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今日の話題 3月20日中国新聞1面より引用
原爆ドーム周辺高さ制限へ
広島市素案 北側に対象範囲



画像1 3月20日中国新聞1面より

 広島市は19日、原爆ドーム(広島市中区)を南側から見た景観を保全するため、建物の高さを法的に制限する範囲の素案をまとめた。原爆資料館本館の下から眺めた左右17度の範囲について、植栽も生かしてドームの背景に建物が見えない状態に誘導する。平和記念公園は、原爆慰霊碑と原爆ドームが南北に並び、資料館付近から北側を眺める景観は特に重要とされる。市は『被爆地を象徴する眺望』と位置づけ、都市計画法や景観法に基づく制度の導入を検討。その結果、左右17度の範囲での制限が適当と判断した。既存の建物は対象外だが、新たな規制は一帯のまちづくりに影響する可能性もある。

 素案によると高さ制限は、視野角17度のうち、原爆慰霊碑と原爆ドームを中心とした3.1度と、それ以外の二段階に区分する。3.1度の範囲内は原爆ドームの背景に当たるため、より厳しい内容とした。制限は、資料館からの距離が遠くになるにつれて緩やかになる。具体的には、資料館から0.5㌔離れた旧市民球場跡地付近では、約24㍍、1.5㌔の基町高層アパート付近では約63㍍となる。制限がかかる最大の奥行きは5.2㌔となる。それ以外では、平和記念公園の樹木の活用などで、背後にある建物を一定程度、眺望から隠せると判断。基町アパート付近では約81㍍など、視野角の中心部と比べて制限を緩和する。地盤の高さなどを加味し、奥行きは東側で4.5㌔、西側で4.0㌔とした。市は素案を、市役所でこの日あった市景観審議会の検討部会
に示し、概ね異論は出なかった。検討部会は25日の市景観審議会に報告し、市民の意見を広く募る経て、秋ごろに市へ答申する。市はその後、詳細な制度設計に入る。

【考察その1】
そもそもの話として、眺望景観とは?
後世に残すべき市民の共有財産



画像2 原爆慰霊碑から見た原爆ドームの現在の眺望景観。醜悪な広島商工会議所ビルで無残な姿を晒している。

 言葉の説明から入る。眺望景観とは、ある視点場(景観を見る地点、展望台など)から視対象(眺められる対象物、山や海など)を眺望したとき視覚で捉えられる景観をいう。 通常はかなり広い範囲が眺望の対象で、遠景(遠くに見える景観)、中景(遠景と近景の中間に位置する景観)、近景(視点場の近くに見られる景観)から構成される。都市景観に関して日本とは比較にならないほど厳しい欧州の都市では、古くから着目され数多くの都市で、眺望景観保全を目的とした景観計画が導入されてきた。日本の都市では、都市景観の概念は経済成長優先のまちづくりの中で後回しにされがちで、高度成長期では歴史的な環境が消滅の危機に瀕したり、良好な景観が阻害された。京都市などの一部の自治体などでは、条例などで一定の規制を課したりしたが国の動きは鈍かった。欧米先進国からは良好な景観や環境を求めるよりも、経済性が優先され、どのような形態の建築物でも建てることができる『建築自由(無法)の国』『エコノミックアニマルの(悪い意味での)自由なまちづくり』と揶揄された。80年代頃から日本でも都市景観の重要性が再認識され始め、多くの自治体では景観条例などが定められたが、法的拘束力はなく任意の努力目標だった。欧州に旅行や仕事などで訪れた経験がある方はお分かりだと思うが、無駄な広告物が一切なく建物の高さやデザイン、色合いなども厳しく規制され整然とした欧州都市の都心部地区に比べ、日本の都市の都心部地区は景観に関してはカオスそのもので、チンドン屋のようだ(笑)。広島市に限らず、日本も高度~安定成長期を経て、低成長期、そして人口減少という時代に入り、成熟社会の中で都市景観も重要な都市の資産の考えが広まった。未だに『都市景観では飯は食えない』『都市景観尊重のまちづくりでは、都市は発展しない』などの時代錯誤な意見を時折、耳にする。そもそもの問題として、それとこれは別問題で、都市を代表するラウンドマーク的な建物の眺望景観(広島市の場合は原爆ドーム)を軽視することは、都市のアイデンティティの否定(自己否定)とイコールになることを知っておいた方がよい。『日本の都市は美しい』とよく外国人観光客に褒められるが、これは都市景観を指すのではなく、衛生状態などを指してのことだ。欧州都市は美しい街並みと反比例して、衛生状態はそこまでよくない。


