封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

2019年09月

カテゴリー記事 カープとその他スポーツ

【考察その1】
ファンの期待を大きく裏切った2019年シーズン


画像1 じっくりと見たらやたらと腹が立つ(笑)のはブログ主だけだろうか?(画像 ユーチューブ動画撮影より)


画像2 カープのレギュラーシーズン終了時点(9月27日)での成績(画像 NPB公式HPより)

 カープの19年のレギュラーシーズンの全日程が終わった。4連覇&35年ぶりの日本一を目指し、奮闘したが、残念ながら自力CS(クライマックスシリーズ)進出すら決めれず、阪神の日程終了待ちになってしまった。勝てば、自力CS進出(3位決定)が決まる最終戦でも、今シーズンを象徴するかの拙攻で相手投手の暴投の1点止まり。そして、ジョンソン投手の交代期を見誤り、モチベーションが然程高くない中日に1-4と敗れた。この試合を以って、カープのレギュラーシーズン全143試合の日程が終了した。仮に阪神が残り3試合(9月27日時点)すべて勝った場合、カープは4位に転落し、CS進出を逃すことになる。FA移籍で丸が抜けたとはいえ、さすがにこうも低迷するとは思わなかった。仮に丸が残留を決めていても、今シーズンの体たらくでは優勝は不可能だったに違いない。今シーズンのカープは何が足りなかったのだろうか?それを考えたい。まずいの一番に『勝利の方程式』とも言える3連覇を支えた万全の中継ぎ、セットアッパー、クローザーが不安定だったことを挙げたい。16~18年のカープの3連覇は、繋ぐ強力な打線ばかりが注目されたが、最大の功労者は中継ぎ以降の投手陣の活躍によるところが大きかった。チーム防御率は、リーグ2位の3.68と思いのほか悪くはないのだが、不用意な四球から相手にチャンスを与え、痛打を浴びて失点して同点や逆転、試合を壊すケースが目立った。特に中崎が交流戦を境に劇場型から遂に炎上型に進化し、好調だった一岡のも『コンディショニング不良』で7月以降消えた。今村は、シーズン半ばからの仕事始め(笑)で、この2人で中継ぎ1人分しか働かなった。急遽クローザーに回ったフランスアも、防御率は2.76と決して悪くはなかったが、昨シーズンほどのキレはなく、今一つ安定感に欠けた。その穴を埋めるべく菊池(保)や誰も期待もしていなかった中村(恭)が頑張ったが、穴を埋めるには至らなかった。2年目の遠藤もよくやったが、同様である。カープに限らず中継ぎ投手は、実稼働3~5年程度で経年疲労が蓄積され輝きが失われることが多いが、今シーズンのカープが正にそんな感じだった。もう一つ言いたいのが、佐々岡投手コーチの存在だ。今シーズンから一軍投手コーチへ昇格したが、手薄となった中継ぎ陣の負担を軽減させる意図があったのか、先発投手陣をかなり引っ張った。賛否が分かれるところだが、投手陣を一切任せている緒方監督の継投策に悪影響を及ぼした、と考える。数字だけでは、見えないマイナス効果があった。投手の交代期を不満に感じたカープファンも多かった筈だ。



画像3~4 2019年セ・リーグ打撃、投手陣成績(画像 NPB公式HPより)

 次に、球団の不祥事が続けざまに起きたことだ。7月の緒方監督の野間に対する暴行事件(掌底六連打事件)と8月のバティスタのドーピング事件だ。緒方監督の暴行事件は、5月に破竹の月間20勝を達成し、首位を奪還。6月の交流戦ではまさかの最下位に沈み、その交流戦明けのDeNAとの3連戦の3試合目(6月30日)の試合後に起きた。瞬く間に選手など関係者の知るところとなり、翌日から9連敗(計11連敗)を喫し、交流戦後の反転攻勢の機会を失った。ブログ主は、緒方監督はCS進出の有無関係なく、自らの責任を問うべく辞任するするべきだと考える。長自ら、現場の雰囲気をぶち壊した責任は大きい。事件に対しての自身のけじめは必要だ。他球団云々はこの際、関係ないだろう。これについては次の考察で詳しく述べたい。8月のバティスタのドーピング事件も『メイクドラマ(96年)返し』が本格的に取り沙汰され始めた矢先に起きて(8月17日)、大きく気勢が削がれた。打撃面のポスト丸の期待を受け、バティスタの成績がそのままチーム成績に直結(5、7月)していた。単純な戦力としての離脱(自宅謹慎⇒半年間の出場停止)のダメージも大きいが、それ以上にチームに停滞感をもたらせた。選手個々の自覚不足(故意ではない場合)とその選手を管理する球団の責任は大きいと言わざる負えない。先の緒方監督の暴行事件も傷害罪に係ることなので、相当のものがあるが、ドーピング問題の場合、競技の正当性という根幹部分に係わり、看過出来ないだろう。一度の不祥事発覚は、終わり方次第では飛躍のきっかけとなることが多々あるのだが、そう間を置かずに二度目となると、再浮上は難しい。契約問題で『人柄も考えて~』と相も変わらないぬるいことを言っているが、スポーツ界におけるドーピングは、(同チーム内で)再挑戦の機会を与える必要がないほどの罪深いものだ。球団としてのコンプライアンス厳守の強い姿勢(解雇)を打ち出すことが、再発防止の近道だろう。『解雇した場合、戦力が・・・』などの反論は、これとは別の問題でこの反論自体、反省していない証明だ。

【考察その2】

2020年シーズンはどうなるのか?


画像5 昨シーズンオフにFA移籍し、個人4連覇(笑)を見事に達成した丸(画像 ユーチューブ動画撮影より)

 2020年シーズンを展望するに当たり、まずは緒方監督の辞任ありきだろう。5年のうち3度のリーグ優勝を果たした監督を今シーズンの成績のみでとやかく言うのは、賛否が非常に分かれるが今後も毎シーズン優勝争いをして、35年ぶりの日本一を本気で目指すのであれば、必要だ。かつてのようにCS進出でよくやったとされる球団ではないのだから。彼を頂いていても、これ以上の伸びしろはない(と思う)。『マニュアル通りの野球しかできない』(監督としての引き出しが少ない)、『言葉力が足りない』、『中間管理職(監督)の適性に難あり』がその理由だ。3連覇の結果を以て、3つの理由を否定するのも意見の一つだが、監督の能力と無関係な部分-第2次黄金期を彷彿させる充実した選手層、ライバル不在-によるところが大きい。監督の能力の限界を感じたのは、日本シリーズ(16、18年)で、そこそこの試合をしながらも、1勝(18年)と2勝(16年)で終わったことだ。戦力比較では、ほぼ互角に近く監督能力次第では、日本一になれる可能性も十分あっただけに、監督能力の有無を問われても仕方がない。さらに言えば、自身が起こした暴力事件のけじめはつけなければならない。球団、被害者の野間からも許されたから、もういいのでは負の連鎖-暴力=愛のムチ-を断ち切るのは難しいだろう。さすがに3連覇という結果を出している以上、解任は出来ないだろうが、松田元オーナーには非常な決断を望みたい。後任監督を問われると、球団は佐々岡一軍投手コーチの昇格を考えている向きも感じる(ブログ主の予測)が、投手や外野手出身者はどうなのだろうか?そこでブログ主は、高一軍ヘッドコーチを推薦したい。かつての名選手をそのまま、現場経験させることなくいきなり監督にしたり、監督昇格予定でいきなりヘッドコーチにするのは反対だ。選手と監督は別の能力を求められ、実績重視のプロ野球の世界でも例外ではないからだ。一般企業で言えば、営業成績が抜群のやり手の営業マンを係長や課長をすっ飛ばしていきなり部長にするようなものだ。リスクが高過ぎる。高コーチの場合、チームスタッフ、二軍コーチ、同監督、一軍コーチなど経歴も十分で、前野村謙二郎監督、現在の緒方監督下でも作戦面でも助言するぐらい信頼され、選手からの人望も厚いとの事だ。監督には華など必要ないし、監督が目立つチームはあまり宜しくない。


画像6 メジャー挑戦を表明している菊池(画像 ユーチューブ動画撮影より)

