封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

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カテゴリー記事 闘病記 その他

【考察その1】
一般論としての終活とは?

画像1 高齢者の生前整理『終活』(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 終活(しゅうかつ)とは『人生の終わりのための活動』の略。人間が自らのを意識して、人生の最期を迎えるための様々な準備や、そこに向けた人生の総括を意味する言葉である。主な事柄としては生前のうちに自身のための葬儀などの準備や、残された者に迷惑がかからぬよう生前整理、残された者が自身の財産相続を円滑に進められるための計画を立てておくことなどが挙げられる。これは週刊誌『週刊朝日』から生み出された言葉とされており、同誌元副編集長佐々木広人が生みの親とされる。2009年に終活に関する連載が行われた時期以降から『終活本』などと呼ばれるこれに関する書籍が幾つも出版されるなどといった風潮とともに、世間へこの言葉が広まってきており、2010年の新語・流行語大賞にもノミネートされ、2012年の新語・流行語大賞でトップテンに選出された。高齢化社会の進展も相まって広く浸透した。遺言書の作成やどのように葬儀などを執り行うか、また財産分与などの方法を事前に親族に伝えておく。意思表示ができないような障害を負うと手遅れになる。認知症の症状が出る前に意思表示をしておく必要がある。特に預貯金、株などの金融資産や不動産資産などは非常に需要で、これが不徹底だった場合、残された宝の山を巡って肉親同士がまさに骨肉の争いをする羽目となる。親兄弟という近過ぎる関係なので、恥も外聞もない欲と感情の人間が本来持つ醜い部分を晒してしまう。他には、生前整理として重要なものとして、身の回りの物品の整理がある。未婚高齢者の孤独死による遺品整理、既婚者であっても『親家片(親の家の片付け)』という社会問題が生じている。前者は近年の生涯未婚率の急上昇で、今後増えることはあっても減ることはないと言われており、『お一人様』などマスコミにちやほやされても死後、赤の他人に迷惑をかけるのはどうなのだろう。後者も子ども夫婦と他所で別居していた場合、大変な労力-遺品整理、墓整理、不動産売却など-を伴う作業となり、これもこれで考えものだ。このような事態を回避するため、正常な判断が可能で自身の身体が動くうちに徐々に必要でないものを整理し、高齢になったら所持品を無駄に増やさないことが肝要だ。

画像2 これをそれなりに持っているとこれを巡り、血みどろの争いになる。必ず横槍を入れる人間がいきなり現れるからだ(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 要は自分が死んだ後に、遺族(配偶者、子ども)の労を減らす生前準備の事なのだが、生前の遺言作成などをして万全を期しても話がこじれる場合がある。ブログ主は人間の性悪説を信じて疑っていない側の人間だ。悪という言葉が抵抗があるなら、『(様々な誘惑に対して)弱い存在』と言い換えても良い。この様々の一つに誘惑がある。他の記事でブログ主は大学卒業後、金融業に約22年間従事してきた。一種の職業病的なものとしてスペックでしか人を見られなくなることや、人としての生産性(能力の意味)に重きを置いた価値観が醸成されること、自分とは違う階層に属している人たち(これ以上表現不可能)に対して一線を引くことなどの弊害があった。そして、お金というものを目の前に置かれた時にだけ突如として現れる本性を数限りなく見てきた。人間の負の面だ。普段は、意識を高く持ち、常識人を気取っていても、お金という誘惑の前では皆、心と理性が溶かされ、自我が剥き出しになる。これは人間に絶望しているという意味ではなく、人間が本来持つ弱さの一つと理解している。その意味での
性悪説だ。むしろ欲がない人間はメンタルが健康とは言い難い。よく『無欲の〇〇』などと称することあるがあれは嘘だ。欲こそ人や組織が物事をなす最高のパワーとなる。話を戻すと、かくいうブログ主も父の死去を前にして義理弟(妹の夫)に要らざる横やりを入れられ、困ったことがある。父の死去寸前の状況を話すと、実家に結婚して当時6年目の妹夫婦がパラサイト、いや同居(笑)していた。父はマメな人で生前遺言を作成し手持ちの不動産資産の名義を一応長男のブログ主の名義にしたり、金融資産の分配なども母と妹の合意の元、取り決めていた。ブログ主は当時東京在住でこの作業には一切かかわらず、自分で稼げる自信もあったので関心はゼロだった。結果的にはブログ主に非常に手厚く、驚く内容のものだった。母と妹はそれに合意していた。義理弟だけが、その事に大きな不満を持ち、父の病室でブログ主に対して異議を唱えた。詳しく聞かされていなかったブログ主は、意味不明だったが手荒い方法で無理やり納得させたことがあった。身内の例を挙げて恐縮だが、一般人のブログ主でさえ予期せぬトラブルに巻き込まれそうになった。俗にいう富裕層の人たちなどさぞや大変だろうな、と思う。

