封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2018年09月

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前回記事 孤発性封入体筋炎を発症して思う事 その7
カテゴリー記事 孤発性封入体筋炎を発症して思う事


【述懐その15】
難病と障害と共に生きること 難病編
奴は突然にやって来た(笑)



画像1 筋ジストロフィーデュシェンヌ型の進行レベルの障害分類 拡大図 封入体筋炎と進行状況が似ているので参考として用いる。08~11年頃まではステージⅠ~Ⅱ、12~14年頃はステージⅢ。15~16年頃はステージⅣ。17~18年はステージⅣとⅤの中間をうろうろしている(画像 「国試塾リハビリアカデミー」中島塾長のブログより)

 
記事のサブタイトルの難病のほうからブログ主の個人的な思いを書き綴る。そもそも難病とは難治性疾患の略で、治療方法が確立されていない疾患を指す。その確立されていないにも色々とあり、治療方法が確立されていなくても進行を薬物やリハビリ療法で押し止めれるものもあれば、ブログ主の封入体筋炎(難病情報センター)のように、殆ど手の施しようがないものも中にはあり、千差万別だ。要は疾患差があるということだ。共に生きるとはこの厄介な人生のパートナーとほどほど向き合い、状況によっては無視する。封入体筋炎との関連でいえば、国内患者数は僅か1,000~1,500人、発症確率は患者が1,000人としても0.0000078%。数字だけを見ても実感が湧かない。世の中の殆どの人が縁がないのは言うまでもない。発症当初の08年当時は、さすがにポジティブに受け止めろ、と言われても無理だった。『どうして自分だけが・・・』の思いが強かった。封入体筋炎を発症したのは夢の世界の話で、夢から覚めたら元の状態だったという夢を毎日見た経験がある(ややこしくてすみません)。これは現実を受け止めていない事の裏返しで、現実から逃げたい思いの強さの表れだった。


画像2 ブログ主が初通院した頃(08年)の大学病院の診療棟(現臨床管理棟) 画像 ブログ主撮影

 08年春に発症し、広島大学病院へ転院、検査が進み発症したと思われる時期から約1年後に最初の疾患名『ミトコンドリア脳筋症』がついた。その頃には、ズタボロに傷ついたメンタルは回復して、納得はしていなかったが現実は現実として受け止め、闘う気持ちがふつふつと湧いていた。扶養する家族が2人もいるし、無責任は許されない。それに逃げても逃げ切れないし、それよりも進行で動けなくなることをシュミレーションして30年以上早い終活-就労不可能となった場合の家計対策、自分の死後の家内の生活の安定を図る方策、遠大な預貯金計画-をその当時の状況なりに始めた。当時の収入の7割近くは預貯金に回した。世間の人目に触れる部分は、そこまで削らなかったが、触れない部分は削りに削った。家族を持っての40.5歳の発症はその意味でもきつかった。子育てと終活を同時に行うのだ。決して楽ではない。ただ、人よりも収入自体はあったので幸いした。選択肢がゼロで強いられる低所得者層生活になるのと、選択肢が豊富で預貯金がかなりある状態での自ら選んだ低所得者生活とでは心の余裕がまるで違う。前者だと典型的な『貧すれば鈍する』になり下がる。発症初期の闘病生活は、終活が中心だった。疾患中心の闘病生活は発症の初期や前半戦でなく、中盤戦に入った13年頃からだ。発症初期や前半戦は、発症前の就労を続ける体力的な困難さはあったが、進行自体は緩やかで残筋肉量も多く日常生活障害も今よりは軽微だった。進行を確信した時の襲い掛かるような恐怖感のほうが大変だった記憶がある。当時は深く意識はしなかったが、特にリハビリなどもせず、2カ月に一度通院。処方される服用薬を飲むだけ。これが疾患に対しての向き合い方だった。発症前の就労を続けることが、通院リハビリよりも効果のあるリハビリだった。これも、作業服の肉体労働ではなく、本店での管理職に従事していてからこそ、あのような状態でも務められたのだろう。

 12年に前職場を退行して、障害者となり、1年間能力開発校に通った。通った1年間で学校指定外のものも含め、15近い資格を取得した。これも疾患と真摯に向き合う一環だった。40代での資格取得は大変だった。年齢による脳細胞の老化、疾患の脳細胞への影響などもあった。ある程度の高収入を目指した障害者就労を目標にしていたので、楽ではなかった。当時の心境は、44歳で大学卒業から積み上げたキャリアを障害者になることで一旦、清算し、生まれ変わる気持ちで臨んでいた。シュミレーションで困るのが、希少疾患過ぎてモデルになるような実例が皆無な点だった。参考にしようにも参考例がこの世にないのだ。大雑把なもので発症8年ぐらいで車いす、10年ぐらいで軽い寝たきりを何となくイメージしていた。13年4月から現在の会社での在宅就労が始まり、今につながる難病と向き合う本当の生活が始まった。終活は障害者になり、実家絡みの不動産管理の収入を自身の口座に移したり、当初予定に全くなかった厚生障害年金受給により、予定を5年ぐらい前倒して達成した。難病と向き合う生活(終活)の1つは達成して完了した。
そして、健康体時代に築き上げた生活基盤があったので、応用できた点は、本当に助かった。もう1つの方が本格的に始まった。残筋肉量が底が見え始めた中での進行の恐怖との闘い。揺りかごのように揺れるポジティブとネガティブの気持ち。自身の努力など遠く及ばない未知なる相手(封入体筋炎)との結果ありきの闘い。治療薬開発の情報など殆どなく、一筋の光明すらない疾患環境。折れそうな心に鞭を打ち続け、己を気持ちを高く保ちづける絶えまない努力。まとめると、こんな感じとなる。真摯に向き合い過ぎると100%メンタルの健康を害してしまう。逃げない程度に向き合い、ほどほどにそっぽを向く、これがベターだ。さじ加減は難しいが、あと何年生き続けるのか、定かではないが生きている間は共に生き闘い続ける。発症後、10年で寝たきりと言われることが多いこの疾患で11年目でも杖歩行ながら二足歩行が可能なブログ主は、封入体筋炎との闘いで、現時点で勝っていると密かに誇り、封入体筋炎に対して優越感に浸っている(笑)。こんな人生のパートナーなど本当に要らない(笑)。家内だけで十分だ。

【述懐その16】
難病と障害と共に生きること 障害編
健常者時代の苦労など微々たるもの



画像3 ブログ主の障害者手帳と広島大学病院診察券。現在の級は体幹機能障害3級。交付は13年夏頃。この当時は車の運転もまだ可能で、再交付された手帳の『介護』の文字を見て引いた(笑)

 封入体筋炎を発症したからといってすぐに障害者になるわけではない。先天性の傷病で障害を持つ人を蔑視するつもりは毛頭ないが、疾患発症するまで健康な身体が当然だったブログ主にとって障害者になる決断は、数か月悩み苦汁の上の結論だった。家族を養うための障害者での就労を目的とした手帳の取得だったが、理性ではそう割り切るつもりでも感情面では竹を割ったような切り替えは中々出来なかった。軽視、蔑視、差別とも少し違う形容し難い感情があったのかも知れない。結局、感情面での整理がついたきっかけは、『見た目はまだ障害者っぽくないから、まあいいだろう』みたいな子供じみたものだった(笑)。今日の記事ではその障害ではなく、純粋な意味合いでの日常生活障害について触れる(ややこしくてすみません)。疾患の内容が筋肉能力というか日常動作全般に係るものなので、寝ている時と座っている時以外は筋疾患患者であることを常に意識させられる。時々の強い痛みや発作とかであれば、平穏な時間帯も多く無意識でいられることもあるが、この疾患はそうは問屋が卸さない。意識するといっても深刻に受け止め、悩むのではなく気に留める程度のことだ。よく聞かれるのが、筋肉が萎縮するのはどんな感じなのか?だ。聞かれて、例えるのは『筋肉弛緩剤を全身に打ち続けて、日々の生活を送るようなもの』だ。四肢(よく利くらしい)や体幹に力がまるで入らず、打つまで可能だった動作が出来なくなったり、難易度が上がったりする。これ以外、例えようがない。封入体筋炎をはじめとするミオパチー系疾患は、時間をかけて身体を動かす自由を奪う。拡大する日常生活障害を日々意識して過ごさないといけない。疾患初期や前半戦のそれは、体力の大幅低下、転倒リスクの拡大、重量物が持てなくなった、走れなくなった、ぐらいが代表的な生活障害だった。今思うと非常に軽微だ。中盤戦に差し掛かった13~14年(発症6~7年目)辺りから、立ち上がり、脱・着衣に係るもの、入浴、整髪や自動車の運転がほぼ不可能になったとか、階段昇降の難易度の向上など、生活に係るもの全てにおいて拡大、深刻化した。

