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今日の話題 12月3日中国新聞1面より
被服支廠2・3号棟解体へ
広島県が原案 1号棟 外観保存


画像1 12月3日中国新聞1面より

【記事詳細】
 広島市内最大級の被爆建物『旧陸軍被服支廠(ししょう)』(南区)について、広島県は2日、所有する3棟のうち1号棟の外観を保存し、2、3号棟を解体する原案を固めた。概算費用は8億円を見込んでおり、2020年度の着手を目指して20年度当初予算の編成を進める。『物言わぬ被爆者』の価値を重んじる市民の反発は必至で、原案に対する反応を探りながら方向性を確定させる。県は9月、建物が老朽化して地震で倒壊する危険性があるとして、安全対策をすると表明。10月には3棟のそれぞれについて、耐震化、外観保存、解体の方向性を示す6パターンを公表していた。関係者によると県は爆心地に最も近い1号棟を保存し、2、3号棟を解体・撤去する案を採用し、近く公表する。

 県の原案によると、外観を保存する1号棟は西側の外壁を補強し、震度6強の地震でも近くの民家などに被害が出ないようにする。屋根なども改修・補修し、21年度の完了を目指す。並行して建物の利活用の在り方を、国や市とともに探る考え。耐震化して内部を活用する可能性も残す。2、3号棟の解体は、20年度に設計し、22年度末までに終えると見込む。解体に先立ち、仮想現実(VR)の最新技術を用いて、1号棟を含む3棟の現在の姿をデジタル保存する。3棟は建築から106年がたつ。県は昨年12月、いったんは敷地内に被爆証言を聞く建物(平屋約130平方メートル)を新設するのを柱とした改修案をまとめた。しかし、県議会最大会派の自民議連から将来の財政負担の重さを懸念する声が出たため、方針を転換。安全対策の検討を進めていた。残る1棟は国が保有し、中国財務局(中区)が管理する。関係者によると、国も解体を含めて検討しているという

【考察その1】
今回の決定について


画像2(左) 旧陸軍被服支廠(ししょう)1~3号棟の外観(画像 広島都市・創生会議より)
画像3(右) 同建物の上空から見た姿。画像上が1号棟になる


 以前の被服支廠を取り上げた記事で、残存する4棟全てを耐震改修して残すのは理想ではあるが現実的ではない、と書いた。その時の記事で、1号棟だけを外観保存を施し、残りの棟は民間企業に売却して保存の原資に充てるべきだと説いた。どうやら、基本的にはその方向性になりそうなのでほっとした。今回の県の決定について、市民団体の『旧被服支廠の保全を願う懇談会』では、『悲劇を後世に伝える歴史的な価値を考えれば、解体は到底受け入れられない。絶対に反対だ』と反発を強めているらしい。感情面では少し理解出来るが、現実の問題として17年の県の調査で震度6以上の地震で倒壊の恐れがあると判明。3棟の耐震化に84億円を要する事実は無視出来ない。断固反対するのであれば、3棟保存する場合の財源をどこに求めるのかまで、踏み込まないと説得力に欠ける。ただ、反対一辺倒ではその主張は多くの市民からの支持は得られないだろう。同時に真逆の主張である『あんな小汚い建物などこの際だから、全棟建て壊せ!』も少し暴論に感じる。今回の報道だと、爆心地に最も近い1号棟の壁面を21年度までに補強し、2~3号棟は22年度までに解体する方針だ。総事業費を8億円と見込み、一部を来年度当初予算案に盛り込み、並行して建物の利活用の在り方を、国や市とともに探るとの事だ。今回の決定の流れを端的に言うと、県は昨年12月、いったんは敷地内に被爆証言を聞く建物(平屋約130平方㍍)を新設するのを柱とした改修案をまとめた。しかし、県議会最大会派の自民議連から将来の財政負担の重さを懸念する声が出たため、方針を転換。安全対策の検討を進めていた。