 次は戦力だが、カープの場合FA移籍の不安が常に付きまとう。選手が、自身の商品価値を高く評価されるチームに移籍するのは、プロスポーツ選手として当然だし、『誠意=お金』である以上は至極当然だろう。悪し様に言うつもりはないが商品価値=実力に見合うものを出せないチームが悪い。他球団と異なり、親会社の企業広告塔ではない。球団の独立採算が求められ、中~長期にわたり安定経営が至上命題である以上、繁忙期の収益が内部留保金に回るのは仕方がない。人件費もそうだが、球団施設などで巨人や、ソフトバンク、楽天よりも劣るのは如何ともし難い。高卒の身体が強く、身体能力が高い選手を取りカープの軍隊練習で鍛え上げ、中堅選手になれば半分は他球団に流出する、ぐらいに最初からそう割り切って、楽しむ方がストレスを感じず、幸せかも知れない。カープの現役選手のFA権保有選手は、海外も含め次の通りとなる。石原慶幸、小窪哲也、長野久義、松山竜平、野村祐輔、會澤翼、菊池涼介の7選手。この時期で明言している選手は、唯一菊池がポスティングシステムを利用した大リーグ移籍を視野に入れていると球団へと伝えられているぐらいだ。今シーズンオフに話題になりそうなのは、菊池に加え、長野のFAによる巨人復帰、會澤と野村祐輔だろうと予測する。會澤については楽天が調査しているとも言われ、打てる捕手を渇望している巨人も挙手する可能性がある。野村祐輔も最多勝を獲得した16年以降、成績が低迷しているが貴重な先発投手でもあり、FA宣言すれば獲得に乗り出す球団はあるだろう。長野はどうなのだろう。プロテクトされなかった巨人に今更復帰するだろうか?ただ、カープでの起用方法に満足しているとも思えないので、微妙なところだ。FA移籍の話をすると、制度発足からFA移籍が多い球団は、実は西武で18年時点で18人を数える。次は日本ハムの14人。これにソフトバンク、オリックスの11人が続く。カープは丸で9人目だ。イメージよりも少ない印象だ。話を本題に戻すが、菊池の流出は覚悟して會澤、野村祐輔が残留した場合、セ・リーグの戦力比較をするとまだナンバーワンだと考える。19年シーズンは、カープが本来の実力が諸般の事情で発揮できず、やりくり上手の原監督が率いる巨人にしてやられた感が強い。勝手にカープがこけたに過ぎない。監督だけ代えればまだカープの黄金期は続くだろう。

【追伸】

 10月1日、阪神のCS進出を受け緒方監督は、辞任した。松田元オーナーに報告に上がった際には、疲れ果て消耗しきった様子だったという。5年で3度のリーグ優勝の偉業を成し遂げた事には敬意を表したい。聞くところによると体調も随分と悪化せて、限界を超えていたようだ。一部報道ではオーナーが新設したポストに就かないばかりか、解説仕事もしないとの事だ。取りあえずは『お疲れさまでした』と言いたい。後任監督は色々と取り沙汰され、9日頃に決定される予定らしい。前以って(緒方監督の意向)を聞いていれば、選択肢は多かったかも知れないが、この日数では内部昇格になるのではないかと考える。一応現場外のOBでは前阪神監督の金本氏、男気黒田氏なども取り沙汰されているが、コーチの陣容固めに時間がかかるものと思われ、(時間がなく)厳しいのでは?と思ったりする。となると、コーチ陣に一部手直し前提で、佐々岡一軍投手コーチ、本文記事でイチオシの高ヘッドコーチになるのではないだろうか? FAで根こそぎ現有戦力を削られれば話は別だが、多少であれば来シーズンも頭一つ抜けたチームが不在なので、優勝の可能性は高いと思う。13年から続いている良い流れを消すことなく次期監督には頑張ってほしいと思う次第だ。

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シリーズ記事 新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥

ブログ主からのお願い
 
 この記事は他の記事とは異なり、事実と相違する歴史if世界をブログ主の思い付きで書いています。物語上外せないものは史実を一部取り入れていますが、後は完全にフィクション-作り話、創作-の世界です。言いたいことは山ほどあるとは思いますが、寛大な心を以て読んで頂ければ幸いです。ブログ主の暇つぶし記事にお付き合い頂ける方のみ、先に進んでください。

【前回までの話】
 75年2月前市長の急死に伴う広島市長選で、
3度目の挑戦で初当選したうえき市長は、争点にもなったHATSⅡ案の見直しに就任後、着手した。『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、新しい地下式鉄・軌道系公共交通の整備の方向性を打ち出す。引き継ぐ形で『広島市基幹公共交通導入検討会』を立ち上げたが、途中からナカタ元首相の思わぬ援護射撃もあり、国鉄可部線と広電各線を乗り入れさせる『HATSⅢ案』()を最終提言案としてまとめた。同案は77年春、『中国地方陸上交通審議会』で答申案となり、広島高速鉄道設立の準備、基本設計、付随する関連事業-広島駅、西広島駅再開発、地下街建設、路面電車の再活性化-の具体化に向けた種まきをした。78年は、広島高速鉄道の設立、そして『路面電車活性化委員会』を立ち上げ、高速化に向けた手順をまとめた。79年2月の選挙でも圧倒的な支持で再選された。80年4月、広島市は政令指定都市に昇格し、90年アジア大会の開催構想を明らかにした。広島空港の沖出し案、広島都市高速道路構想も引き続き打ち出し、政財界、市民からは『うえきマジック』と称される。うえき市長の野望は留まるところを知らない

【登場人物などの紹介】
うえき広島市長(モデル 荒木武元市長) 
 前市長の急死により、75年2月3度目の挑戦で初当選を果たした。無所属候補だったが、民社党の元県議で、三菱重工の労働組合が出身母体。選挙戦の地下鉄導入論議では、フル規格地下鉄のHATSⅡ案、広電の存続を前提とした公共交通整備などどの案にも組せず、反対意見が多かったHATSⅡ案のゼロベースからの見直しだけを主張した。当選後、
『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、議論の仕切り直しを始めた。その後立ち上げた『広島市基幹公共交通導入検討会』で的確な手段を講じ、HATSⅢ案を最終提言案にまとめた。広島駅再開発などの関連事業も同時に立ち上げ、地下鉄導入を契機に真の中国地方の中枢都市を目指すべく邁進している。79年の選挙ではナカタ元首相のお墨付きをもらい再選を果たした

メシウマ学長 
 国立広島大学の学長。上に弱く、下には徹底的に強い典型的な『ジャパニーズ中間管理職』。県と市の
国立広島大学の統合移転の要請には、断固拒否の姿勢を示したが、ナカタ元首相の要請(勅命)には、二つ返事で了承した。自身の保身を第一に考える人物で、すこぶる評判は悪い

HATSⅢ案(モデル 旧西ドイツのシュタットバーンなど)
 広電の路面電車への愛着が強い多くの市民の反対の世論をバックに、HATSⅡ案の代替え案として浮上した。国鉄可部線を移設・複線・高架化させ路面電車規格に改め、広電各線と片乗り入れさせる路面電車の地下鉄案。建設㌔数は僅か8.1㌔だが、深刻化する市北西部の交通渋滞も解消させ、広島都市圏全体の公共交通網全体も一気にリメイクするという役割も担っている。運輸省補助による建設する地下鉄線だが、車両は保有せずインフラ設備のみ保有し運営は一切乗り入れる国鉄と広電に一任する方針。79年着工し、85年頃の開業を目指している。地下鉄線部分の建設費は1,790億円(市負担411億円)。うえき市長が掲げる『広島百年の大計』の基幹事業の一つ

路面電車高度化事業
 国鉄可部線と広電各線が地下鉄線に片乗り入れするHATSⅢ案の具体化と同時に浮上した。地下鉄建設後も存続する12.2㌔の市内軌道線区間と新設される3.6㌔の区間を軌道の改良、停留所の統廃合、優先信号の設置、最高速度制限の緩和、一部交差点の立体交差化、新型車両への置き換えなどを85年の地下鉄開業時に合わせ、行うもの。改良前の旅行速度12.0km/hから地下鉄乗り入れ区間も含め、22.0km/h以上にするとしている

【歴史if世界その21】
またも出た『うえきマジック』
修正された広島大学統合移転


画像1 現在の広島市中区東千田町にある国立広島大旧本部跡地の旧理学部1号館(画像 アンドビルド広島より)

 80年10月、国立広島大学の本部をうえき市長が訪れていた。その目的は、1か月前に電話であることの打診をしていた。その打診の返事を聞くため、わざわざ訪れたのである。2カ月前のたけしも知事との会談で移転阻止のため、圧力を内々で強めることで合意していた。その後、政界のキングメーカーのナカタ元首相の威光を借り、『西条へ全面統合移転すれば、国からの補助金交付を一切打ち切る』と恫喝した。最初は、学問の府の長らしく権力の横暴に対して、断固拒否の姿勢を見せていたが、ナカタ元首相が直接電話して、軽く恫喝めいた口調で話すとすぐさま態度は軟化し、『仰せの通りにします』と平伏した。所詮は口舌の徒でしかなかった。工学部については、82年の移転完了を目指し工事が進捗し、広島中央テクノポリス構想もあり、難しいとのことで文系学部の移転については、『撤回します』との返事を得ていた。既に東広島市西条に膨大な土地を購入しており、仮に文系学部の移転がなくなれば、宙に浮く。そこで、文系学部の移転白紙で浮いた土地を国が買い取ることとした。ただ、突然梯子を外される形となった東広島市は当然納得しなかった。国立広島大学の移転があればこそ、西条町は周辺自治体と合併し東広島市を発足させ、賀茂学園都市構想も策定した。そこで国と県はバーター取引として、山陽新幹線の東広島駅の設置をちらつかせ、広島中央テクノポリス内に造成される県の工業団地で、東広島市負担を実質ゼロとすることを持ちかけた。涎(よだれ)が滴る餌をもらうと東広島市の怒りは収まった。次の問題は、文系学部の移転候補地だった。そこでうえき市長は、75年都市インフラ施設未整備により開発凍結地区となった沼田地区を打診したのである。広島市は旧沼田町の大塚地区に40㌶と120㌶の土地をそれぞれ所有している。そのうち120㌶の土地のうち、80㌶を無償に近い賃貸料で貸し出し、移転してもらおうと考えた。40㌶の土地はアジア大会開催時のメイン会場、120㌶の残りの40㌶の土地は市立大学構想に当てるつもりでいた。