【考察その2】
生命予後不良の難病患者の終活

画像3 生命予後不良の難病患者のイメージ(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

『予後』の本来の意味は、手術や疾患、創傷の回復の見込みを意味する医学用語。ある疾患や状態がそのまま進むと、将来どのようになるか、生存か死亡かを予測することだ。予後の使い方は幅広く、生存のみを考える場合は生命予後、機能に関する後遺症が残るかどうかを考える場合は機能予後という用語を用いることもある。筋疾患(ミオパチー系疾患)について言えば、大半が治療法が未確立で進行を抑えることが難しい場合が多く進行差はあれど、死に至ることが多いので『生命予後不良』との表現を使っている。このような疾患を発症した場合、発症年齢関係なく考察その1で説明した『終活』を迫られる場合がある。運よく、子育てなどが終わった時期-50代半ば~-だと、そこまでしゃかりきになる必要がないかも知れないが、ブログ主のように40代初頭や30代で発症した場合、望む望まないに拘わらず、せざる負えない状況に追い込まれる。『それは早過ぎるだろ』と指摘されそうだが、生命を維持できる期間がそう長くないとの観点では、高齢者のそれと同じ環境に放りこまれたのと変わらない。生命予後不良患者の終活は、所持品整理などよりも配偶者(妻)、子どもたちの生活が自分が動けなくなった時や死んだ後の生活をどう維持させるのかが焦点となる。大きな病院で多くの検査を経て、疾患名が決まった時から、終活をスタートさせる。ブログ主が終活活動歴約10年で思いついたものを下記にまとめたい。

1 生命予後不良の難病患者の終活活動のポイント
①疾患の進行程度を把握して、就労不可能となる時期を想定し預貯金を可能な限り、残す
②現在の出費を徹底的に見直し、ありとあらゆる無駄を省く
➂勤労所得と不労所得(不動産、株、障害年金、ネット関連など)の構成を変え、不労所得に重きを置いた収入体制に時間をかけて移行する
④時機を見て障害者手帳を取得して、健常者就労から障害者就労に切り替え1年でも長く勤労所得を得られるように努力する
⑤進行度合いを見計らい就労活動の計画修正と追加を行う。短・中・長期の必達目標を設定する。
⑥不動産、金融資産がある人は、正常な判断能力が可能で意思伝達能力があるうちに名義変更、管理方法のノウハウを取得させる。文書、USBメモリーなどで対処方法残すのも手段の一つ
⑦これまでにないものを思いついた時には、必ずメモを残し時間に余裕が出来た時に思い出して考える。出来る、出来ないの判断はする前にするのではなく、一通りやってからにする。結果が出ない場合も出来ない理由ではなく、出来る方法を考えることのに思考の主眼を置く

2 終活で留意するこ
①終活も立派な闘病生活の一つだが、自身の疾患との闘いよりも優先させること
②子どもの教育コストなどはよほどのことがない限り、カットの対象にしないこと
➂②との関連となるが、子どもに辛苦の様子は極力見せないこと
④目標設定はベストではなくベターをめざすこと(そうしないと続かない)
⑤やらされている感よりも自らの意思でやっている感を強く持つこと
⑥感情的、屈折思考は厳禁。この二つからは何も生まれない


