封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

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カテゴリー記事 闘病記 況について色々と

【近況その1】
長梅雨の後は冷夏が相場なのだが・・・



画像1 炎天下の中、外回りでぐったりとするサラリーマン(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 今年の梅雨は空梅雨で、梅雨明けも例年よりも2週間ほど遅く、通例だとそんな年は冷夏であることが多い。ところがどっこい、冷夏どころか殺人的な猛暑を記録している。テレビのニュースを見れば全国各地気温が35℃超えで、40℃近くを記録したところもある。水分と塩分をまともに取らず、エアコンも使わず、熱中症となり無駄に命を落とす高齢者をこの時期によく聞くが、その数も例年よりも多い。勿体ない病か予防医学の知識が皆無なのかは知らないが、自業自得の思いがしなくもない。今の時代、散々テレビなどで警告され、その恐ろしさを知っているにも係わらずこの有様だ。死への同情心よりも、『世の中、おバカな人もいるものだ』と不謹慎な感想がもたげる。突き詰めるとブログ主の大好きな言葉の自己責任になる。と軽く批判しておいて、自分が発症したのでは笑い話になるので、日中の在宅仕事では部屋を26℃設定とし、扇風機を弱風で回し暑さをしのいでいる。問題は就業後の野外歩行訓練だ。時間にして30分弱なので、大丈夫だとは思うがそれでもアスファルト上は、日中の熱がこもり結構な暑さだ。昼間よりは気温は下がっている筈だが、空調が効いた部屋に1日中いるので、封入体筋炎の進行で弱り切った身体にはそれなりの負荷がある。左手に杖を持つのでペットボトルなどを持てないが、出発前と帰宅後に大量の水分を取るようにしている。大量といっても計500CC程度だが・・・。家内などは毎日はやめて2~3日に一度にしろと言うのだが、廃用性症候群により筋萎縮を何よりも恐れるブログ主は熱い最中での野外歩行訓練のデメリットよりも、中止することで起きるかもしれないそちらの方が百倍恐ろしい。廃用性とはいえ、一度委縮するとほぼ100%の確率で元には戻らないことを経験上、よく知っているからだ。過去に戻した実例はたったの一度だけだ。

  盆休みが終わり、台風の1つ2つでもきたら多少は和らぐかもしれない、と密かに期待している。環境問題などが取り沙汰されなかった昭和の時代ならそうなるかも知れいないが、この10年ぐらいが盆、8月どころか9月には入っても30℃超えの日々が続いている。そのことを思えば、叶わぬ願いかも知れない。元々、運動をしていた関係で寒さよりも暑さの方が好きで、汗をかくこと自体それほど苦にならない性分だった。さすがにここまでになると、そんな過去の話など一笑にされるレベルだ。炎天下の中、甲子園で戦っている高校球児には感心を超え、同情する。熱中症対策はそれなりに取られているようだが、もう少し日程なりを工夫できないものかと思う。特に投手の肘、肩の負荷を下げる意味で、春の県大会を取りやめ、4月頃から地区ごとのリーグ戦形式で週に2試合程度行い、県のベスト8もしくは16を6月までに決める。7月からトーナメント形式で1カ月かけて甲子園出場を争えば良いと思う。甲子園大会自体が高校生のアマチュアスポーツでありながら商業コンテンツになっているので、現実には難しいと思うが、大きな可能性を秘める若い才能が大人の事情で潰されるのは見るに忍びない、と同年代の息子を持つブログ主はそう思う次第だ。話を戻すと、物は考えようで寒冷期の筋萎縮や関節拘縮により一時的な筋萎縮現象を感じるよりも、そんな現象が絶対に起きない夏場の方がやはり良い。申すまでもないが、夏本番になっても封入体筋炎の病状は何とか、小康状態で進行の形跡は見られない。体感だと1年半以上、現状維持を保っている。前回7月の通院の血液検査でもCK値は351。正常値の最高値の248よりは少し高いが、過去のこの時期の400~600台に比べかなりマシだ。活動量の低下にならないように仕事中も立ち上がり回数、立ち時間を意図的に増やしたりしているのでこの点は問題ない(と思う)。よって、『低い水準のCK値=進行せず』と受け止めている。

【近況その2】
毎回書いているあのこと(笑)


画像2 墓参りをしている男性のイメージ図(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 令和に改元され初のG・Wは10連休、今回の盆休みは9連休と、合間の平日に有休を挟まなくとも大型連休となった。福利厚生面においてはやはり、中小零細企業などよりも『寄らば大樹の陰』の上場企業の方が良いと思う。同じ仕事をしても得る対価が基本的に異なる。休みが多いのは歓迎するが困った点はブログ主の場合、封入体筋炎の進行で日常生活障害が進み移動困難者になった。移動困難者の定義は様々だが、経済困窮理由により自動車を持てない層を指すこともあるが、歩行する距離が限られる。障害で自動車を運転が出来ないとの意味だ。その気になれば、家内と息子の運転する自動車で移動はは可能だが、歩行中軽く触れるだけで転倒することもあるので、そのリスクを考えると気軽に出歩けない身の上だ。カープファンでありながら球場観戦出来ないのもこれが理由にある。チケット入手は時節柄、困難と思うかも知れないが知り合いに数件のコンビニオーナーがいるので頼めば、入手は可能だ。で、新卒から就業していた金融業界は、原則、暦通りの休みしか取れず季節外れの時期にその分まとめて有給なども挟み大型連休にしていた。世間は、普段通り動き本心では『何だかな~』だった。請託な悩みと思うだろうが、人が休む時に休みたいと思うのが人情だ。結婚して子どもが生まれ、就学すると学校は休ませるわけにもいかないので、海外旅行などに行きたくとも行けなかった。旅行するにも近場で短い日程を組むしかないのである。現在の在宅仕事の会社は東京に親会社がある、地域子会社だが、在宅就労の関係で親会社の社員身分に深い事情でさせてもらっている。お陰で、念願の大型連休を取れるようになったのはいいが、今度は封入体筋炎の進行で移動困難者に成り下がってしまった。これでは家に引き籠るしかない。家族を外に連れ出せない責任を感じるが、こればかりは現在の身の上ではどうしようもない。移動の自由と身体を動かす自由が滞りなくあった頃は超大型連休が取れなくて、不自由になり、超大型連休をとれるようになるとは、運命の悪戯かも知れない。





