封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2017年02月

 残念なお知らせです。実は、プライベートPCが、使えなくなりました。サインインしてもデスクトップ画面になりません。各修復作業を試みましたが、全て駄目でした。初期化もWindows10なので、メーカー依頼になるようです。初期化費用1万368円。他に悪い箇所があった場合、別途修理費約3万5千円だそうです。購入して既に5年です。そろそろガタがきてもおかしくない時期なので、メーカー修理よりも新しく買った方が良いかも知れません。そちらの方向で検討しています。ただ、移動困難の重度障害者なので易々と店舗にも行けません。

 12月、1月と閑散期だった請け負い仕事も今月末から増え始め体調も今冬はイマイチです。そちらにも専念したいので、ブログ記事更新をお休みしたいと思います。再開は未定ですが、3月中旬以降になりそうです。このお知らせは、スマホからの投稿です。再開の強い意思はあるので、再開後ブログサイトに立ち寄って頂ければ、幸いです。
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シリーズ記事 並行・if世界 封入体筋炎

 このシリーズ記事は、201X年ひょんな事から持病の封入体筋炎の進行が止まり、止まるどころか筋回復現象が起きて、更には別の可能性まで示唆されたという妄想を記事にしている。いわゆるif世界の話だ。現実には絶対にあり得ないのだが、こんな世界もあったらいいな、みたいな遊び心から端を発している。読まれる方は、その辺を差し引いて読んで頂きたい。絶対に、本気に受け取らないように願いたい。


〇前回までのあらすじ
 
希少難病の「封入体筋炎」(難病情報センター)を患っていたブログ主は、余命残り15~20年の状態だった。現代医学では如何ともし難く、進行を遅らせることを主眼に治療を行っていた。201X年9月中旬、突然足取りの軽さと安定感、そして上肢の可動範囲向上を感じる。その後も筋回復現象は続き、担当医に進行停止と別の可能性を示唆された。筋回復をアシストするために新たな処方箋薬と、リハビリにいそしむ日々を送っていた。そして再検査入院の手続きを取り、奇跡に向けた準備を始めていた。そして、短距離の杖なし歩行と地べたからの反動利用による立ち上がり可能まで回復。その奇跡の様子を学会にて報告され、マスコミにも取り上げられた。年の瀬となり、201Ý年を迎えようとしていた。

〇登場人物
○ブログ主(ヒロ)-ミオパチ-系疾患の封入体筋炎発症歴満8年半。年齢は40代後半。広島市在住。妻と息子の3人暮らし

○家内(妻)-ブログ主よりも8歳年下。性格はやや天然。ただ深い部分では、かなり聡明で頭は悪くない。自己主張はするが、基本的には従順。

○ドクターk(担当医)-ブログ主の担当医。現在の勤務地は国立呉医療センター。週に一度、大学病院勤務時代の患者の診察に出向く。性格ははっきりしていて、ストレートである。

25 201X年リハビリ効果総括

積極的なリハビリと筋増量処方薬効果で、Ⅴ字いや30度回復に(笑)


画像1 階段昇降のリハビリイメージ画像(
ユーチューブ画面撮影より) 

 201X年末、地元紙の中国新聞の社会面に小さな記事として、封入体筋炎の進行が止まり、疾患治癒の可能性が高いかも知れない、との記事が掲載されたことは既に書いた。調子に乗り自身のブログとツイッターで公表したことも触れた。ネット上の出来事の前置きが入るが、ちょっとした騒動にはなっていたが、あくまでもネット上限定の話。実世界では、私自身に身に降りかかる事はなかった。騒がれるのは仕方がないが、まだ完全に治癒した訳でもないのに、その喧騒に巻き込まれるのは御免蒙りたかった。物珍しい出来事に世間が飛び
つくのは勝手だが、全く無関係なことまで根掘り葉掘り掘り出され、根拠なく色々と言われるのは、流石に嫌だ。

 12月の受診後もリハビリ基本メニューに変化はな
かったが、3カ月以内の地べたからの脚力だけの立ち上がり 半年~1年以内(201Y年5~11月)の杖なし歩行の目標達成に向けて、メニューを積極的にこなしていた。リハビリメニューの要チェックポイントは、連続歩行時間と訓練コース途中にある小階段昇降時間、握力の計測だ。その計測値は、以下の通りだ。

-① 連続歩行時間(歩行訓練所要時
間)の推移
・回復傾向以前(予測)50分以上 、・11月中旬(1回目)30分29秒(3回休憩)
・12月中旬
19分32秒(1回休憩)、・12月下旬18分00秒(1回休憩)
・回復傾向後3カ月間の変化-歩行時間64%短縮
-② 小階段昇降所要時間推移
・回復傾向以前(予測)実行不可能、・11月中旬(1回目)3往復9分06秒
・12月中旬3往復4分05秒、・12月下旬3往復3分27秒
・計測開始後の変化-約62%昇降時間短縮(1回目対比)
-③ 握力測定値推移

・回復傾向以前右9.5㌔、左3~4㌔、・11月中旬(1回目)18.5㌔、左11
・12月中旬
22.5㌔、左15.0、・12月下旬右23.3㌔、左15.9㌔
回復傾向後3カ月間の変化-右2.45倍、左5.3倍(回復以前対比)

 数字を並べる方が分かりやすいと思い、比べてみた。改めて見ると否定しようがない傾向であることが一目瞭然である。私自身、数値化して優劣と善悪を判断する職業に20年以上、従事していたので肌感覚で馴染む。リハビリとまでいかないが日常動作でより負荷をかける動きを心掛けたのも、功を奏した。自分の目論見通り事が上手く運ぶのはある種の快感だ。正直なところ、癖になる(笑)どこまで回復するのか予断がを許さないが、目の前の課題を1つ1つクリアして行く着くところまで、行くしかないと腹を括(くく)っていた。新年から歩行訓練距離1,500㍍から2,000㍍に。階段昇降3往復を5往復に、ハードルを上げようと決めた。

