油谷島楽園プロジェクト

本当の自由というのはなかなか無いものだけど、思ったとおりに生きてみたいという思いはいつも色濃くこの胸の中に有る物だ。60過ぎてあと何年生きられるかなと思うようになって始めてそちらへ動き出す事もある。 長野での農業生活を送りつつ山口県長門市油谷島へ年3かい通って自給できる楽園を作ろうという訳だ。 油谷島を花でいっぱいにしてやるぞ。

お互いのブログで知り合えた友人です。
萩で広大な竹山を一人で開墾して将来は自給自足の生活を夢見ている友人です。
油谷移住の夢を想って通い始めてから連絡を取り合って直接会ってそれぞれの話を聞く機会を得たのであります。
 

明日ユンボを持ってきてくれる予定でいた。
今朝も手作業でサークル内の粘土から土以外のものを取り出しながら土嚢作りをしていた。
昨日は9時半前には20袋をこなしていたのに、今日は疲れのせいか気力がなく、10袋ほどやっと出来たという具合で、この分だと午前中いっぱい掛かりそうだな・・・・そんな思いをしながら重たい身体を動かし作業を進めていた。
ユンボを乗せた大きなトラックが前の道に止まった。
ちら、と見ると岳人さんが運転席から顔を見せた。
「あれ、明日じゃなかった?」
『1時間ほど動ける時間が取れたので持ってきました。』
頭が下がる。疲れていた時だけに有り難かった。
30分くらい機械の使い方を教えてもらった。
山の崩し方は下からではなく山の上に乗って崩すのが基本だという事、これは素人考えだと中々そう行かないなと思う事だった。
しかし作業をするために山に登ろうとしても粘土とゴミとがれきで出来ているこの山には滑って登る事は出来なかった。下からゴミを引っ張り出しながら・・・粘土でスクラムを組んだゴミは大きかったり深かったりするとユンボでも簡単には取り出せなかった。
とにかくヌルニュルと滑る足場ではキャタピラ重機もあまり使えない事だとしらされた。

瓦礫の片付けは4,5年掛けて木材など腐って落ち着いてからの方がやりやすいかもしれない。
慌ててどうしても今やる事はないのだから。
瓦礫の片付けにと借りたユンボだったが、ドームの基礎となる場所を造るために使う事にした。
明日の夕方にはお返しするという事でさっそく作業に取り掛かった。

油谷島へ (3)

油谷島へ (7)

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家の基礎となる円形状の部分の粘土土を取るのには非常に助かった。
一度すくい上げて外に出された瓦礫土は崩れやすくなっているので今までの事を思うと粘土だけ取り出す事は容易になった。土嚢作り作業の速度が一気に速くなったという訳だ。

基礎となるサークル内の土は深さ30センチを目処にすくい取った。
この土だけで約200個の土嚢を作る事が出来た。
底抜け桶のおかげで土嚢に入れる土の量も均一化された。
サークルの横には合併浄化槽を入れるための大きな穴も容易に開ける事も出来た。
水の配管となる塩ビ管を置いてから今までの作業で溜まっていた瓦の瓦礫を入れる。
丁度手頃の大きさ重さの柱材を使って叩き作業をして瓦礫を落ち着かせる。
後はこの上にスチール製メッシュ板を乗せてコンクリートをながして・・・・・後もう少しで基礎部分が出来上がるところまで出来る・・・ここまでやれれば後は来年6月までそんな計画を頭が描き出す。
この日の午後は思いの外作業を進める事が出来た。
暗くなってから思う事は土嚢の家が出来上がった時には是非岳人さんの家族を呼んで手作りのごちそうを食べて貰おうか・・・そう思いながら疲れた目を閉じるのだった。

油谷島へ (15)


土嚢の家の入り口に使うドアや窓枠の木をどうしようかと考えていた。
井上さんところに集まっている廃材も良いのであるが、土で造る家に角材は似合わないと思う。
そんな話を井上さんに振ると即「流木ならただで手に入るし、良いんじゃない」
自分も流木が手に入るのならそれが良いと思っていたので、2時で作業を休んで即探しに行く事にした。
浜に行ってきた。
太くてかっこの良さそうな丁度良いものは見つからなかったが土嚢袋に土を詰める際に使えそうなプラ製の底なし桶をゲットしてきた。
浜に打ち上げられるゴミの中から何か使えそうな物はないかと歩き回る時間はとても楽しい。
山には行ってきのこを採る時の感覚や楽しさにとてもよく似ていると思った。
浜ではいくら夢中になっても道に迷って帰る事が出来なくなると言う事は無さそうなので、そういう点では安心だ。