画像3 大型連休で仲良くドライブする家族のイメージ図(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 さてこの望んでもいない大型連休を如何にして過ごすかが問題だ。息子は大学の夏休みで家を空けることが多いし、家内は本人的にはブログ主と過ごす時間が増え、気持ち悪い(笑)ことに喜んでいる。『お前、一体何歳だよ?』と言いたくもなるが、面と言われては恥ずかしいものがあるが悪い気はしない。夫として可愛げを感じることしきりだ。ただ、ブログ主的には仕事が再開される休み明けが待ち遠しいのが本音だ。やることがないのが一番つまらない。数年前まではこの時こそ、他の請負仕事を精力的に消化していたが、金銭の終活がほぼ終わり、一切やらなくなり本当に困っている。ブログ記事を暇つぶしがてら書くしか術はない。書く時間が限られてこそ、集中して書くこともできるが1日中これをやるとなるとそれはそれでだらけるのも事実だ。連休関係なく働いている人たちからすれば、贅沢な悩みかも知れないが、それをはそれである。今回も家内と先行きが長くはなさそうな(笑)アルパークか、レクトにでも出かけて終わりそうな大型連休になりそうだ。まあ、出不精になったのは移動困難になったのはも大きいが、世帯収入の7割ぐらいを10年近く貯蓄に回していた弊害でもある。危機意識を過度に持ち過ぎ、節約生活の限りを自身の積極的な選択でしてきた。選択肢が皆無でのそれと、精神的な余裕があり数ある選択肢の中でするそれとは、切迫感が全然違うのだが後者だったブログ主は、少々やり過ぎた。意外と就労期間が長持ちしていることもあり、現在は良い意味で宙ぶらりんになっている。まあ、そう遠くない将来、寝たきりとなり死へのカウントダウンが始まるので闘病生活の小休憩期間もあっても悪くないと考えている。先に封入体筋炎は小康状態を辛うじて保っていると書いたが、それが数年続くとは考えられない。何れは活動再開となり、進行がまた始まるだろう。よくツイッターの呟きなどで、生命予後が取りあえず確保されている疾患の患者が、人生に絶望しているかのような口調で語っている。SNSサイトの活用方法など人それぞれで、マナーに反しない範囲でも何でも自由と思うが、あれは聞いていて良い感じはしない。愚痴ぐらいはまあ許容範囲だが、物は考えようで、『命の保証さえあれば何でも出来るだろ?』と思ってしまう。

 やっかみ半分かも知れないが、物事の捉え方や発想方法を変えるだけで人生が大きく変わることも多々ある。変えられないことも同じぐらいあるのは事実だが、変えられないと思うことの多くは最初から諦め、出来ないと決めつけている場合が殆どだ。自身の能力と努力で手が届くものと届かないものを選別し、手が届かいないものでも届く範囲で取りあえず頑張る、その気概が不足していると思うのだ。これがブログ主が大好きな自分教の基本教義だ。結果を出し続けることが求められる世界に身を投じれば、意思関係なくこんな人間になる。その点、市場原理主義的な金融業界にいたことに感謝している。元々、素養あればこそそうなったのかも知れないが・・・。G・W、そして今回の盆休み、こうも有給を使えないとなると大学病院に通院しても4日の消化。残った有休をどうするものか、と考えてしまう。正月休みをかつてない大規模なものにするか、年度末に一気に消化するか、と迷ってしまう。しかし、休んだら休んだでやること、いや出来ることがない。次元が低く、贅沢なブログ主のくだらない悩みは尽きない(笑)。最後に書き忘れたが、ブログ主と家内の実家の両親も休み期間中に、我が家を訪問する。ブログ主の実家はそこそこの広さの一軒家のなのだが、玄関先の結構な段差がありこれがあるためにブログ主はこの3年ぐらい、実家には帰れないではなく、入れない状況になった。よって、ブログ主の実母は2カ月に一度くらい我が家に様子伺いをするようになった。家内の実家の義理両親も、有難いことに節目節目で来てくれる。唯一かつ、自慢の孫(双方ともに孫は一人だけ)の顔見たさで来るようだが、当の本人は金銭が絡まない限り、用はなさそうにしている。誰かによく似て、本当に自己中でお調子者だ
(笑)。話を戻すが、この連休中は何をしようか、本気で悩むブログ主である。

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前回記事 2019年4度目の大学病院通院 その1
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【受診その3】
海外治験について聞いてみた


画像1 広島大学病院脳神経内科の中待合の様子(画像 冬場のブログ主の撮影)

 ブログ主が筋疾患を発症したのは2008年の春先。それから丸12年が経過した。患者とその家族が恋焦がれる治療薬の治験は薬物療法に限れば、日本国内においては13年から始まったBYM338だけである。これは残念ながら第2相試験がクリア出来ず撤退した。封入体筋炎に限らず、希少疾患-難病-と言われるものの治療薬開発が進まない理由として、市場が小さ過ぎて開発後研究開発資金が回収できないことがある。厚労省の調べでは、国内メーカーでは約1,414億円とも言われ、回収の目途も立たないのに青臭い社会正義を気取り、経営を傾けるわけにはいかないのが本音だろう。治験まで無事辿りついても治験という高いハードルを越えるのは容易ではない。我々、難病患者や障害者が真の求めるべきことは、口先だけで空手形連発、存在しない餌をチラつかせる野党やキワモノ政治団体への虚しい支持ではなく、創薬環境の改善こそそうではなかろうか?施し的な福祉施策だけでは、問題の根本解決には程遠いし、一時の清涼剤にしかならない。社会保障政策は障害者や難病患者だけの専有物ではない。度を超えた権利の主張は、エゴにしか映らない。こうした人たちの盲目的な野党勢力支持、感情的な与党批判、度を超えた中傷などを聞くと不遜ながら『貧すれば鈍する』を思い出してしまう。で、現在の安部政権だが、医薬品業界のグローバル化を掲げ、業界が抱える課題を克服して少なくとも過去の自民党政権や旧民主党政権よりは創薬環境の改善の努力をしている。ブログ主が安部さん個人は嫌いだが、安倍政権をそれなりに評価するのもこの点がある。 ~医薬品産業の現状と課題~(厚生労働省HP) 


