新 ぞろだるえにっき (Journal Zorro et d'Artagnan)

こんにちは。くろねこゾロととらねこダル、合わせてぞろだるとその姉マミです。 自称、お絵かきクリエイター。大好きなお絵かきと文章書きと羊毛フェルトを毎日続けていくつもりです。ブログは毎日じゃないかもしれないけど、なるべくアップしていきたいと思っています。 Bonjour. Nous sommes Zorro et d'Artagnan, et vous pouvez nous appeler comme ZORODARU et nous vous présentons notre soeur aînée Mami. Nous aimons bien écrire, dessiner, et le feutrage à l'aiguille. Merci!

janvier 2017

不思議なことに、夢の中で我が家が出てくるとき、それは、いまの家の前の家だ。

 

いまの家の前の家は、いまとほぼ同じところに建っていて、煉瓦でできていて、ガラリの窓枠がついていて、天井がすごく高くて、ガラス張りで、寒かったけど、やっぱり大好きな我が家で、だからこそ、いまの家も好きなんだけど、小学生くらいから、おとなになるまでいた家だから、わたしの家、といったら、あそこなのかなと、夢を見から覚めるたびに思うのだ。

 

わたしが生まれたころから、小学生になるくらいまで住んでいた家もまた、同じ敷地内にあって、それは古い古い家で、でもわたしの記憶の中にある。


画家だった祖父の画室から渡り廊下でつながっていて、渡り廊下からは祖父の広い日本庭園が見えた。

 

不思議なことに、いまの家になってもう10年になるのに、過去の家ばかりが夢に「わたしの家」として出てくる。

 

祖父の庭は、前の家までは、祖父の没後も父が頑張って維持していたが、彼の子供たち(わたしたち)が維持することは難しいと、家を建て直したりしたわけだ。

 

もう、あの庭も池も、滝もなく、どんぐりの木も大きな藤棚もない。

 

しかし不思議と、それをさみしく思って口に出すのは母やわたしで、父は言わない。

 

亡くなった祖母は、それはそれはあの庭を大切にしていたのに、でも、いざ建て直すとなってからは、一度も後悔を口にしたことはなかった。

 

いまでも思い出す。家を建て直すことになり、世田谷区の仮住まいに行くことになり、人生初のマンション住まいにもなることになった。


祖母は、これは父方の祖母だけれど、父に決断させたのも彼女だったらしい。

 

庭を通じて隣り合わせになった祖母の家からも、わたしたちの家からも荷物が運び出され、仮住まいに今日から住むというときになり、窓を開けて、家を見た。


煉瓦の家、アイアンの門、祖母の家、そして庭への入り口の瓦の大門。

 

その時初めて、祖母が言った。

 

小さな声で。

 

「さよなら、、、、さよなら、、、、」

 

世田谷のマンションはとても便利な場所にあって、でもわたしの部屋はすごく小さくて、着いた途端、早く新しい家が建たないとあまりにも狭いと思ったわたしだった。


ミニちゃん(愛猫)は、案外すぐに落ち着いてくれて、祖母との同居も楽しんでいるようだった。


祖母は、ミニちゃん、と、話しかけ、あたまを撫でると、ミニは目を閉じ、のどをならした。

 

祖母はわたしたちとの生活を楽しんでいるように見えた。


わたしには常に優しく、母の料理をいつも褒めた。

 

でもときどきすごくイライラとして、父と喧嘩したりすると、小さな部屋の中が張り詰めた。

 

しかししかし、、、、あれはとても得難い経験をわたしたちにもたらした。

 

あれから10年。

 

祖母は101歳の人生を全うし、ミニは12歳の人生を最後は病気で苦しみながらも父と母の腕の中から天国に行った。

 

10年の間にいろんなことがあった。

 

日々の生活ではもう新しい毎日に慣れていても、ヨル、目を瞑ると、昔の家、その昔の家、そしてあの世田谷のマンションもよく出てくる。

 

いつまでもノスタルジーに浸っているわけではないが、昨日までの今日は、いまのわたしたちをちゃんと支えてくれている。


 

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ところでわたくしは日曜はToeic受けてたんです。

去年、会社から、Toeicの成績がウン点以上だと10 万円クレルと聞いて、去年の夏に受けて、おかげさまで点数はちゃんとクリアして、オカネはもらえたんですが、実は、いまのToeicになる前に、一度しか受けたことがなく、だいぶ試験が変わっているということでしてが、問題集買って、さらっと一度しただけで試験をしたんですが(いつもこのパターン、、、、反省)、 10年前よりも、問題数が多くて慌てました。

