封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

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カテゴリー記事 広島の都市問題広島の災害
 
今日の話題 7月6日中国新聞より引用
西日本豪雨1年『前を向いて生きる』


動画1 中四国3局報道特別番組『わが町は、今~西日本豪雨から1年~』

【記事詳細】

 270人以上が犠牲になり、平成最悪の豪雨災害となった西日本豪雨は6日、各地で甚大な被害が出てから1年を迎えた。全国最多の犠牲者が出た広島県では、各被災地で追悼行事が開かれた。遺族や被災者は亡き人を悼み、早期復興や日頃の備えをあらためて誓った。土石流が発生し、18人(災害関連死を含む)が亡くなった坂町の追悼式には約500人が出席。約1分間黙とうし、冥福を祈った。小屋浦地区で両親を亡くした遺族代表の出下徹さん(45)は「大切な家族を亡くした悲しみや無念さを決して忘れることはない」と述べ、涙ぐんだ。

 吉田隆行町長は『二度と犠牲者を出さないことを心に刻み、後世に災害を継承する』とあいさつ。湯崎英彦知事は『今も新たな災害や将来に不安を抱えている被災者がいる。復興に全力で取り組む』と強調した。広島市安佐北区であった式には松井一実市長や遺族たち約40人が参列。母と姉が死亡した片山兼次郎さん(45)は『どうすればこのような災害が防げるのか考え続けていく。あなたたちの命を無駄にせず、前を向き生きることを約束します』と語った。県内ではこの日、8市町が追悼行事を開催。被災地は終日、祈りに包まれた。西日本豪雨による中国地方の犠牲者は220人(うち関連死は47人)。内訳は広島県138人、岡山県79人、山口県3人。広島県で5人、岡山県で3人の行方が分かっていない。住宅被害は5県で計3万3,909棟に上った。広島、岡山両県で約3,700世帯9,400人が今もなお仮設住宅などで仮住まいを続けている。生活再建に向け、息の長い支援が求められる。

【考察その1】
今振り返る西日本豪雨の被害


画像1 西日本豪雨こと『平成30年7月豪雨』の6月28日0時から7月8日24時の期間降水量(画像 ウィキペディアより)

 まだ生々しい記憶が冷めやらぬ西日本豪雨だが、平成史上最大の豪雨災害だった。西日本を中心に多くの地域で河川の氾濫や浸水害、土砂災害が発生し、死者数が200人を超える甚大な災害となった。また、全国で上水道通信といったライフラインに被害が及んだほか、交通障害が広域的に発生している。平成に入ってからの豪雨災害としては初めて死者数が100人を超え、『平成最悪の水害』と報道された。さらに、昭和にさかのぼっても1982に300人近い死者・行方不明者を出した長崎大水害(昭和57年7月豪雨)以降、最悪の被害となった。
発生のメカニズムは、気象庁による分析によると、7月5日以降の豪雨の原因はおもに、①日本の北にあるオホーツク海高気圧が非常に発達し、南東にある太平洋高気圧も強まったため、その間に挟まれた梅雨前線が停滞・強化されたことと、②対流活動が盛んになっていた東シナ海付近からの南東風と、太平洋高気圧の縁を回る南風が強まり、二方向から梅雨前線に向かって流れ込んだ湿った空気が西日本付近で合流し、極めて大量の水蒸気がもたらされたことにある。二つの高気圧が強まったのには、寒帯前線ジェット気流亜熱帯ジェット気流が大きく蛇行していたことが影響しており、この気流の蛇行はその後の日本付近の記録的高温にも影響した。また、九州から東海にかけて15箇所で線状降水帯が発生し、それによって局地的にさらに雨量が多くなった地域があった。広島県の被害状況を分かる範囲で見ると、公共土木施設に限れば、1,219億4,900万円。所有自治体ごとの内訳は、広島県-625億3,300万円、広島市-165億4,200万円、呉市-73億1,000万円、東広島市-66億9,200万円、三原市-60億7,100万円、坂町-34億8,000万円、庄原市-32億9,100万円だった。分野別では、河川-581億3,700万円(47.7%)、道路-332億2,700万円(27.2%)、砂防施設-160億1,200万円(13.1%)、橋梁-91億600万円(7.5%)。被害箇所は8,536ヵ所。7月中旬より733ヵ所(9.4%)増加。内訳は広島県-3,752ヵ所、広島市-1,500ヵ所、他の22市町が3,284ヵ所である。


画像2 18年7月に起きた西日本豪雨の広島市安芸区瀬野付近の被害の様子(画像 ユーチューブ画面撮影より)

 死者数(広島県分)は、広島市-23人、安芸郡熊野町-12人、同郡坂町-15人、呉市-24人、東広島市12人、三原市-8人、竹原市-4人(以下略)だった。死者数の約半分は広島県である。広島市の状況だと土砂被害が大きく、4年前の広島土砂災害同様に広島市特有の地質が問題視された。被災現場では
花崗岩が風化した真砂土を含む土砂が多く見られ、京都大学防災研究所准教授の竹林洋史によれば、2014年に広島市で発生した土砂災害と同様に真砂土が被害を拡大させる一因になったという。広島市の森林面積は市域面積の約67%を占め、宅地化されたものも多いので純粋な平野部面積は20%にも満たない。山岳、丘陵地が大半を占める中、土砂災害リスクが高い広島花崗岩が多く分布している(下記画像3参照)。広島市のデルタ外の郊外の団地群はこうした丘陵地を切り開き、60年代以降の高度成長期に数多く造成された。市民の一戸建て購入願望も強かったが、開発が急ピッチだったこともあり市民の『バスに乗り遅れると、自分たちが住む場所がなくなる』との危機感も開発速度を加速させた。広島県は土砂災害危険箇所数が約3万2,000箇所と全国で飛び抜けて多く、丘陵地だけではなく、山裾ギリギリまで開発していることも災害リスクをより高めている。急な住宅開発団地開発で、道路や学校、上下水道の都市インフラ整備は後手に回った。砂防・治山堰堤などの災害インフラもまた同様だった。諦めの境地ではないが、このような地形・地質の都市に住む以上は定期的に訪れるであろう災害は回避できないものとして捉えた方が賢明かも知れない。
 
安佐南区、安佐北区の被災地及びその周辺における地形・地質状況を示した図
画像3 広島市の郊外部の丘陵・山岳地の地質分布図(画像 広島市HPより)

【考察その2】
災害との向き合いかた



画像4 西日本豪雨における3県17市町の避難率(画像 東京新聞WEB版より)

