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【考察その1】
年金生活者支援給付金制度とは?
大金を溝(どぶ)に捨てる行為はやめるべきでは?


画像1 年金生活者支援給付金制度のお知らせ(画像 厚生労働省HPより)

 ブログ主がテレビを見ているとあるものが目に入った。『年金生活者支援給付金制度』(厚生労働省HP)のお知らせだ。CMだけでは詳細までよく分からないので、『お~。また年金(障害厚生年金1級)が増えるのか?何か悪いな(照)』なんて、家内と無邪気に話した。そこで、日本年金機構のHPで詳細を調べてみた。『年金生活者支援給付金制度について』(日本年金機構) このHPによると、対象者には消費増税1カ月前からお知らせが届くらしい。しかし、ブログ主の手元にはそんなものは一切届いていない。『???』だったので、障害年金の欄を見ると前年収入が462.1万円を超えると、対象外になるらしい。この金額は単純な全所得収入ではなく、税制上の扶養家族や障害者控除は度を差し引いたもので、年金収入も雑所得扱いになるのでこの規定だとそうなってしまう。『どうりで届かない訳だ』といつものように所得制限の悲しい壁が立ちはだかり、仕方なく納得してしまう自分がいる。と言いつつ、『これが重度障害者の二歩手前でありながら、それなりの高い生産性の証明だ』などとむしろ誇りに思っていたりする。ブログ主の定義だと『個々の生産性=収入の多寡』としているので、そう思う次第だ。この定義は本来の意味合いではないが、独自解釈でそうしている。ただ、制度の恩恵にあずかる人間と、そうではない人間がはっきり分かれるのは仕方がないと理性で思う反面、感情的には完全に消化しきれない自分も同居している。これは大学病院通院時の調剤薬局で、ブログ主よりも障害が軽そうな患者が、窓口負担ゼロでブログ主がきっちり3割負担を強要されるときに抱く複雑な感情にやや似ている。この制度の概略を説明する。厚生労働省の説明では、『年金生活者支援給付金は、年金を含めて所得の低い者の生活を支援するために、年金に上乗せして支給するものである』となっている。月額5,000円、年6万円、30年間で計180万円の支給額になるらしい。まあありきたりの生活弱者救済が大義名分のようだ。


画像2 年金生活者支援給付金制度の概略(画像 厚生労働省HPより)

 新聞報道だと対象者は970万人にも及び、30年間で約17兆4,600億円。年間換算だと約5,800億円を使う計算だ。何のための消費増税だ、との疑問がふつふつと湧いてしまう。消費増税自体には反対はしない。天井知らずの社会保障費負担や少子化対策を鑑みると、財源として使うのは賛成だ。しかし、抑制可能なものは限りなく抑制するのは筋だし、それを示さない事には国民も納得しないと考える。こんな制度など無用の長物でしかなく、要らざるものだ。対案としては軽減税率の枠拡大で十分。最低限のセーフティーネットを張れるだろう。それでも導入したいのであれば、公平性の観点から所得制限の撤廃をし、全公的年金受給者を対象とするべきだ。それか、一過性の支援金支給であれば納得する。就労不能な状態にある人たちへの一定の配慮は絶対に欠かせないが、可能な場合に限っては支給型の制度は、正直あまり宜しくない。と言うのは勤労意欲、向上心の減退となり良し悪しは別として人は怠け者になり果てる。人間とは綺麗ごとを語り、人目を気にして意識を高そうに振舞っても一皮むけば、そんなものだ。言い方は悪いが、心身共にそこそこ健康体でたかだか2%の増税で、生活が立ち行かなくなるのは、増税をした国の責任ではなく、結果的に個人の問題で自己責任でしかない。この制度の世論調査を、階層関係なく行うと反対意見が70%を超えるだろう。社会保障制度に費用対効果の概念を持ち出すのはナンセンスだが、敢えて適用するとゼロである。本当にこれで良いのだろうか、との疑問は全く晴れない。年間5,800億円もの莫大な金を溝に捨てる行為は今すぐやめて、将来の生産性の高い人間を生み出す可能性があり、格差是正の観点からも給付型の奨学金の枠拡大に回す方がよっぽど有益だというものだ。OECD加盟国で給付型奨学金制度で
志願者全員に給付しないのは日本だけだ。給付型奨学金制度がない国もあるが、これらの国々では大学授業料無償化施策を取っている。将来の優秀(かも知れない)な労働力の卵への投資は、数年先にいくぶんかは国税でペイ出来る。偉そうに講釈をたれるつもりはないが、もう少しお金を上手く活かす使い方をするべきだと感じるのは、ブログ主だけではあるまい。