画像2(左) 在りし日の国立広島大学の東千田キャンパスの様子
画像3(右) 70年安保闘争で炎上する
国立広島大学(画像共に広島大学の歴史より)

 メシウマ学長は部屋に入るなり、『ナカタ先生よりお話は伺っております。市長提案の沼田大塚への移転も問題ありません』、と聞きもしないことから話し始めた。彼の目にはうえき市長の背後にはナカタ元首相の影がちらついており、それゆえの平身低頭ぶりだった。うえき市長は、その一言で一瞬でこの人間を理解した。この手の人間には、扱いようがあると思わないではないが、いたぶる趣味はないので伝えることだけ伝えて立ち去ろうと考えた。『学内世論をまとめるのは大変でしょうが、広大としても決して悪い話ではないでしょう。学生のアルバイト先もままならない場所への移転は、東京圏の筑波大学や有名私立大学の移転例でも偏差値が下がるなどの弊害も多いです。優秀な学生の確保に支障をきたすでしょう。余った西条の土地は、国がイロをつけて買い取ると聞いているので、移転費用は十分出ますよ』と返した。『市長は、ナカタ先生とどこまで昵懇なのですか?』と恐る恐る聞いてきた。軽くストレスを覚え、イラっとしたが顔には出ないように努め、こう答えた。『ナカタ先生とは年に数度、東京の個人事務所でお会いして、市の要望を伝える程度の関係ですね』。そう言い放ち、こう続けた。『沼田の大塚の市有地へは文系学部全て移転されますか?市としては東千田には教養課程(大学1~2年)を残し、専門課程(3~4年)を大塚に移転して頂きたいのですが・・・』。メシウマ学長は、『分かりました。極力、市の意に沿う形で努力致します』と返した。『市長は、うちをあそこに移転させて何をしようと思っているのですか?』と聞いてきたので、うえき市長は『まあ、数年内に分かりますよ。今の時点では、諸般の事情もありこれ以上は言えませんね』と意味深に答えた。『それよりも、学内世論を早急に統一して、年内に西条への統合移転の修正を発表してください。ナカタ先生の覚えも目出度いでしょう』と軽く恫喝めいた言葉を使った。この種の人間にはへりくだるのは、逆効果で飴と鞭を使い分けるのが最善だと心得ていた。伝えることを伝え、足早に広島大学を後にした。翌月、広島大学は西条への全面、統合移転計画の修正を正式に発表した。5市4町の19地区に分散していたキャンパスを西条に全面・統合するのではなく、工学部(教養・専門課程)-東広島市西条地区、文系学部(教養課程)-広島市東千田地区、
文系学部(専門課程)-広島市大塚地区、医学部など(教養・専門課程)-広島市霞地区の4ヵ所に緩やかに集約させるとした。裏事情を知らない市民の反応は、大きなものはなかったが、裏事情に精通している政財界の人間からは『うえきさんはどんな技を使ったんじゃ』と感嘆した。この頃から、うえき市長の変幻自在の政治手腕は、『うえきマジック』と称されるようになる。

【歴史if世界その22】
広島高速鉄道-地下鉄-などの進捗状況など 


画像3 地下鉄工事イメージ(画像 USTRA公式HPより)

 80年も何事もなく無事終わり、81年に入った。広島高速鉄道-地下鉄東西・横川・鯉城3線(8.1㌔)-の建設は本格化した(上記画像3参照)。79~80年度は、工事工区は東西、横川線の複々線区間だけだったが、81年度から複線区間の鯉城線や東西線の高架区間も本格工事となった。広島高速鉄道線に乗り入れる広電市内軌道線と宮島線関連を話すと、新規採択された西広島~白神社交差点間2.5㌔(①参照)、江波~江波南間1.1㌔の工事が始まった。広島高速鉄道開業後も存続する既存線の高度化は、既に主要交差点の右折禁止処置が取られ、軌道の準専用化は今年と来年で工事は終わり、停留所の統廃合は83年に完了予定。優先信号の設置は昨年度全て切り替えた。車両の置き換えはこの年の6月に市から広電に営業補償金が支払われる予定で、その後速やかに近畿車輛に発注をかけ、82年度から4年計画で実施される。宇品線の一部区間の専用街路化も実施された。高速化への道のりはまだ半ばで、
路面電車再活性化委員会』の最終決定事項の達成率は半分前後だが、旅行速度は数年前の12.0km/hから15.9km/hにまで上がった。今後最高速度制限の緩和、減便ダイヤなども予定されているので目標の18.0km/hの達成は問題なかろうとの評判だった。宮島線については鉄道線なので、大規模な改良は予定にはないが、西広島停留所が表(南)口広場地下に5線4面化され移設される。同じように広島高速鉄道に乗り入れる国鉄可部線の移設状況は、導入路である市道長束八木線の工事進捗率が81年度末に40%を超える見込みとなり、中央分離帯への移設工事が82年度から開始されることとなった。その移設された可部線駅-緑井・大町駅-と、安川流域団地群とを結ぶフィーダーバスの導入路となる市道中筋沼田線(②の道路)の工事進捗率も年度末には40%前後となり、可部線開通に合わせた全線開通は問題なさそうだった。


画像4 道路整備のイメージ(画像 アンドビルド広島より)

 
 次は関連事業についてだ。広島駅、横川駅、西広島駅の表(南)口広場の再整備は、80年度より工事に入った。3駅共に広場地下に広島高速交通の地下駅が設置されるので旧広電のターミナルは不必要となる。そこで、広場の再設計が不可避となる。85年の広島高速線開業直前まで、広電市内軌道線が営業を続けるので、上記3駅のうち広場付近に停留所がある広島駅は、駅前通り上に3線の仮設停留所が新設された。広場内に停留所があれば邪魔となり、再整備工事が出来ない。これは路面電車に限らず、バスも同様で駅周辺に臨時バス停留所が8ヵ所設けられた。85年の開業まで不便なことこの上ないが、一気にことを進めるためには致し方がない。新白島駅構想は、山陽本線と建設途上の祇園新道とクロスする形での設置が決まり、広島高速鉄道の新白島駅も山陽本線駅と十字状にクロスし、地下の真下に建設する。今年度に基本設計を終わらせ、81年度に実地設計、82年度より工事に入る。肝心の再開発は、広島駅3地区、西広島駅2地区で再開発準備組合を設立は既に終わり、地権者の合意形成はなされ、現在は中央と地元資本の百貨店やホテルに告知し、核テナントの選定作業に81年から入る。現時点では、20社前後からの問い合わせがあり、コンペを開催して最優良テナントを82年度に決定。翌83年度に第3セクターの『広島駅開発』を立ち上げ、85年度より工事に入り、88年春の開業を目指す予定だ。広場再整備は広島高速鉄道開業の85年の春の完成、各再開発ビルは、国鉄可部線の移設が終わり乗り入れが始まる88年春といったスケジュールとなる。紙屋町地下街構想は、『紙屋町地下街検討委員会』で79~80年の2年間議論され、結論が出た。その結論とは、規模は当初は相生通りの広島市民球場~同通り八丁堀交差点までの800㍍近い規模で検討されたが、近隣の本通商店街などより予測通りの強い反対が出て、修正を余儀なくされた。広島高速鉄道の東西線と鯉城線が結節する紙屋町交差点を十字状にクロスする形にして、同駅のコンコース部分中心に東西南北に商業店舗テナントを設ける。北方面の中央公園の地下道との結節も強め、相生通りと城南通りにて遮断されがちな回遊性向上にも努める。完成と同時に紙屋町交差点の横断歩道は、歩行者の安全と渋滞解消のために廃止する。早ければ、83年に第3セクターの『広島地下街開発』を設立して、84年工事着手、88年の開業とした。こうしてうえき市長が目論む広島大改造は、強い反対なく順調に進んでいった。
 
その12へ続く

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前回記事 広島の都市交通 バスの話題 3
カテゴリー記事 
広島の都市交通 バス

