封入体筋炎患者闘病記

 封入体筋炎患者のヒロです。病歴は2019年で満11年、12年目に入りました。在宅勤務の仕事とリハビリの日々を送り、細やかながらも家族3人で暮らしています。ブログ記事は闘病記と広島地元ネタ、社会保障などの時事ネタ中心です。希少疾患の封入体筋炎の周知が目的です。関心があれば、ツイッターなどでご紹介していただければ幸いです。疾患関係で直コメントが苦手の方は、ツイッターのダイレクトメールを利用してください。封入体筋炎の闘病史は各進行段階の症状や生活障害、必要な社会保障制度等をまとめています。良ければ参考にしてください。最新の封入体筋炎の状況は『近況について色々と』、取り組んでいるリハビリについては『2019年春~夏 筋疾患(封入体筋炎)リハビリ』にて素人の体感目線で書いています。モバイル版で読みにくい場合は、PC版に転換してからお読みください。

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シリーズ記事 新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥

ブログ主からのお願い
 
 この記事は他の記事とは異なり、事実と相違する歴史if世界をブログ主の思い付きで書いています。物語上外せないものは史実を一部取り入れていますが、後は完全にフィクション-作り話、創作-の世界です。言いたいことは山ほどあるとは思いますが、寛大な心を以て読んで頂ければ幸いです。ブログ主の暇つぶし記事にお付き合い頂ける方のみ、先に進んでください。

【前回までの話】
 75年2月前市長の急死に伴う広島市長選で、
3度目の挑戦で初当選したうえき市長は、争点にもなったHATSⅡ案の見直しに就任後、着手した。『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、新しい地下式鉄・軌道系公共交通の整備の方向性を打ち出す。引き継ぐ形で『広島市基幹公共交通導入検討会』を立ち上げたが、途中からナカタ元首相の思わぬ援護射撃もあり、国鉄可部線と広電各線を乗り入れさせる『HATSⅢ案』()を最終提言案としてまとめた。同案は77年春、『中国地方陸上交通審議会』で答申案となり、広島高速鉄道設立の準備、基本設計、付随する関連事業-広島駅、西広島駅再開発、地下街建設、路面電車の再活性化-の具体化に向けた種まきをした。78年春に、『路面電車活性化委員会』を立ち上げ、2回の会合で再活性策とスケジュールを決めた。その年に夏に、広島高速鉄道を設立させ、来年(79年)度の工事着手に備えた。就任直後の『昼行燈』の評価は過去の話となり、辣腕市長の評価に変わりつつあるうえき市長の野望は止まらない

【登場人物などの紹介】
うえき広島市長(モデル 荒木武元市長) 
 前市長の急死により、75年2月3度目の挑戦で初当選を果たした。無所属候補だったが、民社党の元県議で、三菱重工の労働組合が出身母体。選挙戦の地下鉄導入論議では、フル規格地下鉄のHATSⅡ案、広電の存続を前提とした公共交通整備などどの案にも組せず、反対意見が多かったHATSⅡ案のゼロベースからの見直しだけを主張した。当選後、
『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、議論の仕切り直しを始めた。その後立ち上げた『広島市基幹公共交通導入検討会』で的確な手段を講じ、HATSⅢ案を最終提言案にまとめた。広島駅再開発などの関連事業も同時に立ち上げ、地下鉄導入を契機に真の中国地方の中枢都市を目指すべく邁進している

広電大谷会長(広島商工会議所会頭兼務 モデル 大田前会長)
 
広電最高の出来物経営者として名を馳せ、78年に広電初の広島商工会議所会頭にも赴任した。うえき市長就任直後から、市長与党の一人だった。かねてより広島市規模ではフル規格地下鉄では、供給過剰になると警鐘を鳴らしていた。路面電車の取り巻く環境が、この数年で激変して戸惑いが隠せないでいる

ナカタ元首相(モデル 田中角栄元首相)
 広島選挙区選出の衆議院議員。コンピューター付きブルドーザーとの異名を取り、日本の政界にキングメーカーとして長らく君臨した。ラッキード事件で首相を退陣したが、自民党最大派閥のナカタ派の領袖として実質的な首相の任命権すら持っていた。お膝元の広島市では、芸州会なる政治団体を立ち上げ、国の予算編成において大蔵省主計局に対し、『芸州会要望書』を提出し、丸飲みさせるのが習慣となっていた。76年当時の会員数は、10万人を超え、広島の政財界の要人もこぞって加入していた

HATSⅢ案(モデル 旧西ドイツのシュタットバーンなど)
 広電の路面電車への愛着が強い多くの市民の反対の世論をバックに、HATSⅡ案の代替え案として浮上した。国鉄可部線を移設・複線・高架化させ路面電車規格に改め、広電各線とを片乗り入れさせる路面電車の地下鉄案。建設㌔数は僅か8.1㌔だが、深刻化する市北西部の交通渋滞も解消させ、広島都市圏全体の公共交通網全体も一気にリメイクするという役割も担っている。運輸省補助による建設する地下鉄線だが、車両は保有せずインフラ設備のみ保有し運営は一切乗り入れる国鉄と広電に一任する方針。79年着工し、85年頃の開業を目指している。地下鉄線部分の建設費は1,790億円(市負担411億円)。うえき市長が掲げる『広島百年の大計』の基幹事業

【歴史if世界その17】
広電本社の大谷会長の戸惑いと決意


画像1 東千田町にある広電本社の外観(画像 ウィキペディアより)

 78年11月、季節は秋から冬に向かう中、大谷会長は最上階の社長室である資料を目にやり佇んでいた。その資料は、『路面電車活性化委員会(以下 委員会)』がまとめた最終答申案だった。第2回委員会が6月に開催(新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥ 8)され、その後8月と10月に二度ほど開催され、最終答申案がまとまり地下鉄建設に先んじて、来年から手が付けられるものは着手することになった。この改良案が全て完成して、地下鉄線の乗り入れた暁には、現在の旅行速度12.0km/hが、22.0km/h程度となり、10km/h以上も向上する。本線&横川線が名義上は廃止(実際には地下新線としてリメイク)されるので、81年に20年分の営業補償金が250億円が支払われる。『路面電車走行空間改善改築事業』が創設され、車両更新に1/3の国からの補助が見込め、地下鉄開業後に想定する運用車両本数100編成を開発中の新型車両に置き換えても、200億円以上は余る。西広島停留所の地下移設の自社負担分を差し引いたとしても、180億円前後が余剰になる計算だった。当初廃止される3号線系統も、撤回され広電平和大通り西線(下記画像2参照 西広島駅~白神社間2.5㌔)が江波延伸線(江波~江波南間1.1㌔)と共に、85年までに開業することになり、広電としては慶事どころの騒ぎではなくなった。広電本線と同横川線が地下鉄東西、横川線に名義変更され路線㌔も18.8㌔から12.2㌔になるところが、15.8㌔になる。利用者数も現在の1日平均15.0万人から21.0万人と当初試算されたが、延伸計画の具体化で22.8万人(52%増)になると試算し直された。増収分の約20%は施設使用料として、広島高速鉄道に徴収されるが、得る対価を考えると微々たる負担でしかない。『何もかも上手くいき過ぎて逆に怖い』が正直な感想だ。大谷会長が理想とする姿のかなり上の姿が現実のものとなりそうなのだ。そう考えても不思議ではない。

 
画像2 平和大通り西線のルート図(画像 中国運輸局HPより)

 広電にとっては莫大な利益と明るい将来をもたらす話だが、5年前までの路面電車の社会全体のヒステリックなバッシングの記憶がまだ生々しいだけに、現実感が伴わない夢心地の中にいる心境なのだ。そして今一度『
路面電車再活性化委員会』の最終決定事項を見て、現実のものとして確認しようとした。

 
路面電車再活性化委員会』の最終決定事項
①電車優先信号の設置-79年度から順次設置。設置区間は、存続線の12.2㌔と新設線3.
           6㌔が対象

②停留所の統廃合-存続34停留所のうち18停留所を廃止。新たに8停留所を新設。9年よ
         
整備着手。80~81年度に新設する8停留所を完成させ、全停留
         成後、廃止停留所を建て壊す作業に入る。存続停留所は
82~83年度
         高規格改修工事を終わらせる

➂軌道のセンターリ-停留所の統廃合に合わせ、82~83年度に整備を行う。下記画像3の
 
ザベーション化  ように縁石設置の簡易型にするセンタポール化(広島県HP)も同様と
          
する。全区間が対象
④新型車両の導入-市から営業補償金が81年度に入るため、同年に近畿車輛に発注をかけ8
         2年度から4年計画で納車。内訳は、3連接車両(定員175人 車体長
         30.0㍍)-80編成、2
連接車両(定員120人 車体長21.0㍍
         )-20編成。総費用は68.4億円(国補助22.8億円、広電45.
         6億円)

⑤ダイヤ改正-85年度の地下鉄開業時より実施。25%の減便ダイヤを想定
⑥最高速度-85年度の地下鉄開業時より実施
 制緩和
⑦主要交差点の-当面の対象は全区間、地下鉄開通後の85年以降は、廃止区間に限り右折可
   
右折禁止   を復活させる。実施は79年度からとする
⑧3号線系統の存-3号線は迂回ルートになる地下鉄東西線経由とはせず、平和大通り西線
 
と皆実町線と (上記画像2参照)を建設して、存続。皆実町線と宇品線(皆実町6丁
 
宇品線移設   目~広島港)の移設は市道中広宇品線の進捗を見極め、宇品の県病院
         
~宇品海岸3丁目間は専用街路化する
⑨主要交差点の-国道2号線は行わない。市道霞庚午線と平和大通りの4交差点のみ東西道路
 交差化  のアンダークロス方式で実施
⑩最終旅行速度-地下鉄乗り入れ区間26.5km/h、広電市内線区間18.0km/
hま
        で高め、全体で22.0km/hとする

