そのドアを開ければ眩いしあわせがあるというのか鍵もないのに

ほら、あれが金星だよと白髭の山羊が示すは草原の夕

白髭の山羊がメニューを指し示す「選べる愛はひとつだけです」

敬虔な祈りのように雨露を湛えて結ぶ白式部の実

卓上で無邪気を装い責める花 可憐であれと華麗であれと

スライドショー車窓を流るる遠景はまるで走馬灯のようにゆく

実感は割りなきものだ鯨飛ぶ空に触れたい六月の昼

瓶詰の日々、からっぽの毎日を飽かず眺める窓には結露

女子【おみなご】はみんな正しい何もかも出鱈目だらけでみんな正しい

裸では世界が乱れる数十度傾くレンズが私のすべて

剥きかけの林檎は強い香を放つ もっと優しくなれたらいいのに

歳月は麝香のボディスクラブのように真夏の素肌を削る

ポエジー、ポエジー、喩となって私の体を満たしておくれ

虚しさに潰れてしまいそうな夜は余白だらけの原稿用紙

コーヒーを余白に溢し間違いを帳消しにする魔法はないのに

椅子さえも私を拒む居場所などどこにもないと分かっているけど

へたり込む永久凍土の床下に眠れる森と愛情がある

あの月が錠剤ならばいいのにね、きっと眠れる体をくれる

おそ夏の朝の水底この部屋で眠り続ける貝になるまで

口内にありとあらゆる錠剤を放り込んでは母に謝る

うたた寝の夢に見ている雨の箱 二十六時のジャングルジムに

父母よ何故にわたしを生んだのか生きる意味などないというのに

十五夜に眠れる人がいるらしい知らない誰かの声が聞きたい

今日もまたいのちの電話は話し中 ツーツーツーの音ばかりする

諦めて終了ボタンを押す間際「どうしました?」と聞こえたような

「好きなだけ泣けばいいのよ」しらしらと相談員が説く午前四時

目蓋を閉じれば鱗ほろほろと月の海まで沈んでゆける

この窓を開ければ朝への階段が伸びているのだ大鴉【レイブン】よ啼け

閉めきった部屋から夏が逃げてゆく句読点なき愛語を交わす

無造作にはちみつをかけトーストを貪り尽くす八月は朝