 西日本豪雨の検証作業で問題になったことがある。それは避難勧告後の避難率の低さだ。豪雨被害があった全域では僅か4.6%。対象者20人に一人も避難していない計算となる。一体どういうことだろうか?広島県では1%にも満たなかったのが福山市-0.3%、呉市-0.4%、尾道市-0.8%と4自治体もあった。反対に高かったのは、安芸郡坂町-23.8%、4人に1人は避難をした計算だ。坂町では、自主防衛組織の役員が個別訪問をして正式な避難勧告前に声掛けをしていたらしい。避難勧告が出ているのにも係わらず、避難もせず被害に遭ったとして行政を槍玉にあげるのはさすがに筋が違うだろう。仮にそれで命を落としたとしても、自己責任の自業自得だ。西日本豪雨の際、ブログ主が住んでいる自宅マンションは、土砂災害危険箇所に指定されていなかったので、避難はしなかった。ただ、家族3人分のスマホがタイミングを合わせ、警戒音が鳴り本当にうるさかった。避難しない側にも色々と言い分があるようだ。避難情報のタイミングを疑い、移動中に災害に遭うのを避け高所に避難した事例も多かったという。その素人的な判断が正解かどうかは、神のみぞ知るところだろう。最も多いのが、『前も大層な避難勧告が出たが、結果的に何も起きなかった。今度も大丈夫だろう』である。そうかこの空振りに安心して、行政の避難勧告を『オオカミ少年』の戯言と自己判断して、安心しきっているパターンだ。広島市に限れば、4年前の土砂災害の避難勧告のタイミングが大きな問題となった。そして災害翌年の15年に、市内各地を5㌔四方に区切り、土壌に含まれる水分量と今後の雨の量を予測し、土砂災害の危険度を6段階で示し、この危険度をもとに、速やかに避難情報を出すシステムに改変した。コンピューターが自動判断するので、避難勧告回数が15年以降大幅に増えた。市の担当者の弁では、『危険の捕捉率といいますか、捕捉率を高めれば高めるほど、早い段階で情報を出すことになります。ただ、捕捉率を高めれば高めるほど外れる確率も高くなって、その情報そのものの信頼度は低くなるというジレンマがあると思います』としている。担当者をかばうつもりはないが、出すタイミングが遅れ大きな被害を出すよりは、早めに出し過ぎて空振りに終わる方が絶対にマシだと考える。


画像5 安芸区矢野東
梅河団地の位置図(画像 NHKクローズアップ現代より)

 他にも大きな理由があった地区がある。広島市安芸区矢野東梅河団地だ。この団地は西日本豪雨で発生した土石流で5人の死者を出した。先に説明した理由とこれから説明する別の理由で避難率が10%前後に留まり、広島市内最大の死者数を出した地区となった。その別の理由とは、18年2月に念願の治山堰堤が完成した。その完成により住民の災害に対しての意識が、安心感から大幅に低下した。そう過度の災害インフラへの過信が避難率を下げ、その結果被害を甚大にした。避難勧告から1時間後、何も起こらず空振り勧告に『またかよ?』と思っていたら、その1時間後状況は一変。泥水が激しく流れ、車も押し戻されています。やがて、濁流が通りを飲み込み、10台以上の車が次々と押し流された。過去3年間の空振り避難勧告は計9回。『3度目の正直』ならぬ、『10度目の正直』になってしまった。豪雨災害に限らず、地震、台風などの自然災害は人知では完全に封じ込めることは出来ない。如何にして被害を防ぎ、減らすという『防災・減災』しか術はない。これは、そこに住む市民の危機意識が根底にあってこそ成立するもので、それがないことには素晴らしいハード、ソフトのシステムを構築しても無用の長物と化してしまう。14年の広島土砂災害、昨年の西日本豪雨を通じて感じることとして、被災地域も含めた市民全体の自然災害への意識が低いことだ。被災地域については、被災後5年ぐらいは記憶が生々しく、災害への意識は高いだろうが記憶の風化と共に下がり始める。幸い被災しなかった地域に関しては、災害意識は低いと言わざる負えない。自然災害をよく『風・水害』と例える。風は台風、水は豪雨災害と認識するところだが、広島市の場合、台風はよく直撃を回避することが多く直撃したとしても甚大な被害につながるケースは希だ。豪雨災害は頻繁に起きるわけではないが、温暖化の影響は定かではないが、近年一定周期で起きる。異常気象の新時代に入ったのかも知れない。


画像6(左)と画像7(右)共に砂防・治山堰堤の様子(画像 広島市HPより)

 市民全体の危機意識の欠如の理由として、全市域規模の災害が少ないことがある。具体的な災害だと地震だろう。地震は被災規模、範囲共に大きく危機意識の共有につながるが、豪雨災害だと地域が限定され共有は中々、難しい。どうしても温度差が出る。では、全市域規模の災害が少なかったのかと言うとさにあらずである。近年こそないが、太田川放水路が67年に完成するまで水害に悩まされ続けた都市も珍しい。江戸時代には記録されているだけでも66回の水害が記録され、明治以降も4~5年周期で水害被害に悩まされた。かの豊臣秀吉が、広島城の普請途中に視察に訪れ『要害が悪い。水攻めをされたらひとたまりもない』と評したのは有名な話だ。こんな広島市も太田川放水路の完成後は、水害とはほぼ無関係となる。市民の生命と財産を守る防災インフラだが、これが市民の防災意識の低下を招いたのは皮肉としか言いようがない。ではこの太田川放水路が盤石なのか?
梅河団地の治山堰堤同様、その能力には限界がある。17年、国土交通省中国整備局がとあるシュミレーションを公表した。『千年に一度』(二日で1,000㍉程度)の大雨が仮にあった場合、広島市の被害状況はどうなるのを大胆に予測した。その結果、頼みの綱の太田川放水路は能力を超え機能せず、堤防は決壊して下記画像や動画のようになるらしい。千年の例えにそうそうないだろうと高を括る気持ちもなくはないが、広島市では過去にここまでの降雨量を記録したことはないが、全国では400~500㍉規模は21世紀に入り、5度起きている。甘く見るのは禁物だ。可能性としては低いとは思うが、決してないとは言い切れない。日々、怯える必要はないが安全の最終的な責任は行政、警察ではなく、自分にあると強く意識して、自分たちが住んでいるまちは災害に弱く、砂上の楼閣にいるとの認識を持つべきだろう。某省庁の『老後の備えは2,000万円』ではないが、災害後に訪れる生活再建の備えも手広くすることが肝要だろう。行き着くところは人生全て自己責任だ。


画像8 鯉城通りの動画 鯉城通り元安川左岸2.2㌔付近の破堤5時間後の惨状(画像 中国整備局動画より)


画像9 広島駅南口広場の動画 広島駅南口広場、破堤3時間後の惨状(画像 中国整備局動画より)

