繰り返し、強く願う その2



全蔵の弔いが終わった後のことだった。
銀さんが供養代わりにと、訥々と話してくれた全蔵の話の中に、地雷亜のことがあった。
あの時「忍者という存在」について語った全蔵は、忍というもの自体を憎んでいたように見えた、と銀さんは言っていた。
多分ヤツは地雷亜の生き方を蔑みながら、そんな地雷亜に自分を重ねていたんじゃないか、とも。
そして、「自分の人生を生きて。自分のために生きて」そう地雷亜の妹が残した言葉を、まるで自分に向けられたことの様に口にして、それから自嘲的に笑っていた様に見えた、と。

物心ついた頃からずっと一緒に過ごしてきた中で、幼少のみぎりから変わらず皮肉ぽいところもあったけれど、それでも幼い頃は滲み出る情の厚さは隠せなかった。
それがいつの頃からか他の忍達と一線を画すようになってしまったのは、確かにお師匠を引退に追い込んだ地雷亜のことが関係しているのかもしれない。

御庭番が表向き解散する頃には、全蔵は取り付く島もない、けんもほろろな態度を隠さない様になっていて、同僚としても、そして幼馴染としても、少しは信頼されてるとばかり思っていた自分がバカみたいだと思うほどだった。
そんな態度にこちらも半ば意地を張るように、そのままなんとなく付き合いも途絶えていって。
始末屋を始めるとわざわざ報告しに行った時も「へェ」と一言漏らしただけで、もうその厚い前髪の向こうに隠された表情を読み取ることはできなかった。

それから暫くの時を経て再会してからも、変わらぬ他人行儀な関係が続いて、滅殺仕置人のことを忠告された日を最後に顔を合わすことも途絶え…
そしてあの日を迎えたのだ。
突然全蔵を失った、あの日を。

幼い頃はあの男が何か企んでいるとき…例えば捕らわれた影丸を救いに行くときだって、ちゃんとわかったのに。先回りして、一人で行こうとする全蔵を捕まえることができたのに。
結局私は、一番大切な時に気付くことができずに、全蔵をたった一人で行かせてしまったのだ。


翌る日、昔も一度やったように看護師に姿を変えて大江戸病院に忍び込んだ。
目当ての病室の扉を僅かに開いて中を覗き込むと、ベッドに寝かされている私を挟んで全蔵と銀さんたちが話しているのが見えた。 
ちょうど全蔵が片手をあげながら「俺のできる事はここまでだ。じゃあな」と言うと、一人で部屋を出るそぶりをみせたので、すぐそこの廊下の角に慌てて身を隠したら、「こんな状態で一人残していくつもりアルか!!」と神楽ちゃんの大きな声が聞こえた。
その声に振り返ることもなく「てめーらも死にたくなかったらそいつに近寄らねぇこった。そいつもそれを望んでいる事だろうよ」と言いながら、全蔵が扉から現れる。
部屋を出た全蔵は、そのまま病室の扉に左肩を持たせかけた。

きっと、中での様子を窺っているのだ。
銀さんたちは、確かこれからこの後どう動くかを話し合い始めるはず。
つまり、私を連れて全蔵の家に向かうことを決めるはず。
そしてそれを知った全蔵は、このまま自分の屋敷に戻らなかったのだ…私の世界では。

それなら。

私は咄嗟に息を大きく吸うと、「ちょっとォォォ誰かが病室覗いてるんだけどォォォォ」と大声で叫んだ。
ビクッと体を震わせた全蔵が、「何事?」と他の病室や廊下から顔を出し始めたナースたちに向かって
「いやいやいやいや、違いますって。そうゆうアレじゃないんでェ」
とボソボソ言いながら後ずさりする。
そしてそれから一瞬訝しげに口を歪めると、そのまま姿を消した。
咄嗟に叫んでしまったけれど、普通のナースなら私がしたみたいに気配を消すなんてできないだろうから、全蔵が怪しむのも無理はない。
これからは気を付けなくちゃと気を引き締めながら。

でも、多分これで銀さんたちが全蔵の家に行くことは知られずにすんだはずだ。
あの男はあれで意外と常識人で、その全蔵のごく一般的な感覚でいったら、まさか銀さんたちが私を連れて自分の家に突入してくるなんて想像できないだろう。
あとはこれから全蔵が家に帰るのを見届けて、夜までの間に出ていきそうになったらなんとか上手く足止めをするしかない。

そうと決まったら、行動するのみだった。
看護師の制服を脱ぎ捨てると、私は全蔵の家へ向かって屋根伝いに走り出した。


その夜私は、銀さんたちが屋敷に押しかけるまで全蔵を屋敷に足止めすることに成功した。
銀さんたちが突入してきたことを知った全蔵は、最初はなんなら気配を殺して黙ってるつもりだったみたいだけど、大音量で「仕事人のテーマ」が響き渡ったところで小さく舌打ちして出ていった。
さすが!と、私は心の中で拍手を送る。
イラッとさせるというか、おちょくるというか、とにかくそうして人を巻き込むことにかけては、万事屋は天下一品なのだ。

その後私は、その夜全蔵の屋敷で起こったすべてを見守ってから。

正直なところ、これが未来を変える一歩になるかどうかはわからない。
でも、私が知ることのできなかった全蔵の本音を、過去の私が少しでも知ることができるように、こうして全蔵と過去の私が関わる機会を作っていくこと以上に、できることはないと思った。

