封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

Category:広島の都市問題 > 都心部活性化

前回記事 新広島駅ビルの詳細公表され
カテゴリー記事 広島の都市問題 都心部活性化


【考察その1】
今回明らかになった新情報とは?
 


画像1 広島駅ビル建て替え準備工事概要図(画像 JR西日本公式HPより)


画像2 広島駅周辺施設立地図(画像 JR西日本公式HPより)

 9月6日、広島駅南口広場の再整備に合わせ建て替えられる予定の新広島駅ビルに新情報が加わった。旧情報も含め、再度書き記す。

【新広島駅ビル(仮称)】
高さ約100㍍、地上20階・地下1階 用途:商業・ホテル・駐車場
建築面積:約1万4,000平方㍍ 延床面積:約11万1,000平方㍍
全体事業費:約600億円 
 着工予定:2021年春 開業予定:2025年春
基本設計・監修:ジェイアール西日本コンサルタンツ・東畑建築事務所設計共同体
実施設計・施工:広島駅南口ビル新築他工事特定建設工事共同企業体(株式会社大林組・広成
        建設株式会社) 
『広島駅ビル建替えの準備工事着手について』~(JR西日本公式HP)

 今回の新情報は、新駅ビルの事業費と基本&設計業者が決まり、範囲(?)が明らかになった点だ。本格着工に向けた予備工事に10月から入り、21年春着工、25年春の開業を目指すことになる。公的機関-行政(広島市)-が主体性を以って係る再開発・土地区画整理事業の最後と言うかトリとなり、25年春の新広島駅ビル開業も含む広島駅南口広場の再整備終了で、『広島駅表口周辺地区市街地再開発事業基本計画』が81年に立案されて以来、44年の長きにわたる事業が終わりを告げる。バブル経済崩壊(90~91年頃)、リーマンショック(08年頃)などの社会情勢の変革の荒波をまともに受け、テナント予定者の撤退や事業全体計画の仕切り直しなどを迫られ、完成が遅れに遅れた。81年のスタート時の市長は、通称『植木市長(笑)』こと伝説の荒木氏(75~91年)、その後、平岡氏(91~99年)、秋葉氏(99~11年)、松井氏(11年~)と4度代替わりしている。目に見える形で姿を現したのは、この5~6年来なので現職の松井市長のみの功績になりがちだが、任期中のアベノミクスによる景気回復で環境が整った点を見誤ってはいけない。むしろ仕上げた松井市長というよりは、前市長の秋葉氏の功績の方が大きいと考える。広島駅周辺を都市再生緊急整備地域の指定を働きかけ、国に認めさせ(03年7月)、その前にとん挫したBブロック(現ビックフロント広島)だけではなく、理由は不明だがスルーされていたCブロック(現エキシティヒロシマ)を最後の機会とばかりに、俎上に上げた功績は大きいと思う。ようやく、100万都市、政令指定都市の陸の玄関口に相応しい街並みとなった。


画像3 新広島駅ビルに乗り入れる広電駅前大橋線のイメージ図(画像 広島市HPよ
り)     


画像4 新広島駅ビル2階部に乗り入れる広電車両のイメージ図(画像 広島市HPより)

【考察その2】
ブログ主のふとした疑問・・・・
予定の交通施設が立地出来るのか?


画像5 新広島駅ビルの配置図(再掲載)

画像6 14年9月の南口広場再整備の基本方針決定時の広場内交通施設の立地

 別に苦情ではないが、気になった点があった。新広島駅ビルが思った以上に張り出し過ぎて現在の南口広場の半分くらいにまで拡大(上記画像5参照)しそうなことだ。今回の話の発端は、駅ビルの建て替えではなく、広島駅南口の結節点改善があり、広電駅前大橋線が高架乗り入れ、現状では受け入れが駅ビルの建て替え、広電路面電車のターミナルがなくなった現在の南口広場の再整備、と話を順序立てるとこうなる。駅ビル建て替えありきではない。南口広場の容量が減少するなど断じてあってはならないことで、本末転倒だ。筋道論で言えばそうなる。5年前の『広島駅南口広場の再整備等に係る基本方針の決定について』(広島市HP)を見ると、バスバースは15から22へと拡大され、タクシーとマイカーエリアは現行の水準が維持される。 ~路面電車の現行ルートと駅前大橋ルートの場合の広場再整備案の比較~(広島市HP) 半分程度の敷地に、これだけの数の施設を押し込めるのは物理的に不可能だ。ただ、広島市とJR西日本が密な協議抜きでそれぞれが勝手なことをするとも思えないので、謎が深まる。3月に公表されたJR西日本の新広島駅ビル断面図(下記画像7参照)を見ると、駅ビル1階部分が南口広場になっており、吹き抜け空間になっているようにも見える。この仮説に沿うと、駅ビル2階以上が広場内に張り出した突起物のような形状になるのだろうか?これはこの断面図を駅前大橋方面から見た場合の話だ。広島市HPの完成イメージを見ると、1~2階の旧広場内に張り出している部分は公的空間として開放しているように見える。画像の右、左手の駐停車している自動車とバスがそれだ。ブログ主の推測がほぼ正解だと思われるが、そうなればなったで別の問題も生じる。問題という表現が妥当か否か難しいところだが、それは、地上の現行の南口広場が新広島駅ビルの張り出し部と広電駅前大橋線の人工地盤などで覆い尽されることだ。


画像7 駅前大橋から見た新広島駅ビルの断面図(画像 広島市HPより)

 この点を問題視することに違和感を感じるかも知れないが、交通施設の結節機能のみを重視すれば及第点以上の再整備となるが、この広島駅周辺の場合は他にも旧来からの都心の紙・八地区と共に広島市、広島都市圏、広島県及び中国地方全体を牽引する左右のエンジンの役割も担う。そこにはにぎわい性の創出機能も当然入る。ビルや人口基盤で覆い尽された閉鎖的な都市空間で、それが果たして可能かと問われると、否と言うしかないだろう。まちづくりのブログの記事のコメント欄を閲覧すると、勘違いをしている人が多いことに気づく。それは、にぎわいなどビルを建て替えたりすれば勝手に巻き起こると思っていることだ。確かに新規開業当初はそうかも知れないが、開業効果が薄れると元の木阿弥になる可能性が高い。開業はゴールではなく、第2のスタートに他ならない。そのハコモノなりインフラ施設をどう生かし、にぎわい性を創出する仕掛けをつくるのか、これが肝要なのだ。そもそも論に立ち返るが、都心3地区(紙・八地区&広島駅周辺)の現在の苦境はイオンやゆめタウンに代表されるように郊外大型商業施設の乱立によるところが大きい。オーバーストア状態を見過ごした行政の責任は一定程度あるだろう。郊外地区に勝るアドバンテージを打ち出すには、地区全体のロケーションを一つの店舗と見立てた開放的な都市空間の体現は、不可欠だ。それが歩行者中心の都市空間の再配分だったりするのだが、その観点だと及第点とは言い難い。その代替え策として、新広島駅ビルから縦横無尽に伸びるペデストリアンデッキが整備される。南北自由通路、北口の同デッキと一体化され広島駅周辺の回遊性向上が図られることとなる。代替え策としては最高のものだが、にぎわい性の創出効果は低く、単なる小奇麗な通路で終わるだろう。ただ、広島駅周辺の場合、紙・八地区とは異なり二葉山や猿猴川が目前に迫り都市空間に余裕がない。その点を考慮すれば、地下や高架空間を使った立体構造になるのは止む無しだと思ったりする。ブログ主的には都心の中心とするのではなく、あくまでも紙・八地区の補完的な役割を総合的に果たせば良いのではなかろうか?商業地区として広島駅周辺を見ると、毎年恒例の
中国新聞の『広島市広域商圏調査』によれば、18年は5.4%。南口地区再開発が終わってもその支持は殆ど伸びていない。これまで広島駅周辺の投資は、広島駅南口地下広場、エールエールA館~近々の二葉の里土地区画整理事業に至るまで1千億円以上の投資がなされてきた。直接の費用対効果の点では、微妙なところだが広島市の陸の玄関口という立地を鑑みれば、10年前までの昭和オールウェイズの原風景が消滅しただけでも、都市イメージ向上に大きく貢献しているので良しとしている。結論としては、広島駅周辺を高次都市機能が集積している紙・八地区からその座を取って代わるのではなく、商業、業務、宿泊&中小会議場などのMICEの補完機能を有し、広島市最大の結節機能を強化し保持し続けることがその役割だと考える。それ以上の過剰な期待をこの地にするのは酷だろう。


