封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2019年07月

カテゴリー記事 カープとその他スポーツ

今日の話題 7月24日朝日新聞デジタル版引用
広島の緒方監督、選手を平手でたたく
球団が厳重注意

【記事詳細】
 広島の鈴木清明球団本部長は24日、緒方孝市督が、6月30日のDeNA戦(横浜)で全力疾走を怠ったとして、野間峻祥外野手を平手で複数回たたいたと発表した。今月15日付で球団本部長名で緒方監督に厳重注意をし、NPBに報告した。緒方監督は同日、コーチ、選手ら全員の前で『申し訳ない』と謝罪をしたという。鈴木本部長によると、緒方監督は試合後に監督室で指導する中で手をあげてしまったという。野間にけがはない。野間は試合後、報道陣の取材に『この件は本部長に任せています』と述べるにとどめた。鈴木本部長によると、野間は『監督の言う気持ちも理解できるので不満はないです。この問題は大きくして欲しくない』と話しているという。緒方監督は24日の試合後、報道陣に『深く反省しています。本意でないのは、こういうことで選手がプレーしにくい環境を作ってしまったこと。申し訳ない』と謝罪した。

【考察その1】
野間に掌底6連打を食らわした緒方監督
いつそんな技を身に着けたのか?


動画1 カープ緒方監督が激怒し、野間選手を平手打ちにした問題の怠慢プレー カープvsDeNA

『愛のムチ』とは一般社会の常識が通用しない一部の世界では、非常に便利な言葉だ。立場の上の人間の暴力行為がこの言葉一つで正義となり、正当化される。行き過ぎた愛情表現、指導と教育の一環の行為とでも訳すれば良いのか?ブログ主のような真面な一般人には理解し難い。そんな蛮行が、ブログ主が愛してやまないカープの中で行われた。事件の発端は、6月30日、横浜スタジアムでの横浜DeNA
戦だった。延長11回、2対2。1死無走者の場面で打席に入った野間は、DeNAの5番手エドウィン・エスコバー投手の3球目を差し込まれ気味にスイングした。ピッチャー方向にフラフラッと上がった打球を目で追う野間は、しばらく走り出さなかった。全力疾走をしていればセーフになっていたと思われるので、怠慢プレーと判断された(上記動画1参照)。結局、この試合は延長12回、スコアはそのままで引き分けに終わった。報道によると、試合後野間は監督室に呼ばれ、例の怠慢プレーについて相当の勢いで叱責され、その流れで平手打ちではなく掌底6連発を食らったようだ。中国新聞をはじめとした一連のマスコミ報道では、平手打ち(要はビンタ)、野間は騒動を拡大させたくない意向で反省の弁を述べていたかの状況を綺麗な文章にまとめているが、実際には平手打ちではなく掌底を、当初は警察に被害届を出す勢いだったという。それを長野などのベテラン選手になだめられ、大人しくなったそうだ。報じられていないが、選手以下の現場スタッフは皆、事件の真相を知っているそうだ。密室の出来事など、当事者が漏らさない限り知れ渡ることなどまずない。現場スタッフが知っているということは、『緒方流掌底六連打』を食らった野間の怒りのほどが分かろうというものだ。平手打ちでさえ、今の時代十分暴力の匂いが強いが、掌底はさらにその上を行く。百歩譲って、感情が昂じてつい一発、手が出てしまったというのであれば、数%ぐらい他人の話としては理解出来る。6発というのは確信犯でしかなく、『プロ野球界は軍隊組織かよ?』と疑いたくもなる。ブログ主も管理職を十数年勤めていたので経験があるが、あり得ないミスをやらかした部下に、当たり前だが掌底はおろか平手打ちなど食らわしたことなど一度もない。家内や息子に対してもそうだ。


画像1 
緒方孝市督(画像 ユーチューブ動画撮影より)

 『可愛さ余って憎さ百倍』として過去には一部の世界では容認されていた行為だが、人に手を挙げる行為自体理解に苦しむ。彼らの世界は、人としての理性が存在しないのだろうか? 暴力とは説明責任放棄でしかない。今回の場合は、問題点を指摘してその過ちを諭し、反省を促し、納得したところで改善点を説明する。最後は長所らしき点を無理やりにでも探し出し、褒めちぎり期待していることを言って結ぶ。これが正解で、管理職に求められる人心掌握術だ。一にも二にも説明あるのみで、巧みな話術で洗脳するくらいのスキルがないと管理職など務まらない。怒りをあらわにするだけでは人はついて来ない。緒方監督は同年代だが、その年齢にもなってこれぐらいのことが理解出来ないのであろうか?能力以前の資質の問題だ。球団からの処分は厳重注意の軽いものとなった。チームを低迷期からリーグ三連覇に導いた功労者、首位の巨人を捉え始めた時期ということもあり極力、穏便盗ませたい球団の意向が強く感じられる。被害届が警察に出されなかったこともあり、事件にまで発展しなかったが、古い体育会気質を引きずるプロ野球界でもとりわけ、その傾向が色濃く残っているカープでは事件再発の目がまだ残っている可能性は高い。そんな気質と決別する意味で、今回はもう少し重い処分が妥当だった。具体的には、減給、出場停止、解雇のいずれかだ。それが重過ぎるというのであれば、今回の一件を一般社会に当てはめてみると良いだろう。状況にもよるが、到底厳重注意で済む話ではなく、降格、左遷、減給、懲戒解雇になる筈だ。狭い世界の悪い意味での身内意識が強過ぎる。報告を受けたNPBも球団の甘い処置を良しとはせず、独自の処分を下すべきだったと思う。この考察をくだけた形で終わらせたい。掌底とは掌の手首に近い部分で相手を叩くことで、格闘技や武道の専門技だ。緒方監督はその玄人芸をどこで身に着けたのだろうか?六連打など素人では無理だ。底意地の悪い見方をすると、常習性を以て日夜、人様相手に放ち続けないと咄嗟に使える代物ではない筈だ。実はそこが一番気になった。夜も眠れない。ほどだ(笑)。

【考察その2】
乱高下が酷過ぎるカープ
自力V消滅の危機から、まさかの『メークドラマ返し』の可能性が・・・


画像2 7月29日時点でのセ・リーグ順位表(画像 NPB公式HPより)

 小園君はやはり並みのルーキーではなかった。二軍から再昇格当初は、やらかし失策を連発して守備力のアドバンテージだけで絶不調の田中広輔の起用も消去法で止む無しと思ったものだが、どうやらそれも杞憂に終わりそうだ。使い続けることで猛打賞を複数回記録し、守備も高卒ルーキーとは思えないほどこなし、カープの再々浮上の大きな戦力になっている。さすが四球団競合のゴールデンルーキーだ。福井とのトレードできた菊池保則、同じくシーズン途中から加入した三好の楽天組もカープでは居場所を見つけ、活躍している。記事を書いているのは3連続カード3タテをした9連勝中の29日夜なのだが、首位巨人とのゲーム差が最大12.0ゲーム引き離されていたが、あっという間に5.0ゲーム差まで縮まった。僅か10日少々で7.0ゲームも縮める爆発力はカープのポテンシャルの高さを示している。投打がある程度噛み合った時の強さは本物で、追われる立場の巨人はカープとの相性の悪さもあり、今頃は心拍数が跳ね上がり、ドキドキものだろう。痛快ではある。9連勝してもゲーム差が5.0もある現状を思うと、つくづく5月の月間20勝の後の交流戦まさかの最下位(5勝12敗1分け)、交流戦明けの引き分けを挟んだ11連敗が悔やまれる。例の緒方監督の六連打掌底事件が連敗中の前半に起きたことを思えば、その責任はやはり重い。ブログ主はパリーグとの相性の悪さを差し引いても、2つ3つの勝ち越し、最悪でも5割を予測していたので、あまりの不甲斐なさに驚いた。最近の復調の原因は何だろうか?投手力はセ・リーグでも1位の防御率-3.46(28日現在)と終始安定している。三連覇を担った中崎と今村の不調は痛かったが、九里やジョンソン、床田などの先発陣が踏ん張り、中継ぎ以降はフランスアや中村恭平、菊池保則、遠藤らが先の二人の不調をカバーしている。比較的調子が良かった一岡、中崎が復帰すればさらに厚みが増す。裏ローテーションの5番手の野村祐輔、若手&外国人枠の6番手が安定すれば盤石だろう。中継ぎ投手があぶれれば、遠藤の先発転向も一考の価値がある。


画像3 毎試合超満員となり選手を後押しするマツダスタジアム(画像 ウイキペディアより)

 野手陣は西川の一番固定と復活、二軍調整をしていたバティスタの復活が大きい。連敗中は、低迷期を彷彿させるチャンスに弱い単発打線だったが、二人の復調でつながり始めた。菊池や鈴木誠也、會澤の好不調の極端な波がないので、つながれば彼らが生きてくる。そしてゴールデンルーキー小園君の活躍が良いスパイスになり穴が少ない打線に戻りつつある。確かに丸が抜けた穴は大きいが、これは長打力の問題で打線のつながりとは別問題だ。逆転のカープの生命線は、中継ぎ陣と打線のつながりだ。今後も維持されれば、奇跡の逆転優勝の四連覇も視野に入るだろう。射程距離に入りつつある巨人もFA移籍などで強化に余念がないが、現実には昨年のメンバー+丸の戦力でしかなく、後は原監督の采配力でやりくりしているに過ぎない。その場しのぎの酷使による夏場の疲れも見え始めているので、カープとDeNAはまだまだ高い可能性がある。今シーズンの傾向として連勝も連敗の大型化して極端だ。残り試合が減る中で、いかにして好不調の波を押さえるかがポイントになりそうだ。8連勝異常を度しているチームが3位にいること自体おかしいのだから。96年にカープ最大11.5ゲーム差をつけた巨人に冗談のような逆転優勝を許し、3位に沈んだ。世間では『メークドラマ』ともてはやされ、今でも語り継がれている。カープファンとしては、23年ぶりの意趣返しの絶好の機会だと考える。確率的はそう高くはないが同時に低くもない。当時は打線こそ、相当のものだったが投手陣が今とは比較にならないほど弱かった。戦力の厚みでは断然上だ。それに引き換え巨人の戦力は、(当時との比較で)今や普通のチームでしかない。そして、10番目の選手とも言える毎試合マツダスタジアム(上記画像3参照)を真っ赤に染め上げるカープファンの力もある。それを以てすれば、『メークドラマ返し』は十分可能だ。残り試合はマツダスタジアムでは勝率8割、ビジターでは勝率6割程度で勝ち続ければ、簡単ではないが道は開かれるに違いない。

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カテゴリー記事 時事考察 その他


【考察その1】
ALS(筋萎縮性側索硬化症)と重度障害者とは?
本題に入る前に抑えておきたいポイント


動画1 ALSの正体 恩田聖敬

 今日の記事は、ALS患者の人たちが難病患者や重度障害者である以前に一人の人間として見た場合での素朴な疑問から端を発した性質のものとご理解いただいた上で、読んでもらえれば幸いだ。特にALS患者や重度障害者を誹謗する目的のものではないので、この点を留意して頂きたい。まずはこの二つについて説明したい。