画像4 障害年金の更新手続きに必要な3年に一度送付される診断書付きの生計維持確認届(画像 ブログ主撮影)

 経験上言わせてもらうと1-①は、ブログ主の遺族年金(存命中は障害厚生年金or老齢年金)を現行の支給想定額の30%ダウン(将来の制度改正に備え)を想定し、現行の生活水準を落とさない範囲前提で不足額を試算。家内の寿命を2060年の女性の平均寿命まで生きることを想定して、預貯金目標を設定した。1-➂については、患者個々の環境の差異があるので、一概には言えないがそう遠くない時期に就労不可能な時期が必ず訪れるので、疾患名が特定されれば速やかに動いた方が良い。時間の経過はあっという間だ。残された時間は思うほど多くはない。手持ち資産のない人は、障害年金は当然として個人ブログなどを立ち上げ広告収入を得るのも手段だろう。言うほど容易くはないが、ブログの収益化に成功している人も中にはいるので調べて努力すれば少しは報われる。1-⑤は、希少疾患でもあり手探りの連続になる。ブログ主も大きなものは数度、細かいものも含めればその何倍もの修正と追加を繰り返した。これは進行が読めないのと、必ず不測の事態が割り込んでくるからでその度に、絶望しないで活路を見出す気概を持って臨めば『為せば成る』と思う。同じ闘病生活でも、進行を遅らせるよりもまだ楽で結果も出やすい(と思う)。2については『家族(子ども)ファースト』が根底にある。闘病生活は患者本人だけではなく、家族も有力な参加者である。自身だけが悲劇の主人公に陥った気分になりがちだが、冷静に対処したいところだ。将来、自分一人では生きていけなくなることを常に脳裏の片隅に置いておくべきだ。2-⑥については難病患者だけではなく、健常者も含めての戒めのつもりで書いた。この二つは、人間の負なる感情でしかなくこの意識が支配すると世の中の景色まで変わってしまう。ややもすると陥りやすいので回避したものだ。今回の記事は既婚者を主に対象として書いているが、単身者の方も高齢者同様に就活は必要だ。その対象が配偶者と子どもから親、兄弟になる訳だが就労不可能後の生活設計など早い段階から準備をすれば、疾患との闘いに集中できる環境が整う。この記事が参考になるほどの内容と思えないが、何かの一助になれば幸いだ。
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カテゴリー記事 闘病記 その他

【考察その1】 
線維筋痛症とは一体?



動画1 【難病・告白】レディー・ガガ『線維筋痛症』の怖さ 光や音で痛みも…

 このブログとは直接の関係はないのだが、ツイッターアカウントには多くの
線維筋痛症に悩むフォローワーさんが実はいる。ブログ主のようなミオパチー系筋疾患とは系統が異なる疾患だが、同じ筋肉の疾患つながりで相互フォローさせてもらっている。お恥ずかしい話だが、最近までこの線維筋痛症なる疾患について全くと言っていいほど知らなかった。その病状は勿論、疾患名すら知識として持ち合わせなかった。ブログ主の場合、ツイッターのアカウントを開くのは、仕事が終わり夕食を取り、ひと段落してブログ記事を書いている片手間時が多い。開くと、大体線維筋痛症に悩むフォローワーさんの呟きが上がっている。それを読むと、他人では伺い知れない気苦労が多い印象を持つ。精神疾患患者同様に傍目には、心身ともに健康だと勘違いされ疾患内容も理解されず、誤解と偏見により片づけられることが多いようだ。ブログ主のような筋疾患患者の場合、発症初期や前半戦は見た目は健常者とさほど変わらないが中盤戦に差し掛かると視覚で、病状や日常生活障害の困難さを理解される。まあこれも良し悪しなのだが・・・。系統が異なる筋肉の疾患同士だが、自身の意思だけでは身体を思うように動かせないという点では、似ていなくもない。今日はこの線維筋痛症について考えたいと思う。線維筋痛症とは、少し医学的に説明すると以下の通りとなる。


画像1 米国リウマチ学会による線維筋痛症分類基準(画像 メジカルビュ-社HPより) 

1 線維筋痛症とは?

