封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2016年03月

シリーズ記事 2011年病名が変わった日
関連記事 2008年の出来事


 この記事は2011年、病名がミトコンドリア脳筋症から現在の封入体筋炎に変わった当時の様子を書いている。当時の会社のことは、文中ではわざと役職名、業界用語、表示する言葉も曖昧な表現にしている。前回は、筋生検の様子を書いた。今日は筋生検後の様子を書きたい。では始める。

1 
筋生検後の生活 その1 車椅子生活の体験

 サブタイトルのあるように生検後、車椅子生活を4日限定で余儀なくされた。筋組織摘出部位が左足のハムレスリングス(太もも裏筋肉
)だったこともあり、この左足を動かすたびに筋肉全体がメリメリと張り裂けそうな感覚に襲われた。当然、鈍痛に近い痛みがあり、力が入らない。前日に私同様に生検をした同室の方は二の腕だっったので生検理由の生活障害は少なかったと思う。まあ、この方は術後が思わしくなく出血が止まらず大変だったが。私はこの点は問題がなかった。シャワーなどの入浴は、抜糸が終わるまで厳禁。患部というか左足太もも部分は、包帯でぐるぐる巻きまさしくミイラ男だ(笑)。と言っても車椅子からの立ち上がりはどうしても生じる。トイレ・ベットでの寝起き・歯磨き、洗顔などだ。安静と言われても最低限度の無理は必要とされてしまう。この当時(2011年秋~冬)は、現在よりも身体を動かす自由があった。不自由になると壁などの反動利用や、その位置なども考え色々と工夫を重ねる。それでもできないことも多い。当時は現在よりは出来ることが多く工夫を重ねる必要がなかった。で、筋生検で期間限定の左足の自由をいきなり奪われた。そう、工夫を重ねることに慣れていなかったのである。こうした工夫は、1つ解決するとそれを起点に色々とアイデアが浮かぶ。習慣がないということは、取っ掛かりのヒントがない。これに結構苦労した記憶がある。


画像1 標準タイプの手押し車椅子。公的大病院などによく置いてあるタイプ。

 期間限定の車椅子生活を送った感想を述べたい。私の身長が大体180センチ前後、目線の高さは160センチぐらいだろう。車椅子になるとかなり低くなる。物差しやメージャーで測った訳ではないので正確な数字はよく分からない。車椅子の目線高さは100~110センチぐらいだろうか?マイナス50~60センチの世界はずいぶんと趣が違った。自慢にとられるのが嫌で言いたくはないが、私の場合子供の頃より低い目線感覚の時期があまりない。その低い目線の世界は、最初だけ新鮮に感じた。ただ慣れてくると、別の感情も芽生えた。周囲からの上から目線(この場合はそのままの意味)に、整理できないコンプレックスである。どうも嫌な感じだ。慣れの問題もあると思うが、人、建物全体から感じるプレッシャーが凄い。これまで見慣れた景色が別の景色に感じるのだ。これは経験したことのない方には、言葉だけでは伝わりにくい。この目線高さで、何も感じず自分の主張が出来る子供は凄い。屈折した感情が芽生えてしまう自分を抑えれない。幼少時の傷病で車椅子の生活を余儀なくされた障害者の人に、メンタルの深い部分で屈折した感情の持ち主が多いことも納得だ。人間の性格形成は、後天的要素のほうが強い。

 実際の入院生活では、路上での手押しが意外と難しかった、入院棟は幅広で平坦な通路が当たり前である。大学病院の敷地もまたそうだ。問題は敷地外だ。二足歩行を問題なく行っているときは、気付かないことが車椅子になると沢山あった。意外と平坦な歩道が少ない。傾斜が少しでもあると車椅子速度は低下する。腕の負担は増える。次に歩道の細かな亀裂、窪みなども阻害要因だ。段差で苦労するのは、横断歩道のところだ。傾斜と数センチの段差が必ずある。構造上、致し方ないのだがこれには苦戦した。足だけに問題があって車椅子生活を送る場合、腕がその代役として使うことも時には可能だ。筋疾患の場合、どの疾患も足だけではなく腕の筋低下も激しい。手押し車椅子ではなく、電動車椅子のほうが適しているとこの時に感じた。売店の買い物にも苦労した。棚の一番高いところまで手が届かないのである。2段目辺りまでなら手前に置いている商品には手が届いた。さすがに一番上は無理だった。店員さんを呼び、取ってもらうしかなかった。デイルームで取っていた食事は車椅子生活中は、配膳係の看護師が時間になると運んできてくれた。楽でいいのだが、「何だかな?」と思ったりもした。


動画 やはり電動タイプのほうが段差などには強い。動画ではゆっくり走行だが、意外と速度も出る。2012年4月から入校した障害者能力開発校で同じクラスの小児麻痺の女の子がいつも恐ろしいスピードでかっ飛ばしていた(笑)。しかも車輪のデザインは「プーさん」だ。初めて見たときは、腰が抜けた


2 
筋生検後の生活 その2

 話が前後するが、筋生検の翌日、日常業務かの如く、家内が午前中に見舞いに参上した。昨日(筋生検直前)から変わり果てた姿に、唖然としていた。しばらくの沈黙の後、こう言った。「パパが小さくなった」だ。要約すると、車椅子に座っているので、頭の高さが低くなり、小さく見える、だと思う(たぶん)。もっと他の形容がないのか、と呆れたが素直な気持ちを表現しただけだろう。少しイラッとした(笑)しかし事実だ。家内は車椅子の横幅のことを少し心配していた。かろうじて身体が収まっている状態だった。窮屈さはあったが、こんなものだと割り切っていた。「何か不自由なことはない?」と親身になり聞いてきた。聞いてくれるのは有り難いが、足を使うことに関しては全て不自由だった。生検中の様子をしきりと聞いてくる。心配と興味本位とが入り混じった表情をしている。こうしたものを見たときに、ZONOさんは性悪な虐待心が沸いてしまう(笑)これは子供の頃からの習慣みたいなものだ。身振り手振りを交え、時に「ギャー」、「ウッ!」などのリアルな痛みを彷彿させる音も入れて1の話を5くらいにして話した。家内の表情が話すうちに変化していくのが面白く調子に乗った。「大変じゃったんじゃね(広島弁)」と言った。この一言が聞きたくて話をかなり膨らました。

 いい頃合いだと思い、「本当は今の話半分くらいだけどな」と言い添えた。怒った表情をしたが、またこれも見たくてネタばらしをしたのは言うまでもない。他愛もない会話が続いた。そして家内が話の核心に何気に触れてきた。そう真の病名特定についてだ。1日前に生検が終わったばかりで、車椅子生活の不自由さに意識が奪われ、失念していた。この時の私は、「筋ジストロフィー」だと思っていた。根拠となるものはなかったが、何となくそう感じていた。一番ポピュラーな筋疾患だが、素人目には基本的な症状がそれらしく感じたからだ。これは結果的には外れる。昨日の今日で簡単に決まる病気じゃないと思いつつも、家内の言葉で気になり始めた。病名発表には家族の同伴が求められる。まだその話はないので少し先かなと思っていた。私は「そうだな、早く決めてほしいな。それ目的の入院だし、決まらないことにはこれからが始まらない」と言った。

