封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2018年05月

前回記事 自動車都市からの転換をめざすポートランド 
カテゴリー記事 広島の都市交通 海外先進事例


【考察その6】
ポートランド都市圏の都市の成長管理 その1

そもそも都市の成長管理とは?


画像1 スウェーデン第2の都市ヨーテボリの自動車交通量の変遷。明確とまではいかないが変遷で市域の拡大の様子が伺える。厳しい都市計画を施している都市でも、完全なスプロール化防止は難しい。


画像2 日本の広島市の市街地拡大の変遷。厳格な都市計画法が存在していないので無秩序状態となっている。これでも広島市の場合、可住地面積が狭いため、日本の大都市の中ではスプロール化が地形が天然のバリアとなり、抑制されている部類に入る(画像 国土交通省HPより)

 都市は工・鉱業を中心とした産業の勃興などで人が集まり、成長していく。より多くの人が集まることで、新たな産業(商業)が形成され
更に人が集まり、成長が加速される。これを繰り返しだ。その過程で、それまで市民の居住地だった都心部地区及びその近隣地区では、需要に見合う住宅供給(量、質、広さ)が難しくなり、未開発地域の郊外へそれを求める。不動産デベロッパーがまだ二束三文の郊外の土地を買い漁り開発し続けた。多くの業者が『バスに乗り遅れるな』とばかりに開発競争を続けた結果、どうなったのか?都市インフラ-道路・公園・上下水道・学校など-の整備が追い付かず、都市のスプロール化(ウィキペディア)が加速した。就業地と居住地の遠隔化は、移動手段の中心が公共交通から自動車に変わる事を意味し、モーターリゼーションを後押しする結果となった。人口減時代に入った21世紀の今日では、財政と経済の社会的損失や環境負荷の問題が指摘され、多くの弊害が共通認識されている。その反動というか、反省に立脚したある程度のまとまりのある市街地を形成する『コンパクトシティ』『集約都市』に舵を切り直しているが、1950~70年代においては、都市の成長がもたらす副産物として容認もしくは歓迎する傾向が強かった。当時の先進国を見渡すと、アメリカと日本の都市にその傾向が強く、不動産の民間開発は市場原理の趣くまま野放しだった。一方の欧州では、日本とは異なり厳格な都市計画(全てではない)が存在し、都市インフラが整備されていな地域への開発が成長管理以前に規制され、土地所有者が公(行政など)を占めていたためにアメリカ・日本のように都市のスプロール化が幸いなことに進まかった。

 60~70年代、人間の生活環境の悪化を理由に疑問を持ち始める動きが少しづつだが出始めていた。郊外地区の自然環境保護を主体とした、成長(開発)抑制運動がその端緒である。経済最優先の郊外開発による弊害-騒音・大気汚染・安全面など-を利便性向上より重きを置く住民意識の変化があった。これはアメリカに限らず、先進諸国、皆等しく共通していた。アメリカのそれは、60年代のニューヨークで起こった歴史的建造物の保存運動が嚆矢(こうし)となった。66年に高層ビル建設のため市中心部のグランド・セントラル駅 を取り壊すという再開発計画が公表されたことから、反対運動が起こり結果的には計画が撤回された。郊外へ開発が進展するのを抑 制するという本来的な意味での都市の成長管理とは少し趣を異にする。70年代に入り、自然環境保護のための成長抑制運動が小都市のボルダー、ペタルーマの2市で始まった。州単位での取り組みも同時期に始まり、バーモント、フロリダ、カリフォルニア、オレゴン、コロラドの各州などで都市の成長管理政策が採用された。都市の成長管理とは具体的には、以下の通りとなる。


画像3 ほぼ同時期(70年代初
頭)に都市の成長管理施策を導入したブラジルの都市-基幹公共交通導入軸線上にクリチバの開発基本5軸が設定されている 開発軸線に集約しなかった場合、多方向にムラのある低密度な市街地やスラム街が形成されていたとされる

都市の成長管理施策のポイント
 ①開発区域規制地区、地区ごとのゾーニングの設定 ②都市発展(開発)軸の設定 ③都市発展(
 開発)軸への公共交通の導入 ④
区画・建築物のデザイン基準  ⑤社会的コストの開発者負担  
 ⑥開発可能地区の削減・位置制限  ⑦開発許可の総量規制 

成長管理政策導入の最大の障害は、『自由な経済活動の阻害』『経済発展の阻害』などの反対意見だ。今でこそ、この種の施策は保革関係がない政策としてとして認識されているが、この当時は革新系政治的な主張を含めた施策の一環との認識が大半で、その意義や効能を論じる以前にアレルギー反応を示されることも多かった。21世紀の今日では、『開発と保全が調和し、環境負荷を軽減させた持続的な都市の成長』が見込める都市戦略としてコンパクトシティが当たり前のように採択されている。採択されていない都市のほうがむしろ珍しい。当時は都市の成長管理と自由な経済活動は共存できず、相反するものと捉えられていた。日本と欧州では保革勢力の対立軸にもされ、為政者や議会の勢力関係と財界圧力などがあり、この時期に(当時としては)先進的な都市計画の思想を導入する都市はそう多くなかった。アメリカは、革新政党が存在しないので民主党がその役割を果たした。日本の都市にはこの発想が皆無で、
『自由な経済活動の阻害』が幅を利かせていた。導入は、つくばなどの一部の学術・研究都市に限定され※注1東京23区などの既存の大都市では、導入されなかった。広島市でも安川流域沿いの沼田、石内地区が1975年、道路などの都市インフラの未整備を理由に開発凍結されたが、これは環境保全や都市の成長管理の観点からのそれではなく、やむにやまれぬ側面があったからである。話を世界の趨勢に戻す。『都市の成長管理は経済発展の阻害要因となる』、こんな見解が主流をなしていた時期に開発圧力に屈することなく、大胆に導入した都市がアメリカ大陸に2つある。南米の地ブラジルのクリチバと北米の地アメリカのポートランドだ。そこそこの規模の大都市である点で稀有な存在だ。次の考察ではオレゴン州のそれについて論じたい。

※注1 成長管理施策として、グリ ーンベルト構想-東京緑地計画 (39年) 東京防空空地帯計画 (43年)、東京緑地地域計画(48年)首都圏近郊地帯計画 (65年)などがかって存在した


画像4 ブラジルの都市クリチバの
モール(歩行者専用道路)区間『11月15日通り』の様子(画像 ユーチューブ動画撮影より)

【考察その6】
ポートランド都市圏の都市の成長管理 その2

オレゴン州の成長管理施策 保全と経済の共存


画像5 オレゴン州と全米の1人当りの平均GDPの推移

 オレゴン州は、アメリカ合衆国の北西部に位置するが、ポートランドを中心とした都市単体のスプロール化が問題となりつつあった。各都市は市域内のスプロール化については従来のゾーニング規制での対応が可能だったが、市域外のカウンティ(アメリカでは郡を指す)までの拡大したそれに対しては無力だった。その結果、市とカウンティとの調整の必要性が出て、行政上の手続きの問題が生じた。市域の境界を越えた広域的な調整の必要性が自ずと高まった。そこでオレゴン州は、1973年土地利用計画制度(OLUA-1973)を導入した。この制度の運営組織として、土地保全開発委員会(以下 LCDC)と都市保全開発部(DCD)が設立された。LCDCには、州下の地方政府に計画設目標定権と目標を達成を可能とする整合性のある計画づくりの地方政府への義務付け、計画の適否に関する審査と承認権が付与された。目標達成のための各項目は以下の通りとなる。

オレゴン州が州下の自治体に求める目標の項目
 ①市民参加 ②高度な土地利用計画 ➂農地 、森林池、自然資源、景勝地、史跡物の保全
 ④大気、水、土地資源の質的向上 ⑤自然災害の危険性がある地域への配慮 ⑥余暇ニーズへの
 対応 ⑦州経済への配慮 ⑧住宅の質的向上 ⑨公共施設と公共サービスの向上 ⑩公共交通の
 充実 ⑪エネルギー問題への対応 ⑫都市化(スプロール化)への対応 ⑬緑道や河口資源の保
 全 ⑭海岸線、海浜砂丘、海洋資源の保全とその対応