画像2 創薬の流れ(画像 厚生労働省HPより)

 創薬環境の改善したところで治療薬が忽然と現れる訳ではないが、確実に可能性は上がる。過度の福祉施策など、生活改善の一助どころか半助でしかない。大人の分別たる選択は、創薬環境の改善を果たし、創薬に挑む企業の挙手を待つしかない。回り道だが結果的に早道になるのではと考える。そもそも、すぐに解決するのであれば難病ではないのだから・・・。それに日本の混乱をもたらせない政権交代とは、自民党の党内野党に甘んじているリーダーに政権を渡すことだ。既存の野党に渡すにはリスクが高いので無理だろう。我々難病患者や障害者も感情的思考に支配されず、論理的思考方法を身に着け実践することが、真の共生社会実現につながるだろう。ブログ主は、障害者への社会保障政策は、重度障害者以外は就労などの社会参画の機会を、制度を今以上に整備して不自由なく与えることが肝要だと考える。話を戻すが、今回は海外の治験について担当医の意見を伺った。実はツイッターでも呟いたが、当ブログのコメント者の方から封入体筋炎の海外での治験情報らしきものをいただいた。封入体筋炎の支援団体の『ポピーの会』の投稿欄にもコメントをしているようで、それによるとカンザスメディカルセンターのアリモクロモルによる封入体筋炎の治験が行われており、21年12月に第二相試験完了する予定とのことだ。 ~皆さんの声~(公式HP) この情報を担当医に取りあえずぶつけてみた。案の定知らなかった(笑)。そこで怒るほど子どもではないブログ主は、違う質問を投げ返した。『海外の治験で成功した場合、日本に輸入されるまでどれぐらいかかるのか?』である。すると、担当医の回答はこうだった。『状況にもよるが、治療薬がない現状から検討され、上手くいく場合でも2~3年は優にかかる』である。早くてもそれぐらいで、下手をすれば5年程度だとブログ主はそう解釈した。カンザスメディカルセンターの治験薬が、無事に第二相試験を突破し、第三層相試験に数年かかるとして23~24年頃。アメリカの市場に出回るのが27年以降と踏む。それからまた日本へとなると早くとも20年代後半~30年初頭という計算が成り立つ。30年頃のブログ主はどんな病状で居るのか?それを考えると、随分と先の話であり100%寝たきり以上は確実だ。縁起でもないが、下手をすればこの世にいないかも知れない。08年発症なので発症歴22年になる。この情報を一筋の光とするには、か細く少し現実離れしており、『もしかしたら・・・』でしかない。ないよりは全然マシだがたちまちの影響はないと言える。それも難関の治験をクリアするのが大前提だ。ブログ主の手元に届く可能性は10~20%と予測する。担当医も興味なさげに聞いていた。よくあるガセ情報の一つぐらいの受け止めだった。

【受診その4】
今回のCK値について
前回同様の小康状態が続く


画像3 今回のCK値は351で、前回よりの304よりも若干上昇した

 最近の封入体筋炎の現状は、小康状態だ。あくまでも体感では1年半ぐらいは、進行した形跡はなく、歩行や立ち上がりなどの日常障害は進んでいない。今春以降の絶好調ぶりも慣れると当たり前となり、当初の喜びはなくなり、普通の日常と同化した。肉体とメンタルが既に受け入れてしまっているのだろう。それはそれで悪くない傾向と認識する。記憶違いでなければ、17年末から疾患理由と廃用性症候群の筋萎縮理由による進行はほぼ皆無に相成る。発症してから1年半以上も進行しないのは初めての経験で、嬉しい悲鳴だ。こんな病との付き合いが長くなると、自信がなくなるというか妙に猜疑心が強くなる。『ある時期を境に後れを取り戻すかの如く、一気に進行するのではないか?』があった。しかし、最近ではその猜疑心ですら薄らぎ、些細な日常動作の異変を殊更重く受け止める習慣すらなくなりつつある。人のメンタルとは、つくづく身体の変化に敏感に形作られるものだと再認識する。まさしく表裏一体である。担当医に今回もそのことについて報告をした。担当医も『これだけ小康状態が継続されるのは珍しいですね』と少しだけ驚いていた。一応、進行の目安となるCK値も前回より若干、上がったが351と想定の範囲で、筋肉硬直や関節拘縮から解放される春先以降よく見られる上昇傾向は抑制されているようだ。服用しているプレドニンなど処方薬の効果の低さを思えば、消去法で日常生活の過ごし方に何らかのプラス要因があるとしか思えない。後は発症年齢が40.5歳と若年発症だったことくらいしか思い浮かばない。食事療法も封入体筋炎患者に限らず、筋肉量を増やすと言われる動物性・植物性たんぱく質の過剰摂取は、何らかの理由により効果はほぼゼロらしい。