 3 障害者手帳の話

画像2 現在の体幹機能障害3級の手帳。「再」の意味は、障害が進み級を手帳を更新したことを意味する。介護の文字が心に響く。この当時、白髪染めを使っていたので髪が黒い。

 筋生検の話とは別に、担当医と別の話をしていた。障害者手帳申請の件だ。よく言われるのがあまり早めに申請すると、進行性の疾患による障害の場合、級の更新が難しくなることがあるそうだ。行政との関わりの話なのでそう言われると「なるほど」としか言いようがない。このシリーズ記事で再三書いているように、障害者手帳の取得を再就職の取っ掛かりにするつもりでいた。資格感覚で考えていた。5級でも1級でも構わない。手帳が欲しかったのだ。収入の関係で受ける障害者福祉など殆どなかったし、必要とも考えていなかった。その辺は自尊心の高さだと思う。少なくとも私はそう考えていた。良し悪しの問題ではない。「人は人。自分は自分」である。手帳を手に入れて、障害者雇用で次を見つけないと劣悪な環境の特定子会社に送られてしまう。家族を抱える身としては、切羽詰まった問題なのだ。担当医も私の事情を察して、病名特定後の手帳申請には賛意を示していた。よく考えると、これは当たり前の話で担当医には疾患については一任しているが、人生まで一任していない。決定権は私の中にある、と思う。傲岸不遜と思われるかもしれないが、この辺がさすがに妥協できない部分だ。この時期の話は、真の病名決定後速やかに担当整形外科医の意見書を書く機会をいつにするかを相談していた。

 他の記事でも書いたことがあるが、広島大学病院の場合受診科関係なく障害者手帳の申請、級の更新手続きは整形外科で意見書を書いてもらう。行政との窓口的な役割を担うのだ。私の要望としては退院後速やかに書いてもらい早ければ年内の申請、年末・年初の認可を理想としていた。正月を挟むので思惑通り進むとは思えないが、早いに越したことはなかった。ネタバレとなるが2012年4月に入校した障碍者能力開発校の存在はこの時点では知らなかった。この存在を知るのは2012年の1月である。この時期は病名のことよりもこちらのほうが気になっていた。この一連の作業が滞れば、予定が相当ずれる。進行性の筋疾患患者としては、残された時間はそう多くはない。この当時(2011年秋~冬)、疾患理由で20年後には死ぬと思っていた。いきなり死を迎えるのではなく、段階を踏み体の動かす自由を少しずつ奪われながら死に至る。逆算すると働ける時間は限られている。遊んでいる時間はない、と焦っていた。

 筋生検後、真の病名のこと、障害者手帳の申請などを考えながら心の洗濯時間ともいえる入院生活を送っていた。次回は病名特定前後の様子を書きたいと思う。



続く。



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シリーズ記事 近況をついて色々と
前回記事  近況について色々と 7


1 入学説明会 物品購入2

 久しぶりのこのシリーズだ。先日(3/25日)、息子が入学する予定の中区の公立高校で予定者を集めて説明会が行われた。この日提出の書類、入学願や合同合宿(4/7~9)参加申込書などは、ほぼ完璧(のつもり)に私が書いた。物品申込書とは分けてクリップに止めて家内に手渡していた。このような書類の記入は、どの家庭も奥さんのほうがすると思うが、まあ家内よりは時間の自由があるので志願してやっている。体操服などは実態がよく分からないので、本人と家内に聞いて必要数を記入した。前回記事では制服の値段について書いた。入学説明会後に物品購入時間が設けられていたようだ。少し悩んだものがある。電子辞書だ。申込用紙には4つの選択肢があった。

1 28,000円の電子辞書、2 21,000円の電子辞書、3 学校指定の紙の辞書
4 3を持っているので必要なし 

であった。他の生徒の状況がよく分からず、本音でいえば3だが、同時にそんな時代でもないかな、と思ったりもした。家内が、ご近所の高校生の子供を持つ「ママ友」に色々と聞いて情報収集をしていたが、「その時はよく分からず、一番高いものを買ったが結果的にはあまり使わなかった」的な意見が多かったらしい。進学する高校により少し変わるだろうし、難しいところだ。無難に1かなと思い、その欄に〇をした。28,000円に対しての抵抗感はあったが、単語1つ調べるにしてもスピードが違う。その辺を考慮する必要があるのも事実だし、やはり1しかない。前回記事でも書いたが、双方の「じぃとばぁ」から一粒種の孫に過大な投資をしてもらっている。金額にこだわる必要性はないのだが、私も家内も金融関係出身者で、世間一般でいうところの「ケチ」だ(笑)ただ、周囲とのバランスを図る感覚もあるので、「これはさすがにマズい」と思えば、多数に融合するところもある。実際には、28,000円の電子辞書購入の父兄が殆どだったらしい。2番目の子供であれば、その辺の事情もよく分かり迷うことはなかったが、やはり最初の子は難しい。

画像1 手前は
高校生総合保障制度申込でその奥はまだよく見ていない(笑) 

 この日の説明会当日、三寒四温の三寒にあたってしまい底冷えがする体育館で結構大変だったらしい、と冷え性の家内がぼやいていた。書類の不備に備え、ハサミや筆記用具、印鑑なども持参させたが必要なかったようだ。家内が「さすがにパパだね」と褒めていた。こちらとしては持病にかかわる障害といっても脳そのものは健康体だ。四肢と口腔(嚥下)に問題があるだけで、当たり前といえば当たり前だ、という心の声は発しなかったが少しだけ良い気分になった。帰りの手荷物が大変だったようだ。JRで往復したのだが、体操服、美術以外の教科書、上履きと体育館シューズなどがあり、両手が荷物でふさがっていた。手伝えない己の身を多少恥じながら様子を見ていた。でも、大変と言いながら、その反面嬉しそうに動いている家内を見て、「まぁ、いっか」と思った。物品購入については、入学式当日の美術の教科書と教材だけとなった。入学のしおりにある入学式当日に提出予定の書類を書き始めている。説明会後、高校生総合保障制度申込、修学旅行積立など提出書類が追加された。面倒だが、やるしかない。ようやく準備の半分弱が終わったところである。


画像2 スマホ時代を反映してかこんなチラシも

2 ZONOさんがしでかしたこと

 サブタイトルを見ると、取り返しのつかない大きな失態をやらかしたようだが、そこまでの話ではない。順を追って話す。久々にリビングで転倒した。最近感じる尻もち転倒ではなく、前からの膝折れ転倒だ。リビングを横切りトイレに向かおうとしたのだが、テーブル前の椅子の足の部分が歩行中の私の足に触れて転倒した。これで終わりならさすがに記事には市内。当然後がある。転倒した際に受け身が取れず、頭部全面がフローリングを直撃。結果、おでこを切った。切れたところから大量の血があふれ出し、一面血の海と化した。横にいた家内、たまたまリビングでTVを見ていた息子も驚き駆けつけた。傷口は縫うほどの深手ではなかったが額部分は脂肪・筋肉が薄く出血しやすく、
出血した場合大量の血が噴き出る。目にも血が大量に流れ込み、一面赤の世界になった(笑)