 
州自ら各自治体の計画策定には直接係ることはせず、自主性に任せた。オレゴン州の計画で特筆されるのは、➂の自然資源と農地の保全と⑫都市化(スプロール化)への対応の関連性を持たせたことだ。農地やその他の自然資源保全と効率的な都市化を進めるために、都市地域及び都市化可能地域と農業地域を明確化させる境界線を向こう20年間の都市拡大に要する面積区域を内部に含めた都市成長境界線(UGB)の設定を全自治体に求めたことだ。この施策は最重要視された。これは、机上の論として批判されがちだが、導入の際の議論でアメリカ全地域を調査して、実情も見定めメリットとデメリット双方を精査して得た結論だった。特に大都市部での『都市・州間高速道路の開通⇒自動車移動を前提とした郊外開発促進⇒ダウンタウン(都心部地区)の求心力低下⇒インナーシティ問題の発生⇒都市活力の低下⇒更なる過疎化』の惨状をつぶさにみたものだ。他州とは比較にならない厳格なものだが、『都市成長境界線(UGB)』の存在が、オレゴン州の経済発展を妨げているのか?と問われたら答えは『NO』である。

アメリカのマスコミのオレゴン州の評価一覧
 全米で最も引っ越したい州・・・第1位(13年) 
 全米で最も製造業に適した州
・・・ 第1位(11年)
 新規投資における州税負担の低さ・・・第2位(11年)
 全米で最も有効事業税率の低い州・・・第2位(13年)
 全米で最も GDP 成長率が高い州・・・第3位(12年)
 『クオリティ・オブ・ライフ』の高い州・・・トップ5(11年) 
 将来的な雇用成長が見込まれる州・・・トップ 10(13年)

との高い評価を受けているらしい。上記画像5を見ると、90年代後半~05年辺りまで全米平均値とは少し開きがあったが、06年に追いつきその後ぶっちぎっている。70~90年代後半の数値がないので断定は出来ないので推測となるが、ある時期まではアメリカでは経済発展の多少の経済発展の阻害要因だったのかも知れないが、時代の変遷を経てオレゴン州が選択している施策の理解も深まり再評価され、国内外の投資先として注目されて1人当りのGDPも急上昇しているところだろうか?
都市成長境界線(UGB)の導入を断行した、当時の関係者の先見性には頭が下がる。この一連の流れをつくったのは、トム・マッコール知事(在任期間67~75年)だ。土地利用計画を通じて州全体で一体感のある地域成長を目指していた。彼なくして都市の成長管理の各施策導入はなかったといえる。次の考察ではオレゴン州の最大都市ポートランドに話を移したい。

【考察その8】
ポートランド都市圏の都市の成長管理 その3

広域行政組織『メトロ』の存在



画像6 ウィラメット川から望むポートランド市街地(画像 ポートランド公式HPより)

 70年代初頭に都市の成長管理施策を導入したブラジルの都市-クリチバには、ジャイメ・レルネル市長がいたようにポートランドには、ニール・ゴールドシュミット-在任期間73~79年 後にオレゴン州知事 連邦交通省長官も務める-市長がいた。ポートランドの都市施策の大転換となったのは、前任のテリー・シュラン ク市長(在任期間57年〜73年)の時代までさかのぼる。60年代までのポートランドは、他のアメリカの都市同様にモーターリゼーションと融合した都市計画がなされ、市中心部を流れるウィラメット川や大気は汚染され、住みやすいとはいえなかった。43年にニューヨークの道路計画を策定した ロバート・モーゼスがポートランドを訪れ、策定した通称『モーゼスプラン』をたたき台とした中心市街の再開発と高速道路構想をこの当時は温めていた。66年、ポートランド市計画局は道路混雑を和らげるための高速道路設置を提案。71年に実施されたポートランド-バンクーバー都市圏交通調査では、90年の完成を目指した54の新しい高速道路建設計画が提示された。しかし、市民に対して十分な説明がなかったために、道路建設で人口密集地帯を横切る事に危機感を持った沿線住民は、開発反対に向けたコミュニティの結束を強めていく。モーターリゼーションに融合した都市建設を推進したい行政サイドと、モーターリゼーションが深刻化すると都市のスプロール化が加速して、都市の魅力が低下してしまうという危機意識を共有する市民との対立構造が顕著となった。73年の市長選でも高速道路の建設の是非が争点となった。そうした市民世論の高ぶりが背景にあり、若干32歳(当時)のニール・ゴールドシュミットが市長選に当選した。当選後、彼は市政を取り巻く諸問題解決に向け市民活動家、不動産所有者、隣人地区団体、市民団体の参加を広く受け入れ分け隔てなく意見を集約しようと心掛けた。72年の『ポートランド・ダウンタ ウンプラン』の主要政策は以下のようになる。

『ポートランド・ダウンタ ウンプラン』の概要(72年策定)
 【計画の主旨】
 ①自動車から公共交通へシフトし、コンパクトなまちを目指すことである。そこに雇用の促進、不
  動産価値の向上、公園整備、買物のしやすさなど歩行者中心の都市建設。
 ②都市インフラの整備だけに頼らず、コミュニティなどの市民文化を醸成すること
 ➂行政戦略と市民の嗜好を重ね合わせて、自動車だけではなくLRTや自転車など移動手段の多様
  化
 ④ダウンタウン(都心部地区)に買物客や通勤客を呼び込み、ビジネスエリアの資産価値を高める
  投資を促す
 ⑤活力ある住民生活区には、商店の得意先であるだけではなく, 公共サービスの質も向上させて
  くれる中流階級が参画すること
 ⑥古い居住区と新しい郊外の共生を実現を目指し、リノベーションを通じて目に見える形でアメニ
  ティを整備する

 
動画1 Autumn in PORTLAND(ユーチューブ動画より) 非常に美しいウィラメット川の様子。
トム・マッコール・ウォーターフロント・パーク』南北に2.4キロ(1.5マイル)に渡って広がる緑の公園で、高速道路を撤去して建設された。公園名は建設に尽力した当時のオレゴン州知事の名前である

 新市長が重視したのは市民参画だった。彼の支持母体が市民団体だったことも大きいが、ポートランド都市整備局による開発計画は、市民世論無視で作成されたためにコミュニティが反対拠点として硬直化してしまったことへの反省もあった。むしろ近隣住区の役割を認め、コミュニティが行政との交渉と協働の基盤となるような制度づくりをした。74年には、交渉窓口として隣人組合課が設置され、団体の活動資金を提供し、都市計画に参画の道を開いた。この点もクリチバと酷似している。州政府は州下の自治体に総合土地利用計画の策定を義務付けていた。しかし、都市成長境界線など公共政策やサービスが自治体間を跨ぐ場合には、広域的な調整が必要となる。スプロール化現象は,ポートランドだけでは手に負える問題ではなく、広域連携によって解決すべき課題となりつつあった。アメリカの地方自治では、州政府と基礎自治体の役割と権限が法的に明記されている一方で、基礎自治体間を跨ぐ広域な経済・社会政策に対しては明白な基準がない(日本も同様)。従来のポートランドの地域政府は、独自の財源と権限を持っておらず、十分な機能を果たせる状況ではなかった。これを克服すべく、直接選挙で選ばれた議員の選出と課税権の付与にまで踏み込んだ地域政府を提唱された。それを受け、79年に再編された3郡25市にまたがり、全米唯一の直接選挙で選ばれる地域政府MSD(現在のメトロ)が誕生する。 基本的な業務は、都市成長境界線(UGB)の管理、ゴミ処理、動物園とコンベンション・ビジター施設の運営などがあった。これに似た組織としてはフランスの『都市共同体』(ウィキペディア)がある。ポートランドには3つの地域政府が存在することとなった。①マルトノマ郡政府 : 婚姻届や土地登記などを担当 ②MSD:利用や交通計画、ごみ処理などを担当 ➂ポートランド市政府 : 上下水道、電気などを担当 以上の役割分担となる。92年、メトロ憲章が住民投票の賛成多数を得て、施行された。憲章前文には、最も重要なサービスとして、我々と未来の世代の為に、生活の質と環境を保ち、高めるために、計画と政策立案を行うこと』という一文が明記されており、MSDからメ トロ(Metro)と改称された。 ~Metro~(公式HP)