辛そうに階段を登る人のイラスト(男性)tsue_obaasan
画像4(左) 今は出来なくなったが発症中盤戦までは、階段昇りは右手は手すり、左手は左足膝上に置き一段一段、踏みしめるように昇っていた
画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)
画像5(右) 杖歩行は、13年初頭から。歩行速度の向上がその目的だった。しかし廃用性症候群の筋委縮が進んだ
画像 かわいいフリー素材集いらすとやより) 

 障害とは無縁で、これらの日常動作を特に意識することなく当たり前に出来る人には、百万言の言葉を尽くしても理解してもらえない(かってのブログ主もそうだった)だろうが、当たり前のことが出来ないハンディはなって初めて気づいたが、かなりのものだ。健常者との生きていく上での競争という視点だと互いにゼロからスタートではなく、こちらはマイナスからのスタートとなる。障害の内容や重さがほぼ固定であれば、逆転の発想でそこから生活の再設計が十分可能でいくらでもやりようがある。固定ではなく、さらに進み拡大する場合、どのように向き合い共に生きていくのか?これが大きな課題だ。ブログ主の不変のポリシーだが、『障害があって出来ることと出来ないことがあるのは当たり前。合理的な思考で以て、今の自分に必要なことを探し最大限の努力を払うこと』がある。そうした努力のどの字もせず、被害者意識の亡者だけには絶対になりたくない思いも同時にある。
被害者意識が過度に強い人間は傍から見ていても哀れだ。バカにする気持ちよりも憐れむ気持ちのほうが先立つ。これも個人的な考えだが、『そうしたハンディがある障害者だからこそ、健常者の何倍の努力をする必要が絶対にある』も持っている。障害の程度にもよるが、健常者の倍の努力をしてようやくイーブン。3倍上の努力をして結果を出してようやく、頭一つ上を行ける、と考える。個人の能力や努力が、到底及ばない世界も確かにある。それとこれは区別して考え、及ぶ世界での努力を払う必要がある。全て及ばないと勝手に決めつけ、自分の限界点を定めるのはどうかと思うのだ。別に人にこの考えを押し付けるつもりは毛頭ない。他人に迷惑をかけない範囲で自由勝手にすればいいと思う。

 努力の姿を見て他人は、凄い、立派、偉い、などの分かりやすい誉め言葉を連発する。言われて嫌な気分にはならないが、同時に『だから、どうした?』の感情も湧き上がる。これがブログ主の今のスタンダードなのだから、大きなお世話だ(笑)。今日の記事を最後にまとめたい。難病とそれに付随する障害と共に生きることとは、すなわち健常者以上に全ての面で生きる努力をすること。この一点に尽きる。この世に生がある限り続き、ブログ主は抗い続けながらも消化するだろう。これがブログ主の営みなのだから。


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シリーズ記事 都心部地区活性化 他都市先進事例


【考察その6】
MICE先進地方都市福岡の戦略
50年前のライバル都市の現在地


画像1 今や最強の地方都市と変貌した九州の首都福岡市の都心部の天神地区の様子(画像 福岡市提供)

 ~『福岡市の観光・MICE2018年版(福岡市観光統計)』の概要について~(福岡市HP)をまずはご覧頂きたい。広島市も観光関連の指標が高い伸びを示しているが、福岡市はそれ以上である。『広島市のそれは、北米や欧州などの比率が高く中国バブルに左右されておらず、堅実だ』と言い張っても(嘘ではないが)、結果としては冷たい現実が突き刺さる。今日の主題であるMICEの項目の国際会議開催件数を国内都市別国際会議開催件数一覧表(日本政府観光局HP)にて探ると、JNTO規定だと福岡市-383件(国内第2位)、広島市-76件と5倍差がつけられており燦燦(さんさん)たるものだ。ライバルと言ったら福岡市に名誉棄損罪で訴えられそう(笑)なので、大風呂敷を広げ究極の目標として紹介したい。今日は国際会議ではなく、展示施設について考える。そもそも『MICE』とは、最近よく聞く言葉だがttⅰng(起業の会議・研修・セミナー)、ncentive(企業等の報奨・招待旅行)、onference(大会・学会・学術会議)、xhibition(展示会・見本市・イベント)の頭文字をそれぞれ取ったものだ。展示会といっても様々ものがあり、1.国際見本市 2.全国見本市 3.地域見本市 4. 専門見本市 と大枠で4カテゴリー化され、福岡市もだが、国際見本市の開催など東京や精々大阪市が中心で地方都市では縁がない。地域見本市が大半で専門見本市が時々入り、全国見本市はごくごく稀に入るパターンになる。見本市とは開催都市の背後にある市場を睨んでのものが多い。福岡市のMICEは『オールインワン体制』(下記画像3と4参照)がウリの一つだ。福岡市だけの独創ではなく、MICE先駆け都市の神戸市やお隣の北九州市などでも同様の体制を取っている。近年の流行りだ。その福岡市のMICE施設群の中核をなすのがマリンメッセ福岡だ(上記画像2参照)。詳細は以下の通り。


画像2 福岡市MICEの展示施設マリンメッセ福岡の外観。手狭となりお断りが増え、第二展示場計画が進む(画像 福岡市提供)

マリンメッセ福岡 
竣工:95年4月 所在地:福岡市博多区沖合町7-1
【施設概要】
 地下2階、地上4階(天井最高高さ/30㍍) 敷地面積:28,191平方㍍ 建築面積:19,
 628平方㍍ 延床面積:40,631
平方㍍ 収容人員:最大15,000人 アリーナ面積:8
 ,062
平方㍍(102.08㍍×79.685㍍) 
【施設詳細】
 多目的展示室:8,000平方㍍ 2階展示
スペース:1,100平方㍍ 海のモール:1,400平
 方㍍ サブアリーナ(3階):851平方㍍ 大会議室:410平方㍍ 収容人数250~500
 人 その他会議室:4ヵ所 376平方㍍ 
収容人数124~300人
 ~マリンメッセ福岡~(公式HP)

 福岡MICE3施設の利用率
     マリンメッセ福岡     福岡国際センター      福岡国際会議場
     利用日数  利用率    利用日数  利用率      利用率
13年  303日 90.4%   287日 85.7%     65.7%
14年  288日 86.0%   292日 87.2%     71.0%
15年  291日 86.6%   274日 81.5%     66.9%
17年  ・・・  83.9%   
・・・  90.4%     65.2%

福岡市のMICE3施設の利用率は軒並み高く、いや供給過小の表現もあながち言い過ぎではない。広島市だけではなく、他都市と異なるのはマリンメッセ福岡について言えばバブル期末期の設計で恐らく当時のどんぶり的な需要予測に基づき設計しているのにも係らず、供給過多にならず高い利用率を誇ることだ。MICE施設に限らず、バブル期の建設や需要予測に基づき建設した施設では軒並み赤字施設のコストセンターとなり、建設費の償還を含めその後の自治体のお荷物になっているものが多かった。95年完成のマリンメッセ福岡は、80%以上の利用率を誇る。統計上はまだ少し余裕があるように見えるが、スケジュール的にはほぼ限界に達しつつある。それゆえにしばしお断りという贅沢な悩みを抱えており、需要の取りこぼしが課題となっている。イベントや国際会議、展示会などの誘致に躍起になっている自治体からすれば羨ましい限りだ。隣接地に第二展示場建設計画も具体化しており、着々と進んでいる。 ~福岡市MICE関連施設整備方針(概要版)~(福岡市HP) 福岡市のMICEに対しての積極的な取り組み事例を紹介する。


画像3 都心部隣接のオールインMICE体制を支える中央・博多ふ頭の施設群(画像 福岡市HPより)