 完全止血するまで20分くらいかかった。出血がほぼ治まったのを確認してから、動き始めるつもりだった。ところがである。リビングのフローリング上で大の字で寝いている状態から、上半身を自力で起こすことが出来ない。ベットの上で同じ動作をする場合、壁を足で蹴り反動利用で状態を仰向けから、うつ伏せに変えてそこから両手に全ての「気」を込めて上半身を起こす。そう反動利用可能なものがないのだ。これは困った。額も切ったばかりで痛むし、仕方ないので息子にヘルプした。上半身だけ起こすのを手伝ってもらった。その後は四足歩行(ハイハイのこと)で自室の電動ベットまでたどり着いて、ベットを最大限下げて、上半身をかぶせる。ゆっくりとベットを上げながら、脚力で立てる高さに調整した。家内に濡れたタオルを手渡され、顔を拭いた。レギュラーサイズのバンドエイドで事足りたが、2~3日は痛みが残った。出血と痛みが少し引いてから、この事件を振り返ってみた。これからも同じことが起きる可能性があるので、自己反省の意味を込めてだ。両腕をそこまで高く上げる動作でもないのに、受け身が取れなかったか、だが答えは簡単だ。持病が進行して出来なくなったからだ。これで終わりでは、意味がない。今後転倒する寸前に肩よりも上に上げる(顔面辺り)のは無理だとしても、両腕を前面に差し出す動作を心がければ、今回のようなことにはならなかったかも知れない。少なくとも怪我の低減化は出来た筈だ。「次はそうするぞ!」と誓った(笑)。次はリビングの模様替えだ。

 現在の我が家のテーブル回りの説明をする。長方形のテーブルがあり南を望む方向から見ると私の席が左手側、右手側には家内と息子の席がある。私の左手側は壁面に近く上に時計があり、その真下にはテーブル椅子(回転式)より少し高めの長椅子がある。大人なら3人座れる長さだ。その横に丸テーブルがあり、そこに自宅電話とPCのルーターを置いている。長椅子を撤去する理由もないので、置き続けている。封入体筋炎進行で椅子からの立ち上がりが独力だけで出来なくなった。自室の机の椅子からの立ち上がりは上半身と反動利用する机の高さが良い感じでマッチしている。ところが、リビングの椅子の場合高さの問題でテーブル反動利用が難しい。その代役としてこの長椅子を使っている。

 テーブルの椅子とこの長椅子の距離があると難しいのだが近いと割と楽なのだ。これはもろ刃の刃でもある。と言うのは、テーブル椅子と長椅子の間は私の歩行コースでもある。近過ぎると、今回のようにテーブル椅子の足が当たり転倒するリスクが高まる。逆に遠過ぎると椅子からの立ち上がりが困難になる。あちら立てればこちら立たず、となる。程良い距離感がベストだが、難しい。どちらを優先させるか本当に悩んだ(言うほどではないけどね)。テーブル椅子と長椅子の間を空けることにした。そして立ち上がり対策では、テーブル椅子の上に使ってない枕を置き高さ調整をした。古い枕を置くことで椅子の高さが10~15センチほど高くなった。この高さは中々のものだ。本当に立ち上がりが楽になった。生活環境の改善なので封入対筋炎の進行とは別の話となる。テーブル椅子の位置を変えたということはテーブルの位置も少し合わせて変えた。反対側が狭くなったが、「お前らは我慢しろ、父さんはかわいそうだろ?
」でいいと思う(笑)ちょうど、キリが良いので今日はこの辺で終わりとする。




続く。



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1 初めに

 当ブログの読者の方々(多くはいないと思うが)は最近の記事にスタジアム問題が少ないことにお気づきかも知れない。記事にするほどの大きなニュースがないこともあるが、私自身の関心が一時期よりも薄れてきたことが一番の理由だ。熱心に書いていた頃も記事ネタとして取り上げているだけの話だ。アクセスが上がればブログ本来の目的である封入体筋炎周知の一助になる可能性もある。多くの市民同様に所詮はプラスアルファの都市インフラ整備の話でしかないし、「あればいいけど、なくても特に問題はない」的なスタンスだ。この問題の複雑な点は、専用スタジアムの問題と旧市民球場跡地の活用問題が絡まっていることだ。サンフレの専用スタジアム問題だと市政の位置づけは決して高くないと思うが、旧市民球場跡地を中心とした賑わい性創出となるとその位置づけは高くなる。あの場所からカープが去り、7年が経過した(2009年4月~)。郊外型大型商業施設の乱立で、商業機能としての地位低下が著しいところに追い打ちをかけられた形となった。

1004計画地南西側上空から見たイメージ
左画像 サンフレッチェ広島提案の旧市民球場跡地での独自スタジアム案  ~「ヒロシマ・ピース・メモリアル・スタジアム」~(サンフレッチェ広島HP) 右画像 広島市がこそこそと設計作業を進める屋根付きイベント緑地広場案。 ~旧市民球場跡地の空間づくりのイメージ~(広島市HP)

2 旧市民球場跡地の位置づけ 

 旧市民球場跡地は、この問題に詳しい方ならご存知の通り、広島都心部のど真ん中に位置して原爆ドーム前の中央公園内にあり、その土地は国有地である。都市公園法・国有地・ドーム前のバッファーゾーン・狭い敷地面積(3.9ha)といった4つの縛りがある
。場所柄、市民県民に浅く広く親しまれる機能が求められる。市民・県民の共有財産だからだ。3月3日のサンフレ会長の久保提案後の記事では書かなかったことが1つある。「我々の案は行政の負担はなしだから、スタジアムを建てさせろ」に聞こえた。確かに行政負担なしの提案は画期的だし、仮に実現すれば大いに評価されるべきだ。跡地が市民、県民の共有財産の観点で見れば、絶対的な支持があり、その声が強く確かなものであれば問題はないと思う。残念なことに市民の関心は低く、支持している人の大半は「どちらでもいいけど、造るなら旧市民球場跡地かな?」でしかない。全市民的盛り上がりに欠いている。一方の市がこそこそと進めている、屋根付きイベント緑地広場も「ハコモノよりはマシ」程度の支持理由が大半だ。先に述べた4つの縛りがある以上、誰もが納得する最良案などないと思う。「スタジアム建設バラ色論」はサンフレの経営対策視点が強くにじみ出て、都心部の賑わい性創出の観点で見れば「???」で、「バラ色論」とは言い難い。かと言って屋根付きイベント緑地広場も賑わい性創出に大きく貢献出来ないと思ったりする。第3の選択で今のままで良いのか?、と問われるとそれは絶対に「NO!」である。結局、よりマシな選択となり、伸びしろがあるかも知れない屋根付きイベント緑地広場案しか選択肢がないと考える。賛否が大きいことは百も承知で、言わせてもらった。