画像7 メトロが設定している都市成長境界線(UGB)

 メトロには、約750名の職員がいて年間4億8,384万㌦(日本円で約527億円 14年度)の予算がある、その大半はごみ処理等に費やされるが、都市交通インフラ(LRT、ストリートカー、バス、高速道路など)整備の原資にも充てられる。計画策定や予算配分などの主導権は、メトロに帰属するがメトロ所属の各自治体の上位に君臨して上からの計画を押し付けるトップダウンの組織ではない。計画策定に当たり、各地域から選ばれた代表者と地域の市会議員と密に連携してミーティングを行う。都市成長境界線(UGB)の設定についても現状をよく把握したうえで今後50年間、どのように拡張させるのかを都市交通インフラ整備と関連付けさせて、決定する。メトロと管轄の住民との関係も触れておく。メトロの委員会には、直接選挙でここの住民が投票した者が役員として加わる。一人がメトロ評議会のいわゆる会長となり、その会長もやはり投票で決定される。このメトロ評議会のトップ・会長は、メトロ地域の全体で選ばれた人だが、あと6名、いわゆるメトロ評議会の委員もいる。全てが住民の意思を反映させたシステムとなっている。何か新しい計画を立ち上げる際には、必ず公聴会の開催が義務付けられている。その公聴会には住民であれば誰でも参加は可能で、一般公開している。住民参加を促すことで住む街への問題意識を高め、ポートランドの将来についてどうするのかを常に考えてもらうのである。次回は80年代以降の話をしたい。


続く

参考文献:
都市の成長管理政策 (米国の先進事例と日本)、オレゴン州ポートランドにおけるエコリバブルシティの形成 

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カテゴリー記事 広島の都市問題 都心部活性化

 今の若い20代の方は、四地方中枢都市-札・仙・広・福-の言葉は馴染みが薄いかも知れない。70~90年代頃までしきりに使われ、よく一括りにされていた。都市の格を量るカテゴリー的な意味合いが強かった。当時のイメージでは『札幌≧福岡>>広島>仙台』だったと記憶している。00年代以降、この四都市間で格差が生じ、福岡がグループ抜けをして上位カテゴリーに進出。札幌と広島が低迷し、相対的地位が低下。仙台が躍進し、アバウトなイメージでは『福岡>>>>札幌
仙台>>広島』になった感がある。国内都市の序列などというくだらない括りなど意味がなく、広島市の将来は『広島』ではなく、『ヒロシマ』に活路を求めた方が今後も成長都市であり続けられると考える。インバウンドやMICEなどの国外からの外需を上手く取り込めるのかが、勝負の分かれ目になるだろう。そう漠然と考えていたのだが、耳を疑うような新聞記事が掲載されていたので、取り上げる。
………………………………………………………………………………………………………………
▼今日のお題 5月24日中国新聞8面より
広島都市圏購買力『底堅い』
35年まで 福岡など3市と比較


画像1 5月24日中国新聞8面より(ブログ画像からは全て読めません)

【記事詳細】
▼日本政策投資銀行(以下 政投銀)は、35年までの広島都市圏の購買力が、札幌、仙台、福岡の
 3市と比べて底堅いとする試算をまとめた。政投銀は、『消費の堅調な姿が強く反映された』と見
 ている
▼今回の試算は、消費の潜在力を測るため、ひと世帯当たりの1か月の消費支出に人口推計を掛けた
 値を『購買力量』として算出。過去15年間と同じように減る場合の2ケースを前提にしている
▼広島市と周辺4市6町を含む広島都市圏の購買力量は、15~25年にかけて3.0~3.5、3
 5年には8.1~9.0%下がるとはじいた。人口は25年に4.1%。35年に9.6%減る見
 込み。購買力の低下は、そのペースを下回ると予測した
▼他の都市圏に目をやると、札幌市の購買力は、25年に3.5~10.0%、35年に9.6%減
 する見込み。仙台、福岡の両市は広島都市圏よりも減少率が大きくなる傾向が見られた。
▼JR広島駅周辺再開発や郊外部での大型店の出店が相次いでいることを踏まえ、政投銀は消費が堅
 調との判断をした。そしてさらなる商業施設間の競争を見込み『駅前と既存商業地が不毛な競合に
 陥るのではなく、双方の魅力を発信する全体のグランドデザインに官民合わせて取り組むべきだ』
 と指摘した。


画像2 画像1の拡大画像(画像 5月24日中国新聞より)
………………………………………………………………………………………………………………
【考察その1】
意外と強い広島都市圏の購買力
と政策銀は言うがホンマかいな(笑)


画像3 広島市の国立社会保障・人口問題研究所の統計準拠による人口推移(画像 広島市HPより)




画像4 購買力現象による広島市小売売上高の予想推移(画像 日本政策投資銀行HPより)

1 想定購買力減少による
広島市の小売業売上高推移(15年対比)        
        人口                   小売売上高  

15年   118.8万人                1兆2,560億円
25年   117.3万人(1.3%減) ※注1
3.0%減 1兆2,183億円
                     
※注23.5%減 1兆2,120億円
35年   112.6万人(5.2%減) 
※注18.1%減 1兆1,543億円
                     
※注29.0%減 1兆1,430億円
※注1=消費単価一定ケース ※注2=消費単価低下ケース

2 四地方中枢都市の購買力量の減少率(15年対比)
        2025年          2035年
広島市   3.0~3.5%減      8.1~9.0%減
札幌市   3.5~10.0%減     9.6~21.3%減
仙台市     7.0%減          15.1%減
福岡市     7.5%減          
15.1%減

3 四地方中枢都市の人口予測
       2015年       2025年          2035年
広島市    118.8万人   117.3万人(1.3%減) 112.6万人(5.2%減)
札幌市    193.7万人   191.1万人(1.3%減) 181.8万人(6.1%減)
仙台市    107.6万人   108.5万人(0.8%増) 105.5万人(2.0%減)
福岡市    152.5万人   159.2万人(4.4%増) 160.6万人(5.3%増)

 この記事を読んだブログ主の所感は、なぜそうなるのかよく分からないである(笑)。25年人口が増加のまま推移する福岡、仙台両市よりも減少に転じる広島市の購買力の下がり幅が、半分以下というのも『???』だし、高齢化率(65歳以上人口比率)に極端な差が出ている訳でもない。 広島市商圏における商業環境 ~人口動態と消費支出からみる将来の姿~
日本政策投資銀行HPより)も読んだが、納得できる理由が書かれていなかった。私の理解力の問題もあるのかも知れないが、結論付ける論拠を探したが見つからなかった。今回の試算は、『消費単価一定ケース』と『消費単価低下ケース』の2パターンで試算されており、謎は深まるばかりだ。競合が潜在的な需要を喚起でもしているのだろうか? 仕方ないので、政投銀の今回の発表が正しい前提で話を進める。広島市にとって決して悪い話ではない。下がり幅が25年-3.0~3.5%減、35年-8.1~9.0%減というのは他の3市よりも群を抜いて低い。観光だのMICEといっても所詮は、プラス@、おまけのようなものでしかない。そこに住む市民の購買力が、基本部分を占めるのだから。この統計は、リンクページも書かれているが、純粋な広島市民の小売業売上高である。ここで次の指標を示してみる。 


画像5 来広観光客数の推移(画像 広島市HPより)

4 来広観光客の市内での消費額の推移
             2012年    2014年    2016年
観光消費額(億円)    1,718    2、031    2,297
()は外国人観光客分   (74)     (146)    (235)
1人あたり消費額(円)  15,800   17,430   18,220

()は外国人観光客分  (22,450) (22,220) (21,010)

