07 Her melody

January 09, 2008

7-2 Mongbat

 
 そうですか――。
 どうもありがとう。
 初めて会った相手を眠るまで隣に置くなんて、普段の彼からは想像がつきません。
 きっと父は、喜んでいたのだと思います。

 父の眼鏡に適う人は、そう多くありません。
 ギルドの中にも数名、いるかいないかと云ったところです。
 本当に、君に頼んで良かった。

 僕はあまり、音楽に明るくなくてね。
 ハハハ。
 事務長とは云えバードギルドの役職にある者がこんな事を云っては、問題ですね。
 勿論音楽は大好きなのですが専門的な事は何も分かりません。
 こう云う所が、父に叱られる部分なのかも知れませんね。
 彼は、ギルドの質的向上に、とても熱心な人ですから。



 ああ、いいのです。
 どうぞ召し上がって下さい。
 事前に、あなたの分も予約してあったのです。
 お口に合うかどうか分かりませんが、せめてものお礼です。

 乾杯を。

「天上の音楽」に。



 それにしても、あの迷子の少年は、君の弟さんか何かだったのですか?
 ブリテインは初めてだったのでしょうね。
 いやあ何、最初は驚きましたが、可愛いものです。
 大通りで、ずっと後をついて来るものですから、どうしたのかと訊ねたら
「その服はどこで買ったのですか、それと、ムーンゲートはどこですか」
 なんて。ハハハ。
 
 実は僕には、ふたりの兄が居たんです。
 どちらも優れたリュート奏者でした。
 ですが僕がまだ幼い頃、彼等の母共々、オーク軍の侵攻に巻き込まれて……。
 父は、兄達の死に打ちのめされて、しばらくは食事も取れなかったようです。
 そのくらい、兄達を大切に思っていたのでしょう。
 本当に家族思いな人なのです。

 ええ、実は僕は、妾腹の子なんです。
 意外ですか。ギルドでは、皆何も云いませんが、周知のところでしてね。
 兄達の死から数年後、父は僕の母を後添えとして迎えてくれて、僕を正式に息子として認知してくれました。
 それまでも充分な生活は保障してくれていたのです。
 母は随分と固辞したそうですが、父がどうしてもと。
 ええ。父にはとても、恩を感じています。

 実は未だに、十年も前に亡くなった兄達の事を、悪し様に罵るギルドメンバーもいます。
 酷い風評だと思いますし、嫉妬なのかも知れませんが、聞くに耐えません。
 悲しい事です。
 そして父の評判も、どういう訳かあまり、芳しくないのです。

 父はギルドの長老として、マスター達の任命責任を負って居ますから、それはきっと大変な重圧であろうと思うのです。
 到底私などには想像できません。
 あのように重大な職務を忠実に執り行っているだけで、それはもう敬服せざるを得ません。
 息子の私が云うのもおこがましい事ですが、ええ。
 父は、比肩する者のない人格者であると、誇りに思っています。



 父の病は、不治のものです。
 どうする事も出来ません。
 無念でなりません。
 加減が悪くなるにつれ、段々人にも会わなくなってしまって。
 今ではシェリルくらいしか――、いや、メイドの女性です。
 お会いになりましたか。彼女くらいしか傍には置かないようです。

 いえ、以前……その、親交がありましたので。
 信頼できる女性です。



 どうでしょう。
 ゲストにこんな事をお願いするのも失礼ですが、一曲、私にもあの曲を聞かせてもらえませんか。
 申し訳無い。少し酔っているのかも知れません。

 ありがとう。



 ああ、君。店のリュートを貸してくれないか。
 そう、こちらの女性に。
 





 本当に素晴らしい。
 ――失礼。色々と思い出してしまって。

 シェリルは、元気でしたか。
 ええ。そうです。
 君に隠し事は出来ませんね。
 一時は結婚を誓い合った仲だったのです。
 ですが突然、彼女の方から別れを。
 いくら問うても理由を告げず。
 ――いや、どうにも、今日は悪い酒です。
 本当に申し訳ない。

 ハハハ。
 やめましょう。
 今日は嬉しい日だ。
 父に、君の曲を喜んでもらえた。
 それだけで僕は満足なのです。
 ハハハ。



 実は父もね、昔、リュートを弾いていたのですよ。
 とてもそんな風には見えなかったでしょう。
 幼い頃、何度か聞いた覚えがあります。

 いやあ、それが残念な事に。
 ハハハハ。



 あの立派な父でも、リュートの腕だけはまるで、その。
 モンバットの鳴き声か何かのような――




zudah at 03:38|Permalink

January 08, 2008

7-1 Stones

 
 もうよい。
 報酬はメイドから受け取りなさい。

 好い曲だった。
 下がっていい。



 何だね。

 ――話?
 話すことなど無い。
 飲み残しのワインがゆっくりと腐るように死病に体を蝕まれて行く私が、君のような娘に何を話すと云うのだね。
 もう下がりなさい。
 金貨を受け取り、街へ戻って、もう少しマシな楽器を買うといい。
 そのリュートは、君の腕につり合わない。

 ――何と。
 君は息子の知り合いなのかね。
 嗚呼、なるほど。そう云う事か。
 屋敷の外であの曲を奏でたのは、息子の指示なのだな。
 私が君を、この部屋まで呼ぶようにと。
 相変わらず、要らぬ所で知恵の働く男だ。
 全く下らん。
 慰問など不要だ。
 見舞いも要らぬ。
 私は死を畏れてはいない。
 市井の者共と一緒にされては不愉快だ。

