カテゴリー記事 広島の都市交通 

【考察その1】
都市交通整備のうんちくについて



画像1 高度・安定成長期に拡散都市化(都市のスプロール化)がもたらした弊害と解決方法(画像 東京都環境局HPより)

 自動車というのは我々人間に計り知れない恩恵を与えている。経済を拡大・効率化させて、所得を向上させ、移動範囲も限りなく広がった。まさに文明の利器といえる代物で、現代社会において自動車なくしての生活は1日たりとも成り立たないと言っても過言ではない。既に一家に一台の時代から家族一人に一台の時代に入っていく久しい。憧れや趣味の対象ではなく、欠かせない移動手段だと言える。しかし、行き過ぎたモーターリゼーションは、多くのメリットと共にそれ以上のデメリットももたらしているのは紛れもない事実だ。二酸化炭素排出による地球環境問題、深刻な交通渋滞による経済損失、交通事故のリスク拡大、自動車移動前提の都市拡散(スプロール化)による都市環境の悪化などがその代表的なものだろう。モーターリゼーションはピークこそ過ぎたが、低成長時代、縮小社会時代(高齢化+人口減)に入っても依然、拡大し続けている。社会保障費の高騰、それに伴う財政の硬直化、返済しきれない行政の負債などで需要を満たす道路整備は夢物語でしかなく、永遠のイタチごっこが出来なくなりつつある。道路整備は自動車専用道路のような建設資金の調達が容易な有料道路であっても、都市計画決定から開通まで20年近くかかり、一般道路であればその数倍の年月を要する。今後必ず、訪れるであろう超縮小社会(超高齢化+人口大幅減)を見据えると、整備の必要性は否定しないが事業の選択と集中は避けられないところだ。道路などにインフラに限らず、将来お荷物になりそうなコストセンター予備軍は抱えないことが賢い選択だ。となると、道路整備などよりも都市交通問題の解決は、費用対効果なども鑑みると、公共交通網の整備に舵を切り直した方が効率的だと言うことになる。ただ、道路は業務車両(物流、営業車)の通行といった都市経済を支える側面もあるので、ある程度の容量は必要となる。そのある程度の判断が実に難しく、賛否が分かれる。


画像2 04年3月に竣工した横川駅結節点改善事業

 現在の都市交通整備の在り方を簡単にまとめたい。

都市交通政策の一覧
1 容量(供給)拡大策
 -① 道路ネットワークの拡大
   ●環状道路や主要幹線道路のBP整備
   ●渋滞する主要幹線道路の多車車化、余裕がある幅員確保
   ●リバーシブルレーン(車線変更)の実施
   ●踏切、混雑交差点の立体化、混雑交差点改良(右左折レーンの設置)、信号制御の高
    度化

   ●タクシーベイ・荷捌き施設の整備
   ●交通管制システムの充実・高度化(ITCS)など ~UTMS機能とサービス~(
    UTMS協会HP)
 
 -② 階層化され、使いやすい公共交通網の整備 
   ●基幹公共交通-公共交通移動需要が多い複数の路線(地下鉄、LRT、BRTなど)-
    、準基幹公共交通-基幹公共交通に準じる需要の路線など 地下鉄がある都市(LR
    T、BRT)。地下鉄がない都市(高度化されたバスなど)-、郊外部補完公共交通-
    基幹、準基幹公共交通ほどの需要がない郊外路線及び、フィーダーバス路線など、地域
    内公共交通-左記路線でカバーできない路線及び、地域内循環路線など-の4階層公共
    交通機関をあたかも一つの事業者が運営するかの形態にする
   ●バス&ライド-フィーダーバスと基幹公共交通の乗り継ぎ-、サイクル&ライドー自転
    車と基幹公共交通機関との乗り継ぎ、パーク&ライド-自動車と
基幹公共交通機関との
    乗り継ぎ、キッス&ライド-家族の基幹公共交通駅、停留所への自動車送迎-、など異
    なる交通機関との連携
   ●主要駅の結節点改善(上記画像2参照)、郊外ターミナルのトランジットセンター化に
    よるハード面の乗り継ぎの負荷軽減(バリアフリー化やシームレス化)
   ●ソフト面の乗り継ぎ負荷軽減-都市交通圏全体の運賃の一元化(ゾーン運賃制の導入)、
    別事業者乗り継ぎ情報の提供


画像3 従来からの拡散都市構造から、集約都市(ネットワーク・プラス・コンパクトシティ)転換のイメージ(画像 国土交通省HPより)