26 年末~年初にかけての出来事 その1
10年ぶりに心身ともに充実した年の瀬、年初


画像2 何となくだがクリスマスのイメージ画像(ユーチューブ画面撮影より)

 毎年我が家のクリスマスは、特大クリスマスツリーを飾るのが習わしである(これは事実)。私自身が派手好きで人を驚かせるのが大好きなのが理由だ。特大と言っても2㍍程度である。玄関から我が家の領域まで、モールで12月初旬~12月25日まで装飾する。26日になり撤去する。電気代云々などという野暮なことは言わない。若い頃のバブリー気質が残っているのだろう。201X年のクリスマスは筋回復現象が顕著となり、気分が例年以上にハイだった。ケーキ予算を例年5000円以内のマイルールの超法規処置でこの年限定で解除。不足分の予算は、私の財布から穴埋め。息子のプレゼントの金額枠も2倍に。家内にも万単位のプレゼントをした。全て私の財布から支出した。馬鹿げている、と思うだろが、これまで闘病生活支えてくれた家族に対しての感謝と労いの意味があった。そして12月24日のイブの日、家族3人が揃い消灯して、ケーキのろうそくに点火。回復途上の呼吸筋で一気に消す。家内と息子にこれまでの感謝の気持ちと今後の事を言葉にして、労った。

 在宅仕事が12月27日で御用納めとなり、正月までやることが本当になくなった。回復途上にあるとはいえ3年半前の筋能力レベルに戻っただけだ。家事の手伝いなど満足に出来るわけでもない。私個人の中では、奇跡の回復でも健常者目線だと「ふ~ん」でしかない。悲しいがこれも現実だ。御用納めの翌日から、リハビリを1日1回から2回(天候不良時はマンション通路内に変更)とした。疲労を感じて筋肉に異常を感じたら元に戻す。この姿勢で臨んだ。開設ブログも相変わらず盛況で、新たな読者が増えた。広島都市ネタ記事との比率が以前は、5対5だったのが3対7ぐらいになった。日々のリハビリの様子、日常動作改良の取り組みなどを事細かに記事にした。

27 年末~年初にかけての出来事 その2
10年ぶりに心身ともに充実した年の瀬、年初



画像3 広島市西区にある草津八幡宮の様子(ひろしまナビゲーターより)

 そんなこんなで、正月を迎えた。三が日はリハビリは日に一度にして家族サービスに徹した。徹したと言っても出来ることは限られるが、自宅マンション近くにある草津八幡宮(画像3参照)に初詣に出かけた。一般参賀だと広電宮島線草津電停の山側から、足元が弱い人間泣かせの鬼のような階段を昇るのだが、障害者の場合予約を入れれば別ルートから車で行ける。敷地内はスロープも整備され、敷地内に入ればバリアフリー化されている。家内の運転で家族3人で、10年ぶりの草津八幡宮への初詣に出向いた。予約なので、参拝時間が決められていた。朝の10時~11時の間である。8時過ぎに、〇〇家相伝の雑煮(九州風)で朝食を済まし、10時前に家を出た。元旦なので道路は空いている。10分弱で到着。駐車場の一角に、予約済みのカラーコーンが置かれていた。八幡宮スタッフに連絡して「電話予約を入れていた〇〇ですが~」と言い、撤去してもらい停めた。境内を見ると、地元住民でごった返している。筋疾患発症以降、草津八幡宮への初詣は控えていた。控えた理由は急勾配の階段昇降が出来ないからだ。発症後は、護国神社に変えたがそれも数年前から取りやめていた。人と人とが触れるような場所に出掛けると、転倒リスクが異常に高まり不測の事態(不測でもないが・・・)が起きるからだ。今年は家族3人の初詣を復活させた。嫌がる高1の息子を無理やり連れてきた形だが(笑)

 記事で、この時点で3年前の筋能力状態にまで回復したことは既に書いた。その回復ぶりに、意識がまだ追いつかないことがしばしある。この時もそれで、回復傾向が出始める前の状態ー歩行中に何かに触れたら、そのまま前に転倒する、この潜在意識が根強くあり、人込みにある種の恐怖感を覚えていた。短距離であれば、杖なし歩行も可能だが命綱と言えば大袈裟だが、安全を期して杖歩行である。案の定、歩行中参拝客と肩や腕が触れた。その瞬間、ある種の覚悟をしたが何事も起きなかったし、よろけもしなかった。改めて、筋回復現象を実感。そして自信となった。親戚への年賀の挨拶は、従来通り私の実母と妹夫婦がこちらを訪ねる形。家内への両親へは、家内と息子が伺う。昨年までのパターンだ。まだ段差がある一戸建て、家内の実家は周囲が坂だらけの環境には対応出来ない。我が家のように平坦部かつ、バリアフリー化したマンションといった筋疾患患者に優しい構造ではない。それは来年以降の課題である。三が日のリハビリは、日に1度の野外リハビリと室内での自重筋トレ中心に行った。時間が余るくらいあるのだが、暇潰しで必要以上にストイックになるのを自重した。文字通り、テレビ三昧の三が日だった。心の大きな重しとなっていた封入体筋炎進行の闇が、取り払われ、軽くなった。

 気分も明るくなり、思考法も前向きかつ積極的に変化しつつあった。今の状態を少しでも維持し続ける、という守勢一辺倒からの解放だった。前年の正月まで、脳裡によぎっていた「来年の正月はどんな姿で迎えているのだろうか?」を考えなくなった。私自身、筋疾患発症前までは、過去など振り返る感傷主義者ではなかった。発症により、別のメンタル要素が大きく加わった。その要素は、私とその家族人生に大きな影を落とした。まだ完全に払拭されてはいないが、8割方はなくなった。明るい未来を現実的な課題ととして捉え、日々の努力目標を設定出来るそんな境遇に変わった事を実感した正月だった。