 今回の受診は、患者が多く時間も押してしまい通常の半分程度で大きな収穫といえるものはなかったが、小康状態のお墨付きをもらったことが小さな収穫だ。先ほどの治験の話を下げるつもりはないが、患者の一人として出来得る範囲のことを最大限、試行錯誤しながら行い、努力の範囲で何とかなるかも知れない廃用性症候群の筋萎縮を極力防ぐしか術はないと思う。10年以上も先になる話を、口を空けて餌を待つコイの如く期待を以て待つのもさすがに抵抗感がある。これは闘病生活の過ごし方になるのだが疾患に係わらない日常生活も含め、前向きに過ごすことでハードルの低い小さな成功を喜びとして見出し、絶えずへこみそうな弱体化したメンタルを鼓舞し続けるしかない。あまり己を高く保とうとして攻撃的になるのは禁物だが、ある程度はそうしないとメンタルの別の疾患も誘発する。さじ加減に注意し、闘病生活に臨むしかないだろう。何か毎度同じことの繰り返しとなり、『つくづく成長しないな』と軽い自己嫌悪に陥るが、この無限ループすらも闘病生活の常と冷静に割り切り、家族、そして自分のために頑張るしかないと通院のために気を取り直すブログ主である。通院の目的は最近では、ブログ記事ネタ探しと闘病生活を続ける刺激を再注入するためだけになっている気がしなくもない。収入の関係で体幹機能障害者でありながらきっちりと3割負担(1万円強)を強要されるが、これもこの対価のコストとでも思えば、そこまで高くは感じない。ものを考えようである。次回の通院は2カ月後の9月の予定だ。また記事にしたい。

終わり

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前回通院記事 2019年3度目の大学病院通院
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【受診その1】
院内外で見かけたはた迷惑なひとたち その1


画像1 毎度おなじみの広島大学病院の診療棟の外観(画像 ブログ主撮影)

 7月19日は2カ月に1度の大学病院の通院日だった。台風5号の接近、土砂災害警報がある中での通院でどうなるかと思ったが、降雨量は然程ではなく、小雨程度で帰宅するまで天候が大きく崩れないことを祈りながらの通院となった。今回も少しだけ趣向を変えた記事構成にしたい。広島大学病院というのは広島県下では規模共に最大の医療機関で、頂点に君臨するといっても過言ではない。敷地も他の4基幹病院-広大、県立広島、市民、日赤・原爆-の中で最も広い。医学部校舎も併設されているので広大な敷地面積だ(下記画像2参照)。いつも医療スタッフ、出入りの業者、患者やその家族でごった返ししている。で、時折怪しいと思しき人たちもいる。宗教な勧誘などがそうだ。ブログ主はこの種の連中が、ゴキブリよりも嫌いなので近づいてきた日には、『お前近寄るな』オーラを全開にするか、不機嫌そうな表情をわざと出して手で寄るなとゼスチャーをする。随分と酷い扱いでブログ主の人間性に疑問を持つかも知れないが、かつてオウムが引き起こした地下鉄サリン事件で、当時勤務していた金融機関の顔見知りの人間が事件後重い障害を持つに至ったことや、一つ間違えれば事件に遭遇していたことなどから、あの事件以来、新興宗教に携わる関係者すべてが大嫌いになった。それに存在しない神に縋るメンタル構造も生理的に合わない。他には非常にユニークかつ個性的な患者と出くわすことも稀にある。ブログ主はこの日の診療で、家内と共に13時頃から脳神経内科の中待合にて順番が回ってくるのを待っていた。そこに30代半ばと思われる男性患者が登場した。容姿は160㌢前後で小柄、髪型は江戸時代の武士を彷彿させ横と後ろだけに髪の毛が集中している。体重はお腹の張り出し具合から70㌔ぐらいはありそうだ。ご尊顔は、例えに困るが魚的だ(以下 さかな君)。この日は脳神経内科の患者が多く、ブログ主も13時45分からの診療だったが、呼ばれたのが1時間後と最近になく込み合っていた。そのさかな君は何を思ったのかあろうことに多目的トイレの前に座り込んだ。しかも胡坐をかいてだ。ブログ主も08年から大学病院に通院しているが、初めて地べた座りをしている患者を見た。周囲も病院に相応しくない光景にチラ見を繰り返している。多目的トイレと言うのは車いす患者など足元が不自由な患者には欠かせないもので、こうした患者が多い病院ではとかく人の出入りが多い。その付近に陣取るのは、その意味合いでは常識に欠けている。彼がそうした状態を許容される患者かと言えばそうではなさそうだ。車いす、杖歩行者でもなく歩行姿だけだと健常者そのものだ。案の定、多目的トイレ利用者の邪魔になり、利用者はいちいち使うごとにさかな君に断りを入れ、申し訳なさげに利用している。それが数回続いた。先ほどまではチラ見だった中待合の椅子に座っている患者やその家族もガン見になっている。言われるまでどかないとは恐れ入るしかない。『空気を少し読めよ』である。


画像2 広島市南区霞町にある広島大学病院の構内地図(画像 公式HPより)

 そして大学病院の女性スタッフの登場。何やら注意をしている(ブログ主にはそう見えた)。ブログ主は長椅子横の手すりに腰を置き、左手は杖で支え下肢の負荷を軽減させるいつものスタイルで待っていた。この手すりは長椅子横なので手すりの最後部分で、然程問題にならない。仮に中間地点にいたとしたら手すりを使う人が近づけば、普通に場所を空ける。しかし、スタッフが去ると元の位置に戻る。ブログ主はさかな君に杖で頭をなでなでしたくなる衝動が猛烈に込み上げたが、脳内妄想だけに留めた(笑)。暫くするとさかな君のスマホがアニメソング全開で鳴った。院外や院内でも広い場所に移し会話をすると思いきや多目的トイレのドアの前で院内に響きわたる大声で話し始めた。会話内容(大声なので全部聞こえた)から察すると、派遣仕事の請負らしきもので短時間で終わらず、都合10分以上大声で話し込んでいた。別に院内でもスマホ使用が悪いとは思わない。院内での携帯電話不使用は昔の話で、ブログ主もそうだが患者の多くは待ち時間をスマホいじりで時間つぶしをしている。ただ、長時間の会話をする場合、院内の中待合のような静かな場所ではなく、常にざわついている広い場所か院外に出るのが、常識だろう。顔をじっくりと拝むと先入観も手伝って、偏屈で屈折して歪みまくった性格が表情に滲み出ている。家内曰く『キ〇イ』だそうだ(笑)。ブログ主はかつて部下にいたモンスター行員を思い出した。先の新興宗教関係者同様に大嫌いな方々だ。モンスター
ペアレントとまでいかないが、それに準ずるというか予備軍みたいな患者だ。滅多にお目にかかれる反面教師のサンプルとしては、格好のネタで待ち時間の暇つぶしにさせてもらった。直接かかわるのは御免被るが、安全圏内で鑑賞するには面白い見世物には違いない。