画像8 
ハーグ中央駅に高架軌道のまま乗り入れるHTM(ハーグ市営交通会社)のトラム。内部は国鉄線のホームの真下に停留所を設けている(画像 ユーチューブ画面撮影より)


画像9 ハーグ中央駅内部まで乗り入れたHTM(ハーグ市営交通会社)のトラム(画像中央)

 今更概要が決まったので言っても詮無きことだが、ブログ主が思うところの新広島駅ビル案らしきものを考える。上記画像8と9は、オランダの都市デン・ハーグのトラム(路面電車)の中央駅高架乗り入れの様子だ。参考動画を見た限りでは、同じ高架乗り入れであっても駅舎が必要以上に前面に押しだす形ではなく、高架構造でありがちな閉鎖的な空間にならない配慮がなされている。トラムのターミナルは駅舎内に収め、オランダ鉄道との良好な結節(ほぼ真上)を実現している。これを完全模写するのは不可能だが、現行新駅ビル案でも、計画の一部修正で現行案よりも開放的な空間の創出は可能になるかも知れない。その一部修正とは、新広島駅ビル2階部に取り込まれているペデストリアンデッキ及び、同階の広電の乗り入れ部の大きな屋根、3階~6階部全体を自然光(太陽光)が多く取り入れる構造に出来ないだろうか?要は外装部の大胆な習性だ。上空の光景と自然光が入れば閉鎖的な空間が解放され、全く異なる趣きになるだろう。上記画像9は
ハーグ中央駅内部まで乗り入れたHTMのトラムたーミナルを側面から映したものだ。天井は遮断されているが両脇はガラス構造で、ターミナルの閉鎖性がかなり緩和されている様子が窺える。これだけの莫大な投資をし続けている広島駅周辺地区なので、限られた条件下であっても、ある程度のにぎわい性を持たせたい。ブログ主の個人的な意見だが、閉鎖空間ではそれも覚束ないだろう、と思ったりする。素人の戯言の類と思って頂ければ幸いだ。

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カテゴリー記事 広島市の都市問題 都心部活性化

今日の話題 8月30日中国新聞より引用
球場跡地・周辺に意見 広島市有識者会議の初会合

【記事概要】
 広島市中区の中央公園の活用策を検討する有識者会議の初会合が29日、市役所であった。公園内では早ければ、5年後の2024年にもサッカースタジアムが開業するなど、周辺環境は大きく変化する見通し。会議では、旧市民球場跡地を中心とするエリアの将来像について意見を交わし、来年度の早い段階で基本方針をまとめる。

【記事詳細】

 約42・8㌶ある中央公園は、球場跡地や広島城、自由・芝生広場などを含む。会議には、都市計画を専門とする大学教授や経済界、観光業界の計6人が出席。この日は、市が『緑地広場』『文化芸術』の二つの機能を軸に整備を進める球場跡地の活用や、周辺地域との回遊性などについて議論した。委員からは『球場跡地では食を楽しむなど、常に市民の『たまりの場』となれる場所に』『一帯で地上の動線を整備すると、ストレスなく歩ける』などの意見が相次いだ。観光客の増加を背景に、バリアフリーや案内の多言語化のほか、国際会議などの『MICE(マイス)』を誘致できる施設整備の提案もあった。

 意見交換に先立ち、球場跡地の東側に隣接する企業などでつくる団体『基町・紙屋町エリア将来像研究会』が提言を発表。紙屋町交差点の横断歩道の復活▽水上交通の拠点整備▽スタジアムや広島城をデッキで結ぶ―などの事業を提案し『エリア全体で官民連携のまちづくりを進めるべきだ』と訴えた。有識者会議は計3回の会合を重ね、来年1月をめどに案を決定。市は市民の意見を募り、来年度の早い時期に基本方針をまとめる。座長に就いた福山市立大都市経営学部の渡辺一成教授は『未来の広島を語る重要な会議。多くの人の共感を呼ぶ方針をまとめたい』と話した。

【考察その1】
旧市民球場跡地について一言
いつまでグダグダと『小田原評定』をしているのか?


画像2(左)広島城上空から基町地区(高層の建物がある所)とスタジアム建設予定地を望む
画像3(右)旧市民球場跡地を含めた中央公園全体を望んだ姿(画像3と4共に広島市議会議員HPより)

 実は広島中央公園(42.8㌶)の活用のあり方について議論するのは今回が初めてではない。中央公園全体としては、2度目となる。最初は、現在の松井市政が誕生した11年10月~13年2月の間、旧市民球場跡地(以下 跡地)活用を中心とした議論がなされた。その時の概要は次の通り。~中央公園の今後の活用に係る検討状況(中間報告)』~ ~旧市民球場跡地の活用方策』~(共に広島市HP)。13年6月、サンフレッチェ広島が主たる利用者として使うスタジアム問題が浮上し、跡地が有力候補の一つとして議論 ~サッカースタジアム検討経緯(広島市HP)されたため、中央公園全体の議論は休止となった。すべて書き切れないほどのすったもんだがあり(笑)、ようやく中央公園広場に19年2月、建設地が定まった。5月には、『サッカースタジアム建設の基本方針』が策定され、24年の開場を目指すこととなった。跡地だけに絞れば、策定意図は定かではないが、スタジアム建設地が定まっておらず、広島市長選挙を控えた15年1月、旧市民球場跡地の空間づくりのイメージ』(広島市HP)をしれっと公表している(笑)。跡地活用の議論の歴史は前秋葉市政時代までさかのぼり、旧市民球場があった頃(09年4月現在地へ移転)からでこの案は、経緯不透明として現松井市政誕生後、広島オリンピック構想と共に黒歴史扱いにされ闇に葬られた。~従前の利用計画~(広島市HP) 仮に今回の『中央公園の今後の活用に係る有識者会議』でも跡地活用の議論をしようものなら、3度目になる。『責任が伴わない議論だけ大好きな広島市』『小田原評定』-いつまでたっても結論の出ない会議・相談を繰り返し、それだけが目的化したもの-と揶揄されても反論のしようがないだろう。旧秋葉市政の跡地活用案であれば、13年度からの供用開始、サッカースタジアム議論の膠着がなければ19年頃からの供用開始となる予定だった。市民球場が移転して10年以上が経過した。確かにあの地を更地のままでも、マイナスにはならないが何らかの施設なりを整備していれば得られたであろうにぎわい性の創出などの経済効果を架空のプラスとすると、機会損失により実質マイナスになっていると考えるべきだ。危機意識を持たず、極楽とんぼみたいにのんびり構えているから中国地方の中枢都市として絶対にあり得ない2年連続の人口の転出超過に陥るのだ。別に跡地活用が成功していても、転出超過に歯止めがかかったとは思えないが、取り組む姿勢としてやはり問題ありと感じる。


画像4 広島市が15年1月に公表した屋根付きイベント広場案イメージ(画像 広島市HPより)

 ブログ主は今回の会議は、イベント広場を整備する跡地とスタジアムを建設する中央公園広場部分を差し引いた残りの公園部分の整備指針なり方向性なりを検討するものと理解していたが、どうやら跡地を含めた公園部分の議論のようだ。『広島百年の大計』などの文言が並ぶと心躍るものがなくはないが、前回議論から6年しか経過しておらず、社会情勢などそう変わってはいない。努力などでは100%解決が不可能な跡地が抱える根本的な問題-狭隘な敷地、都市公園法、世界遺産のバッファ・ゾーン(高さ制限)、中国財務局所有の国有地-などがある以上、前回と前々回を上回る良案など絶対に出やしない。散々議論して、共にイベント広場案が選択されたことにはそれなりの理由があるのだ。同地は現在、7月末を以って、20年3月から開催される『全国都市緑化ひろしまフェア』のメイン会場整備のため、暫定使用が終了した。全国都市緑化ひろしまフェア』後の予定は定かではないが、ブログ主は速やかに、実地設計を行い従来の方針通り、屋根付きイベント広場整備に邁進する時期に来ていると考える。既に議論の段階は過ぎ去り、実効に移す段階に入っているというか過ぎている。『広島百年の大計』など、跡地が抱える根本的な4つの問題がある限り、幻想に過ぎず皆が納得する案など生まれようはずもない。跡地活用案に関しては、現在の計画を基本として、微修正を加える程度で問題ないだろう。本格議論するだけ時間の無駄だ。広島市が抱える都市問題を跡地活用だけで暗雲を取り払えるかの錯覚は、勘違いでしかないし、紙屋町・八丁堀地区の都心部の求心力低下は、郊外大型商業施設乱立による同地区の商業施設環境の大変化によるところが大きい。イベント広場やスタジアムであれ、たかだか一集客施設の立地の有無で同地区の求心力は回復するなど絶対にあり得ない。かねてからの主張の繰り返しとなるが、都心部地区の求心力の回復は、①根本治療-歩行者中心の都市空間への再配分(都心部回遊路の大改善) ②対処療法-スタジアム、再開発ビル、イベント広場などの集客施設の立地 ➂体質改善-郊外大型商業施設等の立地規制、集約都市構造への転換 などを何一つ欠くことなく実践するのが肝要だと考える。