画像3 熊本城周辺地域の景観形成基準(重点地域) 約550㌶の範囲図(画像 熊本市HPより)

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画像4(左) 拡大図 視点場①(上記画像3参照)『通町筋』から望む熊本城
画像5(右) 
拡大図 視点場①(上記画像3参照)『シンボルロード』から望む熊本城


画像6 視点場②(上記画像3参照)の天守閣からの東側市街地への眺望


画像7 視点場①(上記画像3参照)本妙寺の加藤清正像から望む熊本城(画像4~7熊本市HPより)

 原爆ドーム周辺の眺望景観を重要視する流れをあたかも宗教色が強いものとして嫌悪する向きもあるが、04年の
『景観法』(国土交通省HP)の策定以降、全国の自治体では08年時点で342団体、12年度には500を超える自治体が策定している。熊本市では10年、熊本市景観計画序章~(熊本市HP)を策定し、熊本城周辺地域に、都市のランドマークとしての熊本城への眺望、熊本城からの眺望、市街地 と熊本城との間のゆとりある眺望を保全するため、熊本城を望む視点場及び天守閣からの眺望に配慮した景観形成基準を定めた。3方向からの視点場を設け(上記画像3参照)、一部の例外規定を除き、範囲内550㌶内では建物の高さ制限を ①〈熊本城特別地区〉-海抜50㍍(熊本城本丸の石垣の高さ)を超えないこと ②〈京町台地地区〉海抜53㍍を超えないこと ③〈一般地区〉-海抜55㍍を超えないこと とした。建物の形態、広告物の表示、 設置、変更又は改造、色彩や材料にまで事細かく一定の制限を加えた。参考にした資料では、具体的な罰則規定などは見つからなかったが、審議会を通すことで従来のものよりは厳しく熊本市の本気度が伺える。この法律は、熊本城を市民のアイデンティティーと捉え、熊本城とそれを望む眺望景観が市民の共有財産と位置づけ次世代に受け継がせることを目的としている。都市景観を壊すのは、いとも簡単だ。しかし一度壊れた景観を取り戻すには、数十年かかる。例えば、東京都心にある首都高速道路の都心環状線などは、日本橋(かっての五街道の出発点)を覆いかぶせるかのように無粋な高架構造物として鎮座している。あれこそ、日本人の都市景観に対しての意識を量る指標になる。欧州都市のような原理主義的な景観行政は日本の実情には合わないだろうが、対極に位置する経済性を最優先させた逆の原理主義もどうかと思う次第だ。ブログ主は広島市規模であれば、都心部地区に都市高速道路や大規模な陸橋のような、高架構造物は不要だと考える。その時代の都合だけで後世にまで継承しないといけない都市景観を破壊するのは、『天に唾す』にしか思えない。ドイツ第3の都市ミュンヘンでは、都市全域で高さ100㍍を超える超高層建築物の建設を禁止している。都市景観を守ることで、都市の価値を高めEU圏内からの投資を加速させる戦術だ。市民にもこの意識が浸透し、04年シーメンスと南ドイツ出版社ビル(高さ145~148㍍)の建設問題が浮上した際も、住民投票にはかられ否決された。市を二分する論争となったが、市民は『フラウエン教会の塔(高さ99~100㍍)を超えないこと』『南アルプスの眺望』を選択した。フラウエン教会の2つの塔、それを少し上回る同教会の大聖堂(高さ109㍍)が市内どこから見える、南アルプス山脈の眺望景観、この2点がミュンヘンのアイデンティティそのもので、導入派が主張する『EU圏内での競争力強化』『雇用の拡大』『新たな魅力の創造』の声を退けた。『ミュンヘンには都市の存在を示すものとしてフラウエン教会の塔をはじめ、いくつもあり、今更高層ビルは必要ない。第2のフランクフルトになるのは御免だ』が僅差だが市民の意志だった。因みにドイツ国内でドイツ人の住みたい都市の1位がミュンヘン、同市があるバイエルン州の都市が6市もランクインしている。逆に住みたくない都市では最大都市の首都のベルリンと、最もアメリカ的な都市として嫌われているフランクフルトがワン・ツーフィニッシュしている。