今日の話題 9月25日中国新聞27面より引用
広島都心に新循環バス
来年1月以降 病院や商業施設結ぶ

【記事概要】
 広島市が、都心での新たな路線バスの循環線として、JR広島駅(南区)を発着点に南部の病院や商業施設、大学を巡るルートの導入を検討している。来年1月以降の運行を目指す。昨年5月に始めた『エキまちループ』に続く第2弾で、バス事業者が共同運行することで路線の分かりにくさを改善する。


画像1 9月25日中国新聞27面より

【記事詳細】

 新たな循環線は延長10・3㌔で、右回りと左回りの2系統ある。右回りは広島駅南口を出発し、広島大病院(南区)▽県立広島大(同)▽広島赤十字・原爆病院(中区)―などを通過。商業施設が立ち並ぶ中区の中央通りを北上し、広島駅新幹線口に着く。左回りはその逆で、広島駅の新幹線口を出発する。いずれも毎日午前9時~午後5時、20分間隔で1日27便を検討。料金は190円均一(小学生100円)を想定する。

 共同運行するのは広島電鉄(中区)と広島バス(同)、広島交通(西区)。都心南部では現在、各社が異なるルートとダイヤで運行し、不慣れな利用者には分かりにくい状況が続く。ルートを集約して運行を効率化することで、ダイヤを等間隔にできる。広島都心では長らく、バス路線の過密状態が課題となっている。広島電鉄と広島バスが共同で紙屋町・八丁堀地区の延長4・8㌔を巡る『エキまちループ』を開始。今年5月の利用者数は1日平均3,800人で、1年間で2割増となった。一定の浸透がみられたとして、市は地域公共交通再編実施計画案に第2弾となる循環線を盛り込んだ。

 市は併せて、広島駅と広島港(南区)を結ぶルート(6・2㌔)も計画。公共交通機関の空白地帯だった宇品東地区を通る。平日は1日31便、土日祝日は25便を予定し、陸と海の玄関口の往来をスムーズにする。市は、バスやJR、船舶など関連する交通事業者の同意が得られた後、国に同計画の認定を申請する。市都市交通部の梶谷直毅・公共交通計画担当課長は『日常生活に欠かせない通院や買い物での利便性を高め、施設同士の相互利用にもつなげたい』としている。

【考察その1】     
広島市地域公共交通再編実施計画(第2版)(案) の概要


画像1 『エキまちループ』に続く第2都市循環線ルート図(画像 広島市HPより)

画像3 路線の統合・集約化のイメージ図(画像 広島市HPより)

 前回の記事では、第2都市循環線と広島大学病院を経由する『広島みなと線』が中国運輸局や関係事業者と最終的な調整を行っている、と書いた。本当に最終調整段階だったようだ。『広島市は都市交通問題について、何もしていない』だの、『広島市は、広電の既得権益死守のための手先に成り下がっている』などの批判意見を時々見受ける。ネット特有の自分の理解が及ばない事へのお得意の陰謀論の典型例だ。この主張を信じて疑わない人たちは、もう少し事実関係を分かる範囲で調べて発言することをお勧めする。これ以上は、また殺人予告でもされたらかなわないのでやめとする。この数年の広島市に関しては、国の施策もあり真摯に向き合い、財政に悪影響を及ばさない範囲でそこそこ頑張っている(と思う)。何もアストラムラインの整備だけが都市交通問題の解決ではない。で、今回の発表は、18年3月に策定した 広島市地域公共交通再編実施計画第1版(広島市HP)の続編だ。 ~広島市地域公共交通再編実施計画(第2版)~(同) 最初の計画策定から僅か1年半で、次期計画にすんなり(?)移行できたのは、スタートの『エキまちループ』が1日平均3,800人で、1年間で2割増と好調なことが背景にある。最初の計画で躓くと次の計画へ進む大ブレーキになるどころか、てこ入れ策に大あらわになり完全に全体計画が止まってしまう。広島市のバス輸送の改善については、日本式(疑似)BRTである新潟市の萬代橋ライン(新潟市HP)、岐阜市の『清流ライナー』のような大々的なものではない。乗り合いバス自由化施策で、供給過剰となった路線(広島駅~紙屋町間 1日3,000便以上)を統合・集約化させ、余剰となった車両や人員を需要があると思われる新路線を広島市主導で、就行させ効率経営をしましょう、との主旨でしている。『地域公共交通確保維持事業』(国土交通省HP)の一環で執り行われ、国から1/2の補助を受けている。で、その第2版の概要を簡単に説明する。

再編実施計画(第2版)の概要
(1)都市循環線(上記画像2参照)
 ①ルート:広島駅北口~女学院前~八丁堀~三川町~富士見町(ヒルトン進出予定地付近)
      ~日赤病院前~広電本社前~県病院~県立広島大学~旭町~大学病院前~段原
      
中央~広島駅南口
 ②運行計画:営業㌔数-10.3㌔ 運行時間など-
午前9時~午後5時、20分間隔で1
       日27便 運賃-190円均一 20年1月以降就行予定

 ➂路線の性格: 
  -1 デルタ内主要施設を結びつける路線設定     
   大学病院などの基幹病院や、デパート、ショッピングセンターなどの大規模商業施設等
   の主要施設は、都心部を 中心に都心部の南側にも多く分布していることから、これらの
   施設を連絡する循環線とすることで、施設間の相互利 用を促すとともに、『エキまちル
   ープ』との路線重複を避けながら、デルタ内各地からのアクセス性を向上させ、日常生
   活における通院や買物等の多くの需要に対する利便性の向上を図る

  -2 既存路線の統合・集約化と共同運行によるパターンダイヤ化(上記画像3参照)
   現在、広島駅から段原方面へ向かう路線については、複数の事業者が各々の路線を運行
   しており、そのうち、旭町や県病院方面へ向かう路線の利用者は少ないなど、非効率と
   なっている。このため、都市循環線の導入にあわせて路線を統合・集約化し、共同運行
   によりパターンダイヤ(等間隔で運行)とすることで、運行の効率化を図るとともに、
   利用者にとってわかりやすいものにする

  -3 中央通り・白島通りの増便による八丁堀地区の機能強化
   県病院前から日赤前を経由し、広島駅新幹線口へと循環するルートについては、既存の運
   行便数が比較的少 ない中央通り・白島通りを運行することにより、八丁堀を通る南北方向
   の移動利便性を向上させ、八丁堀地区の 機能強化を図る


画像4 『広島みなと線』のルート図(画像 広島市HPより)

(2)広島みなと新線(上記画像4参照)
 ①ルート:広島駅南口~大学病院前~県立広島大学~宇品海岸3丁目~広島港
 ②運行計画:営業㌔数-6.2㌔ 運行時間など-平日は1日31便、土日祝日は25便を
       予定 
20年1月以降就行予定
 ➂路線の性格:
  -1 中広宇品線沿線の利便性向上
   交通拠点である広島駅と広島港を、都市計画道路・中広宇品線を通る新たなルートで結
   ぶことにより、広島港 と沿線地域間の利便性向上を図る

  -2 宇品東地区に存在する公共交通空白地の解消
   電車、バスが運行していない宇品東地区を通るルートとすることにより、公共交通空白地
   を解消する

  -3 相生通り及び鯉城通りにおける過密緩和
   広島みなと新線の導入にあわせて、既存路線(広電宇品線)の運行便数を、利用者の需要に
   応じて減便することで、過密となっている相生通り及び鯉城通りの緩和につなげる

【考察その2】
今回の所感と第3版以降の期待感など


画像5 広島駅南口で停車中の『エキまちループ』(画像 広島都市・再生会議より)