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは?
 ①病原理など
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだん
 やせて力がなくなっていく病気。しかし、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、か
 つ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害を受ける。その結果、脳から『手足
 を動かせ』という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせ細っていく
 。その一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれる
 ②国内患者数
 
1年間で新たにこの病気にかかる人は人口10万人当たり約1~2.5人。全国では、201
 3年度の特定疾患医療受給者数によると、約9,200人がこの病気を患っている
 ➂発症の特徴
  男女比は男性が女性に比べて1.2~1.3倍であり、男性に多く認められる。この病気
  は中年以降いずれの年齢の人でもかかることがあるが、最もかかりやすい年齢層は60~
  70歳台になる。稀にもっと若い世代での発症もある。特定の職業の人に多いということ
  はない
 ④ALS(筋萎縮性側索硬化症)発症の原因や遺伝性
  原因は不明とされ、神経の老化と関連があるといわれている。さらには興奮性アミノ酸の
  代謝に異常があるとの学説やフリーラジカルの関与があるとの様々な学説があるが、結論
  は出ていない。次の項目で説明するが、家族性ALSの約2割ではスーパーオキシド・ジ
  スムターゼ(SOD1)という酵素の遺伝子に異常が見つかっている。最近になり、他の遺
  伝子異常による原因遺伝子が明らかになっている。多くの場合は遺伝しない。両親のいずれ
  かあるいはその兄弟、祖父母などに同じ病気のひとがいなければまず遺伝の心配をする必要
  はない。その一方で、全体の中のおよそ5%は家族内で発症することが分かっており、家族
  性ALSと呼ばれている
 ⑤ALS(筋萎縮性側索硬化症)の症状
  多くの場合は、手指の使いにくさや肘から先の力が弱くなり、筋肉が痩せることで始まる。
  話しにくい、食べ物がのみ込みにくいという症状で始まることもある。いずれの場合でも、
  やがては呼吸の筋肉を含めて全身の筋肉が痩せて力が入らなくなり、歩行困難となる。喉
  の筋肉の力が入らなくなると声が出しにくくなり(構音障害)、水や食べ物の飲み込みも
  できなくなる(嚥下障害)。またよだれや痰(たん)が増えることもある。呼吸筋が弱ま
  ると呼吸も十分にできなくなる。進行しても通常は視力や聴力、体の感覚などは問題なく、
  眼球運動障害や失禁はあまり見られない
 ⑥ALS(筋萎縮性側索硬化症)の治療法
  1. ALSの進行を遅らせる作用のある薬:リルゾール(商品名 リルテック)という薬
    が使われる
  2. 対処療法として、毎日のリハビリ、呼吸困難に対しては、鼻マスクによる非侵襲的な
    呼吸の補助と気管切開による侵襲的な呼吸器(人工呼吸器)などがある
 ⑦病状の経過
  この病気は常に進行性で、一度発症すると症状が軽くなるということはない。 体のどの部
  分の筋肉から始まってもやがては全身の筋肉が侵され、最後は呼吸の筋肉(呼吸筋)も働
  かなくなり、呼吸不全で死亡する。人工呼吸器を使わない場合、病気になってから死亡ま
  での期間はおおよそ2~5年だが、中には人工呼吸器を使わないでも10数年の長期間に
  わたって非常にゆっくりした経過をたどる症例も稀にある。その一方で、もっと早い経過
  で呼吸不全をきたす症例もある。特に高齢者で、話しにくい、食べ物が飲み込みにくいと
  いう症状で始まるタイプは進行が早いことが多いとされている。進行速度は患者個々に多
  少の差異がある
 ⑧著名なALS患者
  ル-・ゲーリック(故人 元メジャーリーグ選手)、篠沢
秀夫(故人 元学習院大学名誉
  教授) 恩田
聖敬(元FC岐阜社長) ホーキング博士(故人 理論物理学者)など

2 
重度障害者について
 身体障害者福祉法施行規則に規定する身体障害者障害程度等級表における1級から6級までの障害のある人間、又は7級の障害が重複している人間を指す。なお、『障害の程度』における『重度』とは、身体障害者障害程度等級表における等級が1級、2級の障害又は3級の重複障害等のことである

 大変な疾患で、一言で言えば『発症したら最後』である。ALSは神経・伝達系の何らかの理由で筋萎縮をするニューロパチー系疾患に属する。ブログ主の封入体筋炎(難病情報センター)は、筋ジストロフィー同様に筋肉に何らかの理由で筋萎縮を引き起こす、ミオパチー疾患になる。この二つの決定的な相違点は、進行速度だ。封入体筋炎が数か月及び半年単位~年単位での進行に対して、ALSは週単位と言われる。上記の動画リンクの恩田元社長のユーチューブ動画の社長就任直後の14年頃と、その数年後の15~16年頃の動画比較をすれば、よくお分かりになると思う。発症から数年経ずして完全介護の重度障害者になるのが特徴だ。それに比べブログ主など、発症12年目でありながら、まだ杖使用だが二足歩行が可能で、この1年半ぐらい小康状態を辛うじて保っていることを思えば、不幸中の幸いだ。ALS患者の外での日々の就労の困難度が健康体の方でもよくお分かりになる筈だ。就労云々以前に如何にして、闘病生活の環境を本人及び支える家族が整えるかが、まずはするべきことだと考える。理想や建前などの綺麗ごとでは片付けられない苛酷な現実があるのだから。これを理解した上で次の考察に進みたい。

【考察その2】
進行性疾患の重度障害者を客寄せパンダに使う不純な動機


動画2 れいわ新撰組参院選候補者を発表

 21日に投開票が行われた参院選において、山本太郎氏が率いる
『れいわ撰組』(公式HP)なる政治団体が、重度身体障害者、性的少数者、派遣労働者、コンビニ加盟店ユニオンの労働運動家、公明党の方針に異を唱える創価学会員など、社会的弱者を中心に参院選候補者を公示日前日までに9人擁立した(選挙区1人、比例区8人)。所詮、キワモノ団体だと物笑いの種にでもなると思いきや既存メディアには殆ど相手にされなかったこともあり、最初からネットを中心とした活動を展開して思わぬ得票数を獲得させて比例区で奇跡の2人当選を果たした。そして得票率2%の政党要件もクリアした。そしてその当選した2人の候補者だが、共に先の考察で説明したALS患者&重度障害者である。世間では概ね、困惑しながらも重度障害者の国政進出に同障害者の社会進出を慶事として歓迎している。彼らの活躍次第では、勤労者としての重度障害者の存在が見直され、一般企業が二の足を踏む就労についても進むのではないか?と期待する向きもある。正直、ブログ主は将来の重度障害者予備軍の一人として、今回の結果は手放しでは喜べず、複雑を超え不快感すらある。れいわ新撰組が社会弱者の各階代表みたいな人物を担ぎ出し候補者に据えるのは、別に構わない。公約らしきものも一通り見たが、論ずるに値しないし、『言うだけなら自由だし・・・』程度の感想だ。大方の人はブログ主と同意見だろう。不快感を感じたのは、その点ではなく、ALS患者&重度障害者を比例区の特定枠1~2位に据えたことだ。彼らを前面に押し出すことで、世間からの同情票を集め、歓心を買おうとする卑しい意図が見え隠れする点だ。何も障害者代表であれば、ALSのような進行性疾患ではなく症状や障害が固定され軽~中度の障害者でも良かった筈だ。重度障害という視覚の強い訴えかける力を利用したかったに違いない。党利党略、個人の打算の存在を否定するつもりはないが、やり方を考えるべきだ。法律云々の話ではないが同義的には悪手で、ALS、重度障害の困難ぶりをどこまで理解しているのか?理解していた上で、彼らを担いだのであれば悪人のそしりは免れないし、然程理解していないのであれば、政治家の資質の問題になるだろう。ブログ主も健常者時代、行内での出世争いで権謀術数を駆使して人に言えないことを何度かしたが、競争社会の同じ土俵の上げたら失礼な人には一定の配慮は欠かしてはいけないと心掛けていた。


画像1 各障害者の雇用形態別の月額賃金(画像 内閣府HPより)

 別に重度障害者の就労も含めた社会参画には基本的には賛成する。本人やサポートする人間の負担が増えない限りでは、大いに参加すべきだし制度も整え歓迎する世間の空気も醸成する必要があると考える。ただ、政治家、特に国会議員となると話はまた別だ。税金がどうとかの話が持ち出すつもりは毛頭ないが、身の回りのことも介護者なしで不可能な重度障害者の人間が国会議員になって何が出来るのか?これを考えないといけない。『彼らだからこそ、出来ることがある筈だ』との反論が聞こえてきそうだが、現実には何もない。コミュニケーションの基本能力さえ定かではない人間にそんなものを求めること自体、無理があり過ぎる。参議院の任期は衆議院とは異なり長く6年もある。任期中にALSが進行して、さらに障害が酷くなるのもほぼ100%確実だし、最悪の場合任期を全うできず死に至る可能性も低くはない。国政の行く末を託すにはあまりにも脆弱で心もとない。『重度障害者やALS患者の声を国に届ける』目的であれば、市民運動の一環でやればいいだけのことだ。その意味合いでは、今回れいわ新撰組に投票した有権者の罪は決して軽くはない。一時的な感情的思考や高揚感で彼らを結果的に選んだのだから。彼らを障害者代表のつもりで国政の場に送り出した気分に浸っているのだろうが、重度障害者の状態の周知と国会のバリアフリー化だけが進むだけの結果に終わるのは目に見えている。ブログ主は、真の障害者の自立は経済的自立抜きでは語れないと考える。各障害者の平均年収の行政のHPはなかったが、月額だと上記画像1の通りとなる。障害者雇用を課せられている企業に正規採用されれば、健常者のそれとは大きな差異はないようだ。ただこのような障害者が全体の何%を占めるかとなると少し話が怪しくなる。18年度時点の障害者の法定雇用率は民間企業では2.2%、国や地方公共団体では2.5%となっている。これは、8時間就労のフルタイムでの比率でアルバイト、契約社員などの非正規雇用なども含まれている。原則正規雇用のみとし、さらに枠の拡大を目指し就労機会の場を増やし経済的自立を促す。そのために必要な資格取得などの社会人の障害者を対象とした就学の場を今以上に提供をする。福祉垂れ流しの社会保障施策よりは、自立を加速させる就労支援型の社会保障施策の方がゆくゆくは納税と言う形で戻ってくる可能性がある。今後、人口減が加速して大幅人口減となり、高齢化率も30%超えの超高齢化時代が訪れるのは確実だ。生産者人口は否が応でも減り続ける。非生産者が多いと言われる障害者を生産性の高い生産者に転換させるのは、急務だ。それは能力もありヤル気がある障害者にとっては願ってもない話だ。障害者を哀れな存在として、庇護するのは本質的には侮辱に等しい行為である(ブログ主は少なくともそう考える)。今回の選挙を通じて、れいわ新撰組や未だに暴力革命を肯定する某政党などの餌にも等しい公約を見てブログ主はそう感じた次第だ。~ALS患者が国会へ、『重度障害者に国会議員が務まるのか』との意見に”車椅子の大臣”八代英太氏と乙武洋匡氏の見方は~(ヤフーニュース) では肯定的な意見な意見をまとめているが、聞く相手を間違っている(笑)。間違っても自己否定するような発言をする筈もない。それに彼らは、障害内容固定障害者でもある。出来ることを強調しているが、出来ること以上にあるであろう出来ないことについても発信するべきだ。気高い理想や建前、本人の努力だけでクリア出来ない現実がある事を。