【考察その2】 
中央公園のあるべき姿とは その1
南北軸線について


画像5 平和記念公園と中央公園が一体化した『広島平和都市建設構想(案)』(左)、現在の姿(真ん中)、県営&市営基町住宅中層棟が公園に編入された場合の区域(画像 広島市HPより)

 画像5の左側は、49年平和記念公園及び記念館設計コンペで第1等に選ばれた丹下健三氏(コンペ時は丹下グループ)が、翌50年に中央公園を含む一体の計画として『広島平和都市建設構想(案)』として、発表したものだ。大きな都市軸として平和記念公園から中央公園北端までの南北軸と平和大通りの東西軸が見事に設定されている。真ん中は、現在の南北軸の様子だ。まあ、現実の都市問題の壁で後付けで旧広島市民球場や基町地区の公営住宅群が貼り付き、理想からかなり後退したことが窺える。旧市民球場とてすんなり跡地に建設したのではなく、現在の中央公園広場⇒住民の反対で挫折、西練兵場跡地⇒文部省の文化財保護委員会から猛反対で挫折、旧二部隊営庭跡地(現在の跡地)にようやく決まった経緯があったようだ。第1候補地にしないところを見ると、南北軸線に抵触することが問題視したと推察する。こんな70年も前の都市計画を持ち出すなど、とお怒りになる方もいると思うが都市計画の都市軸は、都市計画における憲法のような存在で、時々の時代の事情で左右されるものではない。木で例えると幹同然だからだ。幹はいつの時代でも不変だ。枝などは時代の事情で臨機応変に対応するのがベストだろう。かつての旧市民球場の建て替え問題で、現在地での建て替え案を最上案(広島市HP)としなながらも、結局貨物ヤード(現マツダスタジアム)への移転としたのは、色々と説明しているが、金利負担軽減期間が過ぎ、それが財政の重い負担になっていたので広島カープに同地を押しつけ解放されたいこと、原爆ドームが世界遺産化し価値が数百倍にも高騰(笑)し、05~06年に周辺のマンション建設に端を発した危機遺産問題の影響も大きく、この問題をきっかけに原点回帰に目覚めた、があったと素人目線で推察する。

 その原点回帰の視点で、サッカースタジアム問題を紐解くと、跡地への建設に及び腰だった姿勢に終始したのも頷けるというものだ。跡地が抱える根本的な問題-狭隘な敷地、都市公園法、世界遺産のバッファ・ゾーン(高さ制限)、中国財務局所有の国有地-に加え、3案の中で最もコスト高、乏しい将来の拡張性なども理由に加えれば、建設できない説明も嘘には聞こえない。ただ、回遊性の観点だと平和大通り~原爆ドーム~中央公園に軸線設定することは理に適っており、俊逸だ。その回遊軸を阻害するものは極力ない方が良いに決まっている。相生通りや城南通りの自動車交通量が多く、回遊性を阻害している、との指摘は事実そうだが別の方法で解決は十分可能で、跡地にカープやサンフレのスタジアムが建設された日には、どんな方法を使っても解決は不可能だ。この問題だけの話ではないが、高架橋や地下道による回遊路確保は、ブログ主の個人的見解だと広島駅付近のような都市空間に余裕がない場所限定にするべきだ。理由は、人間心理によるものだがこんな面白い話がある。例えば、同じマンションに1階と6階に住む住民がいたとする。夫婦共に30歳前後で子どもは一人で、共に男の子。年齢はまあ1歳ぐらいとする。マンションの真横に滑り台やブランコがある都市公園があるロケーションだ。妻は子育てや家事に時間的な余裕がある専業主婦。で、1階の子どもや妻(お母さん)が公園に行く回数を100とすれば、6階に住む母子のそれは60~65程度に留まるらしい。35~40%も差が生まれる理由は、心理的に億劫になるとの事だ。エレベーターなどが完備されていても、この心のバリアは本能的なものなので解決されないらしい。要は目的がある時のみの行動だけとなり、垂直移動は心理的負荷が伴い、敬遠されがちとなる。これはまちづくりにおいても同様で、欧州の都市などでは停留所までの平面移動のLRTやBRTが好まれ(コスト安、にぎわい性創出の理由も大きいが)、都心部地区の自動車利用に大きな制限を加え、歩行者中心の都市空間にとし素直移動ではなく平面移動中心の市街地にして支持を得ているのは、こうした人間心理によるところが大きい。広島市が欧州都市のコンパクトシティのような歩行者専用道路ネットワークを有する都市になる可能性は微妙だが、回遊性の向上なくして都心部地区の求心力の回復は覚束ない。回遊路の整備を怠れば、どのような集客施設を建設しても、規模関係なく点でしかなく大きな線にはならない。よって当記事では、この論に沿った形で中央公園の将来像を模索する。

【考察その3】
中央公園のあるべき姿とは その2


画像6 中央公園の主要な公共施設と幹線道路で分断されている様子(画像 広島市HPより)

 中央公園の課題として、まずはさしてにぎわい性を創出しない広大な死筋ゾーンと化していることが挙げられる。公園全体が東西の城南通り、南北の鯉城通りで分断され中央公園がスタジアムが建設される広場だけと思い込んでいる市民も多い。この事実が、中央公園の現状を象徴している。課題の主なものと大雑把に示した方向性を書き足してみる。

1 広島中央公園の課題
 ①数多い公共施設の老朽化(66~82年開設)が進み、魅力ある施設に欠ける
 ②
戦災復興のシンボルとしての当初の一体的な計画理念が十分に継承されておらず、イメ
  ージの統一感が不足し、幹線道路等で分断されており、公園全体としての一体的な利用
  
がなされていない(上記画像6参照)
 ➂平和記念公園、本通、八丁堀地区からの回遊路が確保されていない
 ④管理者が異なり、施設間の連携も不十分

2 中央公園の今後の活用に係る検討状況(中間報告)で示した方向性
 下記画像6参照 詳細⇒中央公園の今後の活用に係る検討状況(中間報告) (5)中央
 
公園及び周辺地域を含めた空間づくりのイメージ参照 
 ※『後に旧市民球場跡地ゾーン』は、屋根付きイベント広場中心としたにぎわい創出施設
  
に、『スポーツゾーン』は、サッカースタジアムの建設に決定


画像7 鮮明画像 中央公園の施設再配置イメージ(画像 広島市HPより)

 目を引くものとして、県営基町中層住宅(17年度機能停止)と市営基町中層住宅1~16号棟(30年代半ば機能停止)の両跡地の公園区域の編入(上記画像5参照)。『こどもゾーン』のファミリープールの移転、『芸術ゾーン』の中央図書館、映像文化ライブラリー、こども図書館の集約・配置替え、『歴史ゾーン』の中央バレーボール場は機能停止、中央庭球場は機能移転。『旧市民球場跡地ゾーン』では、こども文化科学館の機能移転、青少年センターとハノーバー庭園は配置見直し、商議所などの民間施設は移転の検討、などとなっている。仮に全て実現するとかなりすっきりとしたものになりそうだ。回遊性向上策として、スタジアム建設地と広島グリーンアリーナの歩道橋の設置。これはあくまでも方向性に過ぎず、現時点での正式決定されたものは、屋根付きイベント広場とサッカースタジアムの建設のみである。方向性自体はブログ主も概ね賛同する。で、全く肉付けされず骨格案にもなっていない行政の方向性を基本的には堅持し、ブログ主の主観目線で追加修正したものを提案する。