 最初に今回の第2版の所感だが、都市循環線は予想に反したルートになってかなり驚いた。広電路面電車だと多少の迂回ルートでしかも旅行速度で劣る-広電市内軌道線9.0~9.5km/h、市内線バス12~14km/h-、さしずめ最短距離のBPルートを通る急行路面公共交通と言った感じだろうか?さすがに白島・中央通りを縦断する南北ルートは予想しなかった。南北方向の基幹路線を開設させ、東西方向に偏った現在の路面電車、バスの在り方を見直すことには大賛成だ。恐らく、広電路面電車の3号線(広島駅~紙屋町~広島港)の利用にダイレクトに響くだろうが、複線軌道の容量を超えた系統数や本数が、同線の旅行速度低下の原因の一つでもあるので、負荷を下げるのは悪くないと考える。現実的な課題解決案だと思う。運賃設定も190円均一と良心的だ。気になったのは運行時間だ。午前9時~午後5時、20分間隔、と朝夕のピーク時間帯を回避している。通勤、通学で利用者ではなく、通院や買い物目的の利用者に絞っている点が注目される。吉と出るか凶と出るかは、就行してからのお楽しみになるかも知れない。『エキまちループ』とは異なり、重複回避で紙屋町や市役所などをルートから外している。マイナー臭が少し漂うが、この路線は成功、失敗の2つにはっきりと分かれそうだ。路線開設主旨は、悪くはないだろう。次は『広島みなと線』だが、むしろこちらの方が都市循環線よりは成功する可能性が高いかも知れない。この路線は、既存の広電バス5号線(中心部エリアクリック 広電HP)のルートと被り、広島駅止まりとして広島港まで延伸した路線で、ブログ主が大学病院通院時に院内からバス利用者の状況を何となく把握してるが、結構な利用者がいる。沿線-市道中広宇品線-には、県立広島大学、イオン宇品店などもあり広電路面電車5号線(広島駅~皆実町6丁目~広島港)の別線BP路線として機能するだろう。このルートはかつて04年、中国運輸局が『 路面電車のLRTを中心とする公共交通体系の検討委員会』で提言した『➂段原+宇品東ルート』そのままで、少し笑った。本来であれば、LRTで実現すれば言うことはないが、バスでも悪くはない。ブログ主が12年度に通った障害者能力開発校も沿線(と言っても徒歩5分程度)にあり、足なし族(交通弱者)のアクセス公共交通にはなりそうで、一定の高い需要はあると考える。こちらは、運行時間帯は不明だが、本数を増やしてでも朝夕のピーク時間帯も就行してほしいものだ。


画像6 
広島市地域公共交通再編実施計画第3版以降の予定(画像 広島市HPより)

 
第3版以降は以下の事が予定されているようだ。

再編実施計画(第3版)以降の予定(上記画像6参照)
(1)市西方面(JR五日市駅?)
 ①
郊外路線のフィーダー化 ②待合環境の整備
  乗継割引の拡充を前提に、都心へ直通 する路線についてネットワークの交点となる バス
  停でのフィーダー化を検討

(2)市北方面(JR可部駅西口)
 
郊外路線のフィーダー化 ②待合環境の整備
  乗継割引の拡充を前提に、隣接市町と連携 しながら、都心へ直通する路線について、交通
  拠点である可部駅でのフィーダー化を検討
(3)都心部地区未経由路線などバスサービスレベルが低い地域
  効率化により生み出した車両や運転手を他のサービ スレベルの低い地域等で活用することを
  検討
(4)郊外やデルタ周辺部と都心部を結ぶ路線の運行便数適正化
  都心循環線の定着状況を踏まえ、郊外やデルタ周辺部からの需要に応じた適正な運行便数を
  設定するなど、より合理的な運行計画を検討

 第3版以降、いよいよバス輸送の課題克服が本格化するようだ。特に(1)と(2)は、別階層バス同士-基幹バスとフィーダーバス-とのバス&ライド(同一ホーム乗り継ぎ)が実現しそうだし、都心部地区を経由しない郊外拠点間を結ぶ路線の開設などが予定されている。
第2回広島市議会定例会(19年6月)の道路交通局長の答弁を引用すると『郊外部の再編は、郊外部~都心部のバス路線は都心に近づくにつれ路線の重複により、過密な運行になっている。バス運転手不足の課題に対応し、需要に見合った効率的運行を実現するためには、基幹バスとフィーダーバスの組み合わせによるネットワークを構築する必要がある。この再編の実施に向けては、基幹バスとフィーダーバスの乗り継ぎが生じるが、直行バスと同程度になる運賃割引の導入や待合環境の整備が重要で、中国運輸局や関係事業者などと協議を行っている』との事だ。都心部を経由しない各拠点間の路線についても『各拠点間を結ぶものは地域公共交通網形成計画の中で骨格形成に寄与する基幹バスとして位置付けている。路線の再編の中で一定以上の利用者数が見込まれるような、路線の設定によって事業者に働きかけていきたいと考えている』と発言している。各拠点間を結ぶ路線とは、上記リンクの基幹バス構想路線の『海田市~新井口・商工センター』『新井口・商工センター~大塚地区(西風新都地区)』『大塚地区(西風新都地区)~五日市駅』のことで、一部が社会実験を経て『西風みなとライン』(西部エリアクリック 広電HP)として、開設された。これ以外の他の路線の検討や同路線の海田方面の延伸検討を指しているものと思われる。ここでおさらいをしたい。一連のバス輸送の改善は、他の公共交通機関と比べ大幅な利用者減少(広島市の公共交通利用者推移)、乗り合いバス自由化施策による事業者の収支の悪化(バス事業者ごとの営業損益の推移)を受け、バス輸送を支える交通事業者が自然死寸前を救済するために実施された。行政としても公共交通の先細りは、過度なモーターリゼーションを進めるだけで看過できなかったのだ。日本も将来の超縮小社会(超高齢化+大幅人口減)を見据え、集約都市構造への転換に舵を切り直し、公共交通移動中心の都市構造とするために現時点でテコ入れする必要があった。


画像7 行政と事業者が目論むバス活性化策イメージ図(画像 広島市HPより)

 そこで、行政と各事業者が同じテーブルにつきデータに基づき、バス輸送の課題を徹底的に洗い出して、解決策を議論した。そこで策定した各計画の一覧は次の通り。~
国の制度と広島市の計画の体系図~ 市のバス改善施策は、『バス活性化基本計画』(広島市HP)に沿ったものだ。計画の目標としては、各社共にバス事業だけで黒字化を果たすのではなく、必要なサービス提供と設備投資可能な状態まで経営改善をさせることを目標にしている(下記画像8参照)。利用実態に沿った効率的な経営が利用者増以上に求められているのはこのためだ。想定する結果が得られるかは、眉唾物だがある程度は成功すると考える。ここからは少し苦言を呈したい。国、広島市などの行政だけではなく、事業者もそうだが、バス輸送を需要に沿い使いやすく利便性に優れたものにさえすれば、利用者が増加すると決めつけている。決して間違いではないが、これだけでは片手落ちだ。というのは、バスに限らず公共交通移動需要を如何にして増やすのか?この視点がすっぽりと抜け落ちている。広島市の公共交通利用者推移を見ると広島市全体の公共交通利用者数は94年度-67.6万人をピークに、14年度は56.7万人と16.1%も減少している。広島市規模の地方都市の場合、公共交通移動需要は『郊外⇒都心部地区』の移動需要でもあるので、この点からも都心部地区の求心力の低下が窺える。それを証明する訳ではないが、96年度と13年度の都心部中心の紙・八地区の小売売上を比較すると、60%近くも下がっている。~広島市中区の小売売上と売り場効率の推移~ これと公共交通利用者の推移を照らすとほぼ符合する。小売売上は、その時代の景気動向-バブル経済崩壊、失われた20年突入-に大きく左右されるが、イオン広島府中店の出店(04年3月)以降の郊外大型商業施設に乱立の影響をモロに受けているのは明らかだ。都心部地区の求心力の向上を速やかに図り、公共移動需要を再喚起させることが肝要だ。具体的には、これ以上の郊外大型商業施設の立地規制、歩行者中心の都市空間の再配分、都心部近隣&デルタ外に分散している業務機能の再集約、多くのにぎわい拠点の整備など息つく暇なくあらゆる手段を講じないと、利便性で大きく勝る郊外大型商業施設には勝てない。棲み分け云々を論じる段階は過ぎている。都心部地区の求心力の回復は公共交通移動需要の再喚起の早道で、最も有効な方法なのは疑いの余地がない。となると、集約都市実現を図ることがイコールとなる。広島市も集約都市実現を目指し、広島市立地適正化計画(広島市HP)を19年1月に策定し、3月から運用開始した。こうした取り組みをゆるりと行うのではなく、危機感を持ち背水の陣を以って取り組むことで、公共交通の利便性を高めるだけではなく、公共交通を使わざる負えない環境を整備し、自動車利用からの転換を図る視点をもう少し持つべきではなかろうか? 『結節点を改善し、速達性も少し上げて利便性を向上させたのでぜひ使ってください!』だけでは、少し弱い。ただ、広島市の公共交通改善の取り組みは緒についたばかりなので、まだ採点するには早い。もう少し温かい目で見守りたいと考える。



画像8 1日平均利用者目標と目標設定の考え方(画像 広島市HPより)
 
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カテゴリー記事 広島の都市問題 郊外・その他 
 
今日の話題 9月20日中国新聞1面より引用
地方圏商業地28年ぶり上昇
基準地価 札幌・仙台・広島・福岡4市がけん引

【記事概要】
国土交通省が19日発表した7月1日時点の都道府県地価(基準地価)によると、三大都市圏を除く地方圏の商業地は前年比プラス0.3%となり、1991年以来28年ぶりに上昇に転じた。バブル崩壊後の上昇は初めて。訪日客の増加や市街地再開発で札幌、仙台、広島、福岡の主要4都市を中心に上昇傾向が広がり、全体を引き上げた。地方圏の住宅地はマイナス0.5%で、93年以来の下落が継続している。