 『よくもここまでメニューを揃え、短期間で具体化させたものだ。ナカタ先生の威光の賜物だな』とナカタカクエイその人の政治力に脱帽した。この政治家の鶴の一声で、他の選定機種案の退かせ、そのために新たな制度-
『路面電車走行空間改善改築事業』-を創設させた。それどころか、犬猿の仲の建設省-軌道線管轄-、運輸省-鉄道線管轄-をこの件に関しては蜜月関係を築かせた。『殆ど、人知を超えた魔法の世界の話だな』と自嘲気味に笑った。ただ、5年前までの10年以上吹き荒れた逆風が、それ以上の風速の追い風になっているのは確かだった。行政と心中する覚悟で共に歩めば、未来永劫崇められる経営者として名が社史に残る。『結果を残したものこそ正義だ』との信念は彼を支えている大なる部分だが、その条件が知らぬ間に整ってきた。うえき市長が大田会長にのみ明かした関西以西の最大の中枢都市を目指す『広島大都市構想』は広電会長としてだけではなく、広島商工会議所会頭としても大いに賛同した。『もう戸惑う時期は過ぎ去り、この市長と二人三脚、いや運命共同体となり、地の果てまで走るしかない』と思った。来年2月の市長選では、自民党中央執行部もうえき市長を推薦するとの噂だ。出馬表明した時点で支持表明しなければ、と考えていた。何度見ても思うのが路面電車規格の地下鉄案であるHATSⅢ案の俊逸ぶりである。海外視察で、ブリュッセルや西ドイツ3都市でのそれを見た興奮は今も忘れない。あの姿こそ、路面電車が生き残る唯一無二ものだと確信した。大々的な新規路線整備ではなく、必要なところだけを新設し既存のインフラの手直しするだけで全体の大掛かりなお色直しが可能となる同案は、理に適っている。欧米人は本当に合理的なものを考えるものだ、と感心すると同時に、それを日本にいち早く導入しようとするうえき市長の先見性も中々のものだと思った。そもそもの話だが、広島市規模では、フル規格地下鉄は精々最大の公共交通需要路線である『広島駅~紙屋町~西広島駅』の移動軸ぐらいで後は、中量輸送機関が適切と考えていた。HATSⅢ案だとほぼ理想とする軌道中心の公共交通網が出来上がる。広電のため、いや広島市のためにもうえき市長を支え続けるしかない、と覚悟を決める大谷会長だった。


画像3 ドイツの都市エッセンの狭隘道路における簡易式センターリザベーション化の様子(画像 ユーチューブ動画撮影より)

【歴史if世界その18】
うえき市長、市長選2期目の出馬表明


画像4 広島市議会本会議の様子(画像 木戸つねやす市議HPより)

 78年12月、広島市役所の議会棟で、第5回市議会本会議が行われた。革新政党以外オール与党体制に様変わりした議会で、自民党会派の市議から来年2月の市長選への意気込みを即された。呼応するかのように、うえき市長は市長選の出馬表明を行った。最初の10分間は、これまでの地下鉄建設、路面電車の高速化への取り組みや付帯する広島駅、西広島駅の再開発の問題、地下鉄東西線と鯉城線が結節する紙屋町交差点の地下道or地下街構想などを振り返り、種まき期間は終わり今後5年以降で、芽となり花になると強調した。それを押し進めるためにも、79年からの4年間を担いたいとした。後半は、80年の政令指定都市昇格、昇格10周年を記念する国際大型スポーツイベントの誘致。誘致成功後は、関西以西の最強都市を目指した更なる都市改造を行い、民間の投資環境を整えたいと語った。当面の目標都市として福岡市を置き、5~10年以内に追いつき、その後差をつけたいとアドバルーンを打ち上げた。満場から割れんばかりの拍手が、うえき市長が言葉を切るごとに巻き起こった。時間にして20分程度だったが、野次どころか応援一色となり、高揚感に包まれた議会場はさながら総決起大会の様相を呈していた。政界のキングメーカーのナカタ元首相の絶大の支持と、1期目の任期の取り組みが高く評価されてのそれであった。今回の本会議では、特に地下鉄関連の議案は出されなかったが、質問に立った議員全員、地下鉄絡みの質問をした。市議サイドも来年4月の統一地方選挙を控え、必死である。さも自分の功績かの言動をして選挙戦を有利にしたい思惑がある。うえき市長も阿吽の呼吸で心得ており、あたかも議員の支援のお陰で実現したかの答弁をした。2月に市長選、4月に市議選があり『ウィンウィンの関係』を築きたいのはお互い様だった。こうして大興奮のうちに12月の市議会本会議は閉会した。


画像5 政治家の政治資金パーティーのイメージ (画像 自民党大塚たかしHPより)

 その年最後の市議会本会議終了から10日後の、12月下旬、市内のホテルで『うえき市長を励ます会』が開催された。保守系市議は言うに及ばず、広島市選挙区の県議、国会議員、そして広島経済界の主だった面々、そしてたけしも知事までこの会に参加した。2月の市長選の選挙資金パーティーだったが、同時にナカタ元首相への忠誠心を量る踏み絵でもあり、不参加だと疑われかねない。冒頭、あいさつに立ったうえき市長は、これまでの4年間の市政全般を総括し、協力に対し謝意を述べた。そして、今後の協力を要請した。50~70年代を原爆投下で抱えた負の遺産の清算期間だったとし、80年代は凄惨な過去とは惜別して、西日本の雄たる都市として飛躍する期間にする必要がある、と強調。対外的には、『国際平和文化都市』を標榜し国内ではこれから大いに発展するであろうアジア諸国の都市を牽引する真の中枢都市に広島市を成長させ、都市発展の果実は市民全員に分け与えたいとその胸の内を熱く語った。方法論として、すでに動き始めている地下鉄建設、広島駅、西広島駅の再開発、紙屋町交差点の地下街構想の具体化、本四架橋『今治~呉ルート』、山陽自動車道の早期開通、広島空港沖出し案、西部丘陵地区の開発解除の検討、などがあり国、県と協調しながら確実に進めたいと述べた。90年頃には、80年に昇格する政令指定都市の10周年を記念して大規模国際スポーツイベントの誘致を実現させて、遅れている都市インフラ整備を加速させたい、とした。その雄大な構想に会場にいる者は、改めてうえき市長の政治手腕に驚かされた。基幹公共交通の整備は、この市長の能力の一旦を見せたに過ぎず、『虫も殺せぬ顔をしたこの市長の能力はどれだけ天井知らずなのか?』、これが会場にいた者の共通の感想だった。会の途中で、ナカタ元首相がビデオ映像にて挨拶をする一コマがあった。映像内で、ナカタ元首相は『うえき市長は、広島市の発展には欠かせない得難い人物だ。皆で盛り立てて彼の意に反さないように』と力強く語り、次回市長選は全力で支援するとのお墨付きを与えた。この時点でうえき市長の再選は99.9%決まったと言っても過言ではなかった。

その10へ続く
 
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シリーズ記事 新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥

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 この記事は他の記事とは異なり、事実と相違する歴史if世界をブログ主の思い付きで書いています。物語上外せないものは史実を一部取り入れていますが、後は完全にフィクション-作り話、創作-の世界です。言いたいことは山ほどあるとは思いますが、寛大な心を以て読んで頂ければ幸いです。ブログ主の暇つぶし記事にお付き合い頂ける方のみ、先に進んでください。

【前回までの話】
 75年2月の広島市長選に3度目の挑戦で初当選したうえき市長は、争点にもなったHATSⅡ案の見直しに就任後、着手した。『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、新しい地下式鉄・軌道系公共交通の整備の方向性を打ち出した。引き継ぐ形で『広島市基幹公共交通導入検討会』を発足させた。4つの選定機種を議論のたたき台としたが、途中からナカタ元首相の思わぬ援護射撃もあり、路面電車規格の地下鉄案が賛同一色となった。その流れに乗り、国鉄可部線と広電各線を乗り入れさせる『HATSⅢ案』()を最終提言案とした。地元選出の政界のキングメーカーのナカタ元首相、所轄官庁の運輸省や建設省との折衝を重ね、欧州の先進都市の視察などを経て、同案を77年春、『中国地方陸上交通審議会』で答申案に仕立てた。その後、広島高速鉄道設立の準備、基本設計、付随する関連事業-広島駅、西広島駅再開発、地下街建設、路面電車の再活性化-の具体化に向けた種まきをし、準備を進めた。78年春に、『路面電車活性化委員会』の初会合があり、速達性向上に向けた処方箋が議論され、一定の方向性が打ち出された。~歴史if世界年表 

【登場人物などの紹介】
うえき広島市長(モデル 荒木武市長) 
 前市長の急死により、75年2月3度目の挑戦で初当選を果たした。無所属候補だったが、民社党の元県議で、三菱重工の労働組合が出身母体。選挙戦の地下鉄導入論議では、フル規格地下鉄のHATSⅡ案、広電の存続を前提とした公共交通整備などどの案にも組せず、反対意見が多かったHATSⅡ案のゼロベースからの見直しだけを主張した。当選後、
『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、議論の仕切り直しを始めた。その後立ち上げた『広島市基幹公共交通導入検討会』で的確な手段を講じ、HATSⅢ案を最終提言案にまとめた。広島駅再開発などの関連事業も同時に立ち上げ、地下鉄導入を契機に真の中国地方の中枢都市を目指すべく邁進している。『昼行燈のうえきさん』改め、『何でもできるうえきさん』になりつつある

HATSⅢ案(モデル 旧西ドイツのシュタットバーンなど)
 広電の路面電車への愛着が強い多くの市民の反対の世論をバックに、HATSⅡ案の代替え案として浮上した。国鉄可部線を移設・複線・高架化させ路面電車規格に改め、広電各線とを片乗り入れさせる路面電車の地下鉄案。建設㌔数は僅か8.1㌔だが、深刻化する市北西部の交通渋滞も解消させ、広島都市圏全体の公共交通網全体も一気にリメイクするという役割も担っている。運輸省補助による建設する地下鉄線だが、車両は保有せずインフラ設備のみ保有し運営は一切乗り入れる国鉄と広電に一任する方針。79年着工し、85年頃の開業を目指している。地下鉄線部分の建設費は1,790億円(市負担411億円)。うえき市長が掲げる『広島百年の大計』の基幹事業。


【歴史if世界その15】
第2回路面電車活性化委員会の開催


画像1 ボストンMBTA(マサチューセッツ港湾運輸公社)に86年納車された近畿車輛製LRV(画像 同社公式HPより)