 福岡市MICEへの取り組み
(1)誘致営業活動
 ア 国際会議、学術会議等の誘致
   九州大学をはじめ各大学への定期的な訪問営業により、学会等の情報収集に努めるとともに
   、キーパーソンである大学教授等へのアプローチを継続的に行い、国際会議、学術会議等の
   誘致に取り組む。 また福岡市及び(公財)福岡観光コンベンションビューロー、「Meeti
   ng Place Fukuoka」と連携し、共同誘致活動等を行った
 イ 展示会・見本市の誘致
   開催実績のある主催者に対して、定期的な営業活動を行うとともに、日本展示会協会など業
   界団体からの情報収集や他施設での開催状況の把握等を行い、3施設の 特性を活かした利用
   プランの提案を行うなど、新規催事の誘致に力点を置いた。 特に、福岡市のMICE戦略に
   おける重点分野(新産業/クリエイティブ産業/ 医療・医学/スポーツ/食)の展示会・見
   本市等の誘致を目指す  
 ウ 興行系催事の誘致
   開催実績のある催事の定着化を図るとともに、新規顧客の開拓に向けて、マリン メッセ福
   岡、福岡国際センターのアリーナ機能や多目的施設の特徴を活かしたコン サートなどの興
   行系催事や、スポーツ大会の主催者・関係団体等に対して、積極的な営業活動に取り組んだ。 

(2)広報宣伝
   17年度は、施設情報を広く知らせることを目的として、全国版や地場の業界誌等に、広告
   掲載を行った。
(3) 満足度の高い運営サービスの提供  
 ア ワンストップサービスにおける対応力の向上
   複数の施設を利用する利用者に対して総括担当者を配置するワンストップサービ スの強化を
   図るため、新たに3施設を一本化した業務マニュアルを作成したほか、委託先スタッフを含
   む関係者によるバックアップ会議を設け、利用者の多種多様な要望に迅速かつ的確に対応す
   る体制を整えた。17年度は、福岡モーターショー、サンパレスを含む4施設を同時利用す
   る催事が合計6件開催され、特にワンストップサービスの効果が発揮された。

 イ 複数催事の同時開催等における交通対策の強化
 ウ 情報環境の充実 エ 快適な利用環境の提供  オ 安全・安心の施設サービスの提供

 福岡市のMICE都市としての大きな強みは、空港とJR博多駅、都心部地区、MICE施設地区の4地区が近距離で結ばれていることだ。福岡市営地下鉄空港線が
空港とJR博多駅、都心部の3地区を貫き、MICE施設が少し外れてはいるが都心部循環の西鉄の連接バスが16年8月より就行した。JR博多駅~都心部(天神)地区~博多・中央ふ頭のMICE地区~JR博多駅のコースで、利用は順調のようだ。福岡市と西鉄ではBRTと僭称しているが、BRTの要件を何一つ満たしていないので『疑似~』『日本式~』ですらない。話を戻すが、現在滑走路が1本で手狭な福岡空港も移転はせず、現在地で第二滑走路の建設が予定されている、MICE都市福岡の将来は今後も明るいと言える。


画像4 福岡空港、JR博多駅、天神地区、中央・博多ふ頭のMICE地区の立地図(画像 福岡市HPより)

【考察その7】
タイミングの悪さと社会情勢に流され続けたMICE(展示)施設
はかなく消えたバブルの夢の跡


画像5 拡大図(要拡大) かっての広島県の港湾計画『ポートルネッサンス21』の中に組み込まれた『メッセ・コンベンションシティ構想』の交流施設用地(計51.9㌶)、2ヵ所の港湾緑地(計31.6㌶)の施設配置図(画像 広島県HP)


画像6 『ポートルネッサンス21構想』の各地区整備イメージ図 全体イメージ図(画像 広島県HPより)

 さて広島市の話に入る。広島市のMICE施設の歴史については以下の記事にまとめている。 ~メッセ・コンベンションシティ構想の今~ 建設予定地の埋め立て時期と構想時期とのタイムラグがあり、社会情勢の荒波にさらされ、不運なことに市の財政難もあって結局、バブルのはかない夢で終わってしまった。構想自体、アストラムラインの同地区への延伸が必須だったので宇品・出島地区の延伸が100%なくなった99年時点で意味がなくなったと言えなくもない。それでも市は出島地区への展示施設建設は諦めておらず、設計まで終わっていたが03年市が財政非常事態宣言を発令。04年2月、『公共事業見直し委員会』の答申を受け、当時の秋葉市長が事業の『いったん中止』を決め、現在も宙ぶらりんな状態となっている。広島商工会議所辺りでは、昨今のインバウンド需要の高騰を受け旧市民球場跡地への施設建設を切望している動きがあるらしい。しかし肝心の広島市は、県が広島港の長期構想を立案している現在でもその態度をはっきりとさせず、静観の構えのままだ。サッカー専用スタジアムの広島みなと公園案で展示施設との複合案が提示されていたが、サンフレの使用拒否で同案はほぼとん挫している。行政や商議所の見解は、宇品・出島地区へのMICE施設建設はハードルが高いことでは一致している。ブログ主も、MICE施設を建設するのであれば、都心部地区一択しかないと考える。まずは宇品・出島地区では都心部地区から距離(広電では5.9㌔以上)もあり、地下鉄などの定時性が高い公共交通機関がない広島市では、実際の距離感以上を感じる。宿泊施設や商業施設、他のMICE施設とかけ離れた場所にポツンと展示施設だけ立地していても、相乗効果は全くなく福岡市のような関連施設を同時に使う催事の開催など望めない。 これを思うと当時の秋葉市長の決断は、正しかったこととなる。仮に出島の地に建設していれば、福岡市や神戸市以上にコンパクトMICEが求められる広島市にとって、遠隔地にある現広島空港に匹敵する短所になっていたかも知れない。

 現行の広島市内のある展示施設は、
広島市中小企業会館(広島市西区 展示面積2,640平方㍍)、広島県広島産業会館(広島市南区 展示面積 9か所 5,500平方㍍ )、広島グリーンアリーナ小アリーナ(広島市中区 1,700平方㍍)で、展示面積は計9,840平方㍍だ。そこそこのスペースは確保されているが、都心部地区立地は広島グリーンアリーナだけ。コンパクトMICEには程遠い。市の施設だと広島市中小企業会館になるが、竣工が79~80年と築40年近く前で老朽施設化が進む。展示面積も2,640平方㍍と都市規模の割には手狭で交通の便は悪くはないが、デルタ地区の西の端で好立地とは言えない。稼働率も85.4%(15年)と限界に近い。広島市もMICE都市を将来の戦略に掲げるのであれば、名に恥じないハコが必要だ。当ブログでは、公共事業については、費用対効果を見極めた上でとか、選択と集中などを事あるごとに主張するが、展示施設については広島市の都市戦略上からも、現在は言うに及ばず将来においても必要な施設と考える。決して無駄にはならないだろう。アストラムラインの西風新都線や広島市東部連続立体交差化事業のほうが無駄に感じる。

【考察その8】
MICE(展示)施設の建設地は中央公園広場しかあり得ない
都市公園法のハードルをどうクリアするのか?


画像8 ブログ主が考える展示施設の最適地-中央公園広場(広島城横の長方形の広場)の様子。スタジアムとの複合施設が、ハードルは高いが実現すれば面白い(画像 ひろたびより)

 MICE(展示)施設立地を都心部地区に求めるとすれば、候補地は中央公園広場一択となる。スタジアム問題との絡みで、2施設との複合化をよく主張する。立ちはだかる壁-都市公園法と周辺住民の反対-などを仮にクリアして建設する場合、素人目線でも建設費はスタジアムだけでも190億円、MICE施設併設だと250億円はかかるかも知れない。この地を推奨する理由は、一にも二にもその利便性だ。公共交通アクセスだとJR新白島駅から1.0㌔強と徒歩10分程度。市内・郊外線バス、アストラムライン、広電市内軌道線と広島の公共交通全員集合とも言える場所だ。ホテル等の宿泊施設は徒歩圏内に掃いて捨てるほどあるし、世界遺産の原爆ドームなどの観光資源も豊富。商業施設も紙屋町と八丁堀地区が控える。疑似施設として広島グリーンアリーナ小アリーナや市が整備を予定している旧市民球場跡地のイベント広場もあるが、それぞれがその特性を活かし競えば供給過剰にはならないだろう。国際会議場も平和公園内にあり、理想的な都心型のコンパクトMICEが実現する。現行の市の施設である広島市中小企業会館の展示面積は、2,640平方㍍。市と経済界あげて誘致に積極姿勢を見せていない現段階でも基本需要がある。福岡市のように官民挙げての誘致組織を立ち上げ本格的に取り組めば、3倍程度の面積(8,000~9,000平方㍍)がある展示場の新設も問題ないだろう。スタジアムとの複合化とする理由は、にぎわい性創出の観点もあるが単体施設では、赤字施設のコストセンターになる可能性もあり相互補完の意味合いもある。MICEを一押しする理由はその経済波及効果にある。
 