受診その2】
院内外で見かけたはた迷惑なひとたち その2


画像3 広島大学病院診療棟の正面玄関付近の様子 ①患者送迎車両待ちスペース ②バス乗り場 ➂タクシー乗り場

 この日の通院ではもう一人面白い患者(?)に運よく出くわした。それは診療が終わり、診療棟の正面玄関付近で、処方された薬を家内に取りに行かせ待っている時のことだった。大学病院の正面玄関の前には、上記画像3のようにタクシー乗り場(個人送迎車乗り場)とバス乗り場がある。反対側の車線にはタクシー待機エリアもあり、敷地内にこれだけの交通施設を有するのは大学病院だけだ。家内を待っていると、院内の中待合の静けさとは打って変わったざわつきの中、怒声にも似た大声が響いていた。何事かと思い、周囲を見渡すと高齢者と思しき男性が、横にいる同じく高齢者の女性を叱っていた。話を聞くと内容は帰宅で使う交通手段の話のようだった。女性は、大学病院から乗車して住まいの高陽地区(安佐北区)に帰宅するつもりのようだが、男性はそれでは無理だからバスセンターまでタクシーで行き、そこからバスに乗れと言っていた。ブログ主が帰宅してネット検索をするとこの男性の主張はその通りで、大学病院発のバス路線は広電バス5号線(広島駅方面)、10号線(西広島駅方面)、広島バスの23号線(横川駅方面)の3路線しかなく、バスセンターに直接乗り入れる路線はない。徒歩連絡だと広島バス23号線が紙屋町経由なので行けなくもないといったところだ。内容はともかく、その押し問答を10分以上も繰り返していた。譲らない男性も男性だが、怒声に屈せず自分の主張を繰り返す女性も女性だ。『自動車で送迎してやれば、簡単に済む話だろ?』と思わないでもないが、それが出来ない事情があるのかも知れない。ただ、身内の痴話げんかを公衆の面前でする恥知らずぶりにあきれ果てた次第だ。これも先ほどのさかな君同様に周囲の人間は足を止めて聞き入っていた。感情的になり声をつい荒げることはあっても、周囲の空気を察して音量を下げるとか、場所を変えて話すのが普通の対応かと思うのだが、その辺の感覚に乏しい人たちのようだ。

 結局、男性の言い分を認めバス乗り場からタクシー乗り場に移動して、その女性は去ったが後味の悪さはその場にいた人間全員に残った。この二人の関係は一体、何だったのだろうか?こちらも少し、気になった。直接の被害があった訳ではないので、基本的にはノーダメージだが、これもまたいい見世物を堪能させてもらった。家内は薬を取りに行っていたのでこのやり取りは見なかったが、後で話に多少尾ひれをつけて説明した。家内はブログ主の反面教師好きを知っているので、逆らわず話を聞いてくれた。常識から逸脱した残念な人たちやネット内で愚にもつかない極端な主張をしている人たちを何食わぬ顔で鑑賞するのは実に楽しい。語弊はあるが檻の中の珍獣を見る気分だ。当然こちらは入園料を支払って檻の外から鑑賞する人間様である。本人たちは正しいと信じて疑わず、一生懸命道化を演じている。その行動から得る反面教師ぶりも貴重だが、心の余裕のなさぶりも顕著なのでその点も得る部分だ。この記事で紹介した人たちが普段はどのような境遇で生活しているのかは、よくは知らない。哀れな人たちには違いない。所詮モンスターペアレント予備軍など、その程度の価値しかない。ただそうなった過程や当事者の心の闇には興味があったりする。人間観察する上で、実に貴重な存在だ。その希少性ゆえの価値もある。その点では大学病院は人種の坩堝(るつぼ)だ。ブログ主の底意地の悪い黙して語らず、その癖観察し心の中で批判するパターンは、別にブログ主だけのものではないと考える。濃淡の差こそあれ、人間であれば誰しも抱える心の闇ならぬ影の部分だからだ。これが全くない人間など人格破綻者でしかない。ブログ主もそうだが、上手く良識風の仮面で覆い隠すのが理性であり、処世術だろう。封入体筋炎のお陰で随分と日常生活障害が進み、行動範囲が狭まったがまだまだ世の中は、生きた教材の宝庫で人生の修行の場であることを思い知らされる次第だ。肝心の診療については、次の記事で詳しく書きたいと思う。

その2へ続く

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前回記事 近況について色々と 155 理想の親子関係
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れいわ新選組に感じる障害者としての大きな違和感 その1


