April 03, 2007

5-2 (6-2) Dream of chiffon cake.

その日は朝から、ちょっぴり、いやなかんじがしましたのです。

ぼくがいつものように階段のおどり場のベンチに腰かけて、あみ物をしていますと、ふんわりと甘いような、わかい木をいぶしたようなにおいがしました。
あ、これはお菓子のお姉さんだと思いました。
お菓子のお姉さんの髪や、洋服からは、いつもこの甘いにおいがします。
そしていつも、オレンジ味のクッキーですとか、林檎のケーキですとか、洋梨のパイですとかを、小紋柄のかわいらしい布に包んで持って来て、ぼくにくれます。
春のおわりごろに咲くお花のような、やさしい笑顔のお姉さんです。
ぼくはうれしくなって、ぴょんと立ちますと、一階の玄関が見えるくずれた壁に走りました。
でも、そこにはお姉さんはおりませんでした。
なにやら見たことのない、ふきげんそうな顔のお兄さんが立っておりました。
みがるな仕立てのよい服装をしておりまして、たぶんムーングロウの仕立て屋さんのものだとおもい、近くで見てみたいと思いましたけれど、腰にはひとごろしの武器が吊ってありましたので、ぼくは首すじがひやひやとしました。

お兄さんはすぐ、ぼくが上から見ていることに気づいて、
「ぼうず、アウトって野郎はいるか」と、ぼくの方を見もしないで訊きました。
ひどく冷たい、狼のうなるような声でした。
ぼくは、「いいえ、アウトさんはおりません」といいました。
「茶色い髪の女はいないか」と、つづけて訊きました。
ぼくは、「いいえ、お菓子のお姉さんは来ておりません」とこたえました。

お兄さんの眉がひくりと動いて、そしてやっと、ぼくの方に顔を向けました。
ぼくは思わず、あっといいそうになりました。
お兄さんは、泣いておりました。

なみだを流していたのではありません。
でも、泣いているのだというのが、ぼくにはわかりましたのです。

「ぼうず、マスクをとれ」と、お兄さんはいいました。
ぼくは困りました。
とんがり頭の、左目に穴がひとつだけ開いているこの頭巾は、ぼくが生まれたときからかぶっているものだからです。
どうしようと思って、少し壁に引っ込んでもじもじしていると、お兄さんが手を腰にまわすのが見えました。
あっ、もしかしてぼくは、ころされるのだろうかと思いました。
くちからかってに、ひぃ、と声がでました。
ぼくが頭巾をおさえて震えておりますと、「ぼうず」とお兄さんが呼びました。

「これが、さいごのお菓子だ」
ぽすん、と、何かを置く音がしました。
えっ、と思いまして、ぼくが顔をだしますと、お兄さんは建物に背中をむけて、聖書をめくっておりました。
きらきらっと、お兄さんの体がまたたきました。
ぼくは慌てて、一階へおりて、玄関へ走りました。
もう、だれもおりませんでした。
お兄さんが立っていたところには、さくら色の小紋柄の、小さな包みがのこされておりました。
こうばしいお菓子のにおいと、甘い、お姉さんのにおいがしました。



ぼくはチェルシーのようにまほうを使えませんので、あたまで思っただけでしたが、ほんとうに、ほんとうに、あのふきげんそうなお兄さんが、泣かないですむようになってほしいと思いました。
そして、お菓子のお姉さんが、たとえぼくにお菓子をくれなくてもよいので、どこかでにこにこと笑いながら、お菓子を焼いていてほしいと思いました。



包みのなかみは、ココアのシフォンケーキと、オレンジのスライスでした。
ぼくは、少しだけ食べて、のこりをたいせつに包みなおしまして、ベンチでお昼寝をしました。

お兄さんとお姉さんとぼくと、3にんで、お菓子を食べているゆめを見ました。


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