広島市における各経済波及効果例
MICEの経済波及効果-年間約981億円
広島市の都市観光の経済波及効果-
16年約 2,297億円(観光消費額のみ)
カープの経済波及効果-16年約340億円 17年-350億円
サンフレの経済波及効果-15年約70億円


 最近では、野球やサッカー、バスケのようなスポーツコンテンツを利用したにぎわい性創出と、それに伴う都市経済活性化が都心部地区の在り方の一つとしてもてはやされている。手段の一つとは思うが、ハコ(スタジアム)と試合数に限りがある以上は、限界値が当然ある。隆盛を極めている感がするカープでさえ、この数字。都市観光やMICEには潜在需要も含め敵わないと考える。上記に示した4つのうち、一人当たりの消費額が最も大きいのがMICEだ。観光庁の調べだと、MICE参加者の平均消費額は日本人-約5.5万円に対し、外国人は4.8倍の26.3万円。他の追随を許さない。将来、今以上に大化けする可能性もある。あくまでも可能性の話だが・・・。最後に最大の難関となる都市公園法について触れたい。ご存知の通り、広島中央公園は都市公園法の縛りがある。現行法では、劇場、ホール(歌舞伎座、神楽殿、公会堂、音楽専用ホール、ライブハウス)観覧場(観客席のある運動施設など)映画館延床面積1万平方㍍を超える店舗、飲食店、展示場(メッセ)、遊技場(テーマパーク・遊園地)がNGとなっている。 ~現行の制約条件の再確認~(広島市HP) 安倍政権下では多くの都市が抱える都心部の都市公園の有効活用を模索し、都市緑地法等の一部を改正する法律~(国土交通省HP)が、立案された。内容を見ると『規制緩和によりぎわい性創出も含めた維持管理を、民間に一部委ねる』が、主な骨子のようだ。大胆な改正にまでは至っていない。大胆な法改正も一長一短があるので何とも言えないところだ。要は今もMICE(展示)施設は原則NGだ。特区制度が頭に浮かぶが、例の問題でケチがついた。実現の可能性を探れば、主体施設の付属施設として整備する手法はどうだろうか?  

 参考となるのが広島グリーンアリーナだ。旧広島県立体育館なのだが、アジア大会開催に向け、古い体育館を大アリーナ・小アリーナ・武道場・弓道場・フィットネスプラザとその付帯施設を整えたものに建て替えた。
小アリーナはスポーツ利用をメインとしながらも、展示場利用も可能な構造にした。これを倣うのだ。サッカースタジアムを表向きの主施設とし、付帯施設の名目で展示施設を別名義で併設させる。何やら節税を超え、脱税に近いものも感じなくはない。賛否が分かれる案ではあるが、知恵と工夫があれば現行法制下でも可能性はあると考える。最後にもう一つ。周辺住民の反対だ。現在のスタジアム問題でも、これが理由で膠着している。広島市民としては複雑な感情があるにはあるが、正当な生活権の主張であれば、耳を傾けるしかない。あの場所は周辺住民の人たちのものであると同時に、全広島市民のものでもあることを再認識してほしいと思う。こう言っては語弊があるが、騒音や安全問題云々というのは、表向きの理由でしかなく広場利用の制限を受けるという大げさな表現を借りると、既得権益の剥奪が背景にあるような気がする。感情論にも結び付くので中々、合意形成は容易ではないだろう。広島市にとってMICE(展示)施設整備は、中・長期の課題ではなく、短・中期の課題ではないかと考える次第だ。早期の実現を願ってやまない。

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参考記事 『将来の封入値筋炎患者へ ブログ主闘病史』

この記事を読むに当たり

 当ブログへの訪問有難うございます。この記事を読むに当たり、留意して頂きたい点があります。まずは医学知識ではなく、ブログ管理人である私の封入体筋炎の闘病生活の体験に基づき書いている点。発症時期によりこの記事に書いている通りになるとは限りません。便利な言葉を用いると個人差が必ずあります。次は封入体筋炎同様のミオパチー系疾患であっても、疾患ごとの進行速度や筋委縮部位などが大きく異なるケースや薬物・リハビリ療法の環境の差もあるので、同列にすることが難しい場合も多々あります。以上2点を差し引いた上で読んで頂ければ幸いです。このシリーズ記事は、封入体筋炎患者の各進行ステージでの取るべき正しい道を書きたいと思っています。言うまでもないことですが、あくまでもブログ主の経験と主観の基づき書いています。一患者の意見なので、参考程度で読んで頂ければ助かります。内容が『将来の封入値筋炎患者へ ブログ主闘病史』と重複しますが、併せて読んで頂くとより参考になるでしょう。では始めたいと思います。

1 発症初期 その1 発症~初受診
ステージⅠ(上記画像1参照)
 

画像1 筋ジストロフィーデュシェンヌ型の進行レベルの障害分類 拡大図 封入体筋炎と進行状況が似ているので参考として用いる。画像 『国試塾リハビリアカデミー』中島塾長のブログより


画像2 膝崩れ転倒をする男性のイメージ図画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

①筋疾患を疑うべき症状
 
膝崩れ転倒をするようになった(普通は年に1度も転倒などしない。精々数年に1度の頻度)
 以前より疲れやすくなり、休日前の体力消耗度合いが尋常ではない(短期の変化に注意)
 指先作業-シャツのボタンかけ、書字、箸使い-の難易度が上がった
 仕事で、作業効率が明らかに低下した(短期の変化に注意)
 会社の健康診断でCK値(メディアカルノート)の数値が異常値を示した
 全力疾走が出来なくなり、小走り程度しか出来ない
 階段の昇降時(特に昇り)の疲労度が並大抵ではない
 
歩行速度の低下-他の歩行者に追い抜かれる

  -1) ①の症状を感じた場合の対処法
   毎日の現象でなければ、当面は経過観察に徹する。仕事の作業効率については、自身の能
   力の問題なのか、それとも身体の問題なのか?理由を冷静に見極める。階段昇降や歩行速
   度については加齢や体力消耗による一時的なものなのか、それとも別理由によるものなの
   かを見極める。CK値の異常値は、前日に激しい運動をした場合にも検出されることがあ
   り、そこを冷静に見極め、その後の指示に従う。一時的な現象だったあなたは、今後経験
   する地獄へと続く辛く長い道を回避しました(笑)。
  
  -2)日常生活の些細な変化が常態化してその理由が体内の起きている何
     
か、と確信した場合の対処法

   開業医の脳神経内科受診がベストだが、そこそこ規模の医療法人グループの中核病院でも脳
   神経内科がある医院は少ない。仮にあっても常駐医はおらず、公的大病院の出張診療が殆
   ど。週に2~3日で半日だけのパターンが多い。仕事との折り合いをつけて受診出来ればこ
   れに越したことはない。出張医師の所属の公的大病院への紹介状を書いてもらえる。平日受
   診が難しい場合は、少し回り道になるが土曜日などに整形外科(ブログ主がそうだった)、
   又は内科の受診をしてみる。初受診は後々、障害年金において大きな意味を持つ。初受診時
   の加入年金が国民年金であれば、過去に厚生年金保険料を支払っていても障害年金受給の際
   には障害基礎年
(障害国民年金)だけとなり、厚生年金加入であれば障害基礎年金(障害
   国民年金)+障
害厚生年金となり、後の生活の一助にも二助にもなる。ブログ主も発症の
   年後から月額換算で平均20万円弱を受給している。詳しくは後の記事で書きたい。 ~
   障害年金~(日本年金機構HP) カルテの保存期間などをそれとなく聞いておくのも悪く
   ないだろう。後々の布石になるかも知れない。話を戻すが、ブログ主としては、紹介状がな
   くても受診可能で脳神経内科がある病院を探し出して、診察曜日などを確認し受診するほう
   が手間が省けていいだろう

2 発症初期 その2 初受診~検査(筋生検前)
ステージⅠ(上記画像1参照) 