動画 2013年開催の仙台市KHBまつりより 観客席で囲まれたスタジアムでは、回遊性があり他の会場と連動したイベントは難しい。

3 広場ネガティブ論について


 日本、特に広島において「広場=空き地」⇒「停滞都市の象徴」と捉えがちだ。長らく放置された広島大学本部跡地、旧市民球場跡地、旧貨物ヤード跡地など都心部及びデルタ内に多くの跡地開発が行き詰った場所が数多くあった。行き詰った理由は、市や県の財政難、2007年のサブプライムローン問題や2009年のリーマンショックなどにより事業計画の白紙直しが相次いだことが大きい。ただ野放しにされた空き地を見て「停滞」「斜陽」のイメージを増幅するのには十分だった。半世紀前のライバル都市の福岡市が80年代、そしてバブル経済崩壊後も東アジアの経済発展をうまく取り込みながら九州の首都的都市、4大都市圏化、日本を代表する国際都市へと成長した。その福岡市との比較論も広島市の停滞ぶりを鮮明にした側面があった。広島市の場合、主要産業である自動車関連産業の停滞、国内市場の縮小・IT化による支店経済から営業所経済化、行政の財政難などの大波が間髪入れずに押し寄せた。こうした大きな流れの中では、一地方自治体が打つ手は殆どなく、場当たり的なものにならざる負えない。
 
 広島市の都心部には。平和公園(12.2ha)、中央公園(42.7ha)を筆頭に
広大な都市公園が多い。河岸緑地や平和大通りの存在も相まって美しいロケーションを醸し出している。旧市民球場跡地活用策の議論で、「もう園・広場はうんざり」との声を聞く。「元々、この場所も中央公園の一部なのだが」的な突っ込みは取りあえずしないとして、このような声が出る背景には「開発は善」、「公園・広場は悪」という固定イメージが今なお蔓延っているからだ。広場文化がある欧州各都市とほぼ皆無の日本の都市との相違かも知れない。欧州の各都市では、広場が道路などと同様に重要な役割を果たしてきた。政治・宗教・軍事など都市計画を語る上で欠かせない存在だった。小都市でも市民が憩い、生活の一部に組み込まれているシンボリックな広場がある。

 日本の都市の場合、生活の一部に組み込まれている広場などはない。それどころか、高度成長期においては、反社会的な政治活動の場としてのネガティブイメージすらあった。これに変化の兆しが見え始めたのは、バブル経済崩壊後からだ。先進国としての成熟度の高まりも理由の1つだと思うが、全国の自治体が財政難であえぐ中、箱もの行政の批判もあり官主導でこうした流れになりつつある。ただし消去法での選択肢だ。広島に限らず日本の都市は、高度成長・バブル経済といった右肩上がりの時代にはアメリカ的な都市開発志向で突き進んだ。開発をすることで更なる成長を誘引してきた。これまでは大正解だった。時代の節目は移り変わり、低成長、そして高齢化・人口減時代に入った。都市政策も拡大生産から、日本型コンパクトシティ(下記図参照)に舵を切った。高齢化が進むと、移動範囲が広くバリアフリーに程遠い郊外よりも都心部及びデルタ内に居住地を移す傾向が強まる。


集約型都市構造への転換イメージ
画像 広島市HPより 欧州のコンパクトシティは都心部機能集約型が多いが、日本の場合は郊外乱開発が進んでいるために郊外部にも広域拠点を設定している。 ~広島市都市計画マスタープランの改定について~(広島市HP


 都心回帰現象が強まる中、大規模な都市インフラ整備による賑わい性向上策よりも、既存のインフラを活用、若しくは付加価値を加算して活用することは合理的かつ現実的だと考える。旧市民球場跡地議論をこの考えのもと見つめると、屋根付きイベント緑地広場の方がマシかなと思う。費用対効果はサンフレ独自案が事業費レベルで行政負担が本当にゼロであれば優れているかもしれない。幅広い市民・県民利用、その集客能力など現時点では※注1大差はないし、経済波及効果やGDP押し上げ効果など双方ともに論ずるに値しない。マシと思う理由は、最低限のインフラ整備と誘致組織といったソフト面整備でまだ伸びしろがあることだ。

 広島市は、世界遺産である原爆ドームを核にこの周辺でMICE(広島市HP)を都市戦略の柱に据えている。現在の需要は別として、誘致組織、人材育成が上手く噛み合えば今以上の需要が発掘できる可能性も無きにしも非ずだ。噛み合わず、小奇麗な広場整備だけに終わる可能性も高い。人口減時代の交流人口拡大はどの都市でも至上命題となっているので、競争である。広島市の場合、定時性の高い公共交通機関が少ない。MICE戦略を練るのであれば、都心部集約の徒歩圏内が望ましい。そうした意味での伸びしろの可能性だ。市が
9,000㎡規模の展示場を中心とした多機能複合スタジアム建設をみなと公園で検討している。建設も本来であれば中小企業会館と県産業会館を廃止した上で中央公園内建設が望ましい、と思ったりする。これは建設場所や他の既存施設との統廃合の問題が絡むので置いておく。

※注1大差はないし~」の意味
 2015年旧市民球場跡地イベント開催実績は17イベントで75.1万人の集客であった ~旧広島市民球場跡地でのイベント開催実績~(広島市HP)中には、無理やりねじ込んだものもあり、実数として鵜呑みには出来ない。一方のサンフレッチェ広島の2015年シーズンの観客動員数は27.8万人(リーグ戦のみ)である。完全有料制のスポーツイベントと入場料が原則無料のイベントの比較は難しい。1つ言えることは、どっちもどっちである。


4 回遊性視点で見た場合

 中央公園は42.7haと都心部エリアの中では破格の規模を誇る。旧市民球場跡地・ファミリープールなどの南エリア、自由芝生広場などの西エリア、広島城の東エリアと城南通りと鯉城通りで3分割されている。市民意識として「中央公園」と呼ぶ場所は、自由芝生エリアを指すことが多い。裏を返せば、中央公園の各施設群が、それぞれ独立した敷地にある認識なのだ。ネックは城南・鯉城通りである。これらのエリアと平和公園の回遊性の低さは旧市民球場跡地活用方策(広島市HP)でも指摘されている。これを改善するには、横断歩道の増設と信号サイクルの歩行者優先化が想定されている。
短期策としては有効だと思う。劇的に改善するほどの効果は望めない。中長期的には、都心部の自動車交通量を減らすしかない。前ブログで提案した既存道路を活用した複数の環状道路整備により、デルタ内外から都心部に流入する自動車を入る前に迂回させる。もう1つは、多少の混乱が生じるが城南・鯉城・相生3通りの歩道を道路1車線分拡幅するのだ。都心部の自動車交通減少は、路面公共交通中心の広島市にとってもメリットは決して少なくない、と思う。この辺は別記事でおいおい語りたい。