連日の雨で作業はなかなかはかどらない。2日目でも通しの甘さに気付かされ萩の友人にユンボを借りることとなったがそれまでなにもせずにテントにこもっている訳にも行かず、重たい泥と格闘していたら身体がついに悲鳴を上げたらしい。
一気に体力と気力が抜けてしまった。
その夜から下痢になってしまった。風邪のひき始めと言う事だろうか。
1日作業はお休みして乾かない衣料を持って長門町のコインランドリーへ行くことにした。
それからコーヒーや生乾きでも雑菌の増やさない洗剤も、それからティッシュや飲料水確保のための大きなペット飲料、頭を洗うための石けん等々・・・
折角1日休んで長門町まで出て行くのだから湯本温泉にも入りたいな。
入浴料金が200円というリーズナブルの値段も気に入った。

油谷島へ (4)

手前に見える古めかしい建物が銭湯である。
地元の人は無料回数券を使っているそうだ、一般の人は200円で入ることが出来る。
しかし、温泉街の風情がとても良いですね。
二階は休憩室になっているそうだが今は使われていないということで入ることは出来なかった。


油谷島へ (6)

小さめの浴槽に身体を沈めてじっとしていると疲れがじわっと抜けていく気がした。
地元の人らしきおじさんに「良く来るんですか」と聞くと『毎日来てる』という。
『もっと熱いのはこの上の方にあるけど俺はぬるめのこっちが良いから』と答えに付け加えてくれた。
外に出ると入り口の脇に置いた有ったベンチに女性が座っていた。
連れ合いの出てくるのを待っているのかもしれない。
目と目が合ってしまった、さりげなく女性の方から会釈されたのでこちらもぺこりと頭を下げた。
きっとこの方も近所の常連さんかもしれないなと思った。


朝7時に油谷を出て帰ってきたのは午後2時過ぎだった。
雨の日の野外簡易トイレは使うのがとても不便だし、泥だらけになった服でテントに入ると身体に触れるものが全てに泥がついてしまった。
あれやこれやと気になる不便さが目立ってきたので、ドーム形のテント小屋を広くして着替えとトイレのスペースを作ることにした。2時間くらいの作業時間で1.8メートル伸ばして丁度良い空間を作り出すことが出来た。

さて、本題の亀の話し。

油谷島へ (15)

まだ明るい雨が降っていない休日なんだから前に広がる棚田を散歩しながら見てみようか。
昨夜の雨で濁っている田んぼの水の中に結構大きな黒い石らしきものが有った。今まで気づかなかたんだと思いながら見ていると・・・何だか動いているようだ。
石じゃねえ。
まさか毎日うるさく鳴いているウシガエルかな。
動きが遅すぎるなぁ・・気になってきたので道から下ってよくよく見てみると亀であった。
近づくと鼻先と甲羅だけを水面上に出してじっと止まってしまった。
この小さな田んぼだけで2匹居る。
あちらこちらの田んぼを見てみると、あっちにもこっちにもいるわいるわ。
小さな3枚の田んぼで5匹確認。
飼ってるのかなぁ。
鯉代わり、カモ代わりか。
いずれにしても田んぼを移動する度に水を濁しているようなのでオイラの田んぼウォーキングの変わりには使えそうだ。
カエルとかオタマジャクシを餌にしているのだろう。

油谷島の亀は溜め池ばかりで無く田んぼにも結構居るということが判った。
後日地主の井関さんに聞いてみると飼っては居ないそうだ。
勝手に入ってきて住み着いて困る と、言っていた。
何が困るのかというと畦を壊すので、水漏れの原因になるそうだ。