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画像7(左) 拡大図 視点場③『長塀通り』から望む熊本城
画像8(右) 
拡大図 視点場③熊本市役所から望む熊本城(画像7~8 熊本市HPより)

【考察その2】
今回の素案について思うこと
 

https://livedoor.blogimg.jp/zono421128/imgs/6/e/6e1e5cc1.png
画像9(左) 世界遺産の原爆ドーム周辺のバッファーゾーン(建物高さ制限)図
画像10(右) 拡大図 これまでの平和記念資料館と原爆死没者慰霊碑を視点場とした視野角18度の眺望景観範囲(オレンジ色部分) 画像9と10共に広島市HPより


画像11 今回の素案となった慰霊碑を起点とした視野角3.1(赤色)~17度(黄色)の範囲内での眺望景観維持の高さ規制範囲(画像 中国新聞より)

 ここでようやく広島市の話に入りたい。今回の素案は、従来の視野角18度から17度に若干狭め、
原爆慰霊碑と原爆ドームを中心とした3.1度と、それ以外の二段階に区分した。制限は、資料館からの距離が遠くになるにつれて緩やかになる。資料館から0.5㌔離れた旧市民球場跡地付近では、約24㍍、1.5㌔の基町高層アパート付近では約63㍍となる。制限がかかる最大の奥行きは5.2㌔である。厳密運用かと思いきや、基町アパート付近では約81㍍など、地盤の高さなどを加味し、奥行きは東側で4.5㌔、西側で4.0㌔とするらしい。視野角の中心部と比べて制限を緩和するなどよく言えば弾力性を持たせる内容となった。同時に平和公園の樹木も活用し、背後にある建物を一定程度、眺望から隠す処置も施す。広島市の場合、現在の眺望景観を維持するのではなく、あるべき理想の姿に近づけるための規制となる。平和記念公園や原爆ドームに係る都市景観の問題は、今に始まったものではなく、原爆ドームが世界遺産登録される前年の95年にまでさかのぼる。その流れを見てみたい。

広島市の都市美観に係る歴史

95年09月 原爆ドーム世界遺産推薦のため、『原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美
       観形成要綱』(以下 美観形成要綱)を制定。世界遺産登録後、
原爆ドームと平
       和記念公園の周辺50㍍は、世界遺産を保全するためにバッファーゾーン(緩衝
       地帯)に指定(高さ制限なし)

05年    
バッファーゾーン内の中区大手町4丁目で、原爆ドームの高さ(25㍍程度)を
       超える高さの
マンション建設計画が具体化
06年11月 
イコモス(国際記念物遺跡会議)が、『原爆ドームに関する勧告』を採択し、世
       界遺産を保護するために、高さ制限を含む拘束力のある規制が必要であるとの見
       解を示す
       広島市、景観誘導の充実を図るため美観形成要綱を改正。これまでの形態意匠に
       加えて建築物等の高さ制限を加える
08年07月 景観誘導の実効性を高めるため、景観審議会での審議を経て、景観法に基づく『
       原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)』を作成し、法的位置付
       けのある高さ制限を設けようとするが、指定地域住民の理解が得られず 
10年12月 高さ制限については景観計画から一旦除外し、 当面、美観形成要綱で対応し、景
       観形成上の高さのあり方について全市民的な議論を深める など、丁寧なプロセス
       を経ながら、地元理解の状況も踏まえ検討するとした
13年10月~18年12月と、19年1月の答申案については、以下のリンクの通り

       ~広島市景観審議会の審議状況
~(広島市HP) ~原爆ドーム及び平和記念公
       園周辺の眺望景観のあり方~(同)

