2009年09月28日

すこし不安だけど、すごく朗らかな気分です。




人の生き方って色々ありますね。

そのなかでも、夢を追いかけるっていう生き方について。


気付いたのだ。

自分が、夢に生きることをもう忘れてしまっていることに。

数年、いや、数ヶ月前までは、夢や希望をたくさん抱いてた。

でも、今は、夢も希望も、そんなもの、これっぽっちも考えない人間になっていた。


感情を制御して

自分が傷つかないように、傷つかないように、

それだけ考えて生きてきた。

そしたら、冒険することも

気持ちをぶつけることも、

遊ぶことも、楽しむことも

全部忘れちゃったみたい。



今見ているのは、夢じゃなくて妄想なのかもしれない。

ありもしない

叶いもしない

そんな事ばっかりに生きる意味を見出して

そんな事ばっかりに時間と労力を費やして


なにやってんだ。自分。




このまま

つまんない人間やって

つまんないまま死んでくのかなぁ。




夢の中で、自分を、取り戻すのだろうか。

夢の中でも、何かに怯えているのだろうか。




これが長すぎた夢だったらいいのに。

2009年09月16日

うそ

自分に嘘をつくことに、限界を感じた
もうだめかもしれない
もうどうにでもなれ
もう


なにも知らない
だれも自分をしらない
そんなところに逃げられたら

愛情ってなんだ
自分ってどれくらい大切な存在なの

人ってそんなに強くない

人って、なんでここまでも多いの

その中で、じぶんのほしい人って見つけるのって

可能なの?