油谷に着いたばかりの1日目は同じ敷地内に住むことになった翔太君の家に泊まらせて貰った。好意に甘えたのは良かったがあまりにも大きな隙間が多すぎて野宿でしこたま蚊に刺されてきた上に又大分蚊に刺されることとなった。
そんな事もあり一刻も早く二時前の日の入ってこない安眠スペースを作りたかった。
テントが出来てやっと解放されると思いきや雨続きの天候のせいかやたらとかが多い。
外に居るじゅう作業中休憩中食事中何処で何をやっていても射されていた。
しょうが無い、蚊取り線香を買おう。油谷生活5日目にしての判断だった。
その効果は抜群だった。
あたらに射された箇所はトイレの際に出した尻だけであった。

油谷島へ (2)

それでも今までに一杯さされていたのでかゆい生活におさらばという訳には行かなかった。

油谷に来る前日だった。
農作業の途中で一休み入れた時にメールチェックを入れそのまま近くにあった板きれの上に置きっぱなしにして帰ってきてしまった。
その夜はあいにくの雨となった。
またしてもやってしまったぁ-、翌朝取りに行ったが思っていたとおりスイッチが入らなかった。
油谷出発までに修理に出す時間は無かったので、密封袋と乾燥剤を使って修理を試みてみたら見事に治った。
そのおかげで油谷から自宅への連絡も事無く出来ていたのだが、今朝電池切れ間近の悲鳴音を出したスマホを青カブ君のバッテリーから取っている充電ソケットに差し込んで充電を1時間してみた。
外してスイッチを入れてみたら全く作動しなくなっていた。
ええ、まさかと接合部分を見てみると濡れていた。昨夜の大雨で青カブ君側のソケットが濡れていたようだ。
ビニールカバーを掛けていたのだが、カバーの防水性能が大雨に対処しきれなかったようだ。
こういうもしもの事も考えて自宅で使った再起動キット〈密封袋と超乾燥剤〉を持ってくるべきであった。

油谷島へ (1)


これで3回目だ。
どうやらオイラには完全防水のスマホが必要なのかもしれないな。

19日

折角萩市の近くまで来たのだからブログで知り合った山猿さんにも会いたいと思っていた。
連絡を取ってみると夜には戻るから会いましょうと言うことになった。
午前中からがれきを積み上げる作業をして午後から萩に出掛けた。
昨日今日とがれきの中からコンクリートで煉瓦を固めて作られている薪窯の塊が出てくる。
これを掘り出して積み上げる作業は結構腕力と体力を使った。
1日半の作業で体中が痛くて体力の限界を感じていた。
今回はがれきの片付けはやめて土嚢作りに専念することにした。
そう言えば前回会った時にユンボもお貸ししますから必要な時には声を掛けて下さいと言ってくれたことを思いだした。
ユンボが借りれたら随分助かるのでそのお願いも今回兼ねていた。

前に一度来たことがあるので、何となくいけそうな気はしていたが、時間が有るので前もって山猿さんの小屋の入り口を確かめておくことにした。
が、なかなか判らない・・・一度通り過ぎて戻ってからハット気づいた。
入り口にロープを張ったという記事を思い出した。
ここだったか。
約束の時間に合わせて萩のコンビニから再び出掛けたと言う訳だ。

丁度入り口のロープを外して入っていく軽トラを前に見つけたのだった。
なんとタイミングの良いことか。


油谷島へ (8)

久しぶりに会った山猿さんはちっとも変わっていなかった。
山猿の里山基地内にある農地を見学させて貰った。
昨年と比べると良い状態の水田があった。
今年は結構収穫が望めそうだね。
雑草が無いのが・・羨ましい。
我が農園のたんぼ雑草は留守中に増殖してしまうだろうな。

油谷島へ (5)

家族の思い出としての記念樹と子供達の手形の付いた井戸など、山猿さんの思いが所々に表れている。

油谷島へ (3)

油谷島へ (6)


一晩小屋に泊めさせてもらった。
スーパーで買ってきたというお寿司だったが美味しかった。
僕は諏訪の本金のお酒を土産にしたが、少し足りなかったかなと・・・バイクだからつい小瓶にしてしまった。
翌朝
ユンボを運ぶ都合上一度油谷へも行きたいというので、行くついでに里山に有り余っている竹を運んで貰うことにした。
竹は35本位一緒に切り倒して長さを4メートルちょっとで切りそろえ用意する。
竹はテントを雨風から守る為の覆いテントを作る材料にするのだ。
出がけに山猿さんがはさみや針金ペンチに竹割り機まで用意して貸してくれたのだった。

