前回記事 ドイツの運輸連合 その1
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広島の都市交通 海外都市先進事例

【考察その3】
運輸連合発足前後のドイツ以外の動き
フランス、アメリカ、日本、そして広島市・・・


画像1 欧州都市初LRT復活開業都市のフランスのナント。
ナントメトロポール都市共同体地域の公共交通を一元管理する組織-Semitan(公式HP)を79年に立ち上げた (画像 20minutesより)

 旧西ドイツの第2の都市ハンブルグで、1965年世界初の運輸連合が誕生した。この動きが旧西ドイツから、全世界に伝播したかと言うと必ずしもそうはならなかった。欧州各国では、理由として公共交通を担う都市交通事業者の大半は国や地方自治体の公営事業者が多く、トラム(路面電車)やバスの運営をしていた。日本やドイツのように都市内、都市交通圏域内を複数の官民合わせた都市交通事業者が運営しておらず、その公営事業者が一手に引き受けているケースが多かったからだ。都市内に限れば、ほぼ運輸連合の本来の主旨である一元化が実現していたと言える。問題は市域外を跨るケースだった。日本とは大きく異なり、郊外開発に厳しい規制を敷くかの国々でもモーターリゼーションの進行でで都市のスプロール化やドーナツ化現象が顕著となっており、道路も含めた都市交通問題は一都市だけではなく、市域外を跨る問題になりつつあった。そこでフランスなどでは、日本のように広域合併ではなく、県と市の中間的な組織である都市共同体(ウィキペディア)を設立し、その枠内で共同体内の自治体の公共交通全体の運営を司る広域組織を設立した。ドイツの運輸連合とは手法が少し異なるが、都市交通圏域内の公共交通の一元化の意味合いでは、類似するものだ。市場原理主義の権化で、自己責任の国のイメージしかないアメリカにおいても、世界のトップを独走するモーターリゼーションの進行で60~70年代、都市の公共交通は瀕死の状態で民間の都市交通事業が営む環境ではなくなっていた。当時公営事業者がそう多くなかったアメリカでは、60年代後半~70年代にかけて民間事業者の路線を引き受け公営化させ公共交通の一元化を進めた。運輸連合設立と言う形では伝播しなかったが、営利事業から、建設と維持管理に欠損分を公的資金(税金)を導入し利用者負担の行政サービスの一環に転換する過程で、公共交通の一元化は進んだ。日本では70年代東京と大阪で運輸連合の導入が検討されてが実現しなかった。その理由としては、両都市圏においては高密度の公共交通輸送なので、インセンティブが働かなかったことがある。運輸連合ではないが、70年代広島市に本社を置くバス事業者の間で事業者統合の動きがかってあった。


画像2 広島駅バスターミナルに停車中の『エキまちループ』の広電バスの様子
(画像 広島・都市再生会議より)

 その話の前に独占禁止法(以下 独禁法)について軽く説明する。この法律では一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる企業結合-株式取得(10条・14条)、役員兼任(13条)、合併(15条)、分割(15条の2)、 共同株式移転(15条の3)、事業等の譲受け(16条)-を禁止している。これを踏まえて話を進めたい。広島市も高度成長期下の強烈なモーターリゼーションに晒された。公共交通の中心だった路面電車とバスは、道路渋滞に巻き込まれ速達性と定時性を著しく失い、利用者離れが顕著となった。各交通事業者は、ワンマン化や運行計画の見直しなど合理化を進めたが芳しい結果は得れれなかった。そこで、市域と都市圏規模の割には多過ぎる事業者数が問題になった。67~68年にかけて広電バス・広島バス広島交通芸陽バス備北交通による5社合併が模索され、合併についてのバス運営協議会を設置した。芸陽バス
備北交通は既に広電バスの系列下となっており、残りの3社で協議を行った。広島交通が途中で離脱し、広電バスと広島バスとの2社の協議になったが、69年一度目の広島バスとの経営統合協議が行われたが成立しなかった。その後も合併の模索がされ、71年9月広島電鉄が広島バスに資本参加を行い、70%の株式取得、同年10月より新体制で運営することを発表した。当時の広島バスは県外資本の帝産オートの傘下だったが、広島バスの社長の説得で実現した。その後の会議で、広島バス株式の85%の譲渡が決まり、広島バスに役員を派遣した。経営統合の成果として、広島バス・広島電鉄間の路線調整、広島バスが運営していた宮島の観光船事業『広島観光汽船』を、広島電鉄系列である『宮島松大観光船』に譲渡が行われた。