動画1 2019.07.07
 安倍晋三来る!自民党街頭演説会@中野駅北口

 前以って言っておきたいが、ブログ主は希少疾患で死がほぼ確約されている封入体筋炎(難病情報センター)を40.5歳で発症して、45歳で念願(爆)の入りたくもない障害者のお仲間となり、7年が経過した体幹機能障害3級の押しも押されぬ障害者である。在宅就労の仕事と障害厚生年金、実家関連の不動産収入で生計を立てている。疾患進行で日常生活障害が酷くなり、多少考えの変化はあったが基本的には、自分教-能力・努力・結果-の熱烈信者で、自己責任なる言葉が三度の飯よりも大好きで、さすがに全てとは思わないが、個々の生産性に重きを置く価値観の持ち主でもある。これは数字が全ての金融機関に20年以上勤務した職業病の名残かも知れない。『三つ子の魂百まで』の例え通り、真っ白な画用紙時代(新卒~)に受け付けられた価値観は、境遇が変わっても不変だ。今更変えるつもりも全くない。ただこれは、同じ土俵の上で戦える条件を持った人たち(健常者)の話であり、自己責任外の理由で持てない人たち(障害者)には、一定の配慮が必要なのは言うまでもない。ブログ主の人間性を知って頂いた上で、今日の記事を進めたい。7月21日(日)に第25回参議議員選挙が行われる。実はブログ主は、期日前投票を家内と共に済ました。政権与党とその男性候補者に投票した。今回の選挙もそうだが、細かな不満はあるが、別に変える必要はないと思うしブログ主が選択理由とする経済と社会保障問題について、現安部政権はよくやっている。野党勢力との比較では、迷う必要がない。個人的なことを言わせてもらうと、安倍政権になり封入体筋炎が難病指定され、ロボットスーツHALリハビリが保険適用対象に、そしてなにより勤労所得自体20%近く上がった。『実感なき景気回復』などとアベノミクスは揶揄されることが多いが、少なくともブログ主の元にはその果実は確実に届いた。理由を自分なりに分析すると、第二次安倍政権誕生の時期-12年12月-と、ブログ主が健常者仕様の勤労者から障害者仕様の勤労者にフルモデルチェンジの努力を懸命にしていた時期が、上手く合致し結果が出たことや、好運にあずかったことが大きいだろう。

 
動画2 れいわ選組、参院選候補予定者を発表(2019年7月3日)

 で、政党の勝ち負けや争点以外に参院選ならではの楽しみ方がある。キワモノ(笑)、いや個性豊かでとんでもない公約を掲げる小政党の存在だ。詳しくは割愛するが、今回もバラエティーに富んでいる。そんな小政党の中に『れいわ新選組』(政党ではなく政治団体らしい)がある。この政治団体の存在は、実はツイッターの障害者の方のツィートで知った。その方のアカウントに立ち寄ると、G・Wと盆と正月が一気に来たような浮かれようで『期待するに値しないものに過度の期待をすると、虚しさと挫折感しか残らないよ』と思ったくらいだ。その辺はどうでもいい。で、HPに立ち寄ってみた。 ~れいわ新選組~(公式HP) 公約を見るとう~ん、凄い。公約をすべて実現したら予算規模が現在の2倍以上は確実だ。財源はどうするのだろうか?消費税を廃止するとの事だが、北欧諸国のように収入の半分を所得税として徴収、消費税の最高税率を20%でもしない限り、難しそうだ(笑)。まあ、お決まりの法人税のハイパー増税と、国防予算の大削減、高額所得者への課税強化になるのだろうが・・・。それをやると企業や富裕層が海外に逃げ出し税収が大幅に落ち込み、庭の池の鯉みたいに飼い主から餌を口をパクパクさせ待つだけの貧困、低所得者だらけになるという負のスパイラルに陥るとは考えないのだろうか?謎である(笑)。政治バラエティーとして、心の余裕を持ち見れば中々、楽しい。公約はその意味合いで十分堪能させてもらったが、少し笑えない点もあった。

れいわ新選組に感じる障害者としての大きな違和感 その2


動画3 れいわ新選組から難病ALS当事者・ふなごやすひこ氏が立候補!スローガンは『強みは障害者だから気づけるものがある』 ~れいわ新選組 参院選 候補予定者発表会見 

 この政治団体は、選挙区に1人、9人が比例区での立候補となっている。通常、代表者が比例区1位、もしくは選挙区での出馬が常だが特定枠候補者2人に1~2位の座を譲り、自身は3位にしている。比例区での当選を果たすには1人につき最低でも100万票が必要とされ、3位だと最低300万以上の票を集めない限り、当選の可能性は限りなく低い。この部分だけを切り取り、見ると何とも潔く好感が持てるのは事実だ。しかし、特定枠1~2位の顔ぶれから山本氏の思惑が透けて見える。特定枠に、筋萎縮性側索硬化症(以下 ALS)患者で、介護人なくして手回りの事すらできない重度障害者を押し立てている。この点に有権者の同情票を集め、ネットを中心とした選挙活動で団体全体の支持を集めようとする戦術が窺え、系統こそ違えど筋肉が萎縮する疾患で悩むブログ主は軽い怒りを覚えるのだ。候補者を見ると、公約が公約だけに『社会弱者代表』みたいな人たちが多い。別にそれはよくて『どうぞ、ご自由に』ぐらいの感想だが、ALS患者の特定枠での立候補の意図は憶測の域になるが、底意地の悪い表現だと客寄せパンダの匂いがどうしても漂う。重度障害者は視覚でのインパクトはそれだけ強く、有権者の政権批判票を集めるのに十分な武器になり得る。障害者の声を国会に届ける目的であれば、別にALS患者の重度障害者でなくても車いすや杖使用の障害者でも問題はなかったはずだ。しかも2人だ。絶対に、マスコミの話題をかっさらおうとする意図がないというのは嘘にしか思えない。