 前回の開催から2カ月後の78年6月中旬、『第2回路面電車活性化委員会(以下 委員会)』が市役所内で開催された。今回の議題は前回持ち越した課題の対処法の検討状況の報告と新しい議題として、既存の軌道の建設される地下鉄線の接続をどうするのか?である。委員会冒頭に市から、広電に支払う営業補償金は、地下鉄東西・横川・鯉城3線の工事が始まるのが79年度からなので、80~81年頃になると報告された。市道霞庚午線の舟入南6丁目交差点(江波線交差)は同線の工事が終わる80年代半ば頃、平和大通りの小網町交差点(江波線交差)、白神社前交差点(宇品線交差)は鶴見橋の建て替える時期に合わせ、立体交差化する意向を明らかにした。国からは、国道2号線の舟入本町交差点(江波線交差)、広島市役所前交差(宇品線)、平野橋東交差(皆実町線)については、暗礁に乗り上げている西広島BP高架延伸が開通すれば、立体交差化する必要はなく、優先信号の設置で対応が出来るとした。広島市の2道路についても、立体交差が完成するまでの過渡期的な処置として、優先信号の設置をしては、との提案がされた。県警も事前に相談を受けており承認した。広電からは、停留所統廃合計画として、18の停留所を廃止、旧停留所の中間地点に新停留所を8ほど建設して、最終的に34停留所を24停留所にする草案が提出された。停留所サイズも(幅)1.8~2.0㍍×30~100㍍にすれば、入線に手間取り障害時間が無くなると報告がされた。この草案に反対意見はなく採択された。次に、広電市内軌道線と地下鉄に接続する部分の話に入った。コストが最もかかる話で、地下鉄建設に係る負担とすべきか、路面電車の活性化に係る負担、はたまた別途の方策を用いるべきか、議論が分かれるところだった。接続部は具体的には宇品線の紙屋町交差点、江波線の十日市交差点、白島線の八丁堀交差点、皆実町線の駅前大橋南詰交差点の4ヵ所である。広電にも応分の負担を求める声も出たが、道路交通渋滞緩和の観点から、地下鉄や路面電車の活性化とは切り離し、交差点の立体交差化事業としてすることが望ましいとの意見が大半を占めた。これにより、西広島停留所付近の地下移設のみ広電が応分の負担をすることに決まった。


画像2 簡易式リザベーション区間の広電宇品線広島港付近の軌道。センターではなく、軌道を片側(サイド)に寄せ、道路交通の影響を受けにくい構造にしている(画像 アンドビルド広島より)


画像3 立体交差化されているオランダ第3の都市デン・ハーグトラムの様子、この区間は、トラムの軌道だけアンダークロス化されている

 
新型車両については、今回の委員会にオブザーバーとして、近畿車輛の関係者が加わった。話によると、現在ボストンの路面電車地下線(グリーンライン=地下式LRT)の納車を想定する車両は、車体長22.0㍍クラスの2連接車両を想定してコンペ(83年)に臨むとしている。車体長30.0㍍クラスの3連接車両も開発も技術的には十分可能であると明言。仮に80編成単位での受注を受けても2~3年程度の工期さえあれば問題はない、価格は、2連接車両で6,000万円、3連接車両8,000万円程度になるとし、大量発注の場合10%程度の割引も可能と話した。今回は今後の大まかなスケジュールも決めた。

『第2回路面電車再活性化委員会』の決定事項
 1】今後のスケジュール
  ①電車優先信号の設置-79年度から順次設置。設置区間は、存続線の12.2㌔が対象
  ②停留所の統廃合-79年より整備着手。80~81年度に新設する8停留所を完成させ
           、全停留所完成後、廃止停留所を建て壊す作業に入る。存続停留所は
           82~83年度に高規格改修工事を終わらせる
  ➂軌道のセンターリ-停留所の統廃合に合わせ、82~83年度に整備を行う。上記画像
   ザベーション化  2のような縁石設置の簡易型にするセンタポール化も同様とする

  ④新型車両の導入-市から営業補償金が80~81年度に入るため、81~82年度に発注
           をかけ82~83年度から納車とし、3年程度で置き換える

  ⑤ダイヤ改正-新型車両の導入を2連接車両&3連接車両中心として一編成当たりの輸送効
         率を上げる。その過程で、減便ダイヤを実行し過密ダイヤを解消させる

  ⑥最高速度-50km/h以上の営業運転が可能な車両が完全に揃った時点で緩和する
   
緩和           
  ⑦主要交差点の-当面の対象は全区間、地下鉄開通後の85年以降は、廃止区間に限り右折可
   
右折禁止   を復活させる。実施は79年度からとする
      

 2】その他の決定事項
  ①地下鉄との接続部は、道路交通緩和の観点から立体交差化事業の一環として実施。十日市
   JCT(江波線-国道54号線)、紙屋町JCT(宇品線-国道54号線)、駅前大橋J
   CT(皆実町線-市道)、八丁堀JCT(白島線-市道)なので道路管理者が国の整備補
   助制度を活用し、主体性を持って整備に当たる 完成は85年頃。

 3回目以降委員会で、3号線系統(西広島~紙屋町~広島港)の存続、皆実町線と宇品線の市道中広宇品線への移設について議論することを取り決め散会した。方向としては、今すぐ着手可能なものは前倒しして実施する。地下鉄開業が85年頃なので、別に待つ必要はないとした。

【歴史if世界その16】
広島高速鉄道設立


画像1 地下鉄の複々線区間のイメージ。ベルギーの首都の首都ブリュッセルプレメトロの複々線の様子(画像 ユーチューブ動画撮影より)

 第2回委員会の翌月、地下鉄のインフラ設備を保有する『広島高速鉄道』が設立された。実地設計がほぼ終わり、来年度(79年度)の着工を控えた地下鉄線なども含めた
概要は以下の通り。

1 広島高速鉄道の概要
 ①事業内容:鉄道施設保有会社(第三種鉄道事業者)
  鉄道施設使用料(
乗り入れ後増収分の20%程度)の徴収、保有予定の売店、食堂などの
  施設使用料の徴収など

 ②鉄道運営事業:国鉄(東西線、横川線乗り入れ)及び広島電鉄(東西線、横川線、鯉城線
  乗り入れ)が取り行う
 ➂区間と構造: 計8.1㌔ 13駅
  東西線5.1㌔(地下3.9㌔、高架1.2㌔ 複々線) 横川線1.4㌔(地
下1.4㌔ 
       
複々線) 鯉城線1.6㌔(地下1.6㌔ 複線)
 ④資本(資本金100億円 株式総数20万株)の内訳
  広島市-51億円 10.2万株、広島県-20億円 4万株、日本政策投資銀行-10億円
  2万株 国鉄-10億円 2万株、広島電鉄-5億円 1万株 その他-4億円 4万株
 ⑤本社:広島市大手町1丁目

2 地下鉄線の概要
 詳細は、『新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥ 5』【歴史if世界その10】を参照
 補足説明:HATSⅢ案策定後(76年11月以降、新たに決まったもの、変更があったもの)
  ①運転系統(そのまま広電線のものを踏襲)
   1号線 新白島駅~(地下鉄鯉城線)~本通~(広電宇品線)~広島港
   2号線 
広島駅(地下鉄東西線)~紙屋町~西広島駅~(広電宮島線)宮島口
   5号線 広島駅~(地下鉄東西線)~駅前大橋JCT~(広電皆実町線)~広島港
   6号線 広島駅~
(地下鉄東西線)~紙屋町~十日市~(広電江波線)~江波
   8号線 横川駅~(地下鉄横川線)~十日市~(広電江波線)~江波南
   9号線 白島~(広電白島線)~八丁堀(地下鉄東西線)

   10号線 広島駅~(地下鉄東西線)~紙屋町~十日市~(地下鉄横川線)~横川駅
        ~(国鉄可部線)~可部駅
   3号線については
『第3回路面電車活性化委員会』にて、存続の議論をする

  ②建設費の負担割合の変更(国の補助率62%になったため)

   地下鉄東西・横川-約1,790億円(国負担1,110億円、※広島市負担411億
   ・鯉城線部分   、広島県負担269億円)

  ➂国鉄可部線(横川駅~可部駅)の概要
   市道長束八木線(梅林~三篠間 高架式)の
中央分離帯(幅7.0㍍)、国道54
   
号線三篠~横川駅間 地下式)に移設、可部~梅林間は既存のままとする。複線
   化、直流600V、軌間1,435㍉の広電路面電車の規格に改変。可部~三段峡間
   は現行のままとする。梅林~横川の旧線は廃止。全便広島市営地下鉄に乗り入れる
   。横川~可部間の駅のホームは幅2.5~3.0㍍×長さ65㍍(3連接車両の連結
   可)×高さ30㌢台。他の国鉄線とは独立させたネットワークとする。
運用車両は
   電規格同様の軌道線低床車両。朝のピーク時は3分毎(1時間当たり片方向
20本)
   の連結運転、日中は7.5分毎(1時間当たり片方向8本)の連結運転が本。工
   事着工は82年度とし、88年の開業を目指す


画像2 地下複々線区間の駅(地下停留所)のイメージ。ドイツの都市エッセンの複々線地下駅の様子
(画像 ユーチューブ動画撮影より)