画像4 被爆支廠位置図(画像 19年10月17日中国新聞より)

今年の10月、以下の6案に絞り込んだ。

         内容            概算費用
①3棟全てを耐震化              84億円
②1号棟を耐震化し、2・3号棟を解体     31億円
➂1号棟の1/3を耐震化し、その他を解体   14億円
④1号棟の外観を保存し、2・3号棟を解体    8億円
⑤1号棟の1/3の外観を保存し、その他を解体  6億円
⑥3棟全てを解体              4.5憶円

 今回、6案のうち④案を採用した訳だが、被爆建物(広島市HP)としての面影を残して県として面目を辛うじて保ち、最もリーズナルブルな案を採用したことになる。理想と現実の狭間で揺れ動いた様子が何となく感じ取れる。歴史的価値の基準の問題になるが、日本の場合、明治時代以前の城郭、神社・仏閣などの建物に重きを置いた基準で、最近でこそ近代化に貢献した産業遺産などもその価値を見出す流れになっているが、今回のような人類初の被爆に係るものの価値は低いと言わざる負えない。今回の決定は多くの広島人もブログ主同様に『市も県も財政難だし、仕方がないよね?』と思っている事だろう。ブログ主は財政難ではなく、国の全面支援の元、全棟保存可能な財政環境であれば、3棟全てを耐震化させて保存する①案を支持したかった。被爆の生き証人としての価値は、市民団体の方が言うように極めて高いと思うし、行政が率先して原型保存しない事には多くの被爆建物の民間所有者は耐震建て替えを機に、揃いも揃って一部保存の名の元に取り壊すに違いない。96年度末にあった被爆建物の登録件数は100件。18年1月現在では86件の登録。約20年で14件も減少している。広島市では、平和公園内のレストハウスや旧日本銀行広島支店など5件の被爆建物については国史跡とし、世界遺産で国史跡の原爆ドームは特別史跡へ昇格を申請し、保存に向け国費の活用を目指している。行政所有、神社・仏閣の被爆建物は先行申請している5件が認可された場合、引き続き申請し極力、原型保存可能な道を模索して国費活用を視野に入れるべきだろう。そして、こうした被爆建物は立地に関係なく、『ピースツーリズム』の有力な原資として活用するのが、原爆で亡くなった方への手向けにもなる。今回の被服支廠保存の議論で、国史跡への検討がなかったのか不思議でならない。

【考察その2】
旧被服支廠1号棟の有効活用シュミレーション
旧理学部1号館との役割分担を


動画1 令和元年12月3日広島県知事会見(質疑 旧広島陸軍被服支廠の安全対策) 同その2

 この考察では外観保存する被服支廠1号棟の活用について考えたい。被爆建物という性質上、平和関連抜きの活用策はないだろう。県が修正を迫られた前回案は、1号棟を完全に見学者施設にするものだった。修正を迫られた経緯を踏まえると、そのままの採用は難しいので平和学習と広大本部跡地旧理学部1号館(下記画像5参照)で導入が予定されている平和教育&研究機能の分館的なものが相応しいと考える。それに加え、類似の機能をこの地に設ける批判もありそうだが、旧理学部1号館で発信する平和教育&研究機能の全体像の詳細を議論して、この地と被服支廠1号棟の役割分担を明確にさせ受け持たせれば?と考える。言わばこちらを補完機能とし、理学部1号館をメインにする。良い頃合いの棲み分けだ。他の目的利用は少しそぐわない気がするし、適していない。理学部1号館とは異なり立地云々に議論が湧きそうだが、来年1月下旬より広島市中心部の新規バス路線として『広島みなと線』が『都市循環線』と共に就行する。観光客の移動手段が確保されることで懸念は不要だ。今回の新聞記事では、後利用の詳細には触れていないので、外観保存の選択をした以上は平和関連の後利用に特化したものにしてほしい。平和ばかりで食あたり気味の方も多いと思うが、ブログ主の個人的な考えを拠りどころにした場合、大幅な人口減少時代であっても持続的な都市の成長を果たす鍵は、都市ブランド力と外需-都市観光、MICE(マイス)など-を取り込めやすい強い都心部を持つ集約都市だと信じて疑っていない。都市ブランドの構築の話になると他都市との差別化を図ることが、第一義とされるので広島市は一にも二にも国際平和都市の一択になる。理想論臭が少し漂うが、世界で最初の核兵器による被爆を体験した都市としての歴史を背景に、学術研究活動を通じて、核兵器の廃絶に向けての役割を担うとともに、地球社会が直面する諸問題の解決にも寄与し、世界平和の創造・維持と地域社会の発展に貢献する国際的な平和研究機関を目指す。そして、国内外における平和研究機関と積極的に連携してネットワークを構築することにより世界の平和研究の発展に寄与し、10~20年後には、平和研究の一大拠点にするぐらいの気構えを持ってほしい。