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今日の話題 3月10日 JIJI.COMより引用
避難なお5万2千人=東日本大震災、11年で8年 


動画1 救われた命327人  あの日の高野会館『東日本大震災~あの日から8年~』

 東日本大震災は11日、発生から8年を迎える。復興庁によると、避難者は1年前に比べ約2万人減少し5万1,778人(2月7日現在)。福島では、東京電力福島第1原発事故の影響でなお約3万2,600人が県外で避難生活を送る。11日は、平成で最後となる追悼の集いが被災各地で開かれる。警察庁によると、死者は8日現在、12都道県の1万5,897人、行方不明者は2,533人。復興庁が公表している、震災による負傷の悪化などで亡くなった『災害関連死』を合わせると、犠牲者は2万2,100人を超える。政府の復興・創生期間が終了する2020年度末まで残り約2年となった。沿岸部では、防潮堤や復興道路『三陸沿岸道路』の建設が進み、不通が続いていたJR山田線宮古-釜石も第三セクター三陸鉄道(岩手県宮古市)に移管され、今月23日に運行が始まる。インフラ面の復興は着実な歩みを重ねている

 復興庁によると、被災者向け災害公営住宅は1月末現在、岩手、宮城、福島の3県で約2万9,000戸が完成し、計画の98%程度まで進んだ。一方、3,418人がプレハブの応急仮設住宅での暮らしを続け、住まいの復興が進む一方で生活再建に苦しむ被災者も多い。心のケアやコミュニティー再生などの課題が残っている。福島県では、原発事故の影響で双葉、大熊両町の全町避難が続き、放射線量の高い帰還困難区域を除くと避難指示が解除された浪江、富岡両町でも、住民の帰還が進んでいない。医療機関や福祉施設、商業施設の充実など生活環境の改善が急がれている。

【考察その1】
2011年3月11日を振り返る

 
動画2 釜石市箱崎町に押し寄せる津波 【視聴者提供映】
 
 今から8年前のあの日は金曜だった。時間は15時前だったと記憶している。当時のブログ主は、広島市の中心部のとある金融機関の本店に勤務していた。当然、本店内にてその日の日常業務に勤しんでいた。ところが、部下の行員の一人が『〇〇長、東北で凄い地震があったみたいですよ』と大きな声で知らせてくれた。『なんでこいつは勤務中なのに、最新の情報を仕入れる事が出来るのか?』と少しだけ不思議かつ不快な気分になった。当時のブログ主の携帯電話はスマホではなく、ワンセグ対応のガラケー携帯だったが、確認のためNHKにチャンネルを合わせてみた。『本当だ』と思ったが画面が小さく、あまり臨場感もなく、勤務中だったのでそれだけを確認しただけで切って、再び仕事に就いた。当時は月平均60時間程度の残業は当たり前に消化して、特に疑問も持たず当たり前だと認識していた。持病の封入体筋炎を08年春に発症こそしてはいたが、進行も今よりも緩やかで日常生活障害も軽微なものだった。と言うか障害者ですらなかった。日常生活障害の視点では、健常者以下障害者以上という中途半端な位置にいた(と思う)。その日も週末金曜日だったので21時近くまで、残業をする羽目となった。21時頃に本店を出て、自動車で自宅へ帰宅した。当時の帰宅パターンは、玄関前に着くとドアのインターフォンを鳴らし、家内に開けてもらっていた。その出迎えに家内と当時小4だった息子(起きている時間に帰宅した場合)が待っている形だった。ところがその日に限り、インターフォンを鳴らしても無反応で、さすがに子どもを連れて実家に帰った(爆)とは思わなかったが、『こちらは仕事で疲れてるのだから、余分な体力を使わせるなよ』と思った。しかし、部屋に入りその理由に納得した。


動画3 2011.3.11 東日本大震災 報道番組 15時51分 

 家内と息子はテレビにくぎ付けだったのだ。事情も知らずにブログ主は『おい!お前らはここで何をしているんだ』と腹立たし気に聞いたが、家内は私の心中などお構いなしに、『パパ、これ見て見て、東北が一大事だよ!』とテレビ画面を見るように急かした。息子も、画面に食いついていた。『ああ、あれが言っていた東北の地震か』と思い出した。この時点までは、よくあるそこそこの規模の地震程度だろうとの軽い認識だった。ブログ主も急かされテレビ画面に見入った。ブログ主の甘い想定はものの見事に打ち砕かれた。うろ覚えで恐縮だが、仙台市内の仙台空港の様子が映し出され、大きな津波が自動車をそれこそミニカーのように押し出し、いとも簡単に飲み込んでいた。その様子はまるでハリウッド映画のワンシーンのようで、現実感に乏しかった。これもうろ覚えだが、海岸線の街を襲った大津波が人間の英知を誇りである防潮堤をいとも簡単に決壊させて、街を丸ごと飲み込む姿もあったと記憶している。それこそ人間の浅知恵などあざ笑うかの巨大な自然災害の前では、無力としか言いようがなかった。翌日は土曜日で休みだったが、どの局も朝から震災関連の報道番組一辺倒で、被害の規模が伺えた。次第に被害の状況が明るみになり、一地方の自然災害の枠を超え国家レベルの国難相当のものだと知った。当時はブログ主は40代の前半~半ばの年齢だったが、これほどの規模の災害は見たことも経験したこともなかった。ブログ主は、震災地より遥か遠方の広島市在住だが、甚大な被害を受けた街の様子や被災者の人たちを見るにつけ、心が痛んだ。たまたま東北地方を中心とした地域だったが、もし西日本地域中心の大震災であったなら、と考えずにいられなかった。当時は障害者でもなく、意識は健常者そのもので災害弱者なる発想すらなかったが、自身の今後の上-封入体筋炎の進行による災害弱者化-を考えさせられた。その時になって与えられた条件下でしか生きられないのに、本当に大丈夫か?と。あれから8年が経過した。確かに街の復興は傍目には進んではいるが、被災者の生活復興(再建)を街よりも進んでいない。深い傷跡を残したままの人も多く、故郷の地を捨てた人も多い。最近では、記憶の風化などが叫ばれ始めたが、減災観点のハード整備(防潮堤整備や高台への移転など)も重要だが、それ以上にソフト面の重要性を再認識するべきだろう。『災害は忘れた頃にやって来る』ではないが、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』では、亡くなった方の霊も浮かばれない。次の考察は広島市の地震について考えたい。

 
動画4 『ACぽぽぽぽーん』 CMフルバージョン1080P このCMと階段を昇ろうとしている高齢女性を男子高校生が助けるCMもあったような気が・・・

【考察その2】
そう遠くない将来に絶対にやって来る南海トラフ巨大地震の恐怖


画像1 もし広島市中心部の鯉城通りがこんな大津波に襲われでもしたら・・・(画像 
中国地方整備局HPより) 