画像4 画像2同様に、お正月のイメージ画像(ユーチューブ画面撮影より)


続く。



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カテゴリー記事 広島の都市問題 

 今日は、広島の郊外の話題をお届けしたい。ネットの中では、恐ろしく嫌われ抜いている西風新都だ。なぜここまで嫌われるのか?定かではないが、私はそう悪くない事業と思っている。今日は記事紹介しながら、色々と掘り下げて考えてみたい。

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……

「ひろしま西風新都」倒産業者所有 2月8日中国新聞25面より
広島市方針 
開発用地6億円一括購入、2割に市道整備
 
 広島市は倒産した不動産開発業者が北西部の開発エリア「ひろしま西風新都」に所有していた開発用地約130㌶を約6億円で一括して購入する方針を固めた。うち2割弱の約24㌶に市道を整備する計画があり、破産手続きに従って分割購入するよりも経費節減が出来ると判断したという。余った土地は民間に売却するとしている。



画像1 2月8日中国新聞25面より

 開発用地は、善当寺地区(安佐南区)にあり、不動産開発アイアスが(破産手続き中)が1996年に市の開発許可を受けて産業・住宅団地の予定地として所有していた。資金繰りの悪化で着工できず山林のままとなっている。このため市が計画している約2.8㌔の市道整備も進んでいない。同社は、延滞金を含め計約44億円の市税を滞納。市は2015年6月、この用地を差し押さえ、16年6~9月の3階、公募に掛けたが応募者はゼロだった。12月に同社が、広島地裁から破産手続きの開始決定を受けたため、市は国税撤収法に基づき差し押さえ用地を自ら購入することにした。

 市は、公売時の見積額約6億円で用地購入するため、新年度予算案に費用を計上した。市議会定例会で可決されれば約6億円のうち、市が債権額に応じた配当金2億円を確保した上で、残額は用地の抵当権者に配る。新年度に道路設計などの準備作業に入る予定だ。市道予定地を除く約100㌶は、将来的に民間への売却を進めたい考えだが、塩漬けになる可能性もある。市西風新都整備部は、広島自動車道広島西風新都ICに近い立地の良さを強調。「2030年度までに完成を目指す開発エリア内の環状線の一部でもあり、重要な道路だ」と説明している。

………………………………………………………………………………………………………………………
1 西風新都の概要
かって「広島の副都心候補」とまで言われていた時期もあった。

西風新都都市づくり概要図
画像2 西風新都開発全体計画図 拡大図(要拡大 広島市HPより)

西風新都の位置図
画像2 ひろしま西風新都地区の市・県内の位置図(広島市HPより) 

 
ひろしま西風新都(広島市HP)について説明する。高度成長真っ盛りの1960~70年代、旧安佐郡安川流域沿いの丘陵地に、住宅開発が急速に進んだ。しかし、急速な住宅開発とは裏腹に、都市インフラ整備ー道路・公園・学校・上下水道は後手に回り、追いつかなくなっていた。民間業者の開発は、奥に奥に進み、旧沼田町と旧五日市町石内地区の買収は、19
71~75年に活発に行われた。1973~74年にかけて、広陵高校や広島修道大学なども移転した。事態を重く受け止めた広島県は、この地区を1975年開発凍結とした。暫くその状態が続いた。広島市と広域合併後も道路計画(祇園新道、高陽沼田線)や新交通システム(アストラムライン)計画が持ち上がっていたが、計画は遅々として進まなかった。広島市は、他の地方中枢都市よりも遅れていたと都市インフラ整備を加速させるために、アジア大会の開催を目論んだ。当初は1990年開催を予定していたが、中国の北京市が1990年アジア大会開催に急遽名乗りを上げた。双方の鬩(せめ)ぎあいが続いたが、1984年ソウルで開かれたアジアオリンピック評議会で、1990年北京市開催、1994年広島市開催を事実上決定した。正式決定を前に、1986年日本政府は、1994年の第12回アジア競技大会の広島市開催を閣議了解した。この時より、開発凍結解除機運が急速に高まったのである。

 1986年広島市はアジア大会開催の日本政府の閣議了解を受けて、「広島西部丘陵都市建設基本計画」を策定する。これは事実上の開発凍結解除を意味した。1989年
広島市は、「第3次広島市基本計画」を策定。この年の11月には、官民協力による広島西部丘陵都市建設実施計画を策定。その内容は、市北西部に位置する約4570㌶の土地に、「住む」「働き」「学び」「憩う」といった複合機能をもつ人口10万人規模の新都市を、21世紀初頭までに建設するといったものだった。この時期に、アジア大会のメイン会場を地区内の広域公園として、翌1990年には新交通システム(アストラムライン)の延伸計画(長楽寺ー広域公園間)を発表した。先行開発地域として1990~92年に大塚業務、伴南住宅、大塚学研、石内北流通の各工区が着工された(下記画像4参照)


画像4 西風新都大塚業務地区の様子(広島市HPより)私事だが家内の両親がこの近隣に住んでいる 

 この計画の背景には、国立広島大学移転を契機に、東広島市西条地区に賀茂学園都市計画が具体化して、学術・研究機能の低下による広島市の中枢性の危機感があった。
因みにこの都市開発モデルは、当時「株式会社神戸」の異名をとっていた神戸市のユニバーシアード開催(1985年)と西神ニュータウン開発(1972~2010年)である。アクセス鉄軌道系交通は市営地下鉄地下鉄山の手・西神線になる。広島市は、この神戸市の手法を模写しようとしていた。出島地区のメッセ・コンベンションシティ構想があり、この2地域は広島市の副都心の位置づけだった。アジア大会開催に合わせ、インフラを整備してその後、本格着手する。こんな青写真を描いていた。1994年アジア大会、1996年広島国体がこの地で開催された。
 