※追伸
 今回、れいわ新撰組の比例区で当選したALS患者、重度障害者で当選した船後、木村両議員は重度訪問介護のサービスを受けており、制度の壁-通勤や仕事中に同サービスが受けられない-により、臨時国会初日の8月1日に通院できないそうだ。結果的に仕事よりも日常生活を選んだわけだが、制度上、重度障害者は就労が難しいことが大前提で成立しているので特に無理は感じない。現在、与野党間で対応の協議をしている最中だが、この二人だけのために法を捻じ曲げることだけはするべきではない。治外法権にするなど、逆差別も甚だしく重度障害者を含めた障害者への心理的な反感が高まり、共生社会の実現の障害になる。両議員の取るべき道は、就任1年目で預貯金も然程ないと思われるので、党費で介護者を雇い、職務を全うするか、恥を忍んで『やっぱり、私たちでは議員活動は務まりません』と謝罪して議員辞職するかの二者択一しかない。この問題は優しい、冷たいなどの感情論で語る問題ではなく、国会議員の適性に資する問題で制度批判は論点がズレている、と差別者のレッテルを貼られたくない声をあげない多くの有権者は心のどこかでそう思っている筈だ。

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カテゴリー記事 広島市の都市問題 郊外・その他

今日の話題 7月27日中国新聞1面より引用
満屋アルパーク閉店へ
来年1月末 競合店増え低迷


画像1 7月27日中国新聞1面より

【記事詳細】
 百貨店の天満屋(岡山市北区)は26日、広島市西区井口明神のアルパーク店を来年1月31日で閉店すると発表した。他店との競争が激しく、百貨店として営業を続けるのが難しいと判断した。建物を所有する大和ハウス工業(大阪市)は商業施設として維持する方針で、後継のテナントを誘致する。同店は商業施設アルパーク西棟の核テナントで1990年4月に開業した。当初は順調に集客し、ピーク時の96年2月期の売上高は200億円に達した。その後は減少傾向に転じ、2019年2月期には114億円に落ち込んだ。天満屋は閉店の理由を『競合激化とコスト削減の限界。経営が非常に厳しくなった』と説明している。

 周辺では15年以降、ゆめタウン廿日市(廿日市市)レクト(広島市西区)ジ・アウトレット広島(佐伯区)といった大型商業施設が相次いでオープンした。開業から30年近くたち、店の老朽化対策のコストも経営を圧迫した。売り場の賃貸借契約の満了を20年4月に控える中、西棟は東棟とともに今年5月、三井不動産グループから大和ハウスへ売却され、運営体制が大きく変わることも判断材料になったという。従業員の雇用は、希望を聞いてグループ会社を含めて配置転換できるようにする。

【考察その1】
スクラップ&ビルドの時代に入った郊外大型商業施設


画像2 アルパーク西棟の主要テナントの天満屋アルパーク店の外観(画像 アンドビルド広島より)

 実はブログ主は今回の天満屋アルパーク店の徹底は、今年の初めに身内から聞き知っていた。その人間の話だと、一部社員の退職が好景気なこともあり春先より相次いでいたとのことだ。その人間を言葉を借りると、比較的能力値と生産性が高い社員の退職が多く、行き場がない社員は辞めないようだ。年齢や扶養家族の問題もあるので一概に良し悪しは論ずるのは難しいが、沈没船を見るようで興味深い。ブログ主はこのアルパークから徒歩圏内のLECT(レクト 下記画像2参照)との中間地点の平地のマンションに住んでいる。生活者の観点だと、天満屋アルパーク店の閉店はそこまでの影響はない。アルパークに訪れたことがある方がお分かりだと思うが、西棟の主要テナントの同店にはあまり用がない(笑)。店舗構成も昭和臭満載の百貨店店舗的なものが多く、東棟のテナント群よりは魅力を感じない。1階の食料品売り場ぐらいなものだった。因みにブログ主の家庭の必須の店舗は、アルパーク東棟とLECT(レクト)、庚午の万惣、古江新町のアバンセの4店舗だ。買い物命の家内は、チラシを見つけると戦闘民族に変異して買い出しに出かけている(笑)。話を戻すが、当ブログ的な観点だと、閉店の正式表明は、驚くに値しない。新聞記事でも触れているが、アルパーク開業当初の90年頃は、百貨店は紙・八地区にしかなく隆盛を極めているイオンなどの郊外大型商業施設は、影も形もなかった。広島都市圏にはなかったテーマパーク的な商業施設の斬新なコンセプトが、消費者を心を掴んだのも頷ける。その後、商圏を一(いつ)にする郊外大型商業施設がフジグラン緑井(04年 2.0万平方㍍)、タウン廿日市(15年 4.6万平方㍍) レクト(16年 3.9万平方㍍)、ジ・アウトレット広島(18年 5.3万平方㍍)と続々と開業。開業より年月を経て、レイアウトなども陳腐なものにありつつあり、椅子取り合戦の競争相手は増えるのに椅子の数は変わらないので、年々売り上げがジリ貧になるのは自明の理だ。15年度からは4年連続で営業赤字を計上し、18年度(19年2月期)の売上高は過去最低の114億円まで落ち込んだ。『栄枯盛衰(えいこせいすい)』とはよく言ったもので、時代の流れには逆らえなかったとしか言いようがない。


画像3 海島博跡地に16年開業したイズミ系資本の『レクト』(画像 アンドビルド広島より)

 20年1月の閉店を踏まえ、後のテナントが非常に気になるところだ。今年5月、三井不動産グループから買い取った大和ハウスは、商業施設を視野にテナントを探し続けるとの事だが、果たして挙手する企業があるのだろうか?イズミは既にレクトが商工センター地区にあり、最新鋭の直営店舗を廿日市木材港地区に構えているので、商圏が被る地区の出店はないだろうし、イオンモールにしても大和ハウスがテナント誘致のために大々的なてこ入れでもしない限り、古ぼけたレイアウトでの営業はしたくはない筈。石内東地区(西風新都)にてジ・アウトレット広島を営業をしている関係上、難しい。天満屋店の面積が2.6万平方㍍程度なので、穴埋め可能な事業者が限られる。残りはフジぐらいしか思いつかない。18年の中国新聞社の広島市広域商圏調査では、商工センター周辺地区は、府中町周辺(イオンモール広島府中)の16.4%に次ぐ郊外地区で第2位の9.2%の支持だ。前年より1.8㌽も上昇しているが、この年の調査から商工センター周辺と西風新都地区とが一括りにされたためで、同年春に『ジ・アウトレット広島』が開業しているので、商工センター単独では精々5~6%だろう。数年前まではよく確認された他県ナンバー車がレクト開業後、殆ど見かけなくなった。その意味合いで、商工センター周辺が事業者目線で、出店するに相応しい場所なのかと問われれば、微妙なところだ。大胆なレイアウト変更を伴う大改装でもしない限り、挙手企業の登場は厳しいと思われる。大和ハウスがその辺をどう捉えているのか、これに尽きるのではないだろうか?長期にわたるテナント不在はアルパークの存在価値にも係る問題になるので、後釜のテナントを早急に探してほしい。


画像3 西風新都石内東地区に18年春開業したイオン系資本の『ジ・アウトレット広島』

【考察その2】
都心部商業地区には、明るい兆しになる可能性が・・・


画像4 広島都市圏の主だった商業施設群一覧(画像 中国新聞より)

 広島市だけに限った話ではないが、首都圏の都市も含め国内都市の都心部地区の求心力低下が叫ばれ始め、十数年が経過した。かねてからの主張の繰り返しとなるが、特に商業機能の低下が酷い。よく参考事例として引き合いに出す欧州各国の都市では、モーターリゼーションの副作用-渋滞がもたらす経済損失、環境問題の発生、交通事故リスクの増大、都心部の空洞化-が顕著になった70年代頃から、温度差こそあれ都市の成長管理の概念が都市計画に反映され、郊外開発を抑制し拡散都市化-都市のスプロール現象(ウィキペディア)-を極力防ごうとしている。日本では、過度の副作用は認めつつも、拡散都市化は、都市の成長として概ね歓迎され、『自由な経済活動の保証』という錦の御旗の元、建築原則自由の都市計画がまかり通り、正しいとされた。高度・安定成長期はそれでも問題はなかった。ただ、その割には70~80年代都心部地区が強かったのは、73年制定の大規模小売店法(ウィキペディア 以下大店法)、その旧法の百貨店法(56年制定)があり、大規模商業施設が立地する場合、適正な規模か否かの判断を商工会議所に設置された商業活動調整委員会にて審査して、結審した場合のみ進出が許されたからだ。商業活動調整委員会が持つ権限は絶大で、進出を差し止める権限があった。進出差し止めることは広島市ではなかったが、広島三越(73年)、フジグラン広島(82年)の出店の際には、売り場面積の縮小を求める処置が取られた。理由は、広島三越の場合は本通などの中小商店街の保護、フジグラン広島は前年都市計画決定された広島駅前再開発の絡みだった。しかしこの法律は、90年代のアメリカの自由化を求める圧力に屈し、00年大店法の代わるものとして形式的な行政への申請だけで、進出可能とする大規模小売店舗立地法(ウィキペディア 以下大店立地法)に取って代わられた。進出自由のフリーパスを得たことで、04年のキリンビール広島工場跡地へのイオンモール広島府中の進出を皮切りに、10年頃までイオン、ゆめタウンを筆頭に怒涛の出店ラッシュ(上記画像4参照)となった。一番あおりを食らったのは都心部地区の商業施設で、他都市では駅前百貨店や、中心地にある老舗百貨店は売り上げを落とすどころか、閉店にさえ追い込まれアーケード商店街は、シャッター街化し、空き地が目立ち始めコインパーキングにされたところも少なくなかった。広島市でも12年今回の天満屋が撤退し、16年広島三越が売り場の縮小を発表、鳴り物入りで開業した紙屋町地下街シャレオは、運営会社が債務超過となり浮上するきっかけすら掴めない。


画像5
 広島市都心部地区中心地(紙・八地区)の小売売上高と売り場効率の推移(画像 日本政策投資銀行HPより)