 ナカタ元首相の口添えで、地下鉄整備の国庫補助率が通常の52%から、10%割り増しの62%となった。これにより、広島県の建設補助20%を15%に引き下げた。広島市の負担も501億円から411億円となり90億円減った。
『都市高速鉄道建設基金』の約300億円を差し引くと、111億円で、年平均18.5億円負担の軽微なものになった。ただ、付帯事業となる可部線の導入路である市道長束八木線の整備や広電各線と地下鉄を接続する市道部の立体交差化事業、広電、広電バス、広島交通に支払う営業補償金などもあるので、700~800億円程度の投資を余儀なくされることになる。広島高速鉄道の設立記念パーティーでグラスを傾け、うえき市長はこれまでの事を感慨にふけっていた。地下鉄導入を機に一気に、原爆投下の後始末で遅れに遅れていた中国地方の中枢都市に相応しい都市インフラ整備を加速させるので、少々の市債残高がかさむのは致し方がないと割り切っていた。事業そのものは黒字化が難しくとも、民間の投資環境を整備することで、法人税や固定資産税などの市税で回収できれば、市にとっても大きなプラスになるものと信じて疑っていない。その流れをさらに強め確実なものにするための秘策も心中にある。広電の系統番号を地下鉄開業も踏襲する理由は、利用者に馴染みが深いことがある。市民の広電支持はそれだけ強い。来年度(79年度)の市長選までの任期が残り7カ月ばかりとなり、1期目の前半でまいた種がそろそろ、芽が出し始め、その姿を市民に示す必要があった。付帯事業の目玉である広島駅と西広島駅の表(南)口広場の設計も79年度まで終わらせる目途が立ち、再開発ビルの再開発準備組合を設立も終わった。国道2号線西広島BP高架延伸は、反対が強く事業再開の目途が全く立っていないが、他の事業は順調そのもだった。60~80年代の高度・安定成長期において、公共事業は最大の都市活性化策で投資規模が大きいほどそのリターンも大きく、都市飛躍のきっかけになる。機を逃しては、徐々に水を空けられつつあった福岡市に永遠に追いつけない。どの歴代市長よりも働いた自信はある。来年の市長選は、どう考えても再選は確実だと思っている。あの秘策が、来年の市長選で公にすれば、さらに支持は広がり半永久政権、歴代最高市長の称号を獲得するのも夢ではない。それを実現するには、手綱を引き締め直し打てる手は打てる時にすべて打つ覚悟も必要だ、とした。設立記念パーティーも終わり、会場を後にしてもその事ばかり考えていた。辣腕市長の異名を取りつつあるうえき市長のこの秘策が、見事に失敗して20年後以降の広島市の大きな暗雲として立ちはだかることは、本人はおろか誰も知る由もなかった。

その9へ続く 

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シリーズ記事 新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥

ブログ主からのお願い
 
 この記事は他の記事とは異なり、事実と相違する歴史if世界をブログ主の思い付きで書いています。物語上外せないものは史実を一部取り入れていますが、後は完全にフィクション-作り話、創作-の世界です。言いたいことは山ほどあるとは思いますが、寛大な心を以て読んで頂ければ幸いです。ブログ主の暇つぶし記事にお付き合い頂ける方のみ、先に進んでください。

【前回までの話】
 75年2月の広島市長選に3度目の挑戦で初当選したうえき市長は、争点にもなったHATSⅡ案の見直しに就任後、着手した。『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、新しい地下式鉄・軌道系公共交通の整備の方向性を打ち出した。引き継ぐ形で『広島市基幹公共交通導入検討会』を発足させた。4つの選定機種を議論のたたき台としたが、途中からナカタ元首相の思わぬ援護射撃もあり、路面電車規格の地下鉄案が賛同一色となった。その流れに乗り、国鉄可部線と広電各線を乗り入れさせる『HATSⅢ案』()を最終提言案とした。地元選出の政界のキングメーカーのナカタ元首相、所轄官庁の運輸省や建設省との折衝を重ね、欧州の先進都市の視察などを経て、同案を77年春、『中国地方陸上交通審議会』で答申案に仕立てた。その後、広島高速鉄道設立の準備、基本設計、付随する関連事業-広島駅、西広島駅再開発、地下街建設、路面電車の再活性化-の具体化に向けた種まきをし、準備を進めた。うえき市長は就任後は、自身の手腕に懐疑的だったが、この3年で自信を深め更なる野望に突き進む

【登場人物などの紹介】
うえき広島市長(モデル 荒木武市長) 
 前市長の急死により、75年2月3度目の挑戦で初当選を果たした。無所属候補だったが、民社党の元県議で、三菱重工の労働組合が出身母体。選挙戦の地下鉄導入論議では、フル規格地下鉄のHATSⅡ案、広電の存続を前提とした公共交通整備などどの案にも組せず、反対意見が多かったHATSⅡ案のゼロベースからの見直しだけを主張した。当選後、
『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、議論の仕切り直しを始めた。その後立ち上げた『広島市基幹公共交通導入検討会』で的確な手段を講じ、HATSⅢ案を最終提言案にまとめた。広島駅再開発などの関連事業も同時に立ち上げ、地下鉄導入を契機に真の中国地方の中枢都市を目指すべく邁進している。『昼行燈のうえきさん』改め、『何でもできるうえきさん』になりつつある

HATSⅢ案(モデル 旧西ドイツのシュタットバーンなど)
 広電の路面電車への愛着が強い多くの市民の反対の世論をバックに、HATSⅡ案の代替え案として浮上した。国鉄可部線を移設・複線・高架化させ路面電車規格に改め、広電各線とを片乗り入れさせる路面電車の地下鉄案。建設㌔数は僅か8.1㌔だが、深刻化する市北西部の交通渋滞も解消させ、広島都市圏全体の公共交通網全体も一気にリメイクするという役割も担っている。運輸省補助による建設する地下鉄線だが、車両は保有せずインフラ設備のみ保有し運営は一切乗り入れる国鉄と広電に一任する方針。79年着工し、85年頃の開業を目指している。地下鉄線部分の建設費は1,790億円(市負担411億円)。うえき市長が掲げる『広島百年の大計』の基幹事業

【歴史if世界その13】
ここまでの歴史if世界を振り返る


画像1 旧西ドイツ(現ドイツ)のシュトゥットガルトのシュタットバーン(地下式LRT) 画像 ユーチューブ動画撮影より

歴史if世界の広島市の都市交通の歴史 その1

73年    『広島都市交通研究会』が複線・高架・電化した国鉄可部、呉、芸備線と改軌と
(史実通り) 高架化した広電宮島線と相互乗り入れをするフル規格地下鉄東西線(
9.7㌔
       9
駅)と鯉城線(
8.1㌔ 8)からなるフル規格地下鉄を中心とした基幹
       公共交通の整備を提言(
HATSⅡ案

【歴史if世界に突入】
        ⇩⇩⇩
75年02月 前市死去に伴う広島市長選が行われ、フル規格地下鉄導入の是非を問う選挙戦
       となり、選定機種は明言せず計画の見直しだけ表明した元県議のうえき氏が当
       選。市民世論はフル規格地下鉄案、広電を中心とした整備手法の模索、
地下鉄
       、広電以外の別のものでの整備、現状維持の4つに分割されていた

   04月 HATSⅡ案を見直す『広島市基幹公共交通検討会(以下 検討会)を立ち上
       げ、①フル規格地下鉄案(HATSⅡ案) 
②ミニ地下鉄案 ➂路面電車(広
       電各線、国鉄可部線が片乗り入れ)規格の地下鉄案 ④新交通システム(AG
       T)の4つの選定機種で検討するとした
   08月 第3回検討会で、国鉄の呉、芸備線の複線、電化などの投資が難しいと報告を受
       ける。西ドイツやオランダの路面電車を昇華させたシ
ステムのシュタットバ
       (地下式LRT)&シュネルトラム(快速トラム)の
事例が紹介される     
   12月 第5回検討会で、①路面電車規格の地下鉄案を優良案とし、他の方法も含め検討
       精査して最終判断をする ②
新線区間は都心部及びデルタ内地区に留め、既存の
       公共交通ネットワークを取り込み、共存共栄を図る ➂
HATSⅡの路線は抜本
       的に見直す ➂郊外線区間の大規模投資は事業者の負担を伴い現実的ではないの
       で、改良については軽微なものとする を採択し散会

76年01月 検討会の議論を引き継ぐ形で、『広島市基幹公共交通導入検討会(以下 導入検
       討会)
』を発足。4選定機種から建設費用や輸送能力、市発展の貢献度、財政負
       担度、広電市内軌道線との共存、なども加味させベスト案を選び、これを最終案
       とすることを申し合わせる。
   03月 第2回導入検討会で、4案の概略が示される。①フル規格地下鉄案(HATSⅡ
       )4,000億円の試算額が提示され、動揺が広がる。国鉄呉線と芸備線が乗り
       入れる可能性もなくなり、高額建設費もあって選定機種から外される
   06月 第3回導入検討会で、②ミニ地下鉄案約4,464億円 ➂路面電車規格の地下鉄
       案
1,500億円程度 ④新交通システム(AGT)約3,720億円の概算事業費
       が示される
   07月 3,000人の市民を対象とした基幹公共交通整備に関するアンケート(サンプル数
       2,562)を実施。1位 路面電車規格の地下鉄建設(➂案)65.9% 2位 
       ミニ地下鉄建設(②案)16.1%
3位 新交通システム建設(④案)10.0% 
       4位 その他 7.6% の結果に
   08月 第3回導入検討会後に、ナカタ元首相の勅命(笑)の元、運輸省、建設省、広島県
       、財界が
路面電車規格の地下鉄建設支持に回る。全面協力の確約を取り付ける。
       4回導入検討会では形式上、残った3案の様々な比較検証が行われる。
中国運輸局
       の委員から日本初の路面電車の地下線建設ということもあり、地下鉄建設補助の

       用と補助率拡大(52⇒62%)の検討、広島県の20%補助申し出があったこと
       が報告される

   11月 第5回導入検討会にて、新基幹公共交通整備の最終案として『HATSⅢ案』
        を提言。東西・横川・鯉城3線(計8.1㌔ 13駅)の路面電車規格の
       地下鉄線を建設。広電各線と路面電車規格に改めた国鉄可部線の片乗り入れ線
、建
       設費を約1,790億円とした。~新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥ 6
   12月 市議会本会議にて、満場一致で『路面電車規格の地下鉄』のHATSⅢ案を採択し
       た。中国新聞社の世論調査でも、88.9%の賛同を得る



画像2 導入検討会のイメージ画像(画像 広島市HPより)

歴史if世界の広島市の都市交通の歴史 その2

77年04月 国と県、市長と助役以下の市幹部職員と市議会議員、そして経済界の代表から構
       成の構成で西ドイツの3都市-
ケルン、ハノーバー、シュトゥットガルト-、ベ
       
ギーの首都ブリュッセルのシュタットバーン&プレメトロの海外視察に出向く
   05月 『中国地方陸上交通審議会』が開催され、『HATSⅢ案』()の
       線が上申され、同審議会の答申に盛り込まれる。可部線の市道長束八木線(中