画像4 モーターリゼーションの進行を示す指標(画像 国土交通省HPより)

2 自動車移動需要の調整(抑制)
 -①集約都市(ネットワーク型コンパクトシティ)への転換
  ●都心部地区~郊外拠点地区といった都市開発・発展軸に都市機能を集約させ、基幹公共交
   通を導入、再整備させる
  ●大型商業施設、住宅造成などの郊外開発を抑制して、公共交通の路線開設できない低密度
   
な市街地拡大を防ぐ(都市の成長管理の徹底=スプロール化防止)
  ●都心部地区を歩行者中心の都市空間に再配分させるなど、求心力を回復させて公共交通移
   動需要を喚起させる
  ●上記の施策を着実に実行して、自動車移動前提の都市から公共交通移動前提の都市へと転
   換させ、『モーターリゼーション・スパイラル』(拡散都市化)をストップさせる
 -②交通需要マネジメント(TDM)の推進
  次記事以降のにて説明

【考察その2】
【考察その1】の補足説明

 交通需要マネジメント(TDM)の本題に入る前に、前考察の補足説明をしたい。整備手法そのもは、高度・安定成長期(60~90年代)から引き継いだものも多い。公共交通整備による容量の拡大は、急激なモーターリゼーションの結果、道路整備が追い付かずこちらの方が効率的で費用対効果が高いだろう、ということになった。この時期の公共交通整備の概念は、都市交通圏域全体の公共交通をどう描くのか?ではなく、道路交通の渋滞解消目的でありより多くの人間を効率良く運べるという道路整備に代わるものとして選択されている。結果的にはそう変わらないものに映るが、それ自体が目的化し現在の目的(集約都市建設)のための手段の一つ(公共交通整備)の選択のそれとは、似て非なるものだ。その差は、今の需要への対処のみのものと集約都市建設と言うまちづくりで如何にして公共交通の移動需要を生み出すかとかでは雲泥の差となる。事実、海外都市事例を引き合いに出せば前者だとイギリスの
シェフィールド(ウィキペディア)、後者はフランスのストラスブール(ウィキペディア)を筆頭に星の数ほどある。シェフィールドの大失敗の原因は、LRT導入を機に都市交通圏域の公共交通の階層的整備を行わなったことやまちづり全体のビジョンやLRTの位置づけが曖昧だったこと、無用の競争(自由化されたバス路線)を煽った、地形的にLRT導入に無理があったこと、などがある。意見の賛否は承知の上、言うが選定機種が何であれ単発的な基幹公共交通の整備だけで、都市交通問題は全ては解決はしない。それも含めた緒施策の実施をしてこそ解決の糸口が見いだせるというものだ。まずは数十年後の諸指標を設定した理想の都市像を掲げ、その時点での市域人口、都市交通域圏人口を弾きそれぞれの移動手段の分担率を設定し、需要を大雑把に出す。現在の道路交通と公共交通の容量と比較して不足があれば容量の拡大策を選択する。単純な肯・否定の〇✖論ではなく、目的地や移動理由などにによる選択の問題でしかない。現在の都市交通整備はこんな思考方法に基づき、行われるのが常になりつつある。道路整備と公共交通整備は相反する矛盾に満ちたものに見えがちだが決してそうではなく、将来に向けた容量拡大策の一環だ。しかも大前提に集約都市実現という目標がある。容量拡大策は、従来の手法の踏襲だが、需要の調整の概念は研究者レベルでは高度・安定成長期においても理論上存在したが、現実の施策においては個別の施策は採用されることはあっても、需要調整の概念から捉えることは希だった。


画像5 ドイツ、フランス、オランダの郊外開発に係る都市計画制度一覧(画像 国土交通省HPより)