3 ブログ主提案の追加修正案
【スポーツゾーン】
 サッカースタジアムのMICE(展示場)との複合施設の提案
②【旧市民球場跡地ゾーン】 
 広島商工会議所、護国神社駐車場ビル、PL教団ビル、青少年センターの移転&配置見直し
 後の跡地に中央公園メインプロムナードを整備 ルート図
 
➂【こどもゾーン】
 ファミリープールの移転(出島地区)跡地に、
中央図書館、映像文化ライブラリー、こども
 図書館、
青少年センターを集約化させ移転させる
④【芸術ゾーン】
 
中央図書館、映像文化ライブラリー、こども図書館の跡地は、そごう広島店建て替え時の仮
 設バスセンターとして仮整備。
そごう広島店建て替え終了後、ひろしま美術館前の芸術広場
 として整備
⑤回遊性向上策
 相生、鯉城、城南の3通りの歩道拡幅、自転車道路の設置、時間限定バス専用レーン、路

 電車とバス停留所の高規格化などで、道路車線を2~3車線分をこれらに転用させる、(セ

 
ミ・ランジットモール化)

 補足説明をしたい。スタジアムのMICE
(展示場)との複合施設案はかねてからの主張通りで、現行スタジアム案は多機能単施設案である。集客力をさらに高め、コストセンターからプロフィットセンターとするには単施設では限界がある。都市公園内なので、都市公園法の強い縛りは受けるが、面積1万平方㍍を超えなければ、展示施設建設は可能だ。 ~議論の経過(7)現行の制約条件の再確認~ 広島県が昨年末の商議所提言の10万平方㍍の国内最大規模の展示施設などよりも、よっぽど現実的で身の丈に合い、他のインフラ整備(交通関連)も必要としないので、悪い案ではない(と思う)。下記画像8は、平和記念公園内の広島国際会議場の起点とした各地区の距離を示したものだ。国際会議場、都心部地区の商業エリア、業務エリア、宿泊施設、都市観光施設などが徒歩1キロ圏内に収まり、理想のコンパクトMICEが実現可能となる。②の中央公園メインプロムナードとは現在のファミリープールと広島グリーンアリーナの間の道を拡張し、相生通り、スタジアムが建設される中央公園広場まで延長させる。その沿線上にある青少年センターと民間3ビルが邪魔なので、移転させる。これで丹下構想の南北軸線は確保できるだろう。④は、そごう広島店の建て替えもこの際なので、一緒にやりましょうの話だ。そごう広島店建て替えの大ネックとなるのは、建て替え工事中の期間、テナントの仮店舗、仮設バスセンターの設置だ。旧市民球場跡地も一考の価値はあるが、この地に置くと相生通りからの入線となり、ただでさえ、【広島駅~紙・八地区】のバスの本数が1日3,000本もあり、混雑に拍車をかける。動線が変わらない中央図書館がベストと考える。⑤は賛否いや、否が圧倒的に多いことは百も承知で提案した。考察2で説明したように、垂直移動が伴う動線(地下道&歩道橋)ではバリアフリー化しても大きな回遊路として機能しない。平面移動と垂直移動ではどちらが回遊路として優れているかの質問の答えは、コンパクトシティの本場である欧州都市の星の数ほどの成功事例が証明して余りある。さすがにフル規格のトランジットモールは、日本の都市では導入ハードルは高過ぎると思うが・・・。仮にこんな感じになれば、見る側としては面白い展開になるかも知れない。一庶民の妄想の類と思って頂ければ幸いだ。


画像8 広島国際会議場を起点としたMICE関連施設の距離(画像 広島市HPより)

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今日の話題 7月17日中国新聞9面より引用
観光立国へ出遅れ顕著
インバウンド消費全国最下位の中国地方

【記事概要】
 国が観光立国を掲げて、インバウンド(訪日外国人客)の誘致を目指す中、中国地方は十分な経済効果が出ていない。外国人の宿泊客数は関東や関西の1割にも届かず、旅行者の消費額は全国最下位だ。従来の通過型から滞在型の観光エリアに変わるためには、夜のイベントや自然体験を楽しんでもらう工夫が欠かせない


画像1 7月17日中国新聞9面より

【記事概要】
 日本政府は、2017年に閣議決定した観光立国推進基本計画で、インバウンドの増加を掲げた。20年までに4千万人に増やし、東京や大阪、京都を除く地方の延べ宿泊者数7千万人を目指す。中国運輸局も中国地方で18年210万人を20年には、320万人に増やす方針だ。ところが観光庁の調査では、中国地方の宿泊者数は前年よりは25.3%増えたが、関東(3,312万人)、近畿(2,409万人)の1割にも満たない。中国運輸局観光部では『知名度が高い平和公園と宮島(廿日市市)だけ訪れて関西の戻る客が多い』と分析する。宿泊が少ないために旅行消費額も低調だ。18年の中国地方の消費額は外国人一人当たり28,260円と全国10地域で最低。トップの関東(10万354円)の3割弱に留まり、隣の四国(5万1,650円)も大きく下回った。

続く⇒
観光立国へ出遅れ顕著(中国新聞デジタル)

【考察その1】

都市観光中枢都市不在の中国地方


画像2 広島市が誇る唯一無二のインバウンド需要集客の世界遺産の原爆ドーム(画像 ひろたびより)

 当ブログ記事で、縮小社会(高齢化+人口減)、超縮小社会(超高齢化+大幅人口減)時代を迎えるに当たり、外需の取り込み-都市観光と(マイス)-なくして語れないと事あるごとに説く。国内市場の縮小で、既存の産業だけでは都市経済の活性化は望めず、それに代わるものが必要と考えるからだ。集約都市構造への転換はまちづくり、財政の硬直化を予防するための効率運営の観点からも不可欠だが、強調する外需の取り込みを上でも欠かせない。新聞記事を読むと、中国地方のインバウンド需要の取り込み不足は、地域全体の観光資源が少ないこと、中国地方最大の都市広島市でさえ、買い物観光の拠点となり宿泊拠点として域内の都市へ観光客を転送しきれていないことが要因になっている気がする。インバウンド需要の取りこみが絶好調に見える広島市も実は、悲しいかな関西観光の飛び地扱いでしかない。まさに狭間都市ならぬ、狭間地域の悲哀すら感じてしまう。北海道における札幌市、九州における福岡市のように都市観光中枢都市になり得ていない。ブログ主が広島市を愛情をこめて、『自称中国地方の中枢都市』と軽く揶揄する理由もこれがある。市域外にある宮島との低次元でのせめぎ合いなどしている場合ではない。地元在住の人間の一人として、解決策の模索は次の考察に譲るとして、今述べたことも含め、現状を分析したい。

1 ブログ主が考える中国地方の苦戦の理由
①海外に発信可能な観光集客施設が原爆ドーム(広島県広島市)、宮島(広島県廿日市市)しかない。見た目だけの広島の一人勝ち状態(下記画像3参照)
②関西と九州という多くの観光都市を抱える地域に挟まれ、距離も接近しているので飛び地の観光地扱いにされている
➂主たる観光客である北米、欧州、オセアニア大陸の国々からの航空機の路線が開設されていない(②の理由の一つ)
④インバウンド需要の大半以上を占める、アジア-中国と韓国など-の取り込みに失敗している
⑤観光都市ブランドが全ての都市で確立されておらず、周知されていない(PR不足)
⑥中国地方最大の観光客数を誇る広島市でさえ、関西観光の飛び地観光地扱いで、県内及び中国地方の広域観光の拠点になっていない(都市観光中枢都市不在)

