2011年02月04日

疲れた・・・。

もーむすの道重は俺とつきあってくれないかなぁ・・・。お前が世界で一番かわいいのはもう認めるから。何でもやってあげるからさぁ。

2010年12月27日

お久しぶり

最近の不安材料
1.結婚できるのか
2.仕事うまくいくか

さてお久しぶりです。今年の7月に女子大生と破局した者です。また9月に他病院の看護婦とできて付き合ったのにごちゃごちゃ言われて別れちゃいました。僕に合う人なんているんでしょうか?
今日は追い出しコンパでしたね。1や2の問題を部活にからめて語りましょう

1.病院に入ってから、女経験の多い奴と親友になったので、コンパやら何やら増え、学生時代は、妄想だけだったのですが、妄想から無理やり引っ張りだされた感じです。さて部活とからめて話しましょう。部活やって恋愛に有利だった点は、人に優しくなれること、ハッタリの利いた武勇伝を語れること、面白いエピソードが話せることでしょうか。一年続いた彼女からは、別れるまでずっと、優しくて心が暖かくて安心感があるみたいなことを言われました。僕は優しい人間だということですが、なぜ気の利かない僕が優しくなれたか…。それは、部活で苦労していた点が大きく影響していたと思います。極端な話、部活をしていなければ、苦労もしないわけで、頑張れば大抵の物事なんてどうにかなる、結果が残せない奴はやる気がないダメなやつ、軽蔑すべき奴と考えていたかもしれません。苦労することにより、頑張ってもダメなことは結構あり、そもそも頑張ること自体相当難しいということを実感しました(結果、頑張ること自体できなかったわけですが…)。
だから他の人がどんな劣っていることがあっても、軽蔑することはなくなりました。あと、僕は、一回だけ個人戦でシードに勝ったことがあり、そのことをしゃべると受けが対してよくはないのですが、武勇伝にはなります。
あと、ずきー会やムリムリ会の話は、飲み会では受けがよく、僕が面白いわけでもないのに、面白い人だとおもってくれます。学生時代は、とくにズキー会はやったあと、バルサンたかれたり、アルコール度数の強いもの飲んだり、裸でビール会されたり、坊主になったりで、体にとって負担のかかることばかりやっていたので、なんでこんなことを…と会の直後、後悔の念にさいなまれました。

しかし、思い出としてしゃべるとなかなかおもしろかったと思います。

まぁ、あとむかつく話なのですが、僕の周りの話では、優しい人間より、自信ある人間のほうが結局モテルだそうです。なので、バカで不細工な男子部員は、学業不振、仕事もあまりぱっとしない、女受けもよくないのは、もはや仕方がないことなので、部活を頑張って、Aチーム入って、チームを優勝に導いて自信をつけてください。そして医者になってからもその栄光にすがって自信をふりまいてください。
僕も、再三ブログでいっているように部活で結果を残して自信をつけたかったのですが、ムリな話でした。

2.体育会の人間は、仕事では有利だなと感じました。僕は違うので、駄目ですね。あと、体力も大事なのですが、これは部活やってりゃ体力付くのかは不明です。半年も運動しないとすぐに体力は0になってしまうので、引退してしまっては意味がないかもしれませんね(笑)
ただし、精神的な面では有利に働くようで、「ファイト、ファイト〜」というフレーズは、ときどき、各場面で利用させてもらってます。最近僕が、どうも気合いが入らないのは、部活引退して3年以上たって、ファイト、ファイト精神が失われているからかもしれませんね。

部活をやっていると、自分の弱点が色々わかるので、いいほうに働くかもしれません。僕の場合、学習能力が低いことを思い知らされました。

あと、ふと思ったのですが、部活では1球1球打つたびに、ナイスボールだのドンマイだの言ってくれますが、仕事場では当然そんなことはありません(助けてはくれますが)。あの声かけは暑さや忙しさ、あわただしさにかまけ、機械的にやってしまっていることでしたが、今考えるとみんながマメに応援してくれるなんて(しかも仕事と違い、何も生産性はないのに)、すごい幸せなことなんだと思います。あと、仕事と違い、部活は気楽ですよね。気楽がゆえに、ストレスはあまり、多くないです。