ゾーニング図
画像 中央公園(42.7ha)全体のレイアウト図。中央公園と平和公園の回遊性を明らかに旧市民球場が阻害している。相生・鯉城・城南の3通りも中央公園内の回遊性を遮断している(広島市HP)

 かって、カープが市民球場移転を議論した際に現在地の建て替えを希望したが、その願いは叶わなかった。塩漬けされて、財政難から金利負担すら重荷になりつつあった広島市は、旧貨物ヤード跡地に移転を決めた。旧貨物ヤード跡地の処分も大きな理由だったが、回遊性を阻害している旧市民球場を合法的に取り壊せる機会を得たからだ。前秋葉市政時代から、跡地に大規模公共施設建設の意思がないことが伺える証拠でもある。この姿勢は現市政でも不変だ。
3月3日に公表したサンフレ独自スタジアム案も商工会議所ビル、PL教団ビル移転前提案だと思う。跡地とこの2つのビル幅を見ると移転なしではスタジアムが収まらないだろう。レイアウト面で工夫しても平和公園側から、中央公園を臨んだ場合、目前に巨大建造物があると回遊性向上のバリアに十分なる。回遊性視点で見ると多目的スタジアムよりは、イベント広場の方が適していると思う。

 このような施設は、中央公園の奥地に当たる芝生・自由広場の方が相応しい。しかしあの場所は、色々と難しい場所でもある。あの場所が自由に使えれば、スタジアム問題の混乱はなかったと思う。この場所は候補地から消えたが、みなと公園案の物流業者の反対、中央公園芝生自由広場の地域住民の方の反対、どちらが強いのだろうか?因みにサンフレとサポーター諸氏が熱望してやまない旧市民球場跡地は、彼らの都合関係なく2017年度から工事が始まる。表向きは候補地として残っている場所の設計作業をこそこそと行っているWスタンダードぶりを指摘する声もない。みなと公園案も風前の灯だ。かっての候補地だった中央公園芝生自由広場の反対が
みなと公園の反対より弱ければ、再検討する余地もあると思いう。場所は関係なく専用スタジアムを臨む立場としては、回り道だが結果的に早道のような気もする。中央公園芝生自由広場は跡地とみなと公園の長所を併せ持つ候補地だと思うのだが。

 

続く。

追加

 記事内容からは少し外れるが、サンフレが公表した旧市民球場跡地独自スタジアム案に対して、相当に厳しい内容確認の問い合わせをしている ~サンフレッチェ広島と広島県、広島市、広島商工会議所の実務担当者で構成する サッカースタジアム実務者検証作業部会との協議状況について~(確認事項1参照) 作業部会の質問状(詰問状?)に対してはサンフレは口を閉ざしている(確認事項1部分)。意図するものがありそうしているのか、それともお手上げなのか、その辺はよくわからない。作業部会の疑問は、私の全ての疑問を代弁している。サンフレ独自案と作業部会の疑問の両方を見てどちらが信憑性が高いか?、その判断は見た方の客観に委ねたい。


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シリーズ記事 広島の都市交通を考える 改良提言編鉄軌道編 
関連記事 広島の都市交通を考える 海外都市事例

今日は、計画・構想されながら諸般の事情で棚上げ、ほぼ凍結されているものを取り上げる。アストラムライン都心線(旧東西・南北線)と広電短絡線(西観音町交差ー江波線小網町)だ。構想・計画された当時の状況などの説明を先に行い、その後いつものように論評したい。

4 構想止まり、棚上げされた路線 その1

① アストラムライン都心(旧東西・南北線)線
・旧東西線
 広島市の都心発展軸(広島駅ー八丁堀ー紙屋町)は相生通り中心の東西方向で形成されてきた。デルタ内準基幹公共交通である広電市内軌道線やバスもこのゴールデンラインが今なお、ドル箱路線となっている。本来であれば都市高速鉄道(地下鉄・モノレール・AGT)導入に際して、東西方向の路線が最優先されるべきところだった。当時の市北西部の深刻な交通渋滞がそれを許さず、後回しにされた。東西方向の路線を導入する場合、広電市内軌道線への影響は避けれず既得権益侵害にもなり、避けてきた。1977年の新交通システム(現行アストラムライン)導入決定後も「何れは導入されるであろう~」という曖昧な位置づけだった。1985年新交通システム計画で都心部起点が紙屋町から本通へと変更された。この意味は実は大きかった。紙屋町駅の設置は見送られ、紙屋町交差点での東西方向の路線との結節が消滅、その先の平和大通りの白神社交差点での結節の可能性が高くなったからだ。相生通りへの導入が事実上なくなった。

 新交通システム整備後の次期建設路線の議論が1991年から始まる。
「公共交通施設長期計画策定委員会」(八十島委員会)を立ち上げ、1992年に2本の新交通システム(南北線延伸、西風新都線新設)と共に東西方向のフル規格地下鉄が計画された。計画では西広島駅ー白神社ー三川町ー田中町ー稲荷町ー広島駅ー旧貨物ヤード跡地(平和大通り、駅前通りルート)、JR山陽本線と広電宮島線相互乗り入れ、1日20万人以上の利用とされた。その後、バブル経済が崩壊、需要の見直しが求められ、1996年に当時の平岡市長は、市議会内に「都市交通問題調査特別委員会」設置。都市高速道路と鉄軌道系交通の調査を始めた。1日20万人利用とされた予測を10~12万人に下方修正、導入選定機種も中量輸送機関に変更された。この議論で南北線、西風新都線同様の新交通システム方式となった。ルートも平和大通り・駅前通り経由から平和大通りから三川町で左折中央・白島通りに入り、上幟町で右折城南通りに入り、更に駅前大橋で左折して広島駅に至るコースに変更。



左画像 東西方向の路線がかっての計画のフル規格地下鉄導入ルート。右画像 1999年策定の新たな公共交通の体系づくりで構想された東西線ルート。議論の過程でルート変更となった。

 議論が佳境を迎えた時期に東西線(西広島駅ー広島駅5.4km)と南北線(本通ー広大跡地1.4km)に中国運輸局より懸念表明された。その内容は、1 都心部への速達性効果が低く、費用対効果に問題あり(約2,300億円)、2 甘い需要見通し、3 他の交通機関との連携不足(民業圧迫)、4 広島市の財政状況 などだった。1999年策定の「新たな公共交通の体系づくり」(広島市HP)では、国の理解を得られないまま見切り発車となった。この計画では、広電の短絡線建設は短・中期的に整備、アストラムラインは中・長期的に整備する内容であった。
2002年にアストラムライン西風新都線(6.2km)、広島電鉄西観音町交差点ー江波線小網町(0.9km)、駅前大橋線(0.6km)の3線が、中国地方交通審議会広島県地域交通計画に組み込まれた。問題の2線は、特に触れられなかった。2003年の広島市の財政非常事態宣言、2004年からの第2次財政健全化計画(2004~07年)で、見直し対象となる。2007年に代替え交通機関整備(急行バス等)に切り替えられ、ほぼ廃案扱いとなる。