 線維筋痛症は疲労感、抑うつ、睡眠障害、過 敏性腸炎など多彩な症状を伴う、『筋骨格系に慢
 性の広範囲の疼痛とこわばり』などを主徴とする疾患である。この疾患はこれまで本邦ではま
 れとされていこたが、最近の調査では国民の1.66%、約200万人はいると推定されてい
 る。 男女比は8倍女性に多く、50代にピークがある。患者は全身の痛みを訴えクリニックや
 病院を受診するが、他のリウマチ・膠原病と違って、血液検査などではほとんど異常が認めら
 れない場合が多い。本邦では最近まで『稀な疾患』 とされていて、臨床医にほとんど認知され
 ていなかった。多くの患者は不定愁訴を訴える患者さんとして、取り扱われていたと思われ
 る。因みに、日本では07年に線維筋痛症研究会がようやく設立されたばかりである。病因や
 病態生理はまだ不明だが、神経-免疫-内分泌系の失調、疼痛に対する制御系の異常などが指
 摘されている。本症では髄液中のセロトニンやノルアドレナリンの代謝物質が低下し、疼痛の
 興奮伝達物質であるサブスタンス Pが髄液中で増加していることが報告されている。アロデイ
 ニア(通常痛みを 引き起こさないような弱い触、熱刺激などで痛 みが生じる痛覚過敏状態)
 との関連も報告されている。

 全身で18ヵ所の圧痛点のうち、11ヵ所以上に圧痛が認められることが特徴である。疼痛は
 日によって変動するが、肉体的、心理的ストレスや天候不順により影響も大きい。本症は、し
 ばしば関節リウマチや全身性エリテマトーデスの患者にも合併して見られる。検査データ など
 からは疾患活動性が安定しているのに全身の疼痛を訴える場合は本症の合併を疑う。 疼痛以外
 の症状としては前述のとおり疲労感、 抑うつ、睡眠障害、朝のこわばり、過敏性腸炎 症候群、
 頭痛、微熱などが見られる。一般検査所見では特徴的な異常は認められないことが多い。治療
 は三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬が有効で、選択的セロトニン再取り込み阻害薬 、選択的セ
 ロトニンノルアドレナリ ン再取り込み阻害薬などが使われる。



画像2 拡大画像(要拡大) 線維筋痛症についてまとめた漫画(画像 ツイッター拾い画像より)

 平たく説明すると上記画像2のような感じとの事だ。患者当人の体感による漫画説明なので本当に分かりやすい。各文献を読むと、最近の疾患のようだ。以前は、リウマチ・膠原病などと診断されたり、血液検査では特に異常が見られないことから、漫画説明にもあるように病気認定されず、思い過ごしやサボり、怠けなどと誤解されたりするケースも多かった。国内患者数は優に200万人を超えているようで難病と称される疾患カテゴリーの中では、かなりの患者数を抱えている。ブログ主の封入体筋炎の患者数が1,000~1,500人であることを思えばかなりの数だ。女性に多いのもその特徴だ。治療薬で、症状を抑えられればまだ救いはあるが、それが不可能な場合、日常生活の障害は広範囲に渡る。その辺を次の考察で考えたい。

【考察その2】
線維筋痛症の多岐に渡る日常生活障害
疾患特定されない場合、社会保障の恩恵が受けられない・・・


画像3 線維筋痛症発症までのプロセス(画像 ケアネットより)