 下がり幅が他都市よりも低いとはいえ、下がる事実には変わりはない。その下がり幅を何で補うのか?ある程度は下がるのは仕方がない、と無為に諦めるのか?の選択に迫られる。広島市に限らず、近年交流人口拡大策に舵を切り直す自治体が増えている。国内外の地域外から数多くの人間を招き入れ、消費をしてもらい都市経済活性化を図ることが目的だ。国内市場が縮小することが予測され、やはり外需の取り込みが重要になる。自治体も多少の努力はしているが、自然発生的に増え続ける観光客に期待したいところだ。16年度の観光客数(上記画像5参照)-1,261万人がこのまま順調に伸び続け、1,500万人台までに達したと仮定する。240万人増で観光消費総額は、240万人×1.8万円=約437.3億円増、可能性は低いが2,000万人突破で760万人増で7
40万人×1.8万円=約1384.8億円増となる。ブログ主の勝手な予測だと、急騰するインバウンド需要で1,500~1,700万人ぐらいで上げ止まりして、その後は微増微減を繰り返す曲線を描くのではなかろうか?となると観光客数の増加で、大雑把に見て約450~900億円の底上げが可能となる。これはスポーツコンテンツではなし得ない数字だ。どうしても都市規模や開催試合数の関係上、限界値がすぐ真上にある。カープは既に頭打ち、サンフレとて街中スタジアムが完成しても精々2~3割増だろう。やはり、外需の取り込みを主眼とした都心部地区再生を志向したほうが合理的だ。次の考察でその辺について語る。

【考察その2】
国内志向の『広島』ではなく、国外志向の『ヒロシマ』を志向した都市を目指せ
意味をなさない中枢都市の横並び意識は捨てるべき


画像6 拡大図(要拡大) 15、16年の人口社会増(転入超過)と人口社会減(転出超過)の
上位20都市ランキング 広島市は1,169人(転入超過)だがランキング圏外。転入超過は3大都市圏の都市と福岡・札幌市に限られている 拡大図 (総務省HPより)

5 四地方中枢都市の70年と15年人口の比較             
 
       70年市域人口     15年市域人口       
札幌市   101.0      195.2(1.9倍) 
仙台市    59.9      108.2(1.8倍) 
広島市    90.7      119.4(1.3倍) 
福岡市    87.2      153.9(1.8倍) 

 ブログ主の個人的な見解と前置きするが、広島市は厳密な意味合いで中国地方の中枢都市ではないと考えている。『広島県と島根県、山口県の東部地域だけの中枢都市』と置き換えられる。昔の言葉だが、広島市の経済的な管理機能が及ぶ地域として『三山(福山、徳山、松山)まで』と言われていた。その後、高速交通網(新幹線、高速道路)の整備進捗、福岡の急成長も相まって、その範囲はさらに狭まった。あくまでもイメージだが、地方中枢都市とはブロック内首都的な都市だと思う。広島市は中国地方最大の都市ではあるが、
ブロック内首都的な都市ではない。広島市民がそう思っていても他地域の人間がそう思わなければ、意味がない。それを証明する例として、人口増加速度が高度、安定,低成長期において鈍く、流入人口も決して多くないことが挙げられる。結局のところ、歴代市政の怠慢-都市インフラ整備の遅れ-が他の3地方中枢都市よりも遅れたことが最大の理由ではなく(多少はあるが)、立地条件によるところが大だ。広島都市圏よりも人口集積が大きい関西、北九州・福岡大都市圏に比較的近く、高速交通網(新幹線、高速道路)の整備進捗で時間距離が短縮され、横に細長い国土ゆえのワンクッションだった広島市の存在が希薄になったと考える。全国規模で見れば、大阪市がそれに該当するだろう。仮に理想かつ最強の広島市の姿であっても(まああり得ないが)、現状とそう大差はなかっただろう。その代り市の市債残高は相当増えていたと思う。今後も中枢都市(特に経済)を標榜し続けるのはもう限界だと思う。中国地方自体が所詮、関西と九州に挟まれた『中の国』でしかない。岡山と鳥取は関西に、山口は福岡に顔が向いている。


画像7 被爆都市『ヒロシマ』を世界中に発信している平和記念公園(画像 広島市HPより)

 地方中枢都市の呪いに縛られ、日本特有の横並び意識から脱却して『ヒロシマ』として今後の都市成長戦略を描いた方が建設的だ。最近の施策で地味に注目しているものがある。それは『ピースツーリズム』への模索だ。 ~ピースツーリズム推進懇談会 とりまとめ~(広島市HP) この提言内容をどれだけ現実の施策に盛り込めるのか? これが大きな課題となりそうだが、方向性は正しい。施策の揚げ足を取り批評するのも結構だが、『では何がある?』と問われたら、この提言の内容的なものに落ち着く。広島市はよく半日観光都市と揶揄される。原爆ドームと宮島以外観光するところがなく、午前に来広して夕方の新幹線で関西の宿に帰るパターンが多い。宿泊率が低い(16年度 43.0%)ことが課題と指摘される。滞在時間を延ばして宿泊させるのかだが、各所に散財している観光資源を拠点化して回遊性を高め、その日のうちには広島の地から去らせない、の一点に絞られる。市域にこだわらず、都市圏内の自治体-廿日市、呉市、そして都市圏外の西瀬戸(しまなみ海道沿線)地域との連動も必須となる。『広島市が美味しいところを総取りする』的な発想では、絶対に失敗する。広島市のインバウンド需要には他地域とは異なる傾向がある。それは、中国一辺倒の『一本足打法』ではないことだ。16年度の構成比は、アジア-35.3%(中国9.1%)、欧州-28.3%、南北アメリカ大陸-21.1%、オセアニア-12.7%とバランスが取れている。これは、学習観光の側面が強いことが反映されているからだ。ありがちな買い物観光として来広しているのではない。長い目で見れば、一過性の側面が低いことは良いことだ。あくまでも可能性の話だが、中国バブル崩壊と共に引き潮のように観光客が去り、閑古鳥に泣かされることは広島市に限ればないとも言える。

 5~10年先の話ではなく、それ以上先の話と前置きするが、大都市部での人口減が本格化する40年代以降は外需の取り込みを都市の成長に上手くリンクさせるのかが、人口減時代であっても成長都市として輝ける事につながる。逆に言えば、失敗すると外的要因理由ではなく内的要因理由による衰退都市になり果て、二度と浮上するきっかけすら掴めなくなるだろう。外需の取り込みについては、アジアの存在は無視できない。現時点では経済発展の勃興期で、観光需要も偏っているが、今後意識の変化でその偏りが是正されることもあり得る。西日本地域に立地している広島市の地の利も、取り込みに関しては有利に働くかも知れない。今日は都心部の求心力回復の話は割愛するが、こうした状況で空き地だらけでスカスカでにぎわい性のない都心部地区では、市域及び都市圏域をけん引する力を失うので、外需の取り込みにも絶対に失敗する。まとまりのない文面となったが、『地方中枢都市-広島』は限界を超えているが『国際観光都市-ヒロシマ』はまだまだ伸びしろも大きく、可能性は高いと考える。まずは『〇〇市には△△があるけど、広島市にはない』などという横並び意識は捨て去り、『△△はないけど、それに代わるものが広島市にはある』ぐらいの気持ちを持った方が賢いだろう。


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前回記事 広島都心部地区の再生を考える 
カテゴリー記事 広島の都市問題 都心部活性化

【考察その9】
ブログ主が考える(妄想する)理想の広島市都心部地区 その1
歩行空間の再配分-都心部500㍍スクエア地区の設定


画像1 1(赤点線内)-都心部500㍍スクエア地区。2(青点線内)-歩行環境改善地区


画像2 画像1を地図で示すとこのようになる

 今回の記事から、理想のあるべき姿の都心部地区の在り方とその姿を色々と提案したい。ブログ主の客観というよりは主観を超え、妄想が入っているレベルの話なので『こんな考え方もあるよ』程度の受け止めで読み流してもらえれば幸いだ。