 ネットニュースの報道だと、有権者の受けは目論通り上々で2人当選の勢いとのことだ。これはあくまでも一般論として声を大にして言いたいのだが、政治家と言うのは障害の有無など関係なく、これまでのキャリアや人柄などで政治家としての資質、能力、適性などを総合的に判断して選ぶものだ。最低限の条件として、どの世界でも言えることだがコミュニケーション能力の有無がある筈だ。それがいかなる理由であっても欠けている人たちというのは、能力判断以前に資質や適性の部分に引っかかり問題があると言わざる負えない。障害者への差別だと思うかも知れないが、国税にて全ての経費を賄い、国政の行く末を託すのだ。その辺はシビアになって然るべきだろう。同情などの類で判断するのは間違いだ。逆にお聞きしたいのが『ではあなたが国会議員になり、任期中に何が出来ますか?』『国会議員に足る活動が本当に可能ですか?』と問いたいぐらいだ。それにALSもブログ主の封入体筋炎同様に生命予後が保証されておらず、任期途中のラストの可能性も高い。国会議員としての責務が果たせるのか?疑問を持たざる負えない。手厳しい言い方だが、臨むこと自体無理があり過ぎる。障害内容が重度でなく症状固定の方で、機会と能力さえあれば障害の有無関係なく目指すのは真の共生社会実現のために必要だと考える。大きなお世話だがこの二人がすることは、国会議員になることではなく、別なものだと思うのだが・・・。ブログ主が健常者であればここまで踏み込み、言わない。同じようなラストを迎える人間としては考えさせられる。そして、経緯は不明だが、結果的に担ぎ出した『れいわ新選組』に軽い怒りをつい覚えてしまう。選挙対策としては、法にこそ触れないが反則に近い禁じ手にしか見えない。生命予後が確約されていない疾患理由による障害者の場合、望んでも出来ないことが多く全てを望むこと自体、そもそも無理だ。障害者への合理的配慮や機会均等の配慮は十分なされるべきだが、拡大解釈のそれによる過剰なものは、本当に必要なのだろうか?求める側の理論的な権利の追求よりも、社会常識に基づいた現実的な判断が肝要だろう。その論に沿うと、重度障害者の国会議員というのはハードルが高過ぎる。良し悪しの問題ではない。そんな感想を持った次第だ。この意見を以て差別主義者と断じるのであれば、『ご自由にどうぞ?』だ。障害者以前に一人の人間として、主張は絶対に間違っていないと自負しているからだ。『障害者への批判=障害者差別』と短絡思考で語る人たちには、障害者の一人として声を大にして言いたい。それこそ障害者の精神的な自立を妨げる最大の障害だと。

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理想の親子関係とは?その1


画像1 理想の親子関係を彷彿させるイメージ図(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 理想の親子関係と簡単に言うが、結論はまちまちで人それぞれでそれぞれの生活背景などもあるので、一概にこれが正解だというものはない。良かれと思っていることでも他の家族には当てはまらないことも多々あり、本当に難しい。この記事の内容も、ブログ主の個人的な意見だと差し引いて読んで頂ければ幸いだ。よく忌み嫌われれるのは、上から目線である。これは何となく分かる部分も大きい。横関係のそれと仕事などの場合のそれとでは、意味が異なる。仕事だとそもそもの立場が異なるので、自然上から目線になっても仕方がない。対等な目線で、いることの方がむしろ不自然で立場が下の人間への過剰配慮は、組織全体を見渡す目を曇らしてしまい、管理職としては失格だろう。結果を出し続けることが求められる以上は、絶えず客観視して時には非情になることもある。そういう割り切りも状況によっては必要だ。親子関係において、扶養者の親と扶養される側の子どもが同じ立場であるかと問われると、やはり違う。身体は大人びてもメンタルはまだ成長途上でしかない。年齢を重ねても、親にならなければ分からないことも多い。『理想の親子関係を端的に答えなさい?』みたいな質問を仮にされたとする。ブログ主であればこう答えるだろう。『近過ぎず、遠過ぎず』(ブログ主の造語)だ。細かいことは口喧しくは言わずに、親としてどうしても言わないといけない時にだけ口を挟むとでも言えばいいかも知れない。良く言えば普段は暖かく見守る姿勢に終始する。悪く言えば、半放置である。ブログ主がこの姿勢を取るには海より深い理由がある。

画像2 子どもを叱る父親(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 実はブログ主の父親が、人一倍口喧しく過干渉する人で子どもの立場からすると鬱陶しいこと極まりないタイプだったことに起因する。昭和一桁生まれ世代なら無理からぬところもあるのだが当事者としては、たまったものではない。『自分の子どもはこうあるべき』との理想像が強くあり、そうなることを絶えず求められた。その理想とかけ離れた状況になると声を荒げて怒った。今でいうところの言葉の暴力を生半可ではなかった。自分の思うようにならない場合、母親に『お前の教育がダメだから、〇〇(ブログ主の名前)がこうなる』といった論調で母親を叱っていた。家庭内では絶対君主で、父権が異様に強かったので自身の価値観が大正義で当然それを家族にも押し付けた。小学生の頃までは、渋々と従っていたが、反抗期に入るとそれで納得するはずもなく、その強い力に対しての反発する感情も並大抵ではなかった高校生以降、まともに会話したことは皆無でブログ主が大学進学を機に上京したこともあり、没交渉の冷戦状態だった。今振り返ると似た者同士の同族嫌悪的な相互反発だったのだが、その当時はそんな客観視する心の余裕などある筈もない。大学卒業後、東京で就職したこともあり和解したのは、父が死去する直前だった。多少後悔の念もなくはないが、お互い様の部分が大きいのでこちらだけが一方的に悪いわけではない。ただ、父との確執がブログ主の婚期を遅らせ、子育てに絶大の影響を与えたのは確かだった。