 

そう。去年の夏、最初のリスニングが終わったあと、次はリーディングですとかアナウンスがあってからするのだと勝手に勘違いして、3分以上、ぼーっと待っていたんです。バカでしょ。いや、だって、 Toeicって、最初に実施要項を渡されるんだけど、読んでると、やれ、机の上に何を置くな、飲み物を持ち込むな、身分証明書を置け、問題用紙に書き込むなってルールがたくさんあるし、指示があるまでは続きをしちゃいけないんだと思って、、、、

 

で、3分以上ぼーっとしていた後慌ててスタートしたんだけど、慌てるのもあるし、慣れてないから、最後まで終わらなかったの。もったいない、、、、

 

というわけで、もう一度ちゃんと受けようと、この1月に申し込んでいたのにも関わらず、勉強をしておくぞ!と思いながら全くせず!当日になっちゃいました。(もう一回オカネがもらえるわけでも、成績が上がっても会社に申告するわけでもありません。)

 

ま、自己責任ですが、もったいない。ほんとはもう少し勉強をすべきなのは明らかです。だって確実に成績アガルでしょうし。

 

で、わかりました、わたし、寒いと勉強できないみたい(本当かい)。

 

家の中ってヒーターつけても一軒家ってサムイ、、、、で、あったかく着こむと猫が乗ってくる、、、、動けない、、、、というわけで、勉強はしないは、運動はしないは、、、、ひどいもんですよ。ダメダメです。

 

昨日のToeicはそんなわけで時間配分もできて、前回より少しいいかなと思っている次第ですが、昨日の試験会場では、ほんと、、、、いろんなひとがいるなと思った次第。

 

12 時半を越えたら、試験が終わるまで退室禁止です」とか「飲み物食べ物、たとえガムやアメも、教室内で口にしてはいけない」と 56回はアナウンスされているにも関わらず、「すいませーん、トイレ!」とかいう、、、、幼児じゃありませんよ、オッサン!時計みてよ!もう 12:55 !!あなたが遅れて13 時に入ってきたら、わたしたち、リスニングがうるさいじゃないの!イカリマーク!みたいな感じですが、 3人もトイレに行きました。いいの?

 

それから机の上にコーヒーを置いて飲み続けていた彼女、、、、

 

監督者もあれだけマイクで注意してるワリに、個別の注意はしないのね。

 

あと、注意事項にしっかり書いてあるのに、いちいち「ここに名前書くんですか」とか「ここはひらがなですか?」とか全部聞くおやじとか、、、、

 

もやっとしながら試験スタート。すると、後ろでハナをズルズルする音が、、、、

 

世界中で最も汚いこの音、これは、それこそヨーロッパとかであれば、ティッシュがまわりから使ってくれと渡されるくらいの迷惑音です。マナーとして最悪、、、、

 

そう、、、、試験中じゃなくても、よく、日常生活で、まあ、花粉とかね、苦しんでるひともいるからね、誰でもティッシュがいつでもあるわけでもないしね、、、、あの音がすると、わたしはもう、背筋がぞーっとしてきて、「ティッシュありますよ?」と渡せるようにしているんだけど、なぜか

 

「結構です」

 

と断るヒトって、ほんと、やめてほしい、、、、おとなしくかんでくれよ!せめて英語勉強するってことは海外に行くとか、日本人以外と接触することを考えているから勉強しているんだろうに。鼻をかんでよ!!

 

、、、、ま、とにかく、綺麗な会場、座りやすい椅子、だったのにも関わらず、結構何事もスムースにはいかないものだなぁと思いました。

 

もう、気にしないことにして、、、、心頭滅却すれば火もまた涼し、、、、

 

ちなみに腕時計を持って行きました。わたしのお気に入りの時計は、数週間前に購入した『フランク三浦』の時計!

 

昨日ヨルテニスを見ていて、ナダルがしている時計が20tに耐えられる、リシャールミルの 1億円の時計と知り、す、すごい、、、、と思いました。

 

錦織圭はタグホイヤー。ステキ。

 

わたし?わたしはフランク三浦!!(4510円)

 

ま、ともかくいつもとちょっと違うところにいき、ちょっと違うひとに会うと、いろいろそれなりにあります。

 

しかし、、、、こんなに英語の試験を受けたりして、日本人って、英語できない、とかわたしできません、とか、おかしいものです。

 

だって、例えばニューヨークに行ったって、いわゆる白人で英語をしゃべっている人はもちろんいますが、タクシーに乗ったって、一度もわたしは白人の運転手さんに会ったことはありません。インド人、バングラディッシュ人、アジア系のひと、、、、

