03 Sweet bed

January 22, 2007

3-3 a Cat

石壁の外は吹雪いていたが、室内はじりじりとオイルの焼ける音が聞こえるほど静まりかえっている。


俺はヘッドボードに背中を預けている。
ベッドの上へ投げ出した両脚の脇に、俺に背を向けるかたちで女は腰を下ろした。
細面の横顔は、僅かに微笑んでいる。

「女を猫に喩えた先人に賞賛を送りたい」
「あら、失敬ね。本能だけで動いているみたいじゃない」
「本質の話だ。君の本能は薄い」
「そうかしら。あなたが濃すぎるだけじゃないのかな」
「今夜こそ、泊まって行くつもりはあるのかい」

俺は柳腰に腕を回す。
女は抵抗しない。

「本当に、子供みたい。少しは駆け引きを覚えたらどうなの」
「そういう事はもっとまともな、口の巧い男と楽しんでくれ。まさか俺の部屋へ物語りをしに来たわけじゃないんだろう」
「裸にならないと話もできないの?」
「ここへ上がってくれれば、別に着衣のままでも構わないよ」

くすくすと笑う。
ゆるいウェーブの髪が揺れる。

「あなたはどうしていつもそうなのかな」
「君を抱けるまでは永遠にこうだ」

腕を引く。
女は抵抗しない。
軽い体が俺の上に重なる。

「いつも寂しそうな顔をしているけど、本当は誰も求めてはいないんでしょう」
「よくそんな事が云えるもんだ。俺の目を見ろ」
「厭よ、笑っちゃうもの」
「何を、コイツ」

抱き上げる。
くすくすと笑う。
俺の上へ馬乗りにさせる。
女は俺の両肩を掴み、ベッドに押し付けた。

「征服したいだけの男とどこが違うの」
「莫迦、その辺のオークと一緒にするな。俺の事はわかってるだろ」
「そんなに長い付き合いじゃないもの」
「冷たいな」
「女を尊重しているふうを装ってるだけじゃないかって気がしてきた」
「一体どうしたんだ。今夜は面倒なことを云う。俺が一度だって、強引に迫った事があったかい」
「あったらここへは来ない」
「俺は君が欲しいと思っているが、プロポーズしているわけじゃない。君だってそんなウェットな人間じゃないと知っているからだ。それとも、今までの態度はポーズだったのかい」
「確かに、強がっていたのかも知れない。あたしも歳かしら」
「年齢が人の本質を左右する事はないよ」
「男と女は違う」
「俺と君とは似ている」
「本気で云っているの?」
「本当に必要なものを何一つ手に入れられないところが同じだ」
「あなた本当に失敬ね」

女の唇が、俺の口を塞ぐ。

「……着衣のままじゃ不便だね」
「服を着て眠る猫はいないよ」

俺は枕元のランタンを消した。
風の音が強まる。



彼女がひとりきりで俺の部屋へ来る事は、たぶん二度とないだろう。


zudah at 18:52|Permalink

夢時間-4

俺の胸の下で苦しげな吐息を漏らしている女は俺の半分ほどの背丈しかない。
ともすれば破壊してしまうのではないかという怯えにも似た悦楽が俺の脊髄にまとわり付いている。
死を意識させるほどの甘い甘い痺れが下腹部を包んでいる。
相当に長い間この瞬間を渇望していたのだろう。

大きな瞳を隠す長い睫。
形のよい小さな鼻。
両の手で儚げな拳をつくり桜色の唇を隠している。
丸い頬と飾り気の無い耳は痛々しいくらい朱に染まっている。
ベッドの上で扇状に広がる金髪は彼女の体を全て包んでしまうほどに伸びている。

やがて、俺は少女の体内を汚した。



どうやら娼館らしい。
俺は花代の心配をしている。
少女は浴室へ行ったまま帰って来ない。

俺は家へ帰りたくない。
あの少女を連れてどこかへ旅に出たらどのようなものだろうかなどと漫然と考えている。
勿論あの年齢の娼妓を身請けできるほどの蓄財はない。
俺は婿養子である。



階下から悲鳴が聞こえる。
剣戟のようなものも響いている。
俺は舌打ちして腰布一枚のまま立ち上がる。
樫製のドアを開け外の様子を伺う。
瞬間2インチほどの隙間からハルバードの刃が刺し入れられ俺の胸郭を貫く。
矛を構えているのはガードである。


今際の際にあって、俺の心に後悔はない。
既に魂を呪われた者が死を畏れるわけがない。

ただ、これで今年11になる娘を抱かずに済んだという安堵のようなものが、奈落の闇と共にどこまでも広がって行った。


zudah at 18:51|Permalink

3-2 Lib sandwich

一瞬、凍りつくような寒風。
酒瓶と布の包みを持ったタイジが戻ってきていた。
俺はシーツに包まったままロンパリ気味の目を向ける。
タイジは寒い寒いと云いながら炉の前の椅子に腰掛けた。

「何だい、寝てたのかい」
「……たぶん心中した」
「誰が?」
「あの体で逃避行が成功するとは思えなかったんだろうな」

思わず落涙した。
慌てて枕に顔を擦りつける。

「一体どうしたの」
「わからん。どうもいかんな。情緒不安定なんだろうか。ブログが夢日記化してる」
「ブログって何?」
「腹が減った。何を買ってきたんだ」
「夢日記って何だい」
「知らん。一体何の話をしているんだ」