最高に幸せな環境でみんな部活頑張ってくださいね

彼女とイチャイチャしていた時より、部活やってた時のほうが(きつい、うまくいかんでいらいらする、なじめなくてそわそわするという点を除けば)楽しかったと思います。

2008年06月22日

冬物語

究極に久しぶりにブログを更新してみよう。

久しぶりすぎて書き方がよくわからん。

ともかく今うまくいっているのは職場の人間関係のみで、研修自体はうまくいっていない。どうもうまくいかない。

まぁ、それはさておき、最近先輩に誘われ、カップリングパーティーなるものに行ってきた。恋は実らず終わったが、友達の協力により知り合った女の子と無理やりカップルになり壇上にあがるというまぁ、おいしいといえばおいしい、てゆーかおいしい事があった。平均男も女も30代といったところだった。

あと何回かコンパに行き、1回だけ成功に終わったコンパがあった。その夜女の子の部屋に行くとこまではよかったが、そこから後にはつながらず終わった。というか、童貞も捨てれずに終わった。どーも俺が部屋で何もせんかったのがいかんかったらしい。

要するに仕事ができない上に、仕事以外のことに精を出せるほど仕事していないという最悪の研修医ということをいいたかったのである。

仕事もプライベートも春は遠そうだ。ああ、近々、風俗でも行って童貞すてるしかないかなぁ。

風俗反対派の人、俺と付き合いませんか?このままでは風俗産業を客として盛り上げてしまいますよ。

2008年03月25日

日記らしい日記とは(5年)/全盛期の朴(4年)

「日記らしい日記」とは?

 しばらくしてからみて、その当時の状況がありありと思い浮かぶことのできる日記のことである。

5年生のときの日記は、フィクションや考えすぎたりすることなしに、自分の気持ちをぶつけることに専念した。そして何より現実にきちんと向き合っていた。だから、5年のときの日記を思い出すと、書いていたときの心境が思い出され、懐かしいような気持ちになる。

そして、いよいよ全盛期4年の頃の日記の評価に入ろうと思う。

「藤本以前」・・・と思ったが、おねむの時間である。さようなら。


理想と現実/ブログの自己評価

 笑いでは、完全に、「笑われる」笑いになってしまい、理想どおりに事は運ばなかった。

 そのことにふて腐れていた僕は、部活においてマジメに芸をやることを放棄していた。「ただなんとなく」やっていたにすぎない。自分で自分の芸を見ても、クスリとも来ない自信がある。特にコマネチとか何が面白いんだかわかんない。古畑の鑑識はちょっと面白いと思うが。

 実は、「笑い」に一番力を入れていた時は、この「どーも、朴です。」の執筆中なのである。ギャグ主体の記事を書いた記憶はないのだが、随所に話の腰を折らない程度に思いつきのギャグを入れていた。読者の皆さんは気づいていたであろうか?

 それはさておきブログについてどんな事に重点をおいて書いていたか、どの記事がお気に入りかについて言っておこうと思う。

 6年生のころ・・・ブログに対する情熱を完全に失っていた。駄作ぞろいであったが、7月末に書いた「すべらない話」が、今年度MVPであろう。他の作品はマジでクズばかりである。

 5年生のころ・・・ブログに対する情熱は失われていないが、遊び心が枯渇してきて「スネえもん」、「京極」、「藤本」などのようなヒット小説(自分の中で)を書けなかった。そして、4年生の時のような哲学的な長文も書けなくなってきてきたが、4年生のときと比べて、学校という現実に100倍ぐらい真剣に向き合っていたので、現実と戦っている自分という臨場感がでている日記が多かったのではないか、と個人的には思う。ある意味、一番日記らしい日記を書いていた時期かもしれない。

 ちなみに、4年のときは0.5%ぐらいしか学校に力を入れていなかったので、5年のとき鼻血が出るほどがんばっていたわけでは決してないことを付け加えておく。

2008年03月24日

誤解(I was 芸)。

誤解があるといけないな、と思うことをいくつか書きつぶしていこうと思う。
今回は芸についてである。

1.みんなの前で芸をするのはすきなのか?
 真逆である。実は、人前に立つとか目立つとか本当に嫌いなのである。政治家であれば、総理大臣とか昔で言う殿様よりも、世話人とか官房長官などのほうが、性格にはあっている。

