として余幅を持たせた設計にしていた。この地点は、城北駅に向かう傾斜
  がある軌道だが現アストラムライン新白島駅付近は、意図的に駅建設のために水平を保つ構
  造に予めしていた。この点は、広島市の先見性を感じてしまう。『広島市の癖にやるじゃん
  !』と称賛したいところだが、さにあらずだ(笑)。底意地の悪い見方をすれば、最初から
  JR線と少し離れた場所(約120㍍)に設置するつもりだったのだ。この場合の理想の結
  節は十時状にクロスすることだ。なぜ、JR線直下に設けられなかったのだろうか?理由と
  して ①設計当時は86~87年頃で、シームレスな構造にする発想自体がなかった ②J
  R線直下のアストラムラインの軌道が傾斜が急過ぎて不可能だった が考えられる。①と②
  の場合でも広島市の都市計画のセンスを笑うしかない。②が理由の場合、設計段階で付近の
  高架から地下に潜る掘削区間の設置場所をもっと北側に設定する必要があった。それをしな
  かっために、現在のような形態になってしまった。

  120㍍も離れているので徒歩移動は状況にもよるが、6~7分程度かかり開業当初は競合
  する広島駅下車の広電利用だと初乗り運賃が160円(現在は180円)だったのに対し、
  アストラムラインの新白島駅下車のアストラムライン利用だと180円と割高なので、予想
  よりも結節点効果が薄れたのは否めない。その証左として、広島駅~紙屋町の利用者データ
  ではないが、広電の市内軌道線の1日平均利用者で読み取れる。14年度は1日平均10.
  6万人だったが、新白島駅が開業した15年度も横ばいの10.7万人と変わらなかった。
  速達性においては、
新白島駅下車のアストラムライン利用(目的地本通)だと乗車時間だけ
  の換算では約4分。一方の
広島駅下車の広電利用(目的地紙屋町東)だと約14分以上で、
  埋めがたい大差があるにも係わらずこうなっている。両駅の乗り継ぎが不便なため、移動の
  トータル時間で換算するとそこまでの大差がないことや、アストラムラインの終点が本通で
  終わっていることなどの影響も大きいかも知れない。新白島駅建設の総事業費は、約65億
  円程度と言われているが、この事例を以てシームレスな結節の重要性を再認識させられる。
  結果的に考えると、アストラムラインの利用者増が図られているので、大失敗ではないが大
  成功や成功には少し遠い。因みに利用予測はJR駅が1日平均2万人に対し16年度実績で
  9,698人、アストラムライン駅は予測1万人に対し、17年度実績で6,114人とかなり
  苦戦している。
 


画像3(左) 拡大図(要拡大) 新潟市の放射環状型の幹線道路網(画像 新潟市HPより)
画像4(右) 拡大図(要拡大) 姫路市の3環状道路(画像 姫路市HPより)

3 集約都市(ネットワーク型コンパクトシティ)を標榜しながら、イロハの
  イの環状道路を整備しない怪

 コンパクトシティや集約都市などのフレーズをここ数年、よく聞く。モーターリゼーションに迎
 合した拡散都市化-都市のスプロール化-を放置した結果、都心部地区は郊外大型商業施設に客
 足を奪われ、商業機能を中心に求心力の低下を招き、都市の活力を失われた反省から、郊外開発
 を抑制して都市機能を都心部地区や各拠点地区に再集約させ、コンパクトで管理コストが安価に
 済み、自動車中心の移動から公共交通移動中心の効率の良い都市にしましょう、がその主旨だ。
 都心部地区を自動車中心の都市空間から歩行者中心に改め、都心部地区の魅力も高めましょうも
 加わる。当然モール(歩行者専用道路)、トランジットモール網が構築されるので同地区の自動
 車利用に大きな制限が課される。何もしないまま、導入すると市域・都市圏域の道路ネットワー
 クの真空地帯となり、周辺道路の渋滞悪化を誘引するだけではなく、都市の物流機能の阻害要因
 にもなりかねないので、
コンパクトシティや集約都市の都市施策を舵を切り直す場合、ステップ
 として都心部地区を囲う内環状道路、それよりも一回り大きな中環状道路、市域を外周する外
 環状道路などを整備するのが常となっている(上記画像3~4参照)。