 しかしアジア大会開催前にバブル経済は崩壊、1990年代半ばよりデフレ経済に突入。長引く不況の影響で開発機運は萎(しぼ)み、投資速度は大幅に鈍化した。2001年に広島高速4号線(広島西風新都線)、広島西風新都ICが整備されたが、要のアストラムライン西風新都線は市の財政難で、整備が遅れ(当初は2014年開通予定、現在は2030年代初頭開通予定)、都心部区間の東西線については国から反対され構想路線にとどまり、実質頓挫。そして、2010年計画人口10万人(市域人口140万人)とバブル期特有のどんぶり勘定計画の大幅の見青しに迫られた。2006~07年にかけて見直し作業が行われ、中期目標として2020年計画人口6万人、21世紀中盤に8万人と下方修正された。 ~「ひろしま西風新都都市づくり推進プラン」の策定につ
いて ~(広島市HP) 現在の西風新都地区人口は、53,918人である。2013年策定の ~活力創造都市 広島西風新都推進計画2013(広島市HP)に沿って緩やかに整備され続けている。この西風新都地区は、広島市マスタープラン(広島市HP)で広域4拠点の1つとなっている。日本型集約都市構造への転換を図る中で、その重要性は今後も変わらない、と思われる。

    2 ひろしま西風新都開発の今後
    住宅開発よりも産業集積を図れ


    画像5 画像2より今回の記事対象の善当寺、石内東地区の位置


     現在、石内東地区の開発がたけなわである。下記画像画像5は、石内東地区のイオンモール出店予定地の様子だ。鯉党さんの記事だと4万6千㎡クラスの商業施設になるらしい。イオンモール広島府中の半分弱、4月開業予定の海島博跡地のLECTより少し大きい規模である。この近隣は、アストラムライン西風新都線延伸絡みで、開発が優先されている。とかく批判の対象となっているが延伸前提で考えた場合、利用者増を図るうえで周辺開発を加速させるのは、至極当然と言える。西風新都線の是非については事あるごとに述べたので割愛する。郊外にこれだけ大型商業施設が溢れ、都心部の商業機能を低下させている現状を鑑みると、ここのイオンも海島博跡地のLECTも必要性は感じないのだが、これも動き出している以上はあれこれ言うのは詮無き事だ。

     他の地区では、梶毛南工区が開発半ばで今後同西工区、そして新聞記事で取り上げた善当寺工区が順次着工される見込みだ。2030年頃までに整備するのが妥当とされている。全体の計画では、工業地区が一部あるが住宅開発中心だ。近年は、一戸建て需要よりもマンション需要の方が高いが、ある程度の供給の必要性は理解出来る。住宅用地として計画されている予定地を工業団地として開発することを提案したい。その理由は、今後人口減時代に入り新設工場などの誘致は難しいだろう。市内、県外各地に立地する老朽工場、物流施設の受け皿とする。これを基本としながらも、内陸型工業の集積を図るのだ。広島市及び広島都市圏は臨海型工業集積(自動車関連、造船、化学)などは盛んだが内陸型工業集積は今一つだ。マツダを頂点に自動車関連産業に安穏として、仮にこれが無くなった場合のリスクを考えると、保険の1つや2つ持っておいても損はない。それにマツダは過去20年のうち、2度経営危機に陥っていることを忘れてはいけない。アメリカのトランプ政権が誕生して、ひょっとしたら、ひょっとする可能性が今でもあるのだ。この会社はアメリカに生産拠点を持っていない。

     今回の新聞記事報道によると、善当寺工区約124㌶を6億円で一括購入している。アイエスの市税滞納分が44億円あるので、実質購入価格は50億円程度だろう。一般会計からの持ち出しが6億円なので、6億円で124㌶の広大な土地を購入したとも言えなくはない。推測だが、2018年度にもほぼ枯渇する財政調整基金に売却益を充足して、今後活発化する都市インフラ整備の原資に充てると考えられる。それも悪くないのだが、塩漬け覚悟で善当寺工区一帯を内陸型工業団地として整備する方向へ検討してほしいと願う次第だ。市有地など全て売却して、財政健全化の一助にする考えは正論だが、一定程度市有地を将来のため保有しておくべきだ。今は特に利用用途がなくとも、社会情勢の変化に備えるための余裕もあっても良いと思う。

     ひろしま西風新都は、広島都市圏でもまとまった土地を確保可能な数少ない地区だ。社会情勢の変化で、開発ペースは遅れに遅れた。これ自体、広島市の責任ではない。バブル期に計画された事業は皆大なり小なり、見直しや修正に迫られ中には莫大な負債を抱え、事業廃止したものも多い。リゾート開発などがそうである。それに比べれば、下方修正を余儀なくされたが、開発自体は進んでいる。残りの開発未着工地区の工業・物流用地への大幅な転換を提言したが、立地促進のために市内企業25%、市外企業40%の補助率を2017年3月以降も継続するべきだ。 
    広島市企業立地促進補助制度のご案内~(広島市HP) 間違っても目先の土地売却益に目がくらみ、小売業業者には売らない事だ。この石内イオンで、広島都市圏の郊外大型商業施設は終了にした方がいいと思う。

    画像6 開発真っ盛りの石内東地区のイオン進出予定地(アンドビルド広島より)

     




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    前回通院記事 近況について色々と 42  今年最後の通院
    関連記事 近況について色々と 47 新問題のその後 その1
    シリーズ記事 近況について色々と