 線維筋痛症に限らず、発見されて日が浅い疾患や患者数が異常に少ない希少疾患の場合の問題点として、専門医がいないことがある。疾患が属するカテゴリーの医師はいても専門医がいないことには、血液検査のみの結果を以て、健康体扱いされる。患者は健康体との診断に当然疑問を抱く。別の病院へ行く。行くが、また結果は同じで健康体扱い。散々、病院をたらい回しにされていくうちに比較的、軽症段階の『慢性局所痛症』だったものが、次第に重症化して行き、最終的に線維筋痛症に至るようだ。初期段階に、できるだけ早く、専門医と出会うことが運命の分かれ道になりそうだ。いつまでも出会わないと、地獄のような日々を送ることになる。重症化した場合、身体を動かすだけで激痛を超える痛みに見舞われる。それが数時間置きとかの一定間隔や少ない頻度とかであれば、まだ多少の救いはあるがそうではないようだ。痛みのレベルや頻度については様々な条件で、異なるようだ。慢性的に強い痛みがあることから、ストレスが蓄積し抑うつ状態や不眠、慢性的な疲労などを引き起こすこともあり腹痛、下痢、便秘、動悸、呼吸苦、嚥下障害、頭痛、ふるえ、めまい、浮遊感、耳鳴り、難聴、筋力低下、まぶしさなども誘引する。うつ病のような精神疾患などの合併症(?)を誘発する可能性が高い。ここまで重症化すると、外出など永遠の夢状態に追い込まれ、極端な話、日中でも寝床に入るしか術はなくなる。外出が難しい状態になると、仕事など絶対に出来ない(当たり前だが)。当初は、休業補償や雇用保険などで生活の糧を得て、細々と生活が出来てもこれとて永遠には続かない。

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画像4(左) 
線維筋痛症のイメージ図
画像5(右) 激しい痛みのため臥せって寝ているイメージ図(画像共にかわいいフリー素材集いらすとやより)  

 こんな時こその社会保障制度なのだが、疾患名特定がされないとその恩恵を受けることが出来ない。経験上言わせてもらうが、どのような制度を利用するにしても医師の診断書なるものが絶対に必要だ。障害者手帳、障害年金の手続きにはこれなくして証明出来ないからだ。その医師に見放されたとなると、・・・である。この疾患ではないブログ主があれこれ言うのは僭越かも知れないが、スマホやPCなどでとにかく専門医を探して、それを突っかかりとして現状を変えていくしかないように思える。精神疾患もそうだが、傍目には難病患者、障害者然としていないので家に引き籠ったりすることをサボりや怠けていると見られがちだ。疾患自体、まだ新しく世間全体の周知も進んでおらず疾患名を聞いて『それ、何?』との反応を示す人が大多数だ。血液、尿検査などで異常値が検出されず、線維筋痛症の診断は、問診と身体診察だけで『自己申告病』になるので周囲の理解がないと厳しいものがある。記事文頭で、ツイッターのフォローワーさんで同疾患の人が多いと書いた。少し前の話になるが、ネット上で会話を交わした。障害年金受給についてだったのだが、知り得る知識を話したら諸般の事情で受給が難しいとの事だった。なぜ、難しいのかは立ち入ったことは聞けなかったが、この方の数日の呟きをざっと読んで何となくの生活背景を理解して話を進めた。いっそのこと生活保護の需給を考えては?と提案したが、脳裏の片隅にもないことを言われ驚いた様子だったが、やはり抵抗があるようだった。確かに生活保護は、最後の最後の砦というべきセーフティーネットだ。ありとあらゆる対策を考え、万策が尽きた場合はそれも止む無しだと思い、話したのだが抵抗感が強いらしい。この辺は個人の考えなので、人それぞれだ。恥を忍び、期間限定で受給してその間に疾患の治療と言うか改善を目指す。要は半寝たきりから、短時間であれば外出可能な状態までに戻すのだ。で、経過観察で様子を伺い当面は短時間就労を目指し、生活保護額を減らしていき、段階を踏み、最終的には完全脱却を目指す。こんな戦略的な受給なら問題はないと思うのだが。ネット界隈では、生活保護受給は準犯罪かのような扱いをされているが、なんでそのような結論に至るのか理解に苦しむ。不正受給は、完全にご法度だが、受給要件を満たし自身と周囲が納得していれば問題はない。それすらを否定しては『何のための制度だ』とのそもそも論に行き当たる。