画像3 
ブログ主が初通院した頃(08年)の広島大学病院の診療棟(現臨床管理棟) 画像 ブログ主撮影

発症初期(初受診~本格検査)の大まかな流れ
 1)常駐医がいない医療法人の中核病院の脳神経内科受診
   問診、歩行状態の確認、四肢肢(手足)を叩き神経伝達状態の確認、握力測定など初歩的な
   検査を実施などを数回の受診にて実施。その後、出張医師が所属する常駐医がいる公的病院
   及び、大学系附属病院などに紹介状を書いてもらい転院
 -2)整形外科の受診
   先ずは神経伝達系の障害による筋委縮の疑いが持たれ、そちら方面からの原因特定のアプロ
   ーチが取られる。神経や血管の滞りを取り除く薬などの処方がされる。数回受診して改善さ
   れない場合はMRIで症状が出ている部位を
検査して確認ずる。神経伝達の問題ではないこ
   とが確認された場合、対応が不可能として常駐医がいて検査設備が整っている公的な病院、

   大学系附属病院などに紹介状を書いてもらい転院
 -3)初診に臨むに当たり留意する点
   ◇
自覚症状を覚え始めた時期、そしてその症状、状況などを極力詳しくメモに箇条書きで分
    かりやすくまとめておく。何かしている時に急に思いだした場合は、その何かを一時中断
    して書き留める。この発症時の状況説明は嫌になるほど聞かれる  
   
例えようがない不安感に襲われると思うが、家族には極力明るく振舞い、いつも通りの自
    分を演じること。間違っても無関係の家族には八つ当たりなどはしない。いずれは家族の
    協力なしでは生きていけなくなるので、その辺を考える
  ネットで、情報収集するのも決して悪くはないがそれ相応の覚悟を以て、検索すること。
    覚悟無しで興味半分ですると、ショックのあまりメンタルの健康を害する可能性が出る。
    いずれは現実を受け入れる必要が出てくるが、この時期においては、刺激が強過ぎる。
    初期段階では『知らぬが仏』のほうが幸いすることもある。検索するのであれば
検査
    ある程度進み疾患名が絞られ、患者としての耐性が整ってからのほうが無難
   
会社の人間には、報告を求められない限り詳細は伝えない。特に異動に係る部署の人間に
    は自ら箝口令を敷く。思わぬ不幸を招き寄せる可能性が無きにしも非ずだ。ブログ主は4
    年間真実をひた隠しにした。徹底的に原因を追究する、などと息巻いて退職する愚行は絶
    対にしない。辞めるのはいつでも辞めら
る。必ず、数年後死ぬほど後悔する(笑)。


画像4 裏手のいこいの森から望む広島大学病院の入院棟の外観(画像 広島大学病院HPより)

➂本格検査開始後からの流れ

  -1)外来による検査
   外来による検査は疾患名特定まで途方もない時間を要する。MRIの検査1つ取っても空き
   待ちがある。遅々として進まないことは覚悟した方がいい。仕事柄、長期の有休消化が難し
   い場合などは消去法でこの道を取らざる負えないのだが、一長一短だ。検査はMRI数回、
   CT、エコー、知能検査、筋電図、採血、採尿などがある。検査が進むごとに可能性が低い
   疾患は切り捨てられ、可能性が高いものを残し疑う。絞り込みを進め、最終判断となる筋生
   検査までに3つぐらいに仮特定をする。ブログ主の最初の疾患名の『ミトコンドリア脳筋症
   』に特定されるまで、筋生検なしでも半年以上を要した。

  -2)検査入院による短期での疾患特定
   外来により検査期間短縮を図ることを目的としたのが検査入院だ。ブログ主は疾患発症から
   3年年後、最初の疾患名に疑いが持たれ再検査することとなった。その際に勤務していた金
   融機関の人事から障害者手帳の取得を半ば強制(殆どパワハラ)され、別の目的で予約を入
   れた。時期にもよるが、公的な大病院だと予約待ちで数か月かかる場合がある。仕事の都合
   で1回スルーしたブログ主は、予約から半年後に検査入院をした経験を持つ。折り合いがつ
   きやすい仕事に就労している方や時間の余裕がある方は検査入院がお勧めだ検査入院待ち
   のロスはあるが、外来の検査よりは圧倒的に早く疾患名特定可能だ。疾患の特性上、緊急性
   がないので後回しにされやすい傾向はあると思う。
  -3)この時期で注意すべき点
  ◇検査が進むにつれて、とんでもない状況に置かれていることを理解し始める。理性では理
   らしきものは出来ても、メンタルがついて来れない状況に追い込まれることも予想される。
   余りにも急過ぎて、夢の出来事にしたい思いも当然湧き上がる。急に現実を受け入れる無理
   な努力は厳禁。真摯に向き合うことは大事だが、自身の許容量の範疇で向き合うのがベスト
  ◇この時期に入ると、不治の病どころか、生命予後が大不良の衝撃の事実が薄々分
かり始め
   る。病気を治せない事への不満や不信から、医師及び医療機関への感情的なわだか
まりが大
   なり小なり生じる。にわかに仕入れた知識で全てを把握したと勘違して、医師との対
決姿勢
   を
持つことは今後の闘病生活を送る上で決してプラスには働かない。医師との関係は『遠か
   
ず、近からず』がベスト。真逆の依存体質も問題がある

  ◇自覚症状を覚え、数ケ月、脳神経内科への通院を数度繰り返すと、
個人差はあるが、この病
   への耐性らしきものが構築され始める。既に健康状態ではない自分を自覚し、置かれている
   状況を渋々、認識する。この頃になると筋肉の疾患の情報収集を始めるのも悪くない。まあ
   言わなくても自身のことなのでやるとは思うが
ウィキペディアは参考にしないのが無難
   だ。記述者の身元が不明で、信憑性に今一つ欠けること。実際医師に聞いても100%信用
   してはいけないと答えられたことがある。疾患名が2~3に絞られた段階では、難病情報セ
   ンター(公式HP)がベスト。絞られる前で『筋肉に何か問題があって筋委縮を引き起こし
   ている』程度しか分からない場合は、筋ジストロフィーで調べると、何となくの疾患環境

   把握可能だ。感覚的なものを知りたい場合は、患者本人のブログが最適だ。『〇〇(疾患名
   )患者の闘病ブログ』とか『にほんブログ村-筋ジストロフィーカテゴリー』などで検索す
   ることをお勧めする。専門家による文献とは異なり、文章自体は稚拙で構成力などは劣るが
   当事者の生の声は、説得力がある。細かくカテゴリー分類しているブログなどは、ピンポイ
   ント記事が検索しやすいのでよりいいだろう
  ◇現実を受け入れられず、筋肉の疾患であることを否定したい気持ちがこの段階では必ずあ
   る。それを証明したいばかりに、他の医療機関への受診を考えるようになることがあるが、
   これは得策ではない。出る答えは、変らない。セカンドオピニオン(広島大学病院HP)
   もあるので疾患名が特定されるまでは、1つの医療機関受診がベスト。結果を先に言えば、
   最終判断を下す筋生検が可能な医療機関は限られるので、行き着き先は変わらない。この
   辺の事情については後日の記事で詳しく書きたい。

続く

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カテゴリー記事 広島の都市問題 都心部活性化


 21世紀に入り、停滞感が漂う旧来からの都心部地区の紙屋町・八丁堀地区だが近年、インバウンド需要の高騰で老朽ビルのホテルなどの建て替えが進み、活況感を取り戻しつつある。これまでは民間中心の動きが中心だったが、ここに来て官の動きも出始めている。紙屋町・八丁堀地区(中区)の都市再生緊急整備地域の国指定が濃厚となり、それと連動したものだ。今日はその話を取りあげたい。
…………………………………………………………………………………………………
今日のお題 9月21日中国新聞1面より引用
候補地に基町駐車場
広島商議所 一帯再開発検討



画像1 9月20日中国新聞22面より(ブログ画像からは全て読めません)

【記事詳細】
 老朽化した広島市中区基町の広島商工会議所ビルの建て替え・移転を巡り、広島市、広島商工会
 議所。広島県などが同区の市営基町駐車・駐輪場を候補地に、一体で再開発事業の検討に入った
 ことが25日、分かった。同駐車場がある紙屋町・八丁堀地区は近く『都市再生緊急整備地域』
 に指定される見通しで中心部のにぎわいを生み出す柱の事業にしたい考え

 都市再生緊急整備地域に指定された場合、規制緩和で大きなビルが立てられるようになり、税制
 支援も受けられる。市と広島商工会議所は指定のメリットを生かし、老朽化が進む同駐車場の廃
 止を視野に新しいビルを建設。中心部の活性化に弾みをつけたい考えとみられる。開発するエリ
 アが、同駐車場南側の広島朝日会館ビル跡地など周辺地に広がるかのかも焦点となっている