 『都心部と郊外の棲み分け』などと悠長なことを仰る方は上記画像5をご覧頂きたい。96年と13年の都心部地区中心地(紙・八地区)の売上高と売り場面積効率の比較だ。売上高は半分以下の水準まで落ち込み、その下がり幅は景気低迷だけでは説明がつかない。明らかに郊外大型商業施設乱立の弊害である。13年度以降もゆめタウン廿日市、レクト、ジ・アウトレット広島が開業しているので、さらに落ち込んでいると思われる。仙台市福岡市のそれはほぼ横ばい、10%程度の落ち込みと都心部地区の面目を何とか保っている。日本開発投資銀行の地域レポートでも、広島都市圏のオーバーストアぶりを指摘している。広島都市圏がオーバーストアになった理由は、広島市に本社を置くゆめタウンを運営するイズミの存在(イオンモールとのガチバトル)、工場跡地や行政の遊休地が多かったことが挙げられる。自由な経済活動の代償が、拡散都市化の後始末と都心部地区の求心力低下であるのははた迷惑な話だ。もっとも広島市は海島博跡地をイズミに、広電は石内東地区の自社保有地をイオンに売却し都心部地区の求心力向上に逆貢献しており、強い都心部が求められる集約都市建設の本気度を疑ってしまう。被害者-広島市は拡散都市化の後始末、広電はモーターリゼーションの進行による利用者減-でありながら、加害者にも加担しているという構図だ。双方ともに住宅開発を条件に、不動産会社に売却すれば良かったのである。『自ら傷口に塩を塗ってどうするよ』と愚痴を言いたくもなる。

 今回の天満屋アルパーク店との関連で言えば、極論で言えば『終わりの始まり』を予感させなくもない。アルパークの開業は90年だが、他の主だった郊外大型商業施設は00年代が多い。どの店舗も避けられない道としてレイアウトの陳腐化がある。消費者とは移り気なものでとかく新しい流れに敏感だ。今回の天満屋アルパーク店の採算悪化の理由に競合店増加の売り上げダウンと共に老朽化によるコストの増加がある。ブログ主は希望的な観測も含め、行政のまちづくり-集約都市建設-の後押しにより都心部地区の逆襲が本格化すると予測する。それは、商業機能復活を中心とした強い都心部地区をつくらないと都市観光やMICEなどの外需の取り込みが難しいからだ。郊外地区だけの問題だけではないが、アマゾンや楽天市場に代表されるようなネット販売も今後シェアが拡大され、かつてのような追い風は二度と吹かないだろう。完全になくなるとは思えないが、施設の老朽化が問題視され始め、広島市のような地方大都市部でも人口減少が顕著となる30年代以降の建て替え期に、都心部地区の商業街区の反撃と相まって苦境に立たされると予測する。郊外商業地区の弱点は、一事業者が運営する商業施設の依存率が高いことだ。核となる商業施設が沈むと、地区全体も沈む。地区の魅力=商業施設の魅力となっており、この点が都心部地区とは大きく異なる。天満屋アルパーク店の閉店と
三井不動産グループから大和ハウスへ所有権が移ったことは、他の郊外大型商業施設の未来を暗示しているかのようだ。近々の都心部地区への影響は皆無だろうが、将来の地殻変動の端緒となる可能性は秘めていると考える。

【考察その3】
商工センター地区の未来について


画像6 17年2月に『協同組合広島総合卸センター』が市に提案したサンプラザ一帯再開発案のイメージ(画像 アンドビルド広島より)

 最後に、ブログ主が住む商工センター地区の未来像について語りたい。生活者目線だと、今以上の過度なにぎわい性など有難迷惑だ、と言ったら話が進まないので、ブログ目線で論じる。アルパークがある商工センター地区は、市の『広島市都市計画マスタープラン』(広島市HP)では、4ヵ所ある広域拠点の一つとなっている。楕円形の都心部地区-広島都市圏及び中国地方全体を牽引する地域-、4ヵ所の広域拠点-都心部地区を補完する都市機能を有する地域、8ヵ所の地域拠点-その地域と近隣地域の生活拠点、なる位置づけのようだ。都心部地区を筆頭とした階層化されたものでネットワーク型コンパクトシティ案としては無理がない案だと思う。この地区にはアルパークやレクトに代表される商業施設のほか、広島サンプラザや建て替えが検討されている広島市中央卸売市場(公式HP)、広島市中小企業会館(公式HP)などの集客施設も立地している。広島南道路、JR山陽本線、広電宮島線など都市交通インフラも整っており、利便性も申し分ない。17年、同地区の
卸業者で構成される『協同組合広島総合卸センター』がMICE施設(展示施設)を柱としたサンプラザ一帯再開発案を市に提案し、昨年12月には広島商工会議所が、西飛行場跡地南端部、商工センター地区での10㌶規模の展示場を柱としたMICE提言を行った。 広島におけるMICEのあり方提言~(広島市HP) 今回のアルパークの空きテナント問題とリンクさせ行政が深く介入するべきだとの指摘もあるが、民間企業所有の空きテナント問題に行政が口を挟むことは許されないし、強制する資格もない。地区の将来の在り方は、利便性と施設立地状況からMICE機能の充実が期待されている。二つの提言もその流れの中で生まれている。個人的に違和感を感じるのは、議論が終始施設ありきで進んでいることだ。ハコモノさえ整備すれば、需要など後から勝手に湧いてくるかのバブル全盛期の幻想に未だに囚われている。現在の需要、将来の需要、積極的なMICE都市建設で発生する+@の需要を加味した上で、①既存施設のみの活用 ②既存施設の増設 ➂戦略性を持たした複合型新施設の建設 を注意深く検討することが求められるところだが、近年のインバウンド需要の高騰でほろ酔い気分になり、我を忘れている。広島商工会議所の10㌶の展示場建設など、愚論の形容すら生温い。真に受けて検討する方もどうかしている。まずは広島市中小企業稼働率-70.1%、広島県立産業会館稼働率-53.7%をそれぞれ、85%以上と70%程度に向上させる諸施策(ソフト施策)を最優先させるべきだ。供給と需要創出の順番が逆になっている。94年開催のアジア大会失敗の教訓を今一度、学び直す必要がある。


画像7 広島商工会議所提言の大規模MICE施設候補地一覧(画像 広島市HPより)

 広島市が主体性を以て運営するMICE(展示施設)の必要性は高いのは議論の余地はない。問題はその規模と立地である。海外の著名なメッセ(国際見本市、展示会)都市のように数十万平方㍍規模の施設が必要な場合は、立地は郊外地区が相応しい。国内最大のメッセ都市は東京だが、東京ビックサイトの展示面積は9.5万平方㍍と世界ランキングでは68位でしかない。都市力で遥かに劣る広島市の場合、既存施設の稼働率を見ても精々、将来需要の高騰分も含め1万平方㍍規模が妥当だ。5万平方㍍規模が妥当な場合、立地は商工センター地区で良いだろう。この規模が必要とされるのは3大都市圏だけである。1万平方㍍規模だと都心部及びその近隣でも立地は可能と考える。会議、宿泊施設、都市観光施設、商業、業務機能など高次都市機能が集積している都心部地区に立地することで相乗効果も見込まれ、都心部地区のにぎわい性にも貢献できる。具体的には、中央公園広場のスタジアムとの複合施設での建設、平和記念公園近隣の広島市文化交流会館・アステールプラザ一帯地区(2.5㌶)が適地だと考える。メッセ小国の日本では、都心部地区に関連施設を集約した『コンパクトMICE』が主流だ。集約都市建設の観点からも広域拠点とはいえ、郊外地区に過度な機能を集めるのは得策ではない。郊外商業機能は維持させつつBリーグの広島ドラゴンフライズの活動拠点、居住機能、それに付随する生活機能、広島市中央卸売市場の集客施設化で十分だ。副都心など、高度・安定成長期の右肩上がり時代の都市計画(多極分散型都市構造)の遺物で、都心部地区の再生が急務な今の時代にはそぐわない。都心部地区を脅かす広域拠点ではなく、補完機能に徹する広域拠点であり続けるのが理想だろう。
 
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関連記事 リメイク版 広島の都市交通歴史年表

【考察その1】
広島市の都市交通整備の論議の変遷 その1
67~75年の高度成長期

 今日の記事はこのネット記事を元ネタ ~壮大だった『広島の地下鉄計画』、なぜとん挫したのか 『路面電車王国の過去』~(乗り物ニュース) にして書きたい。ご存知の通り、広島市には俗にいう市交通局が運営する地下鉄がない。よく類似都市として比較されがちな札幌、仙台、福岡市には複数の路線の地下鉄があるのも係わらず、広島市には・・・である。あっても不思議ではない都市、都市圏規模ではあるがないだけの理由がそこにある。過去を振り返る意味合いでこの記事を書くが、地下鉄論争は広島市においては既に結論-必要なし-が出ており、15年の広島市市長選でも地元中国新聞社の世論調査では、アストラムラインのデルタ内・都心部地区への延伸-かつての東西線と南北線(後述)-については有権者の約60%が反対、別の形で実現(LRT?)と慎重にが20%と計80%が反対で、純粋な賛成は10%に満たなかった。広島市民の賢さを証明するものだ。さて本題に入る。広島市の過去の地下鉄計画にまで発展しなかった構想を振り返る。

1 広島市の鉄・軌道系交通機関構想の歴史 その1

①1969年
広島都市交通問題懇談会』(国主導)が提案したHATS(あく
 までも議論のたたき台)



画像1 HATS路線図一覧(画像 ウィキペディアより)

70年『広島都市交通研究会』(国、県、市、商議所)が提案した計画



(広島市・商工会議所案)
画像2 『広島都市交通研究会』提言の路線図一覧(画像 ウィキペディアより)

①と②の計画の詳細はこちらにて 『リメイク版 広島の都市交通歴史年表 その1』

➂73年
『広島都市交通研究会』(市主導)提案(この時期の議論の最終形)の
 HATSⅡ



画像3 『広島都市交通研究会』(市主導)提言のHATSⅡ路線図一覧(画像 ウィキペディアより)


画像4 鯉城線平和大通り駅での広電市内軌道線の乗り継ぎイメージ(画像 ウィキペディアより)

『広島都市交通研究会』提言によるHATSⅡ(最終地下鉄建設案)
 (1)東西線 向洋駅~西広島駅 9.7km 9
  向洋駅~東雲~段原~稲荷町~八丁堀~紙屋町~十日市~天満町~西広島駅
  相互乗り入れ 
 国鉄(現JR)呉線 広電宮島線 
 (2)鯉城線 矢賀駅~横川駅 8.1km 8
  矢賀駅~曙町~広島駅~稲荷町~平和大通り~紙屋町~鯉城前~横川駅