 ただ、ここまで追い込まれると選択肢はほぼないに等しく、やはりここまで追い込まれる前の数段階手前の踏ん張り時に、ベストならぬベターの解決策を見出していればば、また違った別の状況になっていただろう。この辺は申し訳ないが、自己責任部分に係る部分なので何とも言いようがない。ただ、大変な疾患だと理解したが、生命予後は保証されているので、視野を広く持ちむしろこれを幸いと受け止め、絶望的な気分からの脱却を当面は目指し、一歩一歩着実に進める。疾患への直接の影響はないが、気分が変わればまた状況も変わるはず。そしてよい知恵も浮かぶかも知れない。何もしないままでは、何一つ変わらないと思う。と、同じ難病患者のブログ主はそう考える。この疾患は直接の遺伝性はないようだが、環境的な要素が大きいとも言われ、生活環境の遺伝性も取り沙汰されている。自分の家族を持っている方は、この部分も考える必要があるだろう。別の系統の疾患だが、とにかく現状打破を目指し頑張ってほしいと思う次第だ。

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1 少しはブログ開設の意義が見えてきた その1
ブログを始めたきっかけ


画像1 前ブログの最後の記事 2015年9月20日更新記事より

 ここ数カ月の傾向だが、私の持病の封入体筋炎(難病情報センター)に限らず、他の筋疾患患者の方やご家族が闘病生活を余儀なくされている方とのネット上の交流の輪が広がってきた。20年前ではあり得ない事である。希少疾患といわれる筋疾患系の場合、患者同士の交流は「患者の会」「~家族会」に限定される。移動の自由が大きく制限される身としては、こうした活動に参加しにくい。私自身、「〇〇の会」の催しがあまり好きではなく、まだ身体の自由があった頃から、関心が低かった。それよりも扶養家族のために稼ぐ方が、意義があり現実的な選択と考えていた。これは今も変わらない。情報取得の手段と割り切れば、意義はあるのだろうが色々考えると何か億劫になるのだ。この辺は個々の考え方だと思う。正解はない。ブログ自体書き始めたのは、発症当初(2008年春頃)ではなく、随分と経った2014年頃からだ。発症前半戦(2008~2013年)は、前の仕事や1年間通校した能力開発校などがありネット自体あまり触れなかった。よく検索したのは発症当初~最初の疾患名(ミトコンドリア脳筋症)がついた1年間ぐらいだ。忙しさや検索してもそうそう新しい情報などないので、あまりしていなかった。

 2013年4月、現在の在宅仕事に就労した。家で過ごす時間が圧倒的に増えた。収入があるニート様である(爆) 仕事でPCを使うので、ネットが身近な存在となった。ブログを始めたのはその1年後からだ。きっかけは、持病の
封入体筋炎の周知だった。どの闘病ブログもそうだが、開設して一通りのことを書きあげると、記事ネタに困る。毎日そうそう記事ネタが転がっている訳でもなく、匿名性のブログの場合、個人情報に関わる問題もある。疾患に係ることは、極力提示しても、他は100%オープンとはいかない。前ブログの「ヒロさんの大放言ブログ」では、持病の事よりも広島市の都市問題に軸足を置いた内容となった。今とは違い、コメント欄やブログ内メール機能も設けていた。この前ブログでネットは何か?を望まないのに色々と教えられた。多くのことを書くと、また面倒事が増えるのでこの場では割愛する。前ブログは、荒らし理由により閉鎖した。そして現在の「封入体筋炎患者闘病記」に移行した。初心-闘病ブログの立ち位置に戻ることを目的に新規開設した。開設当初は、闘病記と障害に係ることなどを中心に書いていた。やはり更新頻度とネタ数の関係で、次第に疾患以外のものが増えた。