 基町駐車・駐輪場は、1970年の完成で鉄筋7階建て延面積2万2千平方㍍。81年以前の旧
 耐震基準で建てられ、市が昨年公表した耐震性能の調査では震度6強以上で
『倒壊または崩壊す
 る危険性が高い』と判定された

 今の商議所ビルは65年の完成で、商議所側には単独でまとまった土地を購入し、ビルを建て替
 えるのは資金的に難しい事情がある。中心部の同地であれば、交通アクセスが良く好立地とみ
 る。現在地の建て替えも選択肢として残すが、世界遺産の原爆ドームにも近く景観保全のための
 建物の高さ基準がネックになっている。広島商工会議所深山会頭は2月の定例記者会見の場で、
 移転・建て替えについて紙屋町・八丁堀地区を軸に検討すると正式に表明していた

関連中国新聞記事1 
広島・基町駐車場一体 再開発検討を表明(要拡大)

画像2 9月27日中国新聞より(ブログ記事画像からは全て読めません)

関連中国新聞記事2 商議所移転 複合ビル期待(要拡大)

画像3 9月27日中国新聞地域経済面より(ブログ記事画像からは全て読めません)

…………………………………………………………………………………………………
【考察その1】
旧市民球場跡地利用問題に流され続けた商議所の移転問題


画像4 広島朝日会館跡地から基町駐車・駐輪場を望む(画像 アンドビルド広島より)


画像5 基町駐車場ビルの単体の様子(画像 広島都市整備公社HPより)

広島商工会議所の移転・建て替えを巡る経緯
06年01月 商議所の都市機能委員会がビル移転を含む広島市民球場跡地利用構想を発表
09年01月 広島市が球場跡地の利用計画を決定。ビルを跡地の東側に移す案を示す
10年09月 商議所が13年春に市の助成を利用した移転を目指す新ビル案を発表。費用
       の全額負担を前提とする市との認識の相違が表面化
   12月 深山秀樹現会頭が就任

11年04月 旧市民球場跡地利用見直しを公約に掲げた松井一実市長が就任
   05月 商議所が新ビル計画の延期を発表
15年10月 現商議所ビルが完成より50年を迎える
16年07月 深山会頭が商議所ビルの移転・建て替えの本格検討を開始を表明
17年03月 広島県と市が『ひろしま都心活性化プラン』を策定
18年02月 紙屋町・八丁堀地区への『都市再生緊急整備地域』への指定を国と協議しているこ
       とが明らかになる
       深山会頭も移転先を紙屋町・八丁堀地区を軸に検討していると表明
   09月 松井市長が商議所ビルの移転・建て替えを巡り、市営基町駐車場・駐輪場を候補地
       に一体で再開発事業を検討する方針を決定
 ⇐今ここ

 今回の発表は、広島市、広島商工会議所、県の三位一体となった機に適う再開発構想ではなかろうか?新聞報道では、駐車・駐輪場だけではなく『一体』と称しているので、南側の広島朝日会館跡地(現コインパーキング)や西隣の中電基町ビルも含めた大々的なものとなるのか?それとも連動性に乏しい個別のものとなるのか?注目される。都市再生緊急整備地域においては、個別のものであっても上空でトンネル状につないだビル建設などが可能なようで地区全体での一体感を醸し出せるという。上記の3者とだけではなく、それぞれの地権者との協議も進め早期の合意形成を目指すとしている。『広島朝日会館跡地+市営基町駐車・駐輪場(敷地面積約4,200平方㍍)+中電基町ビル』の合作になれば、ヒルトンホテルの進出が予定されている中区富士見町エリア再開発(約6,403平方㍍)に匹敵する規模になる。中電基町ビルの取り込みは難しいかも知れないが、相生通りに面した南側の広島朝日会館跡地の取り込みは是非とも欲しいところだ。内容は新聞記事でも書いているが、商議所、オフィス、ホテル、ホテル、観光情報発信拠点などが視野に入っているようだ。ありきたりではあるが、好立地を生かした小規模なMICE機能(会議室や展示施設)も加えてほしい。この立地を放っておく手はないと思うのだが・・・。今後どのような青写真が描かれるのか?楽しみである。市の財政状況を鑑みて、中区富士見町エリア再開発同様のPFI事業での早期完成を願ってやまない。

画像7 市営基町駐車・駐輪場の立地図(画像 9月26日中国新聞より) 

 次は広島商工会議所について話したい。上記の経緯でも書いたが、最初にビル移転を含む建て替え構想を打ち出したのは今から12年前の06年。広島市民球場が現在地に移転したのが08年4月。当時の秋葉前市長が跡地利用計画(広島市HP)を09年に策定したが、計画決定の不透明さを反対勢力に突かれ政争の具になった。そして現松井市長が11年に就任し秋葉跡地利用計画は白紙撤回され、振出しに戻った。セット論だった商議所移転も右に倣った。13年3月に旧市民球場跡地の活用方策(広島市HP)が決定したが、同年6月からサッカースタジアム検討協議会(広島市HP)が立ち上がり、跡地も有力候補地だったので建設最適地決定待ちとなった。ところが様々な要因が複雑に絡み合い、5年経過した今もまだ議論している(笑)。15年1月に広島市が公表した跡地利用のイメージ図(広島市HP)では、商議所ビルらしきものは一切ない。工程表を見ても文化芸術施設の検討には触れているが、商議所ビルについては全く触れていないことを考えると、表向きには跡地利用セット論も立ち消えになったのかも知れない。13~15年にかけては深山会頭の発言はサッカースタジアムに関するものは多かったが、商議所ビルについて言及するものは少なかったと記憶している。サッカースタジアム議論を含めた跡地利用の動向を見極めていたが、長期化の様相が色濃くなった16年頃、同地への移転と建て替えを諦めたのではなかろうか?この年の7月に本格検討を開始を表明しているが、想定候補地には選択肢として跡地を残しつつも本命は、他所の可能性を探っていたに違いないと推察する(笑)。そうそう悠長に構えていられない事情としては、商議所ビルの老朽化、平和公園の原爆死没者慰霊碑からの景観問題があったと思われる。下記画像8原爆死没者慰霊碑から望む商議所ビルだ。古く美観的にも優れない商議所ビルが実に目障りだ。ドーム北側の景観の重要性が分かろうと言うものだ。丹下健三構想に沿った南北軸の景観保全は、都市観光を縮小社会(超高齢化+大幅人口減)時代の生き残り戦略に掲げる広島市では必要だ。市も当面は植栽で景観保全する方針を打ち出している。独力での移転・建て替えは資金的に難しく(積み立てなし)、今回の再開発は渡りに船だったのではなかろうか?いずれにしても、『基町駐車・駐輪場一帯再開発』は、紙屋町・八丁堀地区の都市再生をけん引するリーリングプロジェクトになるだろう。


画像8 平和公園内の原爆死没者慰霊碑から広島商工会議所ビルを望む。実に目障りだ(笑) 画像 広島・都市再生会議より

【考察その2】
所詮、再開発や跡地利用は期間限定の対処療法
紙・八地区には根本治療が必要



画像9 今年の4月に開催された『FISE Hiroshima 2018』の様子(画像 アンドビルド広島より)

 都心部地区のにぎわい性創出の重要性を叫ばれ始めて幾久しい。賑わい性創出の手っ取り早い方法は集客施設の建設だ。大規模商業施設やプロスポーツコンテンツのスタジアムやアリーナを建設すれば、一定のにぎわい性は生まれるだろう。他地区に流れている市民を足を再び都心部地区に向けさせるきっかけぐらいにはなるかも知れない。ただ
大規模商業施設は広島都市圏のオーバーストア状態が指摘される中、人の流れを大きく変える規模のものが立地する可能性は現実には低く、スタジアムやアリーナとて必ず稼働率の問題が付きまとい、複合施設化に向けて法の規制を受けない導入可能な大規模な遊休地は皆無で、都市公園が候補地となるが営利的な複合施設は都市公園法の縛りがあり難しい。再開発ビルとて一時的なカンフル剤ぐらいにはなるが、その効果が半永久的に続くかと問われたら、開業効果がある数か月ぐらいと答えてしまう。現在広島市の旧来からの都心部地区(広島駅前は除く)で大規模再開発は構想段階も含め、『中区富士見町エリア再開発』『広島サンモール一帯再開発』、そして今回の『市営基町駐車・駐輪場一帯再開発』の3ヵ所となる。この再開発が皆が望む理想的なものが仮に完成したとしても、賑わい性がV時回復するとは思えない。そもそも論に立ち返るが、かって賑わっていた都心部地区の何が失われたのか?これを考えないと無駄な回り道をしてしまう。行政機能は公官庁の移転はないので横ばいと仮定して、業務機能も市内立地事業者数推移も空洞化するほどの極端な減少はない。消去法で商業機能に行き着く。下記に都心部地区にまつわる商業機能の各指標を思いつくだけ並べてみる。