画像1 9月20日中国新聞1面より

【記事詳細】
 国交省によると、4市の商業地ではホテルや店舗、オフィス需要が高まり、駅周辺の再開発も進んで10.3%と大きく伸びた。景気回復や低金利で資金調達しやすい環境も背景となった。4市を除く地域の商業地も県庁所在地では上昇傾向にあるが、周辺市町への波及は限定的で、平均0.2%のマイナスだった。

 全国平均の商業地はプラス1.7%で3年連続の上昇。住宅地は、マイナス0.1%だが、下落幅は縮小した。東京、大坂、名古屋の三大都市圏は、商業地が5.2%。住宅地は0.9%のプラス。マンションやオフィス需要が堅調で。上昇基調が強まっている。都道府県の変動率は、沖縄が商業地が12.0%、住宅地が6.3%の上昇で共にトップ。下落率が最も大きかったのは双方共に秋田でそれぞれ2.1%、2.0%だった。全国の最高価格地点は、東京都中央区銀座2丁目の商業地『明治屋銀座ビル』。1平方㍍当たり4,320万円だった。

【考察その1】
都市の需要がそのまま反映した形の基準地価動向


画像2 広島市内の価格と上昇率TOP5の基準値(画像 中国新聞より)

前年との上昇率の商業地比較
                    18年       19年
1位 中区幟町14-8       14.0%(1位)  16.6%
2位 
中区三川町2-3       13.4%(4位)   8.0%
3位 東区二葉の里3-3-1    12.2%(2位)  12.5%
4位 中区白島九軒町3-17     5位以下      12.1%
5位 南区京橋町1-3        
5位以下      10.3%

 都市の勢いを量る指標には様々なものがある。人口の転入超過数(人口の社会増加)とその都市の商業地区の地価動向の2つだ。都市の成長の概念を経済面で重きを置いた場合そうなる。成長概念を人口や税収、都市GDPなどだけとするのは多少の抵抗感がある。都市の価値はそれだけでは量れず、そこに住む市民の生活満足度や、経済・生活インフラの整備水準、都市ブランド力なども加味する必要性があると思うからだ。この種の指標の良し悪しを論じたら、百年いや千年論争に陥るのが分かり切っており〇に近い△はあっても、皆が納得をする〇はないと考える。究極の議論としてそもそも論として、ランキング形態する必要自体あるのか?に行き着く。話を戻すと、今回は『都市の勢い=商業地区の地価上昇』を前提に話を進める。昨年の同時期の記事を読み返すと、インバウンド需要がそのまま、地価上昇に反映した形になっている。日本のインバウンド需要が顕著となり始めたのがリーマンショック(08年9月)からの景気回復後(12年)からで、地価に反映されるようになったのはその2~3年後の14~15年頃からだ。最初は東京特別区で火が付きその後東京圏の大都市、及び3大都市圏&北部九州大都市圏(福岡市)、その後札幌&仙台のような地方中枢都市、それより少し遅れ広島や那覇のような地方中枢都市未満のインバウンド需要が活況を呈している地方都市に波及した。広島市を地方中枢都市に入れないことに反論もあると思うが、2連続転出超過の都市は中枢都市とは言い難い。今回の上昇率は昨年度よりも力強い上昇で、まだ勢いが衰えていない証左にもなるだろう。ホテル需要中心とはいえ都心部地区の需要は地価上昇にそのまま反映する。これは紛れもない事実で、アジア大会の開催(94年)後、停滞して反転攻勢しようにも県と市の極度の財政難もあって有効な手段が打てず、『広島版失われた20年』を余儀なくされていたことを思えば、流れ自体は非常に喜ばしい。


画像3 白神社交差点で建設中の(仮称)広島平和大通りPJホテル『THEKNOT』(画像 アンドビルド広島より)

 広島市に幸いだったのが、インバウンド需要の高騰期と広島駅周辺などに代表される各再開発、跡地利用計画がほぼ同時進行となったことだ。外からの追い風に自らも追い風の風力を強める自助努力を行い、上げ潮基調をつくり出したことだ。とても計算したものとは思えないが、何が幸いするか分からないものだ。周回遅れと言えなくもない課題の着手時期と
外からの追い風-インバウンド需要の高騰期-が見事に合致するのだから、広島市にとっては悪いことではない。ここで、市域全体の基準地価の上昇率を全国の主要都市で見てみる。

全国主要都市の19年度市域全体の基準地価額と上昇率 土地代データより引用
【上昇率+5.0%~】 
       1平方㍍単価    1坪単価      上昇率   順位
那覇市    28.4万円   93.9万円  +19.96%  2位
仙台市    26.3万円   87.0万円   +7.83%  27位
福岡市    44.0万円  145.3万円   +7.82%  28位
札幌市    16.8万円   55.5万円   +7.63%  30位
大阪市    93.1万円  307.8万円   +6.88%  35位
東京23区 162.0万円  535.5万円   +6.46%  ・・・

京都市    45.3万円  149.6万円   +5.46%  52位

【上昇率0~+4.9%】
       1平方㍍単価    1坪単価      上昇率    順位
名古屋市   51.8万円  171.5万円   +4.56%  62位
広島市    22.0万円   72.6万円   +3.39%  87位
川崎市    39.3万円  129.9万円   +2.70%  108位
横浜市    41.4万円  136.9万円   +1.97%  141位
神戸市    31.2万円  103.2万円   +1.80%  152位
千葉市    15.4万円   51.0万円   +1.41%  179位
岡山市    10.5万円   34.8万円   +1.18%  199位
新潟市     7.2万円   24.0万円   +0.81%  241位
北九州市    8.7万円   28.6万円   +0.77%  245位

【上昇率-0.1%~】
       1平方㍍単価    1坪単価      上昇率    順位
静岡市    16.9万円   55.8万円   -0.35%  556位

 実は広島市の上昇率はそこまで凄くない。地方中枢都市の括りだと他の3都市の半分以下である。同上昇率グループの中に格上都市と思しき都市があるので、健闘しているかの錯覚に陥るが、東京圏の大都市などは、既に広島市よりも先んじて急上昇期は過ぎ去り、安定期に入っている。同列の比較は少し違うと思う。時期的を考えると、少し弱いと言わざる負えない。実は1位に北海道倶知安町で57.71%である。この街は西隣のニセコ町蘭越町とともに『ニセコ観光圏』を形成する一大リゾート地だ。今回の上昇の要因が、都市規模によるところではなくインバウンド需要であることを証明している。要は宿泊施設-ホテルなど-の需要の高騰で都心部地区の地価が上がり、住宅地を含め市域全体を後押ししていると言える。で、ホテル建設がある程度進み、供給過多にでもなれば市場原理に沿えば、需要が収まるので、地価上昇も収まるものと思われる。これを継続するには、外国人観光客のさらなる上昇傾向を維持し続けることや、さして高くない宿泊率(18年度-41%)を大幅に上げるしか術はない。長期滞在型の都市観光に切り替える必要が出てくるが、滞在時間の大幅な伸長は観光資源の問題などもあり、そう容易くはいかない。にぎわい性創出なども不可欠だが、これだけで切り替えるだけの効力があるのか?少し疑問だ。たぶん無理だろう(笑)。上昇率率はさて置き、1平方㍍当たり、1坪当たりの基準値単価がそのまま、都市の序列を示しており、興味深い結果となっている。広島市は札幌市よりも高いのは、この場合に関しては都市の可住地面積の問題や広島市の平野部が少なく、都市規模相応以上に地価が高い傾向にある事も差し引く必要があるだろう。都市機能、同高次都市機能の整備水準が高く地価が安価というのは、恥じることではなくむしろ幸福度を上げるのではないだろうか?この辺は価値観により答えは様々だ。インバウンド需要高騰による地価上昇の最盛期であっても、他の中枢3都市の半分以下の上昇率である事実は、はっきりと言えば現在の広島市の限界を同時に示している、と思う。少なくとも他都市との比較をせず広島市のみの地価上昇と活況感を醸し出している都市再開発と、跡地利用などだけで『現在の広島市は勢いがある』などと、勘違いしないことが肝要だ。その勘違いが数年後、大きなしっぺ返しとなり返って来るかもしれない。少なくともブログ主はそう思う次第だ。


画像4 紙屋町交差点付近での広銀本店建て替え工事(画像 アンドビルド広島より)

【考察その2】
都市の需要を考える


画像5 インバウンド需要を取り込む都市観光施設の原爆ドームの様子(画像 ひろたびより)