画像5 広島大学本部跡地の旧理学部1号館の様子(画像 アンドビルド広島より)

 人類初の被爆都市としての知名度は世界では、かなりのものあり日本の都市では東京、京都に匹敵するものだとよく言われる。それが決して嘘ではない証拠として、ブログ主が20代後半~30代初頭に大学卒業後に就労した金融機関で、ドイツのフランクフルト-実質経済首都-やデュッセルドルフ-日本企業の一大集積地-に何度か出張で訪れた事がある。皆、広島市が被爆都市だと言う事を知っていた。国内では地方都市の一つでしかない広島市だが、『ヒロシマ』に変換して国外に出すと別の輝きを放っているかの印象を持ったものだ。この点は広島人は自信を持つべきだ。苦言を呈するつもりはないが、特に広島から出て生活した経験がない方に多い傾向だが、批判すら許さず聞いている方が赤面するするぐらい褒めちぎる人間とそれとは真逆で、自虐的な視点で広島を語る人間が実に多い。冷静に聞くとどちらも微妙なところだが、その中間が正しいと思うが両極端の意見が意外と多い。地方都市特有の現象だろうがそこに住む人間として客観視線が求められるところだ。平和に関してもネガティに受け止め、左巻きの政治思想の側面だけで受け止めている節がある。カープやサンフレのスポーツコンテンツだけで都市のブランディングするのは不可能だし、仮にしても地域名産品のブランディングとさして変わらない。となると、都市ブランドの本質が他都市との差別化である限り、他都市が絶対に持ちえない平和都市の一択になる。人類初の被爆都市の歴史は広島市の唯一無二のもので、核兵器使用という愚行に警鐘を鳴らし続け世界中から共感を得られるのは広島市と長崎市、旧ソ連のチェルノブイリだけだ。都市のブランディングに恰好な題材なのは言うまでもない。ブランディング作業で重要なのは、①広島市のブランドデザイン ②官民合わせた推進体制の構築 となり、具体的には街並みに⓵ブランドの視覚的統一感を持たせる ②国内外への発信機能 である。この部分をまちづくりに投影させるとなると、被爆建物の外観保存、平和教育&研究機能の強化は絶対に欠かせないものだ。都市ブランドの構築作業は、世界都市との競争を意識して20年東京五輪に向け、東京が既に躍起になっている。地方都市でも松山市、横浜市、下関市などが積極的に取り組んでいる。他にもと取り組んでいる都市が多いが、都市ブランドと地域名産品のような地域ブランドと混在しているケースも見受けられる。広島市では、都市ブランドの確立に向けた大きな動きは皆無だ。遅い初動は広島市の最早お家芸で様式美にすらなっている。他都市では逆立ちしても勝てない資源を持っているのだから、早急に動き始めて欲しいものだ。目に見える形の結果はすぐには出ないが、『回り道が結局早道』になると信じている。

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