たいていの人が不可能のまま死ぬんだよ

だったら















もうやなんだ

ちっちゃい希望

かすかな喜び

あの喜び



すげーうれしいんだ

予期せずあえたときとか


でもさ

それでも

それって運命でも何でもないんだよ

それってただの偶然で

別に運命じゃない


分かってるけど

分かってるよ

分かってる



でも、そこで喜んでる自分がいる

じじつ








くやしい









くやしいくやしいくやしい



くやしい

なんでこう生まれてこう生きて

どう生きるか


どういう運命か



しったこっちゃないが

しぬときはきっと独りなんだろうな

さびしい

こわい

すこしでもあいするひとのそばにいられたら


何を求めているのかわからない

じぶんが


じぶんが


くづれていく


もう
















エンターキーしかおせない

2009年09月11日

もっと

もう、そろそろ

付き合いきれないし、

でも、やり直すのも恐い

それに、めんどうだ。



ヒトってのは、ここまでめんどくさい物なのか。

はぁ。

久しぶりに疲れた。

人を好きになることで、自分がどんどん嫌いになっていく。

人を思いやることで、自分がどんどん悪い人間にしか見えなくなっていく。



それぞれの人生があって

それがうまく描かれてる映画って、すごく好きだ。




なぜ、2つの人生が、交差するのか。

どうして、ここでこの人と出会ったのか。

短い間しか関わらず、そして別れればもう一生会うこともない。

異国の人と友達になって、すごくそう思った。


すごく切なくて、不思議で、

疑問が押し寄せる。



得も言えぬやるせなさ。切なさ。

どうせ別れるなら出会わなければ良かったのに。

どうせ出会ったなら、ずっと別れなければ良いのに。





最近、薄々と分かってきた。

一生、独りだと。

2009年07月25日

いままで

ちょっと過去の記事を見返していて。

恥ずかしすぎますよね。


幼稚だし、哲学してますみたいなの気取ってるし、馬鹿っぽいし、だいいち、おもしろくないし。



しかしです。

ま、

人に見られているような、そうでもないような

みたいな、半端に自由な空間に

思ったことをつらつらと書いてる

それで若干満たされてるってのも事実ですね。



やめられないんだな。

生きてくためにさ。



さて。

7/22もあっと言う間に過ぎ、

そして、そろそろ夏ですね。



夏は嫌いです。












高1や高2の後輩たちが、悩んでいるようだ。



愛だの、恋だの



いくつか上の先輩が言ってたっけ。

「よく俺も高1のとき、死にたい死にたいってノートの片隅にかいてたっけ」

同じようなことを、自分も後輩たちに言っていますね。




すげーなー、思春期って。

みんな、それなりにあるもんなんですね。

無い人は全く無いみたいだけど。




でも、何回もいろんな人に言っているけど

結局、五体満足に(身体面だけじゃない精神面が特に)幸せに生きている奴らが

たかがちょっとの不安や、怒りや、悲しみや、

失恋だの、失望だの、裏切りだの

そんなんで「死にたい」なんて思ったところで

そんなの、本当に死にたい人からみりゃ、どうにも小さすぎる悩みで、

どう考えても一時的なもので

どう考えても取っ替え引っ替え出てくる悩みに過ぎず




言わせてみりゃ、


馬鹿馬鹿しい




だからさ

本当に死にたい人の気持ちなんて、わかるはずない。












自分のことだけじゃないし

他人事でもないし

その微妙な間で

どちらにも責任が無いことだからこそ

愛だの恋だのってのは、辛いんじゃないんですかね。

で、それが、楽しいんじゃないんですかね。






同年代に言ってもなかなか理解してもらえないのが

人のために生きる

ってこと。



見返りを求めずに、人のために何かする。

きれい事だが、でも真剣にこれをやるってのがなかなか難しい。


何度も書いてきたが、結局延いては「自分のため」になっている。




しかし、これが間違えなのだろうか

ってところからが、今日の話。



見返りを求めていない事が、結局、自分のためになっていたとする。

でも、それは悪いことだろうか

それで、他人が幸せならば、そしてそれが自分をも幸せにしているならば

こんな良いことはない。



同年代に、なかなか理解されないこと

「見返りの無いものが、本物だと思う」

ってことだ。





しかし、自分はこの詰めが甘い。

人のための何かが、実は人を少し身構えさせてしまっている。

疲れさせて、重く感じさせている、そんな気がする。




だからこそ、自分がたまに不幸に感じるのかもしれないね。


毎日が自己嫌悪の嵐です。







ずっと好きな人ってのがいるんですが、

最近、「離れるほど恋しい」みたいな歌詞にあるような歯の浮くようなセリフ

ちょっとわかるんですよね。


こんなに人のこと好きになるキャラじゃないんですけどね。



いつも一時的に舞い上がっているだけなのに

不思議ですね。





人から愛される人になりたかったです。

2009年06月22日

道(コタエ)