    1 まだまだ続く新問題
    彼方立てれば此方が立たぬ(あちらをたてればこちらがたたぬ)


    画像1 いつもの大学病院診療棟の様子(ブログ主撮影)


    画像2 脳神経内科中待合の様子(ブログ主撮影)

     今回の記事は、2つの病院の梯子記事にしたいと思う。1つ目は大学病院である。2月17日は今年初の通院日だった。いつものように家内の送迎で通院。診療時間の1時間前に採血を行い、脳神経内科の中待合で待っていた。診療開始は14時の予定。この日に限り、呼ばれない。14時半になっても指示端末のバイブ音は鳴らない。14時45分になりようやくバイブ音が。「順番が近いので、診察室に近くでお待ち下さい」と表示される。呼ばれたのは15時15分だった。このような場合は、血液検査に理由があり、再検査していることが多い。診察室に入ると案の定、その通りだった。とある数値が、極端に変化しているのがその理由だった。その数値を羅列する。番号は検査票のものを、そのまま用いている。

    -① 前回と今回の相違点(下記画像3と4拡大図参照)単位略
    №29 AST(GOT
    正常値13~33、前回38、今回58
    №30 ALT(GPT)
    正常値8~42、前回68、今回156
    31 LD(LDH)
    正常値119~229、前回443、今回421
    32 ɤ-GTP
    正常値10~75、前回27、今回84
    33 CK値 
    正常値62~287、前回658、今回404


    -② 用語説明
    AST(GOTALT(GPT)LD(LDH)ɤ-GTP(全て肝機能ナビより)

     担当医ドクターkの指摘は、№33 CK値が下がった場合、肝機能の数値(№29~32)の数値が下がるのが普通なのに、下がるどころかものによっては急上昇している。「あり得ない」との事だった。そして、私が事情を話した。約2週間前に尿トラブルで、泌尿器科を受診して処方箋薬の服用している、と打ち明けた。納得した様子で彼は考え込む。そして、服用中止を言い渡された(笑)尿トラブルで外出(歩行訓練)が大きく制限されていたが、服用開始後、1週間でようやく効果らしきものが出始めていた。10~15分毎の尿意が、30分~1時間毎の尿意に。そして残尿感からくる痛みもかなり緩和されていた。尿意を我慢できるところまで改善されていた。それなのに問答無用の服用中止命令である。放置していると、肝機能障害が起きる可能性も大いにあるので早めの処置を取ったのだろうと推察出来るが、私的には地獄の閻魔大王の言葉にも感じたのは事実である。

     
    画像3 今回(2017年2月)の血液検査の結果 よく見えないので⇒拡大図


    画像4 前回(2016年12月)血液検査の結果 拡大図

     そして、早期の内科受診を勧められたのだ。大学病院だと予約を入れても受診まで時間がかかってしまう。ドクターkは、「そのまま、福島生協病院で受診された方が手っ取り早いですよ」と言った。「紹介状を書きましょうか?」と聞かれ、内心(くそったれ!マジかよ)と思いつつ、仕方なく頷いた。サブタイトルにあるように、
    彼方立てれば此方が立たぬ」(コトバンク)である。尿トラブルの話が中心となっているが、今回CK値が下がったのは、恐らく昨年末から服用しているリザベン効果と、尿トラブルにより日常生活で大きな制限を受け、活動量低下の2つが理由だろう。通常の生活を送り下がったのであれば嬉しいのだが、素人でも分かる理由で下がったのだ。痛し痒しだ。紹介状をもらい次の診察の予約を入れ、大学病院を後にした。

     帰りの車中で、家内にあらましを全て話した。いつもの天然爆弾は鳴りを潜め、家内も神妙な面持ちで聞いていた。自宅マンションに着き、一休みしてから社に電話した。「善は急げ」ではないが、緊急の休みを取るためだ。翌週、福島生協病院の内科にかかろうと思ったのだ。泌尿器科の予約は4月だが、何食わぬ顔でしれっとついでに泌尿器科に立ち寄ろうと考えた。確か、福島生協病院の泌尿器科は、火・木・土の午前のみ開院している。時間が許せばだが、また可哀想な人を演出して少々の無理を押し通すつもりでいた。実際、手帳3級の要介護の重度身体障害者であることは事実だ。自分で言うのもあれだが、状況により七変化するのは得意である(笑)担当医ドクターkに尿トラブルの服用薬飲用禁止を言い渡されたので、その日から服用していない。早速改善効果はなくなり、元の木阿弥となった。この辛さは当人しか分からない、と思う。


    2 そして福島生協病院に(笑)その1
    最初は取り合えず内科に


    画像5 広島市西区福島町にある福島生協病院(広島ナースネットより)

     翌週の21日火曜日にまた家内の送迎で、福島生協病院に通院した。午前9時過ぎに自宅マンションを出た。到着は9時20分あっという間だ。カードリーダーで、内科と泌尿器科の診察の受付をした(下記画像6)。大学病院でもらった紹介状も当然渡した。そして内科の中待合で待つ。平日の午前と言うこともあり、患者は高齢者ばかりだ。待つこと40分ようやく順番が回って来た。今回受診した経緯を簡単に話した。そして、肝機能に問題がなかった昨年12月の検査票と、今回の2月の検査票も参考データとして手渡した。内科医師は、「おっ~、有難いです。感謝します」と言って受け取った。大学病院のドクターkの紹介状だけでは、どこがどう悪くなったのか、これが分からないと私が判断したからだ。それを見た内科医師の言葉は意外なものだった。「確かに数値は悪いですが、極端な変化があるとまでは思えないのですが・・・・」だった。取り合えず検査票と睨めっこしただけでは、判断出来ないので腹部エコーをすることになった。