 ――死を畏れる心は、欲望によって産み出される。
 もっと良い暮らしに身を置きたかった。
 もっと良い女を抱きたかった。
 もっと良い食事を愉しみたかった。
 もっと、人から尊敬されたかった。
 下らぬ。
 全ては敗者の断末魔だ。
 真実に到達したものは。即ち勝者は。
 決して、そのような魔境に陥りはしない。

 ――君には分かるまい。
 私は、一介の楽師から一代で今の地位まで登りつめた。
 ブラックソーン閣下の恩寵を賜り、幾多の障壁や謀略の嵐に打たれ、ここまで来た。
 風評を操り、世論の支持を得た。
 商人の真似事もした。女衒紛いの行いも辞さなかった。
 ドレッドスパイダーの巣のように絡み合う楽師達の思惑、美しい調べの背後に身を隠す、不潔で醜い欲望を全て、サンドウォームの如くに呑み込み生きて来たのだ。
 政治だ。
 全ての場は政治だ。
 見よ。今や、バードギルドは私の手中にある。
 全てのバードギルドマスターは、この私が任命する。
 最早欲しいものなど無い。
 私は、望むもの全てを手にして来たからだ。

 ――おかしいかね。
 この手の話をすると、息子も、丁度今の君のように微笑んで見せる。
 心中穏やかならぬ時こそ、人はそうやって薄ら笑いを浮かべる。
 愛想笑い。
 もう厭と云うほど目にしてきた。
 勿論、端から同意など得られる訳が無いのは承知だ。
 誰も、私と同じ地位にはいないからだ。
 その微笑は、湧き上がる嫉妬と憐憫を塗り込める為の仮面なのだよ。
 先手を打っておくが、私を孤独な老人であると感じているならそれは誤りだ。
 私の権力により、私は私の孤独すら自在に支配できる。
 事実何も要らないから、私は、何も要らないと云っているのだ。

 ――どうあっても帰らぬつもりのようだね。
 面白い。
 見たところ、フェルッカの生まれのようだ。顔に険がある。
 天上の音を奏でる下賤の民。毛色の変わった趣向だ。
 君は、バードギルドのメンバーでは無いのだろう。
 調べに、都では耳に出来ぬ野趣があった。
 息子は一体どこで君と知り合ったのだろうな。
 まあよい。
 気が済むまで、そこに座っているがいい。
 手持ち無沙汰であるのなら、もう一曲、弾いて聞かせなさい。
 次は、得意の曲でよい。



 ――嗚呼。
 今日は殊更に息子の事を思う日のようだ。
 あの愚かな男は君のリュートを聞き、何を感じたのだろう。
 あれは本当に不出来で、政治の才覚が無く、潮流に呑まれ確固たる己を持つ事も出来ぬ落伍者だ。
 あのような者に私の財を継がせるのも不本意極まりないが、長男次男が戦火の露と消えてしまった今では、最早詮無い事。
 私に似ず優男であるし人あたりだけは良いから、器以上の人望を得てはいるがそんなものは身に付かない。
 何れ、何もかも失われるだろう。
 私の財と共に。

 ――決して、あれが憎い訳では無い。
 あれは、あれを産んだふたり目の妻に似ている。
 息子である事に違いは無い。
 だがあの、己の立場をわきまえぬ、人を見透かしたような微笑だけは我慢ならん。
 私は、私の息子が私を超える事は許さない。
 そう云うものなのだ。
 男とは、産まれながらにそう云う生き物なのだ――。
 あれの職も、地位も、住み処も、妻も、全て私が選び、与えた。
 元よりあれには才が無い。
 私が与える以上のものは、己の力で一生涯掛かっても得られはしない。
 一度、分不相応に器量の良い娘を妻に迎えようとした事があったが、許さなかった。
 私が、私の妾にした。
 きっと恨んでいる事だろう。
 恨まぬ訳が無い。
 だが、それもどうでも良い。
 幾ら恨んだところで、あれに何が出来る訳でもない。
 あれは、あれの母親と同様、生まれながらにして喰われる立場の者なのだ。
 
 ――しかし息子は、君の調べを理解し雇おうと思える程度には、音楽を知っているようだ。
 凡百の楽師などと云うものは、その辺の森で泣き喚くモンバットと大差無い。
 須らく技術とは無価値だ。
 ひいては楽器の鍛錬なども無意味なものだ。
 港で錆びてゆく釘と等価であるものだ。



 何故と云うに、音楽とは、奏者の魂であるからに他ならない。
 生まれながらにして楽師たる少数のものだけが真実の音楽を奏でる。
 君のように。

 もう一度、最初の曲を聞かせなさい。





 ――まだ私が、名も金も無い楽師だった頃。
 その曲を弾いて、酒場を回ったものだった。
 地位を得、あれの母親を妾に迎えてからも、時折手慰みにリュートを持った。
 きっとあれも、乳母車の中で聞いた私の音色を、覚えていたのだろう。

 懐かしい。



 こんなに喋ったのは何年ぶりか。
 疲れた。少し、眠るとしよう。
 私が眠るまで、その曲を続けてくれ。



 私の曲は――、私の、魂は。
 あれには、どう聞こえていたのだろう。



 チェルシーと云ったか。

 どうも、ありがとう。


 

zudah at 01:03|Permalink