長門町にあるコメリでコンパネや麻紐これから使うかもしれないセメントなども購入していった。

油谷島へ (9)

テントドームは既に竹を切る時にだいたい図面が頭の中に出来ていた。

油谷島へ (10)

竹を割ってトンネルアーチを作って麻紐で組み付けて最後にブルーシートを掛けてハトメ部分を床部分の竹に縛り付けて仕上げました。
一番奥にコンパネ2枚を敷いてその上にテントを張ったのだが、短時間の割には上出来だ。

油谷島へ (13)

油谷島へ (2)

油谷島へ (1)

暗くなる前に荷物も入れ込んで移住出来る状態になった。

目の前に広がる田んぼや畑は綺麗に手入れされている。
頑張っている年寄り達の姿が此処にあるのだった。

油谷島へ (15)

油谷島へ (18)


20日

ユンボが来るまでとにかく手作業で頑張るしか無い。

朝5時半から暗くなる前の7時半までだらだらと作業を続ける。
それでもやっと土嚢4つ分しか出来上がらなかった。
午前中はまだ良いが、午後を過ぎると身体が重く気力も無くなってくる。
雨の中の泥作業でしっかり心まで疲れ切ってしまっていた。


21日

昨夜の大雨で朝テントを出ると大きな水たまりが出来ていた。赤い粘土を溶かした濁った水たまりだった。
昨日よりも作業環境が悪くなっていた。
雨水をため込む為に置いておいたバケツにはたっぷり溜まっていたが、どういった訳か泥が飛び入って多少濁っていた。それを飲用にとポット1つ分汲んでから顔を洗った。



油谷島へ (3)


朝一でカップ1杯分のお湯を沸かして午車腎気丸を飲む。それから30分ほどで朝食も済ませて作業に入った。
昨日土嚢ハウスを造る場所を雨から守る為にと作った円錐形のビニールハウスは昨夜の大雨と強風で見事にシートが剥がされていた。
止めに使っていたPPテープは水に弱く隙間から入り込んだ水が全て剥がしてくれた。
今日の作業は麻紐を使ってシートと竹を結びつけるところから始まった。午前中いっぱい掛かってやっとその作業を終えてハウスの基礎となるサークル内の粘土掘り作業となったが、これが又今までに無くきつい作業となった。
20センチほど掘るとその下からは水がにじみ出し泥状になった。それを泥とコンクリート片、ブロック片、ガラス片、木片、根っこ、瓦片、それらを分別しながら拾い分けて重たい泥粘土だけを土嚢袋に詰めていくのだった。
しゃがみっぱなしという姿勢もきつくなってくるが、とにかくツルハシで砕いて泥土をそれなりに砕くというか手で塊でない状態にして・・・・とにかく手間の掛かることを長時間やる訳です。
午後3時までやって疲れ切ったところでテントに入って着替えをする。
気分はマラソン気分で倒れる寸前テント内のコンパネ代に腰を下ろすと暫く動く気分になれないのだが、コンロに火を付けて夕食の準備をはじめる。
夕食といってもドリップ珈琲とインスタントラーメンを作るだけだった。
しかし、蚊が多い。
食事中も結構蚊に刺されてしまうので早々に食事を済ませてテントに入って横になった。
目を瞑ってスマホでラジヲを聞く。
昨夜の雨は隣の九州地方それも熊本で土砂災害を出したとニュースが流れている。
今夜も又降るらしい。