3年待った。

だから。

もう少しだけ。
自分の気持ちに付き合ってみよう、そう思うのだ。


2009年06月14日

無題

今日だけは暴れさせてください。




死にたい。

久しぶりに、リアルな感情が蘇ってきた。

特に何があった訳じゃない。

周りで起こる1つ1つ、その少しずつ、ほんの少しずつが、生きることを辛くさせる。

人生、うまくいかないことなんて当たり前。そんなことはわかってる。

しかし、うまくいかないことを打ち明け、慰め、いたわり、それすら許されない。

「運命」とでも呼べばいいだろうか。




前にも同じようなことを思った。

そのときはまだ未熟な考えながら、しかしやはり今と同様、率直な疑問、だれも解決し得ぬ答えのない疑問に対する「答え」をただただ探していた。


それでも、一度、考えられる限りで最良な結論を無理に下した。

それは、生きるためと言うべきか、死なぬためと言うべきか

とにかく、便宜的な結論であった。



つまり

自らの運命によって不運にも、そして幸いにも経験できる、痛みや悲しみや苦しみ

それらを心にとめ、可能な限り人のために生きる、その努力をしようと。



しかし

今になって思うのだ。

人のため人のため、そう言っておきながら結局自分が傷つかないための防御であり逃げであるのではないだろうかと。



大切な人がいる。

それは結局独りよがりなのだ。

守ろうとしていたのは、自分だったのだ。

だが、自分が傷つくことを覚悟したところで、相手も同時に傷つけてしまう。


可能性があるのか。自らに。



救われたい。
死にたい。その目的は、自分で思う以上に不純だろう。
それでも、それが、最期の手段として見えてしまうのだ。



前に進みたい。
決着をつけなければ前には進めない。
でも、決着を付ければ、失うものは大きいのだろう。
得るために失うか。
失わずに、しかし何も得ないのか。


答えが見つからない。

道しるべもない、明かりもない、暗い道。長いのか、それすらわからない。



理論的に答えをもつけることが不可能ならば、実験的に求めるしかないのだ。



ずっと。

2009年06月08日

自己

最近、自分が嫌いだ。


自分を認めてもらいたいと無駄に動いている自分。
自分は人のことを思いやっている、と自分で思って、他人に押し付けている自分。
自分が、嫌いだ。


いい人ぶって、できる人ぶって
全部、中身のない自分を隠すためで
本当はなんにもできないのに
自分を守るだけのくだらないプライドの様なもんしょって。


本気で思うのだ。
自分は幸せになってはいけない人間なんだろうと。
人の幸せのために生きるべきなのだろうかと。


変化を恐れるがあまりに
過去を美化してこだわってる。


自分は変わってはいけない。


そう、なぜか変な責任感とプライドと、何かを、背負ってる。
最近、そう思う。


なんなんだこれ。


変わるべきもの。
変わらずにもつべきもの。

その区別ができない。
その線引きができない。

いつのまにか、変わるべきものを必死に守って、そんなことに夢中になって、変わらずにもつべきものが腐っていく。

恐いのだ。



何もかも、打ち壊したくなる。
でも、全部なきゃ、自分は生きていけない。


矛盾してない。
ただ、理解できない。



人に尽くす。その度に、見返りを求める自分が、本当に嫌いだ。

2009年04月29日

幸せになるために

欲望を追って充実し、欲望によって傷つく。

人は、欲望という根本の生理現象から逃れられないのだろう。



得る物など何も無い。そう、将来的には、自分も他人も傷つくだけなのに。

でも、瞬間瞬間、本能では満たされている自分を感じる。


矛盾しているのだろうか。

天使と悪魔、自分の中にそれらが同居しているだろうか。


いつも従っているのは本能であって、それは天使でもあり悪魔でもある。

言い換えれば、どちらでもないし、そんな区別意味が無い。


いつも従っているのは結局、本能であるのだ。

ごく簡単な事で満たされ、ごく簡単な事で不満を抱く。

一喜一憂する。めんどくさい物だと思う。





決して実る物では無い。そう、分かっているのに。

なぜ、追っているのか。なぜ、背負っているのか。

まるでその先にしか幸せが無いかのように。


しかし、今の自分に最高の幸せを与えてくれるのが、その瞬間ならば。

それが「至福」ならば。

リスクを背負って、その幸せを追っていきたい

と、考えてしまうのだ。


実るかもしれない。
得るかもしれない。

幸せに、なれるかもしれない。

そう考えると、そう考えてしまう本能には、

やはり勝てそうも無い。今の自分は。



どうしようもなく、どうしようもなく

情けない自分。それに気づく。

しかし、そのどうしようもなく、情けない自分

それを救えるのが、なぜか追う先にある。


そう、本能でわかる。


そう、思い込んでいることも知っているのだが。

2009年03月05日

自分を助けられるのは、いつも自分

全部、終わりにしたい。


前向きに考える自分が、救いようの無い自分だということ


1人で生きたい


2009年02月27日

言いたいこと

原因と結果

それが人を生かすのだろうか。

なんらかの「原因」があって、そして人が存在するという「結果」が生まれるのだろうか。

それは、確かに科学的にはそうだろう。

しかし、それは生まれたという「時点」までの話じゃないだろうか。

いま、自分がここにこうして、許しがたい「自分」を抱えて、存在していることに、

許しがたい自分を、抱えていなければならないことに、

果たしてそれに、原因があるだろうか。

生きていることに、原因があるのか。

ないだろう。


仕方の無い、文句を垂れたところで、誰にもわかってもらえない

そんなことに、理由なんてあるだろうか。

生きている「理由」が知りたい


人間が生きているのは、「原因」による「結果」ではないはずだ。

人間が生まれたのがそうであって、生きているのは違うはずだ。

人間が生きていくのは、「目的」があるからだろう。

「目的」が人を生かすのだ

そうよくいわれる。


じゃあ、なぜ自分は生きているのか。

「目的」

確かに、ある。
しかし、それは、この仕方の無い呪縛と付き合っていくだけの、十分なものではない。
なぜ、こうなのかの「理由」と、そこから算出すべき、どう生きるべきかという「目的」
そして、その目的を果たした後の「見返り」が、生きるためには必要なはずだ。






たいていの人間は、短期的な「目的」というものを持ち、それを達成するために、それを貪欲に追い求め、まるで正気も理性も失ったかのような愚獣と化すようだ。

しかしその目的に理由なんて存在しないはずだ。大抵は。

つまり、追い求める時と同じで、それを「目的」にする「理由」はやはり、動物的な感情にすぎない。


馬鹿だ








自分は、理由が知りたいのだ。くだらない、人を傷つけるだけの愚行に、なぜ人生の「目的」見いださなければならないのか

その「理由」だ。















やはり、誰にも理解されないようだ。そう、つまり、ここで言う「誰」とは、理解してほしい、理解できないはずの人。

本当の理解を求めた。しかし、それは有り得ない話だったのかもしれない。



結局、前向きに捉えるべきことでしかないのだ。

そう、結局、彼らには「リスク」「損失」と呼ぶに値するそれらは存在しないからだ。


これがダメなら次がある。

これがダメでも、時が次に運んでくれる。

そして、実際にそれは大抵成功する

という実績が、人類史上、脈々と培われて来たのである。


結局、そんなことでしかない。

おまえらがそんなに悩んだところで無駄だ。

それが、恋なんだろ、おまえらにとっての。

悩み、苦しむ。それもまた一つのお遊戯に過ぎない。



前向きに考えれば良い。精々それで生きるが良い。





“特別扱い” するのか、“健常者” と扱うのか
どっちかにして欲しい。






薄々、勘付いていることがある。

自分は、そういう部分で苦労するから、他に良い結果がもたらされる

ということだ。

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