       新聞HP)移設と高架・複線化、路面電車規格化、広電各線の乗り入れ
を図り、
       広島市全体の交通渋滞を解消すべきとの付帯意見も付けられる
   06月 運
輸省に地下鉄東西・横川・鯉城3線の方鉄道事業の免許申請を行う
   08 第3セクター会社『広島高速鉄道』の概要が固まり、市議会本会議で報告。付帯事
       業の
広島駅表(南)口地区再開発と西広島駅表(南)口地区再開発の基本計画案も
       提出。各広場を地下鉄開業の85年、再開発ビルを新可部線開業の88年頃を目指
       すとした

   09月 東西・横川・鯉城3線の方鉄道事業の免許が交付される
   10月 同月に組んだ地下鉄3線の基本設計費を盛り込んだ補正予算案が審議される。 
   11月 78年創設予定の『路面電車走行空間改善改築事業』の先行モデル都市に、長崎市
       と共に選定される。

       地下鉄線の基本設計に着手

【歴史if世界その14】
第1回『路面電車活性化委員会』の開催


画像3 市役所内で行われる『路面電車再活性化委員会』のイメージ画像(画像 広島市議会HPより)

 78年に入り、78年度一般会計予算が明らかになった。地下鉄建設にシフトした編成が鮮明となった。地下鉄線、広島駅、西広島駅の表(南)口広場整備と地下広場(広島駅のみ)の実地設計費、第3セクター会社『広島高速鉄道』設立の関連予算、『路面電車再活性化委員会』活動の関連予算など、百花繚乱の感があった。80年の念願の政令指定都市への昇格関連予算も相まって、『大都市広島』への飛躍を期待させるものだった。4月の中旬、市役所内にて『路面電車再活性化委員会』が初会合があった。委員の構成は、国、県、市、県警、広電、学識経験者、商工会議所の7者で、地下鉄3線開業後も存続する(本線と宇品線は廃止)宇品線、江波線、皆実線、白島線の速達性の大幅な向上を目的とするものだった。高規格化の参考事例として、昨年春に視察した西ドイツ3都市-ケルン、ハノーバー、シュトゥットガルト-が紹介された。この海外視察には、建設省の若手、中堅のキャリア組も同行し調べ上げていた。帰国後、3都市以外にもスウェーデン第2の都市ヨーテボリなどからも、情報をかき集め整備手順マニュアルらしきものを作成していた。これが初回の基本資料として示された。その一部を紹介すると以下の通りとなる。


画像4 高規格化された停留所(画像 USTRA公式HPより)

1 路面電車の速達性向上の方策
 ①停留所の統廃合-日本の路面電車の平均停留所間隔約300㍍前半を統廃合を進め、バス並
          
の500~700㍍毎にする
 ②停留所の高規格化-幅広で、複数の系統の電車が同時入線可能な長さのホームにして、上屋
           、簡易券売機、ロケーションシステムなどを設置する
 ➂優先信号の設置-自動車交通量が多い主要交差点を中心に優先信号を設置して、道路走行の
          優先権を渡す
 ④主要交差点の立-諸般の事情で優先信号の設置が困難な主要交差点を中心に、立体
交差化-
  
体交差化    オーバークロス・アンダークロス-を施し、信号停車待ち時間を減らす
 ⑤高性能車両へ置-低加速の老朽車両を駆逐して、障害時間-軌道内渋滞-を減らす
  き換え
 ⑥大型車両の導入-一編成当たりの輸送量を軌道法
運転規則46条最大編成長3以下
          範囲で実施して、軌道容量を超えた過密運転を解消する
 ⑦信用乗車方式-同方式を採用して、停留所停車時間を減らす
 ⑧最高速度制限-
軌道法運転規則53条-最高速度制限40km/h以下を緩和して
  の緩和    
、他の車並みとする
 ⑨路面軌道の準-現在の路面(併用)軌道をセンターポール化、センター・サイドリ
  専用化    
ザベーション化を施し、自動車横断やUターンをなくし、停車や減
         速時間を減らす


画像5 都電荒川線
熊野前~宮ノ前間の縁石と小規模緑地帯で区切られたセンターリザベーション区間の様子(画像 日計XTECHより)

2 1を実施する上での問題点
 
①停留所の統廃合-既得権益が絡むので、沿線住民の強い反対が必ず起きる 
 ②停留所の高規格化-横断歩道が多過ぎて、全ての停留所で延伸が難しい。拡幅については、
           車線を潰すこともあるので、自動車利用者の合意が得にくい
 ➂優先信号の設置-自動車利用者の合意が得にくく、道路渋滞が悪化する可能性がある
 ④主要交差点立体交差化&⑤高性能車両へ置き換-コストがかかる
 ⑥大型車両の導入-車掌乗車が必要となり、人件費がかさむ
 ⑦信用乗車方式-不正乗車率が上がり、運賃収入が減る
 ⑨
路面軌道の準専用化-緊急車両(パトカー、救急車)の別途対応が必要となる

3 1を実施した場合のメリット
 維持管理コストと人件費の削減、多くの車両を用意する必要がなくなり、経営のスリム化につ
 ながる。速達性向上により、利用者が増加する。沿線道路の自動車の旅行速度が低下すれば、
 自動車利用からの転換も見込める

 速度向上のメニューは示されたが、実現のハードルの高さも同時に示した。配布された資料を見て、重苦しい空気が支配しかかった時に、県警関係者が『優先信号の設置、軌道改良や停留所整備による車線の減少は公共交通優先の原則の観点から、やぶさかではありません』と全面協力の姿勢を打ち出した。広電の委員からは、地下鉄東西、横川・鯉城の3線が開業すると、重複する本線(5.4㌔)と横川線(1.4㌔)は廃止され、存続するのは宇品線など12.2㌔-34停留所が残るとし、現行の旅行速度は12.0km/h程度、停留所間隔は、平均359㍍毎
との報告がされた。建設省の担当者から、掲げた方策9項目のうち、6項目以上満たした場合、旅行速度の5.0~6.0km/h程度の上積みが可能になるとした。乗り入れる地下鉄線区間の旅行速度を25.0km/h以上とした場合、既存の広電軌道線を18.0km/h程度まで上げないと、全体で20.0km/hの旅行速度には達しないとの見方を示した。路面区間の速達性向上に多少懐疑的な委員から、『本当に可能なのか?』との声が上がったが、地下区間があるケルン26.5km/h、シュトゥットガルト21.5km/h、地下区間が殆どないヨーテボリ22.5km/hの報告を受け、納得した。軌道の準専用化についても、自動車利用者の反発は必至だとの疑問が呈されたが、車線を潰す必要がないことが明らかにされた。幅広なグリーンベルトのような緑地帯は必ずしも必要とせず、現在の軌道横の白線の場所に、簡単な高さ20~30㌢程度の縁石を設置すれば(画像5と6参照)、十分効果が得られ問題はないとした上で、緊急車両への対応は等間隔で進入路を設ければ、設置に当たっての支障にはならないとの事だった。停留所の統廃合は、反対意見が沿道から起きることが十分予測されたが、商業施設や商店街などの団体が都心部地区よりは少ないこともあり、懸念される『総論賛成(広電が早くなるのは大賛成)、各論反対(しかし、それにより不便を被るのは嫌だ)』にはならないとの意見が大勢を占めた。


画像6 92年パリ郊外のサンドニ地区で復活したT1線。導入路の道路幅員の関係で、簡易型のセンターリザベーション方式が採用されている

 
加速性能に優れた高性能車両への置き換えは、本線と横川線の廃止で市が支払う営業補償金250億円で可能との見通しも示した。現在の運用車両は120編成以上だが、旅行速度12.0km/hでのそれであり、地下鉄乗り入れ区間を含めた旅行速度が20.0km/hになると、理論上は71.9編成で済む計算となる。実際は『捕らぬ狸の皮算用』で80編成ぐらいは必要となるだろうが、現在よりも大きく減るのは確かである。この年(78年度)に創設された『路面電車走行空間改善改築事業』では、軌道や停留所の整備には55%(先行モデル都市は65%)、インフラ外となる車両購入費や近代化を伴う改造費に1/3の補助率が適用される。新しい連接車両の購入費は当時8,000万円程度が相場で、仮に80編成を導入しても事業者負担は、約20億円台で営業補償金250億円があれば余裕である。掲げた方策9項目の問題点を抽出して、解決方法を議論すると ①・②停留所の統廃合と高規格化 ➂優先信号の設置 ⑤・⑥高性能&大型車両への置き換え ⑧最高速度制限の緩和 ⑨路面軌道の準専用化は導入に当たっての支障がほぼなくなった。④主要交差点の立体交差化は、南北方向市に軌道が施設されている各通りを立体交差化するのではなく、東西方向の国道2号線、平和大通り、計画中の市道霞庚午線を立体交差化すべきとの意見が出され、次回以降の検討課題とした。初回『路面電車活性化委員会で』で決まったのは以下の事だ。

『第1回路面電車再活性化委員会』の決定事項
1】存続させる広電市内軌道線各線の停留所は、現行の34(359㍍毎)から24程度(5
  08㍍毎)に統廃合 短~中期 
2】統合された停留所は、幅広(1.8~2.0㍍)で複数系統が同時停車可能な長さ(30
  ~65㍍)として、上屋やロケーションシステムなどを設置する 中期

3】
存続させる広電市内軌道線各線の交通信号は電車優先信号に改める 短期
4】路面軌道を全て、簡易型のセンタリザベーション、都市美観に配慮してセンタポール化
  させる。中期
5】新型車両への置き換えは、
営業補償金250億円の支払いと国内メーカーの開発動向を勘案
  して、地下鉄開業前から段階的に行う 
短~中期
6】最高速度制限は、現行車両のままでは対応が難しいので、
新型車両への置き換えが終わり次
  第、解禁する 
短~中期
7】閑散線区以外は、全て連接車両の運用として輸送の輸送能力を上げ、生産性の向上に努める
  。過密ダイヤを解消し、軌道内渋滞(団子運転)が起きないようにする 
短~中期
8】主要交差点の立体交差化は、平和大通り、国道2号線、市道霞庚午線の東西方向の道路を立
  体化させることで検討する 長期
9】軌道がある主要交差点の自動車の右折禁止 短期 