 広島市は14年の広島土砂災害、18年の西日本豪雨以前は、根拠不明の災害安全神話なるものがあった。その砂上の楼閣的な拠りどころとして台風の直撃が殆どない。地震が少ないなどがある。14年と18年のそう期間を空けない災害でその神話は崩れたかに思えたが、市域全域な広範囲な災害でなかったために全市民的な災害に対しての危機意識の共有が難しく、防災意識の啓蒙が進んだとは言い難いのが現状だ。豪雨災害などはいきなりと言うこともあり読めない。しかし、そう遠くない将来にほぼ100の確率でやって来る東日本大震災以上の規模の南海トラフ巨大地震(ウィキペディア)がある。現時点の30年以内の発生の確率は、M8~9クラスが70~80%程度と言われている。昭和の時代の最後の南海トラフ地震の88.2年後-2034年頃-との予測もあり、最大規模で襲われた場合の発生後の20年間の被害総額が1,410兆円(国家予算の約14倍)に達するとの土木学会の指摘もある。何れにしても東日本大震災を上回る規模の国難というべき大災害になるのは確実視されている。ここで広島市の被害-特に大津波について論じたい。語弊のある表現になるが、イメージ的には、四国があるので巨大な防潮堤となり広島への津波の懸念は皆無だと思いがちだが、とんでもない勘違いだ。広島市の震度は6弱が予測され、その後3時間42分後に最大4㍍弱の津波の到来が予測されている(下記画像2参照)。津波の浸水域は、都市のあらゆる高次都市機能が集中している中区で923㌶(60.2%)にも及び、市内のデルタ内の主要地域はほぼ津波の被害に遭う。『
1㍍程度の津波なら、大丈夫だろう』と思う方も多いと思うがその致死率は100%で、完全にアウトだ。計算上はこの時点で路上にいる人は皆死ぬこととなる。 ~【津波の怖さ】高さと死亡率の関係 津波の速度~(くらしのメモ) 津波発生時にどの場所にいるのかが生死を分ける分岐点に。ここで、南海トラフ巨大地震発生時(想定最大規模)の被害予測を書き連ねてみる。

南海トラフ巨大地震発生時の広島市の被害予測
①建物被害-全壊1万8,696棟、半壊4万4,120棟 計約6万3,000棟
②人的被害-死者数4,592人(津波96%、建物倒壊4%)
⓷避難者-17万2,041人 ④帰宅困難者-7万8,385人

となっている。この数字を見て実感が湧かないというかピント来ない方もいると思うが、東日本大震災の死者数
2万2,100人強(行方不明者も含む)なのに対して、南海トラフ巨大地震では、広島市だけで4,592人というのは相当のものだ。そのうち津波によるものが96%らしいので、広島市で想定される津波程度であってもこの死者数というのは南海トラフ巨大地震の甚大さを示すものに他ならない。災害安全神話の幻想の中で惰眠を貪っている多くの広島市民を冷ややかにあざ笑うかのような規模であることは言うまでもない。南海トラフ巨大地震の困った点は、被害地域が関東以西から九州に至る広大な地域で、この国の基幹ラインである太平洋ベルトを中心に広範囲に及ぶことだ。 ~南海トラフ地震の被害想定~(朝日新聞デジタル) 地域限定の自然災害であれば、災害後の復旧と復興は集中させることで容易に叶うがこれだけ広範囲だと、それもままならないだろう。広島市が甚大な被害があっても他地域がそれ以上の被害に遭ったりした場合、最優先して何かをしてもらうというのは考えにくい。被災後の生活難を逃れ、東日本地域へ居を移したまま、そのまま帰って来ないこともあるだろう。


画像2 拡大図(要拡大)広島市域における南海トラフ巨大地震の津波被害想定図(画像 広島市HPより)


画像3 各区ごとの震度及び、液状化や津波浸水範囲など(画像 広島市HPより)

 ここまでの甚大な被害が想定されると、防潮堤整備などのハード整備の限界を感じざる負えない。逆転の発想だが、それがある故に過信して災害発生時に慢心を生み被害を拡大させるケースもある。やはりソフト面の充実が欠かせない。個人レベルでの日頃の備えを如何にしておくのかが肝要となる。津波と地震の対しての基本知識の習得、行政系の防災情報アプリのインストール、居住地及び就業地のハザードマップの確認、地域の防災訓練の参加ぐらいはしておきたいところだ。広島市などは、防災情報のメール送信サービスを行っているので、スマホやPCに取り込んでおいたほうが良いだろう。 ~防災情報メール~(広島市HP) 特に災害情報の中継地点となる行政の災害情報アプリのインストールは非常に重要だ。災害弱者の定義の一つに『災害情報を受け取ることが出来ない、もしくは困難な者』があり、身体機能、コミュニケーションの能力の問題がなくても受け取れない人間はその意味合いで該当する。リアルタイムの情報を適切なタイミングで受け取れないことは、1分1秒を争う緊急時には致命傷となりかねない。次なる行動の指針がないことは、生命に係る一大事だ。東日本大震災でも自動車で避難途中に渋滞に巻き込まれ、身動きが取れなくなって津波に飲み込まれたり、津波の接近を知らず高台避難ではなく自宅に戻りそこで散ってしまったりなど多々あった。これに加え、自身の地域の避難所の確認や災害弱者で要配慮者(広島市HP)の方は、最寄りの福祉避難所(広島市HP)の確認も怠りなくしたい。特に要配慮者に該当する方は、自身の力で移動で出来ないことを冷静に捉えて、指定した介助相手(自助 家族含む)、隣近所(共助)との密なコミュニケーションを普段から取り、万が一に備えたい。公助(警察や消防など)の手が差し伸べられるのは時間もかかる。自然災害での災害弱者(ウィキペディア)の高い致死率を考えると、用意に越したことはないだろう。東日本大震災後、全国各地で様々な自然災害があった。過去を教訓に万全の備えをしたつもりでもその都度、不備が発生したり新制度が上手く機能しなかったりとか見受けられた。制度や運用上の問題がその時々で指摘されているが、利用側の認識不足の問題も大きい。専門家まがいの知識まで習得する必要はないが、自分に必要な防災関連の知識や制度ぐらいは何となく程度には、知っておきたい。それげ結果的に身を助ける事にもつながる筈だ。今日は、東日本大震災から丸8年を思い、地震について考えてみた。

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西日本豪雨被災地への募金受付窓口まとめボランティア情報
前回記事 広島の都市問題 西日本豪雨 その2