【考察その2】

消費増税についてあれこれと語る


画像3 国の一般会計予算の占める社会保障費の推移(画像 財務省HP) 


画像4(左) 18年度一般会計予算の内訳
画像5(右) 社会保障費の国庫負担分の内訳(画像共に財務省HPより)


 ブログ主のツイッターアカウントで見る限り、消費増税への風当たりは当たり前だが強い。増税なので諸手を挙げ、賛成者がそう多くないのは世の常だが、消費増税は反対者が言うように本当に悪なのだろうか?国民個人により負担を求める点ではそうかも知れない。財務省の説明では、『今後、少子高齢化により、現役世代が急なスピードで減っていく一方で、高齢者は増えていきます。社会保険料など、現役世代の負担が既に年々高まりつつある中で、社会保障財源のために所得税や法人税の引上げを行えば、一層現役世代に負担が集中することとなります。特定の者に負担が集中せず、高齢者を含めて国民全体で広く負担する消費税が、高齢化社会における社会保障の財源にふさわしいと考えられます』としている。それを裏付けるものとして、上記画像3~5をご覧頂きたい。社会保障費は、現役世代、国、地方の3者により支えられているが、高齢化の進行で年々国と地方の負担が増している。今や、国の予算の約1/3が社会保障費である。対象者の給付額減らし、個人負担を増やせば、それを見ている現役世代の財布の紐が固くなり、消費は冷え込む。かと言って支え手である現役世代の負担を増やせば、同じことが起こる。では、企業の負担を増やせばどうなるのか?これもまた、業績の悪化につながり雇用、給与に大きな影響がある。いずれの道もいばらの道としか言いようがない。消費増税の可否で必ず、論じられるのが『消費増税などせず、景気浮揚させて企業の業績アップを図り法人税増収を財源とすべき』である。好景気期にはそれも通用するが、景気の波で左右されやすいものを恒久財源とするのはやはり心もとない。結局のところ、消去法で消費増税止む無しに至る。どこかのキワモノ政党のように、増税反対ではなく廃止するなど無責任のそしりは免れないだろう。19年度が高齢化のピークで、今後多産化、人口増の流れになるのであれば、特に問題はないが下記画像6の通り、2065年人口-8,808万人、高齢化率38.4%といった大幅な縮小社会が予測されている。これは現役世代、労働者人口の大幅減とイコールなので、制度存続の根幹に係る由々しき事態だ。


画像6 2065年度までの日本の人口や高齢化の推移(画像 内閣府HPより)

 今回の増税分は基本的には、『幼児教育・保育の無償化』『大学無償化』などの少子化対策や経済格差の是正対策の原資となる。消費増税否定の論強にされやすいのが、97年度の橋本内閣時の3%から5%に増税した時のことがよく取り上げられる。必ず槍玉に上がるのが、『消費増税により消費が極端に落ち込み、税収全体が減少(97年度比で、所得税収と法人税収の合計額が6兆5千億もの税収減)した』である。これには事実としては間違いではないが、消費増税だけを理由とするには少し違う。97年7月にタイを発端として起きたアジア通貨危機、その前後の橋本内閣の緊縮財政、不良債権未処理などの複合的な要因が絡み、消費増税だけを理由に求めるは無理がある。要は増税期の問題だったと考える。確かに理由の一つとは思うが・・・。ただ事実だけが先歩きをして、『消費増税=悪玉論』にされ平成大不況や失われた20年を誘引したとされる主張にはいささか、違和感を覚える。国際競争力の低下などもよく指摘されるが、14年度に5%から8%に増税した後も日本は、国際機関であるWEF(世界経済フォーラム)の調べだと140か国中第5位(18年度)と高い水準を維持している。これを見る限りでは消費税の存在が国際競争力の足を引っ張っているとは言い難い。この辺の議論は、何を以って重きを置くかで主張が全く異なり、押し問答になるのでそろそろやめにする。話を本題に戻すと、年金生活者支援給付金制度など窺った見方をすれば、消費増税の低所得者に対しての政府の免罪符でしかなく、一過性のものであれば納得もするが恒久制度(30年)とするのはやはり問題がある。今すぐ廃止して、現役世代に絞って経済格差の是正策や新たな少子化対策の原資にするべきだ。政策の選択と集中と取捨は縮小社会下では時代のキーワードだ。繰り返し言うがお金は生きた使い方をしてこそ、その価値があるというものだ。
 
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