  相互乗り入れ 国鉄(現JR)可部・芸備線
 (3)相互乗り入れする国鉄・広電大改良計画
  国鉄(現JR)横川駅で可部線、矢賀駅で芸備線、向洋駅で呉線、西広島駅で広電宮
  島線と相互乗り入れを行う。
   呉線-向洋駅~広駅の一部高架化(船越町海田町矢野町付近)、広駅まで複
      化
   可部線-横川駅~
古市橋駅の高架・複線化と
市道長束八木線に移設
   芸備線-広島駅~上深川駅の電化・複線化。また可部線と芸備線との間に短絡線
      (中筋線)を設けて、広島市営地下鉄鯉城線と一体に環状線とすることを
       検討
   広電宮島線-レール幅改軌(1435⇒1067mm)、高架化

 (4)事業費 994.4億円
  地下鉄 873.4億円(鯉城線399.9億円、東西線432.1億円、車両基地4
  1.4億円)
国鉄(現JR)改良費 121億円(呉線43.7億円、可部線35.
  6億円、芸備線41.7億円) ※広電は不明
 (5)広電市内軌道線について
  併行路線は廃止。江波線・比治山線・宇品線は部分存続。地下鉄接続駅(平和大通り駅
  上
記画像4参照)で同一ホーム乗り換えに
 (6)開通時期
  建設を5工区に分け、94年の全線開業を目指す
 (7)提言後の動き
  
『中国地方陸上交通審議会答申』にて、可部線を高架・複線化して地下鉄・鯉城線と一体的
  に整備、芸備線を電化・複線化して、可部線・芸備線・鯉城線を結び環状線にすることなど
  が盛り込まれる。路面電車に愛着のある市民や市民団体などからの強い反対により、
当時の
  荒木市長は
東西・鯉城線の地下鉄計画は白紙に戻した。広島市の都市交通問題は仕切り直し
  を迫られ、74年に創設された
都市モノレール整備の促進に関する法律』に対するインフ
  ラ補助制度にAGTが適用されたことを受け、広島市は、これに着目。AGT方式(新交通
  システム)採用による市北西部の交通渋滞解消の道を探り始める



画像5 上記画像3の鮮明図(画像 乗り物ニュースより) 

 一応参考文献によると、市民及び市民団体の強い反対により白紙撤回を迫られたとされている。リアルタイムでこの時期の動向を全く知らないので何とも言えないが、この計画案、見れば見るほど荒唐無稽、いや広島市規模では大風呂敷を広げ過ぎの感が非常に強い。計画の基本コンセプトとして、デルタ内、及び都心部地区は市交通局が運営する市営地下鉄方式、デルタ外の郊外地区は旧国鉄(現JR)線と広電宮島線に受け持たせる形になっている。広島市の鉄・軌道インフラの立地を見ればその点は妥当だろう。どう見ても妥当ではないのは、複線・高架化・改軌の難問を、全路線で最低でも複数以上求めている点だ。可部線に至っては移設まであり、線増計画ではなく新設計画に近い。当時の旧国鉄は、大赤字でとても地方都市の広島市に、大規模投資をする余裕など全くなかった。広電については、改軌と高架化、そして接続する西広島駅付近の大改良なども伴うので、中小民鉄の微々たる設備投資額を鑑みると、天文学的な投資額を強要され一度の倒産では済まなさそうだ(笑)。改軌は運用車両の全置換えも伴う。これだけでも広電は、経営の危機に陥ったに違いない。『いや、ヤル気の問題だろ(怒)』との声が聞こえてきそうだが、努力すれば叶う事と、努力しても間違っても叶わない事が世の中には絶対にある。この場合は、当然後者になる。典型的な机上の空論だ。経営規模が桁一つ大きい西鉄貝塚線が未だに福岡市営地下鉄箱崎線との相互乗り入れに、費用対効果の問題から乗り入れに二の足を踏んでいる事実を以てすれば、求めること自体、無理難題の類だろう。この計画は、行政の整備に関しての補助制度があっても、東京圏や関西圏の大手民鉄クラスではないと、不可能な計画だ。さすが広島市である(笑)。

【考察その2】
広島市の都市交通整備の論議の変遷 その2
バブル期末期~15年頃

④92年『公共交通施設長期計画策定委員会』(通称 八十島委員会)提案の
 計画
  (1)東西線(フル規格地下鉄) 
   西広島駅~(平和大通り)~白神社~三川町~田中町~(駅前通り)~稲荷町~広島
   駅~貨物
ヤ-ド跡地(現マツダスタジアム)
   相互乗り入れ JR山陽本線、広電宮島線
   利用予測 1日平均20万人以上

  (2)南北線延伸(新交通システム=アストラムライン)
   ○広電宇品線ルート
    本通~市役所~皆実町6丁目~広島港~出島ポ-トルネッサンス21地区
   ○吉島ルート
    本通~市役所~吉島地区~出島ポ-トルネッサンス21地区~広島港
    利用予測(2ルート共に) 1日平均3.5万人
  (3)西部丘陵都市線(新交通システム=アストラムライン
   広域公園~西広島駅 利用予測 1日平均2.0万人
  (4)整備スケジュール 
   第1期整備区間 東西線全線と南北線(本通~白神社)
   第2期整備区間 西部丘陵都市線と南北線(白神社~ポ-トルネッサンス21地区)
  (5)提言前の動き
   85年、
中国地方交通審議会で新交通システム-本通~高取間11.8㌔-が認可
   される。同年、
荒木市長、市議会建設委員会にて、新交通システム延伸、東西方向
   の新規路線整備構想を表明。~当時の中国新聞記事~ 

  (6)提言後の動き
   
『公共交通施設長期計画策定委員会』がバブル末期の立ち上げで、10年市人口1
   40万人前提だったため、東西線を中心に需要の見直しに迫られる。提言からの3
   年後の95年に、東西線の1日平均利用者数を20万人から10万人に大幅に下方
   修正し、96年市議会内に
『都市交通問題調査特別委員会』を設置。議論の仕切り
   直しを余儀なくされた。

   
⑤99年
『都市交通問題調査特別委員会』(市主導)提案のアストラムライン3
 段階整備




画像6 拡大図(要拡大) アストラムライン3段階整備(04~30年前後) 画像 広島市HPより

計画の詳細 ~
『新たな公共交通の体系づくり 基本計画案~(広島市HP)
 
 (1)議論前の動き
  西風新都線と南北線は便宜上、別線扱いだが既存のアストラムラインの延伸線なので、選
  定機種はアストラムラインでルートのみの議論だった。議論の本命は公共交通の移動需要
  が最も高い東西線。議論のたたき台として 
①第3セクター方式のフル規格地下鉄(J
  線と相互乗り入れ 4,000億円前後?) ②
市営地下鉄方式のミニ地下鉄(2,200
  億円) 
➂アストラムライン高架線(1,560億円) ④アストラムライン地下線(2
  ,280億円) 
⑤高速LRT線 地下・高架中心(1,100億円)が候補となった。
  留意点として、アジア大会後深刻な財政難に陥り、数年後には財政破綻の危機が囁か
  れたことから、通常の国庫補助率(55%)の上増しを期待していた

 (2)議論の状況
  
『公共交通施設長期計画策定委員会』では、97年上記画像6のアストラムライン3線
  の延伸・新設案をまとめた。東西線は①~⑤案の中で、単独路線として単年度黒字化

  見込めるのは高速LRT案だけだったが、西風新都線と一体整備した場合、アスト
ラム
  地下線案も見込めるとして当時、民間事業者を対象としたLRT整備補助制度が
なかっ
  たこともあり、無難なこの案に落ち着いた。この案を市案にはしたが、最終案
とはせず
  、広電からの提案(
路面電車の活性化とバスとの結節改善計画概要書)も募った。こ
  時の議論は大変なもので、連日マスコミが熱く報道し、市民団体のセミナーにも市
  担当者や広電の役員などもオブザーバーとして参加した。99年の秋葉市政誕生後
  には、『広島LRT研究会』が『広島市内軌道交通の改良についての提案』を秋葉市長
  
提出をした。

  同年の8月には、最終決定前に意見公募も始めた(下記画像7参照)。市のアンケー

  調査の結果は、
①アストラムライン3線ネットワーク案全体を支持37.4% ②アス
  トラムライン3線
ネットワーク案部分支持3.1% ③計画は支持するが慎重な計画
  くりを12.8% ④広電平和大通り線案を支持7.2% ⑤広島市案とは別
のネット
  ワークを求める8.3% ⑥新規路線には消
極的21.2% ⑦整備する必要がない1
  0
.0%で、全面支持(①)37.4%部分支持(②+➂)15.9% 、広電案支
  
(④+⑤)15.5%、不必要(⑥+)31.2%と複雑に割れた。議論の蚊帳
  外だった中国運輸局は、97年当時、市案を次の理由から不支持表明を
した。①選定ル
  
ート(東西線)が悪く速達性が低い ②需要予測を過大に見積もっている ➂建設コ
  ストがどの案も高く、費用対効果が低い ④他の交通機関との共存の発想がなく、
  業を圧迫をする ⑤広島市の財政状況が酷い 国の予期せぬ反応に市長以下、幹
  員が困惑し、市長を支える与党市議も市の根回し不足を批判していた。結局、途中市
  長の代替わりを経て、基幹公共交通としてアストラムライン3線の延伸・新設を中・
  長期的に整備、広電の駅前大橋線と平和大通り線とターミナルの結節点改善を短・中
  期的に行い、当面の都市交通問題に対処、路面電車のLRTへの可能性についても検
  討するという、市と広電、市民団体の意見を盛り込んだ総花的な案に落ち着いた


 (3)議論の結果
  
『新たな公共交通の体系づくり 基本計画案~(広島市HP)

 (4)提言後の動き
  
02年、
広電平和大通り線(西観音町交差点~小網町交差点間 0.9㌔)、駅前大
  橋線(稲荷町交差点~広島駅0.7㌔)とアストラムライン西風新都線(6.2㌔)

  
が、国地方交通議会にて認可される。アストラムラインの南北線と東西線は、審議
  
会では議論の対象から外された。同年、西風新都線沿線の住民説明会を開催(己斐地区
  )。広電平和大通り線は、緑大橋などの架け替えや市民団体などの反対から、棚上げと
  なる。03年、広島市は財政非常事態宣言をし、翌04年から第二次財政健全化計画期
  間(~07年)に入る。アストラムライン計画は、出島地区のメセコン施設同様に見直
  し対象とされ、07年に東西線と南北線の計画は破棄して代替え案として、既存公共交
  通の活用となり、西風新都線は、社会情勢を窺いながら事業化の時期を検討することと
  なった。



画像7 99年8月の広島市の広報誌『市民と市政』

⑥05年、
路面電車のLRT化を中心とする公共交通体系の検討委員会』(国
 主導、市や広電、商議所など参加)の提案



画像8(左) 拡大図(要拡大) 05年中国運輸局中心に路面電車の LRT化を中心とした 公共交通体系の再構築の検討調査で提案された複数ルート
画像9(右) 各ルートの1日平均利用者数予測 ケース⑤が広島駅~西広島駅間の東西基幹路線
になる(画像共に中国運輸局HPより)