【提案その1】
都心部500㍍スクエア地区の設定 
【範囲】上記画像1赤点線内
 相生通り八丁堀交差点~同紙屋町交差点~平和大通り白神社交差点~同三川町交差点~相生通り八
 丁堀交差点の内側

【主要施策】
 ▼範囲内の通りを全てモール化(歩行者専用道路)
  時間:6時~22時 
  一般自動車の乗り入れ規制:許可された業務車両と沿線居住住民の車両のみ通行可、最高速度は
  20km/h(ゾーン20)として、歩行者の安全を図る。自転車は乗り入れ可
 ▼既存の本通・金座街を東西軸の柱、並木通りを南北軸の柱に位置づける。この両通りにベンチな
  どの休憩所、小広場、地区全体の総合案内所、小規模なイベントスペース、手荷物預かり所、露
  店店舗(マルシェ)出店スペースを設け、にぎわい性創出と歩行して楽しい都市空間の演出を
  図る。

 ▼地区内の老朽ビル建て替え促進制度の創設
  一定の条件-建物の1~2階が商業店舗対象のテナントビル、建て替え予定ビルが築25年以
  上、市の都市景観条例を満たすなどの場合に限り、建て替え費用の5~10%の補助、無利子の
  融資などを行う

 ▼中央通りの歩行者天国の復活
  中央通り(八丁堀交差点~三川町交差点間)の毎週日曜日と祭日限定のモール(歩行者専用道
  路)化 通り沿線を経由するバス路線は、この歩行者天国当日はルートの変更を行う

【ブログ主の一言】
 あえて、無理を承知で提案した(笑)。別に匿名ブログでの妄想の類なので、笑っていただいても結構だ。500㍍スクエア構想の元ネタは、15年ぐらい前の広島経済同友会の提言だ。提言案では相生通りはトランジットモールになっていた。日本では安全面の問題が重視されるので、トランジットモールは導入が難しいと考える。公共車両が通行しないモールであればその気になればだが、実現可能と考える。500㍍スクエア内は、基本自動車乗り入れ規制を敷くが、例外として、配送と営業の業務車両と沿線居住住民の車両は許可車両とした。しかし、ゾーン20エリア(最高速20Km/h)として、歩行者の安全面に配慮する形を取った、ゾーン20~30エリア設定は欧州の都市でも多く導入され、日本では住宅密集地などで近年、導入されている。既存の屋根付きモール(アーケード商店街)である本通・金座街を東西方向、並木通りを南北方向と柱としたのはより多くの集客可能な店舗が多く中核に相応しいことや片方向だけでは回遊性が限定され、広がりに乏しいと思ったからだ。海外の乗り入れ規制をしている都市では配送時間の調整を行い、対応しているので問題なしと判断した。


画像3 500㍍スクエアのモール区間のイメージ画像(画像 広島市HPより)
 
【考察その10】
ブログ主が考える(妄想する)理想の広島市都心部地区 その2
歩行空間の再配分-その他の歩行環境改善地区


画像4 通過交通と目的交通が分離されず、入り乱れ混雑する相生通り(画像 アンドビルド広島より)

【提案その2】
相生通りと平和大通りの一方通行化と2車線化
 【相生通り(十日市交差点~稲荷町交差点)】 
  現在の6車線の内4車線(計16㍍)を歩道拡幅(1.5㍍×2=3.0㍍)、自転車道(2.
  5㍍×2=5.0㍍)、終日バス専用道路(4.0㍍×2=8.0㍍)に転用。残る2車線を一
  方通行化(広島駅方面)する。広電市内軌道線本線は架線レス化とし、台湾の高雄LRTのよ
  うに停留所集電方式に改める。公共車両のみ逆走可とする。
 【平和大通り(小網町交差点~田中町交差点)】
  上記の現在の平和大通りを段階的にリニュアール。第1期区間-鶴見橋東詰~西平和大橋西詰
  間として重点整備。 ~平和大通り現況断面図~(要拡大 広島市HPより) 車道真横の歩
  道を車線に転用(一時的に6車線化)。その後、幅26.0㍍の車線を広電平和大通り線導入
  路(7.0㍍ 当面は緑地帯として使用)、自転車道(2.5㍍×2=5.0㍍)、終日バス
  専用道路(3.5㍍×2=7.0㍍)、一般車両車線(
3.5㍍×2=7.0㍍ 西広島駅方面
  )に転用。緑地帯を21.5㍍⇒18.5㍍に縮小。縮小分(3.0㍍)を歩道拡幅用地に充
  てる。歩道には臨時野外店舗設置スペースを設ける。緑地帯には遊歩道を整備する。
公共車両
  のみ逆走可とする。



画像5 都心部地区のオアシスになっているが有効活用されているとは言い難い平和大通り(画像 ひろたびより)

その他主要通りの改良
【鯉城通り(広島城南交差点~白神社交差点間】
 現在の6車線(24.0㍍)を4車線化。削減した2車線分(8.0㍍)を歩道拡幅(1.5㍍
 ×2=3.0㍍)と自転車道(2.5㍍×2=5.0㍍)に配分する。一方通行は行わない。相生
 通り同様に広電市内軌道線宇品線を架線レス化(停留所集電方式)とし、架線を撤去する。
【白島・中央通り】
 白島通り(八丁堀交差点~女学院前交差点間)
 完全2車線化。全て歩道拡幅(1.5㍍×2=3.0㍍)に配分して、自転車道(幅1.0㍍×2
 =2.0㍍)は歩道内に設置する。広電市内軌道線白島線は架線レス化とし、架線を撤去する。
 中央通り(八丁堀交差点~三川町交差点間)
 現在の6車線(24.0㍍)を4車線化。削減した2車線分(8.0㍍)を歩道拡幅(1.5㍍

 ×2=3.0㍍)と自転車道(2.5㍍×2=5.0㍍)に配分する。一方通行は行わない。毎週
 日曜日と祭日は歩行者天国を実施する(詳しくは前考察参照)
【ブログ主の一言】
 一方通行化に賛否、いや否のほうが集まると思うが海外のLRTやトラム都市の都心部、及びその近隣地区ではよく用いれている手法だ。日本の都市では北九州市の西鉄北九州線の小倉地区でも導入されていた過去がある。都心部地区のトランジットモール-歩行者専用道路の公共車両乗り入れ-を採用しない理由は、欧米とは安全面の考え方の相違-自己責任と管理者責任-が根底にある。これを語り始めると終わりのない禅問答になるのでパスする。事実日本の都市では、あまたの社会実験が行われたが、本格導入された都市は皆無だ。疑似という形では金沢市や姫路市で部分導入されている。しかし、数百㍍にも及び複数の通りで導入された都市は未だにない。お国柄の違いかも知れない。全ての通りに自転車道を併設させる案としたが、21世紀に入り環境問題への意識の高まりを受け、自転車を公共交通や自動車同様に主要な移動手段と認識し始めている。そうした意識の変化も取り入れた。広電市内軌道線の架線レス化も都市美観を考える上で必要だ。架線レス方式は複数の方法があるが、既存の路面電車がある都市の場合、台湾の台北市の架線レス方式(停留所集電)が最も現実的だと考え、提案した。平和大通りの広電平和大通り線導入路は、実際の計画-西広島~白神社に配慮した形を取った。具体化するまでは緑地帯としてとどめ置き、建設の際には転用する。白神社以東は構想に入っていないが、将来を考え必要になる時期が来ると思いそうした次第だ。具体化しなければ、緑地帯で十分だ。

【考察その11】
ブログ主が考える(妄想する)理想の広島市都心部地区 その3
都心部への自動車流入制限を可能とする環状道路の整備


画像6 通過交通と目的交通が分離されていない現状を示す指標(画像 中国地方整備局より)


画像7 歩行者優先エリアを囲む外周道路のルート図



画像8 ブログ主が提案する既存道路を活用した環状道路のルート図

【提案その3】
ブログ主が提案する3本の環状道路構想
【都心部外周道路】(上記画像7参照) 既に完成
 舟入本町交差点-(国道2号線)-国泰寺交差点-(駅前通り)-広島駅南交差点-(城北通り)
 -横川駅前交差点-(寺町通り)-
舟入本町交差点