いよいよ今年からベースキャンプとなる建物を作り始めた。
何せお金と時間が無いのでその場に有るものを使って土嚢で作る家、アースパックという方法で家を造ろうと動き始めたのだった。
しかしながらそれを作るまではテントを張ってその中で過ごしながら造るしかないと思っていた。
油谷の雨風は山の此処とは全く違い台風でもないのに暴風雨が毎日朝晩やってくる感じだった。
昨年の11月の廃墟の片付け作業の時は全く晴れの日は無く大雨の中の作業となった。夜はびしょ濡れのまま濡れた寝袋に入って朝まで過ごすという3日間で、今年からはそういう訳には行かないと思っていた。
先ずは友人宅から竹を貰ってきて竹とブルーシートを使ってテントを守る為のトンネル形のテントハウスを造る事にした。
大きさは4.5掛ける4.5と結構大きい。
半分はテントが入り半分は資材置き場と洗濯物が干せる広さが有るのだが、強風に煽られるとユッサユッサと揺れるので少々軟弱さもある。
2日目にはつっかい棒を2本入れて揺れを抑えておいたが、手作り簡易トイレが外に有り雨が降っていると随分不都合だったので、トイレをテントハウスに入れる為に2メートルほど長く増築した。

土嚢の家作りの方だが、此処にある土を詰めるには土に混ざっているガラスや瓦や木片や衣類その他を手で拾い出して残りの粘土土を土嚢に詰めるという大変面倒な作業を一日中する事となった。
2週間の内の移動の5日間以外は殆どその作業をしていた。
簡単に進まない作業で辛い作業だった。

重機で廃屋を片付ける時に自分だったらもっと丁寧に細かに選り分けながらやるのになと思いながら作業を見ていたものだった。
今更ながら大きな柱材だけを拾い出して後は潰して土地の片隅に押し寄せておくというやり方が僕の家作り作業の大きな壁となってしまった事は言うまでもなかった。

油谷島へ (20)


ブルーシートの中でのテント暮らしは全く辛くはなかったが、島に住む住人特にこの場所を斡旋してくれたひと、それから土地を貸してくれた地主さんにとっては歯がゆく見えるだけだったようだ。
やっと土嚢が300に近くなってきた頃基礎部分となるセメント打ちをしようかと好天を待ったが、予報は雨であった。
油谷島へ (5)

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油谷島へ (13)

油谷島へ (2)


そんな時に言われたのだった。
3日位で小屋を建てたらどうかと・・・基礎打ちの前に砂利を敷き詰めたかったが僕はあえてやたらと出てくる瓦の破片を使う事にしていた。
出来るだけお金を使わずに此処にある島に有るものを使って家を造りたいのだった。
それを見てこう言われた。
買って用意した方が簡単だし安い物だと・・・・
ブルーシートが風で飛ばされたらどうするんだと、ここにいる訳じゃないから長野にいる間管理は誰がするんですかと・・・こういう事では困るんです。
地主さんは中野さんでなくても誰でも良いんですよ。
此処の管理がちゃんと出来る人なら誰でも良いんです。

島の人達の期待に今の僕は全く応えて行動する事が出来ないし、する気も無いという事を痛感した。

6月8月11月と年に3回しか来れない事も承知して貰ったつもりでいた。
建物が出来るまで3年位掛かるかも知れないとも言ったはずだが、そういう長い目では見る事が出来ないつきあえないのだとそう言われた気がした。

自分のペースで自分のやり方で何とかこの遠い場所と遠い道のりを歩きたかった。
僕はトンテン大工仕事の小屋に住む気は無いし、人目を気にして行動する事もしたくない。
自分が本当にしたい事をやりたいんだと・・・
まだ油谷島は僕にとっては現実的に遠すぎた、また現実的な土地では無かったという事だったのかなぁと思ったのでした。

 6月の油谷島行きはいよいよ土嚢による家作り作業の開始となる。
作り方を指導してもらった事も無いが何とかなるだろうと安易に思っている。
何処へどういう形で作るのか、水も雨水を使って浄水して飲用にしていこうと思っているので、土の移動とその量も大変な作業となると思っている。
まあ、大変な事ほど仕上がった時の喜びも大きいので辛いだけと思えずに働けるから良いんだけどね。

この家作りの全予算はと言うと5万円位でと思っている。
材料は出来るだけ貰うか拾うか取ってくるかで進めていくつもりでいる。
取って来るというのは盗んでくるのではなく、島に自生している植物やその場にある石や土を使うのである。