都心部地区の商業機能低下を示す各指標
  紙屋町地下街【シャレオ】日計通行人数
   02年-平日16.2万人 休日16.3万人 
   17年-平日14.6万人(90.1%) 休日13.0万人(79.8%)
  中国新聞社の広島市広域商圏調査
   
2002年
   都心部75%(紙34%+八34%+広7%) 
   郊外20

  (西10%+宇・皆5%+八・緑5%+府ー%、祇ー%、廿ー%、西風ー%)
   2017年
   
都心部34.9%(紙15.5%+八14.8%+広4.6%) 
   郊外54.3%
  (西7.4%+宇・皆9.5%+八・緑6.0%+府16.6%+祇6.6%+廿8.2%
   +西風ー%)

   紙ー紙屋町、八ー八丁堀、広―広島駅周辺、西ー西部商業地区(商工センター)周辺、
   宇・皆ー宇品・皆実町周辺、八・緑ー八木・緑井周辺、府ー安芸郡府中町周辺、祇ー祇園
   周辺、廿ー廿日市市役所周辺、西風ー西風新都内

  小売業の売上推移(下記画像9参照)
   98年 広島市全体1兆5,182億円 中区5,368億円(35.4%
   13年 広島市全体1兆2,560億円 中区3,728億円(29.7%
   広島市全体-98年⇒13年 17%減少 中区-98年⇒13年 31%減少



画像10 広島市全体と各区ごとの小売業売上高推移(画像 日本政策投資銀行HPより)

 注目したいのは、休日のシャレオの通行人数の落ち込みと広域商圏調査の紙・八地区の支持率低下、小売業の売上推移の中区の相対的地位低下だ。これだけ数字にはっきり出るとさすがに言い訳はできない。結局のところ郊外大型商業施設の乱立が、現在の都心部地区の苦境を招いた原因となるのは明白だ。近年の広島駅周辺再開発で南口再開発B・Cビルと 橋上・高架下商業施設の開業を以てしても広島駅周辺を含めた都心部全体の底上げは叶わなかった。自動車利用という利便性の前では、ハコモノ(商業施設)同士の戦いでは、正直分が悪い。となると、郊外大型商業施設にない魅力を都心部の紙・八地区が打ち出し求心力を高める必要がある。それは何かと問われたら、回遊性の向上に他ならない。回遊性を大きく阻害しているものに、道路中心の都市空間の問題がある。都心部地区に流入する自動車量の約3割は通過交通と言われる。まずはこれを排除する道路交通網の再編を行い、主たる路面公共交通の路面電車・バスの再編と高度化も併せて行う。その後に欧州都市の歩行者専用道路ネットワークの構築とまではいかないが、歩行者中心への都市空間の再配分を行うのだ。

 冷静に考えてほしい。都心部地区全体をあたかも1つの商業施設に見立てると、各フロアの通路にひっきりなしに商品搬入の大型の台車が、営業時間に通行して行く手を遮るようなものだ(笑)。歩いていても、楽し気な雰囲気が漂った都市空間をそこに再現させるのだ。現在利用はされているが、点の存在でしかない河岸緑地帯のオ-プンカフェを平和大通りにその他飲食や物品販売露店も加え拡大させる。点同士が結び付き大きな線となって、そこに新たな回遊性が生まれる。中央公園や縮景園、再整備が予定されている比治山公園まで伸ばす。行政自ら、ない金をはたき無駄に汗をかくよりは必要な規制緩和、必要最低限度の都市インフラ整備。都心部3地区全体、各地区全体、個別地区それぞれを統括するエリアマネジメント組織の立ち上げ(運営は民に任す)など黒子役というか、ある時期が来れば後方支援に徹する。時間こそかかるかも知れないが、
こんな一時的な対処療法ではない根本治療が紙・八地区には必要と考える。これまでも同地区復活の期待を背負った事業がいくつかあった。12年の『広島トランヴェールビルディング』、15年の新白島駅(アストラムラインとJR山陽本線との結節)などがそうだが、一時的な人気こそ博したが、状況は変わらなかった。新白島駅の時など、現行の広島駅下車の広電市内軌道線経由(紙屋町東)だと14分の所要時間が、新白島駅下車のアストラム経由(本通)だと僅か5分で、アクセス向上効果による復活が期待されていたが、何も変わらなかった。その苦い(?)過去を今こそ思い出すべきではなかろうか? 大規模な公的投資も永遠には続かない。ただ、今回の市営基町駐車・駐輪場一帯再開発は積極的な民需誘導役としての期待は高い。今後の展開に注視したい。

 
画像11 ドイツ第3の都市ミュンヘンのトランジットモールの様子(画像 MVG公式HPより)


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西日本豪雨被災地への募金受付窓口まとめ ボランティア情報
シリーズ記事 広島の都市交通 JR


 今日は久しぶりに広島市東部連続立体交差化事業を取りあげたい。長年の懸案が動き始めた感がするが、県も市も形を少し変えてでも実現を至上命題としている。動き始めている事業をブログで批判しても詮無きことだが、どうしてもブログ主は、その必要性に疑問を感じてしまう。『あれもこれも出来る時代ではないのに本当に大丈夫だろうか?』である。まずは中国新聞記事の紹介から始めたい。
…………………………………………………………………………………………………
今日のお題 9月19日中国新聞28面より引用
JR線高架化 海田市3階向洋は2階
県、駅舎イメージ図公表

【記事概要】

 県は、広島都市圏東部のJR線を高架化する連続立体交差化事業に伴い、建て替える海田市駅(安芸郡海田町)と向洋駅(同郡府中町)のイメージ図を公表した。海田市駅は3階構造に、向洋駅は2階構造になる。線路の高架化とともに山陽線北側に並行して整備する幹線道路のうち、海田町の一部区間の道幅を当初計画より約3㍍狭くすることも明らかにした


画像1 9月19日中国新聞28面より(ブログ画像からは全て読めません)

【記事詳細】
 府中、海田両町で開催した17日の都市計画変更案に関する住民説明会で示した。計画案では、
 山陽線と呉線の分岐点となる海田市駅の駅舎は3階構造で、2階に山陽線、3階に呉線の駅ホ
 ームを設ける。向洋駅は、2階建て。整備主体は県となり、JR西日本と両町も建設費を負担
 する。イメージ図では両駅前のロータリーも併せて公開した

 また、海田町役場付近から向洋駅東側付近まで整備される幹線道路は、大正通第一踏切付近から
 市頭第一踏切付近までの間の約600㍍で道幅を狭くする。この区間は当初、16㍍と12㍍の
 2種類の道幅で整備するとしていたが、それぞれ13㍍と9.5㍍に縮小する。同事業の再検討
 により、高架区間を短縮する影響という。駅舎整備も含めた同事業の総事業費は約915億円。
 県は来年2月の都市計画審議会に諮(はか)り、19年度の早期に国の事業認可を得たい考えで
 いる


…………………………………………………………………………………………………
【考察その1】
今回の発表の概要について
過去の計画と事業費の変遷


画像2 高架化に合わせ2階に山陽線、3階に呉線のホームが移設される(画像 広島県HPより)


画像3 海田市駅同様に高架駅化された向洋駅の完成イメージ図(画像 広島県HPより)

【今回までの大まかな流れ】
 99年3月-広島市東部連続立体交差化事業都市計画決定
 02年3月-国から事業認可取得
 07年1月-県と市の財政難により事業完了予定を15年から22年に先延ばしに
 12年2月-事業の見直し検討に着手する旨を公表
《見直し検討の経緯》
 13年8月 -見直し検討状況の公表 (向洋駅周辺の鉄道高架、跨線橋等による街路整備による
       まちづくりを検討)
 15年6月 -見直し案で関係4者※が合意 (見直し案:向洋・海田市駅周辺の鉄道高架(分割
       施工、跨線橋等による街路整備)
 18年2月 -見直し案を基本にした修正案で関係4者※が合意 (修正案:見直し案の船越地区
       を一部高架化)