画像3 広島市内に主要路線を持つバス事業者の合計損益推移。自由化元年のH15(03)年は収支が改善されているが以降は大きな赤字に転落している(画像 広島市HPより)

 順調にいくかと思われた矢先、これまで静観していた公正取引員会が72年2月よりこの件の調査を始めた。同年9月に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)上の競争の実質的制限にあたるとして排除勧告を行った。その後の審判を経て、73年7月、広島電鉄から派遣役員の辞任、広島バスの株式の大半(8万5,000株)の処分で同意審決した。それに伴い、広島バスに派遣されていた役員4人は辞任、同年8月には広島バス株式の約77%を株式会社増岡組に譲渡した。独禁法の適用が肯定された理由は、軌道法(路面電車)と道路運送法(バス)の規制(認可運賃制)の下で均一運賃制が採用され、 運賃競争は存在していない。しかし、認可運賃制の下では、各事業者がそれぞれ独自の 判断で運賃の認可申請を行う仕組みが採用されており、本来、運賃競争が予定されてい る。また、サービス競争においても、路線、停留所、運行回数等について、申請・変更 の手続を経ることで自由競争が保証されている。従って、これらの範囲において、 運賃競争もサービス競争も存在し、独禁法の適用が肯定される、と判断されたかれである。よって、日本の都市交通事業において運輸連合の導入-競争の実質制限に相当する-との解釈が成立し、独禁法に抵触するため長らく、公の場で議論すらされなかった。都市交通事業の独立採算制の堅持を掲げている手前、絶対に外せない要素で不文律でもあった。世紀が変わった2002年、規制緩和の一環でイギリスのバス自由化施策を範とした乗り合いバス自由化が導入された。参入と運賃規制の垣根が取り払われ、市場への入退場が原則自由となったがこれは80年代半ばサッチャー政権時のバス自由化施策をモデルとしたものの日本版だった。当のイギリスでは賛否が大きく分かれ、行き過ぎた政策の修正が後の政権で行われていた。要は競争原理を明確にし、サービス合戦をさせることで需要全体を大きくすることを目的としていた。規制緩和による市場原理主義の導入は、成長産業分野など伸びしろが大きい場合や規制理由で停滞している分野などでは、大きな効能があるが停滞期を過ぎ市場が縮小し、斜陽化している産業ではプラスに働くどころか副作用が大きく衰退を加速させる側面がある。乗合バス自由化政策も例外ではなかった。


画像4 広島市のバス運行対策費補助金額の推移(画像 広島市HPより

 導入直後は一時的な利用者回復傾向があったが、その後当事者である多くの中小のバス事業者は導入前以上の赤字に悩まされることとなる。規制により、棲み分けがなされ少ないドル箱路線で閑散路線を含めたネットワークが辛うじて維持されていたが、そのドル箱路線に他事業者が参入するようになりその構図が壊れた。結果、収支は自由化政策以前よりも悪化して(上記画像3参照)、休止、撤退路線が増えネットワークが維持できなくなった。本来であれば改善すべきは身体が衰弱しきった乗り合いバスに鞭を与え、奮い立たせることではなく、バスを含めた公共交通利用に誘導するような都市構造-コンパクトシティ、集約都市-に改めることだった。結果、体調大不良のバス事業者を無理やり、競争の場に引きずり出し無茶をさせたために症状をさらに悪化させるだけで終わってしまった。休止・廃止予定路線を『市民の足確保』との名目で存続させるための市の補助金も自由化政策導入前年の1.4倍になるなど(上記画像4参照)、百害あって一利なしの結果となった。しかし見方を変えれば思わぬ副産物を生み出すことになった。

【考察その4】
『日本版運輸連合』設立に向けた下準備


画像5 LRT整備に係る国土交通省の制度ガ異様(画像 国土交通省HPより)



画像6 公共
交通再生の各計画の位置づけ(画像 広島市HPより)

