封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2015年10月

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 久々のこのシリーズ記事だが、前回はALS(筋委縮性側索硬化症)と闘いながら、サッカーJ2のFC岐阜(公式HP)の社長業を続けている、恩田聖敬(おんだ さとし)氏を取り上げた。今日は、筋疾患患者ではないが、喉頭がん(がん情報サービスHP)で声帯を摘出した音楽プロデューサーのつんく♂氏(46)を取り上げたい。地元中国新聞に記事が掲載されていたので、その要約文記事から紹介する。
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喉頭がんで声帯摘出 つんく♂さんインタビュー
「家族と音楽に救われた」 ~9月29日中国新聞27面より~


 喉頭がん(がん情報サービスHP)で声帯を摘出した音楽プロデューサーのつんく♂さん(46)が手記「だから 生きる」(新潮社)を出版。そして共同通信社のインタビューに答えた。手術を決意した経緯や家族への思いなどを丁寧に書き下ろした渾身作だ。声を失ってしまったアーチストの思いを聞いてみた。

 数年前より違和感
 今年の4月の母校近畿大学の入学式会場で声帯摘出を公表した。現在は。歌手クミコさんが歌う「うまれてきてくれて ありがとう」を手掛けるなど精力的な活動を続けている。その合間に、声帯の代わりに食道を振動させて声を出す「食道発声法」(ウキペディア)の習得に取り組んでいる。これについてはつんく♂さんはこう語る。「週に1度行くか、行かないかぐらいの訓練。習得は指導者に順調と言ってもらっている。静かな環境であれば、子どもとの会話になります」。苦しみを乗り越え、再び歩き始めた表情は、穏やかそのものだ。

 喉頭がんが発覚したのは、昨年2月のことだ。数年前から喉に違和感を感じていた。しかし、定期検診では異常は見つからず、青天の霹靂だった。「僕に限ってそんなことが起こるわけがないと思っていました。最初は頭の中が真っ白になった」と振り返る。
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画像 9月29日中国新聞27面より

 放射線治療に耐えて、約7か月後に「完全見解」を発表した。だが、再びがんが見つかり自身がプロデュースしてきた人気グループ「モーニング娘」の米ニューヨーク公演を見届けた後に昨年10月に声帯摘出手術を行った。

「楽しいことを持つ」
 つんく♂さんは、「最初に行った治療で完治しなかったら、次は施しようがなくなるのではないか?その中で声帯摘出しか選択肢がなかった。」と苦渋の選択だったことを明かした。手記を書いた理由は、「この病気の過程で気が付いたことを書き、皆さんのお役に立てればと思った」だそうだ。

 病に苦しむ人には、「今を楽しむこと」を勧める。つんく♂さんは、3人の子どもと慌ただしく過ごしている。こうした何気ない時に、幸せを感じるとのことだ。そしてこうも言う。「その場だけを楽しむのではなく、いかに充実した日々を送れるか?楽しいことを持っていれば、何とかなるものだ。僕は家族と音楽に救われた」と。

 ロックバンド「シャ乱Q」のボーカリストとして活躍して一時代を築いた。音楽プロデューサーとしても、才能を如何なく発揮して、「モーニング娘」を世に出して国民的アイドルグループに育てた。「もっと僕に適した治療方法があったかもしれない。でもそれは分からない。これからはどんなことでもいいので、世界一というものを味わいたい」と負けん気をのぞかせた。
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 である。この新聞記事の後半部分「何気に~」のくだりは、激しく同感する。人生の窮地に立たされた時に、自分を支え癒しや勇気を与えてくれる家族は最高だと思う。
手前味噌となるが、私も筋疾患発症時、同じ経験をした。そして、持病と闘う決意を与えてくれた。これがなかったら、命の賞味期限を知らされ、進行の恐怖に怯えて、頭がおかしくなっていたに違いない。つんく♂さんの場合とは異なり、20~25年かけて徐々に進行して身体を動かす自由を奪う病気なので、少し違うかもしれない。前回のFC岐阜の恩田社長のALS(筋委縮性側索硬化症)もそうだが、つんく♂さんの場合も病気の進行速度を考えると、あまりにも考える時間が少ない。立ち直る時間すら与えてくれない。彼の場合、声帯or命の二者択一を迫られた。究極の選択だ。しかもつんく♂さんは、アーチストで、声帯は命にも匹敵するのだ。断腸という言葉すら、生ぬるい思いだったに違いない。