  ※短期-概ね2~3年で解決、中期-概ね5年程度で解決、長期-6~10年程度で解決

 第1回の締めくくりとして、県と県警の委員から、優先信号の設置と交差点の右折禁止処置について、早ければ来年度(79年度)から取り掛かりたいとの申し出があった。次回の委員会開催までに、持ち越した課題の取り組む状況の報告をまとめることとした。市は、営業補償金支払いの時期、立体交差化の取り組み状況、広電は停留所の統廃合計画、新ダイヤ計画、国は立体交差化などである。次回開催(78年6月)に、今回の委員会で指摘された課題へのアプローチ法などをまとめ報告することとなった。広電路面電車改善の最終目標として、旅行速度の18.0km/hの達成が掲げられた。

その8へ続く 

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 この記事は他の記事とは異なり、事実と相違する歴史if世界をブログ主の思い付きで書いています。物語上外せないものは史実を一部取り入れていますが、後は完全にフィクション-作り話、創作-の世界です。言いたいことは山ほどあるとは思いますが、寛大な心を以て読んで頂ければ幸いです。ブログ主の暇つぶし記事にお付き合い頂ける方のみ、先に進んでください。

【前回までの話】
 75年2月の広島市長選に3度目の挑戦で初当選したうえき市長は、争点にもなったHATSⅡ案の見直しに就任後、着手した。『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、新しい地下式鉄・軌道系公共交通の整備の方向性を打ち出した。引き継ぐ形で『広島市基幹公共交通導入検討会』を発足させた。4つの選定機種を議論のたたき台としたが、途中からナカタ元首相の思わぬ援護射撃もあり、路面電車規格の地下鉄案が賛同一色となった。東京でナカタ元首相と運輸省と建設省のトップと会談したうえき市長は、建設の全面支援を取り付けることに大成功した。第4回導入検討会で、同案を最終提言案とし76年12月の市議会本会議で全会一致で採択した。同案は『HATSⅢ』()と命名され、9年にも渡る議論を終えようやくスタートラインに立った

【登場人物などの紹介】
うえき広島市長(モデル 荒木武市長) 
 前市長の急死により、75年2月3度目の挑戦で初当選を果たした。無所属候補だったが、民社党の元県議で、三菱重工の労働組合が出身母体。選挙戦の地下鉄導入論議では、フル規格地下鉄のHATSⅡ案、広電の存続を前提とした公共交通整備などどの案にも組せず、反対意見が多かったHATSⅡ案のゼロベースからの見直しだけを主張した。当選後、
『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、議論の仕切り直しを始めた。その後立ち上げた『広島市基幹公共交通導入検討会』で路面電車の地下鉄案の一本化に成功、ナカタ元首相と運輸、建設省とも渡りをつけ全面協力を取り付け、今や『昼行燈のうえきさん』改め、『何でもできるうえきさん』になりつつある

大谷広電会長(モデル 大田前会長)
 広電最高の出来物(優秀の意味)経営者として名を馳せる。広島商工会議所副会頭も務め、次期会頭の呼び声も高い。全国の都市で認められていた路面電車の軌道敷内自動車乗り入れを再び、禁止にさせるなど行政との太いパイプを持つ。かねてより、広島市の都市規模ではフル規格地下鉄では、供給過剰になると警鐘を鳴らしていた


路面電車規格の地下鉄案改め、『HATSⅢ案』
 市民の反対が強かったHATSⅡ案の代替案として急浮上。西ドイツのシュタットバーン、ベルギーのプレメトロを範とした路面電車規格の地下鉄整備計画のこと。路面電車規格に改めた国鉄可部線、広電各線との相互乗り入れを予定。線路や駅などの交通インフラ施設は、広島高速交通が保有するが、運営などは全て乗り入れる国鉄と広電に一任する。ナカタ元首相の勅命(笑)の元、正規の補助率を超えた手厚い国の補助受けるに至る

【歴史if世界その11】
海外視察と中国地方陸上交通審議会の開催


画像1 76年開業のベルギーの首都ブリュッセルのプレメトロの複々線化区間の様子(画像 ユーチューブ動画撮影より)

 嵐のように76年が過ぎ去り、77年に入った。新年度予算案に線路や駅などの交通インフラ施設を所有する広島高速鉄道の設立費用が盛り込まれた。可部線の移設導入路の市道長束八木線は、用地買収の目途が立ち、本格工事に入るので多くの予算が組まれた。年度が代わった4月末から、国と県、市長と助役以下の市幹部職員と市議会議員、そして経済界の代表から構成される西ドイツの3都市-ケルン、ハノーバー、シュトゥットガルト-、ベルギーの首都ブリュッセルのシュタットバーン&プレメトロの海外視察に出向いた。『百聞は一見に如かず』の例え通り、秀逸なシステムといえ聞くだけでは、実感は殆どわかない。見てこそ真の理解につながる。1週間で2か国4都市を巡る強行軍だったが、効果は抜群だった。地下走行する(上記画像1参照)乗り心地とデザイン性に優れた姿を見て、『路面電車=時代遅れな乗り物』の認識は完全に変わった。未だに地上をのろのろと走らしている広島市の方が時代遅れかのような錯覚にすら陥った。地下停留所は、日本の地下鉄のように動線を無視したものではなく、無駄な迂回通路などなく最短距離で結ばれ、機能的だった。最初はブリュッセルのプレメトロの視察だったが、うえき市長は地下区間の複々線区間と分岐する接続区間の構造(上記画像1参照)について、運輸省と市の随行職員に担当者からの説明をメモさせた。その後、西ドイツに入り3都市を視察。ブリュッセルを上回る高度化されたシステムに驚いた。ブリュッセルのそれは、単に都心部地区の将来のフル規格地下鉄化を睨んだ地下化でしかなかったが、ドイツのそれは路面区間においても様々な工夫がなされていた。歩車分離が徹底され、軌道は必要に応じてかさ上げされ軌道敷は撤去され、剥き出し状態に。自動車の軌道への侵入を阻むようになっている。優先信号なども積極的に導入され、車両が交差点に接近すると赤信号が青信号になる。停留所は、上屋が設置され、幅と長さにも余裕があり高規格化され、広島のそれとは別物だった。同行した広電大谷会長も感嘆しきりで、『う~ん、うちとは違い過ぎる』と複雑な表情を浮かべていた。うえき市長は『会長、これからですよ。広島もどんどんやりましょう』と励ました。地下区間が早いのはある意味当たり前だが、路面区間の高い速達性は、同行した人間全員の共通の驚きだった。よく聞くと、ドイツの軌道法では、路面区間の最高速度は通行する道路の最高速度、歩車分離された郊外区間では、新設軌道(専用軌道)に限り速度制限がない。曲線侵入時も速度を然程落とさない。つり革ではなく握り棒が車両内にやたら多いのもこのためだった。日程をすべて終え、帰りの飛行機内で、『広島も負けずに立派なものをつくらんといけんの~』と皆決意を新たにしていた。


画像2 ドイツのシュトゥットガルトのシュタットバーンの路面区間の様子(画像 ユーチューブ動画撮影より) 

 帰国してその翌週5月上旬に、広島市の合同庁舎4号館内で中国運輸局にて、『中国地方陸上交通審議会』が開催された。『HATSⅢ案』()がが上申され、同審議会の答申に盛り込まれた。採択されたのは東西線、横川線、鯉城線の3線計8.1㌔と国鉄可部線の移設、複線化、路面電車規格への改良、そして広電各線の乗り入れである。この答申で、晴れて正式な国からの建設に際してのお墨付きを得たことになる。うえき市長は、答申を受け、昨年夏以来のたけしも知事との対談に臨んだ。来年設立予定の広島高速鉄道の県の出資を仰ぐためだ。資本金は約100億円を見込み、うち51%を予定していた。残りの49%を県、日本政策投資銀行、乗り入れ運用に当たる国鉄と広電、地元企業各社に頼み込むつもりだった。その割合をかけ合う算段だった。基幹公共交通の整備に散々、口を出してきた経済界に対しては多少冷めた感情もあった。『口をかなり出しているので、金もそれなりに吐き出させてやる』と内心そう思っていた。県庁舎に入り、応接室で待っていると5分もしない内にたけしも知事が現れた。『ナカタ先生といい関係が築けたようですね?』と開口一番そう言った。うえき市長も『その節は本当に有難うございました』と返す。矢次ざまに『来年夏頃に広島高速鉄道を設立したいと考えています。資本金は約100億円程度です。市が約半分の51億円出しますが、県のご協力は、どれぐらいになるでしょうか?』とストレートに聞いた。すると、『そうですね。建設協力が20%ですから、20億円ぐらいでしょうか?』と返す。『有難うございます』と再度返した。たけしも知事は『例のHATSⅢ案を拝見しましたが、よく短期間で細部までまとめましたね?大変だったでしょう?』と聞いた。『確かに楽ではありませんでしたが、やればなんとかなるものですな』と笑いながら答えた。『新会社への人の派遣ですが、社長は市からの出向させるので専務は県からお願いします。役員は国鉄と広電、1億円以上出資するところから出してもらいます。肝心の社員は、施設だけ保有する会社なので、20名程度で問題なかろうと考えています』『関連する話ですが、広電の市内軌道線は、国道、県道、市道に軌道が施設されています。地下鉄の開業に合わせ、広電市内軌道線も再整備したいと考えています。来年(78年)に、建設省の肝いりで『路面電車走行空間改善改築事業』が創設され、モデル先行都市に認定されれば従来補助より多い65%補助との事です。県道部分においては、県において面倒を見て頂きたいのですが、どうでしょうか?』と言うと、『分かりました。乗り掛かった舟です。最後まで責任を持ってお付き合いしますよ』と返ってきた。詳細は制度発足と同時に立ち上げる予定の『路面電車再活性化委員会』で煮詰めることで一致した。広島市の先行モデル都市に立候補し、内諾を得ていた。もう一つは長崎市である。

【歴史if世界その12】
 建設着工に向けた様々な準備


画像3 1980年代後半当時の広島駅南口地区の風景(画像 広島駅南口開発HPより)