 08年に一度、周辺のマンション住民や地権者の反対にあい挫折している。で、市長の代替わり(11年4月)を経て、議論の仕切り直しを始め現在に至っている。少し驚いたのは制限がかかる奥行きが(3.1度視野角で)単純計算で5.2㌔、運用するにあたり
東側で4.5㌔、西側で4.0㌔としている点だ。太田川放水路にかかる祇園大橋、祇園新橋を超え安佐南区の西原地区に達する。日本の都市の景観条例中では異質だ。当然、視野角3.1度の範囲内では高さ制限(距離ごとの高さの詳細は不明)を受ける。逆に言えば、広島市の眺望景観にかける本気度がこの点で伺える。この素案のラッキーな点として、3.1度視野角の範囲内に近距離で高い建物が比較的少なく、遠距離では民有地が多いが遠いので高さ制限が緩やかになることだ。3.1度~17.0度視野角で高い建物は平和公園の樹木で何とか隠せるというのだから、案としては悪くはないと思う。理想の眺望景観にこれから努力して、近づけましょう、というのだから。今更ながらだが、丹下健三氏(一応グループ案)が49年に提案されコンペにて、1等になった案(下記画像12参照)は平和記念公園を起点にして、原爆ドームと中央公園を南北軸線とし100㍍道路の平和大通りを東西軸線に据えるという俊逸なものだと改めて感じた。その時々の、事情で崇高な都市計画が中途半端に終わっている現状は寂しい限りだが、この計画なくして現在の眺望景観の議論はしたくともできなかっただろう、と思うのだ。


画像12(左) 1950年建築家の丹下氏が立案、採用された『広島平和都市建設構想(案)』
画像13(右) 20年現在の平和公園~中央公園の南北軸の様子(画像共に広島市HPより)

 ブログ主の個人的な考えだが、一連の都市のラウンドマークが係わる眺望景観も21世紀の都市成長には欠かせない都市ブランドのブランディングの大きく寄与すると考える。都市ブランドをざっくりと語ると、自都市と他都市を差別化し、『住んでみたい、住み続けたい、会社を置きたい、訪れたい、買ってみたい…』という衝動を誘引する機能(付加価値)を備えた良好な都市のイメージを指し、これを高めることで、都市の魅力や価値、又は個別商品の価値が高まり、ひいては交流・定住人口の増加などに結びつく効果が期待できるものが『都市ブランド』とされている。都市インフラ、都市景観、観光施設、歴史的遺構物、商業施設、都市のアイデンティティ、ラウンドマーク、住民気質、各産業集積、大学などの学校などその都市に係るもの全てから構成される。どの分野に重きを置くかの議論は、ブランディングの方向性にもよる。地区ブランドや商品ブランドを包括するものだ。完全に確立している思われる都市は日本では、東京と京都ぐらいで全国の都市は鋭意、努力こそしてはいるが成功しているとは言い難い。ブログ主は広島市のラウンドマークは原爆ドームだと思うし、仮に広島市が都市のブランディングをするのであれば、都心部地区に多い水と緑、平和色を打ち出したものが他都市との明確な差別化も可能で、国内都市は言うに及ばず海外まで発信力出来るものだと信じている。特に平和色は、広島市にしか持ちえない唯一無二の武器になる。今回の広島市の素案は、その方向性に合致するもので国際平和都市をより彩るものになる筈だ。厳しい都市景観条項の設定は、都市開発圧力につながり都市発展の阻害要因になるとの指摘も的を得ていないと思う。というのは、眺望景観も含めた様々な要素の合作で世界に通用する都市ブランド構築に成功した場合、都市観光やMICE、企業立地など好循環に転じて景観保全地区の開発抑制のマイナス面など取るに足らなくなる(可能性がある)。『目先の損をあえて取らず、遠くの得を取る』のである。しかもラウンドマークの眺望景観は、時代は変われど継承し続けないといけない市の大きな資産の一つだ。是非、今回の素案は原案のまま妥協することなく実行してほしいものだ。


画像14 無粋な広島商工会議所、教団ビル、護国神社駐車場ビルが消え去るとこのようなすっきりとした姿になる

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