 

英語だって、もちろん、すごいアクセントがあったりするわけですが、彼らは堂々と「わたしは英語を話します」って言うはずです。


どんどん話しかけてきたりしますよね。日本のこと聞いてきたり。

 

日本人ほど英語にキビシイひとたちは見たことがありません。


英語をひとがしゃべっていると耳をそばだて、それが、例えば映画で聞くジョージ・クルーニーのようなアメリカの白人英語でなければ、あるいはヒュー・グラントのようなクイーンズイングリッシュでなければ、やれ、アクセントがどうのとか、あのひとの英語は大したことがないとか、そんなことばっかり聞こえることが多くて、わたしは随分日本人って、人が悪いというか、やたら英語にコンプレックスがあるんだと思います。

 

誰に比べるか?それより何を話すか、ですよね。

 

自分がこうなりたい、と思うものに及ぶか及ばないか、それが語学はもちろんのこと、すべての判断基準じゃないか、他人はどうでもいいじゃないかと思うんだけど、勝手にひとがみた自分とかを考えて、いかにも冷静に分析しているかのように、下手とかできないとかいうのって、わたしは感じ悪いと思います。

 

まず、母国語ほど流ちょうに話せる言語はないわけで、そもそも、日本語であまり口数が多くないひとが、英語で突然饒舌になるとしたらそれは変でしょう。

 

英語ができるかできないかも、例えば自分が不得意な分野について意見を求められたら、それは母国語でもまともに話せないわけですから、英語でできるわけがない。

 

大切なのは、母国語の充実であり、次は、もう、失敗しようが、なんだろうが、やっぱり、頑張ってしゃべってみることではないかと思います。

 

一所懸命話せばきっと通じると思います。だって、例えば、外国人が、日本語を必死に話していたら、わたしたちは一所懸命聞きますよね?

 

もちろん、試験は別です。限られた時間内でどこまで理解できるか、問題を解けるか、そこを試されるわけですから。

 

昔、ロンドンでとある英語の試験を受けたとき、イタリア人の友達が、口頭諮問で、全く知らないことを質問されたって言ってました。


でも、「わかりません」とか「知りません」と言って黙ってしまえば、それで自ら0点にするようなものです。だから彼は、「僕はそれは知らないんだけれど、ところで、、、、」と勝手に他のはなしをしまくったそうです(笑)。素晴らしい。成績?トップで通ったようですよ。

 

筆記の方も通りましたが、ちなみに「字がキタナスギル」と書かれたようです(笑)。

 

結局、外国語、母国語に限らず、語学は応用力、自分の底力ってわけですな。

 

誰かがが書いていましたが、外国人の男性が、駅で、苦しそうにしていたんだそうです。


「どうかしましたか?」って話しかけたら、「おなかが痛くてこれで1 間もここにいたのに、あなたが初めて声をかけてくれた。」と言ったそうです。

 

日本人は親切、だなんて全く思わないです。こういう話聞くと特に。

 

自分が英語ができるできない、発音が悪い、そんなこと、自分の問題。困ったひとがいたら、助けてあげるのがするべきことでしょう。

 

だから、わたしは、英語ができませんといって、見ざる、聞かざる、言わざるを決め込むニンゲンは、一生、英語のみならず、日本語でも人間力がナサスギルと言うか、できることをしないひとに、言葉が通じ合って、それが何語であろうと、身振り手振りであろうと、人を助け、自分も助けられ、心が温まる経験なぞないだろう、と思ったりしちゃいます。(毒)はい。

 

「どうかしましたか」って日本語で言えばいい。全くわからなかったら数人で対応すればいい。

 

きっと神様は、自分ができることを一所懸命するひとに、力を授けてくれる、、、、ハズ!!

 

 

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ダルは糖尿になって、ダイエットで体重も減ったし、インスリンも打ってるのに、割とぽっちゃりな件。

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するのもミルのも楽しいなぁ。

全豪はディミトロフとナダルどっちがフェデラーとになるかなあ。

でもやっぱり圭が観たい!