結局病院に運んでもらった後一度も全蔵と接触することのなかった私は、何度唇を噛んだだろう。
もっともっと、全蔵に関わっていればよかったと。 
もっともっと、全蔵と時間を共にすればよかったと。
全蔵の本音に触れる機会を持つことができれば、全蔵の行動を予測して止めることができるかもしれなかったのだ。

そして、もしもう少しだけ、欲張ってもいいとすれば。
全蔵が僅かでもボロを出してしまえばいいのに、と願う。
昨日の夜、あの瞬間を私に見せてしまったように…

月夜の下で優しく唇を落とした全蔵の姿を思い出すたびに、胸の奥が鈍く痛んだ。
この体にも落とされたはずの温もりを、どうして私は覚えていないんだろう。
少しでも覚えていたら、何かが変わっていたかもしれないのに…
だからこそ、私が気づけなかったことをこの世界の私が気付くことができますようにと。
そのために全蔵が何でもいいからボロを出しますようにと。
そう強く願いながら、私は炎上する全蔵の屋敷を後にした。



その足でブスッ娘クラブの面接に行ったら、ありがたいことに「アンタはきっとうちに入るために生まれてきたのよ!」と店長に即採用された。
全蔵がこの店にちょくちょく来ていたことはいつだったか銀さんに聞いて知っていたし、あとはこの世界の銀さんにどうにかしてここに来てもらえれば、自動的に私がついてくるはずだと思ったからで、その目論見はまんまと成功した。
毎日毎晩しっかり働いて数日、店長の信頼を得た頃から店の大小様々な用事を、なんだかんだ理由をつけて万事屋にお願いするようにした。
こんな吉原の店だから、万事屋といっても神楽ちゃんや新八君じゃなくて銀さんが来ることがほとんどで、となるともちろん。

「銀さァァァァァん!!」
「来るなァァァ変態ストーカー!!!」
黄色い声と怒号が響き渡るようになり。
初めのうちは銀さんや私が来ると席を立とうとする全蔵を、裏で様々な手を使いながら苦心して店に留めること、更に数日。
漸く銀さんと私がドタバタする喧騒の中で一人酒を煽る全蔵、という構図ができあがった。

今日も店に銀さんが来てくれていて、いつの間にか私も入り込んでいる。
私が銀さんを追いかけて、銀さんは全力で逃げながらもたまに優しくしてくれて、その空間は私にとってとても懐かしいものだった。
失ってしまってもう二度と手にすることができない、だけど振り返ってみれば一番楽しくて大切な時間。

そんな風に思い出に浸って散漫になっていたからかもしれない。
「なァさっちゃん」と耳に入った銀さんの声に、「なあに銀さん?」と思わず応えてしまった声が、この世界の私のそれとハモる。
「…なによアンタ」と、銀さんの腰にぶら下がっている私に睨まれて、漸く私は我に返った。

焦る自分を隠しながら、「あらごめんなさい。私もさっちゃんだから間違えちゃった」と言い訳する。
まだこちらを睨んでいる私に背を向けて、危ない危ない気を付けなくちゃ…と額の汗を拭っていると、ちょうど全蔵が店に入ってくるのが見えた。

全蔵は店の中の銀さんと私を見るなり小さく舌打ちして、それでも帰ることなくいつもの席に腰を下ろした。
いつもの全蔵のお付きの嬢は、ちょうど他の客についていた。全蔵は上客だからすぐこっちに来るだろうけど、店長に目配せされて取り敢えずは私が隣りに座る。

今まで遠くから眺めてばかりだったけれど、改めて間近で見ると、あまりの懐かしさに胸の奥がつかえるように痛んだ。
いったい、どのくらいぶりだろう。
まさかこんな風に隣りに座ることができる日が再び来るなんて、思ってもなかった。
…なんて感慨に浸っていると、私達の前を銀さんと私が賑やかに通過していった。

相変わらずの厚い前髪に隠れていて表情はちっともわからないから、その前髪の下でいったいどんな顔をしてるのかしらと悪趣味ながら覗いてみたくなって、お酒を作りながら「お兄さん、知り合いなんでしょ?迷惑だから止めてくれない?」と話を振ってみたら、「迷惑なのはこっちだぜ」と不機嫌な声が返ってきた。
「どうして?」と突っ込んでみると、「酒がマズくなる」なんて言うから、少しだけ核心に触れてみることにした。
「あのお嬢さんが銀髪のお兄さんを追いかけ回してるのが気に入らないってこと?」

私の質問に、グラスに伸ばす手を一瞬だけ止めて、それから全蔵は予想に反して楽しげに言った。
「いや、いーんじゃねェの?アイツはあーやってあの男のケツ追いかけ回してる方があってんだよ」
そう言った全蔵の言葉はどこか嬉しそうで、しかもなんだかほっとしたようだったから。

私は少し、混乱してしまった。

「でも…」
言いかけたところで、全蔵付きの嬢が急いでやってきたから、席を変わる。

でもアンタ、私のこと好きなんじゃないの?なんて、絶対に口にできない言葉だけど…

銀さんを追いかける私を見ながら、私はなんだか訳がわからなくなって、小さく溜息を吐いた。