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 あの西日本豪雨より1カ月半以上が経過した。未だに崩れ去った都市インフラは完全に復旧されておらず、被災地域では不便な生活を強いられている。直接的な被害は言うに及ばずあれだけ順調だった都市観光にも暗い影を落としている。目の前のことで手一杯で、そこまで考える余裕がないのが実情だが、影響が長期に渡ると都市経済の沈滞にもつながる。豪雨災害時、中央マスコミがこれでもか、といぐらい取りあげ、被害の実情以上のネガティブイメージを結果的に刷り込んだしまったことも風評被害を拡大している一因かも知れない。客観的に見てあまりよろしくない傾向ではあるが致し方がない面もるので良し悪しは難しいところだ。中国新聞で今回の災害の被害を取りあげた記事が掲載されていたので、当ブログでも扱いたい。
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本日のお題 8月18日中国新聞3面より引用
西日本豪雨 広島県内土木被害1,219億円


【記事概要】
 西日本豪雨による広島県内の公共土木施設の被害額が1,219億4,900万円に上ったことが17日、県と広島市のまとめで分かった。自然災害による被害額としては過去最大規模とみられる。被害の実態把握が進み、7月中旬の集権と比べて148億2500万円(13.8%)増えた。県と同市は全容を概ね把握できたとして、各自治体の復旧作業を加速する。

画像1 8月18日中国新聞3面より(ブログ画像からは全て読めません)

【記事詳細】
 ▼管理者別の内訳-広島県-625億3,300万円、広島市-165億4,200万円、呉市-7
  3億1,000万円、東広島市-66億9,200万円、三原市-60億7,100万円、坂町-
  34億8,000万円、庄原市-32億9,100万円となっている
 ▼分野別内訳-河川-581億3,700万円(47.7%)、道路-332億2,700万円(
  27.2%)、砂防施設-160億1,200万円(13.1%)、橋梁-91億600万円(
  7.5%)

 ▼被害箇所は8,536ヵ所。7月中旬より733ヵ所(9.4%)増加。内訳は広島県-3,7
  52ヵ所、広島市-1,500ヵ所、他の22市町が3,284ヵ所
 ▼広島県は西日本豪雨の災害復旧のために7月末に総額約1,325億円の過去最大の補正予算を
  まとめ、8月3日臨時議会で可決し、広島市は総額157億9600万円の2度目の補正予算
  を発表した。28日からの市議会臨時会本会議で提案する予定
 ▼広島市では14年8月の広島土砂災害同様に、基本的な復旧期間を3年間とし、災害に強い改
  良復旧は時間をかけて進める


画像2 拡大図(要拡大) 広島県内分の公共土木施設の被害の詳細(画像 中国新聞記事より)
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【考察その1】
災害時の公共土木施設に関する各法令


画像3 自然災害の公共土木施設に係る国の補助制度概要(画像 国土交通省HPより)

 今日の記事は少し視点を変え、書き綴りたい。中国新聞記事の広島県内の公共土木施設の被害状況を燦燦たるものがあり、死者・行方不明者数もさることながら被災状況の甚大さを物語っている。被災地の復旧やその後の、災害に強い復興まちづくりは二度と悲劇を繰り返さないためにも不可欠だが、同時にコストがかかる問題でもあり頭を悩ませるところだ。最優先すべき事項には違いはないが、先だつものとの相談となる。広島市は言うに及ばず、広島県や各自治体の財政難は皆が知るところだが、この場合の地元負担がどれぐらいの割合になるのか?興味があったので調べてみた。ブログ主の拙速な予想だと、国-2/3、地元自治体1/3ぐらいかなと思った。国土交通省のHPによると国庫負担率は2/3(66.7%)、地元自治体1/3(33.3%)だが、地元負担の地方債起債のうち95%を交付金として補助。地元自治体の実質負担額は1.7%に過ぎないらしい。ほぼ国が面倒を見る形のようだ。そのままに今回の広島県内の全自治体(広島県も含む)の公共土木施設の被害総額は1,219億円。これは、被害総額であって復旧費ではないので参考にするのはあれだが、これについては地元自治体の腹はそう痛まない計算だ。既存施設の復旧は手厚い国庫負担がある(実質98.3%)が、他の新規の災害関連のインフラ整備(砂防・治山堰堤など)は、ここまでの手厚さはないようだ。もう少しこの話を続けると、この法案の正式名称は『公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法』(ウィキペディア)で、目的としては自然災害により被災した公共土木施設を迅速に復旧することで、公共の福祉を確保すこととしている。自然災害という特殊性を鑑みて、今説明した驚異の国庫負担率の他に国の災害査定を待たず、発災直後から実施可能な点や原形復旧だけでなく適切な施設形状で復旧が可能など、他の公共事業の補助制度とは一線を画しているのが大きな特徴だ。広島県内各所の公共土木施設の被害状況を見ると、河川、道路、砂防施設だけで全体の88%も占めている。

 今回の被害総額はあくまでも行政所有の公共土木施設に限った話で、民間所有のインフラなどは当然含まれていない。民間所有の鉄道、他にはガスや電力、通信などのインフラ施設はどうなのだろうか?民間鉄道会社の鉄道に関しては、1953年に鉄道軌道整備法に災害復旧事業費補助制度が制定され、民間事業者に直接国庫補助されるようになった。ただし、激甚災害制度の対象とはなっていない。今回の西日本豪雨は
激甚災害制度が適用されているので、被害が甚大だったJR西日本の各線(山陽本線、呉線、芸備線)などは補助の対象外になる公算が高い。災害復旧の補助率は国・自治体が各4分の1であるが、収益状況の厳しい事業者に限るという条件がついており、JR本州3社などは対象外とされている。こうしてことを勘案すると県内の鉄道インフラの復旧はJR西日本の自腹となる。もっともJR側も自然災害リスクは十分心得ており、リスク回避のために08年に平時に銀行と借入予約契約を結び、手数料を支払うことでリスクが顕在化した場合、定められた融資額の枠内(JR西日本の場合は1,000億円まで)で短期での借り入れを可能とする策を講じている。あくまでも自己防衛策で、公的な補助が実質ない事には変わりはない。ガスや電力、通信などのライフライン系の民間企業の場合は、補助制度そのものが存在しないので、全額自腹となる。人々の生活基盤を形成するインフラ設備に関しては官民関係なく、民間であっても一定の補助があって然るべきだ、と思うのだがこの辺はどうなのだろうと思う。


画像4 西日本豪雨の被害の様子。広島市安芸区瀬野地区付近(画像 ユーチューブ画面撮影より)

【考察その2】
都市経済に与えた深いダメージ


画像5 広島市を観光都市として知らしめている平和記念公園(画像 広島市HPより)