 広島の都市問題などその良い例だ。ブログトップページに「広島の事など、どうでもいい」と書いている。実際はそこまで思っていない。理由は面倒事の回避。バリアの意味も込めてそう書いている。広島系記事のコメ禁止もそうである。記事を必要以上に、小難しく書いているのは、疾患による脳の筋力委縮予防がその理由だ。脳の働きを断続的に続け、リハビリ効果を狙っている。後ガス抜きもある。ただ広島系記事を書くと、こうした難病などに関心がない層が読者となる。限られた読者数だが、関心のない人達への周知に繋がる、と思う。



画像2 現ブログの記念すべき第1回目記事 2015年9月7日更新記事より

2 少しはブログ開設の意義が見えてきた その2
ペースは遅いが、着々と効果は出てきている。 

 サブタイトル1では、ブログ開設まで経緯と前ブログ閉鎖理由、現ブログ開設とその目的までを述べた。現ブログで注意していることがある。持病関連記事とその他記事とのバランスだ。同系記事が、3本続けて更新しないように配慮しているつもりだ。比率は、持病関連4.5、その他5.5ぐらいだろうか?前ブログは、8.5対1.5ぐらいだったと記憶している。現ブログ開設に当たり、少し工夫を加えた。ツイッターの活用だ。とある都市問題でツイッターの心証は、正直最悪だったが、正しい活用をすれば割と良い武器にはなる。記事更新情報の発信、持病系記事の直コメントが苦手な人へのコメント欄機能だ。事実、身内の方が筋疾患のフォローワーさんが、数多くいる。そして他の筋疾患患者の方もいる。ネット時代の恩恵の1つだと言える。PC、スマホ、タブレットに感謝、感謝だ。闘病系記事は、日常生活の過ごし方や闘病生活で思う事、疾患・障害に関連する障害者福祉制度、障害年金など幅広く書いている。ネタ探しで色々と手を広げている面もある。ただ、筋疾患発症当初特有の悩みや苦しみ、そして進行を感じた時の恐怖などの緩和の一助になれば、と思っている。広島系記事は言葉遊びの側面がある。しかし、こちらはガチだ。



画像3 ブログ主ツイッター画面 ブラウザ以外の画面撮影
より

 それを専門記事として書いたものが、昨年末集中掲載した ~特別篇 将来の封入体筋炎患者へ ブログ主の闘病史~ である。完全にネット内カルテの感覚で、疾患に係る個人情報を全て曝(さら)け出した。曝け出すことの是非の賛否はあると思う。私自身、そんな段階は越えたというか過ぎて、些細な問題でしかない。これは当事者しか分からないと思う。封入体筋炎を検索すると、1~2ページ目に私のブログが引っ掛かる。筋疾患の情報自体、希少疾患ゆえそう多くない。信憑性は別として、患者個人のブログ記事も貴重な情報源としてみるのだ。正しく「藁にも縋る(わらにもすがる)」心境だ。実は、私もそんな人間の一人だった。まだ受け入れていない状況では、刺激が強過ぎるのは百も承知だ。受け入れることが闘病生活の第一歩となる。この記事では、生活障害の段階ごとの様子、必要となるであろう障害者福祉制度など中心にまとめた。患者としてのあり方も加味した。今年に入り、ブログトップ画面をより見やすく改善して(のつもり)、そしてセカンドカテゴリーも統廃合した。一応、見られることを意識しての事だ。