 6月、運輸省に地下鉄東西・横川・鯉城3線の方鉄道事業の免許申請を行った。何の問題もなくその年の9月に免許が交付された。10月に補正予算を組み、基本設計に係る予算を計上した。10月の市議会本会議で満場一致で可決され、11月1日から執行された。年度内の来年3月末までに、終わらせないといけないが大急ぎでこれに当たり、来年度(78年度)の実地設計開始までに間に合わさせた。77年の夏にかけて、広電と国鉄、広島商工会議所のトップと相次いで会談し、広島高速鉄道への出資を正式に要請した。その結果、以下の資本金の供出となった。広島市-51億円(51%)、広島県20%(20億円)、国鉄10%(10億円)、日本政策投資銀行10%(10億円)、広電5%(5億円)、広島商工会議所4%(4億円)。株式も同様の比率で保有すると取り決めた。基幹公共交通の整備を契機に広島市がより発展することを期して、沿線の再開発計画も連動させるつもりだった。78年に念願の基町地区の再開発が終わる。市中心部の顔が装いを新たにする。陸の玄関口である広島駅は古ぼけた高度成長期以前の街並みで、広島市のイメージを著しく害していた。これを刷新して、80年に昇格する政令指定都市に相応しいものにしたいと考えた。西広島地区も同様だった。広電の路面電車ターミナルの地下移設に伴い、両駅の駅前広場の再整備を85年度の開業に合わせ行い、複数の再開発ビルを国鉄可部線の乗り入れが始まる80年代後半にまで間に合わせる。広場整備は工期を2年半程度とすれば、82年頃の工事着手、80年頃の事業着手でないと不可能だ。再開発ビルはまずは各地区ごとに再開発準備組合を設立し、核テナント決定後、第3セクター会社を設立するつもりだった。当面は、今年度に基本計画案を策定する。経済界から要望が強い地下街建設も、紙屋町交差点が1日平均8万台の自動車と同16万人の歩行者の通行があり、安全面の観点からも必要性を感じている。経済界は八丁堀交差点~紙屋町交差点規模のものを求めているが、影響を受けるであろう本通商店街の反対が予測され、規模の調整が必要になるだろう。広島市が主たる株主の第3セクター会社が、5年後には何社になっていることやらと笑ってしまう。


画像4 広島市議会本会議の様子(画像 海徳ひろし広島市議会議員HPより)

 8月に市議会本会議に広島駅表(南)口地区再開発と西広島駅
表(南)口地区再開発の基本計画案を議会に提案した。広島駅は駅周辺に分散立地しているバス停を広場内のバスターミナルに集約させ、路面電車のターミナルが移設して空いた空間をその他交通施設や市民が憩える場を設ける。センスの欠片もない無粋な陸橋を撤去し、地下道&地下広場を建設。その真下に地下鉄東西線広島駅(6選3面)を設置。再開発ビルはA~C地区に分け、ホテルや百貨店などの商業施設と業務系ビルを建設し、広島市の陸の玄関口に相応しいものに再生する。西広島駅については、広島駅同様周辺に分散しているバス停を広場内に集約させる。広電同駅が地下に移設されるので広場内の真下とし、ひろでん会館とその周辺地区の一帯再開発を行う。イズミ己斐店周辺地区も、商業施設と政令指定都市移行後に設置される西区の公共施設が入居する再開発ビル建設を検討することを計画案に盛り込んだ。78年度は、各駅前広場の実地設計と各再開発ビルの準備組合を設立を行う。8月の市議会本会議では、第3セクターの広島高速鉄道についての説明が行われた。市の出資額と比率とその他のそれの説明や、改めて会社設立の主旨説明などがされた。余分な人員を抱えないこと、ノウハウが全くない市が都市交通事業を行う非効率性がなくなることなどのメリットが強調された。この説明には保守系議員のみならず革新系議員も、不必要な赤字を抱えることを避けようとする市の姿勢に拍手喝采が贈られた。導入する新型車両は、日本メーカーの近畿車輛がボストンのグリーンライン (地下式LRT)向け車両の受注に挙手しており、特に問題はないと説明した。波乱は何事も起きず8月の本会議は閉会した。引き続き、10月の市議会本会議では、地下鉄東西・横川・鯉城3線(計8.1㌔ 13駅)の基本設計費を計上した補正予算が組まれ、審議し了承された。来年度に発足させる『路面電車再活性化委員会』についても行政3者(国、県、市)、県警、広電、商工会議所から構成されることを旨として、存続線区間の旅行速度を平均5~6km/h程度、向上させる方策を検討するとした。HATSⅢ案の事業着手に向けた準備が、77年後半に進められていった。

その7へ続く 

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シリーズ記事 新・広島市に地下鉄が実現していたら‥‥

ブログ主からのお願い
 
 この記事は他の記事とは異なり、事実と相違する歴史if世界をブログ主の思い付きで書いています。物語上外せないものは史実を一部取り入れていますが、後は完全にフィクション-作り話、創作-の世界です。言いたいことは山ほどあるとは思いますが、寛大な心を以て読んで頂ければ幸いです。ブログ主の暇つぶし記事にお付き合い頂ける方のみ、先に進んでください。

【前回までの話】
 75年2月の広島市長選に3度目の挑戦で初当選したうえき市長は、争点にもなったHATSⅡ案の見直しに就任後、着手した。『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、新しい地下式鉄・軌道系公共交通の整備の方向性を打ち出した。引き継ぐ形で『広島市基幹公共交通導入検討会』を発足させた。4つの選定機種を議論のたたき台としたが、広電大谷会長、たけしも広島県知事と対談し、腹案である路面電車規格の地下鉄案の世論醸成をしたたかに行った。日本の政界を牛耳るナカタ元首相の予期せぬ援護が加わり、反対意見は消え去り国-運輸省と建設省-の全面協力を取り付けるに至る。第3回導入検討会では、85~86年頃の開業、88年頃可部線との相互乗り入れ開始をスケジュールも公表し、選定機種は事実上一本化された。関連事業として広島駅、西広島駅の再開発も視野に入れ、うえき市長はナカタ元首相との会談に臨もうとしていた

【登場人物などの紹介】
うえき広島市長(モデル 荒木武市長) 
 前市長の急死により、75年2月3度目の挑戦で初当選を果たした。無所属候補だったが、民社党の元県議で、三菱重工の労働組合が出身母体。選挙戦の地下鉄導入論議では、フル規格地下鉄のHATSⅡ案、広電の存続を前提とした公共交通整備などどの案にも組せず、反対意見が多かったHATSⅡ案のゼロベースからの見直しだけを主張した。当選後、
『広島市基幹公共交通検討会』を立ち上げ、議論の仕切り直しを始めた。その後立ち上げた『広島市基幹公共交通導入検討会』で路面電車の地下鉄案の一本化に成功した

ナカタ元首相(モデル 田中角栄元首相)
 広島選挙区選出の衆議院議員。コンピューター付きブルドーザーとの異名を取り、日本の政界にキングメーカーとして長らく君臨した。ラッキード事件で首相を退陣したが、自民党最大派閥のナカタ派の領袖として実質的な首相の任命権すら持っていた。お膝元の広島市では、芸州会なる政治団体を立ち上げ、国の予算編成において大蔵省主計局に対し、『芸州会要望書』を提出し、丸飲みさせるのが習慣となっていた。76年当時の会員数は、10万人を超え、広島の政財界の要人もこぞって加入していた


路面電車規格の地下鉄案
うえき市長肝煎り案。市民世論の『フル規格地下鉄(HATSⅡ)案』『広電の路面電車の存続案』『広電の路面電車を活用した計画案』『よく分からない』といった分散を受け、全世論に迎合した落としどころとして浮上した。西ドイツのシュタットバーン、ベルギーのプレメトロ(今でいうところの地下式LRT)を参考とし、主に乗り入れる広電市内軌道線と同宮島線の規格に合わせ、国鉄可部線を路面電車規格に変更し、乗り入れさせるもの。運営形態は、神戸高速鉄道の公設民営上下分離方式-官がインフラ整備を行い、民に運営に当たらせる-を目指すとした。ナカタ元首相の鶴の一声で、鉄道線管轄の運輸省と軌道線管轄の建設省、県、経済界から全面支持された

 【歴史if世界その9】
ナカタ元首相との初対談
スケールの大きさに圧倒されたうえき市長


画像1 自民党最大派閥『金曜会』(ナカタ派)とナカタ元首相の個人事務所が入居する砂防会館ビル(画像 ウィキペディアより)

 76年10月下旬、うえき市長は東京の砂防会館に赴いた。ここはナカタ元首相が率いる最大派閥『金曜会』(ナカタ派)とナカタ元首相の個人事務所が入居し、日本の裏政治の中心地だった。待合室で待たされること15分、秘書の一人に呼ばれ部屋に入った。その姿を見るなり、威に打たれかの衝撃を受けた。うえき市長も職業柄、これまで多くの政界や財界の大物と言われる要人と会ってきたが、ここまで威厳に満ちた人物に遭遇したことはなかった。理屈を超えた何かをこの人物は持っていた。入るなり『おっ~。うえきさんよく来たね。広島の路面電車を地下鉄にする計画は、あれは実にいいな。ニューヨークやロサンゼルス、ロンドンの真似じゃなく、西ドイツやベルギーを真似るというのも面白い。わしは大いに気に入った。開通したら最初に乗せてくれ』と左手にトレードマークの日の丸入りの扇子であおいで語った。『ナカタ先生、色々とご配慮頂きまして有難うございます。おかげさまを持ちまして、話が順調に進んでおります』と、威厳に圧倒されながら返答した。そして、来月の第4回導入検討会に提出する資料をナカタ元首相に見せた。ナカタ元首相は、ざっと見渡しこう言った。『路面電車の改良(既存区間の高速化)は、建設省に新しい制度をつくるようにいうとる。近々、草案が上がり、上がり次第通常国会に出して、再来年(78年頃)には使えるようにする。軌道や停留所整備に55%、新型車両の導入や改造費に1/3に補助できるよう考えている』。うえき市長は『重ね重ね、有難うございます』と言い、謝意を示した。さらにナカタ元首相は重要なことをサラッと言ってのけた。『市議の連中にうえきさんを全力で支えろ』と言明したから、これからは何かとやりやすくなる。君には期待しているから、好きなようにやりたまえ。次の選挙(79年)は自民の推薦をやる』と。うえき市長を雷に打たれた思いがして、その場に土下座したくなる衝動を必死に抑えた。しかし、『今後はナカタ先生のため、必死汗をかかせていただきます』と言ってしまった。約束時間が過ぎようとしていたので、さすがに悪いと思い砂防会館を後にした。