 2011年松井市長就任後、西風新都線については積極的な動きを見せたが、この2線についての言及は特になかった。2013年5月から始まる次期「新たな公共交通の体系づくり」基本計画策定の中で、その取扱いが議論された。2015年春のアストラムラインとJR山陽本線との新白島結節が誕生して、広電駅前大橋線が具体化、東西線の意義が薄れていた。建設費約1,700億円(99年試算)でモノレール整備補助制度(国庫補助率55%)活用しても、765億円の自己資金調達が必要。それに対して得られる効果は決して高くない(現行より5分短縮のみ)。年々高齢化が進み、人口減時代の本格到来が予測され義務的経費の増大、投資的経費(公共事業)の選択肢が狭まる中、東西線の完全廃案も予測された。結果的には、路線の西広島駅ー白神社2.7km、南北線本通-白神社間0.5km を残して、計3.2kmを「都心線」として統合した。西風新都線が開通する2030年以降に、事業化の判断をするとしている。

・南北線延伸

 東西線と重複する部分は割愛して説明する。
「公共交通施設長期計画策定委員会」(八十島委員会)が1992年に宇品延伸2ルート(広電宇品線ルート、吉島経由宇品・出島方面ルート)を提案したのがスタートである。その後、1996年に設置された「都市交通問題調査特別委員会」で宇品方面延伸は。費用対効果が低いと判断され、1999年策定の「新たな公共交通の体系づくり」(広島市HP)では広大跡地までの1.4kmに短縮された。それ以降の動きは東西線と全く同じである。
…………………………………………………………………………………………………………………… 
① アストラムライン都心(旧東西・南北線)線について
  
 形としては今後(2030年度~)事業化を検討するべき路線として残った。 ~新たな公共交通の体系づくり基本計画~(P29参照 広島市HP) 建設費900億円と
も言われる都心線だが、この試算は1999年度時点での話。その時ですら事業化前提の試算ではない。この金額で収まる訳がない。デルタを甘く見てはいけない。実際の建設費を考えてみる。モデルケースとしては、広電駅前大橋線の地下案をあてはめる。比較的実態に近い数字が出るはずだ。
 
アストラムライン都心線の建設費は?


・地下・高架線のコスト計算
広電駅前大橋線地下案 697m 地下区間約600m 
建設費250~300億円(2013年ニュース報道より)
300億円だと地下区間の100メートル当たりの建設費50億円と仮定 
高架区間は一般的には1km当たり100億円と
言われているので、100メートル当たり10億円と仮定
※注1 100メートル当たりの建設費 地下区間 50億円、高架区間 10億円とする

・アストラムライン都心線

地下区間 
本通ー白神社0.5km、白神社ー西観音町交差点1.8km 計2.3km
高架区間 西広島駅ー
西観音町交差点 0.9km
※地下・高架区間の線引きは、新たな公共交通の体系づくりを引用

※注1 100メートル当たりの建設費をkm換算して
1km当たりの建設費 地下区間 500億円、高架区間 100億円
2.3×500+0.9×100=1,240億円となる。
モノレール整備補助制度活用(国55%補助)の場合、市負担額は、558億円

建設費 1,240億円(市負担558億
円)となる。はっきりと言うが必要性をまるで感じない。正しく無駄な公共事業であり、この金額を投資するのであれば、広島南道路の一般道、東広島・安芸・西条BPの完全4車線化整備に投資した方が経済波及効果が高い。

アストラム計画図
画像 緑点線がアストラムライン都心線(3.2km)、赤点線が西風新都線である(広島市HPより)

都心線が要らない理由


a 他都市フル規格地下鉄以上のハイコスト

地下鉄建設のデルタ地質の壁は想像以上に高い。他都市例で一目瞭然だ。

東京メトロ副都心線 1km当たり建設費 約210億円(2008年開業)
JR仙石線地下化 
1km当たり建設費 約168億円(2000年開業) 
アストラムライン都心線 
1km当たり建設費 387億円(1.8~2.4倍)

これはフル規格地下鉄サイズ同士の比較ではない。アストラムラインは、AGTシステムでモノレール同様の中量輸送機関である。フル規格地下鉄を採用するほどの需要がないので、この中量輸送規格を採用している。需要もなく、コストは他都市では例を見ないほど高い。採算の議論の余地すらない。

b ハイコストを賄えない需要。所詮は、西風新都線の都心部区間(おまけ
でしかない

 1999年策定の新たな公交通の体系づくりでは、旧東西線の1日平均の利用者を10~12万人としていた。それから5年後の中国運輸局主導で行った路面電車のLRT化を中心とした 公共交通体系の再構築の検討調査では、ほぼ同ルート(上記左画像)の平和大通り西・東線、駅前大橋線の3線で1日平均利用者は約2.6万人であった。この4倍近い需要予測の差は、選定機種の問題ではなく、過大見積もりと現状に沿った見積もりの差でしかない。旧東西線が仮に建設されていても、1日平均4万人程度だっただろう。この路線は広島駅ー都心部間が最大の利用者が見込める区間だ。都心線では、広島駅結節が削除されている。都心線の利用者は、2万人程度と予測する。

 旧東西線と西風新都線の関係は、旧東西線が主で西風新都線が従(おまけ)であった。都心線の場合は、西風新都線が主で都心線が従
(おまけ)で、主と従が入れ替わった形となる。西風新都線利用向上にはつながるが、元々はそう多くの需要がある訳ではない。西広島駅からJR線の乗り換え需要に期待したいところだが、西広島駅の1日の利用客数は、9,205人(2013年)なので無理がある。南北線との環状化による効果も期待される。しかし、都心線建設により本通り止まりの路線が白神社や平和大通り西方面に延伸されても、沿線人口の爆発的な増加でもない限り、微増程度に留まると思う。ハイコストを賄う需要などありやしない。

C 低い費用対効果

費用対効果は都心部への速達性向上が、その目安となる。以下の通りだ。

◎新白島駅結節 JR新白島駅⇔本通駅 約4分(10分短縮) 約65億円(ウキペディア

〇広電駅前大橋線 JR広島駅⇔紙屋町東 約10分(4分短縮) 約155億円

✕アストラムライン JR広島駅⇔本通駅 約9分(5分短縮) 約1,062億円

※アストラムラインは、広島駅ー白神社、本通ー白神社間を旧東西・南北線建設費より算出

となる。アストラムラインの場合は、乗り継ぎが発生するのでこのような数字となる。それを差し引いてもやはり低過ぎると言わざる負えない。広島駅を結節しないと都心線の意義が殆どない。結節したらしたで、低過ぎる費用対効果となる。「そんなもん、要らん」に行き着く。旧東西線のルート選定が酷過ぎる。平和大通り・駅前通りを経て広島駅に達するコースが最良だ。無理に八丁堀を経由させる意味も不明だ。三川町、上幟町、駅前大橋南詰の3か所で直角カーブとなり速達性低下、走行距離増加を招いている。まとめるとこうなる。