 バス自由化政策以降、特に10年代に入り、行政-国と地方自治体-が地域の民間事業者中心の公共交通計画に関与する事例が増えた。LRTやBRTの整備制度(上記画像5参照)が創設、拡充され従来であれば、公営事業者(地下鉄)、自治体が主体性を持って設立した第3セクター(モノレール、AGTなど)のみを対象とした建設補助制度も、民間事業者もその対象となった。公共交通計画に関しては、①国が13年制定した交通政策基本法(国土交通省HP)、②地域の将来の公共交通のあり方の方向性を示した計画-公共交通の体系づくり(広島市HP)-、➂その中でバスだけに特化した計画-バス活性化基本計画(広島市HP)-、④②をさらに具体化させた計画-広島市地域公共交通網形成計画(広島市HP)-、⑤④を実現する個別計画-広島市地域公共交通再編実施計画 第1版 (案) の概要
 (広島市HP)-が民間交通事業者を交え(②以降~)、策定された。構図としては行政が主体性を以て、地域の公共交通計画を策定し民間交通事業者が実際の運営に当たる、である。先の考察で『思わぬ副産物』と形容した理由は、国の間違った政策で民間事業者が弱体化し、行政が手を差し伸べる形となり行政の関与の余地を生み出した。それを指してそう言った次第だ。民間事業者に関しては干渉せずの大原則が結果的に崩れた。今も経営には口は挟まないが、地域の公共交通計画を通じて干渉し始めた。10年頃から国家政策で集約都市-コンパクト・プラス・ネットワーク(国土交通省HP)-建設に舵を切り直した。集約都市とは平たく言えば、公共交通移動前提の都市構造に改めることでもあるので、担う役割は大きい。担う役割は大きいのに、特に地方の中小の交通事業者の衰弱ぶりは目を覆うばかりだ。そこに今回の記事主題の運輸連合の検討と導入の可能性を見出せるのだ。都市差はあるが、3大都市圏の都市、広島市のような地方中枢都市以下の都市の公共交通のシェアは、人口70~80万人台の岡山市や熊本市クラスでも5.9~6.5%と異常に低い。因みに日本の人口70~80万人都市は、ドイツの都市だと50万人台都市に相当するがこれらの都市の公共交通のシェアは、20%台前半ぐらいである。モーターリゼーションの進行で市場そのものが大幅に縮小している。いくら今後縮小社会(超高齢化+大幅人口減)に向かうので、集約都市-公共交通の役割が大きくなると力説しても、『笛吹けども踊らず』になり、机上の空論で終わりかねない。何か大きな転機となるカンフル剤が必要だ。それには運輸連合が適切だと考える。


画像7 現状の拡散都市構造から集約都市構造に転換するイメージ(画像 広島市HPより)

 かっては、独禁法の競争の実質的制限にあたるとして企業連合-公共交通の一元化に向けた動き-だが、徐々に見直しの機運が高まりつつある。企業連合が即=運輸連合の発足になる訳ではないが、偉大なる第一歩で最終形であることには変わりがないし、競争原理の排除の意味合いではイコールに十分なる。見直し機運とは、第21回未来投資会議での議論を受け、18年11月の経済財政諮問会議・未来投資会議・まち・ひと・しごと創生会議・規制改革推進会議の合同会議における成長戦略の中間整理で、『地方銀行や乗合バス等は、地域住民に不可欠なサービスを提供しており、サービスの維持は国民的課題である。経営環境が悪化している地方銀行や乗合バス等の経営力の強化を図る必要がある。このため、独占禁止法の適用に当たっては、地域のインフラ維持と競争政策上の弊害防止をバランス良く勘案し、判断を行っていくことが重要である。地方におけるサービスの維持を前提として地方銀行や乗合バス等が経営統合等を進める場合に、それを可能とする制度を作るか、または予測可能性をもって判断できるよう、透明なルールを整備することを来夏に向けて検討する』として、独占禁止法等の競争政策のあり方についての検討が始まった。青下線の部分は非常に重要で、条件付きながら場合によっては、競争原理を適用しないこともあり得ることを示唆し、予測可能性を以て判断可能な透明な新ルールを整備すると明言している。ブログ主の解釈では、いきなりはないと思うが将来の日本型運輸連合の誕生への扉を開いたと考える。 ~独占禁止法等の競争規制の地域交通への適用に関する相談窓口のご案内 ~(国土交通省HP) 最初は瀕死寸前の交通事業者が多い中小都市のみを対象とすることは容易に想像できるが、その成功を受け順次拡大するのではなかろうか?日本の都市交通事業の大前提の独立採算制を堅持して執り行うのか?部分的にそれを捨て、不採算路線に関しては適切な補助率で維持するのか?個人的にはこの辺に注視したいところだ。運輸連合も含めての話となるが、既に営利事業としての公共交通を捨てた欧米先進国の運営費等に関する運賃収入カバー率は、フランス32%、アメリカ33.5%、ドイツ71%。日本のそれは93%。不足分は、前者の3か国は公的資金で賄い、日本は広告収入や他部門から繰り越しで賄っている。ブログ主の所感ではあるが、地方都市の都市交通事業は既に行き詰り、事業者は瀕死及び瀕死寸前だと思っている。次回は広島市における運輸連合の可能性を考察したい。

その3へ続く