俺はタイジに向かって腕を伸ばし、ワキワキと指を動かす。
樽の上に置いてあった包みを渡してくれた。
紐を解くと、リブを挟んだホットサンドが3つとドライフルーツが入っていた。

クソッ。これは性行為、旨そうな性行為」
「喰えるなら全部喰ってもいいよ」
「イエイイエイ」

まだ暖かい肉にがぶりと噛み付く。
香ばしいパン屑が胸元にこぼれた。
タイジは窓の傍へ行き、煙草に火をつける。
轟々と風の唸る声が聞こえる。

「まだこんな時間なのに真っ暗だよ。今夜は吹雪きそうだねえ」









zudah at 12:59|Permalink

夢時間-3

夜明けが近いようだ。

しっとりと冷えた夜気が石作りの窓から無遠慮に侵入してくる。
室内は薄い霧膜に包まれている。
灯りはない。

目を覚ましたばかりだが特に不快感はなくこの時間に起床するのが常らしい。
ベッドの天蓋に掛けられた薄絹が微かに揺れている。
隣に女がいたようだが姿はなく既にシーツは冷たい。
身を起こした。

肌に心地よく冷気が染みる。
夜露の匂いがする。


するすると衣擦れの音をたてながら女が歩いてくる。
淡い色をした長い長い髪。
細い体に白いガウンをゆるく羽織っている。
トレイを持っておりどうやら俺の朝食のようだ。

彼女は微笑を浮かべながら、起こしてしまいましたね、と囁く。

こちらもはにかんでしまいそうな柔らかい笑みだがこれは彼女の常態であり今特段に喜悦を感じているかというとそれはわからない。
勿論こうして朝を共にできることを喜ばぬわけはないと思えるのだがそれは俺が感じているだけかも知れず彼女としてはこのような関係をいつまでも続けたがっているわけではないだろうという確信めいたものがある。
長かった戦も終焉が迫りこの別荘での逢瀬も先が見えている。

彼女はベッドに浅く腰をかけトレイを枕元に置く。
マットレスはほとんど沈まない。

牛乳が湯気を立てている。
いい匂いだね、と云うと彼女は悪戯っぽい笑顔を向けた。
白い指が蜂蜜瓶をとりスコーンに傾ける。
黄金色の雫が垂れる。
それはこの部屋で唯一の色彩である。

日が昇ったら湖へ、と告げた。
彼女は表情を変えず、そうね、と囁く。
じっと見詰めていると牛乳の入ったカップを両手で包むように手にとり、召し上がれ、と呟いた。
その指先が震えている。

俺は長い長い真っ直ぐな金髪に指をさし入れた。
まるで流水に触れているようだ。
冷たい頬に口づけをした。
彼女は俺を見ない。

ガウンを脱がせて細い体を抱く。
ベッドが静かに、静かに揺れる。
彼女の吐息で耳が暖まる。
俺には両脚がなかった。


蜂蜜瓶が倒れ、柔らかな液体がとろりとシーツに零れる。

甘い、蜜の香りが漂う。





zudah at 02:39|Permalink

January 07, 2007

3-1 Sleet

気分がいい。

俺は埃まみれのベッドに飛びこむと、嬉々として垢臭いシーツの海を泳いだ。
王国主催の古道具放出セールで手に入れた、念願の寝具である。
これで、女も連れ込み放題だ。
誰から引っ張り込もう。
うひ。うひひひ。

炉にあたっていたタイジが、呆れたような顔でこちらを見る。

「臭くはないの?」
「何がだ。俺の体か」
「その、どこで拾ってきたのかわからないようなベッドの事だよ」
「心配ない。三日もすれば俺の臭いになる」
「中古の家具なんかに大枚をはたいて、バカじゃないのかね」
「何だ、うらやましいのか。お前の四畳半には置けないからか」
「布団の方がいいよ。アウツさん姿勢悪いんだから、そんなスプリングの壊れたようなグニャグニャのところで寝ると腰痛めるよ」
「バカッ、これによって深い深いストロークが生み出されるんじゃねえか。もうね、ヒイィーッ、ヒイィーッてね、大変なことになる絶対」
「ダメだこの人」
「まあまあ、運ぶの手伝ってくれてありがとうな。感謝してる。何か暖かいものでも飲むか」
「何があるの」
「お前が淹れられるものなら何でも」
「ムハッ」

鼻息を吹き出しながら椅子を立つと、階段の脇にある食材コンテナを覗きこんだ。
俺は枕に顔をうずめる。
微かに、蜂蜜の甘い匂いがした。

「……ひどいな。マフィンとバナナしかないよ」
じゃあマフィンを喰え」
「いらないよ。……しょうがないな、町の酒場で何か買ってくる」
「じゃあ、俺は暖かい蜂蜜酒にしてくれ」
「……」

着物の上からコートを羽織り、タイジは扉を開く。

「あぁー、ミゾレだよ。寒いわけだよ」
「早く閉めろ。暖気が逃げる」
「蜂蜜酒だけでいいの」
「何か旨そうなものがあったら適当に買ってきてくれ」
「はいはい」



zudah at 03:09|Permalink