 こうした自然災害が起きると必ずといっていいほど自粛ムードが覆いかぶさる。感情的に致し方がない面はあるにせよ、『こんな時に不謹慎な!亡くなられた方のことを考えているのか?』的な論法が幅を利かせ、正義の御旗と化す。これは日本人の典型的な悪弊の一つで、エモーショナル(感情・情緒)的な思考で判断すべき事柄と、ロジカル(論理)的な思考で判断するべき事柄を取り違えているとしか思えない。被災地域で開催予定だったイベントなどはインフラの被災で開催が不可能なものは致し方がない。ただ、被災地域でもないのに自粛するのは、間違っているとさえ思うのだ。このような自粛ムードが幅を利かせると、経済が完全に沈滞してしまう。消費機会が失われ結果的に税収のダウンを招きかねない。復旧と復興に莫大な国費を投入することを思うと得策ではないのは確かだ。広島地域限定で大変申し訳ないが、広島商工会議所の統計によると、18年7月期の景況判断指数(DI)は前月比マイナス24.8ポイントだったそうだ。11年3月期のマイナス24.1を上回る落ち込みとなった。全国的には、『緩やかな回復基調が続いているものの、平成30年7月豪雨によるマインド面の下押しもあり、引き続き一服感がみられる。先行きについては、人手不足、コストの上昇、平成30年7月豪雨の影響等に対する懸念もある一方、引き続き受注、設備投資等への期待がみられる』となっている。西日本豪雨の影響は決して小さくはないが、そこまでの懸念はないで結んでいる。ただ、これは全国レベルの話であって広島の話ではない。破壊されたインフラの復旧やその後の復興が進めば、いずれはの期待が膨らむが個人的に気になる傾向が出始めている。


画像6 広島土砂災害があった14年前後の観光客数推移(画像 広島市HPより)

 それは観光客の減少だ。 ~西日本豪雨 岡山、広島、愛媛の3県で観光影響86億円~(産経WEST) 被災地域の観光客減少はどうしようもないが、ほぼ無傷の宮島や広島市などが正確は情報が伝わらず、観光客の足が遠のいている。今の時代ネット社会でもあるので、情報伝達の速度は20年前とは比較にならない。ただし、正確な情報が伝わっているかと問われたらそうでもなかったりする。まだ西日本豪雨から二カ月弱で正確な統計がないので、憶測になってしまうが観光シーズンの夏場のダウンは相当の痛手だ。ここで4年前の広島土砂災害の観光に与えた影響を振り返りたい。災害日が8月20日、と観光シーズン本番のピークを過ぎた時期が幸いして影響は軽微なものにとどまっている。上記画像6は広島市の観光客数推移をグラフ化したものだ。災害は14(平成26)年だが、前年よりも全体数は伸びている。ただ、これは災害時期に助けられた側面がある。月別推移の統計がないので代表的な観光施設の広島平和記念資料館の月別入館者数(下記画像7参照)を見てみる。7月まで概ね、前年対比100%以上で推移していたが、8月以降前年割れとなっている。前年対比マイナス8~12%と決して小さなものではない。これだけで全てを推し量るのは危険だが、参考にはなる。広島市だけの被災状況だと今回の西日本豪雨よりも酷かった。しかし、今回の西日本豪雨は被災地域が広範囲で前回よりも風評が広がっているので、都市観光に与えるダメージはかなりのものがあるのではなかろうか?近年の広島市の活況ぶりは、インバウンド需要の取り込みに成功したことが土台となっている。時期的に多くの再開発や跡地利用計画とも重なり、ホテル建設中心の都心部地区のスクラップ&ビルドが加速した。ようやくバブル経済崩壊後からの失われた20年から脱却しつつあった好循環に水を差す結果になるかも知れない。つくづく、災害に強いまちづくりの必要性を感じずにはいられない、と感じた次第だ。


画像7 広島平和記念資料館の14(平成26)
年の月別入館者数(画像 広島市HP)


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カテゴリー記事 広島の都市問題 広島の災害

【考察その1】
これまでで分かっている被害の状況(7月16日現在)


動画1 
上空から見た豪雨被害=広島(時事通信映像センター)

 西日本豪雨が起きて既に2週間が経過した。ブログ主の場合、直接の被害はなく事なきを得たが広島市の安佐北区、安芸区。安芸郡の諸町、呉市、東広島市、江田島市、三原市、竹原市、福山市などで甚大が被害が発生した。17日現在、広島県の死者は108名を超え、全体の半数近くに上る。連日の酷暑で復旧作業の進捗が滞る中、直接被害がない人間も災害による物資の不足や鉄道や道路の通行止め、断水などで災害前の日常に戻れない状態が一部では続いている。災害地域の住民の一人として早急な復旧を切に望む次第だ。同じ広島人として、被災して亡くなられた方のニュースを聞くと他人事にはとて思えないし、この酷暑の中、窮屈な避難所生活を強いられている方を見てもついそう思う。理性では納得出来るが、感情では全く納得出来ないのは100%の安全圏内に身を置いている癖に、今回の災害に対しての初動の遅れや避難勧告が出ている時の首相の動きを批判をしている人たちだ。卑屈的な見方だと、この人たちの心底は、被災者に配慮して表面だけ同情する素振りこそ見せているが自分たちの狭隘な善悪論で決めつけた悪の批判をしたいだけだ。主張関係なく偏った考えに走る人間の特性の1つだ。批判する自分に自己陶酔しているだけ。内心そのような人間を軽蔑して、表面では軽く聞き流せるのは平時だけだ。被災された当事者が行政の対応を批判するのは心情としてありだと思う。さらに苦言ではないが、災害地域は致し方がないが無関係の地域は、何もかも自粛ムードになる必要はない。日本中が自粛ムードに覆われたら、経済が沈静化して税収が減る。復旧・復興に相当額の国費投入が必要になる筈なのでそれもどうかと思う。観光などで広島の地を訪れたいと考えている方にも同様のことが言える。遠慮などせず、広島の地を訪れどんどん消費して頂きたい。タイトルとは無関係だが、気になるのであえて言わせてもらった。

画像1 広島大豪雨災害調査団が作成した斜面崩壊分布図(画像 7月17日中国新聞1面より)

 そろそろ本題に入りたい。今回の西日本豪雨災害の発生背景について、広島大豪雨災害調査団(広島大学HP)なる組織を立ち上げ、結成された11日以降調べている。まだ調査中で最終結論が出てはいないが、先日の中国新聞報道によると従来の土砂災害とは大きく異なるケースの可能性があると指摘している。報道の詳細を下記に書き綴る。