 『モーターリゼーション・スパイラル』とは容量拡大策-道路整備-を実施されると、整備された道路沿線の商業、住宅開発や新たな集客施設が立地して、整備前にはなかった別の大きな需要が発生したり、それまで自動車利用を控えていた潜在需要が現実の需要になることを指す。就業可能な施設なども立地するとそれを起点とした住宅開発が、さらに遠隔地において起きたりなど低密度な市街地が拡散され都市のスプロール化が止まらなくなる。これを『モーターリゼーション・スパイラル』という。高度・安定成長期ではこのことを『都市の成長』との認識で肯定される傾向が強かった。では、ほぼ期を一にして経済発展した他の先進国はどうだったのかと言うと、日本以上のモーターリゼーションのアメリカ以外、自然と環境の保全の観点からやみくもな郊外開発を抑制している。特にオランダ、ドイツ、フランスのよなコンパクトシティ先進国においては、原則禁止として自治体主導の計画に沿う場合のみ例外的に認める形を取っている。広島市の事例だと郊外開発全て、西風新都のような官民が歩調を合わせた開発を行っているといえば分かりやすいだろう。『郊外開発の抑制=自由な経済活動の阻害要因』となるとして資本主義の根幹に係る由々しき問題とする向きもあるが、このような論理を真顔で語るのは日本ぐらいなもので、その特異性は島国特有のガラパゴス規格だ。郊外開発のみならず、都市景観などの日本の都市計画法は基本ザル法で、世界から『建築自由な国』と悪い意味で揶揄されている始末だ。正解は『まちづくりは都市計画というルールの範囲で市場経済の活力を導入すべきもの』である。話を戻すと、高度・安定成長期は拡散都市化も容認されていた。都市の成長との間違った認識もあったが、それ以上に財政が余裕があり問題視するに値しなかったからだ。しかし、時代は移り変わり、低成長時代~縮小社会時代(高齢化+人口減)に既に入り、今後超縮小社会(超高齢化+大幅人口減)の突入が予測され、拡大しきった低密度な市街地が問題視され始める。


画像6 人口密度ごとの行政コストの各比較(画像 国土交通省HPより)

 日本の都市が一様に集約都市構造に舵を切り直した理由として大きいのが、モーターリゼーションに迎合した都市拡散化による都心部地区の求心力の低下、弱い都心部地区では都市観光やMICEなどの外需の取り込みが難しいなど、と共に行政コストの増大がある。一例として紹介するが、上記画像6は、公民館や学校などのハコモノ施設及び、道路、都市公園、上限水道などの都市インフラ設備に係る行政コストの諸指標だ。人口密度が高いほどそのコストは安価に済み、低いと高価となっている。タイミングが悪いことに高度成長期以降に建設したハコモノ施設や都市インフラ設備の改修と更新が待ったなしの状況が今後続く。 ~わたしたちのハコモノ資産について~(広島市HP) この白書によれば同程度で維持し続けるためには、年間474.5憶円が毎年必要で年当たり203.5憶円が不足するらしい。まさにハコモノ施設の統廃合をしないと、大変なことになる。それ以外にも都市インフラ設備もある。高齢化で、ただでさえ扶助費(市の社会保障予算)の高騰が避けられず、財政の硬直化が進む中、要らざる義務的経費は少ないほど良いに決まっている。こうした行政コストにまで厳しく目くばせしないと財政が立ち行かなくなる。財政の悪化は、時代は変われど必要な投資の抑制に直結し活性化余力が失われ、その結果税収が落ち込むという負のスパイラルにどっぷりとはまり込み、永遠に抜け出せなくなる。縮小社会と言うのは根本問題として、高齢化率の高騰で社会保障費の増大、反比例して制度の支え手である現役世代の減少が伴う。これは同時に、個人市民税収と社会保障費負担の減収&経済市場縮小による法人市民税の減収も誘発する。財政に与えるダメージは果てしなく大きい。縮小社会には既に突入しているが、30年代以降、超高齢化(高齢化率30%以上)、大幅人口減といった超縮小社会に広島市のような地方大都市部でも突入する。 広島市人口推移 高齢化率推移 この視点抜きに『まちづくりの将来など語るなかれ』である。まちづくりもこれに応じたものにせざる負えない。この種の主張によくある反論として、『こんな消極策では縮小の連鎖から抜け出せない』と『だからこそ、積極的な公共投資で縮小社会の打破を!』がある。前者は、少子・高齢化の流れを多産化により堰き止めない限り絶対に不可能だし、後者は人口減少というのは自然減少を指すのであって、積極的な公共投資による都市の中枢性向上策というのは人口の社会増加(転入超過)に係る問題で、この施策で穴埋めできる数ではないので、反論は的が外れているだろう。縮小社会は経済、財政、社会保障全ての相互リンクする大災害にも匹敵する国難だと考える。縮小社会を自然災害と例えると、災害自体は回避は難しいが、その備えを期することで減災するのが現実的だ。公共交通の整備もこうした社会情勢を踏まえた上でなされるべきだろう。次回は本題の交通需要マネジメント(TDM)について語りたい。



画像7 広島市のハコモノ施設の延床面積ベースの年度ごと建築推移(画像 広島市HPより)
 

その2へ続く

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