 (1)議論前の動き
  ブログ主の推測の域となるが、国は90年代後半の広島市における都市交通整備の議論で
  、高コストのアストラムラインのデルタ内及び都心部地区への延伸・新設に反対していた
  。同時期に議論していた仙台市の東西線には異を唱えず、広島市のそれに物申したのは、
  地下線に限れば約2.6倍の高コストであることや、市の酷い財政状況が念頭にあったも
  のと思われる。他には、大都市部での地下鉄建設はあらかた終わり、これからはLRT及
  
びBRT整備に注力し、日本最大の路面電車都市でもある広島市にトップランナーの任に
  
当たらせたい思惑もあった。そこで検討の運びとなった。

 (2)議論の結果
  路面電車の LRT化を中心とした公共交通体系の再構築の検討調査報告書【 本編 】 
  路面電車のLRT化を中心とした公共交通体系の再構築の検討調査報告書【 要約編 】
   
 
 (3)議論後の動き
  10年、広島駅南口広場再整備の検討の中で、駅前大橋線が再整備の中心として浮上。提
  案の中の平和大通り西線(上記画像8参照)は相変わらず、棚上げされたまま。段原・宇
  品東線、平和大通り東線については、歯牙にもかけられなかった。
広島市圏LRTプロジ
  ェクト推進協議会(広島電鉄、広島国道事務所、県、県警本部、広島
市、廿日市市)を立
  ち上げ、広電のLRT化に向けた取り組みが始まったが、100%超低床車両導入や、交
  通系ICカード導入、一部停留所のバリアフリー化が進んだが、肝心の速達性向上に係る
  ものは殆ど進まなかった。


⑦15年、市主導による公共交通の体系づくりの基本計画策定


画像10 大幅に削減されたアストラムライン計画(画像 広島市HPより)

 (1)議論前の動き
  前計画策定後、社会情勢は少子高齢化の進展で、日本も縮小社会(高齢化+人口減)時代
  に入った。さらには、30年代以降超縮小社会(超高齢化+大幅人口減)時代への突入が
  予測される中、これまでのモーターリゼーションに迎合した拡散都市化が問題視され、集
  約都市構造への転換が叫ばれるようになった。費用対効果や交通インフラのトータルコス
  トの観念なども加わり、集約都市実現のための公共交通の整備の考えが主流となった

 (2)議論の状況
  アストラムライン西風新都線及び、苦境に立たされているバス輸送の再編と活性化、路面電
  車のLRTに向けた検討などが議論の中心となった。アストラムラインのデルタ内、都心部
  地区への延伸・新設は前計画策定後の流れを受け、取り扱いのみが議論された ~公共交通
  体系づくりについて~(広島市HP)
 
 (3)議論の結果
  公共交通体系づくりの基本計画 バス活性化基本計画 (共に広島市HP)

 (4)議論後の動き
  バス輸送の活性化を中心に重複路線の統廃合、南部方面の基幹バスの各社会実験を実施され
  、広島市地域公共交通再編実施計画(広島市HP)を策定して、バスの再編、強化に乗り出
  した。路面電車は、一部区間停留所の統廃合が取りざたされ始め、車両限定ではあるが交通
  ICカードを活用した信用乗車の導入も始まった。アストラムラインは事業採択となったが
  、かつての東西線と南北線については、大幅に路線が削減され都心線(上記画像10)と改
  称された。取り扱いとしては、西風新都線開業後の30年代以降に、導入の是非を再度議論
  するという、問題の先送り的な決着となった。99年試算で約900億円としている建設コ
  ストも1,200~1,300億円程度になると予測され、国が認可していない事実、大幅な
  人口減少局面に入る事、低い費用対効果などから導入されず、代替え事業として棚上げされ
  ている広電平和大通り線の導入が検討されるものと思われる

【考察その3】
結局、広島市で地下鉄が実現しなかった理由とは?


画像11 94年アジア大会に合わせて開業した新交通システム-AGT-ことアストラムライン

 広島市での地下式鉄・軌道系公共交通の議論開始は全国初のパーソントリップ調査が始まった67年とすると、今年で52年が経過したこととなる。様々な計画が提案されたが、73年のHATSⅡのフル規格地下鉄案、92年のフル規格地下鉄&アストラムライン併用案、99年のアストラムライン3線の延伸・新設案の3つである。地下鉄の定義を全区間、地下鉄建設補助制度が適用され、鉄道ターミナルや都心部の中心地区などをある程度の距離を地下式鉄・軌道線で以て結んでいる、とした場合94年に開業したアストラムラインは、その定義にはそぐわず都心部ターミナル(本通駅)がある郊外鉄・軌道線になる。この定義だと、広島市における地下鉄とはかつての東西線と南北線が該当する。約半世紀にもわたる議論で結局、地下鉄が広島市で実現しなかった理由とは一体何だったのだろうか?それを考える。

広島市で地下鉄が誕生しなかった理由

理由その1 デルタ地質特有の高コストが災いし、その高コストを賄う需要が広
      島市にはなかった

 『三角州(デルタ地質)の広島市は、広島市は地下鉄は建設できない』は誤りで、正確には『
  三角州(デルタ地質)でも建設は可能だが、高コストを伴う』である。他都市との建設コス
  トを比較をしてみる

  ◇中量輸送機関サイズ地下線(リニア式ミニ地下鉄、AGT地下線)の1㌔当たりの建設費
   仙台市営地下鉄東西線(15年全通 ミニ地下鉄)-約165億円
   福岡市営地下鉄七隈線(05年開業 ミニ地下鉄)-約221億円
   神戸市営地下鉄海岸線(01年全通 ミニ地下鉄)-約297億円
   広島市アストラムライン地下線(AGT地下線)-約428億円(1.4~2.6倍)

  フル規格地下鉄(JR線サイズ)の1㌔当たりの建設費
   東京メトロ副都心線(08年全通)-約202億円 
   JR東日本仙石線地下区間(00年全通)-約204億円
   JR西日本東西(おおさか東)線(97年全通)-約256億円
   広島市フル規格地下鉄ー約592億円(2.3~2.9倍)
   横浜市のMM21(みなとみらい)線(2004年全通)-約707億円

 1㌔当たりの建設費はよく、地下鉄建設で用いられる尺度で広島市のAGT地下線はかつての
 南北線延伸(全線地下式)を参考に割り出し、フル規格地下鉄の建設費は、掘削トンネル断面
 のサイズの差異から弾いた。近年の地下開発の事例だと、紙屋町地下街シャレオは当初、地下
 街部分だけで約391億円と見積もられたが、実際には1.2倍の約480億円、田中町のア
 ンダークロスは、約69億円が結局2倍以上の約141億円にまで膨れた。どんな事業でも採
 算性の鍵は初期コストで、これが跳ね上がると比例して採算性のハードルも上がる。横浜市の
 ように高コストであってもそれを賄う需要さえあれば、問題はないが広島市の場合は難しい。
 需要についての議論だが、99年策定の計画では、『東西線+西風新都線』のセットで、1日
 平均計12万人の利用があるとした。利用予測方法として『駅勢圏法』にて算出した。この方
 法は実にアバウトでアストラムラインの既存線でも開業前、1日平均約7.2万人を予測し、
 開業2年目の実績値は約4.5万人と62.5%の水準と4割近いかい離が生じた。 ~利用
 者予測の方法及び予測結果の確実性について~ その点を反省し、西風新都線の検討時には方
 法を四段階推計法に改めた。これも微妙なところで、西風新都線の利用者は2.0万人から1
 .5万人に下方修正されたが、西風新都地区の郊外バス路線を一手に担っている広電バスの、
 利用者数は約7,500人(国土交通省HP)である。バスからアストラムに変わるといきなり
 2倍になるのが摩訶不思議だ。『速達性で勝るのだから当然だ』との反論も出そうだが、この
 西風新都方面のバスは広島高速4号線経由なので、旅行速度が23.9~27.3km/h
 (広島市HP)と早く(複線アストラム30.0km/h)、西風新都線の優位性は確立され
 ない。広島市の需要予測のデタラメぶりが目に余る、と言いたい。実際には東西方向の利用需
 要は、上記画像8の路線のうち、『①+②+④』のケース5の2.6万人+@が関の山と考え
 る。よって、高コストを賄う需要は絶対にないと断言してもいい。

理由その2 ものの見事に建設期を逸した

 既存のアストラムラインは、祇園新道と市道中筋沼田線を、HATSⅡの鯉城線も市道長
 束八木線(相互乗り入れの可部線の移設用地)を導入路とした。この道路は、計画浮上時
 影も形もなく、新たに用地買収を始める新設道路だった。そのため、アストラムラインは
 、77年の導入決定から開業まで17年の歳月を要した。道路の進捗状況が即ち、アスト
 ラムラインの進捗とほぼイコールとなった。仮に既存道路への導入であれば、半分程度の
 年月で開業し、第1期線である既存区間は80年代半ば~後半に開業して、第2期線の開
 業もアジア大会に間に合わせる形で実現していた可能性がある。導入路の道路整備待ちで
 第1期線開業に手間取り、難産の末開業したのはいいがその頃には時代は変わり、財政難
 、少子高齢化の進行、出口が見えないデフレ社会の到来など、広島市の鉄・軌道系交通整
 備の大逆風が吹き、それどころではなくなっていた。財政に余裕があり、費用対効果など
 の発想が皆無で、どんぶり勘定が何となくのノリで許されていた安定成長期(70年代半
 ば~90年代初頭)に、目鼻を付けていれば現在とは異なる姿があったかも知れない。た
 だ、実際には新規の都市交通インフラを受け入れるほどの幅員豊かな道路は存在しなかっ
 たので仕方がない。

理由その3 広電の存在
 『広電が政治力を駆使して既得権益死守のため、事あるごとに市の計画を潰しに動いた』
 は、根拠のないデタラメだが、存在自体が一定の整備圧力になったのは事実だと考える。
 この会社は、変化を嫌い現状を良しとする社風で、広島市民のメンタル構造を代弁したか
 のようだ。前広島商工会所会頭の大田会長がトップに君臨していた時期(96~11年)
 は、大きく変わったかに思えたが、他界しいなくなると先祖返りしてしまった。大田氏の
 秘蔵っ子だった前社長も、旧守派といえる現在の面々に追い出された。お上の意向には逆
 らわないの処世術の会社なので、憶測の域だが、仮に広島市が本気で『割増しの営業補償
 を払うから、地下鉄建設するので相生通りと鯉城通りの軌道敷を空けろ』と強く言えば、
 広電はきっと空けた筈だ。大田氏が存命中、アストラムラインの東西線や南北線建設を潰
 したというのも嘘で、実現しなかった理由は市の財政難と国が計画を認めていなかったこ
 とが大きい。むしろ、広電が70年代に路面電車を他都市同様に廃止していたら、どうな
 っていただろうか?広電の1日平均利用者は鉄・軌道線で計15.0万人程度だが、この
 利用者がバスに切り替わるので、ただでさえ、『広島駅~紙屋町間』のバスの本数が3,0
 00便以上で問題になっているのに、さらに1,500~2,000便が加わることになる。
 軌道敷が道路車線になるといっても満足に2車線分も取れないので、相生、鯉城通りの交
 通渋滞は麻痺のレベルになっていただろう。『いや、アストラムの整備が厄介者がいなく
 なるので進む』との声が聞こえそうだが、広島市の鉄・軌道系公共交通整備の優先順位は
 市北西部の交通渋滞解消だったので、東西方向の路線は二の次。史実通り、既存線の開業
 のまま、路線の伸長はなされていなかっただろう。それを思うと、広電の存在は一定の整
 備圧力にこそなったが、残して良かったとなる。