何が必要になり何を貰えるのか買わなければならないかも行って作業を進め始めない事にはなかなか決められない。

今回は色んな意味で探りを入れたい事も多いので青カブ君で行って必要なものは現地で購入しようと思っている。
と言う訳でバイクはこんな感じになった。

青カブ君

雨降りが続きそうだし、長距離なので出発から長靴を履いて走ろうかと思っている。
いよいよ、明日出発だ。

倉庫の片付けに伴って要らないものがあるので、貰ってくれないかなという電話が入った。
若い時から使えるのに捨てるという情報があると直ぐ頂きに参上するという性分でして、長い付き合いをしている友人からはこういう連絡がたまーに入ってくるのだった。

その事とは少し外れるのだが、桂美術館の庭には結構カバープランツが植わっていた。

桂重英美術館 (1)

自生している小さないちご。
白い花が咲き始めていた。

桂重英美術館 (4)

一面にカバープランツが広がっていた。

桂重英美術館 (2)

大根の花に形は似ているが、大根系の植物ではないそうだ。
種の形が変わっているので種を観賞用に使うとか。
名前は忘れてしまった。

桂重英美術館 (5)

こちらには二輪草が白い花を付けていた。
この花は自宅近くの林の中に結構自生しているのでよく知っていた。
この二輪草によく似た葉をしている物があちこちにあった。
聞いてみるとやはりかわいい白い花を付けるそうで、春秋明菊と言うそうだ。


桂重英美術館 (6)

このカバープランツ持っていって良いよと言ってくれたので少し頂いてきたのだった。
農園の周りにもそして油谷島の土手にもカバープランツが必要なのだ。
我が家から貰った植物が元気に広がって育って貰うとこちらも嬉しいわと言ってくれた。
有り難かった。

桂重英美術館 (7)

農事も溜まってはいるが帰ったら早速移植作業をした。

道路沿いの自然農場を耕起して早速ここへ春秋明菊を植えた。

カバープランツ (2)

カバープランツ (3)

カバープランツ (6)

カバープランツ (7)

美術館に自生していたいちごは2種類あった。

こちらは大きくて赤い実を付けるそうだ。

カバープランツ (4)

こちらは小さくて白い実を付けるという。
「おいしいよ」とも。

カバープランツ (5)

ガンガン増やしてあちこちに移植していこう。
いつか土手の草刈り作業から解放される日を夢見るのだった。



この2.3年で塩尻の自然農園にもやっと花が咲くようになってきた。
先代達はたばこやぶどうを農薬まみれで栽培していた。
農業機械の進歩と導入によって本来一人で栽培できる量をはるかに超えた生産をすることとなった。
と同時に当然農業離れする人も増え、その人達の分も生産していくこととなる訳だ。
川や谷に沿って曲線に線引きされた農地の境界線も機械が入りやすいようにと国の圃場整備で全国隅々まで四角く区切られていった。第一に生産効率を考えての農業の近代化だったのだろう。
しかしながら、それによって農業従事者の農業の思いの中から普通に欠けていく思いがあったと思う。
それは、環境を汚さない意識、景観を楽しむ意識、他人が手が出せる余分な野生実を沿道に植えておく意識だろうか。
農業は金を稼ぐ手段ではあるが、それは表面上のことで本来はとても多くのことを含んでいる仕事だと思っている。

特に環境を守っている景観という物は心を豊かにしてくれる大切な物だと思う。
目にする景色がゴミだらけだったり春の芽生えの季節に200メートルも除草剤で枯れた土手が続くのを見ると心はとてもじゃないが癒やされるとは言えないだろう。
自分の関わっている農地が他の生き物のための緑地を残したり、花や木を植えて立ち止まって少し見てみたいと思わせる事はとても幸せになれることでもある。
特に人の為にやるという行為は気分が良くなることだが、ついつい恩着せがましくなってしまうことが多い。
そんな中景観を良くするという行為は誰にも恩着せがましくならないのが良い。

農業は農園とはそういう事だと思っている。

油谷島で自給できるようにするということは大いに楽しいことだと思っている。

一年間の内湯谷島まで行けるのは6月8月11月の3回だけとなりそうだ。
今年から一度行ったら2週間はこちらを離れられるようにしたいと思っている。
というのもいよいよベースキャンプとなる家作りを始めたいからだ。
出も、家を作るのと同時に早速村道沿いに花のなる木の移植作業も進めていこうと思っている。
その為にも高価な苗木を100本も購入する資金など無いので、この塩尻の農園を利用してこちらで挿し木による苗木栽培を始めたという訳だ。