設置駅削減(コスト削減・速達性向上効果
)→利用者を拾いきれない
八丁堀経由コースに(利用者増を図る)→走行距離増加(建設コスト増大、速達性低下

互いに反比例することを絶妙な形で実現している(笑)。あれもこれも中途半端に追いかけると、こうなるのだろう。まあ、「シンプルイズベスト」だと思う。中国運輸局が懸念するのもよく分かる。

d 広島市はこれから人口減少局面に入る
 
 仮に広島市の人口が2040年に140万人、2060年には160万人に増加、市債残高が現在の半分以下。更には高齢化率が下がり10%台前半だったとする。こうした状況下であれば、アストラムライン整備促進に大賛成する。AGTシステムは、LRT等の通常車輪鉄軌道システムに比べ欠点が多いが、一度導入したシステムだ。ある程度のネットワークにしないと意味がない。しかし、文頭の前提には200%ならない。

広島市の人口予測
2015年 118.8万人(高齢化率24.7%)、2040年 109.3万人(高齢化率34.8%)
2060年 93.3万人(高齢化率37.8%) 
「世界に誇れるまち『広島』人口ビジョン」(P8参照)~
 
高齢化進行に伴う義務的経費の伸び 広島市報号外題5号「財政事情」より
1990年 一般会計予算4,377億円、義務的経費1,540億円(35.2%)
2000年 一般会計予算5,625億円、義務的経費2,206億円(39.2%)
2016年 一般会計予算5,989億円、義務的経費3,042億円(50.8%)

 市税収入が減り、扶助費(福祉予算)の高騰で義務的経費の伸びが止まらない。投資的経費(公共事業)の選択肢がほぼなくなる、と言った状況になる。財政規律を乱しまくり、無理して建設しても維持出来ない事が容易に予測出来る。200%の確率で維持管理が出来ないもの、しかも費用対効果が低い。こんなものを造る意味がないと言いたいだけである。構想としても残すのも意味がないと思う。アストラムライン整備は西風新都線整備で完全に終了。広電市内軌道線の真のLRT化やバスの走行条件改善(専用レーン・
PTPS設置増加)に傾注すべきだ。デルタ内は広電市内軌道線とバスの2本立てをより明確化する意味で、都心線は構想路線としても削除すべきだろう。そろそろアスラムライン都心部路線整備の呪縛から解放される時だ。広島ほど地下開発に不向きな都市はない。




続く。




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シリーズ記事 広島の都市交通を考える 改良提言編鉄軌道編 
関連記事 広島の都市交通を考える 海外都市事例

 
さて前回記事の続きから始めたい。前回はサブタイトルにもあるように現在進行中の鉄軌道計画も広電駅前大橋線について論じた。今日はアストラムライン西風新都線だ。私は前ブログ時代からアストラムライン整備については、批判的な立場で色々と論じてきた。特に都心線(旧南北・東西線)は特にそうだった。この路線の論評は次回以降じっくりとやりたい。

3 現在進行中の鉄軌道計画 その2

② アストラムライン西風新都線
 


関連記事 ~アストラムライン西風新都線動き始める

http://livedoor.blogimg.jp/zono421128/imgs/2/e/2e4ac9ad.jpg
画像 2月2日中国新聞18面より

 この路線は、1991年発足した
「公共交通施設長期計画策定委員会」(八十島委員会)が、翌年2本の新交通システム(南北線、西部丘陵都市線)と東西方向のフル規格地下鉄のα型の鉄軌道線計画を提案したことがそもそもの始まりである。バブル経済崩壊後、需要見直しに迫られ、1996年市議会内に「都市交通問題調査特別委員会」を設置。この委員会で、東西線はフル規格地下鉄から、新交通システム整備方針に改められた。南北線の延長線と言うよりは東西線の郊外部路線として位置づけられた。当時の試算だと、新交通システムの東西線単体では、建設コストがべらぼうな金額(5.4km 1,700億円)であるために黒字化は不可能とされたが、西風新都線とのセットで整備する場合のみ黒字化が可能とされた。この議論の過程で、中国運輸局から、費用対効果、市の財政状況、民業圧迫などの懸念が表明された。西風新都線については、6.2kmで建設費が700~800億円と言うコスト安もあり問題視されなかった。


画像 アストラムライン3段階整備計画(広島市HP) 

 1999年策定の「新たな公共交通の体系づくり」
では2014年頃までに整備するのが妥当とされた。広電短絡2線と共に中国地方交通審議会広島県地域交通計画に組み込まれた。2003年の財政非常事態宣言により「公共事業見直し委員会」で見直し対象となる。アストラムライン延伸計画は、完全にストップした。2007年には、東西・南北線については代替え交通機関整備(急行バスなど)に切り替え、ほぼ実質廃案。西風新都線については、「財政状況を鑑みながら、将来的には前向きに事業化を検討する」となった。西広島駅周辺整備と、市道「己斐中央線」建設を西風新都線と分けて考えられるようになりつあった。前秋葉市政時代は、事業化に向けた大きな動きはなかった。

 この流れが大きく変わったのは、2011年4月の松井市長就任後からである。松井氏は、選挙期間中から公約に掲げていた。2013年5月より次期「新たな公共交通の体系づくり」の基本計画策定に取り掛かり、西風新都線建設をその議論の中心議題にした。旧市民球場跡地活用策やサッカースタジアム建設同様にゼロベースから議論した。五日市駅接続ルート、新井口接続ルート、西広島接続ルートからの検討を始めた。 ~アストラムラインの延伸計画の検討状況について~(広島市HP) その後、西広島接続ルートが採択されると、このルートも3案で検討を始めた。 ~アストラムライン西広島ルートの比較評価について~(広島市HP)。結局、五月丘団地や開発中の石内東地区を経由するルートに変更され単線構造にして700億円以上と言われた建設費を20%近く削減することで財政面の負担を減らして、事業化が決定した。詳細は以下の通りとなる。

アストラムライン西風新都線の概要
・路線延長 7.1km、・駅数 6駅、・1日平均利用者数 15,200人、・構造 単線
・総事業費 676億円(国281億円、市355億円、広島高速交通40億円)

建設費 570億円(国281億円、市289億円)、
インフラ外部設備更新費(向こう30年前後) 106億円(市66億円、広島高速交通40億円)
インフラ部、インフラ外部の区分け~(日本交通計画協会HP)
・整備スケジュール 
016~19年 予備設計2020~21年 詳細設計
2022~25年 広域公園
ー石内東地区用地買収・工事
2023~29年 西広島駅
ー石内東地区用地買収・工事 
2026年頃
 広域公園ー石内東地区開通
2030年頃 
広域公園ー西広島駅 7.1km全線開業
…………………………………………………………………………………………………………………… 
② アストラムライン西風新都線について
 