 それでも、渋滞が解消されない場合は、自動車専用道路(都市高速道路など)を整備して、業務
 車両と一般車両を分離させる。これは3大都市圏+北九州・福岡大都市圏クラスの都市ぐらい
 だろう。広島市も国策に従い、集約都市へ転換をマスタープラン
(広島市HP)に掲げ、広島市
 立地適正化計画(広島市HP)を策定し、動き始めている。その方向性は概ね同意するが、肝心
 の一般道路での環状道路計画がない。環状道路の名称ではないが、中途半端な疑似環状道路(下
 記画像5参照)らしきものはあるのだが、完全な環状道路にはなっていない。自動車専用道路(
 広島高速道路)での構想(下記画像6参照)はあるが、果たして実現するのか定かではない。一
 般道路の環状道路を整備しないで、一足飛びに広島高速道路建設で環状道路実現させても、本来
 求める効果-①
郊外部から都心部地区に流入する通過交通の排除 ②都心部地区に流入する目的
 交通の分散誘導(一方向の偏り是正) ⓷
郊外拠点地区間の直接移動(交通需要の調整)-が有
 料道路なので低くなる。集約都市の有資格者ですらないと考える。公共交通計画では、趣味かと
 思わせるくらい不必要に環状化させることを好むのに道路計画では見事にこの発想が欠落してい
 る。因みに政令指定都市及び、中核都市クラスでは大体、3本の一般道路での環状道路計画があ
 る。



画像5 ①赤点線-市道高陽沼田線(アストラム高架下道路)、茶点線-草津沼田道路、青点線-広島南道路一般道路、緑点線-市道中筋温品線で繋がっているが広島高速2号線部分の一般道路がないので環状化していない


画像6 広島都市圏の高規格(自動車専用)道路の計画図 道路整備の遅れを有料道路建設で埋め合わそうとしているが・・・(画像 広島県HPより)

【考察その2】
広島の都市計画の怪 その2 集客施設


画像7 広島駅南口地区では広島駅からマツダスタジアムを結ぶ歩行者デッキ(ペデストリアンデッキ)の整備が一部で進んでいるが、全体の完成の目途はたっていない(画像 アンドビルド広島より)




画像8 広島駅~マツダスタジアムまでのルート図(画像 広島県HPより)


広島市の疑問だらけの都市計画史 その2

3 集客施設に直近の駅がない怪
 

 都市計画の一般論になるが、一定規模の大都市圏の中心都市で年間集客数数百万人規模の施設
 を建設する場合、公共交通整備計画も合わせて立案するのが常だ。都市高速鉄道(地下鉄)の
 新線建設や延伸、近隣にあれば新駅を建設するなどして新規立地により、起きる移動需要に対
 処するのだ。現在のマツダスタジアムには新市民球場建設議論当時(00年代前半)から、議
 論された形跡が全くない。元々この地は貨物ヤード跡地で、ドーム球場建設を前提に98年に
 広島市土地開発公社に先行取得させた。市の財政難など様々な紆余曲折を経て時代遅れのドー
 ム球場案は却下され、天然芝のオープンスタジアム案に落ち着いた。これが現在の広島カープ
 の隆盛に繋がった。議論当時、JR西日本は新スタジアム完成の際には、新駅建設後の協力を
 明言してたと記憶している。JR西日本の協力とは、駅建設費の事業者負担ではなく、地域懇
 願駅として自身の負担なしで建設してもらい、『駅業務の協力だけは惜しみませんよ』との意
 味である。現在の年間観客動員数
223.2万人(18年)でこの当時、この数字を予測する
 のは困難だったとしても年平均130~150万人程度は容易に予測された。それなのにこの
 有様である。最初からなかったわけではなく、アストラムライン開通後(94年~)の公共交
 通のグランドデザインを描いた
『公共交通施設長期計画策定委員会』(通称八十島委員会)の
 92年答申では、東西方向のフル規格地下鉄案が『貨物ヤード跡地~広島駅~稲荷町~白神社
 ~西広島駅』と設定され、開発と公共交通整備が対になっていた。しかし、この答申案を大幅
 に見直した99年策定の新たな交通の体系づくりの基本計画では、『広島駅~貨物ヤード跡地
 』は削除されていた。代替え手段としてJRの新駅建設すら議論のぎの字すら出なかった。新
 市民球場の議論が白熱した00年代前半~半ばにかけてもそうだった。