アーモンド挿し木 (1)

アーモンドの花は桃の花のようにピンク色で美しい。

アーモンド挿し木 (2)

梨の挿し木で成功したので、この方法で30本試してみた。

アーモンド挿し木 (3)

アーモンド挿し木 (4)

毎日水やりをしなくてすむようにペットボトルで保水器を作ってみた。

挿し木

油谷島でアーモンドの並木を作ろうと思っています。
挿し木の上手な方がいましたら是非苗木を100本ほど無料で提供して頂ければと思います。
来年度の6月に定植作業を目標にしています。
もし植え付けの作業のお手伝いをしてくれるか違いましたら、是非ご連絡を下さい。

なかなか森にハウスをつくる時間が取れずにいます。
山口県長門市油谷島へロングツーリングに行って帰ってきてからは、毎日あちこちの草刈り作業に追われています。
作業をしながらこの空き地でテント張ってくれてもまったく良いじゃん。
自分は川原を主に見つけては張っていますが、時間や場所によってはなかなか見つからないこともありますよね。
夜騒ぐことのない、仮眠を取りたいライダー達に解放しても良いと思いました。

153号線から木曽へ向かう19号線の間にある中山道沿いにその場所はあります。
きんぴら自然農園の小さな看板が道沿いにあります。

ライダー野営場 (1)

木曽方面から来ると踏切を越えてカーブミラーと小さな看板のあるこの交差点を右に入ります。
塩尻大門ガード下を潜ってきた時には左側に大きな三角駐車場を過ぎた後の交差点となります。


ライダー野営場 (2)

交差点から白い軽トラが見えるところが野営場に使えるところの入り口となります。

ライダー野営場 (3)

ライダー野営場 (4)

結構広い場所です。
農業用のぽっとんトイレがあります。が、コンビニと西友がバイクで5分くらいの所にあります。


クラブマン君

自分の乗っているクラブマンですが、この止まっているところがぶどう園とビニールハウスの間です。
クルミの木がありその日陰に留めています。
地図を載せられると良いのですが、今のところ方法が判らないので、暫くはこれでごめん。

あらかじめここでテントを張りたいという連絡がある方が良いのですが、無くても良いです。
ぶどう園とビニールハウスの間の草地にどうぞお張り下さい。

ただし時間帯は午後6時から朝6時までの間でお願い致します。
たき火は駄目です。
携帯コンロにして下さい。

こんにちは。
初めまして。
オイラはバイクが大好きなおじさんです。
高一の時からずーとバイク乗っています。
仕事は自営業です。
今は農林業で何とかやっていこうと苦戦中ですが、バイクツーリングを遊びの中心にしようかと思い昨年郵政カブに加えて、クラブマンを購入しました。

いざツーリングを始めて見ると日帰りでは特に思わないのですが、キャンプ場の使用料の高さに閉口してしまいました。安く泊まることを考えてのキャンプと非日常を考えてのキャンプとがあると思いますが、一張り500円以上を使ってのキャンプなどはオイラには考えられません。
せめて一張り1000円以下でしょう。
基本的な設備と言ったらトイレ・炊事場・平地これだけで十分です。
一人500円でしょ。

経済成長まっただ中ならまだしも、もうオイラ稼いでないもん。

そこで、オイラみたいに金を使わずに良い旅をしたいツーリング人のために自分で造ることにしました。
ライダーハウスです。
自転車で旅をする人だって良いし、歩く人だって良い。
出来るだけ自分で泊まりのスタイルや仕事が出来る人の為の会員制の施設として簡易バンガローを私有地の森に造ろうかと思います。

森作業 (2)

森作業 (3)


当地は長野県塩尻市 関東と関西と日本海方面の交差点に当たるところです。

何せまだ住所不定無色透明な生活を送っているわけではなく、普段は農事に追われ季節労働者となっていますので、どれだけのテンポでこの計画が進むのかは全く未知であります。
どうか長い目で見てやって下さいな。

ま、とりあえず告知と言うことで。

画像は、山作業の時ので、昼飯です。続きを読む

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