【広島内環状道路】(上記画像8参照) 一部拡幅予定区間を残すのみ
 横川駅前交差点-(中広・空港通り)-広島ヘリポート北交差点-(広島南道路一般道路)-宇
 品IC入り口-(市道中広宇品線)-駅前大橋南詰交差点-(駅前通り)-広島駅南交差点-

 城北通り)-横川駅前交差点

【広島外環状道路】
(上記画像8参照)
 中筋1丁目交差点-(市道中筋沼田線)-五日市IC入り口交差点-(草津沼田道路)-商工セ
 ンタ1~2丁目交差点ー(広島南道路一般道路)-仁保新町-(温品仁保線 新設)-鶴江橋西
 詰交差点-(市道中筋温品線)-
中筋1丁目交差点

【提案3環状道路の未整備・新設区間】
 ▼要拡幅
 広島内環状線-空港通り(県道
音観音線)一部区間
 広島外環状線-草津沼田道路の行者山トンネル(旧有料道区間) 広島南道路の商工センター~
        吉島間の一部区間
 ▼要新設
 広島外環状線-広島南道路の吉島~仁保新町間 温品仁保線の新規採択 市道中筋温品線全区間
        (第1と第6工区は着工済み)
【ブログ主の一言】
 上記画像6に広島市都心部及びデルタ内に大量の通過交通が域内に流入する現状を貼り付けた。90年代末のデータだが、その後のモーターリゼーションに進行を考えれば基本的な構造は変わっていないだろう。最大の理由は、迂回コース(環状道路など)の未整備がある。広島市の都市計画の欠陥でもある。外周道路や規模が大きな環状道路なくして、都心部地区から自動車を締め出し、歩行者空間の再分配を行うとど真ん中に道路交通の真空地帯が生まれ、市域内と都市圏内の潤滑な道路交通が阻害され、都市経済への悪影響が懸念される。広島高速道路での環状道路の構想はあるが、一般道でのそれはない。欧州のLRTやBRTを基幹公共交通として位置づけコンパクトシティを実現している都市は勿論のこと、日本の多くの都市でも開通、建設途上だ。 
千葉中環状道路~(千葉市HP)~金沢市の3環状道路~(国土交通省HP) ~新潟市の3環状道路~(新潟市HP) 本気で集約都市を目指すのであれば、整備は必要不可欠だ。外環状道路については、開通済みの既存道路と都市計画されている建設途上の道路、一部新設道路の組み合わせとした。正直なところ、市道整備方式では三十年経っても開通は覚束ない。出来れば地域高規格道路に格上げさせ、コストの2/3を国持ちにしないと整備速度は上がらないだろう。都心部地区の自動車交通の1/3が通過交通だという状況を打破するには、高規格の環状道路の整備があるのみだ。とは言ってもこの自動車交通量は非常に多い。自動車利用の需要をある程度削減する需要調整-TDM(交通需要マネジメント)の必要性を強く感じる。各種の施策で公共交通利用に転換させないと永遠のイタチごっこになる。広島高速道路の環状線(東部線Ⅱ期と南北線)は、この3本の環状道路を整備しても渋滞が解消されない場合のみ、導入を検討すればいいと考える。

 いずれ本格的な人口減時代に入り、自動車交通量も自然と減るとの議論もあるが、本格人口減時代に入るまでまだ15~20年程度の猶予期間があり、国全体では人口減局面に入っているにも関わらず、自動車の登録台数は未だに増え続けている。本格人口減で公共交通の需要が壊滅的に減り自動車利用の需要は高いまま。結果、集約都市への転換など行政の掛け声倒れとなり、都市のスプロール化も是正されないという最悪の結果になる可能性も否定できない。少子高齢化に悩みながらも、持続的な成長を果たしている多くの都市を抱える国々に差をつけられる。こんなシナリオも現実味を帯びる。話が飛躍したので元に戻す。外環状線だが、未開通部分は多いが現時点でもかなりの部分が開通している。3本の提案した環状道路で唯一、新設区間となる『温品仁保線』を入れたが、広島高速道路2号線の一般道と思っていただいたら分かりやすい。以前から、この区間に一般道を整備して環状道路化しないのか、不思議だった。減価償却の絡みで、一般道も併設すると高速道路を通過する車両が減るとの判断だろうが、決して安くはない高架の有料道路との組み合わせでは、環状道路の効果は低い。コンパクトシティ(日本版集約都市)実現の肝は、都心部の求心力を上げ移動需要を増やし自動車利用を相対的に減らすことだ。郊外大型商業施設に押されている現状から転換するには、都心部の歩行環境の大改善は欠かせない。次回は都心部地区全体の回遊性を高める施策の提案をしたい。


続く


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前回記事 ブログ主のよもやま話 27
カテゴリー記事 闘病記 近況について色々

62 ブログPV-50万アクセス突破 その1
『だから、なんだ?』と言われればそれまでだけど(笑)


画像1 当ブログ『封入体筋炎患者闘病記』のトップ画面

 そうそう、記事にしようと思いつつも書こうとすると必ず忘れるネタがあった。4月の初旬の当ブログ『封入体筋炎患者」闘病記』のアクセス数(PV)が目出度く50万PVを達成した。15年9月に前ブログ『ヒロさんの大放言ブログ』よりリメイクして現ブログを立ち上げた。リメイクするきっかけを書き始めると記事数本分になるので、面倒なので割愛する。前ブログが1年強で33万PVだったことを思うとペースは遅いが、PVに執着していないのでこんなものだろう。ブログを開設したきっかけは、当然ながら封入体筋炎の発症がその理由だ。と言っても発症当初からブログは始めていない。発症5年目に前職を退行して、身体障害者になり能力開発校に通った。卒業後、現在の仕事に就労、少し余裕が出来始めた14年頃に前ブログを立ち上げた。訳があって15年に閉鎖せざる負えない状況になり、別ブログを立ち上げ現在に至っている。当時の経緯を事細かく書いても良いが、書き始めると記事5本は余裕となるので今回は割愛する(笑)。話が前後するが、ブログ開設の理由は、TOPページにも書いているが、封入体筋炎の周知と脳の筋肉委縮予防、そして程度な闘病生活のガス抜きがある。

 意識的には他人に読んでもらう事よりも記事を書き、投稿することに重きを置いている。あまりにも酷い内容であれば問題だが、そこまで酷くはなかろうと思いそうしている。前ブログでは多少、アクセス数を気にしていた時期もあったが今は殆どなくなった。『読みたければご自由にどうぞ?』と思っている。所詮はブログなど個人のネット内日記なのだから。それ以上でもなくそれ以下でもない。開設当初から最近までは、闘病記系記事、広島系記事、その他時事系記事とバランスを取ることに留意していたが、ネタ数の関係からこのバランスが見事に崩壊(笑)。都市交通系と集約都市系の記事に時折思い出したかの如く、プライベート系の記事を挟むブログタイトルの泣き出しそうな構成に変色した。溜め込んでいる記事の9割は、その手のシリーズ記事ばかりだ。少し心が痛むが、まあ書きたいことを書くのがブログの基本でもあるので良しとしている。世にあるブログも様々で、私のような考察系のようなものもあれば、現地に赴く取材系のもの、そして掲示板の書き込みやツイッターの呟きなどを貼りつけたもの、そしてまとめサイト系のものなど多種多様だ。良し悪しも論評はあえて避けるが、拙くとも自分の思いなり考えを書くのが王道だと考える古い人間なので、今後もこのスタイルは堅持したい。

ブログのイラスト(ウェブサイト)
画像2 PCのブログサイト画面のイメージ図(画像 かわいいフリー素材集いやすとやより)