広島大豪雨災害調査団の調べ(7月16日現在)
▼平成30年7月西日本豪雨の斜面崩落少なくとも5,064ヵ所。地域ごとの内訳は次の通り。東
 広島市
1,632ヵ所、呉市1177ヵ所、三原市843ヵ所、竹原市351ヵ所、広島市338
 ヵ所(
区243ヵ所) 以下省略
▼同大調査団の調査方法は国土地理院が被災後に撮影した航空写真に被災前の画像を重ね合わせる
 などして、斜面崩落の発生地点の分布図を作成。土砂が流出した筋状の跡の起点を一つ一つ確認
 しながら確認する手法を取った
▼今回発した崩落は、広島市安芸区から呉市にかけての瀬戸内海沿岸地域、東広島市の西条盆地、
 黒瀬盆地など傾斜や起伏が大きいエリアでの発生密度が高かった。その殆どが表層土が崩れや
 すい『表層崩落』とみている。
▼その一方で、表層崩落ではなく、山頂部付近が崩落した箇所も多く存在した。豪雨による山の斜
 面崩落は一般的には水が溜まりやすい低い場所で起こりやすいのが常。同調査団の地理学の教授
 は『今回は通常の降雨による崩壊とは大きく異なる。土砂災害警戒区域の指定基準の見直しなど
 も必要になる』としている
▼広島県によると、住宅や道路などに被害があった県内土砂災害発生は16日現在、248ヵ所とし
 ている。県砂防課では『今回の土砂災害の全容もまだ把握していない。今回の結果が明らかになっ
 た後、警戒区域の指定の在り方を検討したい』としている


画像2 全国47都道府県の土砂災害危険箇所ランキング(多い順) 画像都道府県データランキングより

 そこで現在の広島県の土砂災害警戒区域を調べてみた。 ~土砂災害ポータルひろしま~(広島県HP)。実際にカウントしたわけではないが47都道府県別では断トツの全国1位の3万ヵ所超えだ。仮に災害の全容が明らかになり、記事で報道されているように山頂部の崩落危険箇所も今後、加えられた場合、現在の3万以上の危険箇所(下記画像2参照)がどれだけ増えるのだろうか?素人には想像がつかない。4万超えになるかも知れ ない。
砂防堰堤や治山堰堤(下記画像3と4)というのは、土石流が傾斜を通り下に流れ込むのを未然に堰き止める役割を担う。今回のように山頂部からの崩落した場合、その体積量も相当のものになる筈。規模もより大きなものが求められる。現在、1基の建設コストが10~20億円ともいわれる砂防・治山堰堤だが、前回記事でも語ったが全ての危険箇所に建設するわけにもいかない。天文学的な建設コストが必要となる(60兆円以上)。そもそも論の素人の勝手な推測だが、回り道が早道になるのでは?と思ったりもする。回り道とは、土石流が発生しにくい治山行政を長期的に取り組む方向に転換することだ。国土強靭化のフレーズには何やら甘美な響きさえあり、心躍らされるものこそあれ、実際に大災害が起きればないよりはマシだが、期待された効果を発揮しないケースが目立つ。これを踏まえ次の考察に進みたい。


画像3(左) 砂防堰堤(砂防ダム) 画像4(右) 治山堰堤(治山ダム)の様子(画像 広島市HPより)

【考察その2】
ハードの限界 結局最後に身を守るのは自身の防災意識の有無


動画2 跡形もなく・・・砂防ダム“消失” 想定こえる土砂流入(18/7/13 ANA ニュースより)

 広島市には太田川放水路という豪雨時に、水害被害から市民の生命財産を守る絶対的な守護神が存在する。この完成は1967年である。江戸時代~昭和初期辺りまで広島市内(デルタ以内地域)では約4~5年周期で、大水害に見舞われていた。~太田川放水路~(中国建設弘済会) この存在の唯一無二のデメリットとして広島人の防災意識の欠如を助長させた、と考える。他には台風の直撃や地震が少ないなどの理由も考えられる。今回の西日本豪雨でこんな話も実はある。 ~砂防ダムや治山ダム、過信は禁物 各地で「想定外」設計基準超え雨量~(産経WEST) 砂防・治山堰堤整備地区でも結果として被害が生じ、死者が出ている。確かに整備されたから被害がこれだけで済んだ、との見方も成立する。間違いではないが、死者を出す時点でどうなんだろうとの疑問は残る。一番怖いのは、整備によって生じる周辺住民の防災意識の低下を誘引させることだ。実際に避難勧告が出ているのにもかかわらず避難するのが遅れ、亡くなった方がいるくらいだ。整備されていた地域の住民の声で、ハードに対しての依存心の強さを匂わせる発言が災害後、多く聞かれていることがこれを証明している。砂防・治山堰堤整備地区で今回大きな被害が出なかったところも実際にはある。底意地の悪い見方をすれば、許容量の土石流しか発生しなかった幸運に助けられている側面があることを忘れてはいけない。今回に関しては避難勧告のタイミングなど特に問題はなかった。


画像5 西日本豪雨災害の広島県の年代別死者数(画像 7月14日中国新聞より)

 地震と津波の被害は市域全体の被害となり広範囲だ。それを教訓とした被災後の防災意識向上の環境も醸成しやすい。豪雨による冠水や土砂災害の場合、被害地域が限定され、ボランティア参加で災害直後の現地に入りでもしない限り、映像の世界の出来事として認識されやすい。どこかしら対岸の火事というか危機意識の共有が難しい。ブログ主が今回の災害で注目したいのは、亡くなった方の7割が65歳以上の高齢者であることだ。高齢者率が高い地域ばかりにピンポイントで災害が起きたわけではない。7月6日金曜日の夜間帯(19時40分)に『大雨特別警報』が発令されており、平日の昼間ではないので現役世代の在宅率も高かったはず。なのに亡くなった方の7割が高齢者。この点にポイントがある。65歳の高齢者は基本的には災害弱者(ウィキペディア)に分類される。災害弱者とは災害時、自力での避難が通常の者より難しく、避難行動に支援を要する人々(要支援者)を指す。しかし当人たちがその自覚があったか否かはまた別の問題だ。自覚に乏しく、災害強者として勘違いしていたのではなかろうか?避難勧告が出ているのにも係らず、避難せず結局災害の犠牲になる。このパターンが多かったのでは?と推察する。ブログ主のような移動困難者であれば、割り切りもするし現在の身体能力の限界値も良い意味でわきまえている。意識は壮年時代のまま、災害弱者の認識も皆無だったとしたら・・・。今回の数字は当然の帰結にも思えなくはない。『たら、れば』は禁物だが、もし防災意識が非常に高かったとする。どうなっていただろうか?災害内容にもよるが、死者数はかなり減っていたといえる。結局、最後のよりどころとなるは当人の防災意識の有無になる。気になったのは『避難行動要配慮者名簿制度』だ。亡くなった方に関してはこの制度が機能しなかったのだろうか?