画像2 東京の霞が関にある運輸省(現国土交通省) 画像 ウィキペディアより

 会談時間は僅か20分足らずだったが、内容は非常に濃く満足するものだった。引き続きうえき市長は霞が関の運輸省と建設省に詳細を詰めるため足を運んだ。両省では事務方トップの事務次官と対談した。広電の路面電車という軌道線を地下鉄線(鉄道線)への乗り入れを認めること、国鉄を介して可部線の移設・複線化路面電車規格に改める費用を国が全額面倒を見ること、場合によっては(地下鉄部分)補助率の上乗せにもやぶさかではない、第3セクタ―設立での建設とした場合でも認めること、などを相互間で確認した。これに加え、来年(77年)春に予定されている『中国地方陸上交通審議会』では、『路面電者規格の地下鉄案』を答申に盛り込む約束を取り付けた。建設省の次官との対談では、モーターリゼーションの荒波の難を逃れ、生き残った全国の多くの路面電車を近代化させる制度の話が中心となった。次官の話だと、『路面電車走行空間改善改築事業』を78年より発足させるとのことで、詳細は詰めている最中だが軌道の準専用化-新設軌道化、センターサイドリザベーション化-やセンターポール化、停留所の高規格化などにはモノレールやAGT同様の整備補助率、老朽車両の置き換えや改造などには1/3程度の補助を想定している内容だった。まずは制度発足後に、モデルケースとして2~3の自治体を選択し、補助率の割り増し(10%)で以て、選択事業を軌道に乗せたい意向を示した。両省のトップの話を聞き、時代の変化を感じざる負えなかった。地下鉄は、大都市では基幹公共交通として多くの路線の建設が可能、地方中枢都市では同じ目的で1~2本程度、モノレールや新交通システム(AGT)は大都市では基幹公共交通の補完的な役割、中都市では基幹公共交通を担うものとして、制度が発足したが三大都市圏、地方中枢都市では導入計画が進んだが、中都市以下では検討こそされたが、採算制の壁に阻まれ挫折した。辛うじて残った路面電車やバスを利用するに値するものにリメイクして、中都市以下の基幹公共交通に据えようと考えていた。オイルショック(73年)以前は、急激なモーターリゼーションに迎合した都市交通政策が取られていたが、現実問題、道路整備が追い付かず容量はとても需要を満たせない。オイルショック後は、過度のモーターリゼーションの弊害などもあり、欧州各国は道路整備中心の都市交通政策の限界から公共交通整備中心に舵を切り直した。日本もその変化を敏感に感じ取っており、今回の新制度の検討になった。その日の夕方、予定を終え帰りの新幹線で、うえき市長はそう感じた。同時に広島市の基幹公共交通の整備がその端緒となる、責任も感じていた。

【歴史if世界その10】
HATSⅢ本格スタート!


画像3 1898年世界初の路面電車ならぬ路下電車として開通したボストンのグリーンライン(ウィキペディア) 

 帰広したうえき市長は、第5回導入検討会に提出する資料に部下に命じた。今回の状況で得た情報-路面電車の整備に係る新制度-を加筆し、2週間でまとめ上げた。そして、第5回導入検討会の日を迎えた。詳細は以下の通りとなった。

路面電車規格の地下鉄案

①東西線 5.1㌔ 8駅 全区間複々線構造                   
                横川線経由の国鉄可
部線乗り入れ
                       ⇕
ル-ト                    
  広島駅~~稲荷町~~八丁堀~~紙屋町~~十日市~~西広島駅⇔広電宮島線

                      ⇕         乗り入れ(2号線)
    皆実町線    白島線       江波線   
    乗り
れ    乗り入れ      り入れ
   (5号線)   (9号線)     (6号線)
                     
  
 地下区間:広島駅~上天満町交差点付近3.6㌔ 西広島駅付近0.3㌔ 
 高架区間:西広島駅付近~
上天満町交差点付近1.2㌔

②横川線 1.4㌔ 2駅 全区間地下・複々線化構造 
 ルート 国鉄可部線乗り入れ
横川駅~寺町~十日市
                       ⇕
                      江波線
                      乗り入れ
                     (8号線)
➂鯉城線 1.6㌔ 3駅 全区間地下・複線化構造
 ルート 新白島駅(新設)~中央公園~紙屋町⇔広電宇品線(1号線)乗り入れ

④駅構造
 複々線区間:ホーム高30㌢台の路面電車乗り入れ規格とする(上記画像3参照)、4線2
       面式を採用 ホームサイズ-(幅)5.0~6.0㍍×(長さ)135㍍
 複線区間:2線1面式を採用 
ホームサイズ-(幅)5、.0~6.0㍍×(長さ)65㍍

⑤乗り入れる各線について
 国鉄可部線
  横川駅~可部間を複線化、直流600V方式に改める。レール幅は1,435㍉に改軌。横
  
~緑井間は、来年から着工する市道長束八木線の中央分離帯(幅7.0㍍)に移設、ホー
  
は路面電車規格のホーム高30㌢台とする。旧線は廃止。横川駅は、地下駅(6線3面)
  
する。可部駅~横川駅~十日市~広島駅を経由地にする。新設する大町駅と緑井駅に、大
  
模なバスターミナルを設置して市北西部、可部駅で市北部のバス路線のバス&ライド駅と
  
る。可部駅以北(~三段峡)は、可部駅で乗り継ぐ。88年頃の乗り入れを予定

 広電市内軌道線&宮島線 ~広島電鉄路線図~(公式HP)
  横川線と本線は発展的廃止。5号線は駅前大橋南詰交差点から東西線、6号線は十日市町交
  差点から東西線に、2号線は西広島駅から東西線に乗り入れ広島駅に向かう。9号線は東西
  線八丁堀駅のみ乗り入れる。8号線は横川線に乗り入れ横川駅に向かう。1号線は東西線の
  負荷軽減のため、東西線に乗り入れず、鯉城線に乗り入れ新設する新白島駅に向かう。3号
  線は廃止。
西広島駅は地下駅(5線4面)とし、西広島駅南口広場に移設。既存区間の改良
  は、
『路面電車走行空間改善改築事業』の発足後、停留所の統廃合などを議論して再整備の
  方向性を打ち出す

⑦整備スケジュール
 
77年春『中国地方陸上交通審議会』に上申と答申。77年内に方鉄道事業の免許申請と免許
 
付と 長束八木線の整備開始。78~79年基本設計と実地設計、第3セー会社の設立
 、路面電車の既存区間改良の議論。80年頃工事開始、82~83年頃から
路面電車既存区間
 の改良工事開始。85~86年頃、地下鉄東西・横川・鯉城線と広電各線の
乗り入れ開始。
 8年頃、国鉄可部線と乗り入れ開始

⑧工事費について 
 地下鉄東西・横川
-約1,790億円(国負担931億円、※広島市負担501億円、広島県負
 ・鯉城線部分   358億円)
 国鉄可部線の複線化など-約800億円(国と国鉄が全額負担) 
 廃止交通線の営業補償-広電軌道線(本線、横川線)約250億円、広電バス約50億円、広島
            交通約20億円 
 ※
『都市高速鉄道建設基金』の約300億円を差し引かない負担額、差し引くと約201億円

⑨運営主体
 電車の運行、保守作業や駅業務などは乗り入れる国鉄と広電に一任。鉄道インフラ設備のみ保有
 する第3セクター会社-広島高速鉄道(仮称)-を設立して対応する。最大株主を広島市(約5
 1%)として、広島県、日本政策投資銀行、乗り入れる広電、国鉄、地元企業などから広く募る

⑩1日平均利用者数
 3線計25.5万人(広電各線、国鉄可部線乗り入れ時)
 内訳 広電-21.0万人 国鉄可部線-4.5万人 

⑪利用する国の制度
 地下鉄整備補助制度(運輸省)、78年に発足予定の
路面電車走行空間改善改築事業(仮称 
 設省)、混雑交差点立体交差化事業(建設省)など
  
⑫付帯事業
 市道長束八木線の整備(国鉄可部線の移設導入路)、広島駅前南口再開発、同南口広場の再整備
 
、西広島駅前再開発、同広場再整備、段原再開発、新白島駅(仮称)の新設  


画像4 広島市議会本会議の様子(画像 木戸つねやす市議HPより)

 委員のほぼ全員が、短期間でここまでの詳細をまとめたうえき市長の手腕を褒め称えた。批判ではないが、広島市の負担額の低さに一様に驚いた表情を浮かべた。県の20%補助をたけしも知事自ら言明したこと、車両購入費がこの方法だと発生しないので、複々線区間が多いが安価に収まること、
都市高速鉄道建設基金の存在を理由に挙げた。広電の既存線の改良については、国の補助率が55%を想定していることも説明を加えた。営業補償費については、前年の売り上げベースでの概算とし、広電はこの補償で新型車両の置き換えと既存車両の改造を進めてもらうとした。国鉄と広電の支払う施設使用料は、乗り入れ後増収分の20%程度を想定、原則営業を圧迫しない範囲で徴収するとした。シナリオありの導入検討会は、そのままこれを提言書とした。12月の市議会本会議では、革新政党の某政党議員も含め、全会一致で『路面電車規格の地下鉄案』を採択した。うえき市長は、これまで市議会建設委員会で議論の経緯を進み隠さず、報告していたが、この日では異例の30分近い説明をした。質疑応答では、ほぼオール野党になりつつある市議会ではかつて『昼行燈』と小馬鹿にしていた議員も、うえき市長の手腕を高く評価して、賛美の限りを送った。革新系の議員は、福祉にしわ寄せがいかないように配慮を求めつつも速やかに事業着手への協力は惜しまないと語った。この新基幹公共交通計画は、『HATSⅢ』と命名された。12/15日の広報誌『市民と市政』で見開きで3ページにもわたり、掲載され、地元局では連日特集を組まれた。地元紙の中国新聞の世論調査では、このHATSⅢ案に、88.9%の賛成が集まり、純粋な反対は僅か5.9%だった。市民と議会の圧倒的な支持を受け、広島市の基幹公共交通の議論開始が67年から、丸9年を要してようやくスタートラインに立った。

その6へ続く

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