    3月-見直し案の修正案の住民説明会の開催
    ※関係4者:広島県、広島市、府中町及び海田町


画像4 『広島市東部連続立体交差化事業』の対象地区の鉄道形式(画像 広島市HPより)

【今回の都市計画変更の概要:海田地区】
 《広島圏都市高速鉄道の変更》
  ① 山陽本線   ② 呉線 : 鉄道の高架区間等の変更
 《都市計画道路の変更・廃止》 
  ① 山の手線 : 鉄道の高架区間の変更に伴う構造形式等の変更
  ② 青崎中店線  ③ 海田瀬野線
:鉄道の構造形式等の変更に伴う道路区域の変更
  ④ 栄町南本町線 ⑤ 上市石原線 
⑥ 大正矢野線 : 鉄道の高架区間の変更に伴う廃止 
  広島市東部地区連続立体交差事業の都市計画変更素案に係る説明会 海田町~(広島県HP)
【今回の都市計画変更の概要 府中地区】
 《広島圏都市高速鉄道の変更》
  山陽本線 :鉄道の構造形式等の変更 
 《都市計画道路の変更・廃止》
  青崎中店線 :鉄道の構造形式等の変更に伴う道路区域の変更
  ~広島市東部地区連続立体交差事業の都市計画変更素案に係る説明会 府中町~(広島県HP)
  詳細については、広島県のHPを参照

 
広島市東部連続立体交差化事業の事業費の変遷】
             1999年都市計画決定時  2013年8月1次見直し案 
 ●概算事業費
  全体            1,050億円      630億円(60%)
  広島県域(※注1)      297億円      158億円(53%)
  広島市域
(※注1)      175億円      126億円(72%)
 ●高架延長
  全体              
6.3㌔      2.0㌔(32%)
  広島圏域            
4.4㌔      1.1㌔(25%)
  広島市域            
1.9㌔      0.9%(49%)
 ●踏切除去
  全体               20箇所     09箇所

  広島県域             13箇所     03箇所
  広島市域             07箇所     06箇所
 ●事業期間             10年間程度   10年間程度
……………………………………………………………………………………………………………
            2015年6月2次見直し案  2018年1月3次見直し案
 ●概算事業費
  
全体          770億円(73%)     915億円(87%)
  広島県域
(※注1)   220億円(74%)     245億円(82%)
  広島市域
(※注1)   126億円(72%)     166億円(95%)
 ●高架延長
  全体            4.0㌔(63%)       5.0㌔(79%) 
  広島圏域          2.7㌔(61%)       詳細不明
  広島市域          1.3㌔(68%)       詳細不明
 ●踏切除去
  全体             14箇所          16箇所
  
広島県域           08箇所          08箇所
  広島市域           06箇所          08箇所
 ●事業期間           15年程度(Ⅰ~Ⅱ期)   17年程度
(Ⅰ~Ⅱ期)
 ※注1 各指標から実質負担率45%で算出


画像5 
大正通第一踏切付近の高架化されたイメージ図(画像 広島県HPより)

【考察その2】
広島市東部連続立体交差化事業の必要性を考える
高度・安定成長期であれば必要な事業だと思うが・・・

 広島市東部連続立体交差化事業は、新聞記事や県のリンクページのように今後は大きな再修正なしに進んでいくものと思われる。前回の記事でもグダグダと書いたが本格縮小社会(超高齢化と人口大幅減)突入間近の今の時代にあって、この事業の必要性を今一度考えたい。別にブログ主は日本的リベラル主義者のように『こんな無駄な公共事業をするのであれば、福祉に』などと野暮なことを言うつもりは毛頭ない。過度な福祉のバラマキは勤労意欲の低下を招き、対象者の経済的な自立を確実に阻害する。現在、広島市の巨額の持ち出しを要する事業がいくつか具体化しつつある。まだ具体化していないものも含め少し考えたい。

ブログ主が考える費用対効果が『???』と思う3大事業
                 総事業費   広島市負担額   完成予定
 アストラムライン西風新都線   570億円   289億円  30年代初頭
 西広島BP都心部高架延伸事業  
300億円   100億円    未定
 広島市東部連続立体交差化事業  915億円   166億円    未定      

費用対効果が低いと断じる理由
 
アストラムライン西風新都線
 ①都心部区間の延伸計画が実質なく、競合する広電の都心部直通の西風新都方面バスの旅行速
  度が
23.9~27.3m/hと早く、速達性のアドバンテージが確立(既存アストラムラ
  イン30km/h)できないので利用が低迷すると思われる

 ②西風新都線と既存線ともに沿線の団地群が軒並み市の平均値よりも高齢化が進んでいる。通
  勤通学定期比率(53.8%)も高く、超高齢化と出生数減少の影響が大きく需要の先細り
  が懸念される
 ➂西風新都の開発も大半がめどがつき、開通波及効果も西広島駅周辺地区など一部に限られる
 ④沿線の交通事情がまったく逼迫していない
 西広島BP都心部高架延伸事業
  延伸予定区間は、フル規格でも片側1車線の対面通行となり、平野町止まりの中途半端な
  路線。片側2車線以上で東雲のバイパス
道までならその有用性は高いが、低クオリティの
  道路の割には市の負担が大きい

 広島市東部連続立体交差化事業
  市の負担額の大きさもさることながらまちづくりの貢献度が低い。都心部地区でも郊外の広
  域拠点でもないこの地にこの投資額は不要(と思う)。優先順位からも都心部地区に投資し
  たほうが費用対効果も高い。

代替え事業
 アストラムライン西風新都線
  市の基幹バス路線である『広島バスセンタ-~西風新都地区』の疑似BRT化。城南通りの
  走行高空の改善-停留所の高規格化、PTPS設置、専用レーン化など、連接バスの導入、
  西風新都線は、疑似BRTでの対応が難しくなったら検討する

 西広島BP都心部高架延伸事業
  広島南道路の商工センタ~宇品及び仁保新町間の一般道路部分のフル規格開通。そして現在
  工事中の
廿日市草津線の西広島BPの接続で東西方向の大きな背骨となる道路が完成すれ
  ば、
都心部高架延伸の必要性は薄れる。それでも国道2号線の交通渋滞が解消されない場合
  のみ、東雲地区延伸と4車線化前提で検討をする
 広島市東部連続立体交差化事業
  必要に応じた道路のアンダー、オーバークロスの建設。踏切の拡幅などの安全対策を施す。
  向洋と海田市駅は自由通路を建設し、バリアフリー化を推進する

画像6 
西広島バイパス都心部延伸計画とイメージ図(画像 西広島バイパス都心部延伸事業促進協議会HP)

 好き放題書かせてもらえば、こんな感じになる。これが80~90年代初頭の安定成長期であれば、財政にも余裕があり建設もありだと思うが、縮小社会(超高齢化と大幅人口減)の元での必要性は疑問を感じざる負えない。この市の負担額を供出出来るのであれば、もっと別の事業に投資したほうが有用ではなかろうか?要は優先順位と事業の取捨選択の問題になる。沿線住民の人たちからすれば恋焦がれ、市(県)が約束をしたと主張をするかも知れないが、諸般の事情を勘案するとその主張の論拠は強くない。もっと別の事業とは、都心部地区への投資に他ならない。3事業の広島市の負担額は約555億円と結構な額となる。事業ごとの国も補助率にもよるが大雑把に見積もり1,100億円クラスの事業が可能な額だ。目に見える経済波及効果が少ない広島市東部連続立体交差化事業よりも都心部地区の中央公園の老朽施設の建て替え、歩行環境の整備、路面電車とバスの高度化と再生、どう考えても必要なMICE(展示)施設などに投資するほうが波及効果が一部市域のみならず都市圏全域に行き渡る。最近では数年単位で起きている自然災害への備えとして、市域の強靭化も必要だ。特に災害に強い都市建設は、最優先して行うべきだ。広島市は立地上、自然災害には他の都市よりも弱い。地震が少なく、台風の直撃なども滅多にないので防災意識が希薄だが特に突発的な豪雨には無力だ。災害の置き土産の都市インフラの破壊、都市経済に与えるダメージを我々は今経験しているはずだ。郊外への投資は道路や交通結節点改善以外は、広島市立地適正化計画(広島市HP)に沿ったものを中心に投資。後は都心部地区を中心とし、選択と集中を加速させる必要がるのではないだろうか?市政全体目線で俯瞰すると、広島市東部連続立体交差化事業は然程の必要性を感じない。盛り土、部分高架区間の『西広島駅~広島駅付近』の完全高架化であれば必要性は高いと思うのだが・・・。

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