 筋疾患も、呼吸筋が侵され自力で呼吸が困難になると、人口呼吸器の装置を余儀なくされる。気管支切開を伴い、声帯摘出同様に声を失う。私はまだその時期ではないが、そう遠くない将来その選択を迫られる可能性がある。悩むところだが、声より命を選ぶだろう。この記事を読んで、病気は違えど他人事には思えなかった。筋疾患、特にミオパチーは、その段階に至るまで20年近くの心の準備期間がある。ALSや進行の早いがんの場合、即断・即決を迫られる。それを思うと私はある意味、恵まれていると感じるのだ。別シリーズ記事で、筋疾患発症当時の様子を再現して書いている。その当時に、つんく♂さんのような決断を迫られていたら、どうなっていただろうかと思う。「たられば」を考えても仕方がないが、つい考えてしまう。

 人間の本当の価値とは、学歴や収入、社会的地位といった上辺(これも1つの判断材料とは思うが)だけ
のものではなくて、命にかかわる窮地に陥った時に、冷静に身を処すことが出来るかだと思う。言うのは容易いが、やるのは難しだ。常人に勝るメンタルの強さが必要となる。特に持病発症後、そう思う。これらのものは、あくまでも装飾的というか、副次的なものに感じるのだ。木で例えるなら、メンタル部分は幹に相当、学歴・社会的地位・収入は枝や葉、花だと思う。まあ、これは特殊な環境にある私独自の達観した価値観だ。つんく♂さんから、揺るぎないメンタルの強さを感じる。私もかくありたいと思う。

 病気になることで失ったものは大きい。同時に得たものもある。それをどう受け止めるかは、本人次第だ。人生は加算と減算の連続だ。加算が多ければ成長するし、減算が多いと停滞する。
失ったものに未練を持つよりも、得たものに価値を見出してポジティブに生きるほうが有意義な人生だと感じる。きっと、つんく♂さんもそう思っているはずだ。「今の自分に何ができるか?」そればかり考えながら生きている。こんな人生も悪くはない。つんく♂さんの近況が入れば、また記事にしたいと思う。



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シリーズ記事 安佐市民病院移転問題 

 連日ブログ記事として書いている「安佐市民病院建て替え問題」だが、一応の決着をみたようだ。今日は、考察ではなく、要約文記事紹介中心に進めたいと思う。まずは何時ものように中国新聞の要約記事を2つ紹介する。 ………………………………………………………………………………………………………………………
安佐市民病院 機能分散案を可決
広島市議会 22年開業へ始動 ~9月30日中国新聞1面より~


 老朽化した広島市立安佐市民病院(安佐北区可部南)の建て替え問題について、市議会(定数54)は29日の本会議にて現在地と荒下地区(同区亀山南での「機能分散」を進める市提出の関連議案を賛成多数で可決した。全面移転案を否決した昨年2月の本会議より1年7か月。移転か、現在地かで揺れ続けた市北部の医療拠点は、2022年春の開業(当初は2020年1月開業) を目標に動き始める。

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画像1 9月30日中国新聞1面より

 市の方針では、民間が事業用地のうち4haを購入して、5階建て450床程度の病棟を新築。高度急性期医療や災害拠点病院機能を集約して救命救急センターも併設する予定だ。整備は312億7千万円、関連道路整備費6億円を見込む。同病院を運営する地方独立行政法人の市立病院機構(同HP)が基本計画を策定する。

一方、現病院の北館(7階建て)には、日常的な医療機能の一部を残す。地域包括ケア(厚生労働省HP
緩和ケア(厚生労働省HP)の計77床程度に加え、夜間急病センター(広島市医師会HP)の併設も検討する。機構は、運営形態の在り方を含めた検討を進めて、来年8月に地元説明会を開催する予定だ。

 この日の市議会本会議では、機能分散を反映した機構の中期計画変更案(広島市HP)を審議。本会議採決では、議長を除く53名が記名投票を行い、賛成30、反対23だった(2014年2月本会議採決は、賛成25、反対26)

 安佐市民病院の建て替えについては、松井市長が昨年2月に荒下地区に全面移転する方針を表明。同月の市議会本会議で関連予算案が採決で賛否同数となり、議長裁決で「住民合意不十分」の理由からか否決された。その後、市は地元意見を聞きながら、まちづくりの在り方を含めた検討を進めてきた。先月29日には、機能分散案を松井市長自ら地元説明会に出向いた。今月14日開会の市議会に上程後は、各11会派に説明した。終盤まで賛否が拮抗して、前日の28日の厚生委員会では、議決には至らなかった。松井市長は、本会議終了後記者団にこう話した。「一安心した。重要なスタートでもある。地元との話をしながら進めたい」

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画像2 移転問題で揺れた安佐市民病院(
安佐市民病院HPより

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安佐市民病院分散案が可決 最大の懸案に区切り
広島市議会 採決方法で空転 ~9月30日中国新聞25面より~