それはゾロも同じ 。


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前も書いたかもしれないので、わたしがやきいもやさんで経験した不思議な体験はいろいろある、、、、ことについてはすべては書かナイが、いずれにしても、秋、冬となったとき、何が楽しみかって、石焼き芋である。

 

家でもさつまいもをふかしてみたりするが、いや、石焼き芋のおいしさとは違う、、、、

 

最近はやりの安納芋だが、おいしいけど、でも昔からある、「ポクポクした」(我が家ではよく言うのだが、、、、意味不明?)な焼き芋が食べたい。安納芋は限りなく甘く、ねっとりしていて、それだけでスイートポテトのようだが、あの、皮と実がはがれるような、適度な甘さのそれが恋しい、、、、

 

家の前まで毎年きてくれていたなじみのおじさんもこなくなってもうずいぶんになる。

 

前はね、祖母が存命だったときにね、焼き芋を買いにでると、おじさんは「おばあちゃんは元気か?」とどこかの地方の方言で言ってくれたものだった。

 

たま~~に、「いしやーきいもー!」が聞こえると、外に飛び出すタイミングを間違えると、走り回って走り回って、見つからないことがある。

 

神宮外苑を通るとやきいもやさんが出ていることがあるが、ただでさえ、意外と高いやきいもが、えらくタカイ!

 

ところで、シゴトで半蔵門線のとある駅に降りることが多いのだが、そこにスーパーマーケットがある。

 

打ち合わせの前にそこを通り過ぎたとき、懐かしいあの香りが!

 

ヒクヒクヒク!

 

駅前のこぎれいなスーパーの入り口に、焼き芋が売っているのが見えた!!

 

とはいえ、打ち合わせに焼き芋を持って行くのも、においでバレてしまう。

 

同じ駅でも、もし行き先がB社だったら、買って行って一緒に食べることもアリだと想像するがw、その日は A社だったので、あの、マジメそうなひとたちとのカタイミーティングに、焼き芋買ってきましたから、ご一緒にどうです?なんて誘った日には、たぶん、末代まで変人として語り継がれるだろうと思い(?)諦め、打ち合わせを済ませた。

 

打ち合わせのあと、忘れずにスーパーに入り、見たところ、そう!懐かしい、昔っぽいやきいもがあった!

 

2本買うと、会社に戻っていった。

 

同僚が言った。

「なんかいいにおいがする、、、、」

もうひとりが言った。

「ほんとだ!」

 

シェアしてあげようかな、、、、と思ったんだけど、もう会社を退社する時間だったのでカミングアウトはやめ、うちに帰った。

 

うちに帰り、台所に置いて置き、そのあと、夕食を食べたり、テレビを見たりして、そうだ!と思い出してみたら、なんと、やきいもがほんの2センチくらい残して、全くなくなっていた!

 

「マミが買ってきたの?食べちゃったわ!」

「いいのよ、また買うから、、、、」

ちょっと残念だったが、両親が喜んで食べたのなら何よりだ。

「どこにあったの?最近ああいうお芋はないのよ。紅あづまかしら。」

「いや、なんとか書いてあったけど、、、、なんだっけ、、、、B社の近くのスーパーにあるからまた買ってくるわ。」

 

というわけで、今日の打ち合わせでまたB社に行くときも、買うぞ!と決めていたのだった。

 

打ち合わせが終わってから、オヒルをみなさんとご一緒することになったら、駅から逆の方だったので、あとで、忘れないように寄らなくては、、、、と思っていた。

 

オヒルのあと、別の駅の入口の方が近かったが、またB社の前を通ってあっちの入り口から帰ると言うわたしを K氏は不審に思ったようだったので、「いや、実は、、、、焼き芋を買いたいんです。」

 

「焼き芋!」

 

笑われたが、やはりB社のK 氏は、わたしの焼き芋への愛への理解を示し、自分もあとで買って帰るつもりだと言っていた。

 

ほのぼの。

 

ほのぼのとした会話ができ、オヒルのときに仕事ではない日常の冗談が普通に出るB社のK 氏もS氏も、わたしは大好きだ。

 

そのブランドをとってもかわいがって数十年。

そしてそのブランドはわたしが担当してからは数年だが、母が、わたしが子供のときから愛しているブランドで、かわいいモチーフが人気だ。

 

上質な素材とユーモアにあふれたモチーフの高級品で、このブランドを愛するファンも多い。

このブランドですごいのは、担当しているひとたち、誰もが本当にこのブランドに愛着を持っていることだ。

 

ファンを作るのがブランドビジネス。

 

担当者がファンであるということも実はキー。

 

ほのぼのとした楽しい雰囲気は商品に現れ、店頭に現れ、買ってくださるお客様に現れる。

 

すべてはルイトモだ。

 

焼き芋を買うのも打ち合わせも、多少タフな内容であっても楽しい、このブランドは、もし、わたしがいつか別の仕事をすることになっても、一生何かしらでつながっていたいブランドなのである。

 

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