     エコー検査室は2階である。家内と共に向かう。名前を呼ばれ検査室に入る。寝台に寝て胸からへそのすぐ下まで検査した。ゼリー状のローラーで腹部のあるゆる場所を探るのだ。検査技師の合図の検査ごとに深呼吸をする。顔の斜め上のモニタ―に内部の画像が映し出されているが、意味がよく分からない(笑)検査は20分弱で終了した。寝台に仰向けに寝て検査したので、起き上がりと立ち上がりを手伝ってもらった。自宅では、私仕様に工夫を凝らしているのだが、外の世界ではそうはいかない。寝台の高さがかなり低かったので、検査技師の方と看護師の2人で脇下に腕をフック状に引っ掛け、自力で直立可能な高さまで持ち上げてもらった。本当に助かった。そしてまた1階の内科の待合で待つことに。時間は既に11時近く。後受診の泌尿器科の事が気になったが物事には順序があり、思うに任せない。その前に、検尿が入った。男性トイレでコップに尿を入れる。そして横にある窓から、そのコップをBOXに置いた。

     また1階に戻ってしばらくすると、再度呼ばれ、診察室に入った。検査の結果、特に問題らしきものはなかった。泌尿器科の処方薬が数値悪化の原因だが、現時点では特に治療をする必要はないとの事だった。泌尿器科の受診後、福島生協病院の正式な回答を決め大学病院のドクターkに返事をする、と言い渡された。その医師の表情からも、「気持ちは分かるけど、少し騒ぎ過ぎじゃないか?」が伝わって来る(笑)私も全くの同感である。


    画像6 福島生協病院1階受付前の様子(ブログ主撮影)

     
    そして福島生協病院に(笑)その2
    そして本丸の泌尿器科に

     内科の診察室を出て時計を見ると、既に12時か近くになっていた。複数の診療科の梯子なので、覚悟していたが現在の私の場合、結構負担が大きい。家内が心配そうに見つめるが、出直すのは更に大変だ。2階の泌尿器科に向かった。時間も時間なので患者は、減っていた(下記画像7参照)左程待たずに順番が回って来た。前回受診と同じ医師である。前回の記事でも書いたが、この医師は福島生協病院の常駐医ではなく広島大学病院の出張医師だ。内科で話したように、前回受診後のあらましを伝えた。私的には、尿障害の問題を最優先して解決してほしい気持ちが強い。その思いを見事に裏切ることを医師が口にする。前回の処方薬は当面服用禁止。肝機能の数値が、服用前の状態に戻ったのを確認したうえで対応を決める、である。「やっぱり、それかよ~」と思ったが、理には適っているので反論の余地が全くない(笑)

     そしてその後、ナイスな提案をされた。大学病院と福島生協病院の通院も大変だろう、との配慮で通院先を広島大学病院に一本化しましょう、である。不幸中に幸いと思い、大学病院の次の診察日をその医師に伝えた。3月17日と言うと、ついでにその日の午前中に、大学病院の泌尿器科の予約も入れましょうとなった。私、家内ともども負担が軽くなるので、この提案に飛びついた(笑)紹介状を広島大学病院泌尿器科宛に書き、脳神経内科受診予定日の3月17日の午前に、泌尿器科の予約も入れる、こんな段取りとなった。私が求めていた最上の答えは、肝機能の数値に悪影響を与えない服用薬で、尿障害を地道に改善して、通院先を大学病院に一本化することだったが、「漢方の処方薬は無理ですか?」と食い下がり聞いたが、「あれも肝機能の影響が、少なからずありますから」と無慈悲(某国風)に却下(笑)今回の受診、100点満点で評価すると65点だった。現時点で肝機能に大きな問題がないことが分かったことと、通院先の一本化が評価出来る点。その反対は、次の通院まで約1カ月近く尿障害の改善する可能性が皆無になったことがマイナス点である。

     自宅マンションの到着は、13時35分。かなり遅めの昼食を夫婦で取り、雑談をしていると電話が鳴った。先の福島生協病院だ。予約が正式に取れたとの事だった。3月17日金曜日で、時間は午前9時から11時の間。その後14時から封入体筋炎の受診が14時から入り、正しく1日仕事になりそうだ。恐怖のダブルヘッダーだが、まあ良しとする。ブログ記事ネタが増えた点も、評価するべきか本気で悩んでいる(笑)冗談はさておき、これについての真剣な記事を近々、書こうと思っている。今回の後日談は、次回通院後に記事にしたい。


    画像7 同病院2階にある泌尿器科の中待合の様子
    (ブログ主撮影)






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    カテゴリー記事 広島の都市交通 道路

     さて、今日は道路の話題を届けたい。広島市の都市交通計画には一貫性がないとよく言われる。事実そうなのだが、他の地方中枢都市が1960~70年代の都市交通計画を、基本に時代の変化に対応して修正を加えながらも着実に、進めていったのに対して広島市の場合、この時代に計画したHATSⅡは鉄軌道系は完全廃棄、道路計画はBP建設に一部活かされたが、高速道路公社設立は提言の24年後だった。何度か、計画のゼロベースからの見直しを迫られ、その都度練り直し。そうこうしているうちに、財政難と少子高齢化時代に入り、財政の硬直化が進み、あれもこれも整備出来る時代ではなくなった。結果論として、計画性に欠如と指摘されても致し方がない。ただ、計画そのものが大風呂敷を広げ過ぎている感もあり、一概には行政を責められないと思う。で、広島高速4号線記事が掲載されていたので、取り上げたい。
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    広島高速4号線と山陽道 2月7日中国新聞26面より
    市17年度 接続ルートなど調査