 
 である。広島県の健闘ぶりと指摘されるほど関東と関西以外の地域は大したことはない、との印象が画像3を見る限りではしなくはないが、旅行消費額消費額の比較ではその通りなので、由々しき事態ではある。補足説明を加えると①は、都市個々に見れば、世界遺産のワールドクラスに及ばないまでも、それなりの観光資源になり得るものは多いと思うが、外の人間から見て魅力に感じないのかはたまた周知不足なのかは定かではないが、結果としてはそうなってる。『見た目だけ』とは、数相応の内容-宿泊率や消費額が伴っていない-との意味だ。それ以上の他意はない。②は広島市をはじめ中国地方が抱える立地上の難題だ。広島市もそうだが、要は近過ぎる上に高速交通網-高速道路、新幹線-が整備されており、近年はより心理的、時間距離が短縮された。➂はその役割は、関西国際空港(ウィキペディア)が主に担っており、わざわざ観光資源の宝庫である関西の諸都市をスルーして、広島市だけの観光目的で来るとは考えにくい。観光拠点を関西の宿泊施設に求めるのは自然の流れだろう。④は、広島の都市観光の宿命である学習観光の性質上、経済発展が著しいアジア諸国よりも一定の水準を極めて成熟社会に入った欧米、オセアニア諸国の比率が高くなるのは仕方がない。⑤は、日本の都市では地元名産品などの個々の地域ブランドの確立には必至だが、それらを包括する都市ブランドの構築を目指しているのは東京と京都ぐらいなもので、そこまで意識は高まってない。⑥数の問題は別として1人当りの消費額は、北海道-9万1,043円、九州-7万1,355円と中国地方-2万8,260円とはまるで比較にならない。統計がないので断言は難しいが、中枢都市でもある札幌市と福岡市が観光中枢都市としても機能して、個々を起点に域内の観光都市に転送するという役割分担がなされているのではなかろうか?そうでないとここまでの格差は説明がつかない。


画像3 中国地方への訪日外国人来訪状況(訪問率) 画像 中国運輸局HPより

【考察その2】
旅行消費額を増やす手立てはあるのか?


画像4 世界遺産を相生橋から望む(画像 ひろたびより)

 ネット時代を象徴するかの話だが、世界最大の旅行口コミサイト『トリップアドバイザー』で、外国人に人気の日本の観光スポ ットとして広島平和記念資料館が第2位、厳島神社が第3位と、それぞれ前年度から 1ランク ずつアップしている。都市単位でも同サイトで、広島市は18年度版で第7位と健闘している。 ~ベストディスティネーションTOP10-日本~ 観光都市としてもポテンシャルは相当高いと言える。広島市単体で見れば、決して悪くない評価だが、近隣に京都市-アジア13位 日本2位、大阪市-アジア24位 日本3位、福岡市-日本5位、の観光都市が立地しているのが厄介だ。まあ観光に限った話ではないのだが・・・。そうした状況を踏まえ、話を進める。別に広島市だけを指してるのではなく、新聞記事では中国地方全体が抱える課題として指摘している。ただ、中国地方の他県の状況を鑑みると、エース格の広島、いや広島市の観光都市としての成長が改善に寄与するのは明白なので、広島市中心目線で語る。広島市の18年度の観光統計の詳細がまだ完全に上がっていないので、前年17年度の数字を用いる。17年度の入込観光客数は全体で1,341万人。うち外国人観光数は、151.9万人と前年対比129.2%とか高い伸びを示し全体の数字の底上げの原動力となった。肝心の宿泊者数は、87.4万人で宿泊率は57.5%。この年の全体の宿泊率は、43.0%なので総じて高い。広島市の全体の宿泊率は、名古屋市-18.8%、仙台市-26.0%、札幌市-50.9%、福岡市-62.3%と半日観光都市と揶揄さながらも他都市との比較ではそこまで酷くない。中国新聞記事は、『低い宿泊率=低いインバウンド消費』と結論付けたい論調で書かれている。少し分析が甘い。先の考察で話した理由のうち、最大なるものは学習観光でそれゆえ、中国などの富裕層の取り込みが上手くいっていないことだと考える。商業施設等の集積が足りないなどの指摘は違う。現在の集積でも苦戦する店舗が多い状況では、郊外大型商業施設の乱立の問題を解決しないと大規模店舗の新規出店は厳しい。そこで旅行消費額を向上させる策らしきものを考えまとめる。

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画像5(左) 外国人観光客による『お好み焼き体験ツアー』の様子(画像 広島観光コンベンションビューローより)
画像6(右) 四隅の集客施設を核とした都心部地区回遊ルートイメージ(画像 広島市HPより)

2 ブログ主が考える外国人観光客の旅行消費増額策
 ①弱いアジア諸国からのインバウンド需要取り込み強化
  -西日本の好立地を生かし、アジア特に中国と韓国人観光客を招き入れるため、商業都市
   広島のセールス強化
  -
広島空港の民営化を機にアジア方面のLCC路線の新規開設及び既存路線の拡充(イン
   バウンド交通インフラの整備)
、アジアからクルーズ船の誘致と専用港の整備
  -市内主要商店街の全店舗クレジット決済導入
 ②宿泊率の向上と観光中枢都市の実現  
  -
平和公園周辺に留まる回遊性の広域化-都心部地区全体へ ~平和記念資料館来訪者の
   次の立ち寄り先一覧
  -
県内の観光名所-西瀬戸のしまなみ海道地区、鞆地区など-、岡山や松山などの温泉地
   との連携による広島市を起点とした広域観光ルートの開拓
  -
神楽などのナイト観光強化(上記画像6参照)と体験観光(お好み焼き、牡蠣、西条の
   酒、茶道
など)の強化
 ➂都市ブランドの確立
  -都市ブランドとは、他都市との差別化を意味し確立されているか否かで都市観光やMI
   CE(マイス)の外需の取り込みにも大きな差が出る。EU統合後の欧州などでは、都
   市間競争激化によりこの概念が導入されている。
地域名産品などの個々のブランドも網
   羅することで、類似都市が多い国内都市よりも先んずることが可能になる。論ずる必要
   は今更ないが、広島市は一にも二にも、『国際平和文化都市』の一択である


 一朝一夕に達成可能な課題ではなので、難しいのは確かだが多少の補足説明をすると、『①弱いアジア諸国からのインバウンド需要取り込み強化』だが、17年の日本国内の外国人観光客の約86.1%-中国25.6%、韓国24.9%-がアジアで中韓の2か国が、インバウンド需要を趨勢を占めている。広島市の場合、少し異質でアジア37.4%、欧州27.9%、南北アメリカ21.0%、オセアニア11.3%の構成で、中国9.8%、韓国4.3%でしかない。インバウンド需要の一番美味しいところを取りこぼしている。学習観光ゆえの傾向だろうが、実に勿体ない話だ。よって消費額向上には彼らの存在が欠かせないと考える。現在は、経済勃興期なので広島市よりも商業都市として格上の他都市に流れているが、今後安定期と成熟期に入れば価値観の変化も出て、広島市も選択肢に入る。十分取り込める。②宿泊率の向上と観光中枢都市の実現』についてだが、新規の観光施設整備など実際には難しい。既存インフラ設備に多少手を加え、平和公園周辺に留まる狭い回遊性を都心部地区全体に拡大させるという戦術を広島市内で取るのが第一段階。次の段階は、広島市だけでは資源的に限界があるので、県内外の観光地と連携&役割分担をして広域観光ルートを開拓する。この二段階手法で、半日滞在型から数日滞在型、そして広島市の観光中枢都市化を推し進める。『➂都市ブランドの確立』は、広島市の都市イメージを確立することで、訪れたくなるような気持ちにさせる。まちそのものを優れた商品や、ときめきを与える非日常空間として提供することでさらに満足度を高め、再訪問を促す。このような好循環が理想だ。確立して定着するまで時間こそかかるが、一度確立されると少々のことでは揺るがない。個人的な考えだが、30年代以降に必ず訪れる超縮小社会(超高齢化+大幅人口減)、付随する経済市場の縮小を俯瞰すると、国内の需要(内需と定義)よりも国外からの需要(外需と定義)を取り込めるまちづくり(要は集約都市)が求められてる。その外需の主だったものは都市観光であり、MIE(マイス)である。外から訪れる人を増やし、少しでも長く滞在と消費させて、都市経済を活性化させることがそもそもの目的だ。その意味合いでは課題となっている低い消費額をどこまで向上させられるのか?これからの取り組みが、広島市が将来を握っていると言える。

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シリーズ記事 エリアマネジメントについて 

【考察その5】
広島市の
エリアマネジメント活動計画認定制度』


画像1 イケア取得の区画(2街区)以外竣工した広島駅北口の二葉の里土地区画整理事業(画像 アンドビルド広島より)


画像2 唯一官公認マネジメント組織『エキキタまちづくり会議』のマネジメント範囲(画像 広島市HPより)

 広島市には、時代を反映してか リアマネジメント活動計画認定制度』を19年3月に創設して、認定第1号として、『エキキタまちづくり会議』(代表 下河内一成)が提案した『エキキタエリアマネジメント活動計画』(広島市HP)が認定された。まずはこの制度について、説明したいと思う。

《 エリアマネジメント活動計画認定制度の新設 》
 広島市エリアマネジメント活動計画認定制度の概要~(広島市HP)

①認定制度創設の理由とは?
 