63 ブログPV-50万アクセス突破 その2
画像提供者の方々、本当に有難うございます

 最近では広島系記事ばかりになったが、記事構成比とは裏腹にこちらは完全に暇つぶしだ(笑)。事あるごとに書くがネット内で完結する世界の話だと割り切っている。広島の将来を憂いて、提言するスタンスで書いてはいるが現実世界ではそこまで深く考えて生きてはいない。そんな世界とは比較にならない厳しい世界が、目の前の現実として私の場合、横たわっている。当然そちらが最優先だ。ただ、色々と下調べをして書くことが多いので、適度(時には超えるが)な脳内運動にはなる。的確な指摘の自信はないが、そこまでズレた主張もしていないと思っている。独自目線中心の論調風に書くが、確かに素人であることには変わりはないが、大学時代には『都市政策』ゼミに所属して、その時の教授が高名な田村明先生で、基本的なまちづくりのことについて学んだ。この先生は、元官僚で横浜市を大発展させた飛鳥田市長の懐刀として辣腕を振るい、市役所内で『田村天皇』とまで称された人だ。バブル期に横浜市長選に担ぎだされそうにもなったことがある。ただの学者先生様とは違っていた。要はまちづくりについては小学校の算数程度のことは弁えていると言いたいのだ。


画像3 記事本文とは関係ないが一番画像をお借りしている鯉党@さんの『アンドビルド広島より』。私が広島系記事を書き始めたきっかけとなった(画像は原爆ドーム真横のおりづるタワーの様子)

 現ブログしか知らない方は、なぜ広島系記事だけコメント欄を閉じているのか?不思議に思われるだろう。それにはマリファナ海溝よりも深い理由がある(笑)。前ブログ時代、今よりもはっきりとした形で記事を書いていたので、ブログコメント欄がよく荒らされた。中には、書くのも憚られるような表現でコメントする方も実際にいた。それで面倒となり、閉じた、それだけである。ネット内の議論など無意味だし、存在する価値すらないと考える。無意味なことが大好きな人間が思いのほか多く、いちいち対応するのが億劫になった。今は閉じたおかげでストレスから解放され爽快そのものだ(笑)。ただ、広島系記事を書くに当たり画像を快く提供してくださる方々には本当に感謝している.本来であれば現地に赴き撮影をしたものを使うのがセオリーだ。その労力を経ないで使わしてもらっている。私の記事の半分はその方々の協力で出来上がっている。その広島系記事もあらかた書いてしまい、ネタが常に枯渇気味だが、シリーズ記事などで誤魔化している。いつも大きなネタが転がっていれば楽だが、そうそうないのが現実で自転車操業的にやりくりしている。発想の幅を広げれば、まだまだネタは潜在的には眠っていると思っている。殊更難解風に書いている理由は、先に述べた脳内トレーニングもかねているからだ。下調べも面倒な作業であるが、リハビリ感覚でしているのであまり苦にならない。主張については意見の一つと割り切り、読んで頂ければ幸いだ。

64 ブログPV-50万アクセス突破 その3
ガチもガチの闘病記系記事、ネタがないのが悩みの種


画像4 2カ月に1度通院する広島大学病院。08年より通院している(広島大学病院HPより)

 最後の項目は少し真面目に書きたい。記事構成比率こそ下がっているが、封入体筋炎の関連記事については真剣そのものだ。特に、『特別篇 将来の封入体筋炎患者へ ブログ主の闘病史』はネット内カルテ感覚で書き、記録を残し現在、そして将来の封入体筋炎患者の参考になればと考えている。個人差が大きい疾患でもあるので、私の経験がそのまま当てはまるとは言えないが読んで頂き、何か得るものが少しでもあれば幸いだ。回り道して辿り着いたことも多いので、失敗例なども臆することなく書いている。日常的な過ごし方や気持ちの持ちようなども恥を忍んで書いている。発症当初、同病患者のブログなどが少なく、直接参考になるものが少なかったことが、記録を書くきっかけとなった。仮に私が十年後この世から消えてもブログ自体は残っている可能性もある。それを期待しているし、ブログ本来の目的でもある。有効な治療方法が確立されておらず、治癒どころか生命予後の維持さえも定かではない同疾患だが、自身の努力が及ばないと諦めるにはまだ早い。決して多くはないが出来ることは絶対にある、と己を高く保ちたい気持ちが強い。状況によりその決意が大きく揺らぐこともあるが、それも含めたものが闘病生活になる。

 発症11年目に入り、いよいよ後半戦に差し掛かりつつある。数年前まではまだ気持ちの余裕もあったが明らかに残筋肉量も底が見え始めてきた。生活障害もより重くなり、人の手を借りる機会も増えた。自身の無力ぶりに怒りが湧くこともあるがこればかりは如何ともし難い。受け入れと割り切りしか手がないのも事実だが、その中でも何かしらの光明を見出そうとする自分がいる。多くの封入体筋炎患者が経た道を私も例外なく経ている気がしないでもないが、だからと言って完全に自然に身を任せるだけは避けたい。矛盾と葛藤だらけで何を書いているのかよく分からない(笑)。あまり書くと痛い人風になるので自重するが、現在の心境はこんな感じだ。もう少し障害者福祉などに手を伸ばし、そちらの考察記事でも書けば面白いかも知れないが、収入の関係で私の場合対象外となることも多く、興味がなかったりする。100万PVまで簡単な計算だと1年近くは余裕でかかる、その時にどんな状態と心情でいるのか、自分の事ながら興味がある。まあ生きているとは思うが、そんなことに思いを寄せるのもまた一興だ。


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カテゴリー記事 時事考察その2 その他

 さて今日は、久々の時事考察系記事をお届けする。当ブログの読者の方は、自殺を考えた事はあるだろうか?ブログ主は死にたくないと思ったことは星の数ほどあるが、自殺したいと思ったことは長い人生を生きて来て一度もない。本当の話だ。人生は人それぞれなので、他人に迷惑さえかけなければ個人の自由と思うが、自殺を考える人に対しての差別心とまではいかないが、軽侮する気持ちが少しある。未成年者のいじめの問題は周囲の大人の責任もあり胸が痛むが、成人した人間に関しては面識のない人間であれば本音部分で『ふ~ん』としか思わない。薄情と言うかメンタル的に弱い人間に対しての軽侮の気持ちが先立ち、同情心がどうしても沸かない。『理解に苦しむ』という表現がぴったりの感情も同時に沸く。そんな自殺者の記事が出ていたので取り上げる。
…………………………………………………………………………………………………………………
▼今日のお題 1月20日中国新聞31面から引用
自殺者8年連続減 2万1,148人 17年は未成年は増


画像1 1月20日中国新聞31面より(ブログ画像より全て読めません)

【記事詳細】
▼人口10万人当りの自殺数(自殺死亡率)は16.7人と0.6人改善した。データを分析した厚
 生労働省自殺対策推進室では『景気回復や自治体の取り組みにより、着実な減少傾向が続いている
 』としている
▼政府は昨年7月に閣議決定した自殺総合対策大綱で、自殺死亡率を2015年の18.5人から2
 5年中に米国やドイツの水準に並ぶ13.0人以下にするという数値目標を掲げており、人数換算
 にすると1万6千人以下の計算となる
▼17年12月のデータ分析が済んでいないので、同年1~11月の集計を前年同期と比較すると、
 成人の自殺者数は減少傾向にあるものの、19歳までの世代では増加傾向にあり29人増の516 
 人。20~30代も減少幅が、他の世代よりも小さくなっている。若者への効果的な対策が求めら
 れている

▼加藤勝信厚労相は『若者を対象とする会員制交流サイト(SNS)を使った相談体制の整備など具
 体的な体側を進める』と話した
▼今回公表された警視庁の自殺統計値は、変死者のうち自殺と判断すれば、職業や自殺手段を『自殺
 統計原簿』に記録している警視庁は、その原簿を集計して月別統計を速報値として発表、動機や職
 業で分類した年間の確定値を3月に公表する形を取っている
…………………………………………………………………………………………………………………
【考察その1】
日本の自殺者統計の推移
景気が悪い時に急増し、男性が7割前後を占める