 ブログ主の個人的な考えと前置きするが、都市の需要を示すものが先の考察で少し触れた
人口の転入超過数(人口の社会増加)とその都市の商業地区の地価動向の2つだと考える。そこに住む市民の満足度などは民間企業における消費者の満足度のようなものでしかないと思う。民間企業で例えると、新規の顧客を如何にして取り込むのか?この発想をまちづくりで置き換え、その結果を示す指標として、この2つがあるものと思われる。それを叶える手段として、市街地再開発や跡地利用、集客施設の建設などがある。それ自体が決して目的ではない。目的と手段を履き違えてはいけないだろう。当ブログの他記事でも広島市の地方中枢都市としての限界を常日頃から指摘している。自助努力不足云々が最大の理由ではなく、少々の努力では改善不可能な立地に起因するものだけに、今後仮に広島市が理想&最強の姿に変化(可能性は極めて低いが・・・)したとしても、叶わないことを知った方が賢明かも知れない。大阪市がかつての西日本の首都的な都市な地位に返り咲くと同じくらい困難だと考える。これは、別に広島市を必要以上に下げている訳でもなく、ディスるつもりはない。厳正な事実を以て本当のところを語っているに過ぎない。日本的な都市の価値観に照らすと、『都市の価値=リトル東京=東京的都市空間の体現』になる。都市の自己-アイデンティティ-を持つことよりも疑似東京であることを尊し、とする価値観が今なお幅を利かしている。この手法は、日本人のメンタリティーを鑑みると、高度&安定成長期においてはある程度成功した。広島市に限らず、唯一無二の成功するまちづくりモデルの雛形なのだが、都市ブランド力がものを言う時代に入りつつある昨今では、かつての効力は失いつつあると思ってしまう。これは、日本全体が縮小社会(高齢化+人口減)に入ったこととは無縁ではない。低い高齢化率で、人口も経済も右肩上がりの時代であれば、定住人口増加が都市の成長を促すとされてきた。もうそれには多くは望めず、定住人口の減少幅を如何にして抑え、都市観光やMICE(マイス)、プロスポーツコンテンツなどで外部から人を呼び込み、交流人口を増やす方向にシフトしつつある。縮小社会がさらに進んだ超縮小社会(超高齢化+大幅人口減)に至ると、あらゆる国内市場が縮小するので、対象が国内よりも海外にそれを求めざる負えなくなる。現在のインバウンド需要の高騰もその一例だと考える。ただ、現在のそれは黎明期で、これを端緒に徐々に移行するものと思われる。


画像4 ドイツ第3の都市ミュウヘンの旧市街地。猛烈なモーターリゼーションの最中の60年代に大規模な5本の高速道路計画を大幅に縮小し、モール(歩行者専用道路)を実現、市街地には高さ100㍍のビルは建設しない事を決めた。都市のアイデンティティを守ることで都市ブランドを構築し、EU圏内でも有数の大都市になった(画像 公式HPより)

 そこでものを言うのが都市ブランド力である。日本ではさして注目もされず、その意義さえ疑問視する向きさえある。都市ブランドとは、①都市の魅力的評価 ②都市の資産評価 ⓷オンリーワン都市の価値 といった抽象的なもので他都市との差別化を如何にして図るのか?が主題となる。平たく言うとブランド商品に対して抱く良イメージの都市版である。ブランド商品と聞くと高額で庶民とは縁のないものと考えがちだが、高級ブランドもあればそうではないものもあるので、『高額品=ブランド品』には決してならない。都市に置き換えると著名な高級リゾート地や世界的なメガシティがそれに該当し、それ以下のカテゴリー都市は、一般ブランド品になる。大型商業施設に行って、商品を選択する行為に少し似ている。商品を購入するか、都市を訪れる(住む)かの違いだけだ。この行為に至る動機付け、理由、衝動などを後押しする要素となるものが都市ブランドだ。上記画像4はドイツ第3の都市ミュンヘンだが、この都市は、半世紀前に画像説明でも触れているが、開発中心のまちづくりと決別した。都心地区区間も通過する5本の環状高速道路計画を大幅に修正して、逆に人間性回帰とも言える歩行者専用道路(モール)を実現させ、現在は世界最長の規模(約15㌔)を誇る。別にミュンヘンに限った話ではないが、都心部地区-旧市街地-は、中・近世の街並みのそのまま保存し、実物大のテーマパークだ。同地区には世界最大の都心部公園規模のエングリッシャーガルテン(958㌶)や、マクシミリアンシュアンラーゲンがある。驚くべくことに市域人口145万人(15年)、都市圏人口は260万人とドイツはおろか、EU圏有数の大都市圏でありながら、市街地には高さ100㍍のビルは建設してはならない条例がある。先人から受け継いだ都市景観(眺望景観)を自分たちの代で壊すことなく、次代に継承することを是としている。開発を最小限度で抑えることで、都市のアイデンティティを確立させ、それを都市ブランドとする。それを以って他都市との差別化を図り、ドイツ及びEU圏からの投資を誘引する戦略を取っている。そして成功している。移民施策を取り、EU圏内に国境の壁がないという条件の違いはあるが、90年人口122.9万人が16年147.2万人、と19.8%の増加を果たし、今も成長を続けている。日本人では思いも浮かばない発想で、逆転の発想そのものだ。今もそうだが、高度成長・安定成長期では都市経済の成長を原資としたまちづくりが主流だった。傍流と言える手法など存在せず、道路、港湾などの経済インフラに先んじて投資し、経済成長を促しその果実を法人、個人の市税として回収し、これを次なる都市インフラ整備、まちづくりの原資とする。これを幾度となく繰り返すことで都市の成長を果たしてきた。この方程式成立の大前提として、拡大社会(低高齢化率+人口増)があった。しかし、これが叶わくなった現在、この方程式も成立しなくなることを知るべきだ。それに代わる方向性をミュンヘンの事例は示している。


画像6 
広島市の大きな都市資産である平和大通り。全国でも3都市にしか実現していない100㍍道路だ。これを活かさない手はないと思うのだが・・・(画像 ひろたびより)

 今後、縮小社会から超縮小社会へと移行すると思われるが、それと同時に国内都市間競争のゴングが鳴る。活況を呈している感がする広島市のまちぢくりも従来の手法の範囲内でしかなく、都市の個性をを打ち出しているとは言い難い。都市、都市圏規模で劣る広島市の場合、商業施設等の厚みでライバル都市に勝つ見込みなど殆どない。何の変哲もない没個性の東京劣化版の田舎都市に終わるだろう。ここで過去のまちづくりの反省を顧みて、オンリーワン価値を希求したまちづくりに方針転換するべきではなかろうか?話が前後するが、都市ブランドの早急な確率が不可欠だ。となると、『国際平和都市』の一択となるが、その理念がまちづくりの骨格はおろか、末端神経にまで行き届いているとは言い難い。この意見に反論はあると思うが、平和公園周辺以外に平和都市を感じさせるものがあまりにも少ない。具体的まちづくりにどう反映させるかだが、日本の都市には珍しい都心部地区及びその近隣に丘陵地や大きな河川があるので、その天然のロケーションを活かし、自動車に忖度せず歩行者中心の都市空間に再配分をして、日本の都市では本来の意味合いでまだ実現していない集約都市をいち早く実現させることだ。まちのところどころに平和希求の息吹を感じさせるものを配置すれば、都市ブランドコンセプトに沿うものになる筈だ。平和大通り、河岸緑地、平和記念公園、中央公園、比治山公園など活用すべき資産には不足はない。平和の希求と人間性重視のまちづくりは、方向性でも合致する。こうした手法で都市ブランドを構築すれば、国内は言うに及ばず海外からのあるゆる需要を呼び込むことも可能で、そこの高い需要があれば、それ相応の民間投資も活発になるだろう。一過性のホテル建設需要に頼ることなく、景気動向の波には多少左右されるが、超縮小社会時代下であっても成熟都市として一定の成長が見込め、存在感がある広島市になると考える。くさすつもりはないが、広島市のまちづくりの印象は可もなく不可もなく、予想の範囲内で教科書通りの感が強い。広島人のメンタルがそのまままちづくりにも反映され、まさに映し出す鏡のようだ。まだ、東京と京都でしか構築努力をしていない都市ブランドを他の地方都市に先んじて確立し、それを感じさせるまちづくりにシフトし直すことが広島という街を際立たせ、他都市との差別化にもつながり厳しい時代でも生き残る、と考える。広島市が周囲から再評価され、転出超過(人口の社会減)から転入超過(人口の社会増)に転換し、都心部地区の商業地区の節度ある地価上昇にもなる。


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前回通院記事 2019年4度目の大学病院通院 
カテゴリー記事 闘病記 況について色々と


【受診その1】
9月20日は今年5度目の通院日


画像1 毎度お馴染みの広島大学病院の診療棟の外観(画像 ブログ主撮影より)