 『エリアマネジメント』とは、住民や事業主等が主体となり、地域の良好な環境や価値の維持
 ・向上のために取り組む活動のことである。本市では、地域の『自分たちのまちは自分たちで
 創る』という機運を盛り上げ、活性化を図るため
、地域団体等への活動費の助成や専門家の派
 遣などの支援を行ってきた
今後、さらに住民主体の活動を盛り上げていくには、より住民の
 発意と創意工夫を活かせる新たな手法を取り入れることが重要である。
このため、この度、公
 共施設や公共的空間を住民自らが管理・活用し、併せて収益を得る新たな仕組みを導入し、エ
 リアマネジメント活動の支援を進めることで、にぎわいの創出や美しく快適な街並みの形成な
 ど、よりよい『まち』を作っていく活動に新たな活力を導入したいと考えている


②どんな制度なのか?
 この制度は、広島駅周辺地区や紙屋町・八丁堀地区等の『都心部地区』や、生活施設や交通施
 設の集中する地区など、都市機能が集積し高い拠点性を持つ地区で行われる『エリアマネジメ
 ント』のうち、一定の基準を満たすものを本市が認定し、併せて公共施設等を有効活用する際
 に支障となる規制を特例的に緩和するというものだ

➂認定の方法は?
 
(1)まず、エリアマネジメントを行う団体(エリアマネジメント団体)が、活動する範囲
  や目的、組織体制、実施内容など、自分たちのエリアマネジメントの活動全体を説明する
  『エリアマネジメント活動計画』を作成し、市に提出
 (2)市は、まちづくり活動と公共施設等の関係課で構成する『エリアマネジメント活動計
  画認定審査』において、その活動計画を審査。そして、認定要件を満たし、かつ、公益性
  や実行性、事業効果があると認めた活動を認定する

④認定されるとどんな効果があるのか?
 認定後は、公共施設等を有効活用-にぎわいづくりのためのイベント実施や、活動財源の確
 保のための物販等の実施などする際に支障となる規制について、特例的に緩和。また、認定
 されたエリアマネジメント活動については、本市の広報媒体などを使って広く紹介する 

⑤エリアマネジメント活動計画の認定に向けたフロー図 
拡大図
画像3 エリアマネジメント活動計画の認定に向けたフロー図(画像 広島市HPより)

 広島市に限らず、全国の自治体のエリアマネジメントの取り組みの傾向として、地域及び、都市再生の観点から導入されている。 エリアマネジメント活動の推進(まち・ひと・しごと創生本部HP
) 広島市のエリアマネジメント組織が広島駅周辺地区にあり、必要だと思われる旧来の都心部地区の中心である『紙・八地区』に存在しないのはこのためだ。組織立ち上げの機運の醸成として、地区全体の地盤沈下への危機意識の共有がなければ、利害の一致を見ず『小異を捨て、大道につく』にはなりにくい。それには、再開発計画、跡地利用計画などはきっかけとして最高である。現在、
エリアマネジメント活動計画認定制度』に基ずく、市認定のエリアマネジメント組織は『エキキタまちづくり会議』だけである。これは、広島駅周辺地区全体が、03年都市再生緊急整備地域に指定され、一度は社会情勢の大変化で長年の懸案だった同地区の再開発計画がとん挫したことを受け新しい枠組みの元、再出発したことに起因する。広島市の構想では、北口地区だけでなく、南口地区とマツダスタジアム周辺地区にも同様の組織を期待している。開発が先行して終了した同地区で、エリアマネジメント組織の立ち上げの動きが表立って見えないのは、慙愧(ざんき)に堪えない。大袈裟な表現だが、高度・安定成長期さながらの『つくる』だけのまちづくりに終わり、出来上がったものを今後如何にして運営して行き、地域のブランドを構築。都市間競争のひとカテゴリー下の、地区間競争を勝ち抜く戦略と戦術が求められるところだが、残念ながらそうはなっていない。再開発事業の竣工が第一幕のゴールであり、第二幕のスタートだ。意識の低さを責められても仕方がない。

 広島駅周辺地区の商業機能のみに限れば、競争相手となるのは同じ都心部地区の『紙・八地区』ではなく、目と鼻の先の安芸郡府中町の
イオンモール広島府中だ。売上高ベースの比較ではないので微妙なところだが、18年の中国新聞社の広島市商圏調査だと地区の支持率では、府中町が17~18年の2連続で紙屋町(16.0%)、八丁堀地区(15.4%)を押さえ、16.4%と首位。他の郊外地区が一桁台の中、2倍の支持率を稼いでいる。広島駅はというと、16年-5.6%、17年-4.6%、18年-5.4%と横ばい。いや、その投資規模やカープの第二次黄金期の到来による活況ぶりを鑑みると、不足感が漂うと同時にエリアマネジメント能力の欠如が窺える。元々が商業集積地としてはイマイチだったので過剰な期待は禁物だが、やはり8~10%ぐらいは欲しい。今後に期待したいところだが、南口再開発B・Cブロック完成の最初の波に乗り遅れたので、25年春先に完了する広島駅南口広場の再整備前に、マツダスタジアム周辺地区と共にエリアマネジメント組織の立ち上げに注力し、広島駅地区全体の地区ブランド構築に尽力すべきだろう。追い風は永遠には吹き続けない。3地区で相互に役割分担を果たし、しかも同じ都心部地区のの紙・八地区と共同歩調をとることでようやく天敵郊外大型商業施設を抱える郊外地区と闘える体制が整う。

【考察その6】
広島流エリアマネジメントの在り方


画像4 札幌4都心地区-『札幌駅前通地区』『大通地区』『すすきの地区』『創成東地区』の立地図(画像 札幌市HPより)

 ここでエリアマネジメントの効能を再確認したい。ある一定の地域において、その地域の関係者が、『地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取組』を行うだ。具体的な活動は以下の通り。①季節に応じたイベントや祭りを開催する『まちのにぎわいづくり』 ②ゴミ拾い、花壇作りなどの『環境維持・美化活動』 ➂コミュニティ情報誌やマップの発行、ホームページの開設などの『まちの情報発信』 ④合同防災訓練などの防災活動、防犯講習会などの『防犯活動』 ⑤まちづくりの方針やガイドラインを定める『地域ルールの策定』である。②と④などは
既存の町内会などコミュニティー組織で対応可能だが、それ以外は不可能だ。ブログ主は特に①、➂、⑤に期待したい。この点につくるだけのやりっぱなしのまちづくりから、地域(地区)経営の息吹を感じ、今後のスタンダードになると考える。先の考察で、紙・八地区にエリアマネジメント組織がないことに触れた。同地区の都市再生緊急整備地域指定が遅れていたからだ。 ~都市再生緊急整備地域について~(広島市HP) 都市再開発、跡地利用計画地区でマネジメント組織の立ち上げが容易な理由は、地区住民の危機意識の共有もあるが計画に参加した事業者が後押しして財政面を担保してきた点も見逃せない。ある程度のクオリティの活動をするには、最低限の予算の確保なくして語れない。行政、地区で活動する事業者の支援が不可欠だ。特に事業者目線だと、その地区が開発後も注目され続けることは、安定した売り上げや賃貸料の確保にもつながりメリットも又大きい。そこで参考としたいのは、札幌市の官主導のエリアマネジメントつくりだ。


画像5 広島市の都心部地区の様子(画像 広島県HPより)