画像2 自殺者数の年次推移(確定値) 画像 厚生労働省HPより

 ⓵ 日本の年次ごとの自殺者数の推移
   年次    自殺者総計   男性     女性  

  
1987   24,460 15,802   8,658※1  
  1991   21,084 13,242   7,842※2
  1998   
32,863 23,013   9,850※3
  2000   31,957 22,727   9,230
  2005   32,552 23,540   9,012
  2008   
3,2249 22,831   9,418※4
  2010   31,690 22,283   9,407
  2012   
27,858 19,273   8,585※5
  2015   24,025 16,681   7,344
  2017   21,321 14,820   6,495
  ※1-諸説あるがバブル経済スタート 
※2-バブル経済が崩壊 ※3-国内金融機関破たんが
  相次いだ 
※4-リーマンショック ※5-14年ぶりに2万人台に

 この数値を見る限り、世の中全体が不景気の空気に包まれると自殺者が急増して、特に男性自殺者が後押ししている。男女の比較では、男性が全体の7割前後を占めている。次は自殺理由について並べ立てる。しかし、景気の安定期においては不景気などの経済理由は自殺理由のトップではなく、別の理由がこれを押しのける。2015年の状況を見てみる。

画像3 2015(平成27)年における年齢階層別、原因・独期別自殺者数 拡大図(要拡大)(画像 警視庁HP)

 ⓶ 
2015年(全体24,554)の自殺理由(全世代)
  第1位『健康問題』-12,145(約49.5%)
  第2位『経済・生活問題』-4,082(約16.6%)
  第3位『家庭問題』-3,641(約14.8%)
  第4位『勤務問題』-2,159(約8.8%)
  第5位『学校問題』-384(約1.6%)
 ➂ 第1位の理由『健康問題』の内訳
  第1位うつ病-5,080 第2位
身体の病気
3,910 3位統合失調症-1,118 4位
  その他の精神疾患
-1,313 5位アルコール依存症-206
 
 少し驚いたのが、精神疾患関連で7,511件。自殺者全体の30.6%と約1/3近く占めている点だ。『精神疾患患者⇒自殺』ではなく、『精神疾患を発症する他の要因⇒精神疾患発症⇒生活環境の悪化⇒狭くなる人生の選択肢⇒自殺』といった複合(連鎖)要因があるように思われる。健康問題で精神疾患理由による自殺の場合、他の問題を端を発してその時は自殺はしなくても、負のスパイラルの段階を踏み、最終的に健康問題を苦にして自殺に至る。自殺の男女の構成比のいびつさは、日本だけの特有の現象ではなく海外においても日本同様の現象があるようだ。男性が高い理由は、
失業時や離婚時に男性の方に負荷が集中しやすいことを指摘、失業や離婚をした場合、女性であれば家族や社会の状況に組み込まれて保護されるのに対し、男性は社会的に孤立を余儀なくされている点もその背景としてあるだろう。私が男性だから言うのではないが、抱えているものの大きさの違いもあるかも知れない。必要以上に真摯に向き合い過ぎて、泥沼化。全てを抱え、一人では解決できる筈もなく最悪の選択をするに至る。『自殺=愚かな行為』と心身ともに健康であれば誰にでも分かる。しかし、あえて選択してしまう背景に、男性の『経済・生活理由』で自殺を選択した多くが同時に精神疾患も併発していいたのではないだろうか?自覚症状の有無、そしてそれを受け入れているかは別として、そうでないと説明がつかない、と思うのだ。
 
 08年以降、自殺者の全体数は減少傾向にある。記事にも書かれているが、これでも欧米先進国中では、かなり高い水準にあるらしい。10万人当りの自殺者数は、WHOの報告だと、仏15.1(13年)、米13.4(14年)、独12.6(14年)、加11.3(12年)、英7.5(13年)、伊7.2(12年)となっている。日本は17年度統計で16.7人である。政府も自殺者急増に決して無策だった訳ではなく、07年に初の『
自殺総合対策大綱』を定め、数年ごとに見直しと改正を繰り返してきた。直近の改正は昨年7月の取り行われ前大綱から大幅に見直された。下記画像4画素の概要だが、太黒字の下線部分が新たに加えられたところだ。地域全体の見守りや働き方、精神疾患などデリケートな部分まで踏み込んでいる。欧米先進国との差異は、これまでは対策の不備等もその理由に圧ったと思うが、日本人特有のメンタルも絶対にある、とブログ主はそう考える。ただ、年々減少傾向で、政権挙げてこうした取り組みを推進する姿勢は評価できる。実効が上がることを期待したいところだ。

自殺総合対策大綱『誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して』(厚生労働省HP)
 

画像4 『改正自殺総合対策大綱』(概要) 拡大図(要拡大) 

【考察その2】
自殺に対してのブログ主の所感
綺麗ごとで飾っても、所詮は無責任な現実逃避


画像5 一人では解決できない重い悩みを抱え込み、誰にも相談できず八方塞がりの男性のイメージ図(画像 かわいいフリー素材集いやすとやより)

 この考察ではブログ主の赤裸々な所感を述べたい。周囲に自殺をした人間がいる方は、この時点で読むのをやめ、引き返すことをお勧めする。未成年者のいじめ問題による自殺は十代の子どもを持つ親として同情もするし胸が痛む。しかし、成人した人間の自殺については、感情のささ波さえ起きない。ブログ主の独自解釈では『自殺=無責任な現実逃避』としか映らないからだ。自殺の追い込まれるパターンとして先の考察で述べた『精神疾患を発症する他の要因⇒精神疾患発症⇒生活環境の悪化⇒狭くなる人生の選択肢⇒自殺』の流れになるのはよく理解している。しかしである追い込まれる前に立ち止まり、局面打開の道は絶対にあった筈。運命の分岐点で、破滅の序章となる選択を自らして、次段階に進むと選択の余地がほぼなくなる。勝手にイメージするとこんな感じだろう。語弊はあるが、他者責任というよりは自己責任によるところが大だ。長らく人生を歩んできたが、常に複数以上の選択可能な状況に常に身を置く。何も起きていない状況でも最低限の準備だけはしておく。この2点が、人生の処世術として必要だ。要は生き方が不器用かつ、通り一辺倒のことしかできない。別の言い方だと人生の処方箋(引き出し)が少ないに尽きる。

 私が自殺に対して他の人よりも辛辣なのは、『自殺=無責任な現実逃避』との考えもあるが、もう1つ大きな理由として、難治性の希少疾患である封入体筋炎患者というのもある。封入体筋炎は他の筋疾患同様に現代医学から見放され、生命予後は完全に不良。致死率はほぼ100%。どんなに抗っても、その運命からは逃れられない。発症したら『ご愁傷様です』の世界だ。個々にそれぞれの事情を抱えていることは承知している。命というかけがいのものを失う恐怖に日々身を置いている事と比べたら、どんな深い悩みでも些細なものだろう、とつい思ってしまうのだ。それは本人にとって重大な問題であったとしてもだ。心身消耗・喪失状態であっても死ぬ勇気があるのであれば、何でもできる筈だ。詭弁の批判覚悟で書くが、この考察であえて『自殺者』とはしないで『自殺』表記にするのは『者』を入れると個人の人格否定になり、『自殺』のままだと行為そのものの批判と勝手に考えるからだ。この辺の微妙な違いを弁え、読んで頂けると助かる。もっとはっきり言えば、残された人間のことを考えた事があるのだろうか?その辺も理解に苦しむ。逝った本人は苦行から解放されるが、残された家族は一生、自分たちを責め続け十字架を背負い生きていく。初期段階で解決の糸口を見つけ、最悪の事態を回避する最低限の処世術ぐらい、人として身につけておきたいものだ。

 ブログ主は封入体筋炎の進行でますます生活障害が酷くなり、私の意志関係なく生きる屍状態になっていく。うすらみっともない姿になり果てても、生に対する執着心は人一倍持って、他人に迷惑をかけ続けても生き続けたいと考えている。それが人間なのだからとも割り切っている。今回私が強烈に批判したのは個々の責任の部分。ただ、自殺を考えるまで追い込まれない社会をつくる責任は行政にも絶対にあると考える。根絶は無理だと思うが、ゼロに近づけることは包括的な取り組み次第で可能だろう。


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