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画像9 試合開催日には通称カープロードはご覧のような有様になる
(画像 mojyaさんツイッタ-より)

 理由として考えられるのは、次の通りだ。①広島駅からは約1.2㌔、天神川駅(04年誕生
 )からは1.1㌔と近過ぎるため ②常設駅として建設する場合、当時の広島市は財政難で資
 金調達が難しかった ⓷スタジアム目前に駅が出来ると広島駅周辺に人が集まりにくくなり、
 広島駅南口再開発のテナント募集に影響を及ぼす などだろう。折衷案として、広島駅~マツ
 ダスタジアムの歩行者
デッキ(ペデストリアンデッキ)の整備が提案された。ところが、19
 年3月時点では全体の完成の目途は立っていない。取りあえず完成しているのは、C
ブロック
 再開発施設内だけで、C
ブロック~愛宕踏切渡線橋間連絡橋が現在、細々と工事をしている。大部分
 を占める
愛宕踏切東側~マツダスタジアム間については、着工の見通しが立っていないどころ
 か、規模縮小すら検討されている。検討理由は、開場から10年が経過し沿線に多くの店舗が
 立地しており、仮に歩行者デッキが完成すると少し困った事態になる。その辺の配慮もあるら
 しい。行き当たりばったり、よく言えば臨機応変になるが計画の一貫性の欠如でしかない。ブ
 ログ主の個人的な意見としては、かってのナゴヤ球場正門前駅ような臨時駅を仮に開場当初か
 ら整備しておけば、こんな間抜けな話にはなっていなかっただろう。常設駅は、周囲にこれと
 いった集客施設もないので設置する必要性は特に感じないので臨時駅で十分だ。試合開催日の
 試合開始1時間半前から、試合中と試合終了後1時間半程度停車すれば、観客を上手くさばけ
 たのにな、と思う次第だ。実はブログ主はカープファンだが、スタジアムで観戦しない理由に
 カープロードの存在がある。現状杖歩行だが、肩が少し触れただけでもその衝撃に耐えれず転
 倒するからだ。この場所で人と触れないで歩行するのは困難だ。歩道が狭過ぎる。はっきりと
 言うが足元に不安が大きい障害者の場合、マツダスタジアムの観戦は公共交通利用だとハード
 ルが高い。今からでも遅くはないので、臨時駅の設置が望まれる。時間調整をすれば、来場に
 関しては早い時間からの来場も予測され広島駅と臨時駅と分散され、棲み分けも可能なのでは
 なかろうか?恐らく
歩行者デッキ(ペデストリアンデッキ)は荒神陸橋辺りで終了し、後世の
 広島人の批判の的になるだろう。


 主だった広島市の都市計画の怪を挙げてみた。漠然と思うものも中にはあるが、国と広島市の計画案策定の相違からそう感じることも多々あり、ブログ主の考えが国寄りなので内心『普通はそうするよな』と思ったりする。広島市の場合、市域、都市圏規模が良くも悪くも中途半端で理想とする都市計画にするには採算制の壁、広島特有の事情もあったりして思うに任せない事もあるが、その辺の事情を差し引いても『???』と感じることが実に多い。着眼点の悪さや都市計画のセンスのなさ都市交通系のものが実に多い。記事本文では触れなかったがデルタ以内の路面電車とバスの高度化-疑似LRT・BRT化よりも、さして交通事情が切羽詰まっていないアストラムラインの西風新都線の建設、しかも単線で最優先させたりなど優先順位に疑問を持たざる負えない。広島市に限った話ではないが、広島市及び同都市圏は、南北よりも東西方向に都市機能の集積が進み、それに合わせ人口の集積も進んだ。東西移動需要は道路、公共交通ともに南北方向よりも大きい。しかし、都市交通施策はというと必ずしも東西方向が優先されてはいない。ブログ主の思い過ごしもあるだろうがそんな印象を持っている。広島市の中枢性の低さは、立地条件の不利-関西大都市圏と北九州・福岡大都市圏に近く挟まれている-もあるが、内的要因の問題として広島市のそういった点も絶対にあるだろう。都市全体を俯瞰すると、潜在能力は惜しいものがあるだけに何とかならないものかと思う次第だ。