画像12 広島版『失われた20年』を誘引した94年開催のアジア大会(画像 広島市HP)

理由その4 アジア大会の開催
 70~80年代、広島市は、地方中枢四都市-札・仙・広・福-の中で最も都市インフラ整
 備が遅れていると言われ続けた。それは19年現在もそう変わっていない。で、当時の『植
 木市長』こと荒木市長は何を思ったのか、アジア大会開催を切り出した。開催の目的は、一
 応お題目として『大会を開催して国際平和を訴える』があったが、真の目的はそれではなく
 大会開催を機に遅れている都市インフラ整備を加速させ、80年代当時さえ差をつけられつ
 つあった福岡市との差を縮める、もしくは追いつくことだった。札幌市の冬季五輪開催(7
 2年)と
ユニバーシアード神戸大会(85年)を成功モデルとした。今振り返ると驚きを禁
 じ得ないが、首都クラスの都市が開催するこの大会を広島市は、国の全面支援を取り付ける
 ことなく大会開催都市に正式に立候補した。広島市は当初、90年開催を希望していた。8
 4年の
ソウルで行われたアジア・オリンピック評議会で90年北京(割り込み立候補)、9
 4年広島でのアジア大会開催が決まった。そこから、広島市は県との二人三脚で土木行政に
 一心不乱に邁進した。アジア大会開催のための官民合わせた総投資額は一説には、1兆3千
 億円とも言われ『散財することが最高の美徳』と言わんばかりに使いまくった。下記の数字
 
は、広島市の市債残高の推移だ。

広島市の市債残高の変遷                         
         年度末市債残高      時財政対策債残高等控除後残高
90年度      3,762億円          
3,762億円
01年度      8,755億円          8,351億円
07年
度      9,548億円          7,856億円
10年
度      9,818億円          7,422億円
15年
度    1兆1,114億円          7,024億円
18年
度    1兆1,194億円(2.97倍)   6,700億円(1.78倍)

 大会関連インフラ整備が佳境に入り始めた90年度から僅か11年後の01年度の残高と比
 較をすると、2.33倍である。これはアジア大会開催だけではなく、小渕政権時の公共事
 業の乱発にお付き合いしたことも大きいが、大半はアジア大会開催が原因である。最悪なこ
 とにアジア大会開催の4年前の90年頃、バブル経済が崩壊。運営費用の殆どをスポンサー
 企業から集める予定だったが、自腹を切る羽目となる。今更、開催断念やコストの徹底した
 見直しなどできず、そのまま突っ走った。その結果、残ったものは莫大な市債の山と身の丈
 を超えたハコモノだった。通常、大会前に行った公共投資は、後に市の発展で市税で直接、
 間接的に回収するのが常だが、景気低迷でそれも叶わなかった。大会後は、何とかやりくり
 したものの、90年代後半にはいよいよ行き詰まり、財政健全化計画期間(98~03年度
 )に入る。しかし、小渕政権の緊急経済対策による公共事業乱発に付き合う羽目となり、最
 初の計画では健全化が果たせず、03年には財政非常事態宣言(広島市HP)を出す事態に
 なる。そして第二次財政健全化計画期間(04~07年度)に突入する。中国運輸局が、ア
 ストラムラインの東西線と南北線の建設に反対したのは、市の酷い財政状況を憂慮したため
 で、これが結果的に整備に対して大きな圧力となった。仮想世界の話になるが、アジア大会
 開催がなければ少なくとも国の反対はなかったものと思われる。都市インフラ整備を加速さ
 せるために開催したアジア大会が、結局一番必要とされたアストラムライン整備の圧力にな
 ったことは歴史の皮肉である。


画像13 
世界遺産の原爆ドームと平和記念公園の様子(画像 ひろたびより)

 結びとしてこう締めたい。結果として、広島市にはいわゆる地下鉄は誕生しなかった。『地下鉄=都市発展の文明の利器』と捉えた場合、地方中枢四都市の中で都市の中枢性で最も劣り、他の三都市の後塵を拝してる現状から、未整備に終わった事実は重い。中枢性を量る上で大きな指標となる人口の社会増減で見ると、総務省の統計では18年広島市はついに人口の社会減である転出超過(▲661人)に転じた。福岡、札幌市が8,000人前後、仙台市が1,000人台の転入超過とは対照的だ。東京五輪を控え、好景気に沸く東京23区の吸引力の強さを転出超過に陥った理由としているが、広島市よりも遥かに近い立地で影響が大きい筈の仙台市は、転入超過のままである。そこで理由として地下鉄未整備がクローズアップされがちだが、本当にそうだろうか?広島市の中枢都市としての限界は、立地に起因するところが大で、左右に関西大都市圏と北九州・福岡大都市圏、さらには東京圏から桁一つ大きい遠隔吸引されているからだ。仮の話だが、アジア大会までに国道BP、都市高速道路などの高規格道路、複数の地下鉄網、広大は西条ではなく西風新都に移転、広島空港は観音地区の沖合移設、広島駅前再開発も整備完了していた広島市が存在したとする。その最高かつ、最強の広島市を以てしても、現状と大差がない状況だったと思われる。東京との兼ね合いでかなりの都市インフラ整備が進められている大阪市がかつては西日本の首都的都市だったものが、関西圏の中枢都市に埋没したのを見れば、お分かりだろう。結局、都市としての需要の問題なのだから・・・。これは広島市の在り方の問題だが、未だ解決していない都市交通問題の観点ではどうだろうか?これは、地下鉄未整備は、そこまでの大きなハンディにはならない。日本国内で参考事例となる都市はないが、海外特に欧州に目を向ければ参考事例は山のようにある。過去にフル規格地下鉄及び、シュタットバーン(地下式LRT)の計画が浮上したが、住民の反対、財政難、高コストの問題から断念し、既存のトラムやバスのLRT&BRTの昇華で解決を図った都市がある。ドイツのブレーメン、ドレスデン、スイスのチューリッヒ、スウェーデンのヨーテボリなどがそうである。公共交通の考えだが、そもそもの移動需要があり基幹公共交通を導入することで、発生するであろう+@分の需要を加味して選定機種を検討する。ピーク時の片方向の1時間当たりの需要が ①数万人/時間以上=フル規格地下鉄 ②1万人台/時間-リニア式ミニ地下鉄 ➂5,000~1万人未満/時間-AGT、モノレール、LRT、BRTの中量輸送機関 ④それ以下-バス輸送の改善、が目安となる。その後、財政状況や初期投資額(建設費など)などの諸々の要素が加わり、単年度黒字化(日本の場合)の目途、将来にわたり持続可能なシステムの確認など、精査され決定される。


画像14 世界都市ランキングの上位の常連で、金融センターとして名高いスイスのチューリッヒ(画像 ウィキペディアより)

 輸送能力目線だとこうなるが、問題は速達性の有無である。現行、広電市内軌道線の旅行速度は9.0~9.5km/h弱とアストラムラインの30.0km/h、LRT基準の18~25km/hと比べると、お話にならない。これは線形の問題、複線軌道容量を超えた系統数と本数の問題、行政と県警が提供する走行環境の問題などがあり、短期での解決は難しい。容易ではないが仮に解決すれば、広島市規模の都市であれば、LRTに昇華した路面電車&高度化されたバスで十分事足りる。フル規格地下鉄さえあれば、勝手に需要が巻き起こり、覆っていた暗雲がすべて取り除くような論調で熱く語る人が稀にいるが、これは間違いだ。導入路での需要を満たす意味合いでは解決するが、問題の本質は公共交通移動需要が発生しやすい都市構造か否かである。都市が定める基幹公共交通を頂点に階層化され、使いやすいシステムの構築が肝要だ。広島市の市内移動に係る公共交通分担率は、16.0%で、フル規格地下鉄がある仙台市-16.5%とほぼ互角。地下式鉄・軌道交通機関がない先に紹介した都市でもある都市と比べ、公共交通分担率は同レベルを維持している。チューリッヒに至っては37%と、欧州都市で最も公共交通が利用される都市として名をはせている。繰り返し言うが、基幹公共交通が地下鉄か否かよりも、階層化され利用されやすいシステムかの問題の方が大きい。需要を満たす輸送力と速達性が担保されれば、こだわる必要は皆無だ。都市発展の観点だと、紹介した都市は、全て人口増加の成長都市でその増加率も総じて高いのが特徴だ。地下鉄の都市経済発展の効能を完全否定するつもりは毛頭ないが、これらの都市では地下鉄を含めた都市インフラ整備だけで、国内外の投資を集めるのではなく、都市ブランドを確立させて投資を集め高い拠点性を築いている。日本では未だに『高規格道路・地下鉄=経済インフラ』『一般道路・他の交通機関=生活インフラ』の考えが主流だが、これこそ高度・安定成長期の右肩上がりの時代の遺物と知るべきだろう。今日は広島市の過去の地下鉄構想の話をしたが、これは既に決着した論争で、人口減少時代を本格的に迎えるに当たり、既存の都市交通インフラ(路面電車&バス)のLRT及びBRTに近いシステムへの昇華、その下のカテゴリーに属する各交通機関の整備、結節点の改善、ソフト施策の交通需要マネジメント(TDM)の推進、日本式運輸連合の模索などを行い、集約都市建設に資する公共交通システムを構築してほしい次第だ。


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シリーズ記事 エリアマネジメントについて 

【考察その5】
広島市の
エリアマネジメント活動計画認定制度』


画像1 イケア取得の区画(2街区)以外竣工した広島駅北口の二葉の里土地区画整理事業(画像 アンドビルド広島より)


画像2 唯一官公認マネジメント組織『エキキタまちづくり会議』のマネジメント範囲(画像 広島市HPより)

 広島市には、時代を反映してか リアマネジメント活動計画認定制度』を19年3月に創設して、認定第1号として、『エキキタまちづくり会議』(代表 下河内一成)が提案した『エキキタエリアマネジメント活動計画』(広島市HP)が認定された。まずはこの制度について、説明したいと思う。

《 エリアマネジメント活動計画認定制度の新設 》
 広島市エリアマネジメント活動計画認定制度の概要~(広島市HP)

①認定制度創設の理由とは?
 