 広島市議会(定数54)は29日の本会議で、広島市立安佐市民病院の建て替えをめぐって現在地(安佐北区可部南)と荒下地区(同区亀山南)で「機能分散案」を進める関連議案を、賛成30、反対23で可決した。地元住民同様に議会会内でも大揺れに揺れた。前日の厚生委員会に引き続き、採決方法をめぐり約4時間空転。今後の議会運営に課題を残した。

 前回(昨年2月)本会議よりも賛成が広がったのは、現在地建て替えを望む住民の声に、市が一定程度応えたとの受け止めがあったからだ。機能分散は、8月29日の地元説明会で松井市長自ら決断、表明した。昨年2月の全面移転案否決後、市側は地域住民との意見交換を重ねた。7月に住民側から「仮に移転した場合」の跡地活用策として、「日常的医療機能」が提案された。市長自身、これを事態打開の潮目と捉えた。地元自治会長の分散案の高評価や、地元医師会の早期建設を望む声(安佐市民病院で申し入れ 広島NES WEB)も議員に賛同を迫る好材料となった。

 多くの議員や関係者が指摘するように、分散案表明から1か月で説明は十分とは言えない。存続予定の現病院の北館の経営主体や診療科の配置、整備コスト……。市が基本方針を決めて、詳細は経営主体となる地方独立行政法人(総務省HP)の市立病院機構が具体化する仕組みとなっている。しかし「生煮え感」が漂うのは否めない。市が主体性をもって、具体化を急ぐ必要がある。松井市長の「荒下地区への病院建設を契機に広くまちづくりに繋げたい」とした一貫した思いは評価出来る。現在地では、北館以外の跡地活用もこれからの課題となる。議会提案に際して、「不退転の決意」を表明した松井市長。今後も地域と議会との対話が求められる。

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画像 9月30日中国新聞25面より

松井市長一問一答

広島市の松井市長は、29日安佐市民病院の「機能分散」議案可決を受けて、市役所内にて記者団の取材を受けた。以下がそのやり取りとなる。

Q(記者) 可決の受け止めは?

A(松井市長) 不退転の決意でやると宣言して、議会で多数の賛同を得られた。一先ず安心した。しかし、個別の具体的な内容はかっちりとしたものがあるわけではない。これをスタートに、具体案作成を急ぐ。当然地元の方とも話をしながら進める。

Q(記者) 「方針表明から1か月では短い」と議会から指摘を受けています。

A(松井市長) (昨年度から)病院運営は、市が基本的な運営方針を示して、個々の具体的な運営は市立病院機構が独自で行う仕組みとなった。今回、機構としてはここまで考えているという位置づけで、かなり踏み込んだ中身を紹介した。

 病院の「機能分散」については、この病院機構が主体性を持ち、市がアシストしながら地元協議を行う。現在地の跡地活用については、市が中心となって進める予定だ。病院がなくなると困るという方の意見をよく聞き、しっかりと跡地活性化策を作りたい。移転先の荒下地区も地域全体の活性化拠点にするということをやっていきたいと思う。

Q(記者) この問題で1年7か月、議会との論争・軋轢が続きました。議会と市長との関係に影響があったでしょうか?

A(松井市長) 私の立ち位置は変わらない。2期目の市長選でも議会との両輪でやると言った。政治手法としての 「対話」 「ビジョン」 「実行」を認めてもらい、諸問題解決に邁進したい。


動画 ユーチューブより

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である。反対派住民・市議を取り込む形で浮上した分散案だが、一定の成果はあったようだ。新聞記事にもあるように市が、ざっくりとした方向性を示している段階に過ぎず、細部の具体案はこれからだ。分散のデメリット 例えば主要検査施設(MRI、CT、心エコー等)・
中央手術室・リハビリテーション施設と診療科が別の場所にならないようにお願いしたいものだ。先の記事でも書いたように、日常医療(慢性期医療)の医療療養は、荒下地区、介護療養は現在地といった明確な区分けをするべきだろう。現在地にも診療科を置く場合でも、精神科や眼科、歯科などの独立性の高いものだけとしてほしい。

 現在の医療機能の大半が荒下地区に移転することが決定したが、この病院の特殊性(公共交通利用弱者・患者の居住地域)を考えると、自動車通院患者が 大半だと思う。周辺アクセス道の整備、駐車場施設の拡大など患者目線に立った分散移転案の肉付けを急いでほしい。地域住民の声を反映させるのも結構だが、地域住民以外の当病院患者の声も聞いてほしいと思う。緒に就いたばかりのこの問題、また何か動きがあれば記事にしたいと思う。




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