 西風新都線については建設自体、絶対反対と言うわけではない。鉄軌道系交通網整備の優先順位を考えると、まずはデルタ内準基幹公共交通である広電市内軌道線とバスの高度化、LRT・BRT化の方が急務だと考えるからだ。JR山陽本線とアストラムラインの新白島駅結節で鉄道ターミナルと都心部の時間距離が短縮された。まだまだデルタ内の移動時間距離の短縮には程遠く、改善の余地がある。広島市の場合、札幌・仙台と異なり中央駅一極集中ターミナル構造ではない。都心部を内包するデルタ内地区を覆う形で中央駅である広島駅を中心とした分散型ターミナル構造となっている。各駅の結節点改善は進んでいるが、
広電市内軌道線とバスの走行環境の改善はほぼ手つかずだ。

 予算の関係と言うよりは、道路を管理する広島県警との兼ね合いが根底にありそうだが、より強い働きかけをする必要がある。2022~29年の7年間で、
西風新都線に289億円もの投資を市がするのであれば、その同額をデルタ内準基幹公共交通の為に投資した方が、費用対効果が高く、経済波及効果もあると考える。投資対象地域が「人・もの・金」が集まる都心部だからだ。財政面での制約が大きな足枷となる時代にあっては、選択と集中をより加速させる必要がある。市負担289億円であれば、事業費全体で500~600億円相当だ。広島県警の協力が不可欠となるが、デルタ内準基幹公共交通が抱える課題の大半を解決出来ると思ったりする。これらの解決に一定の目途が付き、尚且つ財政状況が現在の水準であれば考えらばいいと思う。時期早々と言いたい。優先順位以外の西風新都線の課題を洗い出してみる。過去記事と重複するところも多いがご容赦願いたい。

a アストラムライン西風新都線の問題点

・広大なエリア(4,570ha デルタ内地区に相当)をカバーしきれない
 鉄軌道系交通は線だ。目的地である都心部、乗り継ぎ需要が発生する鉄道駅、準都心部、広域拠点、地域拠点に施設するのが常道だ。郊外部に延伸する場合、沿線人口密度が低いためにバスアンド(バスとの乗り継ぎ)、サイクルアンドライド(二輪車との乗り継ぎ)、キスアンドライド(家族の送迎)が必須となる。それでも都心部まで乗り換えなしで到達出来れば、その価値は高いが西風新都線は西広島駅で終了だ。最低でも2回以上の乗り換えが必要となり移動時間のロスが大き過ぎる。この地区は線の鉄軌道系交通よりも面的交通であるバスの方が適している。バスの場合その定時性の低さが問題視されるが、このエリアをカバーするバス路線の※注1旅行速度は恐ろしく早い。これについては②以降で書く。西風新都(広島市HP)の人口は現在約5.3万人。21世紀の中頃に8万人を目指している。将来的に逼迫した状況にもなるとは思えない。

・広電バスとの競合に絶対に勝てない。
  これは分が悪い。西風新都とバスセンターを結ぶ路線は3路線。小分けすると7路線だ。 ~広電バス情報 西風新都線~(広電HP) 広島高速4号線経由なので旅行速度も高く、朝の混雑時も23.9~27.3km/hだ。それに比べてアストラムラインは既存区間で30km/h、単線だと確実にこれよりも遅い。しかも、終点が西広島。他の交通機関への乗り継ぎを強要される。出発点から目的地までの移動トータル時間で見れば広電バス路線の方が速達性に優れ、運賃も安い。乗り合いバス規制緩和後なので、開通後広電が、フィダーバス化に応じる法的義務はない。このエリアは広電のドル箱路線だ。福岡市営地下鉄七隈線のように西鉄バスとの競合に晒され、予測される1日平均利用者数は15,200人も確保出来ない。七隈線は、開業直後の予測を1日平均11.1万人としていた。実際は、42.3%の4.8万人、その後は増加して7.4万人(2014年実績)となっている。七隈線は、今後JR博多駅延伸が予定されており、まだ伸びしろがある。伸びしろが殆どない、西風新都線の1日平均利用者は5,000~8,000人だと予測する。西風新都線延伸による利用者増を、債務超過に陥っている広島高速交通の経営再建の柱にしている。見込み違いは大きな影を落とすだろう。

・アストラムライン沿線団地群の高齢化

 
 既存線区間沿線団地、西風新都線の五月が丘、己斐地区団地などは1960年代以降に造成されている。若年層が最も多い安佐南区の中で高齢化が進んでいる。 
広島市内の住宅団地の高齢化の状況~ (広島市HP)アストラムラインは、通勤通学に特化した路線(定期利用者率50.5%)だ。通勤等で利用する機会が多いとしても日常の足として使うことは少ない。高齢者が増えると、通勤需要が減り、日常需要(買い物、通院、趣味)が当然増す。日常の足は自動車である。都心回帰現象による沿線人口減も今後も続くことが予測される。通学についても同様の事が言える。沿線には多くの高校や大学がある。出生数の減少(2010年107.1万人→2060年48.2万人)が予測されているので、通学需要の落ち込みも確実だ。


※注1旅行速度と表定速度の違い
表定速度
実際の運行距離から、停車時間(停留所・交通信号)と走行時間の合算で割ったもの。ダイヤ通りの運転をした場合を指す 
旅行速度
実際の運行距離から、停車時間(停留所・交通信号・渋滞停車)と走行時間の合算で割ったもの。実情に沿った速度を指す。

フルBRTの様子、殆ど軌道バスの世界だ。日本ではこうした形のフル規格BRTは誕生していない。旧JR線鉄道敷のBRT線化転用の例が多い(動画ユーチューブより)
 
岐阜市の疑似BRT「清流ライナー」の様子。優先レーンと
PTPS(公共車両優先システム)連接バス導入によるバス輸送改善例。中央車線の終日専用レーン化、駅並みの停留所建設のフル規格BRTよりも更に安価だ。日本の都市の実情に合っているかも知れない。(動画ユーチューブより)

b 当面の西風新都地区の対応について

 差し当たりBRTなどと言った大掛かりな投資は控え、デルタ内・都心部の走行条件の改善で対応可能だ。具体的には、城南通りの広島高速4号線出入り口~駅前大橋南詰辺りまでを専用バスレーン化、PTPS(公共車両優先システム)導入で良いと思う。広電の路線図(広電HP)を見ると、バスセンター始発が多いが、広島駅広場再整備が2023年以降に完了する。広島駅バスターミナルの容量が向上する。広島駅に乗り入れれば、乗り換えなしでの比較的定時性の高い基幹公共交通の誕生となる。PTPS設置費用、専用バスレーンのカラー舗装、PTPS区間走行バスの車載装置取り付け費用だけで、アストラムライン西風新都線、旧東西線整備に匹敵する効果が得られる。需要が増えた場合は、かって広電がこの路線で導入検討していた連接バス(18m、定員130名前後)を考えれば良い。連接バス導入の場合だと、停車停留所を横川駅・バスセンター・広島駅だけとして、速達性向上を目的とした急行線の色合いを持たせる。簡易式BRTもどきの完成だ。事業費も、西風新都線事業費676億円の1割以下の筈だ。西風新都線整備後の維持管理コストも含めて考えると、どちらが得でどちらが損か、一目瞭然だ。
「岐阜市型BRT導入」について~(岐阜市HP)

次回は、計画・構想どまりの路線について触れたいと思う。

続く。




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