2.ピン芸が好きなのか?
 真逆である。本当は、コンビ芸が好きなのである。てゆーかくりぃむしちゅーのファンやし。
 どういう芸が好きか下に記す。
・コンビの仲のよさが伝わってくる。だからイジリイジラレたりするのは仲のよさが伝わりやすく、好きである。
・つっこみがしっかりしている。弱くて絶妙なものより、「お前、死ね。」とか、ペナルティのヒデがやるような飛び蹴りなど激しいもののほうがよい。
 はっきりいってボケ一つ一つの面白さはそこまで僕の中では大事ではない。
・体張った芸とか動きとかリアクションで笑わすのではなく、フリートークや漫才などがよい。

・ブラックジョークはきつすぎなければ、まぁまぁ好きである。
あと、最重要なのは、「笑われる」のでは「笑わせる」のが基本で、ハプニングや自分達の失敗談などで笑いをとる種類のものは嫌いである。ヘキサゴンもなんとなく見てしまうが、ああいう笑いのとり方はむしろィラットくる。

「笑わせる」とは、本当に緻密で計算づくの笑いである。それこそ、海砂利のときのラジオや、いまやってるオールナイトでのトークや、バラエティにおけるくりぃむしちゅーの笑わせ方が「笑われる笑い」ではなく、「笑わせる笑い」であると僕は思っている。


どーも、朴です。の最終回カウントダウン

どーも、朴です。最終回が近づいてきている。

最終回に向けて、書きまくろうと思うんでみんなよろしく。

2008年02月20日

自由

 こんだけ日記の更新をさぼっておいて言うのもなんだが、日記というものはいいものであると思う。一番自分が自由でいられるからだ。大体日記以外の現実で、僕は自由を感じたことがない。不自由だらけであった。
 ただし、日記も100%自由というわけではなく、色々制約がある。まず考えていることをきっちり理路整然と日本語にするのは意外と難しく、また読みやすいものに仕上げるのはもっと難しい。何より難しいのは、簡潔に書くことである。

 あと、そういう能力的な問題とは別に、もうひとつ制約がある。他人に対する不満が書けないことである。インターネット上で他人のことをあーだこーだ書くのは、ルール違反であり、その人の印象を無駄に傷つけてしまうためできない。
 特に、この日記を読んでいる人は、同級生とか部活の先輩後輩であることを考えるとなおさら傷つけてしまう危険性は高い。

 そんなこんなで自分の能力不足に対してのみ、ひねくれた不満を言い、他人の事を書くときは基本的に褒めまくる日記しか書けなくなってしまった。

 したがって、日記上でしか僕の事を知らない女性は、ひょっとして僕のことを「自分に自信がなくて少しひねくれているが、他人の悪口を決して言わないいい人だわ」とか、「名前が朴だから中国人だろうに、日本語がスラスラ書けて凄いわ。」とか思い、勝手に惚れてるんじゃないか、「俺と付き合いませんか?」という誘いに本気でのってきてるんじゃないか、と心配になってしまう。実際そんな事はなく、本当は色々他人とか与えられた環境に対して不満をかなり持っているケツの穴の小さく、腹黒い男であることをここで明記しておきたい。

 そんなこんなで実際は日記でさえも純粋には自由に書けなかったけれども、ドラえもんのストーリーを、飽きたという声を無視して延々と書き続けていた時、実習、部活、バイトという非常に面白みのない単一のテーマで延々と自虐を書きまくっていた時、もうついていけない、という声を無視して京極を書き続けた時、周囲からは評判だったけど、自分が飽きてしまったので「俺と付き合いませんか?」を封印した時・・・、そのひと時、ひと時は人生の中で最高に自由だった。

 う〜ん、日記を書いていないせいで、相当日本語が不自由になってるな。

2008年01月24日

あぁ〜

焦るけど、勉強できねぇよぉ!!

緩まずやるしかない。残り24日?

といって30分以上にちゃん見てた俺は負け組み。

死にたくなってきた。

明日の目標
9時半〜10時半:ターゲット眼科
10時半〜12時:F15問
12時〜1時:昼休憩
1時〜6時:F50問
6時半〜12時半:G問題全部

1日がんばると1日ダレテシマウ。

こんな反ストイックな自分に乾杯(完敗)!!

明日からやろう。しょうがないから。

2007年12月14日

おはようございます、みなさん。

愚弩亡妊愚、ゑ鰤婆D。
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