 『エリアマネジメント』とは、住民や事業主等が主体となり、地域の良好な環境や価値の維持
 ・向上のために取り組む活動のことである。本市では、地域の『自分たちのまちは自分たちで
 創る』という機運を盛り上げ、活性化を図るため
、地域団体等への活動費の助成や専門家の派
 遣などの支援を行ってきた
今後、さらに住民主体の活動を盛り上げていくには、より住民の
 発意と創意工夫を活かせる新たな手法を取り入れることが重要である。
このため、この度、公
 共施設や公共的空間を住民自らが管理・活用し、併せて収益を得る新たな仕組みを導入し、エ
 リアマネジメント活動の支援を進めることで、にぎわいの創出や美しく快適な街並みの形成な
 ど、よりよい『まち』を作っていく活動に新たな活力を導入したいと考えている


②どんな制度なのか?
 この制度は、広島駅周辺地区や紙屋町・八丁堀地区等の『都心部地区』や、生活施設や交通施
 設の集中する地区など、都市機能が集積し高い拠点性を持つ地区で行われる『エリアマネジメ
 ント』のうち、一定の基準を満たすものを本市が認定し、併せて公共施設等を有効活用する際
 に支障となる規制を特例的に緩和するというものだ

➂認定の方法は?
 
(1)まず、エリアマネジメントを行う団体(エリアマネジメント団体)が、活動する範囲
  や目的、組織体制、実施内容など、自分たちのエリアマネジメントの活動全体を説明する
  『エリアマネジメント活動計画』を作成し、市に提出
 (2)市は、まちづくり活動と公共施設等の関係課で構成する『エリアマネジメント活動計
  画認定審査』において、その活動計画を審査。そして、認定要件を満たし、かつ、公益性
  や実行性、事業効果があると認めた活動を認定する

④認定されるとどんな効果があるのか?
 認定後は、公共施設等を有効活用-にぎわいづくりのためのイベント実施や、活動財源の確
 保のための物販等の実施などする際に支障となる規制について、特例的に緩和。また、認定
 されたエリアマネジメント活動については、本市の広報媒体などを使って広く紹介する 

⑤エリアマネジメント活動計画の認定に向けたフロー図 
拡大図
画像3 エリアマネジメント活動計画の認定に向けたフロー図(画像 広島市HPより)

 広島市に限らず、全国の自治体のエリアマネジメントの取り組みの傾向として、地域及び、都市再生の観点から導入されている。 エリアマネジメント活動の推進(まち・ひと・しごと創生本部HP
) 広島市のエリアマネジメント組織が広島駅周辺地区にあり、必要だと思われる旧来の都心部地区の中心である『紙・八地区』に存在しないのはこのためだ。組織立ち上げの機運の醸成として、地区全体の地盤沈下への危機意識の共有がなければ、利害の一致を見ず『小異を捨て、大道につく』にはなりにくい。それには、再開発計画、跡地利用計画などはきっかけとして最高である。現在、
エリアマネジメント活動計画認定制度』に基ずく、市認定のエリアマネジメント組織は『エキキタまちづくり会議』だけである。これは、広島駅周辺地区全体が、03年都市再生緊急整備地域に指定され、一度は社会情勢の大変化で長年の懸案だった同地区の再開発計画がとん挫したことを受け新しい枠組みの元、再出発したことに起因する。広島市の構想では、北口地区だけでなく、南口地区とマツダスタジアム周辺地区にも同様の組織を期待している。開発が先行して終了した同地区で、エリアマネジメント組織の立ち上げの動きが表立って見えないのは、慙愧(ざんき)に堪えない。大袈裟な表現だが、高度・安定成長期さながらの『つくる』だけのまちづくりに終わり、出来上がったものを今後如何にして運営して行き、地域のブランドを構築。都市間競争のひとカテゴリー下の、地区間競争を勝ち抜く戦略と戦術が求められるところだが、残念ながらそうはなっていない。再開発事業の竣工が第一幕のゴールであり、第二幕のスタートだ。意識の低さを責められても仕方がない。

 広島駅周辺地区の商業機能のみに限れば、競争相手となるのは同じ都心部地区の『紙・八地区』ではなく、目と鼻の先の安芸郡府中町の
イオンモール広島府中だ。売上高ベースの比較ではないので微妙なところだが、18年の中国新聞社の広島市商圏調査だと地区の支持率では、府中町が17~18年の2連続で紙屋町(16.0%)、八丁堀地区(15.4%)を押さえ、16.4%と首位。他の郊外地区が一桁台の中、2倍の支持率を稼いでいる。広島駅はというと、16年-5.6%、17年-4.6%、18年-5.4%と横ばい。いや、その投資規模やカープの第二次黄金期の到来による活況ぶりを鑑みると、不足感が漂うと同時にエリアマネジメント能力の欠如が窺える。元々が商業集積地としてはイマイチだったので過剰な期待は禁物だが、やはり8~10%ぐらいは欲しい。今後に期待したいところだが、南口再開発B・Cブロック完成の最初の波に乗り遅れたので、25年春先に完了する広島駅南口広場の再整備前に、マツダスタジアム周辺地区と共にエリアマネジメント組織の立ち上げに注力し、広島駅地区全体の地区ブランド構築に尽力すべきだろう。追い風は永遠には吹き続けない。3地区で相互に役割分担を果たし、しかも同じ都心部地区のの紙・八地区と共同歩調をとることでようやく天敵郊外大型商業施設を抱える郊外地区と闘える体制が整う。

【考察その6】
広島流エリアマネジメントの在り方


画像4 札幌4都心地区-『札幌駅前通地区』『大通地区』『すすきの地区』『創成東地区』の立地図(画像 札幌市HPより)

 ここでエリアマネジメントの効能を再確認したい。ある一定の地域において、その地域の関係者が、『地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取組』を行うだ。具体的な活動は以下の通り。①季節に応じたイベントや祭りを開催する『まちのにぎわいづくり』 ②ゴミ拾い、花壇作りなどの『環境維持・美化活動』 ➂コミュニティ情報誌やマップの発行、ホームページの開設などの『まちの情報発信』 ④合同防災訓練などの防災活動、防犯講習会などの『防犯活動』 ⑤まちづくりの方針やガイドラインを定める『地域ルールの策定』である。②と④などは
既存の町内会などコミュニティー組織で対応可能だが、それ以外は不可能だ。ブログ主は特に①、➂、⑤に期待したい。この点につくるだけのやりっぱなしのまちづくりから、地域(地区)経営の息吹を感じ、今後のスタンダードになると考える。先の考察で、紙・八地区にエリアマネジメント組織がないことに触れた。同地区の都市再生緊急整備地域指定が遅れていたからだ。 ~都市再生緊急整備地域について~(広島市HP) 都市再開発、跡地利用計画地区でマネジメント組織の立ち上げが容易な理由は、地区住民の危機意識の共有もあるが計画に参加した事業者が後押しして財政面を担保してきた点も見逃せない。ある程度のクオリティの活動をするには、最低限の予算の確保なくして語れない。行政、地区で活動する事業者の支援が不可欠だ。特に事業者目線だと、その地区が開発後も注目され続けることは、安定した売り上げや賃貸料の確保にもつながりメリットも又大きい。そこで参考としたいのは、札幌市の官主導のエリアマネジメントつくりだ。


画像5 広島市の都心部地区の様子(画像 広島県HPより)

 札幌市は、広島市とは異なり10年前からエリアマネジメント活動を実施している。 ~都心まちづくりの取り組み・エリアマネジメントの取り組み~(札幌市HP) 2つのまちづくり会社の設立や同協議会の設立が取り組みの中心だ。本来であれば、官主導ではなく、民主導でこのような動きが出てくるのが理想だが、そうは簡単に運ばないこともあるだろう。官主導のエリアマネジメント組織の立ち上げのメリットを考えると、市と共にあるべき都心部地区の方向性を探れ歩めること、他の都心部地区との何かしらの利害対立が生じた場合、調整してもらえることなど意外と悪くない。立ち上げまで市が表舞台に出てきて利害調整などのすべき役割を担い、軌道に乗ると黒子役に徹して見守る。これで良いと思う。民組織の発想力・企画力、運営などのノウハウを十分生かし、財政面の手当てをサポートする。このような形になれば言うことはない。現状、都心部地区にエリアマネジメント組織が1つしかない状況を踏まえ、今後のあるべき姿を探りたい。

ひろしま都心部協議会
 3まちづくり株式会社の代表、各街区マネジメント会社の代表、協賛企業、商工会議所、市
 の担当者などから構成。
 ①紙屋町まちづくり株式会社
各街区のマネジメント会社及び、団体を統括
  平和記念公園周辺地区、旧市民球場跡地(イベント広場)地区、中央公園地区、本通地区
  、平和大通り地区など集客施設ごとのマネジメント組織を立ち上げる
 ②八丁堀まちづくり株式会社
各街区のマネジメント会社及び、団体を統括
  本通地区、金座街地区、えびす通り商店街地区、うらぶくろ商店街地区など『
広島市中央
  部商店街振興組合連合会』加盟11商店街を3~4セルに統合してマネジメント組織を立
  ち上げる

 ➂広島駅まちづく株式会社
各街区のマネジメント会社及び、団体を統括
  エキミナミ(南口地区)、エキキタ(北口地区)、エキニシ(大須賀町界隈)、エキヒガ
  シ(マツダスタジアム界隈)のマネジメント組織を立ち上げる

などと適当に考えてみた。紙屋町地区の集客施設ごととしたのは既存のPFI事業や今後生まれるであろう『パークPFI』をそのまま流用できるからだ。八丁堀地区のそれも
広島市中央部商店街振興組合連合会』加盟11商店街をそのまま流用するには、数が多過ぎるので適正数に統合して、マネジメント組織を立ち上げる。これにより『広島都心協議会-各まちづくり会社-各街区マネジメント組織』という3層構造が完成する。第一層-広島都心協議会では都市ブランドの打ち出し(全体戦略)、必要施策(全体戦術)の整理を議論。第二層-まちづくり会社では、与えられた地区ブランドの打ち出し(地区戦略)、必要な地区施策(地区戦術)、第三層-各街区マネジメント組織は街区のブランドの打ち出しと個別の施策、こんな感じだろうか?いずれにしても市などの行政の方向性と一にする必要がある。よくブログ主が都心部地区の回復策、①対処療法-再開発や跡地利用などの再開発ビルやスタジアムなど集客施設の導入 ②根本治療-自動車利用に一定の制限をかけ、歩行者中心の都市空間の再配分(回遊路の大改善) ➂体質改善-郊外開発の抑制(大型商業施設の立地規制)、都心部地区の階層化されたマネジメント組織の設立(都市、地区ブランドの確立) の➂部分に当たる。現在、広島市ではアジア大会前の彷彿させるかのような、都心改造がたけなわである。それはかつての『つくる』だけのまちづくりで終わり、手段と目的の境界線が曖昧なままになりそうだ。今一度立ち止まり、ハード以上に必要なソフト施策の重要性を考える時期だと思うのだが。広島市が競争するであろう西日本の大都市と同じ土俵で戦っていては勝ち目はない。その事に早く気づき、軌道修正することを願ってやまない次第だ。

終わり

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