    画像1 2月7日中国新聞26面より

     広島市中心部近くに直結する広島高速4号線を延伸し山陽自動車道と接続する構想で市は6日、実現可能性を探るために、2017年度にルートや概算事業費を検討する方針を明らかにした。13年に広島県と市のトップが検討開始に合意後、初めての、一般会計予算案に関連経費540万円を盛り込んだ。結果を踏まえ、事業化の目途を判断する。4号線の現区間は西区中広1丁目ー安佐南区大塚東町間の4.9㌔。沼田出入り口の北西約1㌔に山陽自動車道が走る。市は延伸ルートとして、同入り口を起点に、広島修道大学を迂回して西約2㌔にある山陽道五日市ICへの接続や、山陽道の最寄り区間の取り付けを想定。外部の専門業者に発注して、図面上でルートや道路構造を検討し、概算事業費をはじくと言う。

     現区間は、市中心部と郊外の開発エリア「西風新都(広島市HP)を結ぶ自動車専用道として01年に開通。1日平均1万6,591台(15年度)が通行する。開通当時から、山陽道への接続する構想がありながら具体化しなかった。13年5月に湯崎英彦知事と松井一実市長が検討開始に合意。市は内部検討や県、広島高速道路公社などとの協議を進めていた。市は、市を中心に広島、山口両県24市町で組む広島広域都市圏のアクセス向上につながるとして、新年度の検討を決めた。市道路計画課は「内部検討から一歩前進だ。採算ベースに乗るかどうか検討し、事業化の判断材料にしたい」としている。
    ………………………………………………………………………………………………………………………
    1 広島高速道路
    概要
    構想から24年後に誕生した都市高速道

     広島都市圏の道路計画は、広島都市交通研究会(国、県、市、商議所)を1970年の立ち上げ、1973年に提言された総合交通計画ーHATSⅡが基本となっている。この計画は2本のフル規格地下鉄と7本の都市高速道路を建設する、といった内容だった。地下鉄はデルタ特有の軟弱地盤による高コストと国鉄(現JR)高架複線化の壁に阻まれ頓挫したが、道路計画は、祇園新道や西広島BP高架都心延伸、草津沼田道路などに活かされた。山陽自動車道は「人・モノ・金」が集中する山陽沿岸諸都市を結ぶ大動脈として、1970年代計画された。そして1982年より順次、開通した。広島県だと国道2号線の交通渋滞が酷かった広島都市圏の整備が最優先され、1985~90年にかけて開通した。広島県内の全通は、1993年。事実上の山陽道全通は1997年である。山陽道の開通に合わせ、アクセス道路が整備された。広島ICは、国道54号線BPの祇園新道、広島東ICは有料道だった安芸府中道路(現広島高速1号線)、五日市ICは一部有料道(2010年無料化)の草津沼田道路がそれである(当時の広島市道路公社が整備)

     これらの道路は、市内と山陽道の各ICを結ぶ役割もあったが、都市圏主要道の交通渋滞解消の役割も大きかった。広島市は、1987年20年ぶりとなるパーソントリップ調査を実施。1992年に自動車専用道路計画が打ち出された(2010年完成予定)。この時の計画が、現在の高速道路ネットワークの雛形になっている。その後バブル経済崩壊により、需要の見直しに迫られた。1996年、広島市は市議会内に「都市交通問題調査特別委員会」を設置。軌道系公共交通計画も含め調査を始めた。1997年、広島県と市は、各道路公社を統合させる形で広島高速道路公社を設立した。同年の広島高速1号線(馬木-間所4.2㌔)の4車線化を手始めに順次、ネットワークを拡大。2017年2月現在、4路線25.0㌔のネットワークを有し、1日平均利用台数は67,065台/日ほどになった(下記画像2参照)。 ~
    広島高速道路公社IR説明資料~(P15参照 公式HP) 現在は5号線(東部線第1期)が建設中で、2020年度の完成を目指している。計画検討路線は、東部線第2期、南北線、草津沼田線などがある。何れも構想路線である。そして今回、4号線の山陽道接続線が検討対象路線となった。

    広島高速道路の図
    画像2 広島高速道路ネットワーク図(広島市HPより)

    2 
    広島高速4号線(広島西風新都線)について
    総合的にみて、この路線が一番有用性が高い。


    画像3 広島高速4号線(広島西風新都線)沼田出口の様子(ユーチューブ画面撮影画像)

     4路線のうち、一番費用対効果が高い路線である。広島高速道路は東西1路線(3号線)、南北2路線(1・2号線と4号線)の構成だが、南北2路線の方が有用である。東西路線(3号線)は代替え一般道(国道2号線、霞庚午線)があるが、南北路線の場合、まともな代替え路線がなく時短効果が際立つからだ。1~4号線の1日平均の利用者台数をみてみる。

    ー① 広島高速道路各路線1日平均利用台数
    ・広島高速1・2号線(12.4㌔)42
    ,941台/日 ・広島高速3号線(7.7㌔)約7,600台/日、・広島高速4号線(4.9㌔)16,591台/日
    ー② ㌔当たりの1日平均利用台数
    広島高速1・2号線3,427台/日、・広島高速3号線987台/日、・広島高速4号線3,386台/日

    ※ 4号線利用台数は 
    企業・I情報(広島高速道路HP)を参照。3号線は 広島南道路・広島高速3号線の開通後の利用状況と整備効果について (広島市HP)を参照1・2号線は企業・IR情報の数字より、3号線の数値を差し引いた数字を採用。 

