January 11, 2008

8-2 Disinfectant

 
 平日の午後と云うこともあり酒場は空いている。
 エールを注文し、テーブル席に着いた。
 ウエイトレスが実に厭そうな顔で瓶を持って来たので、振り向きざまにデカい尻の割れ目に指を這わせたところ、金属製の盆を縦に振り降ろされ、頭頂部が裂けた。

あったかい尻だな」
「浮浪者。お掘に落ちて死んだらいいのに」

 女はキャップすら剥がさずに立ち去ってしまった。
 仕方がないので前歯でこじ開け、一気に七分目ほどあおってから、小さな羊皮紙のメモを広げる。
 血が顔に垂れてきて止まらない。
 フードをかぶり、頭をグリグリと擦った。
 レシピは、異常な読み辛さの金釘文字で記されている。

『素材その一 ピクシーの燐粉』

 俺はゲラゲラと笑った。
 バーテンとウエイトレスと二名ほど居た労務者らしき客が、一斉にギョッとした顔で俺を見、すぐに顔を逸らす。

 意味が分からない。
 そんなものを、一体どこに使うと云うのか。
 間違いない。細工師は俺をハメるつもりなのだ。
何がピクシーだあの野郎。コテンパンに惨殺してやる」
 俺は席を立つ。
「ギッタギタにしてやる。主に、生殖器官を」
 小銭を出そうとローブの内ポケットに手を突っ込んだところ、バーテンがカウンターの向うで空き瓶を逆手に持ち身構えた。
 俺はギクリと強張る。
「な、何。何をする気だ、客に」

「――物騒だよ。ここは蛇島じゃない。ガードに目を付けられたいのかい」
 労務者の一人が首を振る。
 聞き馴染んだ声である。
 よく見るとタイジだった。
「うわっ。お前、どうしてここに居るんだ。俺のストーキングか?」
「勘弁してよ。あんたが後から入って来たんじゃないか」
「全然気がつかなかった。店に溶け込みすぎだ、ビックリするだろうが」
「マスターすみません。これは変態ですが、八割方は口だけの男です」
「な、何だと」
 何だよお客さんの知り合いかい、などとバーテンが軟化し、瓶を下ろす。
 ウエイトレスは盆を握り締めたまま、警戒を解かない。
「タイジ、お前、この店の馴染みだったのか」
「いや。さっき初めて入った」



 城の掘に向かって長々と放尿しながら、俺は十回ばかり舌打ちを連打した。
「むかつく店だ。数年来、ブリに来るたび通ってやってるのに。常連を狂人扱いしやがって」
「自分で常連とか云うのはやめなさい。それに、あんたにはTPOってものがないから仕方ない」
「TOP? そう云やTOPってギルドが昔あったんだぜ。今もあるのかな」
「ふむ。耳糞が外耳の中で円筒状に硬化してるんだね」
「お前は何を云っているんだ」
「それで、ピクシーがどうしたの」
「ピクシー。そうだ、ピクシーの燐粉だとか、あの野郎……、クソ……」
 小便のキレが物凄く悪い。
 陰茎を振るたびにジョビジョビと出る。
 病気だろうか。
 タイジは呆れ顔でこちらを見ながら、煙草に火をつける。
「……まあ、確かに消毒が必要かも知れないね」
「だッ、誰が汚物だこの野郎!!!」
「いや、案外良いらしいよ。病気になる前に試してみたらいいよ」
「何をだ、お前、畜生、止まらん」
「だから、燐粉だよ。消毒剤」



 イルシェナーへのゲートをくぐるたびに、酷い目眩がする。
 船酔いに近い感覚だが、何故なのかは分からない。
 吐きそうになり、鈍色に輝くアンクのたもとへうずくまる俺の背中を、タイジがゴシゴシと撫でる。

「大丈夫? こりゃ本当に病気かね」
うんこ。いつものことだ。俺はビョーキじゃない」
「まあ、キレが悪いのは歳のせいだと思うよ」
誰が中年だこの野郎!!!」
「いや、中年でしょそろそろ。そこは否定できないよ……」
 俺はタイジの手を振り払い、荒々しく立ち上がる。
「気が悪い。俺が、まだまだ若いってところを見せてやる」
「大丈夫かね」
「行くぞ。案内しろ」

 ピクシーの燐粉とやらが消毒剤として使えるのなら、それは確かに、俺の求めるものに必要な素材かも知れない。
 細工師に担がれている可能性はまだ拭えないが、一応のところ採取してみても損はないだろう。
 実際、ヘンな病気に罹る事が俺は何よりも怖い。
 陰茎は、常に清潔に保ちたい。
 そう考え、俺はタイジを連れて昼尚暗い、ピクシーの群生すると云う原生林に侵入した。



zudah at 02:20│