 話が前後するが、開設の意義や効果を実感する事例が、昨年末や今年に入り出てきた。その事例は、ツイッターのフォロワーさんの情報だと、日本を代表する国立大の附属病院の医師の方が、このブログを読んでいると聞いたのだ。正直な話、ただ驚き、そして嬉しかった(笑) 最近だと、とあるフォロワーさんがイベント開催のチラシでこのブログの存在は知らせたい、と申し出てくれたのだ。これもかなり驚いた。想定外の出来事に動揺したが、嬉しい申し出だった。効果云々以前に、その行為がである。私は大学卒業後、金融関係の仕事に長く従事してきた。この業界が長くなると、金が全ての判断基準となりそれ中心の価値観が出来上がる。以前は人の思いなど、所詮、数値・現金化出来ないものとして、軽視していた。面識のない人達の行為が有難く思った。私が逆の立場であれば、同じことが出来ただろうか?答えは否である。現在の境遇ゆえのメンタルもあると思う。他人の善意に、過敏になっているのかも知れない。分かっているが、嬉しいものは嬉しい。この病になり得たものの1つに、他人に感謝する気持ちがある。健康体時代も全くなかったわけではないが、表面上の態度は別にして人よりも薄かった。これは、私が自分教(能力、努力、結果)の熱烈信者だったことが大きい。基本的には今も変わらないが、このようなものを得たのはこの病気のお陰でもある。

 ネット世界は嘘、真実などが色々と入り混じっている。情報の大洪水で、取捨選択が必要だ。ツイッターや個人ブログに係らず、自身の立ち位置から様々な主張がある。中には読むに値しない感情論や、単に日常生活の不平・不満を形を変えて、主張しているものから割と冷静かつ客観視しているものなど、挙げたらきりがない。その星の数の1つに私のブログがある。封入体筋炎進行で、いつまで続けられるかは自信はない。ただ、必要としている人達に、好意的な評価を受け、生活改善や疾患に立ち向かう一助となることを今後も目指したいと思う。



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 ブログ開設と言っても、立ち上げは3回目だ。最近まで別ブログを書いていたが、私の意思とは、別の方向に進み過ぎたので、1度リセットして再スタートする必要があった。それに元々、封入体筋炎の周知目的で書き始めた。初心に回帰したいとも思った。これが新ブログ立ち上げの理由だ。

 次は自己紹介をしたい。 私の持病は、封入体筋炎(難病情報センター)でミオパチー
(ウキペディア)系の筋疾患の1つだ。身体の四肢(手足)と口腔筋委縮が進む。他の筋疾患と異なり、体幹筋 特に呼吸筋・心筋は侵されにくく、封入体筋炎直接理由の死は少ない。しかし、封入体筋炎で侵された部位を使わなくなり、活動量が減少して他の筋肉部位の筋低下や関節拘縮(コトバンク)を引き起こし、他の病気(肺炎など)を引き起こして死に至るケースが多々ある。他の筋疾患より、マシなレベルとは言え、予断の許さない病気であるのは確かだ。病歴は8年弱で、杖を使っての自力歩行はまだ可能な状況だ。杖なしでも平坦な道であれば、500mくらいなら歩ける。杖は転倒予防のために使っている。

 発症当時(2008年前半)は、ミトコンドリア脳筋症(ウキペディア)と診断された。2011年辺りから、この診断に疑問を持ち始めて、再検査した。そして現在の封入体筋炎に病名が変わったのだ。語弊はあるが、死刑から懲役20年に減刑された気分だった。現在は、一般企業の障害者採用枠で在宅勤務で働き、空き時間で、独自のリハビリと担当医の処方した薬の投与で、この病気の進行を遅らせべく努力をしている。通院は、2か月に1度程度のペースで、地元の大学病院の脳神経内科に家内の送迎で、通院している

 家族は3人。私と8歳年下の家内、中学3年生の息子の3人だ。広島市内のデルタ地域の西の外れにある分譲マンションで、生活している。家族は、私の持病についてよく理解してくれている。時にはサポートしたりと心身ともに支えてくれる有難い存在だ。

 これからのブログの展開としては、持病発症時、病名が変わる前後のこと、現在の様子、筋疾患全般中心に進めたいと思う。時々、社会保障に係ることも取り上げる形にしたい。「世の中、こんな人間もいる」的な関心で読んで頂けたら幸いだ。記事右横のリンクページは、筋疾患の情報を見つけ次第、貼り付けたい。何かの参考になるかも知れないし。これから長い付き合いになるかもしれないが宜しくお願いします。

 


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