 札幌市は、広島市とは異なり10年前からエリアマネジメント活動を実施している。 ~都心まちづくりの取り組み・エリアマネジメントの取り組み~(札幌市HP) 2つのまちづくり会社の設立や同協議会の設立が取り組みの中心だ。本来であれば、官主導ではなく、民主導でこのような動きが出てくるのが理想だが、そうは簡単に運ばないこともあるだろう。官主導のエリアマネジメント組織の立ち上げのメリットを考えると、市と共にあるべき都心部地区の方向性を探れ歩めること、他の都心部地区との何かしらの利害対立が生じた場合、調整してもらえることなど意外と悪くない。立ち上げまで市が表舞台に出てきて利害調整などのすべき役割を担い、軌道に乗ると黒子役に徹して見守る。これで良いと思う。民組織の発想力・企画力、運営などのノウハウを十分生かし、財政面の手当てをサポートする。このような形になれば言うことはない。現状、都心部地区にエリアマネジメント組織が1つしかない状況を踏まえ、今後のあるべき姿を探りたい。

ひろしま都心部協議会
 3まちづくり株式会社の代表、各街区マネジメント会社の代表、協賛企業、商工会議所、市
 の担当者などから構成。
 ①紙屋町まちづくり株式会社
各街区のマネジメント会社及び、団体を統括
  平和記念公園周辺地区、旧市民球場跡地(イベント広場)地区、中央公園地区、本通地区
  、平和大通り地区など集客施設ごとのマネジメント組織を立ち上げる
 ②八丁堀まちづくり株式会社
各街区のマネジメント会社及び、団体を統括
  本通地区、金座街地区、えびす通り商店街地区、うらぶくろ商店街地区など『
広島市中央
  部商店街振興組合連合会』加盟11商店街を3~4セルに統合してマネジメント組織を立
  ち上げる

 ➂広島駅まちづく株式会社
各街区のマネジメント会社及び、団体を統括
  エキミナミ(南口地区)、エキキタ(北口地区)、エキニシ(大須賀町界隈)、エキヒガ
  シ(マツダスタジアム界隈)のマネジメント組織を立ち上げる

などと適当に考えてみた。紙屋町地区の集客施設ごととしたのは既存のPFI事業や今後生まれるであろう『パークPFI』をそのまま流用できるからだ。八丁堀地区のそれも
広島市中央部商店街振興組合連合会』加盟11商店街をそのまま流用するには、数が多過ぎるので適正数に統合して、マネジメント組織を立ち上げる。これにより『広島都心協議会-各まちづくり会社-各街区マネジメント組織』という3層構造が完成する。第一層-広島都心協議会では都市ブランドの打ち出し(全体戦略)、必要施策(全体戦術)の整理を議論。第二層-まちづくり会社では、与えられた地区ブランドの打ち出し(地区戦略)、必要な地区施策(地区戦術)、第三層-各街区マネジメント組織は街区のブランドの打ち出しと個別の施策、こんな感じだろうか?いずれにしても市などの行政の方向性と一にする必要がある。よくブログ主が都心部地区の回復策、①対処療法-再開発や跡地利用などの再開発ビルやスタジアムなど集客施設の導入 ②根本治療-自動車利用に一定の制限をかけ、歩行者中心の都市空間の再配分(回遊路の大改善) ➂体質改善-郊外開発の抑制(大型商業施設の立地規制)、都心部地区の階層化されたマネジメント組織の設立(都市、地区ブランドの確立) の➂部分に当たる。現在、広島市ではアジア大会前の彷彿させるかのような、都心改造がたけなわである。それはかつての『つくる』だけのまちづくりで終わり、手段と目的の境界線が曖昧なままになりそうだ。今一度立ち止まり、ハード以上に必要なソフト施策の重要性を考える時期だと思うのだが。広島市が競争するであろう西日本の大都市と同じ土俵で戦っていては勝ち目はない。その事に早く気づき、軌道修正することを願ってやまない次第だ。

終わり

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広島の都市問題 広島の都市問題 都心部活性化

今日の話題 7月17日中国新聞15面よ
り引用
平和都市法70年 
広島復興の姿 次なる

『十字軸』非核の思い根付く 海外発信も鍵 



画像1 7月17日中国新聞15面より

【記事詳細】
 平和記念公園の原爆資料館から原爆慰霊碑、原爆ドームを結ぶ南北軸。そして、市街地を貫く平和大通りの東西軸。二つの軸が垂直に交差する象徴的な十軸を中心に、デルタへと街路が格子状に広がる。1945年8月6日の原爆投下から力強く立ち上がった広島のまちには、建築家丹下健三氏(13~2005年)が描いた平和都市像が息づく。南北軸を巡っては、資料館から見たドームの背景に何も建物が見えない眺望を目指し、17年3月から議論が続く。19年1月、市は景観審議会の答申を踏まえたあるべき姿を示し、その冒頭で『平和都市広島を象徴する景観として、次世代に引き継ぐべき大切な存在』と意義を説いた

 7月上旬には、審議会専門部会が建物の高さ制限など手法の検討を始めた。部会長の森保洋之・広島工業大名誉教授(都市計画)は『丹下先生の思いがこもったグランドデザインを、市民共有の宝として育てていきたい』と力をこめる。平和都市法に基づく広島平和記念都市建設計画は、現在のまちの骨格を決めた。その南北軸の延長に当たる中央公園のエリアを対象に、市は今秋にも相次ぎビジョン作りを始める。戦後の市民を勇気づけた広島東洋カープの本拠地だった旧市民球場の跡地は、屋根付きイベント広場を中心とする整備イメージを基に活用計画をつくる。自由・芝生広場に関してはサッカースタジアム建設の基本計画を策定する。東西軸でも、ひろしまフラワーフェスティバルの舞台となる平和大通りの緑地を使い、民間活力によるにぎわいづくりを検討する。市都市計画担当の萬ヶ原伸二部長は『一地方都市は世界平和の原点と位置付けられた法に光を当て、あらゆる人に今一度、思いをはせてもらいたい』と話す。(中略)市民とあらためて理念を共有し、将来ビジョンの議論を深める70年とするべきではなかろうか?

関連記事⇒『平和都市法70年 元広島大教授・石丸紀興氏に聞く』

【考察その1】
広島市の都市計画の憲法にも匹敵する平和都市法



画像2(左)50年、広島平和都市建設構想(案)で示された原案(計約81㌶)
画像3(右)丹下構想案から後退した実際の姿(計約56㌶)

 まずは、70周年を迎える『広島平和記念都市建設法』(以下 平和都市法)について説明する。廃墟と化した広島市の復興は、人口の急減や建物の崩壊などにともなう税収の激減により、遅々として進まなかった。このため、国に対し、国有地の無償譲渡などを要望したが、多くの戦災都市の中で広島市だけに特別な財政的援助を与える余地は国にはなかった。そこで、考え出されたのが、憲法第95条による特別法(=特定の地方公共団体のみに適用される法律)の制定であり、市、市議会、地元選出国会議員など多くの人の尽力により、特別法である『広島平和記念都市建設法』は49年5月に衆参両院満場一致で可決された。特別法の制定のためには住民投票で過半数の同意が必要であるため、同年7月7日に住民投票が行われ、圧倒的多数の賛成-投票率65%、賛成票91%-を得て、8月6日に公布・施行された。翌50年には、知用船戦争が勃発してGHQ などが平和のテーマとした集会などの締め付けが強まったので際どいタイミングでの成立だつた。市は法の理念に沿い、広島平和記念都市建設計画を策定。爆心地中心の中島地区を平和記念公園とし、平和大通りを軸とした道路を整備。南北に貫く河川を活かした河岸緑地の構想も打ち出した。同法成立の翌年(50年)に、平和記念公園及び記念館設計コンペを行い、建築家の丹下健三氏を中心としたグループが1等となり(上記画像2参照)、採用された。国からの支援も約束され、旧軍用地等の無償譲渡は計34.1㌶に上り(市民病院、基町高校など)、中央公園(44.1㌶)の貸与も続いている。平和記念公園付近の西平和大橋や平和大橋は国の直轄事業として建設された。17年度末までの
累計事業費は2兆9,756億円に達している。広島の戦後史、近代都市としての発展はこの法律なしでは語れない。 ~広島平和記念都市建設法~(広島市HP)


画像4 鮮明図 広島平和記念都市建設計画図(画像 広島市HPより)