 前回記事でも書いたが、今回は広島市内に限れば大きな被害が出たのは安芸区と安佐北区だけである。上記画像1をご覧になると分かるが他の区では被害はほぼ皆無だった。下記画像6は広島市内の丘陵・山岳地帯の状況だ。広島花崗岩が風化してできた砂状の脆い真砂土の層で覆われている。真砂土は雨水を浸透し、水がたまりやすい。豪雨になると吸収しきれず、大量の水が土砂とともに流れ下る傾向が非常に強い。広島市の場合、平野部もそうだが山岳・丘陵地もこのような地質が多い。このような土地にある街が災害に強いわけはない。今回は運よく難を逃れたが次回は・・・、ぐらいに考えても決して損はない。詳しくは前回記事で書いたので割愛するが、減災の観点では土砂災害危険区域に住まないのが最大の減災と思うが、諸般の事情で動けない人は万全の備えが不可欠だろう。100%の減災はこの世に存在しないが、『〇〇%』の確率を少しでも上げるために『ハード+ソフト』両面の着実な実行が求められる。この場合のハードは、砂防・治山堰堤一辺倒ではなく、土砂災害が起きにくい治山在り方を根本から見つめ直すことだ。結果が出ないのだから発想の根底から変えるしかない。防災意識の高揚は、『災害に弱い街-広島』の認識を強く持つことからだ。まずは自身の範囲内で出来ることを、最大限行うことから始めるべきではなかろうか?災害弱者であるブログ主は特にそう思う次第だ。

安佐南区、安佐北区の被災地及びその周辺における地形・地質状況を示した図
画像6 広島市内の山岳・丘陵地帯の地質状況(画像 広島市HPより)


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西日本豪雨 被災地への募金受付窓口まとめ ボランティア情報

【考察番外編】
西日本豪雨関連の支援・義援金、ボランティアのまとめと活用可能な行政の制度
詳しくは、行政のHPにて検索を

画像1 
土石流で押し流された家屋のイメージ画像(画像 かわいいフリー素材集いやすとやより)

 ブログ主は、重度障害者という境遇上連休中に被災地でのボランティア参加が難しい。いち広島市民として何もしないのも非常に心苦しく感じている。よって連休明けの火曜日に家内に広島県に義援金を割とまとまった金額を寄付することにした。ボランティア参加や義援金寄付などは義務でもないし、使命でもない。ただ、今回の災害を度受け止めるのか?被害に遭わなくてラッキー、対岸の火事と他人事で流すのか?はたまた明日は我が身。そして亡くなった方や家財道具一式押し流された方などのことを思うと、痛みを同じ広島人として、少しでも共有したいと考えるのかは個人の自由だ。要は気持ちの問題だ。ブログ主は、重度障害者の関係上、行政とのかかわりが健常者の人たちより多い。基本的に行政は、『あなたにはこんな制度を使えますよ?』などとあちらから言ってくることはまずない。こちらから問い合せることで話が始まる。行政は全体に手を差し伸べるが、個別には差し伸べない。これぐらいの気持ちで臨んだ方がいいだろう。ブログ読者の方で、今回の被蓋に遭われまだの方は参考にして頂きたい。

▼支援・義援金受付
 西日本豪雨・被災地への募金受付窓口まとめ(広島ニュース食ベタインジャー)
 広島各地でボランティア募集
(広島ニュース食ベタインジャー)
▼災害時の活用可能な行政の制度一覧
【支給型】
  行政の制度                被害(被災)状況     
 『災害弔慰金』(広島市HP)
⇒        親族が死亡した
 
『災害障害見舞金』(広島市HP)⇒      重い後遺障害(※注1)になった
 『災害見舞金』(県と市の制度 広島市HP)⇒ 家屋が被害に遭った
 『被災者生活再建支援金』(広島市HP)
⇒   家屋が被害に遭った
 『応急修理』        ⇒        家屋が被害に遭った
  専用ページがないのでこちらで説明する。屋根や台所、トイレなど生活に欠かせない場所の
  修理費用も1世帯当たり58.4万円を上限に国や自治体が負担してくれる。
【融資型】
  行政の制度                   
被害(被災)状況 
 『災害援護資金』(広島市HP)   ⇒  家屋が被害に遭った 1カ月以上の怪我をした
                      家財がなくなったり、破損した 生活費や生活再
                      建の資金が必要
 『生活福祉資金貸付制度』(広島市HP)⇒ 
生活費や生活再建の資金が必要

【罹災証明書の発行について】
 家屋被害の公的支援制度や融資を受ける場合、必ず『罹災証明書』が必要となる。市町村に書類
 提出が必要となり、後日自治体職員による現地調査がある。
正確な状況を知ってもらうために被
 害状況をあらゆるアングルから画像として残しておくもの賢い方法だ
 ~平成30年7月5日からの大雨に伴う罹災証明書の申請受付を開始します~(広島市HP) 

 ※注1 日常生活に支障をきたすほどの障害を負った場合には、各役所の障害福祉係または通院
 していた病院にて相談を。障害内容と重さにもよるが、場合によっては障害者手帳の取得も可
 能。障害年金も同様で、関心のある方は、次リンクの窓口で相談を。~全国の相談・手続き窓口
 ~(居住している都道府県をクリック 日本年金機構HP) その際にはメモと筆記用具、自分
 の年金手帳、身分証明、認印も持って行くことをお勧めする。因みに過去に未納歴があるとNG
 なので、該当者はその辺も相談されると良いだろう。障害者手帳とは別物なので手帳なしで受給
 可能。受給を躊躇う方もいると思うが、障害は死亡や傷病と同じく保険事故の1つ。その辺を

 りきれれば、躊躇はなくなるだろう。 ~障害年金~(
日本年金機構HP)。ブログ主の経験
 と障害者手帳発行は申請後1か月強。障害年金は2か月程度(異例の早さ)だった。

▼おまけその1
 日本損害保険協会自然災害等損保契約照会センター
 フリーダイヤル (0120)50133(平日午前9時15分~午後17時)

 生命保険協会災害地域生保契約照会センター
 フリーダイヤル (0120)00173(平日午前9時~午後17時)

 家屋が大きな被害を受け、書類関係も流されてしまった方で保険会社の連絡先や契約内容など不明な場合は上記の番号で確認できるそうだ。参考にされたい。

▼おまけその2
 ~広島県警『デマ情報に惑わされないで!』~(広島県警HP)
 
 広島弁護士会による無料相談
 082-502-0612(
午後0時~午後4時まで(土・日・祝日含む。)8/31まで)

 広島県の被災者支援制度~(広島県HP)


画像2 広島市中区国泰寺にある広島市役所の様子(画像 広島市HPより)


動画1 
復旧作業は暑さとの戦い ボランティア活動本格化(18/07/14)



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