    1、2号線の利用が圧倒的に多いのは、3号線、広島呉道路(クレアライン)の結節点(仁保JCT)となり山陽道とと唯一ダイレクトに結んでいる路線だからだ。山陽道結節効果が、この路線の最大の売りだ。平均利用台数をみても、南北方向の路線の有用性の高さが如実に出ている。4号線を高評価する理由は、現時点では都心部の最も近いところ(西区中広)が起点になっている点。広域拠点の西風新都地区と都心部の時短効果の役割を担っている点。この二点がある。反対に評価出来ないのが3号線である。この区間は広島南道路の一部で、高架の有料道路部分が広島高速3号線となる。一般論となるが、高速道路整備の目的は、一般車両と業務車両を分け、主要幹線道の渋滞解消と物流機能の強化がある。時短効果が高ければ業務車両の転移は進む。3号線の場合、その時短効果(廿日市IC-海田日の出町交差点)が開通前3号線区間+霞庚午線経由で15分、国道2号線経由で8分と費用負担(高速料金)の割には低い。それは3号線利用台数に思い切り反映されている。ここは、一般道の4車線区間を先に商工センター宇品・仁保地区まで開通させるべきだった。

     4号線の話に戻る。4号線の有用性の1つに、基幹バス路線(
    西風新都方面郊外バス)の速達性の高さがある。 ~バス情報西風新都線~(広島電鉄HP)この方面の路線は全て4号線経由だ。その旅行速度は22.7~31.5km/hとバス路線とは思えない速達性を誇る。 ~(2) 定時性の確保状況~ (P10参照 広島市HP) 因みにアストラムラインが30.0km/hである。アストラムライン西風新都線が事業採択されたが、単線構造で西広島駅止まりである。輸送力も1時間当たり、288人×6=1,728人。単線構造なので20km/h中盤。都心部には乗り入れない。以上の点から必要性をあまり感じない。既存の西風新都方面のバス路線に連接バス導入(18m、定員130名)、城南通りの専用バスレーン化、PTPS(公共車両優先システム導入)設置、停留所高規格化、拡張が予定されている広島駅南口広場乗り入れといった疑似BRT化で事足りる。輸送能力もピーク時に時間15本(4分毎)の運行で、130×15=1,950人となり、単線アストラム西風新都線を上回る。

     山陽道の接続場所の問題が、実現の鍵を握るのは言うまでもない。五日市ICでの接続だと修道大学の敷地の一部を「少し前を失礼します」と言い、跨いで五日市ICに接続するのか?それとも真っすぐ最短区間で山陽道と接続するのか、難しいところだ。というのは五日市IC接続だと用地買収が発生するだろうし、真っすぐに接続する場合山陽道と広島道の広島JCTが側にある。安全面での問題はクリア出来るのだろうか?よく分からない。ただ接続線が実現すれば、広島都心部と山陽道ICが更に近くなり、より利便性が増すのは確かだ。今後、広島市がどのような結論を出すのか注視したい。
     


    画像4 広島高速4号線(広島西風新都線)路線図(広島県HPより)

    3 
    広島高速道路の今後
    山陽道接続線以外は必要性はない

     広島高速道路の今後だが、現在建設中の5号線(東部線第1期)の開通を以て、計画区間の整備はほぼ終わる。今回取り上げた4号線(広島西風新都線)と山陽道の接続線が構造上の問題がなければ、次期建設路線になると予想する。その後について語りたい。検討構想路線として、東部戦第2期、南北線、草津沼田線の3路線がある。構想路線なので具体的なルのートは不明だ。ただおおよそのルートは想定可能だ。

    構想3路線の予想ルート 
    ・東部線第2
    広島駅北口二葉の里-(二葉通り)-大須賀-(城北通り)-西白島-横川
    北線
    横川-(寺町通り)-寺町(4号線JCT)- 十日市-江波(3号線JCT)
    ・草津沼田線
    現在の草津沼田道路のルートを踏襲

     まあこんな感じだろう。 東部戦1~2期、2号線、3号線(仁保ー江波)、南北線を組み合わせ、デルタ内環状高速道路になる。更にネットワーク化が進み、利便性が飛躍的に向上するのかも知れない(笑)一応、机上の論では。では、この構想路線の必要性があるのかを考える。現時点でも必要性はない、と断言出来る。断言する理由をこれから述べる。1つ目は、都市景観の悪化だ。東部戦2期は恐らく城北通りに高架道が建設される。高度成長期やバブルのように都心に高速道路の高架を建設する都市など世界中見渡しても、どこにもいない。都市景観は世代を跨いだ市民共通の財産である。下記画像4は世界の首都クラスの大都市の
    最内側高速環状道路の平均半径である。東京の首都高速道路都心環状線で2.4km。諸外国で都心部環状道路を建設している都市はなく、日本のみである。都市計画のセンスのなさが際立つ。広島の構想路線が全て完成した場合、半径が2.0~2.5kmになるだろう。首都高速道路都心環状線は、建替え期に他の環状高速道路-首都高中央環状線、東京外環道、首都圏央道の進捗度合をみて撤去が提言されている。そんな時代に今更である。

    画像5 世界の首都クラスの都市の最内側高速環状道路の延長と平均半径(国土交通省HPより)

     2つ目はこの路線自体の必要性の問題だ。 ルート自体、都心部外縁、都心部に隣接するデルタ内となる。代替え道路も多く、選択肢も豊富だ。高速道路利用の主目的である時短効果が低い。低いと利用が低迷するのは、3号線を見てもお分かりだろう。都市景観を台無しにして、大して利用が見込めない有料道の整備などそれこそ「税の無駄使い」の典型例だ。よって構想検討路線は、4号線と山陽道との接続線で終了して、今後は2号線の暫定2車線区間の4車線化や広島高速道路以外の地域高規格道路ー可部、東広島BPの4車線化、安芸BP整備促進。そして常日頃から主張している高速3号高架下一般道の広島南道路の新大田川橋-吉島の4車線化と宇品・仁保新町地区への延伸に予算を投下するべきと考える。南道路のフル規格整備は、広島都市圏の都市交通問題を考えると、一番緊急性が高いと言える。今日は、広島高速4号線に引き合いに、都市高速道路の在り方を考えてみた。


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