 ただ、惜しいと言うか残念なのは、崇高かつ理想的な丹下構想は理念としては採用されたが、丹下構想案の都合の良いところだけのつまみ食い状態になっている(上記画像3参照)。当初、基町地区の西半分も中央公園として整備する予定だったが、戦後数年経ずして不法バラック住宅が建ちはじめ、他地区の再開発などで行き場を失った市民たちも加わり、60年頃には約900軒の『原爆スラム』が出来上がった。55年、
広島市長選で、中央公園に住宅を建てる公約で渡辺忠雄が当選。56年に、公園予定地の一部を公営住宅用地として用途変更し、中層住宅を1,894戸建設する計画を決定した。その後も高層公営住宅計画用地に転用され、丹下構想案はかなり後退した。当時発足したばかりの広島カープ(当時)のナイター設備を兼ね備えた新球場建設機運が盛り上がっていたが、当初は現在の跡地ではなく、基町地区での建設を想定していた。ところが、原爆スラムの住民が大反対をした。浜井市長(当時)は、丹下構想の理念を尊重していたので対応に苦慮した。浜井市長を60年の広島市長選で破り当選した渡辺忠雄新市長は、護国神社内の敷地、旧日本軍西部第二部隊営庭跡地(現合同庁舎)などを候補地としたが、それぞれとん挫し最終的に旧市民球場跡地(当時旧二部隊営庭跡地)に決まった。こうして、丹下構想案は基町地区住民(当時)と、基町地区だけではなく平和大通りにも公営住宅建設を公約に掲げ、当選した渡辺市長の手により中途半端なものに成り下がった。『たられば』で語れば、現在の基町中・高層住宅が予定通り中央公園として整備され、そこに旧市民球場が建設されていれば、どんな姿になっていたのだろうか?と妄想するのも一興だが、現実の政治問題により崇高な丹下構想は後退を余儀なくされたとみるのが、一般的だろう。

察その2】
和都市法が残した大きな遺産
時代は丹下構想に合致している


画像5 広島市のラウンドマークとも言うべき原爆ドーム(画像 ひろたびより)

 まちづくりというのはその時々の時代の要請により変化するものだ。ただその変化する部分というのは木で例えると枝部分だ。幹となる部分は、時代の要請関係なく不変だと考える。この場合に幹に相当するのが、今回取り上げた平和都市法で掲げた理念だろう。広島市が、被爆後の惨状から立ち上がり現在の繁栄を築き、核兵器の廃絶を訴え続ける以上はそうであらねばならない。まちづくりにおいて今説明した幹と枝の利害が仮に対立した場合、最優先すべきなのは幹であるのは言うまでもない。平和都市法制定から70年は経過したが、いつの時代も掲げた理念が最優先されたかと言うと少し疑わしい。成立後の50年代~70年代辺りまでは濃淡の差はあれど、理念継承の精神はあっただろうが、安定成長期以降-70年代半ば以降~-は軽視されてきた感があった。これはブログ主の所感に過ぎないが・・・。再認識され始めたのは、やはり原爆ドームの世界遺産登録(96年)ぐらいからで、旧市民球場建て替え問題(04年頃)、原爆ドーム周辺の景観問題の勃発(05年頃)、サッカースタジアム建設問題(13年頃)を経て、眺望景観問題(17年頃)と続いている。高度・安定成長期に軽視され続けた理由として、ブログ主が思うにまちづくりにおいて、日本では市場経済主義を導入することが最善とされ、こうした理念が都市発展の阻害要因になりかねないとの危惧があったからではないだろうか?開発一辺倒で、人間性軽視でつくるだけのまちづくりが幅を利かせ、生み育てて広島市の個性的なものを次世代に継承させる発想に乏しかった。時代は大量生産の大量消費の右肩上がりの時代から、低成長時代を経て縮小社会時代(高齢化+人口減)に入り、いずれ超縮小社会時代(超高齢化+大幅人口減)を迎える。まちづくりの意識の変化も人間性回帰になって何ら不思議ではない。時代の要請と平和都市法の理念とのかい離が縮まり、丹下構想の理想と合致しつつあるとも言える。丹下構想の根本は軸線を中心に多くの市民が集い、平和の有難味を享受することなのだから。


画像6 市のHPにも最近よく掲載されている南北と東西の軸線(画像 広島市HPより) 

 人間性などのフレーズを持ち出すとややもすると、『左寄り』だの『宗教的』などと筋違いの批判が必ずと言っていいほど登場する。政治思想が現実の政治に反映するのは国政の場だけで、地方都市のまちづくりには基本的には無関係だ。平和都市法がもたらした恩恵は、広島の都市の個性を打ち出す大きな武器になる。平和記念公園、中央公園、平和大通り、河岸緑地・・・。いずれも活用方法次第では、スタジアムや中途半端な規模の商業施設などよりも素晴らしい集客施設になる可能性を秘めている。平和記念公園は、都市観光やMICE(マイス)など今後、都市間競争を戦う上で欠かせない武器、中央公園は再整備により装いを新たにすれば死筋的な区画が蘇る。平和大通りなどは最大のもので、集客施設にも集客施設間をつなぐ魅力的な回遊路にもなり得る。河岸緑地もにぎわい性創出の都市の装置になり得る。都市間競争を勝ち抜く肝は、相手との差別化をどこまで打ち出し国内外にセールス出来るのか、である。要は都市ブランドを構築できるのか?これ一点にかかっている。現在活況を呈しているかに見える、再開発や跡地利用計画なども悪くはないが、所詮は二番煎じの鮮度が落ちた縮小・劣化コピーに過ぎない。まちづくりの根幹には程遠い。丹下構想の俊逸な点は、『平和を希求した都市計画=人間性重視のまちづくりの骨格となる内容=にぎわい性創出に貢献=集約都市建設に資する都市計画=個性豊かな都市建設=都市ブランド構築にうってつけ』といった具合に上手くリンクすると言うか、連動しておりその先見性に脱帽するしかない。

画像8 1-市営基町住宅中層棟(1~16号棟)、2-中央公園芝生広場、3-中央公園自由広場(スタジアム建設候補地)、4-県営基町住宅中層棟(17年度機能停止)、5-市営基町住宅中層棟(17号棟) 画像 ひろたびより

 郊外大型商業施設に押され、商業機能中心に求心力を低下させている都心部地区だが、丹下構想の東西・南北軸線をより強く打ち出す形で再生させるのがベストだと考える。原点回帰である。平和都市法が残した遺産群に対して批判的な見方があるだろうが、これは活用方法がイマイチで演出下手かつ仕掛けづくりが上手くいっていないからだ。その点が残念だ。丹下構想の東西・南北の軸線を都市基幹軸とし、そこから枝分かれする歩行者専用道路(モール)を整備してネットワーク化させる。自動車から歩行者中心の都市空間にすることで地方都市特有の『東京劣化・縮小コピー都市』ではなくなり、広島のアイデンティティを体現化した都市が誕生するのではなかろうか?現在の都心再生手法では、かって通った道をもう手直しして通り直すだけで過去の失敗を繰り返すだけだ。旧市民球場跡地を含めた中央公園に一言ある。ますは、スタジアム建設が本決まりとなった自由
芝生広場(上記画像2と3)は置いておいて、県営基町住宅中層棟(17年度機能停止 上記画像4)と市営基町住宅中層棟(1~16号棟 上記画像1)はいずれは緑地広場になる可能性が示唆されている。市営基町住宅中層棟は耐用年数ギリギリまで使い続け、30年代半ばに真横の17号棟(上記画像5)を高層化させ機能を集約させた後に、機能停止させる予定らしい。旧市民球場跡地については、ようやくスタジアム問題が解決していずれ既定通りの屋根付きイベント広場が整備されることとなる。軸線抵触や3候補地のうち最もスタジアム建設に不適格などの理由でブログ主は終始反対だった。やはりこの地は、市民に浅く広く開放できる広場などが適切だと思う。しかも様々な制約が多過ぎて色々と難しい。で、その広場案だが事あるごとに指摘するが、個人的には微妙だ。 ~旧市民球場跡地の空間づくりのイメージ~(広島市HP) 屋根が都市美観上、サーカスのテントを彷彿させて残念に感じ、他の施設も中途半端にごちゃごちゃとしており、もっとシンプルなものの方が適しているとつい思うのだ。この辺は、感性の問題なので良し悪しではない。広島商工会議所が移転を表明しているがまだ、民間ビルが2ヵ所残り、青少年センターやこども文化科学館などもある。中・長期的な取り組みで移転を促し、軸線実現に向けた努力を続けて欲しいと思う次第だ。

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