画像3 仲違いをして口も利かない関係の親子
(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

封入体筋炎がもたらした思わぬ副産物

画像4 家族仲良くお出かけする光景
(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 『婚期を遅らせた』の意訳は、『結婚して子どもが生まれるとその子どもに父親にされたことや言われたことをするのではないか?』である。その自分との葛藤が結婚への大きなブレーキになったのだ。結婚は30代の前半だが、当時の適齢期は20代後半だったので今だと、30代半ばに結婚した感覚だ。少し遅めだ。パートナーだけの問題ならブログ主は相手に困ったことはない。で、家内と結婚して妊娠した時も男の子よりは女の子を望んだぐらいだ。しかし、生まれてきたのは男子だった(笑)。若い頃、派手な女性関係だったのでいわゆるアダルト的な遊びは飽きていた。子どもと遊ぶことに新鮮さと新たな喜びを見出した。子育ては、平日は帰宅が毎日22時以降で寝顔しか見れなかったが生活の様子は毎日報告させた。週末は極力、一緒にいる時間をつくり子育てに強引に参加した。ミルクやりやその後ゲップをさせる作業、オムツ交換、対決ごっこ、公園遊びなどなどだ。土曜日は郊外の大型商業施設で買い出しの荷物係と運転手、日曜日は郊外や市域外の自然豊かな場所に出向き、遊ばせた。就学後は、スポーツ少年団のサッカーを始めたので、練習や試合があれば見学した。父兄の車両供出依頼があれば、普段は乗らない家内のミニバンを快く提供したりもした。息子が小学校2年生の時に、天敵の封入体筋炎を発症したが、日常生活障害は当時はまだ軽微なものだったので、体調が許す範囲で参加した。息子だけではなく、ブログ主の場合父親と異なり内と外のスイッチが別で、あれこれと指示は出さず聞き役に徹すし、細かい部分では家内の言う事に従うようにしていた。あれこれと言うのは、お金お使い方と残し方だけで、普段は徹底して節約を心掛け蓄財して必要な時にだけ惜しげもなく使う、これだけを指示していた。後は、月末の生活費の口座の残高と支出の内訳などだけの確認作業だけで、それ以上は言わなかった。これだけ聞くと『いや、十分口うるさいよ』と思うかも知れないが、金融機関に勤務していると家計の管理は夫がする場合が多い。それとの比較での意味だ。

画像5 仲良くサッカーを楽しむ親子
(画像 かわいいフリー素材集いらすとやより)

 話を戻すが、年々心身ともに成長する息子への対応だが、実は声を荒げたことがあまりない。反抗期に入り、家内に暴言らしきことを吐いた時(ブログ主が入る時にはあまり言わないが)ぐらいなものだ。他は何かがあってもその時すぐに言わず、少しインターバルを置いてお互いに落ち着いた頃に、自室に呼びつけて冷静に『お前のここが悪い。理由は〇〇で、こうした方が絶対いい』とこんな感じだ。ただ、これだけは事あるごとに言っている。①人生の目標設定をして、達成のための努力をしろ ②表面的なものだけで判断しないで、本質を見極める癖をつけろ ➂感情的思考はしないで論理的思考を心掛けろ ④常に属している集団で必要とされる人間になれ 以上4点だ。実は道徳的なことは一切言わない。必要性を感じていないのではなく、そんなものは学校で道徳などの人間教育で耳にタコが出来るほど教えるだろうし、家内もそれとなく言うのでブログ主があえて言う必要はない。実社会に出てどんな世界でも役立つことを教えたい気持ちがあったからだ。役割分担である。ブログ主の父も似たようなことは言っていたのだが、普段が厭味ったらしい姑、小姑ばりの口調でどうでもいい小言を言うので肝心なことが耳に入らないし、どうしても反発する気持ちが先に立つ。これでは意味がない。いい話が心に全然響かないのだ。父が反面教師になったことも大きいが、親バカの批判覚悟で言うが父親の目からも息子は失敗作ではなく、成功作の部類に入る。それも高いレベルでそう思う。割とブログ主は、人を見る目が厳しい方だ。自分の自信の裏返しなのだろうが、若い頃からこの点はよく指摘された。ただ、息子の場合、文句を言いたくとも言うことが少ない。さらに加えれば、封入体筋炎進行による日常生活障害が年々酷くなり身体が弱り、それに伴いメンタルも応じたものになり以前より丸くなったというか、人に対して優しくなった点も大きいかも知れない。これはかなりの自覚症状があるし家内にも何度か指摘された(笑)。

 息子が反抗期に入る前、ブログ主はかっての父との関係の再来を覚悟した。年月を経て、立場を入れ替えどうなるのだろうと、少しだけ悩んだがそれは杞憂に終わった。生命予後不良の絶望的な状況で、無駄を知りながら足掻き、もがいているブログ主に対して尊敬の念すらもっているようだ(笑)。子育て感覚で、父親の背中を強く見せることは意識していたが、まさかそこまで思っているとはさすがに・・・である。スペック的には健常者時代の方が社会的地位も今よりも高く、勤労収入だけに限れば現在の倍ぐらいはあった。息子の立場だと地位とか収入などは尊敬とかの対象ではなく(目に見えないからもあるが)、生きざまみたいなものに共感しているようだ。肩書や収入だけで判断せず、本質的なものに感動する今時の子どもかも知れない。一方的な思いかも知れないが、ブログ主から多くのものを奪った封入体筋炎が一番大きなものをくれたという、『瓢箪から駒が出る』『不幸の副産物』なような印象だ。よく封入体筋炎を発症して差し引きトントン、と表現するのはこれがあるからだ。5~6年ほど前までは、差し引き大きなマイナスだと本気で思っていた。人生は本当にうまく出来ている。まさか、尊敬される父親になるなどとは1%も思ったことがなかった。難病発症もそうだが、人生は何が起きるのか本当に分からない。父親は子どもが幼いうちはさほどの必要性はないと考える。しかし、ある時期からは、精神的な成長を促すために母親よりも必要になる。これは断言してもいい。忙しく普段の勉学を欠かせない大学学部に通い目標に向かって頑張る息子と、家事の合間に運動神経ゼロだった家内がブログ主の寝たきり後に備え、筋トレに励む姿を見て家庭生活の成功ぶりに安堵している。この平和ぶりも封入体筋炎がもたらした予期せぬ副産物かも知れない、とブログ主は密かにほくそ笑んでいる次第だ。

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