 9月20日(金)は今年5度目の通院日だった。2週連続の3連休で、この日は台風17号が既に発生し、その進路に広島市は珍しく入っていることもあり、夕方から夜以降天気が崩れるとの予報だった。予め、有休を取りいつものように家内の送迎と介護で通院に臨んだ。外を見ると少し晴れているんだが、雲が何か妙な形をしている。思ったよりも天気が崩れるのが少し早いかも知れない。と思っていたら、案の定、自宅マンションを出た頃は晴れていた天気が、中区の広大跡地辺りでは青空はなくなり、雲が全体を覆っていた。夕方どころではなく、後数時間もすれば一雨来そうな様相だった。自動車の『ドアツードア』移動なので、特にデメリットはないが雨前提の曇り空は良い感じはしない。いつものように13時-泌尿器科、13時45分-脳神経内科のスケジュールだったので、12時少し前に院内に入った。家内が立駐に自動車を置いて合流するまでに再診受付機に診察券を通し予定表を印字させ、その付近の柱に身体をもたげて待った。10分もしない内に参上したので採血室に向かった。この日は、3連休前日で患者が多いと予測したが案に相違してガラガラで採血室に入るなりいきなり順番が回ってきた。台風の影響だろうか?よく分からない。そそくさといつものようの3本分のRHプラスのA型の血液を抜き取り、採血室を後にした。最初は診療棟2階の泌尿器科だ。中待合で待っていたが、いつにも増して患者が少ない。何かガランとしている。家内と談笑しながら待っていたが、いきなり子どもの大声で泣き声が聞こえてくる。ご両親が熱心なカープファンなのだろう。レプリカTシャツを着ている。遠目だったので、性別は分からなかったがたぶん、男の子だと推察した。年齢は2歳ぐらいのようだ。10分ぐらい泣き続け、泣き疲れたのか、その後は抱っこされ寝ていた。子どもの一番かわいい時期だ。家内共々、憎まれ口を偉そうに叩くようになった息子の昔を思い出した。子どもは生まれてから就学前までが一番かわいい(と思う)。


画像2 診療棟1階の採血室前の中待合の様子(画像 ブログ主撮影より)

 この泌尿器科は17年初頭に発症した前立腺炎のために通院するようになったのだが、処方されるザルディア錠さえ服用していれば、あの耐え難い痛みを発症することはまずない。ザルディア錠で炎症を抑えている状態で、この服用をやめ1週間も放置すると恐らく地獄の痛みが再発するが、服用している限りでは、この疾患を発症していることを実は忘れていたりする(笑)。泌尿器科の担当医とは特に長話をする用はないが、いつも診療科違いの封入体筋炎について話をしている。畑違いの診療科になれば専門知識を持っていないのか?こちらの説明に食い入るように聞いている。その光景を思い出す度に笑うのだが、妙な光景ではある。どっちが医者でどっちが患者なのか?よく分からない。まだ30代と思しき医師で、こちらは50代初頭で一回り半ぐらい年齢が違う。その辺もあるのかも知れない。ブログ主も歳を取ったものだ。12時45分頃、泌尿器科を後にしてまた1階に戻る。こちらは杖歩行なので思うようには早くは歩行できない。ペースを合わすのが難しいようで、家内が少し前に行き過ぎると、ブログ主を待つといった形の繰り返しだ。健康体の頃は東京時代の名残で広島人よりは歩行速度は異様に早かった。よって『何だかな~』である。ブログ主が雨が嫌いな理由に、雨天時の床面は濡れて杖が滑りやすいことがある。大学病院の床面は、滑りにくい構造になっているが他の商業施設等はそんな加工など施されていないので、転倒リスクが異常に高まる。一度転倒すると、亀状態-自分では元に戻れない-なので、実に困ったことになる。合理的配慮以外、他人の手を煩わしたくないブログ主はその辺が少し心苦しい。
さすがに『障害者なのだから、助けてもらって当然!』にはならない。普通のメンタルではそう思って当然だろう。話を戻すが、101内科受付で手続きをしていると、事務方の女性スタッフが、『今日は〇〇先生は、少し遅れていて14時頃に来られます』と言ったのだ。『何だよ、それ?』と不覚にもそう思ってしまった。何か急なトラブルにでも巻き込まれたのだろうか?

【受診その2】
脳神経内科の受診


画像3 今回の血液検査の検査用紙。今回のCK値(項目33)は471(画像 ブログ主撮影より)

 『受診が1時間程度ずれ込むな』と思いつつ、脳神経内科の中待合で待っていた。これも暗に相違して13時30分頃から、40診察室に患者と思しき人たちが入っていく。何とか30分ぐらいの遅れで済んだのかも知れない。ブログ主の担当医の現在の所属は、広島大学病院ではなく、国立呉医療センター(公式HP)で、金曜日の午後だけ大学病院に出張診察に参上する。元々は大学病院所属の専用医師だったが、大人の事情で割と転勤が多い。14年度など、僅か1年で県立
広島病院から転勤している。そんな事情から、大学病院時代から抱えている患者のために週一で出張診察をしているのだ。で、ブロぐ主は14時頃呼ばれ40診察室に入った。大体2カ月に1度、年6度の通院だが最近はあまり話すことがない。短期間で生命予後を侵される疾患でもなく、疾患情報が色々と飛び交っている訳でもない。良くも悪くも変化が少ない。ブログ主は、封入体筋炎を発症して今年で12年目に入るがこの間、治験関連だとロボットスーツHALとBYM338の2つだけ。ロボットスーツHALは治験をクリアしたが、BYM338はフェーズⅡをクリアできず、挫折した。その後はなしのつぶてだ。治験前の期間も含めると、ほぼ無の状態から治療薬が世に出るまでは約10年ぐらいは優にかかる。現状を鑑みると、治療薬の開発は残念ながら諦めるしかない、と思ったりする。『諦め=負け』と責められると返す言葉はないが、こちらは夢幻の甘い世界には生きていない。口先だけの綺麗ごとでは済まない。お陰で随分とメンタルが強化された。元々、鈍感力は人並み以上だったが、この疾患との闘病生活のせいでさらに磨きがかかった。話は変わるが、だからこそブログ記事のコメント欄で殺人予告らしきものをを突きつけられたが、動じないのだろう。根本に『たかだか、〇〇オタクのネット住民が実際に何が出来る』と高をくくっている。『お前らにはそんな度胸も、才覚の欠片すらないだろう』、と上から目線でふんぞり返っている。警察への相談は、ブログ主の探求心というか好奇心でしかない。コメント者への警告の意味合いもあるが・・・。

 話を戻すが、今回も殆ど封入体筋炎の話は最初の数分だけで後はカープなどの世間話だった。その数分の話だが、今回のCK値(メディカルノート)はだった。304(19年5月)、351(19年7月)、471(19年9月)と並べると少し上昇しているが、想定の範囲内で慌てるほどはないとの見解だった。毎日の野外歩行訓練は元より、意図的に立ち上がり回数や立ち姿勢時間を増やしているので多少の上昇も止む無しだ。それよりも体感レベルでは、進行自体1年半ぐらい止まっていると思っているので、そちらの事実に重きを置き安心している。進行を感じてのCK値の適正値(59~248)でいるよりは何倍もマシだ。近況報告だけを一応した。特に大きな進行-日常動作の難易度上昇、歩行の安定感低下、四肢の可動域低下-らしきものは見られない事、食生活やそれ以外の生活の様子などである。他には、疾患に係る新情報の有無なども聞いたが、答えは想定の範囲のなしだった。脳神経内科医の受け持つ疾患は、封入体筋炎だけではない。数多い中の一つでしかないので、それだけにに着目している患者の方が耳早だったりすることがある。患者の中にはその事を指して怠慢とそしる人もいる。言いたくなる気持ちは少し理解出来るが、これは患者特有の『痛い人病』だと思う。治験のステージⅠクラスだと、まだ海のものとも山のものとも分からない代物で、注目に値しないと思っているのかも知れない。結局、前回同様にこれまで通りで様子を窺いましょう、になった。いつも通りの締め台詞だ(笑)。軽い自慢に入るが、最近進行がほぼ止まっていることは既に触れたが、こうも長期間安定していることは12年目に入った闘病生活でも非常に稀で、このこと自体は大変喜ばしいことだ。いつまでも続くことを願ってやまないが、封入体筋炎であることをつい日常生活の中では忘れ去ることが多々あるのも事実だ。よって、2カ月に一度の通院はそれを良い意味で思い出させる。別に避けている訳でもないし、臭い物に蓋をするつもりは毛頭ない。実感しないので意識しないだけだが、ある程度の緊張をもたらす意味では重要だ。最近の大学病院への通院はそれが最大の目的になりつつある。まあ、こんな余裕を持てるのは今だけかも知れないが、それもそれで楽しみの一つになりつつある。最近のブログ主は、通院や日々の闘病生活をこんな感じで位置付けてている。状況で一喜一憂することは、闘病生活の常だが、なるべくそのメンタルの振れ幅を小さいものにして安定して日々を送りたいと考える。次の診察は11月。初冬に入る時期なので、恒例の筋硬直や関節拘縮がどのように現れるのか?楽しみったりする。

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